魔法少女リリカルなのは EXCEEDS Z/N 作:葉川柚介
前回の仕事は、成果としてはいまいちでした。
原種2匹まとめてごっちゃん作戦、普通にやっていれば普通に成功したでしょうに、なんか現場に部外者の人が何人かいるらしいということで作戦変更を余儀なくされました。
それだけならまだしも、その部外者の人たちというのがなんと私やシイナさんのような魔人であり、しかも魔人狩りというイリーガルでダークヒーローなことをしている人たちでした。私もその中の一人、なんでしたっけ……地獄からの使者さん? と遭遇しました。
シイナさんやなのはさんも同じく魔人狩りの人たちに会ってひと悶着あり、挙句原種のうちの1匹は魔人狩りの人が食べたそうですが、まあそこはそれ。仕事が楽に済んだということにしておきましょう。
「はー。国内が片付いてあとは国外、となると間が空きますねえ。ヒマです」
八神さんたち上の方の人たちは対策だのそのための会議だのでわちゃわちゃしているそうですが、現場の人間にとっては殴る相手か殴っちゃいけない相手かだけ知らせてもらえればそれで済む話。任せるところは任せて、お仕事を待つばかりです。
ともあれ、今日は休日。
シイナさんもお友達と遊びに行ってるみたいですし、私のような一般ゼットンは何をするでもなくただのんびりと時間を過ごすのが何よりの楽しみなわけです。
趣味のホラー映画鑑賞にでも行きましょうかね。人間どもの新鮮な恐怖と絶望を摂取できるので、割と楽しめるのですが。
……んー、でもやめておきましょう。
今日はそういう気分じゃないですし、それに加えてもう一つ。
『緊急! 緊急! 侵略種災害発生! 侵略種災害発生! EXCEEDS職員は出撃体制へ!』
「うわ出ましたよ、ブラック指令……じゃなかったブラック職務。なのはさんたち、ちょっと目を逸らしたくなる勤務体制してるみたいですしね」
こういう時に限って事件が起こる。世界の法則というヤツです。
いやまあ一応非番ではあるのですが、そうも言ってられないのが年中無休の侵略種災害で、福利厚生という言葉を忘れて久しいのが人手不足の職場というもの。
私がゼットンでなければ耐えられなかったかもしれませんね。普通の人間なのにEXCEEDSで働いている人たちの精神が心配です。
「お疲れ様です。状況はどうなっていますか?」
「第四管区の公園で、突然侵略種が多数確認されました! 一般人の被害が確認されていますし、近くには地下鉄もあって被害が広がりかねません!」
なにせ、対処する事件ってこんなのが多いですから。
……それにしても妙な話ですね?
侵略種というのはまさしくその名の通り、この世界の人類を脅かす外来の怪物。
生活圏ド真ん中の公園にうじゃうじゃ湧くようなものではないのですが。
まあ正確に言うならば、「そんなことになるような場所は、とっくに人類の生存できる場所ではなくなっている」ということなのですけれど。原種駆除しに行った先で廃墟になった町をどれだけ見たことか。
ともあれ。
背景にどんな事情があろうとも、侵略種駆除はお仕事ですからね。とりあえず現地に向かうとしましょうか。
「お願いします! 高町、フェイト両調査員も急行中ですし、久瀬さんはたまたま現地の公園にいたそうで、すでに侵略種駆除と民間人の救助を開始しています!」
◇◆◇
夜海トワは魔人である。
その人生には悲劇があり、幸せがあり、また悲劇があった。
その悲劇の元凶となった篠宮マナを殺す。マナが生み出す魔人化薬を根絶し、人に仇なす魔人も滅ぼす。
トワはそれを、今は亡き育ての両親に誓った。
その戦いの中で出会い、救った魔人の少女たちが力を貸してくれることはとても頼もしく暖かい反面、申し訳なくも思う。
決して正義などと呼べない魔人狩りの生き方に巻き込みたくなどなかったのに。
だからせめて、必要なことをすると決めた。
魔人は殺す。
侵略種も殺す。
全てが終わったあとの世界に、自分の生きる場所が残っているなどとは思っていない。
だがせめて、そうでない普通の人たちが侵略種と魔人の脅威に怯えずにいられるようになるのなら。
あの日両親になってくれたあの人たちのような良い人々の幸せがその先にあるなら、自分の命にも意味があったと思えるだろう。
