30分後、ようやく縁による足裏への全力の指圧から解放された黒ウサギは荒い息を吐きながら、頬を紅潮させ地面に横たわっていた。
「あ、ありえないのデスヨ……まさかここまで理不尽だとは……!でも何なのでしょう……すごく痛かったのに何処かスッキリしたと言いますか……目覚めてはいけないものに目覚めてしまいそうな気が……」
足裏への指圧は拷問としてもマッサージとしても機能していた。本来なら恨み節の一つでも溢すものだが、血流の促進を促されたおかげで体が軽い。感謝と恨みが入り混じって複雑な黒ウサギであった。
「しかしあれだな。頬を紅潮させつつ、荒い息を吐いて倒れる美少女というのも中々乙だな」
「ほう、そう思うか。どうやらおんしとは話が合いそうじゃの。衣服が若干乱れているところも良いと思わんか?」
「確かに……」
「ちょっ!?人の痴態を見て楽しまないでください!!」
機敏に立ち上がって衣服を正す黒ウサギ。その様子に飛鳥と耀が首を傾げる。
「……人?」
「兎を自称するのだから、その言い方は少し語弊があるのではないかしら?」
「た、確かに厳密には違いますが……あー、もう!!そんな事はどうでもいいんですっ!!」
ウガーッ!!と吠える。異世界からの4人だけでも黒ウサギ1人の手では手におえないというのに、箱庭の三大問題児とまで謳われる白夜叉まで加わっては最早どうにもならない。主にツッコミと尊厳的な意味で。
「まぁ、駄目ウサギの尊厳はどうでもいい」
「どうでも良くないですよ!!」
「いい加減ギフトゲームを始めたらどうだ?俺もあんたの試練とやらに挑戦させてもらう」
「そうじゃの」
その時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。獣とも、野鳥とも思える叫び声に反応したのは春日部耀だった。
「何……今の鳴き声」
「ふむ……あやつか。おんしらを試すには打って付けかもしれんの」
叫び声の発信源に向けて手招きする白夜叉。
すると体長5mはあろうかという巨躯と、鷲の翼を広げ、獅子の下半身を持つ獣が滑空して現れたその獣を見て耀は驚愕と歓喜の籠もった声を上げた。
「グリフォン……嘘、本物!?」
「如何にも。あ奴こそ鳥の王にして獣の王。さて、肝心の試練だがの、おんしら三人とこのグリフォンで〝力〟 〝知恵〟〝勇気〟の何れかを比べ合ってもらうとするかの」
白夜叉が先ほどのカードを取りだした直後、〝主催者権限ホストマスター〟にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。
『ギフトゲーム〝鷲獅子の手綱〟
・プレイヤー一覧
・逆廻十六夜
・久遠飛鳥
・春日部耀
・獅子尾縁
・クリア条件
グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う
・クリア条件
〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる
・敗北条件
降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します
〝サウザンドアイズ〟印』
「私がやる」
真っ先に名乗り出る耀。
その瞳は、まるで宝物を見つけた子供のようにきらきらと輝いていた。
『にゃあ』
「大丈夫だよ、三毛猫」
「ふむ。自信があるようだが、これは結構な難物だぞ? 失敗すれば大怪我では済まんが」
「大丈夫、問題ない」
揺らぐことのない声音でそう告げる耀。瞳は逃すことなくグリフォンへと向いていた。
「OK、先手は譲ってやるよ」
「気をつけてね、春日部さん」
「その薄着じゃ相当寒いだろ。これでもないよりかはマシだから着てろ」
コートを脱いで耀に手渡す縁。
「うん、ありがとう。頑張る」
ブカブカのコートに袖を通して、耀はグリフォンへと駆け寄った。
「え、えーと。初めまして、春日部耀です」
『!?』
大きく体を揺らすグリフォン、その表情は驚きに染められている。
「ほう……あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」
