異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第5話「風の噂」

 モンドの朝は、いつも通りだった。

 

 広場には人が集まり、露店からは朝食の匂いが漂っている。

 

 冒険者たちがギルドへ向かい、街の人々がそれぞれの仕事へ向かっていく。

 

 少なくとも、昨日までは。

 

「……なんか、騒がしくない?」

 

 俺は歩きながら周囲を見回した。

 

「そうか?」

 

 隣を歩くおじさんは、いつもと変わらない。

 

「ほら。あっち」

 

 俺が指を向ける。

 

 街角に数人の市民が集まっていた。

 

「昨日の風、聞いた?」

 

「ああ。夜中にすごい音がしたらしい」

 

「風魔龍じゃないかって話だぞ」

 

「まさか。そんなこと……」

 

「でも、騎士団も動いてるらしい」

 

 風魔龍。

 

 その言葉を聞いた瞬間、足が止まりそうになった。

 

「……」

 

 知っている。

 

 俺は、その名前を知っている。

 

 ゲームの中で何度も聞いた名前だ。

 

 モンドを襲う巨大な龍。

 

 そして、原神の序章で大きな事件になる存在。

 

 ここまでくれば、さすがに偶然とは思えない。

 

「たかふみ?」

 

「……いや」

 

 俺は首を振った。

 

「なんでもない」

 

 ゲームの知識がある。

 

 それは確かだ。

 

 だけど、ここはゲームの画面の中じゃない。

 

 俺たちは実際にこの街で暮らしている。

 

 人が歩いている。

 

 飯を食べている。

 

 仕事をしている。

 

 そして、何かあれば怪我をする。

 

「風魔龍って、本当にいるのかな」

 

 俺が呟くと、おじさんは少し空を見上げた。

 

「知らん」

 

「だよな」

 

「見ていないからな」

 

 相変わらず淡々としている。

 

 でも、その言葉に妙な安心感があった。

 

「……ゲームでは、知ってるんだけどな」

 

「何を?」

 

「いや、こっちの話」

 

 俺は前を向いた。

 

 ゲームではこうだった。

 

 だから現実でもこうなる。

 

 そんな保証はない。

 

 むしろ、俺たちがいる時点で、すでに何かが変わっている可能性だってある。

 

「ここはゲームじゃない」

 

 小さく呟く。

 

「分かってる」

 

 自分に言い聞かせるように、もう一度。

 

「ここは現実だ」

 

     *

 

 冒険者ギルドへ向かうと、いつもより人が多かった。

 

「おはようございます」

 

 キャサリンさんが笑顔で迎えてくれる。

 

「おはようございます」

 

 俺も挨拶を返す。

 

「今日はずいぶん人が多いですね」

 

「はい。昨夜の風について確認する冒険者の方が増えています」

 

「やっぱり……」

 

 俺は掲示板を見る。

 

 普段の魔物討伐や採集依頼に混ざって、街道の安全確認や周辺地域の調査依頼が増えている。

 

「風魔龍の件ですか?」

 

「正確には、まだ何も断定されていません」

 

 キャサリンさんは落ち着いた声で答えた。

 

「ですが、モンド周辺で通常とは異なる風が観測されています」

 

「なるほど」

 

 おじさんが依頼書を見る。

 

「これは?」

 

「街道付近の魔物と周辺の状況確認です」

 

「受ける」

 

「おじさん、決めるの早くない?」

 

「仕事だろ」

 

「まあ、そうだけど」

 

 結局、その依頼を受けることになった。

 

 最近はこういう生活にも慣れてきた。

 

 朝、ギルドへ行く。

 

 依頼を受ける。

 

 外へ行く。

 

 魔物を倒す。

 

 報酬を受け取る。

 

 最初は日本へ帰る方法を探すための仮の生活だった。

 

 でも今では、これが俺たちの日常になりつつある。

 

 だからこそ。

 

 街に広がっている不安が、妙に気になった。

 

     *

 

 ギルドを出ると、アンバーがこちらへ歩いてきた。

 

「あ、おじさん! たかふみ!」

 

「アンバー」

 

「今日は依頼?」

 

「ああ」

 

 俺が依頼書を見せる。

 

「街道の確認なんだ」

 

「そっか。最近、外がちょっと危ないから気をつけてね」

 

「アンバーも調査してるの?」

 

「うん。騎士団でも周辺の警戒を強めてるんだ」

 

 アンバーの表情はいつもより真剣だった。

 

「何か分かってる?」

 

「まだはっきりとは」

 

 アンバーは首を振る。

 

「風が変なんだって。騎士団でも調べてるけど、原因はまだ分からないみたい」

 

「そうなんだ」

 

「もし何か変なものを見つけたら、すぐ騎士団に知らせてね」

 

「分かった」

 

 アンバーはおじさんを見る。

 

「おじさんも、無茶しないでよ?」

 

「善処する」

 