その日、街中の公園に現れた侵略種は寄生型だった。
人に寄生し、爆発する性質を持った厄介なものが街中に、大量に解き放たれた。
いくら侵略種が訳の分からない異常なものだとしても自然にこんなことになるわけはない。
侵略種に寄生された人間を問い詰めたところ、バイトとして荷物を持ち込むことを指示されていたと証言した。
つまりこれは、大量の侵略種を取り扱える輩が引き起こしたテロということになる。
そんなことを実行可能な組織など、篠宮マナとその関係者しかいはしない。
腹の底で炎が燃える。
これが篠宮の引き起こしたことであるならば、必ず阻止しなければならないと。
「絶対に……絶対に許さない……!」
視界の隅に、崩れた建物が映る。見たくもないのに意識に上る。
そのがれきの下に見える、小さな手と服の袖口。
さっき会った子供のものだ。きっとあの子の両親もすぐ近く、瓦礫の下にいるだろう。
しばらく前、迷い猫を助けた。
その時出会い、大切な友人となった久瀬シイナ。
今日は久々にシイナと会って、遊んで、シイナとの出会いのきっかけとなった猫を引き取ってくれた家族とも会えた。
そんな今日この公園を地獄に変えた者は、それこそ地獄に落ちねばならないから。
夜海トワは、元より魔人。このうえ修羅になったとしても、大して変わりはないだろう。
「――おや、まだ民間人の方がいましたか」
「っ」
あとになってみれば。
侵略種に寄生された、もう助からない闇バイトを魔人能力で始末した直後にその声をかけられなければ、本当にそうなっていたのだろうとトワは思うことになる。
「すみません、近くで今にも爆発しそうな侵略種がいたので、急ぎそちらの対処に回っていまして。……というか、ここにもそういうのがいると思ったのですが、気のせいですかね?」
「そ、そうじゃないでしょうか……」
きょろきょろと辺りを見回す、自分と少し似たところのある黒髪の少女。
見た目に似合わず口ぶりからして侵略種災害に対処しに来た警察か何かのようだが、本当にそうなのだろうか。
自分と同じくらいの年のころ。
着ているものも制服の類には見えず、あからさまに私服。休日にちょっと街をぶらつきに来た、と言われたらそのまま信じられるようなものであるうえ、今ここが侵略種蔓延る事件の渦中だとはとても思えないような気楽さで、普通の女の子にしか見えなかった。
「ああ、すみません。休みのところを急に呼び出されたもので普通の格好をしていまして。――ドーモ、国連調査機関EXCEEDSです」
「アッハイ」
が、名乗りを聞いて背中にどばっと汗をかく。元々無表情の傾向のある自分でなければ、顔にも出ていたかもしれない。
先日、魔人狩りとしての活動で出向いた外国の魔人化薬生成工場候補地。そこで、トワたちはまさに目の前の少女が名乗った国連調査機関の構成員と遭遇した。
トワ自身、魔人であるトワと比べてすら十分以上に強い少女と出くわして軽く一戦交えた形になったのだが、仲間の一人相沢シオリが言っていた。
曰く「なんか変な子と会った」と。
シオリの能力である蜘蛛の糸をたやすく千切る怪力を見せたその変な子とやらが、こんな感じの名乗りをしていたと。
「ともあれ、この辺りは一応侵略種はいないですから、今のうちに避難してください。あっちの方で警察とか消防が保護してるみたいですよ」
そんな彼女はひょいひょいとトワの前を横切り、瓦礫と化した建物へと近づいていく。
当然、その端にはいまも子供の手が見えたままで。
「あっ、あの! その建物の下には……!」
「よいしょっと。遅くなってすみませんね。もう大丈夫ですよ」
「うぅ……ありがとう、お姉ちゃん……!」
「ええっ!? い、生きて……!?」
その手が再び動くところが見られるなど、トワは思ってもいなかった。
瓦礫に近づいた少女は、軽く一声かけただけであからさまに少女自身よりも大きな瓦礫を持ち上げ、その下に埋もれていた女の子とその両親を助け出した。
明らかに、女の子の細腕でできることではない。尋常ならざる腕力だ。
女の子とその両親が生きていたのも信じがたい。
建物が崩れるときに瓦礫が隙間を残して詰みあがったのであればそういうこともあるだろうが、瓦礫の形や積み上がり方からそうは見えない。
