永禄六年二月上旬。近江国観音寺城。
稲葉山城からの書状が届いたのは、朝の執務を始めたばかりの頃だった。
進藤山城守の封を見て、弥太郎にほかの書付を脇へ寄せさせた。西美濃では年貢の納入先を巡る訴えがまだ残り、各地の城に置いた兵の交代も進めている。山城守から届く報告には目を通すものが多いが、今回は封の端に急ぎの印が付けられていた。
最初の数行を読んだところで、俺は姿勢を正した。
加治田の佐藤忠能が、六角への帰属を正式に申し出てきたという。
これまでも佐藤家とは商人を介して話を続けていた。西美濃で帰属した国人たちの所領をどのように扱っているのか、佐藤家は繰り返し確かめてきたが、肝心の意思は明らかにしていなかった。こちらから条件を先に示せば、六角の保証だけを得て一色家との関係を保つこともできる。だから俺は、帰属を望むのであればまずその意思を明らかにするよう伝えていた。
山城守の書状によれば、今回は忠能自身の花押を据えた書状が届けられたらしい。使者は加治田から直接稲葉山へ来たのではなく、以前から取引のある商人に伴われ、日を違えて到着している。荷の売買に紛れて訪れたため、城へ入ったことを知る者も限られているという。
用心深いことだと思ったが、臆病だとは感じなかった。一色龍興が東美濃に残っている以上、加治田が六角へ通じていると知られれば、忠能は真っ先に疑われる。今はまだ城を守る兵を集めたという知らせさえ、周囲を刺激しかねない時期だった。
書状の後半には、帰属に当たって佐藤家が確認したいことも記されていた。本領の安堵、従来から抱えている所領境の争い、加治田城の守備、そして一色家から攻められた場合の援け。帰属を表明したからといって、忠能がすべてを六角へ委ねるつもりではないことが分かる。
俺は書状を読み終えると、使者がまだ稲葉山にいるのか弥太郎へ尋ねた。山城守は忠能からの返書を待つ間、佐藤家の家臣を商人の宿へ留めているという。ただし長く滞在させれば目立つため、早めに返答を得たいとも書かれていた。
「若様。ようやく佐藤が動きましたな」
「ああ。だが、ここからが大事だ。返事の仕方を誤れば、向こうの城を危うくする」
弥太郎は嬉しそうにしていたが、俺の返事を聞いて表情を改めた。佐藤家が六角へ従うのであれば、東美濃への足掛かりとしては大きい。ただ、そのために加治田が一色の攻撃を受けるようでは意味がない。こちらが救援へ向かう頃には城が落ちていたなどということは避けなければならなかった。
俺は山城守への返事を急がせる前に、父上へ報告することにした。
*
父上は書院で京からの書状を読んでおられた。俺が佐藤忠能の名を出すと、読みかけの紙を脇へ置き、続きを促された。
山城守の報告をお渡しし、これまでの接触の経緯を簡潔に説明した。父上も加治田から内々の問い合わせがあったことは承知しておられる。今回は本人の花押を据えた書状が届いたと聞き、ようやく腹を決めたかと頷かれた。
「本領安堵を求めておるのだな」
「はい。それに一色から攻められた場合の救援も。ただ、帰属を公にする時期は慎重に決めたいようです」
「それは当然であろう。一色の目と鼻の先で、六角へ従ったと触れ回る者はおるまい」
父上は苦笑されたが、すぐに書状へ視線を戻された。俺も佐藤家の用心には異存がなかった。ただ、帰属を内々に認めるとして、どこまでの約束を与えられるかは別の話だ。加治田の周囲にはまだ一色に従う国人がいる。佐藤家の所領を安堵することと、佐藤家が主張する土地をすべて認めることは同じではない。
俺は忠能が現に治めている村や田畑について、従来の権利を守る方針を示したいと申し上げた。一方で境目に争いのある土地は、古い証文や双方の言い分を調べてから扱いを定める。六角へ従ったことを理由に、隣の国人の所領まで佐藤家へ与えるような約束はできなかった。
父上はその考えを認められたうえで、救援について俺の考えを確かめてこられた。
