異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第8話「赤い髪の男」

 モンドの街を出て、しばらく歩いた。

 

 風は穏やかだった。

 

 昨日、風魔龍が現れて街を襲ったとは思えないほど、今日は静かだ。

 

 ただ、街の外へ出ると、少しずつ昨日までとは違う空気を感じる。

 

 魔物の活動が増えている。

 

 冒険者ギルドから受けた依頼にも、そんな報告がいくつかあった。

 

「……昨日の件から、明らかにおかしくなってるよな」

 

 俺は、手にした地図を見ながら呟いた。

 

「何がだ?」

 

 隣を歩くおじさんが聞いてくる。

 

「魔物の動き。昨日までは普通だった場所でも、妙に増えてる」

 

「そうか」

 

「あと、昨日見つけた足跡」

 

「ああ」

 

 俺たちは昨日、ヒルチャールの異常行動を調べた。

 

 そこで、ヒルチャールだけではなく、人間らしき足跡を見つけた。

 

 しかも、その近くには妙な黒い痕跡まで残っていた。

 

 アビス教団。

 

 ゲームの知識がある俺にとって、その名前はかなり嫌なものだった。

 

 ただし。

 

 この世界がゲームと完全に同じだとは思っていない。

 

 俺たちがここにいる時点で、すでに何かが変わっている可能性がある。

 

「だから、原作知識だけで決めつけるのは危険なんだよな」

 

「原作?」

 

「……いや、こっちの話」

 

「そうか」

 

 おじさんは、それ以上聞かなかった。

 

 こういうところは助かる。

 

 普通なら「何の話だ?」くらい聞いてきそうなものだが、おじさんは妙なところで深掘りしない。

 

 たぶん、本人も似たようなところがあるからだろう。

 

「とりあえず、昨日の足跡を追ってみよう」

 

「分かった」

 

 俺たちは森へ入った。

 

 木々の間を進む。

 

 昨日よりも静かだった。

 

 鳥の声も少ない。

 

「……おじさん」

 

「分かっている」

 

「まだ何も言ってないけど」

 

「何かいる」

 

「やっぱり?」

 

 おじさんが足を止める。

 

 俺も周囲を見回した。

 

 そのときだった。

 

 森の奥から、人影が現れた。

 

「……誰?」

 

 俺は思わず立ち止まった。

 

 赤い髪。

 

 黒を基調とした服装。

 

 背中には大きな両手剣。

 

 そして。

 

 何より、見覚えがある。

 

「……ディルックさん」

 

 思わず名前が口から出そうになった。

 

 だが、慌てて止めた。

 

 ここでは知らないふりをしたほうがいい。

 

 ゲームでは知っている。

 

 モンドの有名人。

 

 酒場の経営者。

 

 そして、夜のモンドを守る人物。

 

 だが、目の前にいるディルックさんは、ゲーム画面の中にいたキャラクターではない。

 

 実際にそこに立っている。

 

 それだけで、妙な緊張感があった。

 

 向こうも俺たちに気づいた。

 

 赤い髪の男――ディルックさんがこちらを見る。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 俺は思わずおじさんを見る。

 

 おじさんもディルックさんを見る。

 

 ディルックさんも俺たちを見る。

 

 なんだ、この時間。

 

 先に口を開いたのはディルックさんだった。

 

「お前たちは何者だ?」

 

 低く、落ち着いた声。

 

 おじさんが答える。

 

「冒険者だ」

 

「……それだけか?」

 

「それ以上必要か?」

 

「いや」

 

 再び沈黙。

 

 俺は思った。

 

 会話が短い。

 

 ものすごく短い。

 

「えっと……俺たちは最近モンドで活動している冒険者です」

 

 仕方なく俺が補足する。

 

「昨日の風魔龍の件もあって、魔物の動きを調べています」

 

「風魔龍……」

 

 ディルックさんの目がわずかに細くなった。

 

「お前たちも追っているのか?」

 

「直接追っているわけじゃありません。ただ、昨日から魔物の動きがおかしくて」

 

「……そうか」

 

 ディルックさんは俺たちを観察する。

 

 特におじさんを見る時間が長い。

 

「その剣は?」

 

「武器だ」

 

「見れば分かる」

 

「なら問題ない」

 

 俺は心の中で頭を抱えた。

 

 なんでこの二人、こうなんだ。

 

「おじさん、もうちょっと説明してもいいんじゃない?」

 

「必要か?」

 

「いや、普通はするだろ」

 

 ディルックさんが俺を見る。

 

「お前は苦労しているな」

 

「……分かります?」

 

「ああ」

 