一体何がと思っている間に、家族は何一つケガがないとばかりの様子で立ち上がり、両親が子供を支えて逃げていく。少女はトワに気付いて、手を振る余裕まであった。
「え、あ……え?」
「あなたも早く逃げた方がいいですよ。……ああ、地下鉄には近づかないでください。そちらでも侵略種の出現が確認されていて、まだ駆除しきれていないようなので」
「いやあの、今の子たち……なんで!?」
どう考えても潰されていなければおかしい状況で何があったのか。どうして無事だという確信があったのか。それを聞かねばとてもではないがこの場を離れられない。
「……なぜ無事だったか、と? ギリギリ私が間に合ったからですね。ちょっと別のところも急ぎ対処しなければいけない状態だったのでしばらく待ってもらうことにはなりましたが。ゼットンシャッターは鉄壁ですから。瓦礫程度では潰れません」
私、こういう小細工は得意なので、と宣っている。
ゼットンシャッター、とかいう謎のワードがなんなのかはわからないが、とにかくあの子がいてくれたおかげで助かったということなのだろう。それだけはわかる。
そしてこの子こそ、シオリの言っていた通り魔人であることも間違いない。
強力ではあるのだろうけれども、同時に訳の分からない存在であることもまた確か。怪しくはあるが今すぐ敵対する必要はないし、底が知れないというか訳が分からないので、関わらないのが利口だろう。
ただの民間人と思われているなら、そのままにしておいた方がいい。
とにかく今は、魔人狩りとしてこの事件を終わらせる。そのために、民間人のふりをしてその場を離れる。
魔人狩りとしての装備を回収するのは、そのあとだ。
これが夜海トワと今郷ジエンの出会いであり。
再会は、この日この後すぐに訪れることになる。
◇◆◇
「地下鉄ですか。ガラスを食べる虫みたいな侵略種でも出るんでしょうか」
ゼットンの特技は殲滅、ということで避難誘導や後始末は現着したなのはさんたちに任せ、私はまだ侵略種がうようよいるらしい地下に潜ってきました。
実際のところはクラゲみたいなうにょうにょした寄生型がいるだけなので張り合いがないですね。ぺちぺちとはたいて飛び散ったところをちゅるっと吸収して後始末していくばかりです。
なんでもシイナさんが先んじて地下入りしているそうですから、お互いにほどよく侵略種をしばいていけばそのうち合流できるでしょう。
そんなわけで地下鉄の線路を歩きます。地味に珍しい経験ですね。
時々入る通信によると、地上では民間人の避難やらなのはさんによる残存侵略種の駆除と除染がどんどこ進んでいるようです。
なのはさん、人間とは思えないくらい広域殲滅と大威力砲撃が得意な方のようですから、ゼットン的にも一目置いています。
というか、それでもまだ手が足りなくて魔人狩りの人たちにもお手伝いをお願いしているそうです。
「先日の原種駆除に協力した人たちに今回も協力してもらうよう要請した」とかいう公式発表をすることで連絡代わりにするとかいう大分アクロバティックな方法です。
うーむ、こんなことになるのなら先日会ったクモの人の連絡先を聞いておくべきだったかもしれません。
とはいえ、ありがたい話です。今回の事件、私はあまり向いていませんから。
何もかも全部吹き飛ばしていいなら一発なのですが、地下鉄吹き飛ばしてしまったら地上も大変なことになってしまいますし、地道にやるしかありません。
途中、遠くの方で爆発でも起きたのか妙に響く音と変な風が吹きつけてきたりもしましたが、侵略種が暴れてるんだからそういうこともあるでしょう。
シイナさんあたりなら、巻き込まれても炎を吸い込んでセーフでしょうし。
そんなことを考えながら侵略種をしばいて回り、なんとなく強めの個体がいそうな方に向かっていくと、駅に出ました。
地下鉄の線路ですからね。そりゃあいずれはそうなります。
「おお、うじゅるうじゅると、大分気色悪い侵略種ですね。大きいですし……うん?」
そして出くわしたのは、駅構内でなんかうぞうぞしていた巨大な黒い塊状の侵略種でした。
私からすれば、ここまでしばいてきた侵略種もこの大きめの個体も大差ありません。
……が、この侵略種。ちょっと捨て置けないですね?