ここが最も難しい。一色が加治田へ兵を向けた時、六角が見捨てれば今後こちらへ従う者はいなくなる。しかし救援するという約束を盾に佐藤家が周囲との争いを広げても困る。織田との間でも東美濃の国人をどう扱うか協議している最中であり、こちらから不必要な衝突を起こすわけにはいかなかった。
「佐藤が一色から攻められるなら援けます。ただし、加治田の側から争いを仕掛けることは認めません。事が起きてから動くのでは遅いので、稲葉山には道と兵の支度を確かめさせておきたいと考えています」
父上は少し考え込まれた。美濃へ兵を向けるには近江の備えも無視できない。畿内の様子が落ち着いていないことを考えれば、大軍をいつでも東へ送れるわけではなかった。それでも加治田を受け入れるなら、最低限の備えは必要になる。
「よかろう。美濃のことはそなたに任せた。ただし、佐藤の帰属は受け入れても、兵を動かすことを軽々しく約束するな。加治田の者にも、こちらの事情を隠さず伝えておけ」
「承知しております。救援のための備えは進めますが、何があっても直ちに兵を出せるなどとは申しません」
父上は満足そうに頷かれた。正式な安堵状を出すには、山城守が確かめた所領の内容と佐藤家の証文を照らし合わせる必要がある。父上の許しを得たからといって、その場ですべてを決められるわけではなかった。
書院を辞そうとすると、父上がふと思い出したように声を掛けられた。
「四郎。加治田一つを得て喜ぶだけでは済むまい。あの家と付き合いのある国人もおろう」
俺は思わず父上の顔を見た。同じことを考えていたからだ。
加治田から東へ入る道を押さえるにしても、城一つに六角の兵を置くだけでは十分ではない。周囲の国人たちが敵として残れば、補給の道さえ脅かされる。それならば佐藤家が持つ縁を生かし、争わずに従う者を少しずつ増やす方がよかった。
「その件も、佐藤家へ協力をお願いするつもりです。ただし、忠能殿の立場を危うくするようなことは避けます」
「うむ。欲を出して加治田を失うことのないようにな」
父上の言葉には、普段の軽口とは違う重みがあった。俺は深く頭を下げ、書院を後にした。
*
自室へ戻ると、弥太郎が稲葉山から届いた別の書付を揃えていた。佐藤家の所領について山城守が集めた情報で、村の名や境目のほか、近隣の国人との行き来についても記されている。商いのために普段から人が往来する相手もいれば、親類を通じて付き合いを続けている相手もいるらしい。反対に昔の境争いが今も尾を引いているところもあった。
帳面を眺めていると、佐藤家へ頼めることと、頼むべきではないことが次第にはっきりしてきた。
六角の使者が突然訪ねれば、国人たちは身構えるだろう。忠能と古くから付き合いのある相手なら、田畑や市の話をするついでに西美濃の様子を伝えることもできる。ただし、そこで六角へ従うよう迫れば、相手に拒まれた時点で一色へ知られる危険がある。こちらが望むのは、佐藤家に周囲を説き伏せてもらうことではない。どの家が六角へ関心を持ち、何を恐れているのかを知るだけでも十分だった。
さらに気になるのは、佐藤家の帰属そのものをどこまで明らかにするかだった。忠能が六角へ従うと他家へ話せば、相手が同じ考えでない限り秘密を守れる保証はない。親しい相手であっても、家の存続が懸かれば一色へ知らせることはあり得る。だから佐藤家自身の帰属を明かさぬまま、六角の動きをどう見ているか探るところから始めてもらうべきだろう。
俺は山城守へ送る返書の草案を作り、佐藤家の使者を観音寺まで呼ぶべきか考えた。しかし稲葉山へ来た使者をさらに近江へ連れ出せば帰りが遅くなる。それだけ商人の宿に留まる理由も必要になるし、道中で誰かに顔を見られる恐れも増す。忠能の決断に対して俺が直接礼を述べたい気持ちはあったが、今はそのために危険を増やすべきではなかった。
