異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第25話「シニョーラ来訪」

 モンドに、少しずつ平穏が戻っていた。

 

 風龍による騒ぎから数日。

 

 壊れた建物の修復も進み、街には商人たちの声が戻っている。

 

 広場を歩く人々の表情にも、以前の明るさが戻りつつあった。

 

「ようやく落ち着いてきたな」

 

 俺は街を眺めながら言った。

 

「ああ」

 

 隣を歩くおじさんが短く答える。

 

「飯も普通に食えるようになった」

 

「そこが一番重要なんだな」

 

「重要だ」

 

「……まあ、いいけど」

 

 そんなやり取りをしながら歩いていると、冒険者ギルドへ向かう途中で、騎士団の使いが俺たちを見つけた。

 

「たかふみさん、おじさん。騎士団から呼び出しです」

 

「俺たち?」

 

「はい。西風騎士団本部までお願いします」

 

「何かあったのかな」

 

 俺はおじさんを見る。

 

「行けば分かる」

 

「まあ、そうだけど」

 

 俺たちはそのまま西風騎士団本部へ向かった。

 

     ◇

 

 本部へ入ると、ジンさんが俺たちを迎えてくれた。

 

 その隣にはガイアさんもいる。

 

「来てくれてありがとうございます」

 

「何かあったんですか?」

 

 俺が尋ねる。

 

 ジンさんは少しだけ表情を引き締めた。

 

「ファデュイから使節が来ます」

 

「ファデュイ……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の表情がわずかに変わった。

 

「今回、モンドを訪れるのは――ファデュイの執行官、シニョーラです」

 

「……シニョーラ」

 

 知っている名前だった。

 

 原作でも重要な立場にいる人物。

 

 その本人が、これからここへ来る。

 

 頭では分かっていても、実際に名前を聞くと妙な緊張感があった。

 

「どうしました?」

 

 ジンさんが俺を見る。

 

「いえ……ちょっと驚いただけです」

 

「そうですか」

 

 ジンさんはそれ以上聞かなかった。

 

「今回、あなたたちにも立ち会ってもらいます」

 

「俺たちも?」

 

「はい」

 

 ガイアさんが口を挟む。

 

「風龍の件で、君たちはファデュイからも注目されているようだからな」

 

「俺たちが?」

 

「妙な魔法を使う冒険者として、ね」

 

 精霊魔法のことだろう。

 

 俺はそれ以上言わなかった。

 

「分かりました」

 

 おじさんも頷く。

 

「問題ない」

 

 ジンさんはおじさんを見る。

 

「ただし、問題を起こさないようにしてください」

 

「分かった」

 

 即答だった。

 

 ガイアさんが笑う。

 

「ずいぶん素直じゃないか」

 

「問題を起こすつもりはない」

 

「そう願いたいものだ」

 

 俺は嫌な予感がした。

 

 こういう時のおじさんは、だいたい何かやらかす。

 

     ◇

 

 しばらくして。

 

 本部の扉が開いた。

 

 ファデュイの一団が入ってくる。

 

 その中央を歩く女性を見て、俺は思わず息を止めた。

 

 シニョーラ。

 

 原作で知っている姿、そのものだった。

 

 堂々とした歩き方。

 

 周囲を圧するような雰囲気。

 

 彼女はジンさんの前で足を止める。

 

「ジン代理団長」

 

「シニョーラ殿」

 

「お久しぶりね」

 

「モンドへようこそ」

 

「歓迎されているようには見えないけれど?」

 

「外交上、必要な対応です」

 

 シニョーラが薄く笑う。

 

「相変わらずね」

 

 ガイアさんが口を挟んだ。

 

「今日は随分と大げさな護衛を連れてきたじゃないか」

 

「念のためよ」

 

「念のため、か」

 

 ガイアさんは笑っている。

 

 だが、その目は笑っていない。

 

 シニョーラも周囲を見渡す。

 

 そして、俺たちへ視線を向けた。

 

「……あなたたちが?」

 

 俺が答える。

 

「俺たちですか?」

 

