魔法少女リリカルなのは EXCEEDS Z/N   作:葉川柚介

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ゼットンテレポートは0フレーム発生連発可能です

「国連や! はよ開けんかいゴラァ! ……というのがこういうときの挨拶だと聞きました。合ってますか?」

「…………」

「無口ですねえ、この施設の人たち」

 

 国連調査機関EXCEEDSの業務は侵略種と原種の駆除なわけですが、お役所仕事の常としてそれしかできないような制度とルールにしてしまうと、それすらできなくなる場面が多々あるそうです。

 なので、設立時に権限の範囲にふわっとバッファを取っておいて、「侵略種災害に関する強制捜査権限」とか持っているのだとか。

 

 まー何が言いたいかというと、こんなこともあろうかと用意しておいた理屈を掲げて私たちは一連の侵略種災害や魔人狩りの人たちが追っていた魔人化薬の製造元である篠宮マナなる魔人のハウスにカチコミをかけに来たというわけです。

 

 ここ、南極にある施設に。

 ついさっきまで瑞穂にある警察署で、篠宮マナたちがでっち上げたテロ事件関与の疑いを受けて自首したトワさんを探していたはずなんですが、そこで得た情報をもとになんだかんだとんとん拍子でここにマナやらトワさんやらがいると判明して、八神管理官の魔法と魔人狩りの一人である古寺ユズさんの魔人能力を駆使して乗り込んできたわけです。

 テレポート的な能力ってやっぱり便利ですよね。

 

 そして、こういう手合いが素直に捜査や逮捕に応じる訳もなく、堂々と施設内の放送を使って私たちの全殺しを指示してきました。

 ……仕方ないですねーもー! そうまで言われちゃったら、こっちだって全部ぶちのめしてとっ捕まえるしかないですよね!

 幸い、一見人間の女の子のようだったこの施設の職員っぽい子たちもすぐに化けの皮がはがれて侵略種だか魔人だかよくわからないモノになってましたし、全部ボコしちゃっていいと許可が出ましたからガンガン行きますよ!

 

 

 今回の強制捜査、目的はいくつかあります。

 市街地での危険な大規模侵略種テロの首謀者にして、魔人化薬流通の根源となっている篠宮マナの身柄の確保。

 篠宮マナに連れ去られた魔人狩りのリーダー夜海トワさんの救出。

 

 そしてもう一つ。

 魔人狩りの皆さんから提供された、篠宮印の魔人化薬を成分分析することで発覚した「これ絶対原材料として原種0号使ってるじゃねえかお前ら原種匿ってるだろ」事案対応、すなわち原種0号の駆除です。

 

 EXCEEDSは侵略種スレイヤーにして原種スレイヤー。

 そのためならば、最悪人を殴ることになっても大体なんでもしていいよ、というのが侵略種によって滅亡の危機が割とマジで見えるところまで来ているこの世界の総意です。

 なので、令状もクソもなく即日カチコミが実現したわけですね。

 

「だから、私も今日は特にゼットンらしく行かせてもらいますので、よろしくお願いします」

 

 さっきまで人だった化けの皮が剝がれ、人でも侵略種でも魔人でもない異形と化した元色素薄い系女の子たちの群れに向かってとりあえず暗黒火球を叩き込みながら、私は南極基地をるんるんで進むのでありました。

 

 

◇◆◇

 

 

「あー、えーと。こういうときはなんて言うのがいいんだったっけ、エイジくんに聞いたことあるような……あ、思い出した! ――ざぁこ♡ ざぁこ♡ トワちゃんたちざっこー♡」

 

 篠宮マナに煽られ、ここに至るまで余裕の表情を崩すことすらできなかったという事実以上のイラつきが溜まるのを、トワは感じていた。

 

