永禄六年三月中旬、近江国観音寺城。
稲葉山城の進藤山城守賢盛から急報が届いたのは、美濃の諸城に配する兵糧の報告を確かめていた時だった。使者は道中で馬を替えながら駆けてきたらしく、衣服の裾には乾いた泥がこびり付いていた。山城守が早馬を立てるほどの事態となれば、東美濃で何か動きがあったのだろう。俺は弥太郎に使者を休ませるよう命じ、差し出された書状を開いた。
読み進めるうちに、思わず眉をひそめた。一色龍興が長井隼人佐道利を処断し、それに反発した家臣たちによって関城を追放されたという。隼人佐の死だけでも驚くべき話だが、龍興が家臣たちから見放されたことには、それ以上の衝撃を受けた。関城を追われた後も美濃の国人たちを頼って各地を巡ったらしいが、迎え入れた者は一人もおらず、ついには美濃を離れたという。山城守は複数の筋から情報を集め、事実関係を確かめたうえで知らせてきたようだった。
書状には関城の様子も詳しく記されていた。龍興を追放したのは隼人佐の家臣たちだけではなく、城の守備を担っていた者たちも同意していたという。騒ぎの際に多少の混乱はあったものの、大きな刃傷沙汰には至っていない。隼人佐が生前に残した言葉を守り、龍興へ刃を向けることだけは避けたらしい。長年仕えた主君を追い出すという決断が容易でなかったことは想像できる。それでも、もはや従うことはできないと判断したのだろう。
俺は書状を置き、しばらく考え込んだ。隼人佐については以前から報告を受けている。稲葉山を失った龍興を支え、東美濃の国人たちをまとめようと苦心していた男だ。こちらにとっては敵方の重臣であっても、その働きまで否定する理由はない。龍興が関城に留まり続けられたのも、隼人佐が諸将の不満を抑え、軍役や兵糧の取りまとめに奔走していたからだろう。その当人を謀反の疑いで処断したのだから、家臣たちが見限ったとしても不思議ではなかった。
それにしても、龍興は何を考えていたのか。稲葉山を失って以降、一色家に残された力は決して大きくなかった。国人たちが軍役を渋るのも、相次ぐ戦や負担によって余力を失っていたからだろう。そこで強引に兵を集めようとすれば、かえって離反を招く。隼人佐もそのことを案じて諫言を重ねていたはずだ。だが、龍興には家臣が主君の命令に逆らっているようにしか見えなかったのかもしれない。
もっとも、俺自身が龍興の立場に置かれた時、どのように振る舞うかは分からない。領地を失い、頼りにしていた国人たちが次々と離れていく。そのような状況になれば、誰を信じるべきか迷うこともあるだろう。しかし、だからといって確かな証もなく重臣を処断してよい理由にはならない。疑いを抱いた相手から話を聞くことすらできなくなれば、残された家臣たちは何を頼りに仕えればよいのか。長年一色家に尽くした末に、主君の疑念によって命を落とした隼人佐を思うと、気の毒でならなかった。
ただ、山城守から届いた知らせには、もう一つ重要なことが記されていた。龍興を追放した関城の者たちが、六角への帰属を望んでいるというのである。すでに長井家の旧臣を中心として城内の意見をまとめ、正式な使者を稲葉山へ送る準備を進めているらしい。山城守は北方城の安藤伊賀守守就とも連絡を取り、使者が訪れた場合には事情を確かめるつもりだと記していた。
これは見過ごせない話だった。関城は東美濃へ進むうえで重要な拠点の一つであり、これまで一色家の勢力を支えてきた城でもある。その関城が自ら帰属を願い出てくるのであれば、六角にとって大きな前進となる。しかし、城を預かる者たちが六角へ従うと決めたからといって、周辺の国人まで同じ考えとは限らない。岩村の遠山をはじめ、独自の判断で動く家々も残っている。
俺は弥太郎を呼び、父上への取次を頼んだ。
「稲葉山から知らせが届いた。関城で大きな変事があったらしい。父上に報告したい」
「承知いたしました。すぐにお取り次ぎいたします」
弥太郎は書状を入れる袋を用意すると、急いで部屋を出ていった。俺はその間に山城守の報告を読み返した。気になるのは、関城の者たちが龍興を殺さずに追放した点だった。主君を見限ったとはいえ、隼人佐の遺言に従って刃を向けなかったことには意味がある。少なくとも、怒りに任せて一色家の血筋を絶とうとしたわけではないのだろう。
