異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第6話「風魔龍」

 モンドの朝は、いつもと変わらないように見えた。

 

 風車が回り、街路には人が行き交う。

 

 商人たちは店を開き、冒険者たちは今日の依頼について話し合っている。

 

 風神の都。

 

 自由の国。

 

 少なくとも、昨日までの俺にとっては、そんな印象の街だった。

 

 ――だが。

 

「……なんか、風強くない?」

 

 街を歩いていた俺が、空を見上げた。

 

 隣を歩いていたおじさんも足を止める。

 

「そうか?」

 

「昨日からずっとだよ」

 

「風の街なんだから、これくらい普通なんじゃないのか?」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 

 俺は空を見た。

 

 雲の動きがおかしい。

 

 風が一定ではない。

 

 強く吹いたかと思えば、一瞬だけ風が止まり、次の瞬間には建物の間を突き抜けるような突風が吹く。

 

「……嫌な感じがする」

 

 俺が呟いた。

 

 その直後だった。

 

 空の彼方から、低い音が響いた。

 

「……何?」

 

 俺が顔を上げる。

 

 ゴォォォォ……。

 

 風の音。

 

 だが、それだけではない。

 

 まるで巨大な何かが、雲の向こうで唸っているような音だった。

 

「おじさん」

 

「分かっている」

 

 おじさんも空を見ている。

 

 街の人々も異変に気づき始めていた。

 

「なんだ?」

 

「空が……」

 

「雲が集まってるぞ」

 

 上空の雲が、急速に渦を巻き始める。

 

 そして。

 

 巨大な影が、その向こうから現れた。

 

「…………」

 

 誰も言葉を発しなかった。

 

 最初に見えたのは翼だった。

 

 あまりにも巨大な翼。

 

 続いて長い身体が現れ、青白い鱗が太陽の光を反射する。

 

 巨大な龍。

 

 風をまとった、その姿。

 

 俺の顔から血の気が引いた。

 

「……トワリン」

 

「たかふみ?」

 

「……風魔龍」

 

 知っている。

 

 ゲームで何度も見た。

 

 モンド編の重要な存在。

 

 そして、この後に起こる事件も知っている。

 

 ――はずだった。

 

「でか……」

 

 実物を目の前にすると、そんな言葉しか出てこなかった。

 

 画面の中で見るのとは、まるで違う。

 

 大きさも。

 

 存在感も。

 

 何より――怖さが。

 

 トワリンが翼を広げる。

 

「――――ッ!」

 

 咆哮。

 

 次の瞬間。

 

 街を暴風が襲った。

 

「うわあああああっ!」

 

「きゃあああ!」

 

「逃げろ!」

 

 人々が一斉に走り出す。

 

 店の看板が吹き飛び、屋台が倒れる。

 

 窓ガラスが震え、風に巻き上げられた木箱が宙を飛んだ。

 

「たかふみ!」

 

「うわっ!」

 

 おじさんが俺の腕を掴んだ。

 

 二人は建物の壁際まで移動する。

 

 直後、巨大な風圧が街を駆け抜けた。

 

「な、なんだよこれ……!」

 

 俺が目を細める。

 

 風が強すぎて、立っていることすら難しい。

 

 そのとき。

 

「全員、落ち着いてください!」

 

 凛とした声が響いた。

 

 ジンさんだった。

 

「騎士団は住民の避難を最優先! 負傷者の確認も同時に行ってください!」

 

「はい!」

 

 騎士たちが走り出す。

 

「アンバー!」

 

「はい!」

 

「東側の住民をお願いします!」

 

「任せて!」

 

 アンバーはすぐさま駆け出した。

 

「皆さん、こっちです!」

 

 逃げ惑う人々に声をかける。

 

「大丈夫! 騎士団が避難を誘導します!」

 

「でも、あれは何なの!?」

 

「今は説明してる暇がないよ! まず安全な場所へ!」

 

 アンバーは小さな子供の手を取った。

 

「ほら、こっち!」

 

「う、うん……!」

 

 一方。

 

 ガイアさんは街の中央から空を見上げていた。

 

「さて……」

 

 いつもの軽い笑みは浮かべている。

 

 しかし、目は鋭い。

 