「ええ」

 

 シニョーラは俺たちを見比べた。

 

「妙な魔法を使う冒険者と聞いているわ」

 

「ああ……まあ」

 

「モンドで起きた騒ぎの中で、あなたたちが戦っていたことは聞いているわ」

 

「俺たちは巻き込まれただけですけど」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

 シニョーラの視線が、おじさんへ移る。

 

「あなた」

 

「何だ?」

 

「名前は?」

 

「……」

 

 おじさんが黙った。

 

 俺は嫌な予感がした。

 

「おじさん?」

 

 小声で呼びかける。

 

 おじさんは少し考えた。

 

 そして――。

 

「ウルフガンブラッドだ」

 

「…………」

 

 俺は固まった。

 

「……え?」

 

 ガイアさんも眉を上げる。

 

「ほう?」

 

 ジンさんも一瞬、言葉を失った。

 

「……ウルフガンブラッド、ですか?」

 

「ああ」

 

「いや、おじさん……」

 

 俺は慌てて小声で言う。

 

「なんでその名前なんだよ!?」

 

「偽名だ」

 

「それは分かってるよ!」

 

 シニョーラが俺たちを見比べる。

 

「……本当に、その名前なの?」

 

「そうだ」

 

「……」

 

 微妙な沈黙が落ちた。

 

 ガイアさんが口を開く。

 

「まあ、本人がそう名乗っている以上、そういうことにしておこうじゃないか」

 

「ガイアさん!?」

 

 俺は思わず振り返った。

 

「なんで流すんですか!」

 

「本人が堂々としているからな」

 

「そういう問題じゃないですよ!」

 

 ジンさんも困ったようにおじさんを見る。

 

「……少なくとも、もう少し自然な名乗り方をしていただけると助かるのですが」

 

「これでいい」

 

「よくない!」

 

 俺とジンさんの声が重なった。

 

 ガイアさんまで肩をすくめる。

 

「俺も今のはどうかと思うぞ」

 

「ガイアさんまで!?」

 

 おじさんは不思議そうに俺たちを見る。

 

「何が問題なんだ?」

 

「全部だよ!」

 

 俺は即答した。

 

 シニョーラは無言で俺たちを見ていた。

 

 そして、ため息をつく。

 

「……話を進めてもいいかしら?」

 

「すみません!」

 

 俺は反射的に頭を下げた。

 

「あなたは?」

 

 今度はシニョーラが俺を見る。

 

「俺は、たかふみです」

 

「たかふみね」

 

「はい」

 

 シニョーラは頷いた。

 

 そして再びおじさんを見る。

 

「ウルフガンブラッド」

 

「ああ」

 

「あなたは、どこから来たの?」

 

「遠い国だ」

 

「……どこの国?」

 

「……」

 

 おじさんが黙る。

 

 俺は少し安心した。

 

 さすがにそこは言わないらしい。

 

 だが。

 

「日本」

 

「おじさん!」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

「それ言うの!?」

 

「聞かれたから答えた」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 ジンさんが額に手を当てる。

 

「……話が進みませんね」

 

 ガイアさんも苦笑する。

 

「これはなかなか大変だな」

 

 シニョーラの表情が徐々に険しくなっていく。

 

「……あなたたち」

 

 低い声だった。

 

「本当に……」

 

 俺は思った。

 

 まずい。

 

 かなりまずい。

 

 そして――。

 

 おじさんがシニョーラを見た。

 

「……化粧、濃いな」

 

「おじさん――――っ!」

 

 俺の叫びが本部内に響いた。

 

「今それ言う!?」

 

 全員が固まる。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 シニョーラの顔から表情が消えた。

 

 ガイアさんがゆっくり顔を背ける。

 

「……これは俺でも庇えないな」

 

「ガイアさん!?」

 

 ジンさんも目を閉じた。

 

「……」

 

「ジンさんまで!」

 

 シニョーラのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「……あなた」

 

「何だ?」

 

「随分と失礼なことを言うのね」

 

「そうか?」

 

「そうよ!」

 

 声が大きくなる。

 