まずは山城守から条件を示し、佐藤家がどこまで応じられるか確かめてもらう方がよい。
俺は弥太郎に新しい紙を用意させ、帰属についての返書と山城守だけが扱う指示を書き分けることにした。佐藤家へ伝える内容には、本領を守る方針と境争いの扱い、救援の備えについて記す。一方で周辺国人への働きかけは不用意に文面へ残さず、山城守から使者へ口頭で伝えてもらう。その際も使者が正確に伝えられるよう、無理な勧誘を求めないことを明確にしておく必要があった。
筆を走らせていると、弥太郎が手元を覗き込み、少し困ったように言った。
「若様。佐藤にはそこまで任せてよろしいのでしょうか。帰属したばかりでございます」
「だから命じるのではなく、力を貸してもらえるか尋ねる。佐藤が無理だと答えるなら、それ以上は求めん」
弥太郎は納得したようだった。家を守るために六角へ従おうとした忠能へ、初めから危険な役目を押し付ければ信頼を失う。加治田の事情を知る者にしかできないことがある一方で、こちらの欲だけで動かしてよい相手ではなかった。
俺は返書を結び、山城守への指示には念を押した。佐藤家の使者を長く留めず、帰路も商いの往来へ紛れさせること。加治田との連絡を同じ者ばかりに任せぬこと。周辺国人への接触については忠能が相手を選び、少しでも疑いを招きそうなら直ちに止めること。そして一色家が加治田を疑う兆しがあれば、帰属の公表も調略も進めず、まず稲葉山へ知らせること。
書き終えたところで、佐藤家へ伝える言葉がまだ足りないように思えた。忠能が望んでいるのは六角のために働く場所ではなく、自分の家を守れる道だ。そこを見失えば、今回の申し出も長続きしないだろう。
俺はもう一枚紙を取り、山城守へ添える短い書状を書いた。
佐藤家には、加治田の周囲で親しい国人がいれば、六角へ従う道もあるとそれとなく伝える手助けを願いたい。ただし佐藤自身の帰属を明かす必要はなく、相手から興味を示さぬ限り深追いはしないこと。西美濃で行った本領安堵の実例は話して構わないが、東美濃の各家にも同じ条件を無条件で与えるとは約束させないこと。何より一色側に悟られぬよう十分に注意し、佐藤家と話を聞いた者の安全を優先すること。
言葉にしてしまえば簡単だが、実際に動く者たちには難しい仕事になる。山城守にも佐藤家にも、どこまでなら安全か分からないことはあるだろう。俺はその判断を一方的に押し付けず、危険を感じた時には止めることを許すと明記した。
使者は翌朝、稲葉山へ向けて発つことになった。俺は弥太郎に書状を渡し、父上の許しを得た内容と、まだ佐藤家の返答を待つ内容を取り違えぬよう念を押した。
その後も机には美濃の報告が残っていた。加治田が六角へ従う意思を示したことで、東美濃へ向かう道が一つ開けたのは確かだ。しかし、まだ帰属は表に出せず、周囲の国人がどう動くかも分からない。一色もこのまま黙っているとは思えなかった。
俺は絵図の上で稲葉山から加治田へ目を移した。そこから先の道筋を確かなものにするには、佐藤家との約束を守り、一つずつ信頼を積み重ねていく必要がある。
今はまず忠能がどのような返答を寄越すかを待とう。無理に急がせることなく、それでも次の手が打てるよう備えを進めておきたかった。
*
永禄六年二月中旬。近江国観音寺城。
稲葉山へ返書を送ってから七日目、山城守の報告が届いた。
弥太郎が書状を差し出した時、俺は西美濃の城々へ送る兵糧の割り振りを確かめていた。雪が積もるほどではないものの、朝夕の冷え込みで山道が凍る日もあり、荷駄の到着が遅れることがある。加治田へ救援を出すことになれば、その道を兵が通るのだと思うと、書付に記された一日二日の遅れも軽くは見られなかった。
