異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第28話「モンド最後の日」

 朝。

 

 窓の外から鳥の鳴き声が聞こえていた。

 

 俺はカーテンを開ける。

 

 青い空。

 

 いつもと変わらないモンドの朝だった。

 

「……今日か」

 

 窓の外を眺めながら呟く。

 

 明日。

 

 俺たちはモンドを出る。

 

 次の目的地は璃月。

 

 日本へ帰る方法を探すための旅だ。

 

「荷物は?」

 

 後ろから、おじさんの声がする。

 

「昨日のうちに確認した」

 

「食料は?」

 

「ある」

 

「旅の道具は?」

 

「揃ってる」

 

「地図は?」

 

「あるって」

 

 俺は振り返った。

 

「何回確認するんだよ」

 

「重要だ」

 

「はいはい」

 

 荷物の準備は終わっている。

 

 璃月へ向かうために必要なものは、すでに揃えた。

 

 あとは出発するだけだった。

 

「今日はどうする?」

 

「ウェンティとレザーに会う」

 

「それから?」

 

「街を歩く」

 

「街を?」

 

「うん」

 

 俺は少しだけ笑った。

 

「最後に、もう一度見ておきたい」

 

「そうか」

 

 二人で宿を出た。

 

     ◆

 

 朝のモンドは、すでに人で賑わっていた。

 

 店を開ける人。

 

 仕事へ向かう人。

 

 冒険者たち。

 

 騎士たち。

 

 いつもの日常。

 

 俺は、その景色を眺めながら歩いていた。

 

「明日なんだよな」

 

「ああ」

 

「なんか、実感ないな」

 

「出れば分かる」

 

「まあ、そうだろうけど」

 

 二人で広場へ向かう。

 

     ◆

 

 広場から、聞き慣れた歌声が聞こえてきた。

 

「いた」

 

 足を止める。

 

 そこには竪琴を手にしたウェンティがいた。

 

「おや?」

 

 ウェンティが俺たちに気づく。

 

「おはよう」

 

「おはよう、ウェンティ」

 

「今日はずいぶん早いね」

 

「明日、璃月へ行くから」

 

「うん。知ってるよ」

 

 ウェンティは当然のように答えた。

 

「街のみんなも知ってるんじゃないかな」

 

「やっぱり?」

 

「食料や旅道具を買い込んでいたからね」

 

「だよな」

 

 俺は苦笑した。

 

「今さら隠しても仕方ないか」

 

「隠す必要もないだろう?」

 

「まあね」

 

 ウェンティは竪琴を膝に置いた。

 

「いよいよモンドを離れるんだね」

 

「うん」

 

「最初に会った時と比べると、ずいぶん変わったね」

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

 ウェンティは俺たちを見る。

 

「最初は、この世界のこともよく分からなかっただろう?」

 

「まあ」

 

「今じゃ、モンドで普通に生活してる」

 

「そう言われると変な感じだな」

 

「旅をしていれば、そんなものさ」

 

 ウェンティは笑った。

 

「知らない場所も、しばらくいれば自分の知っている場所になる」

 

「……」

 

「そして、いつかそこを離れる」

 

 俺は黙って街を見る。

 

「モンド、結構好きになったよ」

 

「うん」

 

「だから、ちょっと寂しい」

 

「それはいいことだと思うよ」

 

「そう?」

 

「帰りたいと思える場所が増えたってことだから」

 

 俺は少しだけ笑った。

 

「……なるほど」

 

 おじさんが口を開く。

 

「だが、俺たちは日本へ帰る」

 

「もちろん」

 

 ウェンティは頷く。

 

「そのために璃月へ行くんだろう?」

 

「ああ」

 

「なら、しっかり見てきなよ」

 

「何を?」

 

「璃月を」

 

 ウェンティは空を見上げた。

 

「モンドとは違う場所だからね」

 

「分かってる」

 

「実際に見れば、もっと分かるよ」

 

「そうだね」

 

 ウェンティは竪琴を持ち上げた。

 

「じゃあ、旅立つ二人に一曲」

 

「餞別?」

 

「そういうこと」

 

 竪琴の音が響く。

 

 柔らかな旋律。

 

 モンドを吹き抜ける風に乗って、街へ広がっていく。

 

 俺は黙って聞いていた。

 

 短い演奏が終わる。

 

「……良かった」

 

「ありがとう」

 

 ウェンティが笑う。

 

「璃月でも、たまには空を見上げてごらん」

 

「空?」

 

「どこへ行っても、空は繋がっているからね」

 

