異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第26話「旅立ちの準備」

 朝。

 

 モンドの街に、いつもの風が吹いていた。

 

 風車がゆっくりと回っている。

 

 石畳の道には、朝の買い物へ向かう人々。

 

 店を開ける者。

 

 荷物を運ぶ者。

 

 冒険者ギルドへ向かう者。

 

 何も変わらない、いつものモンド。

 

 けれど――。

 

「……今日か」

 

 宿の窓から街を眺めながら、俺は呟いた。

 

 背後では、おじさんが荷物をまとめている。

 

「何がだ?」

 

「旅の準備だよ」

 

「昨日からしているだろう」

 

「そうだけどさ」

 

 俺は窓から離れた。

 

「今日はちゃんと終わらせよう」

 

「ああ」

 

 俺たちは日本へ帰る方法を探すため、モンドの外へ出る。

 

 次の目的地は璃月。

 

 そのために必要なものを揃えなければならない。

 

「まずギルドだな」

 

「分かった」

 

 二人で宿を出た。

 

     ◆

 

 冒険者ギルド。

 

 いつもの場所にキャサリンが立っている。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、キャサリン」

 

 俺が挨拶すると、おじさんも軽く頭を下げた。

 

「今日は依頼の報告ですか?」

 

「それもあるけど……」

 

 俺は少し間を置く。

 

「俺たち、モンドを出ることにしたんだ」

 

「まあ」

 

 キャサリンが僅かに目を見開いた。

 

「次の目的地は?」

 

「璃月」

 

「璃月ですか」

 

「うん。日本へ帰る方法を探すために、いろんな場所を見て回ろうと思ってる」

 

「承知しました」

 

 キャサリンはいつもの落ち着いた態度で頷いた。

 

「それでは、これまでの依頼について確認しましょう」

 

 依頼の記録を確認していく。

 

 討伐。

 

 護衛。

 

 物資の運搬。

 

 街の外での調査。

 

 小さな困りごとの解決。

 

 最初の頃は、依頼書に書かれた文字すらまともに読めなかった。

 

 今では、簡単な依頼なら自分たちだけで内容を理解できる。

 

「……こうして見ると、結構やってるな」

 

 俺が記録を見ながら言う。

 

「最初の頃は、文字を読むのにも苦労していましたね」

 

「そうだったな」

 

 モラのことも、最初は何も知らなかった。

 

 今では依頼を受け、報酬を受け取り、その金で生活している。

 

 短い間だったような。

 

 長かったような。

 

 不思議な感覚だった。

 

「お二人とも、最初の頃と比べるとずいぶん変わりました」

 

 キャサリンが微笑む。

 

「そうかな」

 

「はい」

 

 俺は少し照れながら笑った。

 

「まあ、最初は何も分からなかったからね」

 

 おじさんも依頼書を見る。

 

「世話になった」

 

「こちらこそ、お世話になりました」

 

 俺も頭を下げる。

 

 キャサリンは二人を見送った。

 

「璃月への旅が、良いものになることを願っています」

 

「ありがとう」

 

「またモンドへ戻ってきた際には、ぜひギルドへお立ち寄りください」

 

「うん」

 

 俺たちはギルドを出た。

 

     ◆

 

 次に向かったのは市場。

 

 保存の利く食料。

 

 水。

 

 薬。

 

 包帯。

 

 簡単な調理道具。

 

 その他、旅に必要な細かなもの。

 

「結構あるな」

 

 買った荷物を見ながら言う。

 

「旅だからな」

 

「宿がある時とは違うね」

 

「ああ」

 

 これからは、必要なものを自分たちで持ち歩かなければならない。

 

「モラも残しておかないと」

 

「分かっている」

 

「食費も必要だし」

 

「分かっている」

 

「宿代も」

 

「分かっている」

 

「……ちゃんと聞いてる?」

 

「聞いている」

 

「ならいいけど」

 

 俺は笑った。

 

 買い物を終える頃には、荷物がかなり増えていた。

 

「これ、俺が持つよ」

 

「俺が持つ」

 