一方で、龍興が生きている以上、今後どこかで再起を図る可能性は残っている。美濃の国人たちが受入れを拒んだとしても、他国にまで頼れる者がいないとは限らない。織田や武田の動向も気に掛かるが、今は龍興の行方より関城をどう扱うかが先だった。
間もなく弥太郎が戻り、父上への目通りが許されたと告げた。俺は書状を携え、書院へ向かった。
*
父上は書状を読み終えると、しばらく黙っていた。目の前には京から届いた報告が広げられていたが、もはやそちらへ目を向ける様子はない。やがて書状を置くと、何とも言えぬ表情で息を吐いた。
「隼人佐を討ち、家臣たちに城を追われたか。治部大輔も愚かなことをしたものだ」
「隼人佐は東美濃の国人たちをまとめていた男です。その者を失ったことで、家中を支える者がいなくなったのでしょう」
「それだけではあるまい。家臣たちが見限ったのは、隼人佐の死そのものより、主君への信を失ったからではないか」
父上の言葉に、俺は頷いた。長年仕えてきた重臣を処断するのであれば、ほかの家臣たちが納得できるだけの理由が必要になる。まして隼人佐は、家中の者たちから慕われていた男だ。謀反の証もないまま命を奪われたと知れば、次は自分たちが疑われるのではないかと恐れる者も出てくるだろう。龍興は隼人佐を排除することで家中を従わせようとしたのかもしれないが、結果は正反対になってしまった。
父上は関城の状況を改めて確かめた。城内で大きな争いが起きていないことには安堵したようだが、龍興が追放された後、誰が城を取りまとめているのかを気にしていた。山城守の報告では、隼人佐の旧臣と城の守備を担っていた者たちが協力しているという。しかし、今は意思が一致していても、今後の処遇を巡って不和が生じないとは限らない。
「関城の帰属について、そなたはどう考える」
「受け入れる方向で進めたいと思います。ただし、城を預かる者たちが本当に同じ考えなのか確かめる必要があります。隼人佐の旧臣だけが帰属を望んでいるのであれば、後々争いになりかねません」
「うむ。関城を得たところで、家中が乱れていては意味がない。治部大輔を追い出したことで、かえって諸将の間に不和が生じることもあろう」
父上はそう言うと、関城を受け入れる場合の処遇について尋ねてきた。俺としては、城内の様子を確かめるまでは大きく手を加えるつもりはなかった。隼人佐の旧臣たちが守備を担っているのであれば、当面はその体制を維持させた方が混乱も少ない。ただし、正式に帰属した後もすべてを任せきりにするわけにはいかず、六角から城の管理に関わる者を派遣する必要がある。
また、周辺国人の所領についても慎重に扱わねばならない。西美濃では帰属を申し出た国人たちに本領安堵を認めてきたが、関城の者たちにも同じ方針を示すだけでは足りないだろう。隼人佐が取りまとめていた所領や軍役の帳面が残っているのか、各家の権利関係に争いがないのかを確かめる必要がある。龍興が関城を追われた今、以前の裁定に不満を抱いていた者たちが異議を申し立ててくる可能性もあった。
「まずは山城守に調べさせます。帰属の意思を確認したうえで、各家の所領についても報告を求めたいと思います。城内の兵や兵糧の数を確かめ、必要であれば稲葉山から人を派遣します」
「それでよい。ただし、帰属を望む者たちを長く待たせるな。関城の者たちも、今後どうなるか分からぬままでは落ち着くまい」
父上の言うことはもっともだった。龍興を追放したことで、一色家へ戻る道を自ら閉ざした者たちもいるだろう。そのうえ六角からの返答が遅れれば、城内に不安が広がる。細かな条件を決めるには時間が掛かるとしても、受け入れる意思だけは早めに伝える必要があった。
ただし、関城の帰属を認めることと、龍興の追討を命じることは別の話である。龍興が美濃を離れたという報告は届いているものの、どこへ向かったのかは分かっていない。今の段階で追討の兵を出せば、かえって周辺国人を刺激する恐れがある。俺は龍興の動向を探らせるにとどめ、当面は関城の安定を優先したいと申し上げた。