「……うん」

 

 おじさんもウェンティを見る。

 

「世話になった」

 

「こちらこそ」

 

「また会えるか?」

 

「風が運んでくれるさ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 ウェンティは笑った。

 

「良い旅を」

 

「ありがとう」

 

「またな」

 

「ああ」

 

 俺たちは広場を離れた。

 

     ◆

 

「次はレザーだな」

 

「ああ」

 

 二人でモンドの外へ向かう。

 

 森へ続く道。

 

 少し歩いたところで、見慣れた姿が見えた。

 

「たかふみ」

 

「レザー」

 

「おじさんも」

 

「ああ」

 

 レザーは俺たちの荷物を見る。

 

「明日?」

 

「そう」

 

「璃月」

 

「うん」

 

 レザーは頷いた。

 

「遠い」

 

「だよね」

 

「危ない」

 

「分かってる」

 

 レザーは少し考えた。

 

「でも、行く」

 

「ああ」

 

「日本、帰るため?」

 

「そう」

 

 おじさんが答える。

 

「分かった」

 

 レザーは街のほうを見る。

 

「モンド、好き?」

 

「俺?」

 

「そう」

 

 俺は少し考える。

 

「好きだよ」

 

「俺も」

 

 レザーは静かに頷いた。

 

「ここ、俺の場所」

 

「うん」

 

「璃月にも森ある」

 

「そうなんだ」

 

「でも違う」

 

「モンドとは?」

 

「違う」

 

 レザーは木に触れる。

 

「匂い」

 

「うん」

 

「風」

 

「うん」

 

「人」

 

「なるほど」

 

「だから、見る」

 

「新しいものを?」

 

「そう」

 

 俺は笑った。

 

「俺もそうする」

 

 レザーはおじさんを見る。

 

「おじさん」

 

「何だ?」

 

「無理するな」

 

「ああ」

 

「たかふみも」

 

「分かった」

 

「二人とも」

 

「約束する」

 

「約束?」

 

「うん」

 

 レザーは頷いた。

 

「なら、いい」

 

 少しだけ沈黙する。

 

 森を風が抜けていく。

 

「じゃあな、レザー」

 

「ああ」

 

「また会おう」

 

「また」

 

 二人で歩き出す。

 

 少し進んだところで、後ろから声が飛んでくる。

 

「たかふみ!」

 

 振り返る。

 

「おじさん!」

 

「ん?」

 

「また!」

 

 レザーが手を上げる。

 

「また!」

 

 俺も手を振った。

 

「またな!」

 

 おじさんも軽く手を上げた。

 

     ◆

 

 昼を過ぎた頃。

 

 二人でモンドへ戻った。

 

「さて」

 

 俺は街を見渡す。

 

「ここからは?」

 

「決めていない」

 

「じゃあ、歩こう」

 

「ああ」

 

 二人で並んで歩き始めた。

 

     ◆

 

 最初に立ち寄ったのは、以前から利用している店だった。

 

「おや、二人とも」

 

 店主が顔を上げる。

 

「こんにちは」

 

「明日だったな」

 

「はい」

 

「璃月へ行くんだろ?」

 

「そうです」

 

「もう準備はできたのか?」

 

「昨日のうちに」

 

「そうか」

 

 店主は笑った。

 

「食料も買っていたしな」

 

「見られてた?」

 

「そりゃ、あれだけ買えば分かるよ」

 

「ですよね」

 

「向こうでも、ちゃんと食べるんだぞ」

 

「分かってます」

 

 店主がおじさんを見る。

 

「そっちもだ」

 

「分かっている」

 

「ならいい」

 

 店主は笑った。

 

「気をつけて行ってきな」

 

「ありがとうございます」

 

「元気でな」

 

「はい」

 

 二人で店を出る。

 

「結局、食事の話だったな」

 

「重要だ」

 

「分かった分かった」

 

     ◆

 

 次に向かったのは、旅道具を買った店だった。

 

「おう」

 

 店主が二人を見る。

 

「いよいよ明日か」

 

「はい」

 

「道具は足りてるか?」

 

「大丈夫です」

 

「璃月までなら、それなりに歩くぞ」

 

「覚悟してます」

 

「ならいい」

 

 店主は頷いた。

 

「またモンドへ戻ってきた時は寄ってくれ」

 

「もちろん」

 

「その時は、また何か買ってくれよ」

 

「分かりました」

 

「約束だぞ」

 

「はい」

 

 二人で店を出る。

 

「こういうの、なんかいいな」

 

「何がだ?」

 