「いや、二人で分けようよ」

 

「問題ない」

 

「おじさんの『問題ない』は信用できないんだよ」

 

「なぜだ?」

 

「前に一人で全部持ってたじゃん」

 

「持てた」

 

「そういうところだよ」

 

 俺は呆れながら荷物を分けた。

 

     ◆

 

 街を歩いていると――。

 

「たかふみ!」

 

 聞き慣れた声がした。

 

 振り向く。

 

「アンバー」

 

 アンバーが駆け寄ってくる。

 

「二人とも、こんなに荷物を持ってどうしたの?」

 

「旅の準備」

 

「旅?」

 

「璃月へ行く」

 

「えっ?」

 

 アンバーが目を丸くする。

 

「もう行っちゃうの?」

 

「うん」

 

「日本へ帰る方法を探すために、モンド以外の場所も調べることにしたんだ」

 

「そっか……」

 

 一瞬だけアンバーの表情が曇る。

 

 けれど、すぐに笑顔へ戻った。

 

「じゃあ、璃月への旅だね!」

 

「そう」

 

「気をつけてね!」

 

「ありがとう」

 

「璃月はモンドとは全然違うから、困ったことがあったらちゃんと現地の人に聞くんだよ」

 

「分かってる」

 

「食事もちゃんと取ること!」

 

「うん」

 

「怪我したら無理しない!」

 

「分かったって」

 

 俺が笑う。

 

「アンバー、ちょっと心配性じゃない?」

 

「だって二人とも、異世界から来たばかりなんだから!」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

 アンバーがおじさんを見る。

 

「おじさんも!」

 

「俺?」

 

「たかふみだけじゃなくて、おじさんもちゃんと気をつけてよ」

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「……ならいいけど」

 

 アンバーは安心したように笑った。

 

「モンドを出ても、困ったら戻ってきていいからね」

 

「戻ってきてもいいの?」

 

「もちろん!」

 

「俺たち異世界人だよ?」

 

「だから何?」

 

 アンバーは首を傾げた。

 

「モンドで一緒に戦った仲間でしょ?」

 

「……」

 

 その言葉に、少しだけ胸が詰まった。

 

 仲間。

 

 この世界に来たばかりの頃なら、そんな言葉を素直に受け入れられなかっただろう。

 

 でも今は――。

 

「……ありがとう」

 

「こちらこそ!」

 

 アンバーは笑った。

 

 おじさんもアンバーを見る。

 

「世話になった」

 

「え?」

 

「最初に助けてもらった」

 

 おじさんが続ける。

 

「礼を言っていなかった」

 

 アンバーは少し驚いた。

 

 そして、笑う。

 

「どういたしまして!」

 

「また帰ってきてね!」

 

「ああ」

 

「約束だよ!」

 

「分かった」

 

 アンバーは大きく手を振った。

 

「璃月でも元気でね!」

 

 二人も手を振り返す。

 

 歩き出してから、俺は振り返った。

 

 アンバーはまだ手を振っている。

 

「……いい子だな」

 

「そうだな」

 

「おじさんが素直に褒めるの珍しいね」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

     ◆

 

 次に向かったのは、西風騎士団本部だった。

 

 ジンさんの執務室。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

 俺たちが入ると、ジンさんは荷物を見た。

 

「旅の準備を進めているようですね」

 

「はい」

 

「璃月へ向かうと聞いています」

 

「そうです」

 

 俺は頷いた。

 

「日本へ帰る方法を探すためにも、いろんな場所を見てみようと思って」

 

「分かりました」

 

 ジンさんは穏やかに頷いた。

 

「モンドでの生活は、あなた方にとって決して容易なものではなかったでしょう」

 

「最初は何も分からなかったです」

 

「今でも分からないことは多いですけど」

 

「それでも、二人は自分たちの力でここまで来ました」

 

 ジンさんは微笑んだ。

 

「私は、それを評価しています」

 

「ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げる。

 

 おじさんも続けた。

 

「世話になった」

 

「こちらこそ」

 

 ジンさんは頷いた。

 