 魔人狩りがテロの首謀者として手配されたのは、まあいい。

 元より非合法の私刑だったのだ。後ろ指刺されない方がおかしい。

 その後、真綿で首を締めるように仲間たちまでもが手配されつつあるとニュースなどで示されるにつれ、マナが裏で糸を引いていることは疑いの余地がなくなった。

 それはトワにとって決して座視できることではないがゆえに自首という結論に至ったが、同時に望むところでもあった。

 篠宮マナ、あるいはその仲間は周到にして狡猾。これまでずっとその足跡を追い続けてなお尻尾を掴めなかった懐に飛び込む好機と言える。

 

 仲間たちを解放するために吸収したものも含めた多彩な魔人能力。

 たとえ刺し違えてでも殺すという覚悟。

 勝利を確信してマナが油断した一瞬に賭ければ、きっと届くはず。

 

 

 結果として。

 それは三度の敗北をもって「楽観」と断じられた。

 

 警察署に現れた篠宮には、手も足も出なかった。

 連れ込まれたこの研究施設がEXCEEDSの強制捜査を受けた混乱に乗じて再び挑んでも、結果は同じ。

 それどころか助けに来てくれたシオリたち魔人狩りの全員と力を合わせてなお、地を這い倒れ伏すのはトワたちの方だった。

 

「はっきり言ってね、中途半端なの。トワちゃんさあ、もしかしてだけどまだ自分たちが人間でいるつもり? 無駄なコロシはしないとか? 人間は食べないとか? 侵略種は吸収するためじゃなくて被害に会う人がいなくなるために相手してる、とか?」

「……」

 

 沈黙はすなわち肯定。そうと受け取ったか否か、篠宮のまくしたては止まらない。

 

「だぁめ。そんなんじゃ全然だぁめ。ざぁこ♡ そんな手をした人間がいる? クモの糸を出して? 鉄筋コンクリートの壁をパンチでぶち抜いて? 扉も鍵も全部開いて? 空間転移の扉をつなげて? そんなことする人間いるの? だめだよー。魔人になったなら、人を食って侵略種を喰って魔人を貪って、強くならなきゃ。強くならないと、こうなっちゃうんだか……らっ!」

「がっ……!」

 

 頭を踏みつけられる痛みも屈辱も大したことはないが、それでも胸の奥に更なる敗北が刻み付けられる。

 心は折れていない。

 だがそれでも認めざるを得ないほどの敗北と絶対的な差が、間違いなくここにはあった。

 

 それはいい。トワの人生などそんなものだ。これまでと何も変わらない。

 だが今日ここには仲間たちがいる。

 

 篠宮は間違いなく仲間たちのことも利用するだろう。

 その命と尊厳に一片の敬意も慈悲もなく、ただ己のためになるかだけで見て、使い尽くし、不要になれば一顧だにせず捨てるに違いない。

 

 かつての自分にしたことを。

 再び、この大切な仲間たちに。

 

「……お、まだ動こうとしてる? やめといた方がいいよー。さっきのであばらイったでしょ? 息するだけでも痛いんじゃないかなあ~?」

 

 踏みつけられた頭に降り注ぐ声には、隠しきれない嘲笑の色が混じっている。

 だがその屈辱すらも今はありがたい。

 怒りの炎に油を注いでくれるなら、それだけもっと強く立ち上がれる気がするのだから。

 

 そう。

 自分には力も足りず、覚悟も欠けていた。

 

 仲間だとか、友だとか、大切だとか一緒に過ごせたかもしれない未来だとか。

 そんなものが自分という刃の切っ先を鈍らせていた。

 全てを、何もかもを捨てなければ篠宮マナの命には届かないのだと、この期に及ぶまで理解できていなかったのだから。

 

 

 命を、燃やす。

 邪悪もろともに。

 

 

「――トワさん、ダメ!」

 

 

 その声があと1秒遅ければ、そうなっていた。

 

 

