中でも、強力な侵略種である「原種」と融合した魔人は特に強大な力を有する。
国連未確認の炎の原種を取り込んだ魔人セツナ。
同じく原種Xと融合した魔人篠宮マナ。
全貌不明の侵略種の中には当然他にも未確認の個体が存在したことだろう。
仮にその原種の名を「Z」と呼ぼう。
その原種と融合した魔人は「終焉」の魔人能力を有する、極めて強力な個体である。
なお、その魔人は自認がゼットンであるとする。
「久瀬シイナさん! 『EXCEEDS』へようこそ! 歓迎します、盛大に!」
「あ、どうもどうも~……」
目の前で弾ける眩しい笑顔。
若干13歳という年相応の輝きが、侵略種災害のド前線にひょいひょいと出向いていって駆除をこなす国連災害対策本部の調査官というゴツい肩書に似合わず咲いた。
彼女の名前は高町なのは。
出会ってまだ数日で、久瀬シイナから見れば年下小柄な少女ながら下手をしたら自分より強いということは身に染みている。
侵略種、と呼ばれる世界を滅ぼしかねない脅威にさらされるこの世界の中、乙女の身で銃を担いでその駆除の一旦を担っていたシイナをしてすら。
その後大切な妹の形見である「力」を得たシイナをしてすら、敵わないかもしれないと思えるほどに。
シイナは今日から、なのはと同じく国連機関の所属となる。
その目的は、侵略種災害の根絶。
いまだ世界に蔓延る異形の排除。そのために、これまでのハンター業で関わってきた限りではいまいち信用できなかったお役所仕事もこなすと決めたのだ。
まあ、単純になのはからの勧誘が熱烈かつしつこく、しかもなのはの方が強いっぽいので断りきれなかったという部分は少なからずあるのだが。
とはいえ悪い話ばかりではない。
国連が親分とあって待遇は破格。
妹との悲しい別れを経て故郷の島を出てからは、侵略種を追ってのテント暮らしをしてきたシイナだ。
それが冷暖房完備の家具付き個室を与えられ、装備も支給。弾代を気にする必要はなく、侵略種駆除の現場への足まで用意される。給料も出るし、歩合制でもなく固定給。さすがにちょっと抗えなかった。
そしてそこまでの扱いを受けられるのは、当然理由がある。
シイナは「魔人」だ。
この世界に現れた未確認生命体、侵略性外来生物。通称「侵略種」。
時に不可思議な異能をすら操るそれらはしかし生物。人間と同じ基盤によって立つモノ。
「侵略種」とはよく言ったものだ、とシイナは思う。
何らかの理由によって侵略種の遺伝子を体内に取り込むと、人は変異する。
大抵は侵略種そのものに肉体も精神も食いつくされるように異形と化すが、稀に適合する者がいるという。
そういったものは侵略種に由来する特異な能力を手にし、同時に人や侵略種、そして同類たる魔人に対する「食欲」を植え付けられることになる。
シイナは、自身が魔人となってなおそのような異常に苛まれないでいられる理由を妹のおかげだと思っている。
血のつながりはない。だがたった一人の家族として暮らしてきた妹は、魔人だった。
そして、魔人は魔人を求める。
食料として、自らを強くする糧として。
魔人に襲われたあの日。シイナの妹は、セツナは死んだ。
この大切な力を、シイナに託して。
だから、シイナはこうしてEXCEEDSへの参加を決意した。
侵略種を倒すために。その根源たる原種を狩るために。
侵略種の中には「原種」と呼ばれる、強力かつ他の侵略種を生み出す個体がいる。
それらを倒す方法は少なく、有効だとされているのがシイナのような魔人による駆除と捕食による再生封じ。
国連機関EXCEEDSはそのために協力体制を構築可能な魔人を探し、理性を失わず人としての精神性と魔人の能力を併せ持ったシイナを見出し、勧誘したのだという。
「本当によかったです……実はもう一人協力してくれる魔人の人は見つかったんですけど、原種の捕食には乗り気ではなかったみたいなので……」
「え、そうなの? もう一人いそうって聞いてはいたけどそんなことになってたんだ」
そういった人材は極めて希少。国連の調査機関をしてすらシイナともう一人しか見つけられなかったというのだから、勧誘の時の圧の強さも頷けるというものだ。