◇◆◇
トワは謎の国連調査機関職員と別れた後、魔人狩りとしての装備を整えて再び侵略種災害の現場に戻った。地上は目立つので避け、同じ理由でさらなる悲劇の元が用意されているだろう地下鉄へと潜り、既にかなりの数がいた侵略種を一匹残らず排除した。
魔人であるトワならば苦もないこれも、ただの人間ならば十分すぎる脅威だ。一匹残らず駆逐しなければならない。
「まだ残ってる……強力な個体が……!」
中でも、魔人としての感覚が教える強力な侵略種は必ず倒さねばならない。それは魔人である自分たちにしかできないことなのだからと足を速め。
「遅い! 軽い! 弱い! そんなだからニュージェネ最弱のラスボス呼ばわりされるんですよ、デストルドスくん!!!!」
「えっ」
なんか、巨大な侵略種とそれをしばく少女がいた。
そして恐ろしいことに、そのどちらにも見覚えがあった。
侵略種は黒く、巨大な塊。ところどころに人のものと思しき手足や体の一部らしき形が見えるのは、何人もの人を、魔人を合成した人造の侵略種だから。
トワの古い記憶、篠宮マナのラボに買われ、魔人化薬の実験体として使われていたころに見た「お仕置き用」の侵略種。
同じように実験体だった子たちが何人も「喰われた」結果ああなったのだということを、トワは知っている。その姿を見るだけで、怒りと恐怖が湧いてくる。
そしてもう一人は、先ほどあった国連調査員の少女。
立場を考えればこうして侵略種駆除のど真ん中にいるのは納得がいくし、瓦礫に潰されかけていた少女たちを救えた謎の能力を持つことを考えれば、あの人造侵略種と戦えているのも納得がいく。
のだが。
「なんですかそのへなちょこ触手は! いろいろ取り込んでるようですが、何一つ生かせていません! それでも合体怪獣ですか!? タイラントくんを見習いなさい!」
なんか、説教していた。
戦ってはいる。だが同時にめちゃくちゃ説教していた。言っている内容は意味が分からないが。
侵略種の攻撃は触手状に伸ばした体の一部によるもの。鞭のように打ち付け、巻き付き、最終的には自分の体の中に取り込もうとしているのだろうが、一つも成功していない。
正面からの攻撃は素手であっさりとはたき落とされ千切れ飛び、死角を狙っただろう攻撃は何もない空中で弾かれている。
何が起こっているのかはわからないが、説教するのが妥当なほどの戦力差があることは間違いがなかった。
……なぜ説教しているのかと、話している内容は全く意味が分からないが。
「そうですそうです、攻撃は頻繁に。せっかく触手があるならそれを生かしましょうね。ゼットンシャッターを砕けるほどの威力がないのは、まあ大目に見ましょう」
そして、強さは圧倒的だ。
もはや命の危機と理解したのか、侵略種の攻撃が長い触手で距離を取りつつ、嵐のような連撃で打ち据えるスタイルにシフトした。
正直、トワとしても捌ききれる自信はない攻撃だった。もし自分があの場にいたら、取れる限りの手段で触手を防ぎつつ距離を取って攻撃範囲の外に逃れるしかないし、それができるかどうかは運の問題になってくるだろう。
一方あの少女。
一歩も動かず、触手の鞭が体から少し離れたところで弾かれている。
おそらく、バリアのような能力を持っているのだろう。それにしても全方位常時展開して触手の鞭を連打されても全く揺るがないその防御力、恐ろしいの一言に尽きる。
もし、あの少女が敵に回ったとして。
トワの、そして魔人狩りの仲間の力を合わせたとしても突破できるだろうか。
あまり肯定的な結論は出せそうになかった。
「では、次は防御力を見せてもらいましょう。手加減しますから、この程度で燃え尽きないでくださいね?」
夜海トワは。
このあと何度もこの時のことを思い返す。
忘れがたい幼少期のトラウマとの再会として。
それが終わった開放感を伴って。
そしてもう一つ。
「えいっ、1億℃火球(自己申告)」
内緒話でもするかのごとく、立てた人差し指一本。
その先に浮かんだ小さな火球を、軽く飛ばすように侵略種に向けて。