耀のギフトは、数多の獣とも通じ合い、幻獣との会話をも可能としたのだ。
一部の種族や黒ウサギのような神仏の眷属は言語中枢が与えられていれば獣との会話は可能ではあるが、目の前のグリフォンを初めとした幻獣はそれそのものが独立した種の一つ。同種化、それ相応のギフトが無ければ意思の疎通は出来ないというのが箱庭では常識だ。そしてこの力は、幻獣との言語の壁が大きい箱庭では極めて希少なものだ。彼女の底知れぬ可能性を秘めたギフトに、白夜叉は愉しそうに笑う。
「私を貴方の背に乗せ……誇りを賭けて勝負をしませんか?」
『……何……!?』
その言葉が琴線に触れた獣の王は確かな激情をその瞳に宿らせた。気高き獣たる彼らにとって、誇りを掛けろとは最も効果的な挑発だ。
「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振り落とせば勝ち。私が背に乗っていたら私の勝ち。……どうかな?」
耀は首を傾げた。この条件は力と勇気を試す事が出来る。だが、グリフォンは大きく鼻を鳴らして尊大に問い返す。
『娘よ。お前は私に〝誇りを賭けろ〟と持ちかけた。お前の述べる通り、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。─────だがな娘。誇りの対価に、お前は何を賭す?』
「命を賭けます」
一切の迷いの無い即答。彼女の言葉に黒ウサギと飛鳥から驚きの声が上がる。
「だ、駄目です!」
「春日部さん!?本気なの!?」
「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。……それじゃ駄目かな?」
『……ふむ……』
耀の提案に更に慌てる2人。縁はジッと耀の後姿を見据え、白夜叉と十六夜は冷厳な言葉で2人で制す。
「2人共、下がらんか。これはあの娘から切り出した試練だぞ」
「ああ。無粋な事はやめとけ」
「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには──」
「大丈夫だよ」
耀は確固たる態度で頷く。その表情は、勝機を見出だしてのものだった。グリフォンは逡巡すると、頭を下げて背に乗せるように促す。
『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』
耀はそれに頷くと、迷うことなく背に乗り出した。手綱を握りしめ、獅子の胴体に跨がる。耀はグリフォンの毛並みを少し撫で、囁くように言う。
「始まる前に一つだけ。……私、貴方の背中に跨がるのが夢の一つだったんだ」
『───そうか』
グリフォンは苦笑を漏らし、翼を三度羽ばたかせる。前傾姿勢をとるや否や、大地を踏み抜くように薄明の空に飛び出した。
----------------------
「あっ、戻ってきたわ!」
飛鳥が嬉しそうな声で叫ぶ。
見れば耀は気温がマイナスに達し、酸素も満足に補給できない中、彼女は必死にグリフォンにしがみついて湖畔の中心まで堪えていた。
耀を振り落とそうと必死に旋回するグリフォン。地平ギリギリにまで急降下して大地と水平になるように振り回す。それが最後の山場だった。
勢いもそのままに湖畔の中心まで疾走したグリフォン。春日部耀の勝利が決定した時―――彼女の両手が手綱から外れた。
『何!?』
「春日部さん!?」
息をつく暇も、賞賛する時間もない。その小さな体は頭から地面へと落下しようとしていた。縁は咄嗟に手を掲げ、重力場を発生させようとしたその時、十六夜がその手を掴んだ。
「待て! まだ終わってない!」
次の瞬間、その言葉が正解だったと皆が知る。
意識が覚醒したかのように、耀は空中で体勢から立て直し、彼女の周囲に風が纏う。彼女はまるで空気を踏みしめるように段差の大きな階段を降りるかのような不安定な足取りでゆっくりと歩き続け、なんとか縁達の元へと着地した。そんな彼女に始めに声を掛けたのは、呆れたような笑みを浮かべる十六夜だった。