今日からはそのもう一人とも同僚となる。
なのはの雰囲気からして堅苦しい組織ではないだろうが、初めて会う人というのはさすがに緊張と全くの無縁ではいられない。
期待か不安か区別のつかない感情に心臓を弾ませながら、シイナはEXCEEDSの拠点となる部屋へと踏み入って。
「――おや、見ない顔。あなたが魔人の方ですか?」
うお、とんでもねえ美少女。
というのが一目見ての感想だった。
年頃、身長はシイナと同程度の少女。ほっそりとした顔立ちは整い、誰が見ても「かわいい」ではなく「綺麗」「美人」と評するだろう大人びた雰囲気を持つ。
長い黒髪は重力ってそういう向きに働いてるんだなと思わせるほどまっすぐで、こてんと首を傾げるのに釣られてシャララララと音がして光が飛び散りそうなほど滑らかに肩から滑り落ちる。
どこか眠そうに目尻の垂れた瞳の色は金。髪色と相まって、宇宙に輝く星のよう。
などと、文学少女とはかけ離れたシイナをしてすら詩人にしてしまいそうなほどの少女がいた。
ここにいて、そう問うてくるということは、シイナと同じく魔人という宿命を背負ったうえで。
「あ、ああ……うん。久瀬シイナです。あなたも、魔人の……?」
「はい。よろしくお願いしますね、シイナさん。私の名前は今郷ジエン。(宇宙恐)魔人です」
「ん?」
いまなんか変な雑音というか雑念が混じらなかったか。
こうして出会ったジエンという少女。後になって考えると、この時感じた違和感というかズレというか、それこそがジエンの本質だった。
これから何度となくため息と頭痛にまみれてそう振り返ることになるのだが、今のシイナはまだ知らない。
◇◆◇
「というわけで、シイナさんには強力な侵略種である『原種』を狩って、その力を取り込んでもらいたいんです!」
「はあ、なるほど……」
こぶしを握り熱弁する妙齢の美女。なのはたちと並ぶと年の離れた姉妹、なんならずいぶん若い母親と言われても信じられるくらいの見た目ながら間柄は友人だというEXCEEDSの長官、八神はやて。
彼女による説明を受けてシイナの口から生返事が漏れる。
話は分かった。
噂に違わず国連機関。真面目に、そして現実的に侵略種災害をこの世からなくすために方法を模索し、実現に向けて着実に動いている。
そのための方法が、平たく言えば原種喰い。
国内だけでも10体ほど確認されている強力な侵略種である原種をなのはたちの協力のもとで倒し、シイナが吸収する。
それによって強化された力でさらに原種を駆除していく。
原種は強大な個体であることに加えて、侵略種の爆発的な繁殖の要でもある。それを倒す、倒せる戦力を人類側が手にできれば、よくわからないが活動期間が限られている「外部の人間」だというなのはたちに頼ることなく侵略種の脅威を跳ねのけられる、という理屈らしい。
だが、一つ疑問が残る。
「あの、質問いいですか?」
「なんでもどうぞ」
「話を聞いてると、原種を吸収するのは私だけみたいですけど、今郷さんも同じことができるんじゃないです?」
そこだ。
EXCEEDSが求めていたのは、言ってしまえば「話の分かる魔人」。
もちろん戦闘力や適切な異能なども必要なのだろうし、それを受け入れる精神性もなくてはならないものだろう。
だが少しの間とはいえ話した限り、ジエンにその資質が備わっていないとは思えない。
自分と同じくついさっきここにきたばかりだと言っていたのにあの泰然自若とした安定感はおそらく盤石な自信があればこそのもの。
そして、同じ魔人だからだろうか。
ジエンから感じられる「大きさ」。あるいは「重力」。
それは、シイナがこれまで見てきた巨大侵略種のそれすら上回っているような。そんな、説明しがたい感覚があった。
「ほほほほほ。ジエンでいいですよ、シイナさん。理由は簡単です。私がEXCEEDSに参加する条件が、『原種の吸収は私以外の人がすること』だったので」
「あ、そうなんだ? ありがとジエン。……いやでもなんで? 戦力は集中した方がいいかもだけど、一人だけって言うのもそれはそれで危なくない?」