「困った時には、いつでもモンドを頼ってください」

 

「分かりました」

 

「無事を祈っています」

 

「はい」

 

 俺たちは執務室を出た。

 

「ジンさん、最後まで真面目だったな」

 

「そうだな」

 

「そこがおじさんの評価ポイントだったりして」

 

「そうか?」

 

「知らないけど」

 

     ◆

 

 廊下を歩いていると、壁際から声がした。

 

「おや」

 

「ガイアさん」

 

「旅立つって聞いたからな」

 

 ガイアさんがこちらを見る。

 

「ずいぶん準備したじゃないか」

 

「璃月へ行きます」

 

「そうらしいな」

 

 ガイアさんは荷物を見る。

 

「モンドを出るとなると、少し寂しいか?」

 

「まあ……多少は」

 

「正直だな」

 

「ガイアさんは寂しくないんですか?」

 

「俺か?」

 

 ガイアさんは笑った。

 

「また会えるだろう?」

 

「そういうものですか?」

 

「旅人同士なんて、どこかでまた顔を合わせるものさ」

 

「なるほど」

 

 ガイアさんはおじさんを見る。

 

「おじさん」

 

「何だ?」

 

「璃月では、モンドとは違うことがいろいろある」

 

「分かっている」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「ならいい」

 

 ガイアさんは一瞬だけ真剣な顔になる。

 

「それと、その力」

 

「精霊魔法か」

 

「そう」

 

 ガイアさんはおじさんを見る。

 

「珍しい力だからな。必要以上に人前で使わないほうがいい」

 

「分かった」

 

「君たちが思っている以上に、珍しいものには人が集まる」

 

「……気をつけます」

 

 俺も頷いた。

 

「ありがとう」

 

「礼はいいさ」

 

 ガイアさんは肩をすくめる。

 

「それより、璃月で面倒事に巻き込まれたら、俺の名前でも出しておくといい」

 

「それ、逆に面倒にならない?」

 

「さてね」

 

「ガイアさん……」

 

「ははっ」

 

 いつもの軽い笑い。

 

「まあ、気をつけて行ってこい」

 

「ああ」

 

「また会おう」

 

「はい」

 

 二人はその場を離れた。

 

     ◆

 

 図書室。

 

 リサさんは俺たちを見ると、すぐに事情を察した。

 

「あら」

 

「こんにちは、リサさん」

 

「旅の準備をしているのね?」

 

「はい」

 

「璃月へ?」

 

「そうです」

 

 リサさんは本棚へ向かった。

 

「それなら、これを持っていきなさい」

 

 一冊の本を取り出す。

 

「これは?」

 

「旅先で役に立つ知識が書かれているわ」

 

「いいんですか?」

 

「ええ」

 

 俺は本を受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

「文字もずいぶん読めるようになったわね」

 

「最初は本当に何も読めなかったですから」

 

「努力したのね」

 

「キャサリンに教えてもらったので」

 

「それでも覚えたのはあなたでしょう?」

 

 リサさんが微笑む。

 

「分からないことを覚えるのは、旅をするうえで大切なことよ」

 

「はい」

 

 リサさんがおじさんを見る。

 

「それから――あなたも」

 

「俺?」

 

「自分が知らないことを知る努力はしたほうがいいわよ」

 

「……」

 

 おじさんは本を見る。

 

「分かった」

 

「ふふっ」

 

「何だ?」

 

「素直なのね」

 

「必要なことだからな」

 

 リサさんは笑った。

 

「それなら安心ね」

 

「本当にありがとうございます」

 

「旅先でも役立つでしょう」

 

「大切にします」

 

「そうしてちょうだい」

 

     ◆

 

 夕方。

 

 街の中を歩いていると、小さな足音が聞こえた。

 

「おじさん!」

 

「クレー」

 

 クレーが走ってくる。

 

「旅に行くの?」

 

「ああ」

 

「どこに?」

 

「璃月」

 

「璃月!」

 

 クレーの目が輝いた。

 

「クレーも行きたい!」

 

「駄目だ」

 

「えー!」

 