父上もその方針に異存はないようだった。
「治部大輔を追うために兵を動かす必要はあるまい。今のところ、美濃であの男を迎え入れる者もおらぬのであろう。ただし、他国へ逃れた後の動きには気を配れ」
「承知しております。織田や武田が関わる可能性も考え、知らせを集めさせます」
俺はさらに、隼人佐の遺族についても相談した。山城守の報告では、旧臣たちが遺族を守っているというが、その後の暮らしまで安定しているとは限らない。敵方の重臣であったとはいえ、最後まで一色家を支えようとした男だ。その忠義ゆえに家族まで不利益を受けるようなことは避けたかった。
父上はしばらく考えた後、遺族の意向を確かめたうえで相応の配慮をするよう命じた。長井家がどれほどの所領を持ち、今後誰が家を継ぐのかも調べる必要がある。帰属を受け入れるからといって、遺族に一方的に新たな役目を押し付けるつもりはなかった。主を失ったばかりの家臣たちにも、家中を落ち着かせる時間が必要だろう。
父上との協議を終えた俺は、自室へ戻って返書の支度を始めた。机の上に美濃の絵図を広げると、稲葉山と関城の位置を改めて確かめる。関城からさらに東へ目を向ければ、岩村をはじめとする国人たちの拠点が並んでいた。龍興が美濃を去ったことで、一色家に従う理由を失った者たちは少なくないはずだ。しかし、だからといって直ちに六角を新たな主家として迎えるとは限らない。
特に遠山景任の動向は気になった。遠山家は織田との縁があり、武田の動きにも注意を払わねばならぬ立場にある。龍興を拒んだことと、六角へ帰属することは別の判断だろう。関城の帰属を急ぐあまり、周辺の国人たちにまで同じ態度を求めれば、かえって警戒される恐れがあった。
俺は絵図を脇へ寄せ、山城守への返書を書き始めた。関城の者たちが帰属を申し出てきた場合には、まずその意思を確かめること。城内の兵と兵糧、所領に関する帳面を調べ、諸将の間に対立がないかを見極めること。そして、六角への帰属を望む者たちには、正式な判断を下すまで勝手な軍事行動を控えるよう伝えることを記した。
関城を受け入れる方針については、父上の了承を得たことも明らかにした。ただし、各家の本領安堵や城の管理については、現地の事情を確かめた後に決める。龍興が生きている以上、関城の者たちも報復を恐れているかもしれない。その不安を和らげるためにも、六角が受け入れる意思を示すことには意味があった。
返書を書き終える頃には、日も傾き始めていた。弥太郎が部屋へ入り、使者の帰り支度が整ったことを告げたので、俺は書状を封じて手渡した。
「山城守には、関城の者たちを急かさぬよう伝えてくれ。ただし、帰属の意思が確かならば、いつまでも返答を先延ばしにするつもりはないとも知らせたい」
「承知いたしました。使者にもそのように申し伝えます」
弥太郎が退出すると、俺は再び美濃の絵図へ目を向けた。昨年、西美濃を掌握した時には、東美濃までこれほど早く情勢が変わるとは思っていなかった。龍興が関城を追われたことは、六角にとって確かに好機である。しかし、そのきっかけとなったのは隼人佐の死だった。あの男が生きていれば、一色家はなお東美濃で踏みとどまっていたのかもしれない。
敵方の重臣を失ったことを喜ぶ気にはなれなかったが、残された者たちの申し出を無下にするわけにもいかない。関城の帰属が実現すれば、東美濃の国人たちも今後の身の振り方を考え始めるだろう。その時、六角がどのような家であるかを判断する材料となるのは、これから関城に対して行う処置のはずだった。
俺は絵図に記された関城の名を見つめた後、稲葉山からの報告をもう一度手に取った。山城守が現地の事情を確かめれば、次に打つべき手も見えてくる。それまでに、こちらも関城を迎え入れるための備えを整えておかねばならなかった。
*
稲葉山城へ返書を送ってから七日ほどが過ぎた頃、山城守から新たな知らせが届いた。関城の諸将が正式に六角への帰属を申し出たという。使者として稲葉山を訪れたのは、隼人佐の旧臣二人で、城内の主だった者たちが連名した書状を持参していた。山城守はそれぞれの花押を確かめたうえで、使者から関城の様子を聞き取っている。報告によれば城内に目立った混乱はなく、旧臣たちと守備を担う者たちが協力して城を維持しているらしい。
