異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第9話「狼と少年」

 森の中は静かだった。

 

 風が木々の間を抜け、葉を揺らしている。

 

 モンドの街を出てから、俺たちはしばらく歩き続けていた。

 

 昨日の風魔龍襲撃。

 

 その後に増えた魔物。

 

 そして、森の各所で見つかっている妙な痕跡。

 

 冒険者ギルドから受けた依頼も、その調査の一つだった。

 

「……この辺りだな」

 

 隣を歩いていたおじさんが足を止める。

 

「地図だとそうなってる」

 

 俺は手元の地図を確認した。

 

「最近、この周辺でヒルチャールが増えてるらしい」

 

「そうか」

 

「あと、森の動物も妙に警戒してるみたいだ」

 

「……」

 

 おじさんが周囲を見る。

 

「どうした?」

 

「気配がある」

 

「魔物?」

 

「分からない」

 

 俺も周囲を見回した。

 

 だが、何も見えない。

 

 ゲームなら、こういう場面では敵が出てくるのが定番だ。

 

 しかし。

 

 ここはゲーム画面の中じゃない。

 

 何が起きるかは分からない。

 

「……来るぞ」

 

 おじさんが言った。

 

「え?」

 

 次の瞬間。

 

 草むらが揺れた。

 

 俺は反射的に身構える。

 

 だが。

 

 出てきたのは魔物ではなかった。

 

 一人の少年だった。

 

 赤紫色の髪。

 

 獣のような鋭い目。

 

 背中には大きな両手剣。

 

 服装も、雰囲気も普通の少年とは違う。

 

「……」

 

 少年はこちらを見た。

 

 警戒している。

 

 そして。

 

「お前たち、誰だ」

 

 短い言葉が飛んできた。

 

 俺は思わず息を止めた。

 

 知っている。

 

 ゲームで見たことがある。

 

 モンドの森で暮らす少年。

 

 狼とともに生きる少年。

 

「レザー……」

 

 口から名前が出かけた。

 

 俺は慌てて止める。

 

 危ない。

 

 本人の前で知っている情報を出しすぎるわけにはいかない。

 

「冒険者だ」

 

 おじさんが答えた。

 

「森の調査をしている」

 

「冒険者……」

 

 レザーは俺たちを見る。

 

「何の調査?」

 

「魔物の異常行動と、森に残っている痕跡だ」

 

「……」

 

 レザーが周囲を見る。

 

「森、おかしい」

 

「やっぱり?」

 

「動物、逃げる」

 

 レザーは木々を見上げた。

 

「魔物、増えた」

 

「それ、俺たちも調べてる」

 

「そうか」

 

 レザーは少しだけ警戒を緩めた。

 

「お前たち、悪い人間じゃない?」

 

「少なくとも、今のところは」

 

 おじさんが答える。

 

「今のところって何だよ」

 

 俺は思わずツッコんだ。

 

 レザーが首を傾げる。

 

「変な人間」

 

「……それは否定できないかも」

 

 俺は苦笑した。

 

 おじさんがこちらを見る。

 

「どういう意味だ?」

 

「そのままの意味」

 

「そうか」

 

 納得するなよ。

 

 俺がそう思っていると、レザーが鼻を動かした。

 

「……敵」

 

「え?」

 

 次の瞬間。

 

 森の奥から咆哮が響いた。

 

 木々が揺れる。

 

「来る!」

 

 レザーが剣を抜いた。

 

 おじさんも光の剣を構える。

 

 俺は一歩下がった。

 

 草むらからヒルチャールが飛び出してくる。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

「多いな!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 レザーが前へ出た。

 

「俺が戦う」

 

「おじさんも!」

 

「ああ」

 

 二人が並んだ。

 

 そして。

 

 ほとんど同時に走り出した。

 

 レザーの大剣が横薙ぎに振られる。

 

 ヒルチャールが吹き飛ぶ。

 

 その隙を狙って別の個体が飛び込む。

 

「おじさん、右!」

 

「分かっている」

 

 光の剣が閃く。

 

 攻撃が弾かれた。

 