 俺は慌てておじさんの腕を引っ張った。

 

「おじさん、もうやめよう!」

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 俺はホッとした。

 

 だが――。

 

 おじさんはシニョーラをもう一度見る。

 

「……近くで見ると、もっと濃いな」

 

「おじさん――――っ!」

 

「なんで追加するんだよ!」

 

「思ったことを言っただけだ」

 

「今はそれを言っちゃダメなんだよ!」

 

 シニョーラの表情が完全に引きつった。

 

 ガイアさんは顔を背けたまま。

 

 ジンさんも何とも言えない表情をしている。

 

 そして。

 

 騎士団側の視線が、全員おじさんへ集まった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「なんだ?」

 

「おじさんのせいだから!」

 

 俺が叫んだ。

 

 シニョーラは深く息を吸った。

 

「……あなた」

 

「何だ?」

 

「本当に……」

 

 一歩、前へ出る。

 

「失礼な人ね!」

 

 おじさんの表情が変わった。

 

 目が泳ぐ。

 

 肩が縮む。

 

「……怖い」

 

「急に弱くなった!?」

 

 俺は叫んだ。

 

「さっきまで普通に言い返してたじゃん!」

 

「この人は怖い」

 

「自分で怒らせたんだろ!」

 

「知らん」

 

「知らんじゃない!」

 

 シニョーラが声を荒らげる。

 

「あなたが喧嘩を売ったんでしょうが!」

 

「……」

 

 おじさんは黙った。

 

「……怖い」

 

「なんなのよ、あなた!」

 

 シニョーラは呆れたように息を吐いた。

 

 ガイアさんが口元を押さえている。

 

「ガイア」

 

 ジンさんが小声で言う。

 

「笑ってはいけません」

 

「分かっているさ」

 

 そう言いながら、ガイアさんの肩はわずかに震えていた。

 

「絶対笑ってるだろ……」

 

 俺は呟いた。

 

 シニョーラはおじさんを睨みつける。

 

「……ウルフガンブラッド」

 

「何だ?」

 

「あなたのことは覚えておくわ」

 

「……分かった」

 

「次に会う時は、もう少し礼儀を覚えておくことね」

 

「努力する」

 

「本当にそうしてちょうだい」

 

 シニョーラはそう言い残し、ファデュイの一団とともに本部を出ていった。

 

     ◇

 

 扉が閉まる。

 

「……行ったな」

 

 俺が呟く。

 

「ああ」

 

 おじさんが答える。

 

「怖かった」

 

「だから自分から怒らせたんだろ!」

 

「知らん」

 

「まだ言うのかよ!」

 

 ガイアさんが笑う。

 

「なかなか面白いものを見せてもらったよ」

 

「面白がらないでください」

 

「悪かった」

 

 そう言いながらも、ガイアさんはまだ笑っている。

 

 ジンさんが俺たちを見る。

 

「冗談はここまでにしましょう」

 

「はい」

 

 俺が答える。

 

 ジンさんは表情を引き締めた。

 

「ファデュイには、今後も警戒が必要です」

 

「分かっています」

 

 俺は頷いた。

 

 ファデュイ。

 

 そして、シニョーラ。

 

 原作で知っていた存在と、実際に言葉を交わした。

 

 しかも――。

 

「ウルフガンブラッド」

 

 シニョーラが最後に呼んだ名前が、頭に残っていた。

 

「……おじさん」

 

「何だ?」

 

「絶対、名前覚えられたよ」

 

「そうか?」

 

「ああ」

 

 おじさんは少し考える。

 

「別にいい」

 

「よくないと思うけどな……」

 

 俺はため息をついた。

 

 こうして、ファデュイの執行官――シニョーラとの初めての接点ができた。

 

 これから先、彼女と再び顔を合わせることになるのか。

 

 それは、まだ分からない。

 

 ただ一つだけ確かなことがある。

 

 おじさんの偽名――ウルフガンブラッドは、確実にシニョーラの記憶に残った。

 

 そして俺たちは、静かに騎士団本部を後にした。

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