「んー? なに、まだ動けたの? 頑丈だねー。……魔人能力は腕力強化かな? まあ、あって困るものじゃないけどシンプルだし私それっぽい能力他に持ってるし、あんまりいらないかなー」

 

 喜多森ユーナが、立っていた。

 トワに負けず劣らずボロボロになって、ガクガクと震える足を気合と根性だけで支えて金色の瞳で篠宮を見据えている。

 まだ終わっていないのだと、叫ぶように。

 

「大丈夫、任せて。私にはまだ、できることがあるから」

「ユーナ……!」

 

 ユーナは、特に優しい子だ。

 誰かが悲しむと真っ先に気付き、寄り添ってくれる。

 そんな彼女に無理をさせてしまいたくなどないというのに。

 

 でもそんなユーナだからこそ、仲間の存在が力になるのも事実で。

 

「私にはまだ……『コレ』がある!!!」

 

 ある、はずなのだが。

 

 

「……なにそれ?」

 

 

◇◆◇

 

 

「さあ? 知りません」

「なんだか知らないものを私に預けようとしてるの!?!?!?」

 

 遡ること数十分前。

 奇しくも篠宮マナと全く同じ問いを投げかけたユーナに対し、今郷ジエンの返した言葉がそれだった。

 この女、自分でもよくわかっていないものを押し付けようとしていないか。

 

 

 篠宮マナの根城である南極の施設へカチコミにきたEXCEEDSと魔人狩りの面々は、篠宮側の抵抗が明確になったことで大手を振って実力行使ができるようになった。

 色々と目的はあるし、施設は広大。魔人狩りの4人としてはまず何としても拉致されたトワを救出せねばならず、速やかに施設内を探し回らなければならない。

 そのために手分けしての虱潰しは必然であり、最悪トワでさえ手も足も出なかった篠宮と一人で対峙することも覚悟のうちだった。

 

 そんな中、ジエンがユーナに渡したのが「それ」だ。

 

「見た目は……メガホンですか?」

「そういう機能もありますね」

 

 持ち手と、そこから突き出たラッパ状の部分。声を吹き込み音量を拡大するメガホンと言われたら納得できるような、その割に銃口のようなパーツがついてもいる、なんとも形容のしがたいアイテムだった。

 

「大方、またどこぞの科学技術局長官が作って盗まれたんじゃないですかね。いつものことです」

「作っては盗まれるのがよくあることなんですか……?」

 

 そして由来がだいぶ怪しい。

 ジエンの口ぶりからして、当人もなんだかわからず、知らないうちに持っていたらしい。

 そんな、どこから生えたともわからない謎の物体。手の中にあるモノがすさまじく不気味なものに思えて、ユーナの表情が思わず引きつる。

 

「まあそっちはよくわかりませんが、それとくっつくらしいこちらがあなたに協力したいと言っているので」

「その電池みたいなのが……言ってるってどういうこと? たしかに、形的にはこのメガホンにセットできそうだけど」

 

 ジエンが次に差し出したのは、掌の中に納まる程度の小さな円筒。

 先端に突き出た部分があるあたり電池にも見え、目と大きく開けたクチに見える装飾があり、口に当たる部分の中に抽象的ながら生物のような絵が描かれていた。

 

「大丈夫です、心配ありません。ちょっといじめっ子みたいなところはありますが、ガキ大将気質のオラオラ系なだけですから」

「大丈夫で心配ない要素なくない?」

 

 ぶっちゃけ、いらなかった。使い道もわからないし、第一怪しすぎた。

 それを「まあまあまあまあ」で押し切って結局持たせる方も持たせる方だし、持たされてしまうユーナもユーナだった。

 

 

 だから。

 いよいよとなるまでそれに頼ることはなく。

 万策尽きればそれ以外に使える手がなくなるという意味でもあった。

 

 

◇◆◇

 

 

「よくわかんないし、信じてるわけでもないけど……賭ける!」

「だから何に!?」

 