 おじさんが踏み込み、敵を斬り払う。

 

「……」

 

 レザーが一瞬だけおじさんを見る。

 

「……」

 

 おじさんも見る。

 

 何も言わない。

 

「いや、何か言えよ!」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

 二人ともこちらを見る。

 

「何?」

 

「何?」

 

「そこまで息ぴったりなのに、なんで無言なんだよ!」

 

「戦闘中だから」

 

 おじさんが答える。

 

「必要ない」

 

 レザーも答える。

 

「……」

 

 俺は何も言えなくなった。

 

 こいつら、似てる。

 

 ものすごく似てる。

 

 しかも。

 

 連携まで妙に噛み合っている。

 

「左!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 レザーが反応する。

 

 大剣で敵の攻撃を受け止める。

 

 その背後から別の敵が飛び込んだ。

 

「おじさん、後ろ!」

 

「分かっている」

 

 おじさんが身体をひねる。

 

 光の剣が一閃。

 

 敵が吹き飛ぶ。

 

 そこへレザーが追撃する。

 

「はあっ!」

 

 大剣が叩き込まれた。

 

 敵が地面を転がる。

 

「……」

 

 レザーが周囲を見る。

 

「まだいる」

 

「右奥!」

 

 俺が指差す。

 

 レザーが走る。

 

 おじさんも同時に動いた。

 

 レザーが敵を正面から引きつける。

 

 おじさんが横から回り込む。

 

 そして。

 

 二人の攻撃が同時に入った。

 

 最後のヒルチャールが吹き飛ぶ。

 

 森が静かになった。

 

「終わった……」

 

 俺は息を吐いた。

 

 レザーが剣を下ろす。

 

 おじさんも光の剣を消した。

 

「怪我は?」

 

 俺が聞く。

 

「ない」

 

 レザーが答える。

 

「問題ない」

 

 おじさんも答えた。

 

「……」

 

「……」

 

 また沈黙。

 

 俺は二人を交互に見る。

 

「二人とも喋らなすぎ!」

 

 思わず突っ込んだ。

 

 レザーが首を傾げる。

 

「喋る?」

 

「そう!」

 

「必要?」

 

「いや……必要だろ」

 

 おじさんが言う。

 

「戦闘は終わった」

 

「そういうことじゃないんだよ!」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 レザーが少し考える。

 

「おじさん、強い」

 

「そうか?」

 

「強い」

 

 レザーは真っ直ぐおじさんを見る。

 

「仲間」

 

「……」

 

 おじさんは少しだけ黙った。

 

「そうか」

 

「うん」

 

「なら、仲間だ」

 

「早い!」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

 レザーがまた首を傾げる。

 

「戦った」

 

「うん」

 

「助けた」

 

「うん」

 

「だから仲間」

 

「……分かりやすいな」

 

 俺は苦笑した。

 

 でも。

 

 悪くない。

 

 こういう関係も。

 

 レザーは敵意を完全に解いたわけではない。

 

 だが、おじさんに対する警戒は明らかに薄れていた。

 

「おじさん」

 

「何だ?」

 

「その力」

 

 レザーが光の剣を見る。

 

「精霊?」

 

「そうだ」

 

「友達?」

 

「そういうものだ」

 

 レザーの目が少しだけ輝いた。

 

「精霊……友達」

 

「ああ」

 

「いいな」

 

 その言葉に、おじさんは何も答えなかった。

 

 ただ。

 

 否定もしなかった。

 

 俺はレザーを見る。

 

 ゲームでは知っていた。

 

 彼がどんな場所で生きてきたのか。

 

 どういう境遇なのか。

 

 けれど。

 

 本人から聞いていないことを、俺が勝手に話すのは違う。

 

 知識と現実は別だ。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

 おじさんがこちらを見る。

 

「何か考えているのか?」

 

「……ちょっとね」

 

 俺はレザーを見る。

 

 森で一人……いや、狼たちとともに暮らす少年。

 

 普通とは違う人生。

 

 だけど。

 

 本人はそれを不幸だとは思っていないのかもしれない。

 