封を切ると、佐藤忠能の使者が無事に話を聞き、加治田へ戻ったことが記されていた。使者は帰属を受け入れるという父上の意向に深く礼を述べ、本領安堵の扱いについても大筋で異存を示さなかったという。ただし所領境の争いは今すぐ決めず、双方の証文を確かめるという説明を受けた時には、何度も念を押していたらしい。
当然だろう。帰属する側にとっては、六角に従ったことで所領が減るような事態を最も恐れているはずだ。だが、佐藤家の言い分だけで境を定めれば、今度は隣の国人が不信を抱く。東美濃で味方を増やそうとして、新しい争いを生むわけにはいかなかった。
使者が何より気にしていたのは、一色から攻められた場合の救援だった。加治田から稲葉山へ急使を出しても、返事を待つ間に敵が押し寄せれば間に合わない。山城守はその不安を受け止め、救援の約束だけでなく、知らせを受けた時にどこから兵を集めるか調べ始めていると伝えたという。
俺は別紙に記された道筋へ目を移した。稲葉山から東へ兵を進めるには、冬の間に傷んだ道や渡しの状態を確かめておかなければならない。加治田に援兵を入れるより前に周囲の敵が道を押さえれば、わずかな兵でも足止めされる。山城守はまだ軍勢を動かしていないが、現地の守備兵を使って行軍路を見分し、荷駄の通れる場所を調べるよう手配したらしい。
そこまで読んで少し安堵した。救援すると口で約束するだけなら容易い。だが、実際に援けを求められた時に動けなければ、帰属を申し出た忠能を裏切ることになる。
「若様。佐藤は話を受け入れたのでございますか」
「今のところはな。ただし、加治田で忠能殿が家臣たちへ話を通さねばならん。使者一人の返事で済むことではない」
弥太郎は頷き、山城守から届いたもう一通を示した。そちらには周辺国人への働きかけについて記されている。使者は当初、佐藤家が六角のために他家を誘うと知られれば、帰属を公にする前に一色から攻められると警戒したそうだ。しかし相手を選ぶのは忠能に任せ、帰属の事実を明かさず、無理に勧める必要もないと聞くと、ようやく話を持ち帰ることを承知したという。
無理もない。こちらが欲しいのは東美濃の国人の心を知る手掛かりであって、佐藤家が危険を冒してまで説得したという手柄ではなかった。加治田を失えば、それまで積み重ねた働きかけも無駄になる。俺は山城守へ、忠能の返答があるまでは新たな接触を求めぬよう短く書き添えた。
その日の午後、目賀田から西美濃で安堵を済ませた家の帳面が届いた。佐藤家へ渡す文書の扱いを考えるため、弥太郎に頼んで目賀田にも来てもらうことにした。西美濃では帰属を認めるに当たり、古い知行の記録と本人の申し立てを照らし合わせ、争いのない所領から安堵している。佐藤家についても同じ手順を踏みたいが、東美濃へ役人を入れるわけにはいかなかった。
目賀田は差し出された書付に目を通すと、安堵する土地と調査を続ける土地を明らかに分けるべきだと述べた。異存はない。ただ、佐藤の手元に残す安堵状が一色側に見付かれば、何より確かな内通の証となってしまう。文書を出さねば忠能が安心できず、出せば発覚の危険が増す。俺が迷っていると、目賀田は大切な文書ほど持ち運ぶ者を少なくし、渡す時期も選ぶほかないと答えた。
「安堵の範囲を曖昧にすれば、後で佐藤との争いになりましょう。ですが、細かく記せば記すほど、一色方に見られた時の危険も増します」
「承知している。だからこそ今すぐ渡すことだけは避けよう。文書を守ることも、約束を守るうちだ」
父上の承認を得たことはすでに伝えてある。佐藤家の側から異存がないと返事が届けば、安堵状を整えることはできる。俺は土地の名を不用意に省かず、境争いのある場所だけは別に記すよう目賀田へ頼んだ。曖昧にしておけば、後から都合のよい解釈をする者が出てくる。約束を守るためにも、その範囲は明らかにしておく必要があった。
*
さらに五日が過ぎ、ようやく加治田からの返答が稲葉山を経て届いた。
