異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第4話「森のヒルチャール」

 モンドで暮らし始めて、数日。

 

 俺たちの生活は、少しずつ形になってきていた。

 

 冒険者ギルドで依頼を受ける。

 

 依頼をこなす。

 

 報酬をもらう。

 

 その金で食事をして、宿に泊まる。

 

 そして、時間があればキャサリンにテイワットの文字を教えてもらう。

 

 日本にいた頃とは、あまりにも違う生活だ。

 

 それでも最初の頃と比べれば、多少は慣れてきた。

 

 ……多少は。

 

「たかふみ!」

 

 街の中を歩いていると、聞き慣れた声が飛んできた。

 

 振り返る。

 

 赤い服に身を包んだ少女が、こちらへ駆けてくる。

 

「アンバー」

 

「こんにちは!」

 

 アンバーは俺たちの前で止まると、明るく笑った。

 

「二人とも、今ちょっと時間ある?」

 

「依頼なら大丈夫だ」

 

 おじさんが答える。

 

「いや、まだ依頼って決まったわけじゃ……」

 

 俺が言いかけると、アンバーが笑った。

 

「でも、お願いしたいことがあるのは本当」

 

「やっぱり依頼じゃん」

 

「細かいことは気にしない!」

 

 アンバーは胸を張る。

 

「最近、モンドの近くでヒルチャールが少し集まってるみたいなの」

 

「ヒルチャール?」

 

「うん。数そのものは大したことないんだけど、念のため確認しておきたいんだ」

 

 俺は周囲を見る。

 

 モンドの街は今日も平和だ。

 

 市場では人が行き交い、店からは料理の匂いがする。

 

 ここから少し外へ出れば、魔物が普通に存在している。

 

 その落差にも、最近では少し慣れてきた。

 

「それで、俺たちに?」

 

「そう。私が偵察するから、一緒に来てもらえると助かるなって」

 

「分かった」

 

 おじさんが即答する。

 

「じゃあ決まり!」

 

 アンバーが嬉しそうに笑った。

 

「たかふみは周囲の確認をお願いね」

 

「了解」

 

「おじさんは……」

 

「戦う」

 

「うん。頼りにしてる!」

 

 アンバーは迷いなく言った。

 

 その評価が正しいことを、俺はもう知っている。

 

 問題は。

 

 目立たないでほしいということだ。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「なるべく普通に」

 

「普通に?」

 

「……いや、忘れて」

 

 たぶん無理だ。

 

     *

 

 モンドを出て、森へ向かう。

 

 アンバーが先頭を進み、俺とおじさんが少し後ろを歩く。

 

「そういえば」

 

 俺はアンバーに声をかけた。

 

「蛍とパイモンって、今日も依頼を受けてるの?」

 

「たぶんね。冒険者ギルドで見かけることも多いよ」

 

 そう。

 

 蛍とパイモンとは、すでに一度会っている。

 

 初対面というわけではない。

 

 冒険者ギルドで顔を合わせたことがあるし、何度か軽く話したこともある。

 

 ただ、深く関わっているわけでもない。

 

 お互いに「同じ街で活動している冒険者」くらいの認識だ。

 

「二人ともよく依頼を受けてるよね」

 

「うん。旅人だからね」

 

 アンバーが答える。

 

「いろんなところへ行ってるみたい」

 

「なるほど」

 

 その会話を聞いていたおじさんが口を開く。

 

「蛍は強い」

 

「おじさん、もう戦ったことあったっけ?」

 

「見れば分かる」

 

「……まあ、そうだけど」

 

 ゲーム知識のある俺からしても、蛍が普通の旅人じゃないことは分かっている。

 

 でも、実際にこの世界で会うと印象が違う。

 

 画面越しではなく、現実に存在している。

 

 その感覚には、まだ慣れない。

 

「止まって」

 

 アンバーが小声で言った。

 

 俺たちは足を止める。

 

「何かいる?」

 

「うん」

 

 アンバーが木の陰から先を確認する。

 

 俺も同じ方向を見る。

 

 森の奥。

 

 開けた場所に、ヒルチャールがいる。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

「……多いな」

 

 俺が呟く。

 

「奥にもいる」

 

 おじさんが言った。

 

「何体?」

 

「十前後」

 

 俺は目を凝らす。

 

 確かに、木々の向こうにも影が見える。

 

「十体くらい」

 

 アンバーが頷いた。

 

「じゃあ、予定通りいこう」

 

 アンバーが弓を構える。

 

「私が先に攻撃する」

 

「俺たちは?」

 

「おじさんは右から回って。たかふみは後ろから敵の動きを見てて」

 

「了解」

 

 俺は頷く。

 

 おじさんも黙って森の右側へ移動する。

 