飛んで行った火球が触れるそばから触手を焼き、何物にも遮られていないかのごとく決して速くなどない速度で飛んで。
直撃した侵略種の本体を、瞬く間に焼き尽くす様を見て、言葉を失った思い出となったのだった。
◇◆◇
「――シイナ?」
「トワ……なの?」
「おっと、修羅場ですね。侵略種との戦い的な意味でなく」
遭遇した侵略種に合体怪獣の気配を感じてついつい特訓をしてあげて、軽めに威力を調整した火球を放り込んだらなんか一発で全焼してしまって呆気にとられていたら、なんだか急に状況が動きました。
なんとなくデストルドスくんっぽいとは思いましたが、さすがにあの程度の威力で一発で倒せるほど脆くはないはずなので怪獣違いだったのでしょうか。だとしたら悪いことをしましたね……。
ともあれ、そんなこんなしている間にこの地下鉄駅に入ってきていた人が二人。
片方はシイナさんです。なんかバリアジャケットの一部が焦げていたりするので、ここに至るまでに壮絶な戦いがあったのでしょう。
そしてもう一人は、長い黒髪をポニーテールにまとめ、メカニカルなマスクで口元を隠した私たちと同年代くらいの女性。目元の感じからして、地下に降りる前に公園で見かけた推定民間人の女の人です。
……というかあのマスク、見覚えありますね。魔人狩りの人ということでしょうか。
そして、シイナさんともう一人、どうやらトワさんというらしい人。
この二人、知り合いだったみたいですね?
◇◆◇
シイナとトワは、再び出会った。
はじめはただの女の子として、友達になって。
今日このときは、侵略種蔓延る戦場で、魔人と魔人狩りとして。
「シイナ、その……炎の力。どうやって手に入れたの?」
そして。
トワにとっては決して見過ごすことのできない力を持った魔人として、シイナを知った。
炎。
たとえろうそくの火程度のものであっても、いまも見るたび思い出す。
突然の火災に倒れる、自分を異形と知ってなお愛情を注いでくれた義理の両親。
そして、かつて篠宮マナのラボで見覚えのある顔をした炎の魔人。
自らの力であるはずの炎に焼かれながら涙すらも蒸発させていく悲しい宿命。
それがトワの知る炎の魔人というものだ。
「これ、は……。私の、大切な人からの贈り物だよ」
「……そう」
ならばもはや、言葉で収まる話ではないだろう。
トワは背負った大太刀、対魔人刀<
数多の魔人の血を吸ってきたこれが、まさか友の血にまみれる日がこようとは。
重量、実に40kg。魔人の膂力があってはじめて振り回せるそれが、今日はいつも以上に重かった。
「どんなに一緒でも夕暮れにはもう違う色になってる、という話ですね。私知ってます」
「いやあんた何!? あっちの、国連機関とかいうのの仲間!?」
「はい。(宇宙恐)魔人の今郷ジエンです。ゼットンと呼んでください」
「その名前のどこにゼットンと呼ぶ要素が!?」
「あ、あのさジエン? 私、ちょっとこの子とは知り合いで……」
「そのようですね。私もついさっき地上で会いました。
「――ッ! ありがとっ!」
そしてもう一人。先ほど篠宮マナの尖兵だろう侵略種を圧倒していた少女。
この場に駆けつけてくれた魔人狩りの仲間のうちの三人、喜多森ユーナ、新名アオイ、古寺ユズの近くにいつの間にかいるが、そちらは気にしていられないし、仲間たちならきっと大丈夫だろうと信じる。
見過ごすわけにはいかないが、それでも今はシイナのことだ。
炎は燃える。己すらも薪にして。
かつて見た燃えながら泣く少女の姿がシイナに被って見えるのを、トワは現実にしたくない。
「シイナにも、事情があるんだね。……でも、その力は人が持ってちゃいけないものなの。だから……私がもらう!」
「トワ!?」
踏み込みとともに刀を振り下ろす。
当たればただでは済まないが、魔人ならば死にはすまい。
そもそもシイナが炎の魔人なのであれば、手加減などできない。そういう力が備わっているはずだ。
事実、受け止められた。どこからか取り出した銃で遮られ、火花を散らす。