もっとも、すべてが順調というわけではなかった。龍興を追放したこと自体に異を唱える者は少ないものの、今後の関城を誰が預かるのかについては意見が分かれているという。長井家の者たちは隼人佐の遺族を守ることを優先しており、城の支配を引き継ごうという考えはない。一方で、これまで守備に携わってきた者たちは、六角から新たな城主が送り込まれれば自分たちの立場がどうなるのかを気にしていた。
俺は報告を読みながら、関城の者たちが抱える不安ももっともだと思った。龍興を追放したとはいえ、彼らは新しい主家が決まるまで城を守らねばならない。所領を失うのか、それとも従来どおりの暮らしを続けられるのか。六角が何も示さなければ、帰属を申し出た者たちの間にも疑念が広がるだろう。
山城守は関城へ人を遣わし、城内の兵数と兵糧の残りを調べさせていた。隼人佐が残した帳面も保管されており、軍役や所領に関する書付には大きな欠落がないという。主を失った後も帳面を散逸させず、城の管理に必要な記録を残していたことには感心した。隼人佐の家臣たちも、今後のために何を守るべきか理解しているのだろう。
それとは別に、関城の使者二人が観音寺城へ目通りを願っているとの知らせもあった。山城守は両名の素性を確認し、護衛を付けて近江へ向かわせたという。俺は弥太郎に到着後の宿所を用意させ、使者が持参する書状を受け取る準備を進めた。
数日後、関城からの使者が観音寺城へ到着した。
二人とも旅の疲れを隠せない様子だったが、案内された書院では背筋を伸ばし、深く頭を下げた。年配の男は長井家に長く仕え、隼人佐のもとで軍役の取りまとめにも携わっていたという。もう一人は城の守備を担う家の者で、龍興を追放した際にも諸将との連絡に奔走したらしい。
まずは持参した書状を受け取り、帰属を申し出た家々の名を確かめた。山城守から届いた報告と相違はなく、城内の主だった者たちが意思を揃えていることも確認できた。ただし、書状に名を連ねているのは関城とその周辺に関わる者たちに限られている。東美濃全体の意向を示すものではなく、その点について使者たちも十分に承知しているようだった。
「此度は遠路御苦労だった。帰属の申し出については、御屋形様にもお伝えしてある。六角としても受け入れる方針だ」
そう告げると、年配の男は安堵したように肩の力を抜いた。しかし、すぐに顔を引き締め、城内の者たちが最も案じていることを口にした。
「ありがたき御言葉にございます。ただ、我らは治部大輔様を関城からお退けした身にございます。六角家にお仕えすることをお許しいただけても、今までどおり城を守ることができるのか、それを案じる者が少なくございませぬ」
「そのことは山城守からも聞いている。今すぐ城の者たちを入れ替えるつもりはない。ただし、正式に帰属する以上、関城の守備は六角の指図に従ってもらうことになる」
「無論、承知しております」
男は深く頷いたが、まだ何か言いたげだった。俺は急かさず、続く言葉を待った。
やがて男は隼人佐の遺族について話し始めた。長井家には主を失った悲しみが残っており、葬儀を終えた後も家中の者たちは落ち着かない日々を送っているという。龍興を追放したことで一応の決着はついたものの、隼人佐の家を誰が継ぐのかについては、まだ十分な話し合いができていないらしい。関城の今後が決まらぬ中では、跡目のことまで手が回らないのだろう。
俺は遺族に不利益が及ばぬよう配慮する考えを伝えた。ただし、長井家の跡目や所領については遺族の意向を確かめ、残された書付も調べたうえで決めるつもりだった。隼人佐の功績を重んじるからといって、事情を知らぬまま新たな当主を定めるわけにはいかない。長井家の者たち自身が今後どうしたいのか、まずは聞く必要があった。
そのことを告げると、年配の男はしばらく言葉を失っていた。やがて顔を伏せ、隼人佐が処断された日のことを静かに語り始めた。