「あー、それは……えー……」
そして、ジエンが暢気に笑って答える一方、途端に目が泳ぎ言葉を濁すはやて。
ジエンの笑い声は綺麗に澄んでいる。……なんか、澄みすぎて「ピポポポポポポ」と聞こえるような気もするがそれはそれ。
ジエンの出した条件とは、そんなに答えづらい話なのだろうか。
魔人や侵略種周りの現象については知らないことだらけだが、これでもハンターとして侵略種との切った張ったはしてきた身。そこまで的外れな指摘だとまでは思わないのだが。
その理由は、ジエンが答えた。
「簡単なことですよ、シイナさん」
そしてさらに結論を述べると。
その理屈は納得せざるを得ない形で呑むことになり、全ての侵略種をシイナが吸収することになる。
「侵略種よりも原種よりも魔人よりも、その全てを合わせたよりも。
それが。
シイナの人生の中でも他の追随を許さずぶっちぎりで訳の分からない、「自認がゼットンの女」こと今郷ジエンとの出会いだった。
◇◆◇
己は何者なのか。
その認識は生きていくにつれて定まっていくものだと思いますが、私はそうではありません。
なにせそもそも、私が私としての意識を確立したのは、あるいは記憶が始まったのはつい最近、ほんの数か月前だからです。
いわゆる記憶喪失というヤツなのか、はたまた全く別の理由なのか。いずれにせよ、私はある日突然この世界で自身の存在を認識しました。
今郷ジエン、という名も当然仮のもの。
この瑞穂という国の言葉と人々の名前の傾向に程よく合わせつつ、しっくりくる言葉を選んだらこうなりました。
まあもっとも、私は「人」ではなく「魔人」らしいのですが、些末なことです。
なにせ、私には家族やこれまでの経歴に関する記憶の類はありませんが、それでも私自身に深く関わる記憶は持っているからです。
その存在こそ、偉大なる先達たちの記憶です。
「ゼットン」。
終わりを意味する名。
世界に終焉をもたらす邪神。その力は強大無比で、別の次元から流れ込んできたのだという確信があるその記憶、脳裏で思い返すたびにゾクゾクと感激が走ります。
魔人、というのは侵略種の遺伝情報を取り込んだ人間のこと。
おそらく私もその類だと思うのですが、その遺伝情報というのがこの次元には存在しないゼットンのものだったのでしょう。
ゆえに、私はゼットンです。ゼットンたらねばなりません。そう、決めました。
「というわけで、記念すべき初の国外原種駆除です。たくさん食べてくださいね、シイナさん」
「うぅ……また勝てなかった……もう結構原種取り込んでるのに……」
EXCEEDSの目的は侵略種の駆除であり、そのために優先して行うべきは元締めである原種の駆除。
なんやかんやの末に瑞穂国内の原種をシイナさんが吸いつくした今日この頃、私たちは国連権限で調整のついた国外の原種駆除に来ています。
今回のお目当ては、なんか2匹仲良く近くにいる原種3号と4号まとめていただきます計画。最終的にはこの世界で最初に確認された原種0号まで平らげてもらう予定なわけですから、通過点ではありつつも油断なく行きましょう、という話を現場に到着するまでの輸送機の中で聞きました。
「気落ちすることはありませんよシイナさん。私はゼットンですから。そこらの侵略種とは格が違うのです」
「だからそのゼットンてなに……? たぶんジエンさんと同じようなことできる侵略種みたいなものなんだろうけど」
そして、侵略種と原種を吸収する能力を持っているのはEXCEEDSの中ではシイナさんと私の二人であり、原種駆除の際にどちらが吸収するかは事前に決めてあります。
国連所属機関としてのお役所的な理屈としては所属する魔人二人の戦力均等化のためとして、私とシイナさんによる直前の模擬戦の敗者が吸収役を担当する、というのがそのルールです。
ちなみにこれまでの戦績は、私の全戦全勝。だから、これまで駆除した原種は全てシイナさんが吸収したわけです。
「何度か説明した通りですよ。最強にして最終。終わりの具現であると。なのでこの原種たちもサクッと終わらせてしまいましょうね」