シイナのことはとても大切な友人で、今日も久々に会って公園で楽しい時間を過ごした。
そんなこれまでの日々でもなかったほどに顔を近づけて見るのが、戦う魔人としての顔になるなど。想像したくもなかったのに。
「うーむ、いっそ見事なほどの戦うことでしかわかり合えない事案。稀に良くある話ですね。……あ、ジュース飲みます? 自販機生きてたので買いました。奢りますよ」
「いつの間に!? なんでジュース買ってんの!?」
「な、なんですこのジュース……『ミロガンダ水』?」
数合の打ち合いだけでも、シイナの実力の高さは知れる。余計なものに注意を割いている余裕はない。
なんか視界の隅で魔人狩りの仲間たちがシイナの同僚にジュースを奢られているらしい話が聞こえてくるが、今は理解を捨てよう。
「――ここっ!」
「ああっ!?」
取った。
「暴食」の魔人能力を持つトワにとって、左腕で相手を捕捉することはすなわち勝利と同義である。
相手の生命力と魔人能力を捕食し、自らのものとするこの力。
かつて何度となく魔人の力と能力を奪ってきたこの腕で、シイナの体に巣食う炎の力も吸い上げる。
「心配しないで、シイナ。痛みは一瞬だから……!」
「う、あああああああ!?」
左腕を通してトワへと流れ込む力は熱く、鋭い。
シイナがこの場にこうしているのはEXCEEDSなる国連機関の一員だからで、既に複数体の強力な原種を駆除、吸収しているからだろう。想像以上の力を秘めていることがすぐにわかった。
そんなにも重いものを、背負わせたくない。
その思いはきっと。
短い間ながら心を通わせた友人であるシイナにとっても同じものだったのだろう。
「だ、めだ……!!」
「っ!?」
力を吸いとるその流れに、割り込まれたと思ったときにはシイナが拘束を逃れていた。
トワを見据える眼差しに込められた強さ。それは己の運命を見据える力強さときっと同じで、言葉でも力でも、もはやシイナの道を変えられないのだという確信が形を成している。
「ごめん、トワ。でもこれは、私にとって本当に大切な、絶対になくしたくないものだから……!」
「そう、なんだ。……なら、仕方ないね」
「そうですよ仕方ないですよ。シイナさんはとてもまっすぐな人ですから。眩しさに目を背けたら、シイナさんの一直線を見逃しちゃうゾ☆」
「なんかキャラ違わない?」
「なんですかシイナさんの一直線って」
なんか脇からノイズが紛れ込んできている気もするが、無視である。
シイナが眩しいのも一直線なのも、友であるトワは誰より知っているつもりだ。
だからこそ。
何も得られないままでは終われない。
トワが目指すのは魔人の根絶。
そしてこの場には、シイナ以外にも魔人がいるのだ。
「あっ……! 逃げて、ジエン!」
「遅い……!」
「ぐえー」
緊張感のなさはそのまま油断の表れだった、ということだろう。
トワの踏み込みはシイナからジエンと呼ばれるその魔人に一切の抵抗を許さず、左腕で首を鷲掴みにして壁にたたきつける。
少々乱暴だが、相手もまた魔人であるのならば心配はいらないし、手加減の余地もない。
シイナはジエンを助けようにも多少なりと力を奪われた反動でしばらくは動けないだろうし、これならせめてこちらの魔人能力だけは奪い、人間に戻してあげられるだろうと、予想して。
その予想が、あまりにも楽観的に過ぎたのだとすぐ知れた。
「っ!? ああああああああああ!?」
「トワさん!?」
「な、何!? トワさんの体が……燃えて!?」
結果はすぐに出た。
全く何一つ予想できなかった、体の内側からトワ自らを焼く黒い炎の熱さとして。
「あー、やっぱりそうなりましたか」
「なに!? なんでトワさんがこんなことに!?」
「理由は単純です。私の持つゼットン力が強すぎて、吸おうとしたそちらのトワさんのキャパシティを超えてしまったんですね。魔人とはいえ人間ならそうもなるでしょう」
何か言っている。それはわかっても、トワの頭に意味ある言葉として形を結ばない。