隼人佐は最後まで一色家のことを案じ、残された家臣たちへ主君に刃を向けぬよう言い残していたという。処断を聞いた若い者たちの中には激昂する者もいたが、年長の家臣たちがその言葉を伝えて押しとどめたらしい。龍興を追放することに決まった際も、誰一人として進んでその役目を引き受けようとはしなかった。長年仕えてきた主君を城から追い出すことが、彼らにとっても苦しい決断だったのだろう。
話を聞くうちに、俺は隼人佐という男への思いを改めた。敵方の重臣であった以上、六角との戦いでは容赦なく兵を動かしていたはずだ。それでも、最後まで主家を守ろうとした姿勢には敬意を抱かずにいられなかった。龍興がその忠義を理解していれば、関城から追われるような結末にはならなかったのかもしれない。
「隼人佐のことは残念に思う。敵として相まみえる立場ではあったが、一色家を支えてきた働きは聞いている。遺族のことも含め、粗略には扱わぬつもりだ」
年配の男は何度も頭を下げた。傍らにいた若い男も顔を伏せていたが、その目が赤くなっていることに気付いた。俺はそれ以上隼人佐の最期について尋ねず、関城の今後について話を進めることにした。
帰属を正式に認めるに当たり、まず確かめねばならないのは城を守る兵の数と、その指揮を誰に任せるかだった。城内には一色家の兵として集められた者も残っており、全員が同じ家に仕えているわけではない。龍興の追放によって軍役の負担が曖昧になった家もあるらしく、隼人佐が残した帳面だけでは現在の兵力を把握しきれないという。俺は山城守に調べさせた内容を示しながら、使者たちと数字を確かめた。
問題となったのは、関城の兵が勝手に城外へ出ることだった。龍興が美濃を去ったとはいえ、今後どこかで兵を集めて戻ってくる可能性は残っている。その際、関城の者たちが報復を恐れて先に動けば、周辺の国人たちまで巻き込む争いになりかねない。
「関城の守備は今までの者たちに任せる。ただし、六角からの命がない限り、城外へ兵を出すことは控えてもらいたい。治部大輔の動きについても、何か分かれば稲葉山へ知らせるように」
「承知いたしました。城へ戻り次第、諸将に申し伝えます」
使者たちは素直に頷いた。彼ら自身、再び戦が起きることを望んでいないのだろう。関城を守るために必要な兵は残しつつ、周辺の国人たちとの争いを避ける。その方針を確認できたことで、俺も少し安心した。
続いて、所領の扱いについて話し合った。関城周辺の国人たちには、それぞれ以前から認められてきた土地や権利がある。六角への帰属を理由にそれらを取り上げれば、誰も安心して従うことはできない。俺は西美濃と同じく、帰属を申し出た家々については原則として本領を安堵する考えを示した。ただし、境界を巡る争いや複数の家が権利を主張している土地については、帳面と現地の事情を照らし合わせて判断することにした。
年配の男はその説明に安堵したようだったが、若い男の方は城内に残る一色家の家臣たちについて気にしていた。龍興への忠義を捨てきれず、帰属を望まぬ者が出た場合にどう扱えばよいのかという。無理に従わせれば争いになる恐れがあるため、俺はそうした者については身柄を拘束せず、まず本人の意思を確かめるよう伝えた。ただし、城内の兵や兵糧を勝手に持ち出すことは認められない。退去を望む者がいれば、家族や所持品の扱いも含めて山城守へ報告させることにした。
使者たちは最後まで真剣に耳を傾け、必要なことを書き留めていた。帰属を願い出たとはいえ、彼らにとって六角家はつい先日まで敵対していた相手である。こちらがどのような条件を示すのか不安だったに違いない。俺としても、初めて接する者たちの言葉をすべて信じるわけにはいかなかったが、少なくとも関城を落ち着かせたいという思いは伝わってきた。
話を終えると、使者たちは深々と頭を下げて退出した。俺は弥太郎に二人の宿所を整えさせ、帰路に必要な支度も進めるよう命じた。すぐに関城へ戻らせるより、観音寺城で一晩休ませた方がよいだろう。山城守への返書を持たせる必要もあるため、その間に正式な指示をまとめることにした。