「どういうつもりなのかね、あの風魔龍は」

 

 トワリンはただ旋回しているわけではない。

 

 何度か街の上空を通過しながら、特定の場所へ風を叩きつけている。

 

「……妙だな」

 

 ガイアさんは小さく呟いた。

 

 その隣でリサさんが杖を構える。

 

「まあ、大きなお客様だこと」

 

「余裕だな、リサ」

 

「余裕があるように見せているだけよ」

 

 リサさんが魔法を放つ。

 

 飛んできた瓦礫が空中で弾かれ、地面へ落ちる。

 

「街の被害を減らさないとね」

 

「助かるよ」

 

 ガイアさんは再び空を見る。

 

「どうやら、まだ終わりじゃないらしい」

 

 その言葉通り。

 

 トワリンが再び翼を広げた。

 

 風が集まる。

 

「まずいな」

 

 ガイアさんが呟く。

 

「ジン!」

 

「分かっています!」

 

 ジンさんが騎士たちへ叫ぶ。

 

「防御を!」

 

 その直後。

 

 巨大な風が街へ叩きつけられた。

 

 建物の一部が崩れる。

 

「きゃあっ!」

 

「助けて!」

 

 悲鳴が上がった。

 

 俺が振り向く。

 

「おじさん!」

 

「分かっている」

 

 二人は崩れた建物へ向かった。

 

「誰かいますか!」

 

 俺が声を張る。

 

「ここ! ここです!」

 

 瓦礫の向こうから声が返ってきた。

 

「おじさん、いる!」

 

「どこだ?」

 

「この下!」

 

 瓦礫は複雑に積み重なっていた。

 

 無理に動かせば、さらに崩れる可能性がある。

 

 俺は周囲を見る。

 

「上の梁を先に動かせる?」

 

「やってみよう」

 

 おじさんが手を伸ばす。

 

 風が集まった。

 

「ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 風が瓦礫の隙間へ入り込む。

 

 重い梁が、ゆっくりと浮き上がった。

 

「今!」

 

 俺が中へ入る。

 

「大丈夫です! もう少しです!」

 

 女性を一人。

 

 続いて子供を一人。

 

 俺が外へ運び出す。

 

「ありがとうございます!」

 

「まだ危険です! あっちへ避難してください!」

 

 俺は避難場所を指差した。

 

 そのとき。

 

「たかふみ!」

 

「何?」

 

「向こうにも人がいる」

 

 おじさんが別の建物を指差した。

 

「……行こう!」

 

 二人は走り出した。

 

 街のいたるところで救助活動が始まっていた。

 

 騎士たちは負傷者を運び、アンバーは避難誘導を続ける。

 

 リサさんは魔法で崩壊しかけた建物を支え、ガイアさんはトワリンの動きを見ながら次の攻撃を予測していた。

 

 そして。

 

「蛍!」

 

「分かってる!」

 

 別の場所では、蛍とパイモンも住民を助けていた。

 

「パイモン、こっち!」

 

「分かったぞ!」

 

 二人も瓦礫を避けながら、人々を安全な場所へ誘導していく。

 

 街の中を、風が荒れ狂う。

 

 その中心にいるのは、一匹の巨大な龍。

 

「……トワリン」

 

 俺は再び空を見上げた。

 

 知っている。

 

 あれはゲームのキャラクターだった。

 

 モンド編で戦うことになる存在。

 

 でも、今は違う。

 

 あれは本物だ。

 

 空を飛び、咆哮し、風を巻き起こしている。

 

 街の人間を傷つけている。

 

「……本当にいるんだ」

 

「たかふみ!」

 

「え?」

 

「上だ!」

 

 おじさんの声。

 

 俺が見上げる。

 

 トワリンがこちらへ向かってきていた。

 

「うそだろ……」

 

 巨大な影が街を覆う。

 

 翼が動く。

 

 風が膨れ上がる。

 

「伏せろ!」

 

 おじさんが俺を引っ張った。

 

 次の瞬間。

 

 轟音とともに風が通り過ぎる。

 

「くっ……!」

 

 俺は地面に手をついた。

 

 風が収まる。

 

「……おじさん?」

 

「無事か?」

 

「うん」

 