「うんまあ、味方なら頼りがいがあるんだけど……はぁ、あと何体の原種を吸収したら勝てるようになるのかなあ」
たぶん結構先じゃないですかね。
なにせ私は若輩ながらゼットン。人間程度に負けていては先輩たちに申し訳が立ちません。
ともあれ、ライバルになろうとしてくれているシイナさんは微笑ましいもの。少しでも歯ごたえのある相手になってくれるなら望むところなので、今回もさくっと原種をしばいて食べてもらいます。
と、思っていたのですが。
「人がいる!? こんなところに!?」
「はい。センサーに反応がありました。原種の近くなので正確な場所まではわかりませんが……確実に数人が」
どうやら、少々厄介なことになるようです。
◇◆◇
「開けろ、国連調査機関EXCEEDSだ! ……ということでお邪魔しますね」
お役所仕事というのも大変です。
なにせ、普通にやっては足が出るからこその公共事業。勝てばよかろうなのだというわけにはいかず、大義名分であるとか人命尊重であるとかいったお題目が常について回ります。
現場仕事が多い代わりに書類仕事と事務仕事はさらに多い、みたいな有様で八神局長は立場以上に業務の多忙さで椅子を離れる暇もない勢いなのだとか。えらくなるのも大変です。
そんな私たちだから、原種相手にドンパチやろうという寸前でも近くに人がいるとなったら探して保護して遠ざけて、ということが必要になります。
しかも今回は近くにいることはわかってもどこにいるのかわからないというおまけつき。仕方ないので私とシイナさん、さらにはなのはさんとフェイとさんで手分けしての総当たりです。
ここは原種の根城。本来なら人の住める場所ではないので、辛うじて残っている何かの工場か研究施設だったらしい建物もいまやほぼ廃墟。
雨風をしのげるかすら怪しく、しかし同時にセキュリティも何もなく隠れるのならちょうどいい状態にもなっています。
「誰かいませんかー。通行人はどいてた方がいいですよー。今日この辺は戦場と化すのでー」
そんな建物が、原種2匹の住処と化しているこのエリアに複数あるので手分けして避難民の捜索となったわけです。
……避難民、なんですかねえ。
EXCEEDSとしての報告書にはそう書かれことになるのでしょうが、仮にも侵略種の中でもトップクラスに危険で強い原種の縄張りのど真ん中です。
一般人が生きていられる場所ではとてもないですし、どこかで何かあって逃げてこようとしたって辿り着けるような場所でもありません。
そんなところにいる人は、一体何者なんでしょうね?
「……と、色々言ってはいますが実はあなたがそこにいることはわかっているんです。大人しく出てきてくれませんか?」
まあ、ゼットンである私の超感覚からすれば、こんな狭い範囲に隠れている人間を見つけ出すくらいわけないのですが。
ちゃんと探しましたよ、というアリバイ作りのために、そしてできれば自主的に出てきてほしいなーという気持ちも込めて声掛けをしてもだんまりなので、こうなってきたらもうね。直接行くしかありません。
それがハッタリではないと、相手にも伝わったのでしょう。すぐに動きがありました。
四方八方から私に向かって伸びてくる、細い糸として。
「うーむ、素直に出てきてもらえるのが一番楽だったのですが……上手くいきませんね」
「……ずいぶんと余裕そうですけど、状況がわかっているのですか?」
場所が場所なので、棒切れや銃程度で武装ともいえない武装をしたようなのが出てくるとは思っていませんでしたが、この様子だとシイナさんみたいな魔人のようですね。それなら納得です。
「もちろん、理解していますとも。これでも国連調査機関の職員なので、地獄からの使者さんを保護しに来たんですよ。今のところわあああああああああ!?」
「っ!? な、なんです!?」
まーともあれ、初手でなんかぐるぐる巻きにされてしまいましたがそれだけです。話は通じる方みたいなのでとりあえず説得でも……と思って振り向いて顔を見て、思わず叫びます。そうもなりますよ、これは!