「やっぱりな。お前のギフトはさしづめ他の生物の特性を手に入れる類だったんだな」
その問い方が気に入らないのか、耀はむすっとして反論した。
「違う。さっきも言ったけど、これは友達になった証。けど何時から知ってたの?」
「ただの推測だ。黒ウサギと会った時に『風上に立たれたらわかる』って言ってただろ?そんな芸当には人間にはできない、だから春日部のギフトは他種の生物とコミュニケーションがとれるわけじゃなく、他種のギフトをなんらかの形で手に入れるものなんじゃないかと推測したわけだ。まぁ、あの速度に耐えられる生物は地球上にはいないだろうしな」
興味津々な十六夜の視線をフイっと避ける。そしてそのまま縁の元へと歩いていき、借りていたコートを手渡す。
「ありがと。おかげで助かった」
「あぁ、気にすんな。この様子だと焼け石に水みたいな感じだっただろうし」
凍ってパリパリになったコートを数回振るい、冷たくなった袖に腕を通す。と、ここで背中に視線を受けている事に何となくだが気が付いた縁。後ろを振り返ってみると、そこには黒ウサギがジトーッとどこか恨めし気にこちらを見ていた。
「何だよ駄目ウサギ。こっち見てんじゃねえぞ」
「……いえ、なんだか耀さんとか他の方にはお優しいと思いまして?黒ウサギにもその優しさの一欠けらでも与えて下さらないかと」
そんな彼女の言葉に縁は『はぁ?』と思いっきり顔を顰める。
「お前は馬鹿なのか?いや、馬鹿だな」
「疑問形から確定形に言い直されました!?」
「異世界に拉致、上空からのパラシュート無しのスカイダイビング、半ば詐欺、そして俺の頭のタンコブ。まだ何かいう事はあるか?」
「……ごめんなさい、調子に乗ってたのデスヨ。よよよ」
「よし。その心を忘れずに馬車馬の如く働け」
これまでの経緯をがっつり根に持っていた縁の言葉に黒ウサギは顔を両手で覆い隠して静かに涙を流した。確かな力関係が出来上がりつつある2人に苦笑しながら、白夜叉が柏手を打って耀に近づいてきていた。
「いやはや大したものだ。あ奴に食らいついていけるとは中々に見どころのある娘だの。このゲームはおんしの勝利だの……ところで、おんしの持つギフトは先天性か?」
「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった」
「木彫り?」
白夜叉がペンダントを覗き込む。表面にある形状は中心の空白を目指して幾何学線が延びるその形を見て、黒ウサギが父の知り合いに生物学者がいないか質問する。
「うん、私の母さんがそうだった」
「生物学者ってことは、やっぱりこの図形は系統樹を表しているのか白夜叉?」
「おそらくの……ならこの図形はこうで……この円形が収束するのは……いや、これは……これは、凄い! 本当に凄いぞ娘!本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ!まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは! これは正真正銘、生命の目録と称して過言ない名品だ!」
熱弁していく白夜叉。しまいには買い取りたいとまで言い出す始末だが、そんなこと当然許すわけも無く、耀がペンダントを取り上げた。子供のようにしゅんと落ち込んだ白夜叉だったが、すぐに気を取り直して黒ウサギに問いかける。
「さて、他に何か用はあったりするのか?」
「実は、今日は鑑定をお願いしようと思ってきたのですが」
「よ、よりによってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところだがの」
気まずそうな顔をする白夜叉。どうやら、鑑定に関しては不得手なようだ。白夜叉は、四人を一目見て質問する。
「ふむ、四人とも素養が高いのはわかる。しかし、これでは何とも言えんな。おんしらは自分のギフトをどのくらい把握している?」
「企業秘密」
「右に同じ」
「以下同文」
「それなりに」
「うぉぉぉぉぉい?それでは話が進まんだろうに」
「殆ど分からないから答えようが無いんだよ」