使者の帰還後、忠能は限られた家臣にだけ六角から示された条件を伝えたという。反対した者がいなかったわけではない。とりわけ一色からの軍役の催促にどう答えるかについては意見が分かれたらしい。六角へ従うと決めたからには一色のために兵を出せぬが、突然すべてを拒めば加治田が疑われる。忠能は家中の兵糧と田畑の事情を理由に、これまで以上の軍役を引き受けることを控えると決めたそうだ。
苦しい判断だったと思う。一色との関係をその場で断てるのであれば話は早い。しかし今それをすれば加治田は周囲から孤立する。内々の帰属を認めるからには、しばらく表向きの立場を変えられぬことも承知しておかねばならなかった。
書状には、父上が示した方針に従い、従来から治める所領について安堵を求めること、境の争いについては後日の調べに委ねること、加治田から先に兵を動かして争いを起こさぬことが記されていた。忠能自身の花押もあり、もはや単なる問い合わせではない。俺はそれを読み終え、しばらく紙を見つめた。
忠能は六角に家の行く末を託したのだ。もちろん形勢が変われば別の道を探ろうとするかもしれない。戦国の国人に永遠の忠誠を期待するほど、俺も楽天的ではない。それでも自分の家を守るために決断した相手を、こちらの都合で見捨てることだけはしたくなかった。
使者の口上を記した別紙には、周囲の国人への働きかけについても返事があった。忠能は協力そのものを拒んではいなかった。ただし加治田に近い者ほど付き合いも争いも深く、一色へ通じる相手を見誤れば取り返しがつかない。まずは親しく商いを続ける家の様子を確かめ、その家から六角のことを尋ねられた場合に限って、西美濃での処遇を話すという。
こちらが求めた以上に慎重な答えだったが、それでよかった。勧誘に応じる者を急いで数えたところで、危険を察した家が一色へ訴えればすべてが台無しになる。むしろ忠能自身がその危険を理解していると分かったことに安堵した。
俺は父上へ報告し、帰属を内々に受け入れたことを確認していただいた。父上は佐藤家の書状を読み終えると、安堵状を整えることを認められた。ただし受け渡しは稲葉山で山城守の手を通し、人目に付かぬ方法を選ぶよう念を押された。
「加治田が動いたからといって、東美濃が六角のものになったわけではない。四郎、そこを違えるな」
「承知しております。佐藤家を守れぬまま周囲へ手を伸ばすつもりはありません」
父上は小さく頷き、書状を返された。俺も加治田一つで東美濃が片付くとは思っていない。むしろここから忠能を守りながら周囲へ手を伸ばすことの方が難しいだろう。
書院へ戻ると、弥太郎が安堵状の文案を用意していた。目賀田と確かめた所領のうち争いのない部分を明記し、境の定まらぬ場所は別途調べるとした。父上の確認を受けて正式な文書に整え、山城守へ送る。忠能にはその受け取りを急がせず、使いの者が自然な往来に紛れられる時を選ぶよう伝えることにした。
兵の備えについても山城守へ改めて命じた。加治田までの道と渡しを調べ、いざという時に動かせる人数と兵糧を明らかにする。ただし大勢の兵を東へ集めれば一色の目を引くため、当面は稲葉山の守備を崩さず準備を進めること。佐藤家から一色の兵が近付くという知らせがあれば、まず確かな状況を報告させ、そのうえで必要な手を打つ。
弥太郎は書状を取りまとめながら、佐藤家が帰属したことを家中の誰に知らせるべきか尋ねた。俺は父上と山城守、それに必要な書付を扱う者へ限ると答えた。知らぬ者が増えれば困るが、知る者を増やし過ぎても危うい。佐藤家の帰属を公にするまでは、稲葉山でも余計な噂を立てさせたくなかった。
*
二月も半ばを過ぎた頃、篠が観音寺へ戻った。
東美濃へ直接入っていたわけではなく、西美濃に出入りする商人や使者の様子を調べていたという。加治田の商いが以前より目立つようになっており、関方面ではその行き先を気にする者がいるらしい。長井道利の側でも、周辺国人がどこへ使者を出しているのか探っているという話を聞いたそうだ。