 篠宮マナですら驚愕とともにツッコミを入れるコレが、せめて相手の意表を突けるといいなという一抹の期待とともに。

 

 

 今郷ジエンがコレについて唯一知っていた、名前。

 

 オメガホーンに、エゴルギアをセットして。

 

 

「――角醒憑依せよ、EXレッドキング!!!」

 

 

「え、なにその叫び……うげっ!?」

 

 ユーナの魔人能力は剛腕。

 強化された腕力で邪魔するやつを思いきり殴り思いきり蹴るだけ。

 ユーナは今度も自分の能力を駆使しただけだ。

 

 拳を握り、篠宮マナをぶん殴る。

 さっきまでと同じこと。その度に篠宮の腕力や背中から生えた触手に防がれてばかりいた。

 今度も同じく片手で防御され。

 

 ユーナの拳を受け止めたその手ごと、顔面にパンチが突き刺さり、ぶっ飛ばした。

 

「いたた……なにこのバカげた威力、さっきまでと全然違……うあっつーい!?」

「おらあああああああ!!」

 

 壁に打ち付けられ、予想外の力に困惑するマナに迫る追撃は、灼熱。

 普段の魔人能力使用時以上に強化されたユーナの腕はいま、尋常ではない高温を帯びている。

 その熱で、床を抉れば建材ですら赤熱の礫となって弾丸の速度で飛んでいく。

 そしてそれは触れる端から篠宮の皮膚を焼き焦がし、視界を奪うマグマの飛沫だった。

 

 マナからすれば、たまったものではない。

 なんかよくわからないアイテムを使っただけで、最高品質の魔人化薬をキメてもたどり着けないほどの戦力強化をいきなり果たした相手。さっきまではまともに相手をする価値もないその他大勢だったというのにこの有様、好きにさせたら何をされるか分かったものではない。

 

 たとえば。

 

「くらええええええ!」

「っ!」

 

 様子見も、これまでの不利を考慮しての慎重も無縁な一か八かの突撃などという、今一番されたくないこととか。

 

 喜多森ユーナは何も考えなかった。

 力と拳の導くままに、ただ篠宮マナの顔面にブチ込んでやるためだけに。

 

 マナは一瞬迷った。

 受けるか避けるか流すべきか。ここで終わるわけにはいかない。この先ももっともっと喰って喰って強くならねばならないのだから。

 

 二人の間にあった差はそれだけで。

 故に篠宮マナの防御はほんのわずかに間に合わず。

 

 喜多森ユーナの剛力とマグマの熱量を備えた拳は致死の威力を伴って篠宮マナへ向かって迫り。

 

「――あっ」

 

 それが届かなかったのは、ひとえにユーナの体が限界だったという一点に尽きる。

 

 

「は……い? 助か……った?」

「ぁ、ぐ……ちく、しょ……!」

 

 わずかな身じろぎしかできず、床を這うユーナ。

 最後に立っているものこそが勝者だというのなら、この場における勝者は紛れもなくマナだろう。

 何が起きたのかまだ理解できておらず、戸惑うような表情を浮かべてはいるが、それでもまともに動けるのはもはや自分しかいないことを、ゆっくりと理解して。

 

「は、はは……ははははは! なぁんだ、もう動けなくなっちゃったの!? でもすごいよねぇ、とんでもない強化だったから死ぬかと思ったよ! いい線行ってたじゃ……ないっ!」

「あぐっ!」

 

「ユーナ!」

「くそっ、篠宮ァ!」

 

 ユーナの頭を足蹴にし、高らかに笑うマナ。

 魔人狩りの仲間たちの怒りの声も、もはや身動きが取れない負け犬の遠吠えに過ぎず、ただただマナの愉悦を煽るばかり。

 最後の切り札……かというと評価に悩むが、それでも間違いなくマナの喉笛に刃が届きそうだったのに、それでも足りなかったのだ。

 