「あ、あなたはまさか……!」
「! 知っているのですか、私たちを……?」
「ニンジャ! ニンジャですねあなた!?」
「……………………すみません、なんて?」
「ニンジャです! 噂に聞いたことがありますよその口元を隠すモノ、メンポというやつですね!」
「違います。確かに顔を隠してはいますが、これはただのマスクです」
「ええー」
◇◆◇
「魔人狩り」のメンバーの一人、相沢シオリ。
魔人化薬の生成プラントを潰すために訪れたこの場所で、時を同じくして国連機関の作戦が展開されるのは誤算だった。
夜海トワを中心に構成される魔人狩りの目的は、その名の通り魔人の排除。加えて、魔人を生み出す源になっている魔人化薬の根絶。
活動の方向性として正当な国家機関の類を敵と見なすことはないが、法的な裏付けのない魔人狩りの行いは世間的には私刑とされるものであるだけに、協調は不可能だろう。
だからシオリたちの側から公権力に対して積極的に敵対する心算はないが、味方とも思っていないし、信用もしない。そういうスタンスだ。
なので、そんな相手が自分たちの目の前にノコノコ現れたら、するべきことはまず拘束。
害するつもりはないが、邪魔してもらっても困る。
そういうとき、「蜘蛛」の魔人能力を持つシオリはうってつけと言える。
小さな蜘蛛の使役に加え、自身の指先からも糸を出すことができる、極めて汎用性の高い能力。
それを駆使すれば、一人でうろうろしている人間の動きを封じる程度のことは難しくない。
念入りに糸でぐるぐる巻きにしたその相手は、自分と大して年の変わらないように見える少女だった。
「私たちは魔人化薬の製造プラント破壊のためにここにきています。邪魔はしないでいただきたいですね」
「魔人化薬……いわゆる魔人狩りの
「変な呼び方しないでもらえます?」
だとしても、原種のすぐ近くという危険地帯へ身一つで乗り込んでくるのだから、油断はできない。
現に今もシオリの能力でロクに身動きも取れないというのに、気にした風もなく自然体でいる。
「しかし、困りました。ただの民間人ならふん捕まえて……ではなく、丁重に保護して終わりだったのですが魔人狩りさんとなると後の始末に困りそうですね」
「お気になさらず。……というより、状況を分かっているのですか? 捕まっているのはあなたの方ですよ?」
トワを含む仲間たちはこの場にいない。自分たちもまた、魔人化薬製造プラント捜索のために手分けしていたのがこの場合は功を奏したのか裏目に出たのか、判断がつかない。
……おかしいのだ。
魔人化能力の糸で相手を何重にも縛り上げているのに、なぜか背中を冷や汗が垂れる。
まだ人間だったころ、家族を殺し、シオリに魔人化薬を打った魔人と出会ったあの日のように。
目の前の相手は、自分では絶対に勝てない相手のような気が、なぜかして。
「見解の相違ですね。お話するために大人しくしてはいますが、それを私の、『ゼットン』の限界などと思われては困ります。……えい」
「なっ!? い、糸を……!?」
その直感が正しいのだと、あっさりと両腕を広げて糸を引き千切る姿から思い知らされた。
シオリの糸は細く、しかし強靭だ。
一本巻きつけるだけで魔人の腕力すら封じて見せるし、そのまま締め上げれば切断することもできる。
あの少女にしたのと同じように入念に巻き付ければ、魔人狩りの仲間で「剛腕」の能力を持つ喜多森ユーナのパワーですら逃げられない。
つまり、あの少女は何かの能力を使ったわけでもないだろう通常状態ですら、魔人化能力を上回りかねない力を秘めているということ。
「……驚きましたね。糸の頑丈さはそれなりだと思っていたのですが」
「そのようですね。私がゼットンでなければ抜け出すのは苦労したでしょうから」