全身が内から焼けるその痛みと苦しみは、もしかすると力を暴走させる炎の魔人の感じるそれと近いのかもしれない。どこか場違いにそんなことを思うほどに。
ただ一つ確かなのは、このままであればトワの命は燃え尽きるだろうということだけだ。
「仕方ありませんねえ。――ちょっとくすぐったいですよ」
「ちょ、あんた! トワさんに一体何を……!」
その未来を変えたのは、これもまたジエン。
意趣返しというには優しくトワの背に触れた、それだけで。
「……ッ!?」
「な、なんですか……!?」
その場にいた魔人狩りの少女たちは、全員が感じた。
車に轢かれかけた瞬間にも似た、ぞっとするほど巨大な質量が肌をかするほどの近くを信じられない速度で通り過ぎていったような身の毛もよだつ感覚。
その速度と同じだけのスピードで、トワの体から上がっていた炎が消えたのだ。
「ふう」
「トワさん! 大丈夫!?」
「あなたは、一体……何をしたんですか?」
「見ての通り、そちらのトワさんに吸われた私のゼットン力を吸い返させてもらいました。大したことではありません。ゼットンアブゾーブのちょっとした応用です」
「ゼットン」とはいったい。
なんだか、出会ってからこっち訳の分からないことしか言っていないような気がするが、それでも伝わるのはこの魔人が持つ規格外の力。
味方になってくれれば心強いかもしれず、敵に回せば手の付けられないことは間違いない、それ。
なんかもうとにかく関わらない以外の選択肢はないな、というのが魔人狩りの少女たちの中に芽生えた極めて強い確信だった。
「それより! トワさんを離せえ!」
だから、何はともあれトワの救出が最優先。喜多森ユーナはこういうとき、真っ先に突っ込むべき「剛腕」の魔人能力を持っている。単純な身体能力でいえば様々な能力を吸収しているトワすら超えるほどだ。
トワを巻き込まないように、しかしジエンは必ず排除するために拳を握り、叩き込む。人間なら粉微塵になるような威力はしかし、相手も魔人なら死にはすまいと考えて。
事実その威力は遺憾なく発揮された。
直撃の瞬間、蜘蛛の巣状にひび割れが大きく広がる地下鉄駅内の床。復旧にかかる日数が1か月は伸びただろう。
そしてそれを、まさか片手で受け止められるとは予想の範疇を越えていた。
「……おぉ?」
「なっ、止めた!?」
確かに、今郷ジエンというこの魔人は強い。あるいは、トワと友人だという炎の魔人よりも。
だとしても、ここまでの差だなどとは。
あるいは、ユーナたち魔人狩りの目指す諸悪の根源、篠宮マナにすら匹敵しかねないのでは、とさえ思えて。
「この黒くて大きな腕とパワー、我が友EXレッドキングくんではないですか?」
「何それ誰それ!?」
少なくとも、なんかわけのわからない存在度でいえば篠宮マナ以上なことは確実だった。
「違うんですか? ……あ、もしかしてツインテールくんの方だったり?」
「髪型の話じゃないよねそれ!?」
「み、みんな! とにかく今はトワさんを……! 『扉』を開くから!」
「う、うんわかった!」
魔人狩りの目的は、その名の通り魔人を狩り、世界から普通の人が巻き込まれる悲劇をなくすこと。
その道の途上に、この今郷ジエンが立ちはだからないことを、いまはただ祈るしかなかった。
◇◆◇
「お疲れ様ですシイナさん。お友達、結構大変みたいですね」
「ああ、うん。まあ、ね? それを言うならジエンもとんでもないよね。吸われて吸い返してって、なにあれ」
「ゼットンにとって吸収は基礎ですから」
ミロガンダ水
瑞穂国内で流通している清涼飲料水。
製造メーカーの担当者が、火山島旅行で道に迷って死にかけた際に飲んで命をつないだ湧き水の味を再現することをコンセプトとしている。ケイ素とかたっぷり入っている。
特別おいしいわけでもないが、一部の消費者からは絶賛されるカルト的な人気を誇る商品らしい。
詳細は不明ながら、うっかり間違えて植物に与えると爆発的に育つ一種の栄養剤的な機能を発揮するとかしないとか噂されている。