「はんっ、笑ってなさいよ。私にあのメガホンを預けてくれたジエンがきっともうすぐ来るわ。そうなったら、あんたは終わりよ」

「ジエン……って、もしかして国連の、トワちゃんみたいな黒髪の子のこと?」

 

 せめて惑わせようとユーナが吐いた言葉に、しかしマナは意外と食いついた。

 ジエンのことを把握しているような口ぶりだが、ここは相手の本拠地。監視カメラ程度は当然あって、それによって侵入してきた自分たちの様子を見ていたのだろうから不思議なことはない。

 

 理解できなかったのは、ジエンが誰かを理解したとおぼしきその瞬間、頬が裂けたような凶相を浮かべたこと。

 それが人の顔に浮かぶ笑みだとは信じられないほどに、変わった。

 

「へぇ~、そうなんだ。あの子がねぇ~。……ふふふっ、ざぁんねん。あの子がどうなったか、知らないんだぁ」

「どう、なった……って……」

 

 

「まさか私たちが、トワちゃんたちみたいな『お客さん』が来るのを予想してないと思った? 魔人化薬のお客だって荒っぽい人たちばかりなんだよ? ――100体以上の魔人と改造侵略種の保管庫にノコノコ入っていったの、その子だったんだ♪」

 

「100……体……!?」

「そんな、ジエンさん……!」

 

 マナの戦闘力のみならず、抱え込んだ戦力もまたそれ相応なのだと覚悟していた。

 魔人にせよ侵略種にせよ、1体1体ならそこまでの脅威ではない。以前、地下鉄駅で巨大な改造侵略種を一方的に倒していたジエンならなおのことだろう。

 

 だが、100体。

 保管庫とやらを埋め尽くすだろう異形の群れを想像してしまえば、そこに生存の可能性などありえないとしか思えず。

 

「いいねぇ~、その表情! 私に勝てるはずもないのにずーっと睨みつけてた目が曇ってる! おっかしぃ~! あはははははははははははは!」

 

 降り注ぐマナの嘲笑は嵐のよう。打ち据えられた者の気力を根こそぎ奪い、最後に残った心の芯まで折るようで。

 

「あーーっははははははははは!」

「ほほほほほほほほほ」

「ははははははは! ……ん?」

 

 

 紛れ込んだ上品な笑い声との対比でおぞましさがより際立ち。

 その、自分でもなければトワたち魔人狩りでもない声に、マナはしばらく気付けない。

 

 

 綺麗に澄んだ笑い声だった。

 澄みすぎて「ピポポポポポポポポ」と聞こえるような気もするが、それどころではなく。

 

 マナ振り向いたそこに、いた。

 魔人と改造侵略種の巣窟で骸になっているべき、国連調査機関EXCEEDSの今郷ジエンが、そこにいた。

 

 

「なっ、お前……なんでここに!? 100体以上の魔人と侵略種のいる部屋にノコノコ入っていったはずなのに!」

 

 もし。

 この部屋に突然足を踏み入れた者がいたら、立ち込める血の匂いに顔をしかめただろう。

 マナは魔人狩りの5人にそれだけの出血を強いてきた。

 血だまりに倒れ伏す少女たちという光景は凄惨を極め、誰もが戸惑い、緊張を強いられるだろう。

 

「ああ、あの部屋ですか。確かにたくさんいました。なので」

 

 だが、ジエンにそれはない。

 ただただ自然体でそこにあり。

 

 

「あなたが待ってる魔人と侵略種は、私が倒してきました」

 

 

 その言葉を。

 嘘だハッタリだと言わせないだけのスゴみが、その佇まいにはあった。

 

 

「へ、へぇ~、そうなんだ。じゃあ、あなたを食べたら私はもっと強くなれるってことだよねぇ!」

 