 初対面なのに、なぜか理解されてしまった。

 

 なんだろう。

 

 妙に納得できる。

 

 そのとき。

 

 ディルックさんが森の奥へ視線を向けた。

 

「この辺りで、何か妙なものを見なかったか?」

 

「妙なもの?」

 

「黒い痕跡だ」

 

 俺は少し驚いた。

 

「見ました」

 

「どこで?」

 

「少し先の森です」

 

「案内できるか?」

 

「できますけど……」

 

 俺はおじさんを見る。

 

 おじさんは無言で頷いた。

 

 その瞬間。

 

 森の奥から、何かが聞こえた。

 

「……?」

 

 低い唸り声。

 

 続いて。

 

 木々が激しく揺れた。

 

「来るぞ」

 

 おじさんが言った。

 

「何が?」

 

「敵だ」

 

「え?」

 

 森の奥から魔物が飛び出してきた。

 

「うわっ!」

 

 俺は慌てて後ろへ下がる。

 

 ヒルチャール。

 

 それだけではない。

 

 奥にはアビスの魔術師までいる。

 

「アビス教団……!」

 

 思わず声が出た。

 

 ディルックさんがこちらを見る。

 

「知っているのか?」

 

「いや、今の見た目で……」

 

「そうか」

 

 それ以上は聞かない。

 

 ディルックさんは大剣を抜いた。

 

 刀身に炎が走る。

 

「下がっていろ」

 

「俺たちも戦える」

 

「なら、無理はするな」

 

 ディルックさんが前へ出た。

 

 次の瞬間。

 

 炎が爆発した。

 

「はあっ!」

 

 大剣が横薙ぎに振られる。

 

 炎が敵をまとめて吹き飛ばした。

 

「すご……」

 

 俺は思わず呟いた。

 

 知識としては知っている。

 

 ディルックさんが強いことも。

 

 炎元素を使うことも。

 

 だが、実際に見ると迫力が違う。

 

 炎の熱がここまで伝わってくる。

 

 敵が起き上がる。

 

 そこへ、おじさんが踏み込んだ。

 

「レグスウルド・スタッガ――縛動 拘鎖」

 

 光を帯びた鎖が伸びる。

 

 魔物の身体を縛り上げた。

 

「今だ」

 

 おじさんが走る。

 

 手に光が集まる。

 

 光の剣。

 

 それを一閃。

 

 魔物が吹き飛んだ。

 

「……」

 

 ディルックさんが一瞬だけおじさんを見る。

 

「変わった力だな」

 

「そうか?」

 

「元素ではない」

 

「違う」

 

 おじさんは短く答える。

 

「精霊魔法だ」

 

「そうか」

 

 ディルックさんはそれ以上聞かなかった。

 

 その判断の速さに、俺は少し驚いた。

 

 普通ならもっと質問するだろう。

 

 でも、今は戦闘中だ。

 

 まず敵を倒す。

 

 その判断は合理的だった。

 

「おじさん、右!」

 

「分かっている」

 

 横からヒルチャールが飛び込んでくる。

 

 おじさんが身体をひねってかわす。

 

 そこへディルックさんの大剣が振り下ろされた。

 

「終わりだ」

 

 炎が弾ける。

 

 ヒルチャールが吹き飛んだ。

 

「……連携、うまくない?」

 

 俺は思わず呟いた。

 

「偶然だ」

 

 おじさんが答える。

 

「いや、絶対偶然じゃないだろ」

 

 戦いながら、二人は自然と役割を分担していた。

 

 ディルックさんが正面から敵を押さえる。

 

 おじさんが動きを止める。

 

 そしてディルックさんが一気に叩く。

 

 逆に、おじさんが接近したときには、ディルックさんが別の敵を抑えている。

 

「……強いな」

 

 ディルックさんが呟いた。

 

「おじさん!」

 

「何だ?」

 

「今、褒められた?」

 

「そうか?」

 

「たぶん!」

 

 敵の数が減っていく。

 

 最後に残ったアビスの魔術師が、魔法を放った。

 

「異界の者よ!」

 

 魔力が集中する。

 

「来るぞ!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 おじさんが動く。

 

「ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 風が巻き起こる。

 

 魔法の軌道が逸れた。

 

 その隙にディルックさんが突っ込む。

 

「はあああっ!」

 

 大剣が障壁へ叩き込まれた。

 

 炎が炸裂する。

 

 障壁に亀裂が入った。

 

「おじさん!」

 

「ああ」

 

 おじさんが駆ける。

 

 光の剣を振り上げる。

 

「――そこだ」

 

 一閃。

 

 障壁が砕けた。

 