「……それ、無茶する人の返事じゃない?」

 

 アンバーが苦笑した。

 

「たかふみ、ちゃんと見張っててね」

 

「俺が?」

 

「だって、おじさん一人だと何するか分からないし」

 

「それは否定できない……」

 

 おじさんは何も言わない。

 

 アンバーは笑って手を振った。

 

「じゃあ、またね!」

 

「また」

 

 その背中を見送る。

 

「……騎士団も本格的に動いてるんだな」

 

「そうだな」

 

 おじさんは歩き出した。

 

「俺たちも行くぞ」

 

「はいはい」

 

     *

 

 街道へ向かう途中、俺は何度も空を見上げた。

 

 雲は普通。

 

 風も、街の中ではそこまで強くない。

 

 だけど。

 

 森に入った瞬間、空気が変わった。

 

「……風、強くない?」

 

「ああ」

 

 木々が揺れている。

 

 葉が一斉に同じ方向へ流れていく。

 

「昨日もこんな感じだったのかな」

 

「分からん」

 

 おじさんは周囲を見る。

 

 俺もゲーム知識を頼りに周辺を確認する。

 

 この辺りなら、ヒルチャール。

 

 スライム。

 

 トリックフラワー。

 

 そういう魔物が出るはずだ。

 

 でも。

 

「……少ないな」

 

「何が?」

 

「魔物」

 

 いつもなら何体か見かけてもおかしくない。

 

 なのに今日は妙に静かだ。

 

「逃げてるのか?」

 

「分からない」

 

 少し進む。

 

 すると、森の中に倒れた木を見つけた。

 

「これ……」

 

 近づく。

 

 幹が途中から大きく折れている。

 

「風だけで折れたのかな」

 

 おじさんが木を見る。

 

「普通じゃない」

 

「やっぱり?」

 

「ああ」

 

 俺は周囲を確認する。

 

 地面にも何かが擦れたような跡がある。

 

「何か通った?」

 

「そう見えるな」

 

「大きい?」

 

「ああ」

 

 俺は嫌な予感を覚えた。

 

 でも、それ以上は分からない。

 

 だから依頼通り、周辺の状況を確認する。

 

 しばらくして、魔物の集団を発見した。

 

「ヒルチャール」

 

 俺が小声で言う。

 

 数は五。

 

 盾持ちが一体。

 

 弓が二体。

 

 残りは近接型。

 

「どうする?」

 

「倒す」

 

「だよな」

 

 おじさんが前へ出る。

 

 俺は少し後ろから敵の位置を見る。

 

「右に二体。左に三体」

 

「分かった」

 

「弓がいるから気をつけて」

 

 次の瞬間。

 

 おじさんの手元に光が集まった。

 

 光の剣。

 

 そして。

 

「ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 風が走った。

 

 ヒルチャールたちの足元が崩れる。

 

「今!」

 

 おじさんが一気に距離を詰める。

 

 光の剣が閃く。

 

 盾を持ったヒルチャールが吹き飛び、残った敵が混乱する。

 

「左!」

 

「分かってる」

 

 おじさんは振り向きざまに一体を倒す。

 

 残りも数秒。

 

 気づけば戦闘は終わっていた。

 

「……早」

 

「何か言ったか?」

 

「いや」

 

 俺はため息をつく。

 

「相変わらず強いな」

 

「普通だ」

 

「それを普通って言うのやめてくれない?」

 

 おじさんは倒したヒルチャールを確認する。

 

「依頼の範囲内だ」

 

「そうだけどさ」

 

 俺は周囲を見る。

 

 やはり、魔物たちは落ち着きがない。

 

 何かを恐れているようにも見える。

 

「……やっぱり何かある」

 

「そうだな」

 

     *

 

 依頼を終えてモンドへ戻る途中。

 

 街道で、別の冒険者たちとすれ違った。

 

「西側はどうだった?」

 

「ダメだ。風が強すぎる」

 

「騎士団も調査してるらしいぞ」

 

「本当に風魔龍なのか?」

 

 その言葉に、俺は足を止めた。

 

「……」

 

 まただ。

 

 風魔龍。

 

 噂がどんどん広がっている。

 

 そして、噂だけではなく、実際に異変も起きている。

 

 モンドへ戻ると、その空気はさらに強くなっていた。

 

     *

 

 西風騎士団でも、調査が進んでいた。

 

「街道西側で異常な風と、魔物の移動を確認しました」

 

 騎士の報告を聞きながら、ジンは頷く。

 

「被害は?」

 

「今のところ大きなものはありません」

 

「引き続き警戒を」

 

「はい」

 

 そこへガイアが入ってくる。

 

「ずいぶん忙しそうだな」

 

「ガイア」

 

「西側の調査結果だ」

 

 ガイアが報告書を置く。

 

「似たような痕跡が複数ある」

 

「風の痕跡ですか?」

 

「ああ」

 