「それに鑑定なんていらねえよ。人に値札を貼られるのは趣味じゃない」
その言葉に困ったように頭を悩ませる白夜叉。一応ギフトゲームをクリアしたのだから、相応のものを与えなければならない。そこまで考えた所で、いい案が浮かんだとでも言うように手をポンと叩いて笑った。
「ふむ。何にせよ主催者として、星霊の端くれとして、試練をクリアしたおんしらにはギフトを与えなければならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」
そう言いながらパンパンと柏手を打つと、四人の頭上に光り輝くカードが現れた。そのカードには、所有者の名前と、そのギフトの名が記されていた。
コバルトブルーのカードに逆巻十六夜・ギフトネーム・〝
ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム・〝威光〟
パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム・〝
それぞれが自分のカードを見る。やはり、口で色々と言いつつも興味はあるようだ。黒ウサギは、そのカードを見て、興奮した顔でカードを見る。
「ギフトカード!!」
「お中元?」
「お歳暮?」
「お年玉?」
「レッドカード?」
「ち、違います!というかなんで皆さんそんなに息が合っているのです!?このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ!耀さんの”生命の目録”だって収納可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」
「黒ウサギ、アウト」
「えぇ!?な、何で説明しただけなのにアウトを!?飛鳥さんもカードを掲げないでくださいませ!!」
ギフトカードには本来コミュニティの名と旗印も記されるが、縁達が所属するコミュニティは〝ノーネーム〟。名前も旗印も持っていないので、書いてないのも仕方のないことだろう。
「そのギフトカードは、正式名称をラプラスの紙片、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった恩恵の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体は分かるというもの」
「へえ?じゃあ俺のはレアなわけだ?」
白夜叉が十六夜のカードを見る。そこには
「……いや、そんな馬鹿な。正体不明だと……?いいやありえん、全知であるラプラスの紙片がエラーを起こすはずなど」
「何にせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」
白夜叉は、いくつかの思考を張り巡らせていた。何故ギフトが正常に機能しないのか。無効化したのか、しかし、強大な身体能力を発揮するギフトを持っている者がそれを打ち消すギフトを持っていると言う明らかな矛盾はおかしい。ならば、まだラプラスの紙片が異常を起こした、という方が納得がいく。
「おい、白夜叉。なんか俺のだけやけに多いんだけど?」
「む?どれどれ」
シルバーのカードに獅子尾縁・ギフトネーム・〝重力操作〟・〝
思わず黒ウサギは悲鳴を上げた。
「な、何のなのですかこのギフトのラインナップは!?」
異世界から来たメンバーの中ではダントツのギフトの多さ。だが後半のギフトネームから漂う不穏な空気は黒ウサギに冷たい汗をかかせるには十分だった。特に3番目のギフトが。
「これはまた……分かり易いギフトネームじゃのう」
縁としては分かり易いのは別に良い。だが身に覚えのないギフトが自分に宿っているのは不快である。
「前半2つには心当たりはある。でも後半が訳が分からんのだが」
「ギフトネームから察するに、明らかにお前の方向音痴の大元だろ」
「心当たりになるほどの方向音痴ならばそうなる。時折、ギフトとは名ばかりの呪いを宿す者もおるからの」
「これが原因かよ……!」
思い返せば物心つく前からの迷子体質だったが、学校の校舎でも迷子のなるのは異常だったと今にして思う。一体何の因果でこのような