さっきから「ゼットン」という謎の言葉を何度か口にしている。
どうやら自身のことを指しているらしい。言葉の意味はわからないがとにかくすごい自信だ。
だがこうなると、実力行使での足止めは不可能に近い。作戦を変えねばならないだろう。
「見たところ、あなたも魔人のようです。……どうです、私たちと一緒に来ませんか? 人に仇なす魔人と、それを生み出す魔人薬をこの世から無くしましょう。――大いなる力には、大いなる責任が伴う。そう思うでしょう、あなたも」
嘘や出まかせの類では決してない。
もし相手がこの話に乗ってくれるのならば、魔人狩りのメンバーを説得して仲間に加えるつもりだった。
いまだ底知れないこの相手の力は、そうするだけの価値が間違いなくある。
同時に、そうでもしなければ扱いきれないという確信もまたあった。
「残念ですが、お断りします。一応今はEXCEEDSの職員なので」
副業禁止っぽいですし、という答えはさすがに肩の力が抜けそうになる。
仮にも魔人の能力をまさしく虫でも払うように一蹴したにも関わらず、その言いよう。とてもではないがまともな手合いではありえなかった。
「そもそも、私のような未熟者に大いなる力、とか言われても」
「未熟、ですか。私の目から見れば、ちょっと勝てる気がしないのですけれど」
「『赤ん坊は蟻と比べれば強いのだから、蟻と比べて強い分の責任を果たせ』と言っているようなものですよ。私の力など、いまはまだゼットン界最カワの帰ってきた先輩にも及びません」
うんやっぱり勧誘やめよう。シオリはそう思った。
なんかもう訳が分からなさすぎる。
なんだゼットン界って。なんだ最カワって。
魔人狩りの最終目標である、魔人化薬流通の元締めである篠宮マナ。
いまだ尻尾を掴めていない諸悪の根源であるが、それでも得られた断片的な情報からはおよそまともな人格を備えていないモノだと断言できる、人ならざる精神を備えた魔人。
この、目の前の相手は。
あるいはそんなモノにこそ近い異形なのでは。
黙っていればトワと系統の近い黒髪美少女と言っていいだろうに、口を開けば訳の分からないことがとめどなく溢れてくる。
ぶっちゃけ、付き合ってられない感が出てきた。
「そう、ですか。残念です」
「ええ、こちらも。……ところでどうします? ぶっちゃけこちらとしてはこの場を離れてくれるならあなたたちをどうにかする気はないのですが」
「……本気ですか? 私たちは魔人狩りですよ」
「テロリストとして捕まえるべき、と? 知りません。そんなものは管轄外です。私は原種退治の専門家なので、人間や魔人をしばく権限はないのです。原種退治だってバイトみたいなものですし」
まあ、仕事として報告はしますけど。そう言うばかり。
ただそれでも、話はわかる人なのかもしれない。
そう思えることだけが、救いだった。
「ところで」
「は、はい。なんですか……?」
「あなたの魔人化能力で、巨大ロボを呼び出してナイフを投げて相手を一撃で倒す、みたいなのはありますか?」
「あるわけないですよ!?」
なんかもう二度と顔を合わせたくない。
それがシオリの正直な感想であった。
◇◆◇
「あー、もう1匹の原種は魔人狩りさんの方で駆除と吸収までされたようですね。……じゃあこっちの方はシイナさん、お願いします! 倒しておきましたので!」
「……え、合流するってなってからほとんど時間経ってないよね? もう倒したの!?」
「はい。あ、今回は火加減気を付けたので黒焦げにはなってませんよ。……ミディアムに抑えようとしたのがウェルダンになっちゃっいましたけど、多分この原種はよく焼いた方が美味しいので!」
「焼き加減とか味とかあんまり関係ないと思うんだけどなあ……」