 ジンは報告書を見る。

 

「原因は?」

 

「まだ分からない」

 

「……そうですか」

 

 ガイアは窓の外を見る。

 

「だが、少なくとも普通の風じゃない」

 

     *

 

 別の場所では、リサも調査を続けていた。

 

「これは……」

 

 地面に残った魔力の痕跡を確認する。

 

「妙ね」

 

 元素反応だけでは説明しきれない。

 

 風そのものに何か別の力が加わっている。

 

「まだ断定するには早いわね」

 

 リサは立ち上がった。

 

「もう少し調べてみましょう」

 

     *

 

 ディルックもまた、街の外にいた。

 

 倒れた木を確認し、周囲を見渡す。

 

「……」

 

 炎元素を使うまでもない。

 

 ただの暴風なら、ここまで不自然な痕跡は残らない。

 

「何かがいる」

 

 ディルックは空を見上げた。

 

     *

 

 俺たちは夕方、ギルドへ戻った。

 

「おかえりなさいませ」

 

 キャサリンさんに依頼の報告をする。

 

「周辺の魔物については問題ありませんでした。ただ……」

 

 俺は風の異常について話した。

 

「倒木や、地面に大きな傷がありました」

 

「分かりました」

 

 キャサリンさんは記録する。

 

「騎士団にも報告しておきます」

 

「お願いします」

 

 報告を終える。

 

 外へ出ると、空が赤く染まっていた。

 

「今日は疲れたな」

 

「そうか?」

 

「俺は疲れたよ」

 

「飯を食えば治る」

 

「それ、おじさん基準だろ」

 

「重要なことだ」

 

「はいはい」

 

 俺は笑った。

 

 こういうやり取りも、最近は普通になっている。

 

 日本へ帰れない。

 

 異世界にいる。

 

 それなのに、こうして一日の終わりに腹が減って、飯の話をしている。

 

 不思議なものだった。

 

     *

 

 その夜。

 

 宿の部屋で、俺は窓の外を見ていた。

 

 モンドの街には明かりが灯っている。

 

 いつもなら穏やかな夜だ。

 

 でも今日は違う。

 

 街のあちこちで、人々が空を見上げている。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

「どうする」

 

「何が?」

 

「風魔龍」

 

 俺は黙った。

 

「調べる」

 

「危険だぞ」

 

「分かってる」

 

 それでも。

 

 ここまで異変が大きくなった以上、無視するわけにはいかない。

 

「もしかしたら、日本に帰る方法につながるかもしれない」

 

「そうかもしれんな」

 

「もちろん、何も関係ない可能性もあるけど」

 

「なら調べればいい」

 

 おじさんらしい答えだった。

 

「……そうだな」

 

 俺は頷く。

 

「調べよう」

 

     *

 

 その時だった。

 

 ゴォォォォッ――!

 

 突然、強烈な風が吹いた。

 

「うわっ!」

 

 窓が大きく揺れる。

 

 街から悲鳴が上がった。

 

 俺は反射的に窓へ駆け寄る。

 

「何だ……?」

 

 空。

 

 雲の向こうに、何かがいる。

 

 巨大な影。

 

 長い翼。

 

 そして。

 

 月明かりに照らされた青い身体。

 

「……」

 

 声が出なかった。

 

 ゲームで見た。

 

 何度も見た。

 

 けれど。

 

 実際に見るのは、まったく違う。

 

「おじさん……」

 

「ああ」

 

「いる」

 

「そうだな」

 

 巨大な存在が、モンドの上空を通り過ぎる。

 

 その姿を見た瞬間、街中から叫び声が上がった。

 

「風魔龍だ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

 騎士たちが動き出す。

 

 街の人々が建物へ逃げ込む。

 

 俺は空を見上げたまま動けなかった。

 

「……本当に、いる」

 

 ゲームのイベントじゃない。

 

 画面の向こうでもない。

 

 今、俺たちのいる世界の空を飛んでいる。

 

「たかふみ」

 

「分かってる」

 

 俺は拳を握る。

 

「行こう」

 

「どこへ?」

 

「情報を集める」

 

 戦うとは言わない。

 

 まだ何が起きているのか分からない。

 

 ただ。

 

 この事件を放っておくことはできない。

 

「モンドで何が起きてるのか、ちゃんと知りたい」

 

 おじさんは頷いた。

 

「ああ」

 

 窓の外。

 

 巨大な龍が夜空を飛び去っていく。

 

 その姿が見えなくなっても、風だけは残っていた。

 

 モンドの平穏は、もう以前と同じではない。

 

 そして俺たちも。

 

 この世界で生きていく以上、この事件から完全に離れていることはできなくなっていた。

 

 風魔龍。

 

 その背後に何があるのか。

 

 まだ俺には分からない。

 

 ただ、ひとつだけ確かなことがある。

 

 ――モンドの物語が、大きく動き始めた。

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