俺は少し顔をしかめた。こちらが慎重に動いても、東美濃の者たちが周囲へ目を光らせていることに変わりはない。西美濃が六角の手に落ちた以上、一色方が国人の動向に敏感になるのは当然だった。
「加治田から六角へ通じていると知られたのか」
「そこまでは掴んでおりませぬ。今のところは商いが増えたことを気にしているだけのようです。ただ、同じ者が何度も往来すれば目立つでしょう」
篠はそう答え、帳面の隅へ商人たちの名を書き添えた。俺はその名をすべて覚えようとするより、どの道が見張られやすいのかを確かめることにした。使者の安全を守るつもりが、商人を疑わせる結果になっては困る。六角の密使だと知られれば、当人だけでなく取引相手の家族まで巻き込まれる恐れがあった。
俺は篠へ、加治田に近付く者を増やさぬよう命じた。佐藤家との連絡は当面、山城守が用意した道筋に限る。新しい話を探ろうとして無理に動く必要もなく、関方面で警戒が強まった時にはすぐ報告させることにした。篠は何も言わず頭を下げたが、退出する前に少し笑った。
「若様が急がせぬのであれば、こちらも無茶をせずに済みます」
「無茶をさせぬために頼んでいる。誰かが一色に疑われたなら、こちらの手柄など何の意味もない」
「承知しております。では、今は耳を使うことにいたしましょう」
その言い方に苦笑してしまった。篠たちが危ない役目を担ってくれていることは承知している。これまでにも無理を頼んだことがなかったとは言えない。だからこそ今回ばかりは、佐藤家の帰属を得た勢いで余計な危険を負わせたくなかった。
篠が下がった後、俺はしばらく加治田の位置を絵図で確かめた。稲葉山と加治田の間にある土地をすべてこちらが押さえているわけではない。城一つを得たからといって、直ちに大軍が行き来できる道が開けるものでもなかった。援けると約束した相手のもとへ確実に兵を届けられるか。そのことは何より優先して調べなければならない。
その日の終わり、山城守から短い報告が届いた。佐藤家と取引のある加治田周辺の小領主が、西美濃で六角へ従った家の扱いについて尋ねてきたという。忠能は自家の帰属については明かさず、聞かれた範囲で所領安堵の実例を伝えたらしい。相手はすぐには返答せず、六角と織田の争いがどうなるのか気にしていたという。
たったそれだけの話だったが、俺は書状を読み返した。佐藤家から無理に勧めたわけでもないのに、周囲から六角のことを尋ねる者が現れた。もちろん、その国人が本当に帰属を望んでいるとは限らない。こちらの考えを探るために聞いてきた可能性もある。
それでも忠能が約束どおり、余計なことを明かさずに応じてくれたことには意味があった。使者を増やさずとも、東美濃の者たちの間で六角について話が交わされ始めている。焦って一つの返答を取りに行くより、今はその流れを途切れさせぬことが大切だろう。
俺は山城守へ、相手が再び尋ねてくるまではこちらから働きかけぬよう返事を書いた。佐藤家には礼を伝え、無理な接触を求めていないことも改めて知らせる。加治田を守るための備えを続ける一方、国人の帰属については相手自身が動く余地を残しておくつもりだった。
書状を畳む頃には、庭に差す日も傾いていた。東美濃の情勢が急に変わるわけではないだろう。龍興も長井も、加治田の動きを知れば黙ってはいまい。それでも忠能が家の行く末を六角へ託し、周囲にもこちらの政を気にする者が現れた。
俺は稲葉山から加治田へ続く道を絵図で確かめ、明朝には山城守へ兵糧と行軍路の調査を急ぐよう書状を出すことにした。加治田を守るという約束は、使者に渡した文書だけで果たせるものではない。守るための力を備え、そのうえで東美濃へ進む道を探らなければならなかった。
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