 そこで引かずに啖呵を切ってのけるマナに、トワはむしろ感心した。

 たしかにジエンが魔人たちを一体残らず倒してここに来たという証拠はないが、そんなものがなくても信じられるだけの圧が、魔人であれば感じられるだろうに。

 

「あー、やっぱりそうなりますか。……篠宮マナさん、でしたか。あなたは一応手配対象なのでしょっぴかないといけないんですよね……」

 

 対するジエンは、マナの言葉にも動じない。

 ただ仕事をこなしに来ただけだと、面倒が増えたような気さえする、とばかりに溜息を一つ。

 それだけだった。

 

「仕方ありません。軽くボコって大人しくなってもらいます。――死なないでくださいね?」

 

 それだけで、今郷ジエンと篠宮マナ、二人の間で空間が軋むような殺気が満ちた。

 マナは先ほどまでと変わらず、背中から生やした触手をくねらせ狙いを定める、およそ人の形をした生物ではありえない姿。

 

 しかし対するジエンもまた、戦いに臨むとは思えない構えを見せた。

 うっすらと広げた両腕を前に。掌は下に向ける。

 あらゆる格闘技のいずれにも似ない、指揮者か支配者の類のようなその構えが、トワたちにとって初めて見るジエンの戦う姿だった。

 

 

「――シャアッ!」

 

 先手を取ったのはマナ。

 触手複数を伸ばし、先端の爪を突き刺す構え。

 トワたち魔人狩りの5人の手足を今も貫くそれは、ジエンの体であっても串刺しにするだろう。

 

「……?」

「っ!? なにそれ、バリア!?」

 

 ただし、ジエンの体に届くのであれば、の話だ。

 マナの攻撃に対してジエンが動かしたのは肘から先のみ。

 体の前へと広げていた両手を肘から曲げて立てただけ。

 

 それだけで、十分だった。

 

 ジエンがかつて公園と地下鉄を主な舞台とした侵略種災害の場で見せた障壁一つ。ただそれだけで、マナの触手はジエンの体までのほんの数cmをどうあっても詰められない。

 

「……え、もしかしてこれで全力です?」

「…………は?」

 

 一方、マナには刺さった。

 ジエンの煽りが。

 

 正確には煽りではない。ジエンの戦いに精神攻撃という選択肢はない。

 ゼットンはそんなことしない、とジエン自身が無駄に強固に思い込んでいるからだ。

 

 だからそれはシンプルな事実。

 「魔人化薬流通組織の元締めにして自身も強力な魔人である篠宮マナの戦闘能力が、ジエンの予想を大きく下回った」ということの表明に過ぎず。

 

「じゃあ、こうしてあげるよッッッッ!!!」

 

 マナのブチギレは、それまでに数倍する触手を生やし、ジエンの全方位を取り囲む形での刺突という形を成した。

 

「な、なにあの数……!」

「私たちの相手は、全く本気ではなかったということですか……」

 

 少女ながら魔人狩りを名乗り、裏社会に足を浸して非合法な活動に加わっていたのは伊達ではない。彼女たちには覚悟があった。

 だがそれでも届かないほどの強さがあるということはマナに思い知らされていたが、それすらもが手加減の果てだったのだと、ジエンを前後左右上下くまなく突き刺そうとする触手の数と、障壁に阻まれながらもギチギチと音を立てる先端の爪に込められた危険な力から知れた。

 

 あれは良くない。

 ジエンの障壁はかなりの防御力であるようだが、マナは根競べも辞さない構えと見える。

 あのままではバリアが消えた瞬間逃げ場もなく全身を串刺しにされてしまう。

 

 だが、トワたちは動けない。すでにマナにつけられた傷で満身創痍。

 しかし仮に立てたとしても、先ほどまでの焼き直しになるのがオチだろう。

 

「あっははははは! 私のことを舐めすぎだよぉ! これじゃもう動けないねえ! ……どうする? 私、これからトワちゃんたちを一人ずつ刺してえぐって切り刻もうと思うんだけど、なんとかしてみるぅ?」