「で、ではこちらの〝
怯えるように問いかける黒ウサギ。こんなピンポイントに黒ウサギを狙ったかのようなギフトがあるのだろうか?嫌な予感が止まらないが、何も知らなければ対処の使用も無い。彼女の意を決した発言であった。
「ふむ……時に聞くがお主、兎をどう思う?」
「は?何だよ急に?」
「いいから、思ったことをありのまま答えてくれ」
白夜叉の言葉に、顎に手を当てて考える仕草を取る縁。すると段々と眉間に皺が寄っていき、不機嫌な声で言い捨てた。
「思い出すだけでも何故だか無性にイライラするな。あんなの食われることで初めて価値が見いだせる家畜だろ?」
「「「………………は?」」」
縁の言葉に白夜叉以外の女性陣が呆然と声を漏らした。
『食われることで初めて価値が見いだせる』と、縁は言った。それはつまり、目の前の男はあの円らな目をした可愛い可愛い小動物を焼くなり煮るなりして食った事があるという事で―――
「近くにそれを扱ってる精肉店があってな、味は鶏肉ぽかった」
「…………」
「待って春日部さん、気持ちは分からなくはないけどまずはその持ち上げた岩を置きましょう?ここで流血沙汰は流石に良くないわ」
「離して飛鳥、奴は私の敵だから」
光の伴わない瞳で岩を持ち上げる耀を宥める飛鳥。動物を無性に罵った挙句、焼いて煮て食ったという縁が許せないのかもしれない。だがそんな事は今回ばかりは気にならないのか、黒ウサギはなけなしの勇気を振り絞る。
「なぜそのように嫌っていらっしゃるのですか?可愛いではないですか、兎」
「何でって……………………何でだ?」
「理由は無かったのですか!!?」
これまた物心ついた時にはそうだった。保育園の時にはウサギ小屋のウサギを苛めて先生に怒られた記憶が微かにある。だがそれがどうしたというのか、嫌なものは嫌というのが縁の主張だ。
「そう言う点においては………なるほど、駄目ウサギを見てるとイラッとするのはこの為か」
「輪廻転生という思想があるじゃろ?極稀に前世の行いや記憶をギフトという形で受け継ぐ者がおる。恐らくおんしの前世は悉くウサギを食らう捕食者だったのじゃろうな」
「成程な、魂が連綿と受け継いできた本能という訳か。となると、このギフトの効果は〝ウサギ〟全般に対する絶対的な優位性ってところだな。前半のギフトも組み合わされば黒ウサギじゃまず縁に勝ち目はない」
月の兎もウサギとカウントされるならそうなると実に冷静に実況する白夜叉と十六夜。だが黒ウサギとしては堪ったものではない。もし2人のいう事が本当だとするならば、黒ウサギに生理的嫌悪感を抱いていて、黒ウサギでは決して敵わないギフトを保持するプレイヤーがコミュニティに入るという事。
「し、白夜叉様!!何とかならないのですか!?」
「無理じゃの。この手のギフトは魂に癒着していて、剥がす事は出来ぬ」
「そ、そんなぁ……」
ガクッと、両手両膝を地面に着けて項垂れる黒ウサギ。コミュニティの復興の為に呼び出した人材が、まさか己の天敵となりうるギフトの持ち主だとは夢にも思わなかった。そんな彼女を一瞥した縁は、一つ溜息を吐いて黒ウサギに背を向けた状態で彼女に話しかけた。
「別におれだった理由も無く怒ったり殴ったりしねーよ」
「ふえ?」
「俺を見縊んな。こんなギフト如きに振り回されて堪るか。それに―――」
頭を乱暴に掻いて吐き捨てるように縁は言った。
「俺を満足させてくれるんだろ?」
「……あ」
それはトリトニスの滝で交わした2人の約束。彼を満足させる代わりに、必ずコミュニティを再興させるという、獅子尾縁と黒ウサギの約束。ならば今は、項垂れる時ではない。
「……はいな!月のウサギの名誉を掛けて、必ずや縁さんを満足させてみせるのデスヨ!!」
「期待せずに待ってる。後、また変なドジして俺に被害が蒙ったら、問答無用でボコるからな?」
「変なドジって……いやですねえ、縁さん。黒ウサギはそんなドジではありませんよぅっ」
「……どうだかな」
この時、黒ウサギは気が付かなかった。彼女が言ったこの台詞こそ、前フリでありフラグと呼ばれるものであることを。