 そして。

 

 アンバーが矢を放った。

 

 ヒルチャールの一体に命中する。

 

「ギャア!」

 

 一斉に敵がこちらを向く。

 

「今!」

 

 アンバーが叫んだ。

 

 おじさんが走る。

 

 速い。

 

 木々の間を抜け、敵の側面へ回り込む。

 

 ヒルチャールが武器を振り上げた。

 

「ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 風が吹き抜けた。

 

 敵の足元が崩れる。

 

「ギャッ!」

 

 数体が体勢を崩した。

 

 おじさんはその隙を逃さない。

 

 光が手元に集まる。

 

 いつもの光の剣。

 

「……出た」

 

 俺は小さく呟く。

 

 おじさんが一体を斬り伏せる。

 

 別の敵が横から襲いかかる。

 

「左!」

 

 俺が叫んだ。

 

 おじさんが振り向く。

 

 剣で攻撃を受け止め、そのまま敵を押し返す。

 

「ナイス、たかふみ!」

 

 アンバーが叫ぶ。

 

 矢が飛ぶ。

 

 ヒルチャールの動きが止まった。

 

「そのまま!」

 

 アンバーが連続して矢を放つ。

 

 おじさんが敵陣を駆け抜ける。

 

 戦場が崩れていく。

 

 ヒルチャールが互いにぶつかり、隊列が乱れる。

 

 そこへおじさんが入る。

 

「……本当に無茶苦茶だな」

 

 俺は呟いた。

 

 強い。

 

 ただ強いというより、戦い方そのものが異常だ。

 

 敵の数。

 

 位置。

 

 武器。

 

 地形。

 

 全部を見ている。

 

 俺がゲーム知識から考えていることを、おじさんは実戦の判断だけでやっている。

 

「残り三!」

 

 俺が叫ぶ。

 

「了解!」

 

 アンバーが弓を引く。

 

 矢が飛ぶ。

 

 一体が倒れる。

 

 残り二体。

 

 おじさんが一気に距離を詰めた。

 

「終わりだ」

 

 二度、光の剣が閃いた。

 

 静かになった。

 

「……終わった?」

 

 アンバーが周囲を見る。

 

「終わった」

 

 おじさんが答える。

 

「早すぎるよ!」

 

 アンバーが笑う。

 

「十体近くいたんだよ?」

 

「そうだな」

 

「たかふみもそう思うでしょ?」

 

「うん」

 

 俺は頷く。

 

「また普通に強いんだよな、おじさん」

 

「普通ではない」

 

「そこ拾うんだ……」

 

 アンバーが笑い出す。

 

「二人って本当に面白いね」

 

「面白くない」

 

「いや、面白いよ」

 

 そんなやり取りをしていた時だった。

 

「アンバー!」

 

 森の向こうから声がした。

 

「ん?」

 

 アンバーが振り返る。

 

 聞き覚えのある声。

 

「蛍?」

 

 木々の間から、蛍とパイモンが現れた。

 

「アンバー、ここにいたんだ」

 

「蛍!」

 

 アンバーが手を振る。

 

「そっちも依頼?」

 

「うん」

 

 蛍が答える。

 

「近くで魔物が出たって聞いたから」

 

「ちょうど今終わったところだよ」

 

「えっ?」

 

 パイモンが周囲を見る。

 

「もう終わったのか?」

 

「うん」

 

「またおじさんか?」

 

 パイモンが俺を見る。

 

「たぶん」

 

「たぶんってなんだよ!」

 

 おじさんが言った。

 

「だって、おじさんが一番早いじゃないか!」

 

 パイモンの言う通りだった。

 

 蛍が倒れたヒルチャールを見る。

 

 そして、おじさんを見る。

 

「さっきの戦い?」

 

「ああ」

 

 おじさんが答える。

 

「一緒に戦ってみる?」

 

 蛍が聞いた。

 

「もう終わった」

 

「そっか」

 

 蛍は少し残念そうにした。

 

「でも、まだ近くにいるかもしれない」

 

 俺が言う。

 

「そうだね」

 

 蛍が頷いた。

 

「じゃあ、周辺を確認しよう」

 

「うん」

 

 アンバーも頷く。

 

 しばらくして。

 

 別の場所から、ヒルチャールの声が聞こえた。

 

「いた!」

 

 アンバーが弓を構える。

 

 蛍も剣を抜いた。

 

「行こう」

 

「おう!」

 

 パイモンが叫ぶ。

 

 今度は俺たちも一緒だった。

 

     *

 

 森の奥。

 

 新たなヒルチャールの集団が姿を現した。

 

「五体」

 

 俺が確認する。

 

「盾持ちが一体」

 

「分かった」

 

 蛍が頷く。

 

「私が正面から行く」

 