 

「くそっ……!」

「動け……動け、私……!」

 

 それどころか、足手まといの人質にまでされようとしている。

 だが動こうにも手足を貫いたマナの触手はびくともしない。

 悔しさににじむ涙をぬぐうことすらできはしないのだ。

 

「――なにか勘違いしているようですね?」

「は? 勘違い?」

 

 だから、あとは。

 頼りになるのはもう、ジエンがマナすらぶちのめすくらい超絶強いことを、祈るしかなく。

 

「私はあくまであなたを捕まえにきたバイトです。勤め先は国連ですが。なので、極論トワさんたちの安全は管轄外です。――私(ゼットン)がそんな善人に見えますか?」

「へ、へぇ~、そうなんだ。……だってさ、トワちゃんたち。冷たいねーこの女」

 

「そしてもう一つ。あなたはどうやらこのままゼットンシャッターを維持できなくなるまで全方位から抑え込み続けるつもりのようですが」

 

 

 篠宮マナは。

 いや、マナだけでなく夜海トワは、相沢シオリは、喜多森ユーナは、新名アオイは、古寺ユズは。

 全員が固唾を飲み、瞬きすら忘れて今郷ジエンのことを見つめていた。

 

 だから、誰もがそのことに確信を持っていた。

 

 

「そんな程度の方法で、まさか」

 

 

 その言葉を口にするまでは間違いなくマナの触手に全周を囲まれたバリアの中にいて。

 

 

「私(ゼットン)に勝てるとでも?」

 

 

 まるで、単純なコマ落としのように。

 ジエンの姿がバリアの中から何の痕跡も残さず消え。

 

 初めからそこにいたかのようにマナの後ろに現れて、振り向こうとするのを許さず頬にパンチを叩き込み、触手もろとも吹き飛ばされ壁にたたきつけられたことを、たしかに目撃した。

 

 

◇◆◇

 

 

 えぇ、防御とか全くしませんでしたよ篠宮さん……。

 いやでも、魔人スレイヤー=サン一同も目を丸くしてますし、これ何が起きたか誰もわかってないヤツですかね?

 ……まあ、仕方ありませんね。ゼットンテレポートは偉大なる初代先輩も最強たるハイパー先輩も活用したゼットンの象徴たる技の一つですから。特に初見には刺さるんですよねー。

 

「くぅ……! い、一体何が……」

「起きたのか、ではありませんよ。今も起きているのです」

「えっ……あぁっ!?」

 

 崩落した壁の建材に埋もれかけながら蹲る篠宮さんのところにテレポート。髪を掴んで無理矢理立たせ、部屋の中央あたりにぽいっとリリース。

 いいですよ篠宮さん。その絵に描いたようによろよろとたたらを踏む様子、最高の前フリです。

 

 ですので。

 

「いらっしゃいませ。ゼットンラリアット!」

「うげぇっ!?」

 

 進行方向にテレポートしてのラリアットがそれはもう綺麗に決まりました。ラリアットくらった首を支点に90度回って背中から落ちる姿、理想的なラリアットの食らい方です。

 

「な、なにあれ……さっきまであっちにいたのに、今度はそこに……!?」

「一応行っておきますが、超スピードとか催眠術とかのチャチなもんでは断じてありませんので悪しからず」

 

 うーん、ゼットン的な戦い方をできるのは気持ちがいいですね。篠宮さんはだいぶ頑丈らしく、ゼットン力をそこそこ開放して殴ったり蹴ったりしても壊れませんし――いまも耽々と勝機を探っているような目で見てきてますし。

 

 まあ、そんなものあるわけないのですが。

 

「はーいゼットンクロスラリアットー」

「ぐえーっ!?」

 