 おじさんは空を見上げていた。

 

 その顔から、いつもの無表情に近いものが消えている。

 

 何かを考えている。

 

「どうしたの?」

 

「……あれは」

 

 トワリンが空を旋回する。

 

 巨大な身体。

 

 荒々しい風。

 

 敵意。

 

 それだけなら、ただの襲撃者に見える。

 

 だが。

 

「……苦しんでいる」

 

「え?」

 

 俺が聞き返す。

 

「何言ってるの?」

 

「あの龍だ」

 

 おじさんは静かに言った。

 

「怒っているだけではない」

 

「……」

 

「苦しんでいる」

 

 俺は黙った。

 

 もう一度、トワリンを見る。

 

 確かに。

 

 どこかおかしい。

 

 暴れている。

 

 苦しそうに咆哮している。

 

 まるで、自分でも止められない何かに突き動かされているような。

 

「……ゲームじゃ、そこまで考えなかった」

 

「ゲーム?」

 

「……いや」

 

 俺は首を振る。

 

「でも……」

 

 ゲームの中なら。

 

 敵を倒せばいい。

 

 イベントを進めればいい。

 

 目的地へ行けばいい。

 

 でも、ここは違う。

 

 あの龍にも意思がある。

 

 苦しんでいるなら。

 

「……助けられるのかな」

 

 俺が呟いた。

 

「調べてみなければ分からない」

 

 おじさんが答える。

 

「なら、調べよう」

 

「……うん」

 

 そのとき。

 

『――――――ッ!!』

 

 再びトワリンが咆哮した。

 

 空気が震える。

 

 街の人々が怯える。

 

 ジンさんが顔を上げた。

 

「また来ます!」

 

「全員、住民から離れないで!」

 

 騎士たちが動く。

 

 アンバーも弓を構える。

 

「ジンさん!」

 

「分かっています!」

 

 だが。

 

 トワリンは街へ向かって急降下したかと思うと、途中で大きく旋回した。

 

 そのまま上空へ戻っていく。

 

「……?」

 

 俺が目を細める。

 

「攻撃しない?」

 

 ガイアさんも同じことを考えていた。

 

「妙だな」

 

 トワリンはモンドを襲いながらも、完全に街を破壊しようとしているようには見えない。

 

 何かを探しているようにも見える。

 

「ガイアさん」

 

 ジンさんが声をかける。

 

「何か気づきましたか?」

 

「まだ推測だがね」

 

 ガイアさんは空を見上げる。

 

「あの龍には、何か別の目的があるのかもしれない」

 

「……私もそう思います」

 

 ジンさんが答える。

 

「まずは住民の安全を確保します。その後、原因を調査しましょう」

 

「了解」

 

 トワリンがさらに高度を上げる。

 

 そして。

 

 モンドの街から離れていった。

 

「……行っちゃった」

 

 アンバーが呟く。

 

 風が徐々に弱くなる。

 

 街に静けさが戻ってくる。

 

 だが。

 

 そこに残されたものは大きかった。

 

 倒壊した建物。

 

 壊れた店。

 

 負傷した住民。

 

 そして、恐怖に震える人々。

 

「負傷者の確認を!」

 

 ジンさんが指示を出す。

 

「建物の被害状況も調べてください!」

 

「はい!」

 

 騎士たちが動き始める。

 

 アンバーも住民の様子を確認して回る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい……ありがとうございます」

 

「よかった」

 

 アンバーは笑顔を見せた。

 

 だが、空を見上げると、その表情は少し曇った。

 

「……あの龍、また来るのかな」

 

「その可能性はあるでしょうね」

 

 ジンさんが答える。

 

「だからこそ、原因を調べる必要があります」

 

 その少し離れた場所。

 

 俺は、壊れた建物を見ていた。

 

「……すごい被害だな」

 

「そうだな」

 

 おじさんも答える。

 

「ゲームで見たときは、こんな感じじゃなかった」

 

「そうなのか?」

 

「いや……」

 

 俺は言葉を止める。

 

「ゲームだと、もっと簡単だったんだ」

 

 敵が出て。

 

 戦って。

 

 倒して。

 

 次へ進む。

 

 それだけだった。

 

 でも。

 