 アビスの魔術師が後方へ吹き飛ばされる。

 

 ディルックさんが追撃する。

 

 炎をまとった大剣が振り抜かれた。

 

 魔術師は森の奥へ逃げていった。

 

「逃げた!」

 

 俺が叫ぶ。

 

「追うか?」

 

 おじさんが聞く。

 

 ディルックさんは首を横に振った。

 

「今は追わない」

 

「いいの?」

 

「目的は分かった」

 

 ディルックさんは地面を見る。

 

 そこには黒い痕跡が残っていた。

 

「アビス教団が、この地域で何かをしている」

 

 俺も地面を見る。

 

「やっぱり……」

 

 昨日見たものと同じ。

 

 風魔龍事件。

 

 ヒルチャールの異常行動。

 

 そして、アビス教団。

 

 点だったものが、少しずつ線になっていく。

 

「風魔龍にも関係しているんでしょうか」

 

 俺が聞く。

 

「可能性はある」

 

 ディルックさんは答えた。

 

「だが、確証はない」

 

「そうですよね」

 

「だから調べる」

 

 短い。

 

 本当に短い。

 

 でも、分かりやすい。

 

 ディルックさんは地面に残った痕跡を調べた。

 

「この先に何かある」

 

「俺たちもそう考えてます」

 

「なら、別々に調べよう」

 

「え?」

 

「人数が多ければ、相手に警戒される」

 

 確かにそうだ。

 

「分かりました」

 

 ディルックさんがこちらを見る。

 

「お前たちは、無茶をするな」

 

「そっちも」

 

「……」

 

 ディルックさんが一瞬だけ目を細める。

 

 そして。

 

「お前たちは変わっているな」

 

「え?」

 

「だが、悪くない」

 

 それだけ言うと、ディルックさんは背を向けた。

 

 赤い髪が風に揺れる。

 

 そのまま森の奥へ歩いていった。

 

「……行っちゃった」

 

「俺たちも行くぞ」

 

「うん」

 

 俺たちは反対方向へ歩き始めた。

 

 しばらく無言だった。

 

 そして。

 

「おじさん」

 

「何だ?」

 

「ディルックさん、強かったな」

 

「ああ」

 

「おじさんも強いけど」

 

「ああ」

 

「……どっちが強い?」

 

「戦ってみなければ分からない」

 

「そりゃそうだけど」

 

 俺は苦笑した。

 

「でも、二人とも戦い方が全然違った」

 

「そうか?」

 

「ディルックさんは正面から押すタイプ。おじさんは相手の隙を作って攻撃するタイプ」

 

「なるほど」

 

「あと二人とも会話が短い」

 

「……」

 

「何で黙るんだよ」

 

「別に」

 

「いや、さっきから思ってたんだけど」

 

 俺は笑った。

 

「強い人って、会話が短いよな」

 

「そういうものか?」

 

「たぶん」

 

 おじさんは少し考える。

 

「なら、俺も強いということか」

 

「そこに繋げるなよ!」

 

 思わずツッコんだ。

 

 少しだけ緊張が解けた。

 

 だが。

 

 俺は再び森の奥を見る。

 

 さっきの戦闘。

 

 アビス教団。

 

 黒い痕跡。

 

 そして風魔龍。

 

「……やっぱり、何かある」

 

「そうだな」

 

「原作でもアビス教団はトワリンに関わってた」

 

「また原作か」

 

「あ」

 

 しまった。

 

 おじさんは首を傾げる。

 

「まあいい」

 

「いいの?」

 

「あまり気にしていない」

 

「……助かる」

 

 俺は苦笑する。

 

 原作知識は便利だ。

 

 でも、それを絶対の答えにしてはいけない。

 

 ここはゲームではない。

 

 俺たちは、この世界で生きている。

 

 だから。

 

 実際に見たものを信じる。

 

「とりあえず、次の手掛かりを探そう」

 

「ああ」

 

 二人は歩き続けた。

 

 その背後。

 

 遠く離れた場所では、ディルックさんもまた別の道を進んでいた。

 

 目的は同じ。

 

 アビス教団を追うこと。

 

 だが。

 

 互いの目的も、事情も、まだ詳しくは知らない。

 

 それでいい。

 

 今は。

 

 必要以上に踏み込む必要はない。

 

 それぞれが、それぞれのやり方で動く。

 

 その結果として。

 

 少しずつ、同じ事件の中心へ近づいていく。

 

 モンドを襲った風魔龍。

 

 異常な魔物の動き。

 

 そして暗躍するアビス教団。

 

 事件はまだ始まったばかりだった。

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