 なら、外から勝手に哀れむのも違う。

 

「まあ、本人がいいならいいんだろうな」

 

 小さく呟く。

 

「何が?」

 

 レザーが聞く。

 

「いや、何でもない」

 

 俺は笑った。

 

 そのとき。

 

 レザーが突然、森の奥を見る。

 

「……あっち」

 

「何?」

 

「変な匂い」

 

「匂い?」

 

「人間じゃない」

 

 レザーは歩き出した。

 

 俺たちもついていく。

 

 少し進んだところで。

 

 地面に黒い痕跡が残っていた。

 

「……これ」

 

 俺はしゃがみ込む。

 

 見覚えがある。

 

 第8話で見たものと同じだ。

 

「アビス教団か?」

 

 おじさんが言う。

 

「たぶん」

 

 レザーが頷く。

 

「こいつら、森にいる」

 

「どれくらい?」

 

「分からない」

 

「何をしてる?」

 

「分からない」

 

 レザーは少し考えた。

 

「でも、嫌な感じ」

 

「なるほど」

 

 俺は立ち上がる。

 

「この情報、ギルドに伝える」

 

「いい」

 

 レザーは頷いた。

 

「森、まだ危ない」

 

「レザーはどうする?」

 

「森にいる」

 

「一人で大丈夫?」

 

「一人じゃない」

 

 レザーが森の奥を見る。

 

「狼、いる」

 

「ああ……」

 

 そうだった。

 

 レザーは一人じゃない。

 

 彼には彼の仲間がいる。

 

「じゃあ、気をつけて」

 

「お前たちも」

 

「うん」

 

 おじさんがレザーを見る。

 

「また戦うか?」

 

「うん」

 

 レザーが答える。

 

「一緒に」

 

「分かった」

 

 俺は二人を見る。

 

 なんだか妙に気が合っている。

 

「じゃあ、俺たちは戻るよ」

 

「また来る?」

 

「依頼があれば」

 

「そうか」

 

 俺たちは森を出る方向へ歩き始めた。

 

 少し進んだところで、俺は振り返った。

 

 レザーはまだそこにいた。

 

 こちらを見ている。

 

「……また会えるといいな」

 

 俺が呟く。

 

「会えるだろう」

 

 おじさんが答えた。

 

「そうかな」

 

「あいつは森にいる」

 

「それはそうだけど」

 

「なら、また会う」

 

「……単純だな」

 

「何か問題があるか?」

 

「ない」

 

 俺は笑った。

 

 森を抜ける。

 

 モンドへ戻る道を歩きながら、俺は今回の調査を振り返った。

 

 魔物の異常行動。

 

 森の動物たちの警戒。

 

 アビス教団の痕跡。

 

 そして。

 

 ディルックやレザーも、それぞれのやり方で事件を追っている。

 

 騎士団も動いている。

 

 蛍とパイモンも動いている。

 

 俺たちも動いている。

 

「……いろんな人が巻き込まれてるな」

 

「風魔龍の件か?」

 

「うん」

 

 俺は空を見る。

 

 昨日まで、ただの青空だった。

 

 今は違う。

 

 そこには、巨大な風魔龍が残した影がある。

 

 まだ事件の全体像は分からない。

 

 ゲームで知っている展開もある。

 

 でも。

 

 実際のテイワットは、俺の知っているゲームよりずっと複雑だ。

 

「原作通りには、ならないかもしれない」

 

「また原作か」

 

「……癖なんだよ」

 

「そうか」

 

 おじさんはそれ以上聞かなかった。

 

 俺たちはモンドへ向かって歩く。

 

 まずはギルドへ報告する。

 

 それから次の依頼を探す。

 

 そして。

 

 少しずつ事件の正体へ近づいていく。

 

 森の奥では、レザーが一人で俺たちを見送っていた。

 

 そのさらに奥。

 

 木々の影には、黒い痕跡が残されている。

 

 風魔龍。

 

 アビス教団。

 

 そして、モンドに暮らす人々。

 

 それぞれの思惑が、少しずつ一つの事件へと繋がり始めていた。

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