「危険だ」

 

「クレー、強いよ!」

 

「それでも駄目だ」

 

「むー……」

 

 クレーが頬を膨らませる。

 

 俺は笑った。

 

「クレー、モンドで待ってたほうがいいよ」

 

「でも、おじさんたち帰ってくる?」

 

「分からないけど……」

 

 日本へ帰る方法が見つかるかどうか。

 

 それは誰にも分からない。

 

「でも、できるだけまた戻ってくるよ」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

 おじさんが答える。

 

 クレーは顔を上げた。

 

「じゃあ、約束!」

 

 小さな指を差し出す。

 

「こうするんだよ!」

 

 おじさんが少し困った顔をする。

 

「……小指か」

 

「そう!」

 

 クレーとおじさんが小指を絡める。

 

「約束!」

 

「分かった」

 

「たかふみも!」

 

「俺も?」

 

「うん!」

 

 俺も小指を絡めた。

 

「約束」

 

「えへへ!」

 

 クレーは嬉しそうに笑った。

 

「璃月のお土産、待ってるね!」

 

「分かった」

 

「いっぱい!」

 

「いっぱいは無理かも」

 

「じゃあ、一個!」

 

「それなら考える」

 

「やった!」

 

 クレーは笑いながら手を振る。

 

「気をつけてねー!」

 

「クレーも元気で」

 

「またね!」

 

 二人も手を振り返す。

 

 クレーの姿が見えなくなってから、俺は呟いた。

 

「……最後にクレーは反則だろ」

 

「何がだ?」

 

「別れが重くなる」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 おじさんは少し考える。

 

「また会える」

 

「……うん」

 

 俺は頷いた。

 

     ◆

 

 宿へ戻る頃には、空が夕焼け色になっていた。

 

 部屋に入る。

 

 買ってきた食料を整理する。

 

 道具を確認する。

 

 モラを数える。

 

「……よし」

 

 俺は荷物を閉じた。

 

「これでだいたい終わった」

 

 おじさんも自分の荷物を確認している。

 

「問題ない」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

 俺は椅子に座った。

 

 今日は一日、準備ばかりだった。

 

 それでも、不思議と嫌ではなかった。

 

「今日はいっぱい会ったな」

 

「ああ」

 

「アンバーに、ジンさん、ガイアさん、リサさん、クレー……」

 

 名前を一つずつ思い出す。

 

「みんな、普通に『また帰ってこい』って言ってくれた」

 

「そうだな」

 

「最初は異世界人ってことで警戒されてたのに」

 

「当然だ」

 

「うん」

 

 俺は窓の外を見る。

 

 夜のモンド。

 

 街灯が灯っている。

 

 風車の音が聞こえる。

 

「俺たち、結構ここに馴染んだんだな」

 

「そうかもしれない」

 

「……ちょっと寂しいな」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

 少しだけ間を置いて答える。

 

「ここに来たばかりの頃は、早く帰りたいって思ってたのに」

 

「今も帰る」

 

「分かってる」

 

「目的は変わっていない」

 

「うん」

 

 俺は笑った。

 

「でも、モンドを嫌いになったわけじゃない」

 

「そうだな」

 

 おじさんはそれ以上言わなかった。

 

 俺も、しばらく黙っていた。

 

 やがて、もう一度荷物を確認する。

 

 食料。

 

 水。

 

 薬。

 

 道具。

 

 モラ。

 

 そして、リサさんからもらった本。

 

「これで大丈夫」

 

「ああ」

 

「じゃあ、今日はもう休もう」

 

「そうだな」

 

 二人はそれぞれの場所へ戻る。

 

 明日もまだ、モンドにいる。

 

 その先には、璃月への道が待っている。

 

 俺は眠る前に、もう一度だけ窓の外を見た。

 

 風車が夜風を受けて回っている。

 

 見慣れた景色。

 

 聞き慣れた音。

 

 ここで出会った人たち。

 

 そして――今日交わした約束。

 

「……おやすみ、モンド」

 

 返事はない。

 

 ただ、夜の風が静かに吹いていた。

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