 実際には違う。

 

 人がいる。

 

 生活がある。

 

 街がある。

 

 壊れた建物の中には、そこに住んでいた人の生活があった。

 

「……俺たちが知っている物語とは違う」

 

 俺が呟く。

 

「なら、今まで以上に慎重にならないとな」

 

 おじさんが言った。

 

「うん」

 

 そこへ。

 

「おじさん! たかふみ!」

 

 アンバーが駆けてきた。

 

「二人とも大丈夫?」

 

「俺たちは平気だ」

 

「たかふみは?」

 

「大丈夫」

 

「よかった!」

 

 アンバーは胸を撫で下ろした。

 

「二人とも、さっき住民を助けてくれたんだよね?」

 

「できることをしただけだ」

 

「それでも助かった人がいるんだから、十分だよ!」

 

 アンバーは笑った。

 

 俺は少し照れくさそうに目を逸らす。

 

「……どうも」

 

「ふふっ」

 

 そのとき。

 

「アンバー」

 

 ジンさんが呼んだ。

 

「はい!」

 

「救助状況を報告してください」

 

「はい。大きな負傷者は今のところ――」

 

 アンバーが報告を始める。

 

 その光景を、ガイアさんが少し離れた場所から見ていた。

 

 そして。

 

「さて……」

 

 ガイアさんが俺へ近づいてくる。

 

「たかふみ」

 

「はい?」

 

「君、風魔龍について妙に詳しいね」

 

「……!」

 

 俺の肩が固まる。

 

「そうですか?」

 

「そうだな」

 

 ガイアさんは笑っている。

 

「名前を聞いたとき、ずいぶん驚いていた」

 

「それは……」

 

 俺は言葉を探す。

 

 しかし。

 

「異世界人だから、とでも言うのかな?」

 

「……」

 

「まあ、いいさ」

 

 ガイアさんはそれ以上追及しなかった。

 

「それより、今回の事件について気になることがある」

 

「何ですか?」

 

「アビス教団だ」

 

 俺の表情が変わった。

 

「……!」

 

「何か知ってる?」

 

「いや……」

 

 ガイアさんの目が細くなる。

 

「そうかい」

 

 軽い声。

 

 だが、視線は鋭い。

 

「今回の風魔龍の襲撃。その裏にアビス教団が関わっている可能性がある」

 

 俺は黙った。

 

 知っている。

 

 この名前も。

 

 そして。

 

 この事件が、単なる龍の襲撃ではないことも。

 

「アビス教団……」

 

 おじさんが呟く。

 

「敵なのか?」

 

「少なくとも、騎士団にとって友好的な相手ではないな」

 

 ガイアさんが答える。

 

「詳しいことは、これから調べる」

 

 そのとき。

 

「ガイア」

 

 ジンさんが声をかける。

 

「はい?」

 

「報告を」

 

「分かっています」

 

 ガイアさんはジンさんへ向き直った。

 

「風魔龍の動きには不自然な点があります。街を破壊するだけが目的ではないようです」

 

「やはり……」

 

「それと」

 

 ガイアさんの表情が変わる。

 

「アビス教団の関与についても調べる必要があります」

 

「分かりました」

 

 ジンさんは頷いた。

 

「騎士団として調査を開始します」

 

 モンドの街では。

 

 風魔龍による襲撃の後始末が続いていた。

 

 だが。

 

 本当の事件は、まだ始まったばかりだった。

 

 俺は空を見上げた。

 

 トワリンが消えた方向。

 

「……あいつ、本当に苦しんでいたのかな」

 

「俺にはそう見えた」

 

 おじさんが答える。

 

「だったら……」

 

 俺は拳を握った。

 

「調べよう」

 

 日本へ帰る方法。

 

 この世界に来た理由。

 

 そして。

 

 風魔龍が苦しんでいる理由。

 

 全部が別々の問題に見えて。

 

 もしかしたら、どこかで繋がっているのかもしれない。

 

「まずはアビス教団だな」

 

「そうだね」

 

 俺が頷く。

 

 モンドの風は、再び穏やかに吹き始めていた。

 

 だが。

 

 その風の向こうでは。

 

 次の事件が、すでに動き始めていた。

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