「今度は分身した!?」

「あ、あれ多分……テレポートです」

「それって、ユズの魔人能力みたいな?」

「全然違います……! 私の能力は空間をつなげた『扉』と『鞄』で別の場所に人や物を移動させる能力ですけど、ジエンさんは自分からは動かなくても転移してます! それに、あの分身はきっとすごく短い間隔で連続して転移してそう見えているもの……私にはとても無理です」

「えぇ、なにそれ……こわ」

 

「なっ、なにこれ……なんなのよ一体!? その魔人能力……意味わかんない!」

 

 おっと、やりすぎて篠宮さんがキレてしまいましたか。もう復帰するとか頑丈ですね。

 なんか、あたり一帯やたらめったらに触手でびしばし叩き始めました。両手で頭をぐしゃぐしゃしてますし、完全に癇癪起こした子供ですね。

 トワさんたちも思いっきり巻き込まれる範囲にいるので、一応ゼットンシャッター張っておきましょうね。5人程度に個別でゼットンシャッター張るくらい余裕です。

 ついでに偶然というには過剰なくらい私の方にも触手がどばどば伸びてきてますね。そりゃそうです。まあこれも弾いておきますか。えいえい。

 

「こ、これ……まさか、ジエンさんのバリア……? 遠隔で、私たちにも張れるんだ……」

「というか見てくださいあちら。ジエンさんが触手弾いてますけど、あれもしかしてバリアを両手に持ってそれを振るってます?」

「なにそれ……そういう使い方もできたんだ……」

 

 ふふん。ゼットンシャッターは強力なうえに万能ですからね。ちょっと想像力を解き放てばこんなものです。

 

 

「あああああああ! 本当に! 意味! わかんない! ……あんた、一体なんなのよぉ!」

 

「通りすがりのゼットンです。覚えておきなさい」

 

 この調子ならそう時間もかからず捕まえられそうですね。良いことです。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、シイナさんも来てくれましたしあとは任せてよさそうですね。……篠宮さん、なんかヤクキメて銀色になってますけど。ラスボスなら第二形態くらい普通ですね。ハイパー先輩なんて第三形態までありましたし」

「あ、あの……助けてもらってありがたいんですけど、治療とかは……」

「すみませんが、無理です。ゼットンの得意技は破壊と混沌なので……あっ、でもコラプサーオーラでゼットン力を分けてあげたら回復するかもしれません。……耐えられなかったら燃え尽きるかもしれませんけど」

「いい! やらなくていいから!!!」




今郷ジエン

 国連危険生物調査機関「EXCEEDS」所属の駆除隊員。
 シイナ同様侵略種の駆除と同時に侵略種の再生阻止のための吸収役を期待されてなのはたちに勧誘された。
 しかし、もう一人の魔人であるシイナが見つかったことで侵略種、特に原種の吸収役はシイナに譲ることを所属の条件とした。理由は「侵略種、あんまりおいしくないから」らしい。
 魔人化した際に取り込んだ遺伝情報の影響なのか、自分のことを「ゼットン」だと認識し、ゼットンの先輩たちの情報が記憶として刻まれているようで先輩たちに恥じないゼットンであろうとしている。
 それ以外の、魔人化前の記憶はあまりないらしく、今郷ジエンという名前自体もなんとなく浮かんできた「イマーゴ」ともう一つの言葉をもとに自分で名付けたもの。

 趣味はホラー映画鑑賞。
 とはいえ怖い話、怖い映画が好きというよりは恐怖している人間の反応を浴びるのが好き。なので劇場で見るのが基本だが、そのうち誰か適当な人を部屋に連れ込んでゼットンシャッターで出入り口を塞いで出られなくして「恐怖と絶望しないと出られない部屋」をやるために厳選した超怖ホラー映画のメディアを数本所持している。

 特技は当人曰く野球。とんでもない魔球を投げられるらしい。
 あと恋愛マスターも自称しており、カードを咥えて走ってきた女の子と結ばれる方法なら任せろ、とか宣っている。
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