「また戻ってこいって言われるの」

 

「戻ればいい」

 

「うん」

 

     ◆

 

 さらに街を歩く。

 

 何度も顔を合わせた商人。

 

 以前依頼で世話になった人。

 

 街角で顔見知りになった冒険者。

 

 警備をしている騎士。

 

 名前を知らない人もいた。

 

 それでも、声を掛ければ返事が返ってくる。

 

「明日だったな」

 

「はい」

 

「璃月まで気をつけてな」

 

「ありがとうございます」

 

「無茶するなよ」

 

「分かりました」

 

「向こうでも元気でな」

 

「はい」

 

 短いやり取り。

 

 それだけだった。

 

 けれど――。

 

 俺には、それが嬉しかった。

 

 ここへ来たばかりの頃。

 

 街を歩いても、誰も知らなかった。

 

 何を売っている店なのかも分からない。

 

 どこへ行けばいいのかも分からない。

 

 どうやって生活するのかも分からない。

 

 何も分からなかった。

 

 今は違う。

 

 道を歩けば、顔を知っている人がいる。

 

 声を掛けてくれる人がいる。

 

 旅立つことを知っている人がいる。

 

 璃月へ向かうことを知っていて、それでも「気をつけて」と送り出してくれる。

 

「……結構、馴染んでたんだな」

 

 俺が呟く。

 

「ああ」

 

 おじさんも街を見る。

 

「最初は、すぐに帰るつもりだったのに」

 

「うん」

 

「今は、出るのが少し寂しい」

 

「そうだな」

 

     ◆

 

 夕方。

 

 二人で広場へ戻ってきた。

 

 夕日がモンドの街を赤く染めている。

 

 風車がゆっくりと回っていた。

 

 俺は立ち止まる。

 

「……ここも、明日から見られないんだな」

 

「しばらくはな」

 

「そうだね」

 

 噴水を見る。

 

 石畳を見る。

 

 風車を見る。

 

 何度も歩いた道を見る。

 

「最初に来た時は、何も思わなかった」

 

「ああ」

 

「ただ帰りたかった」

 

「今も帰る」

 

「うん」

 

 俺は頷く。

 

「でも……」

 

 少しだけ笑う。

 

「ここも好きになった」

 

「そうだな」

 

「おじさんも?」

 

「ああ」

 

「意外」

 

「なぜだ?」

 

「いや、なんとなく」

 

 おじさんは街を見る。

 

「悪い場所ではない」

 

「それ、かなり気に入ってるってこと?」

 

「そういうことだ」

 

「なるほど」

 

 二人で笑った。

 

     ◆

 

 夜。

 

 宿へ戻る。

 

 荷物はすでにまとめてある。

 

 あとは明日の朝、出発するだけだ。

 

 俺は荷物を確認する。

 

「問題なし」

 

「食料は?」

 

「ある」

 

「水は?」

 

「ある」

 

「地図は?」

 

「あるって」

 

「確認は重要だ」

 

「はいはい」

 

 俺は笑った。

 

 確認を終える。

 

 部屋が静かになる。

 

「明日か」

 

「ああ」

 

「璃月」

 

「ああ」

 

「……どんな旅になるかな」

 

「行けば分かる」

 

「だよな」

 

 俺はベッドへ腰を下ろす。

 

「モンド編も終わりか」

 

「そうだな」

 

「長かったな」

 

「ああ」

 

 少し沈黙する。

 

「でも、楽しかった」

 

「そうだな」

 

「いろいろあったけど」

 

「ああ」

 

「……また来よう」

 

「もちろんだ」

 

 おじさんは迷わず答えた。

 

「その時は、もう少しゆっくりしたいな」

 

「そうだな」

 

「事件とかなしで」

 

「それは無理だろう」

 

「なんでだよ」

 

「お前たちが行くところには、何か起きる」

 

「それ、俺たちのせいみたいじゃん」

 

「違うのか?」

 

「……否定できない」

 

 俺は苦笑した。

 

 窓の外を見る。

 

 モンドの夜。

 

 街の明かり。

 

 静かな風。

 

 明日には、この景色から離れる。

 

 少し寂しい。

 

 けれど――。

 

 旅は続く。

 

 日本へ帰るために。

 

 次の目的地へ進むために。

 

「……おやすみ、おじさん」

 

「おやすみ」

 

 俺は目を閉じた。

 

 モンド最後の夜。

 

 静かな風が、窓の外を吹き抜けていった。

 

 明日。

 

 二人はモンドを出る。

 

 次の目的地――璃月へ。

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