「じゃあ私は援護するね!」

 

 アンバーが弓を構える。

 

「おじさんは?」

 

 パイモンが聞く。

 

「後ろ」

 

 おじさんが答えた。

 

「後ろ?」

 

「状況を見る」

 

「珍しいな!」

 

 パイモンが驚く。

 

「たかふみ」

 

「何?」

 

「見ておけ」

 

「はいはい」

 

 おじさんが前へ出る。

 

 蛍が同時に走った。

 

 二人が並んで敵へ向かう。

 

 蛍の剣が盾を弾く。

 

 ヒルチャールがよろめいた。

 

 おじさんが一歩下がる。

 

「今だ」

 

 光の剣が閃く。

 

 蛍が一体を倒し、おじさんが別の一体を吹き飛ばす。

 

 アンバーの矢が飛ぶ。

 

 敵の動きが止まる。

 

「あと二体!」

 

 俺が叫ぶ。

 

「任せて!」

 

 蛍が走る。

 

 剣が振り抜かれた。

 

 残った一体をおじさんが倒す。

 

 数秒後。

 

 戦闘は終わった。

 

「……」

 

 蛍がおじさんを見る。

 

「強いね」

 

「蛍も強い」

 

 おじさんが答える。

 

「そう?」

 

「ああ」

 

 二人はそれ以上何も言わなかった。

 

 でも。

 

 なんとなく、お互いの実力を認めたことだけは分かった。

 

「なんだか変な感じだな」

 

 俺は呟く。

 

「何が?」

 

 アンバーが聞く。

 

「いや……」

 

 俺は二人を見る。

 

「強い人同士って、こういう感じなのかなって」

 

「どういう感じだよ?」

 

 パイモンが首を傾げる。

 

「俺にも分からない」

 

「なんだそれ!」

 

 パイモンが笑った。

 

     *

 

 森の調査は、その後しばらく続いた。

 

 幸い、大規模な群れや危険な魔物は見つからなかった。

 

「これなら大丈夫そうだね」

 

 アンバーが言う。

 

「今日はありがとう、二人とも」

 

「こっちも助かった」

 

 俺が答える。

 

 蛍もこちらを見る。

 

「またギルドで会うかもね」

 

「そうだな」

 

 俺は頷く。

 

 冒険者ギルドでは、これまでも顔を合わせていた。

 

 でも今日は違った。

 

 初めて一緒に戦った。

 

 それだけのことなのに、少しだけ距離が近くなった気がする。

 

「じゃあ、私たちはこっちへ行くね」

 

 蛍が言う。

 

「うん。気をつけてね!」

 

 アンバーが手を振る。

 

「蛍、またな」

 

 おじさんが言う。

 

「うん」

 

 パイモンも手を振る。

 

「じゃあな、おじさん! たかふみ!」

 

「また」

 

 俺も手を振った。

 

 蛍たちは森の奥へ進んでいく。

 

 俺たちはモンドへ戻る。

 

 別々の道。

 

 別々の目的。

 

 だけど。

 

 同じ世界で、それぞれの旅をしている。

 

 そんな距離感が、今はちょうどよかった。

 

     *

 

 モンドへ戻る道。

 

「今日、どうだった?」

 

 アンバーが聞いてきた。

 

「何が?」

 

「蛍と一緒に戦ったこと」

 

「普通だった」

 

 おじさんが答える。

 

「おじさんはそうだろうね」

 

 俺は苦笑した。

 

「俺はちょっと不思議だったかな」

 

「不思議?」

 

「ゲームで知ってるキャラクターが、普通に目の前にいるから」

 

「……たかふみ」

 

 おじさんが俺を見る。

 

「言うなよ」

 

「分かってる」

 

 俺は慌てて周囲を見る。

 

 アンバーは意味が分からないという顔をしていた。

 

「何の話?」

 

「なんでもない」

 

「そう?」

 

「うん」

 

 俺は笑ってごまかした。

 

 モンドの城壁が見えてくる。

 

 街の中へ戻れば、いつもの生活が待っている。

 

 冒険者ギルド。

 

 モラ。

 

 宿。

 

 食事。

 

 文字の勉強。

 

 そして。

 

 日本へ帰る方法を探すこと。

 

 何も解決していない。

 

 だけど、今日も一日を生き延びた。

 

 それだけで十分なのかもしれない。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

「飯」

 

「……帰ったらすぐ?」

 

「すぐだ」

 

「本当に食べること好きだな、おじさん」

 

「重要だからな」

 

「はいはい」

 

 俺は笑った。

 

 異世界での生活は、まだ続いていく。

 

 そして俺たちはまだ知らなかった。

 

 このモンドで、やがて大きな事件が始まろうとしていることを。

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