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使者との面会を終えた翌朝、俺は後藤但馬守賢豊と目賀田次郎左衛門尉を呼び、関城の所領と軍役について相談した。
但馬守には西美濃の軍役を取りまとめた際の事情を確かめてもらい、次郎左衛門尉には関城周辺の所領について調べるよう頼んだ。二人とも関城の帰属についてはすでに報告を受けていたが、現地の帳面が揃わぬうちに細かな処遇を決めることには慎重だった。特に次郎左衛門尉は、一色家が国人たちへ課していた軍役の負担について、どこまで従来の取り決めを残すのかを気にしていた。
俺も同じことを考えていた。隼人佐が生前に軍役を抑えようとしていたのであれば、関城周辺の国人たちには相応の負担が掛かっていたはずだ。六角へ帰属した後も同じ兵数を求めれば、主家が変わっただけで何も変わらぬことになる。かといって、すべての負担を軽くすれば城の守備に必要な兵が不足する。西美濃でも同じ問題に直面してきたが、各家の所領や兵力に応じて負担を定めるほかないだろう。
但馬守は関城の守備に必要な兵を優先して確保し、周辺国人の軍役については現地調査を終えてから決めるべきだと進言してきた。次郎左衛門尉もその意見に賛成し、まずは長井家の帳面を写し取らせてほしいと申し出た。俺は二人の考えを認め、稲葉山へ派遣する者を選んでもらうことにした。関城へ直接大勢を送り込むのではなく、山城守のもとで必要な書付を調べ、現地の者たちと相談しながら進めるつもりだった。
さらに、関城の守備を監督する者についても考える必要があった。今は旧臣たちが協力して城を守っているものの、正式な帰属が決まれば六角として責任を持たねばならない。新たな城主を置くのか、それとも当面は現地の者たちに任せるのか。いずれ決めることになるだろうが、今すぐ人事を動かす必要はないと判断した。山城守には関城の守備を監督させ、城内の諸将の働きを見極めてもらうことにした。
相談を終える頃には、関城への返答もほぼ整っていた。父上からは帰属を受け入れることについて、すでに了承を得ている。俺はそのことを改めて書状に記し、帰属を申し出た家々には所領を確かめたうえで本領安堵を認める方針を伝えることにした。長井家の遺族についても、本人たちの意向を聞き取るよう申し付けた。
書状を整えた後、俺は弥太郎に使者を呼んでもらった。二人は昨日より顔色もよく、旅の疲れが幾分取れたようだった。俺は帰属を受け入れる方針を改めて伝え、正式な安堵状については現地の調査を終えてから交付することを説明した。使者たちは深く頭を下げ、関城の者たちへ必ず伝えると約束した。
関城の帰属に向けた話は、これで一歩前へ進んだことになる。ただし、城を受け入れたからといって東美濃全体が六角に従うわけではない。岩村の遠山をはじめ、態度を決めていない国人たちの動向も確かめねばならなかった。今後のことを考えれば、関城の帰属をどのように進めるかが周辺国人たちの判断にも影響するだろう。
俺は使者を送り出した後、改めて美濃の絵図を広げた。稲葉山から関城へ至る道を指でたどり、周辺の城や国人たちの所領を確かめる。昨年、西美濃を掌握した時には、関城がこれほど早く六角へ帰属を願い出るとは思っていなかった。それだけ一色家の衰えが深刻だったということなのだろう。
隼人佐が生きていたならば、このような結末にはならなかったかもしれない。龍興があの男の忠義を理解し、諫言に耳を傾けていれば、一色家はなお東美濃で勢力を保っていた可能性がある。敵方の重臣であったとはいえ、その死を惜しく思わずにはいられなかった。
関城を六角へ迎え入れることになれば、残された者たちにも新たな役目が生まれる。彼らがどのような働きを見せるのかは、今後の関城を考えるうえで大切なことだろう。俺は絵図を畳み、山城守への書状を弥太郎に託した。帰属を申し出た者たちが安心して暮らせるようにするためにも、まずは関城の実情を確かめ、必要な処置を進めねばならなかった。
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