永禄六年三月下旬、美濃国不破郡。
長井隼人佐道利が処断されたと聞いた時、私はしばらく言葉を失った。知らせを届けてきた男は関城で起きた変事についても語っていたが、すぐには頭に入ってこなかった。隼人佐が一色龍興の命によって殺されたという事実が、それほど信じ難かったのである。あの男は先代の頃から一色家に仕え、稲葉山を失った龍興を関城へ迎え入れた後も、東美濃の国人たちをまとめるために奔走していた。その苦労は隠居した私の耳にも届いていたし、今の一色家を支えられる者がいるとすれば、隼人佐をおいてほかにないと思っていた。
男の話によれば、処断の理由は六角家との内通を疑われたことにあるらしい。しかし、確かな証があったという話はなく、軍役を巡る諫言が龍興の怒りを買ったとも聞いた。近頃の一色家が兵を集めることに苦心していたのは知っている。西美濃を失ったことで残された国人たちの負担は増し、以前と同じように軍役を命じても思うような兵数が揃わなくなっていた。そこで無理に兵を出させれば、かえって離反を招く。隼人佐がそのことを案じて諫言を重ねていたとしても、不思議ではなかった。
さらに驚かされたのは、隼人佐の死後に起きた出来事だった。長井家の家臣たちは主を失った怒りから龍興を見限り、関城の守備を担う者たちもそれに同調したという。城内では龍興を討とうとする者まで現れたらしいが、隼人佐の遺言によって思いとどまり、最後には城から退去させることで決着したそうだ。龍興はその後も美濃の国人たちを頼ったものの、いずれの家からも受け入れを断られ、今では国を離れたと伝えられている。
話を聞き終えた私は、男に礼を述べて下がってもらった。庭に面した障子を開けると、冷たい風が室内へ入り込んできた。春とはいえ朝夕はまだ肌寒い。庭先の梅は花を散らし始めており、湿った土の上には白い花弁が幾つも落ちていた。普段なら何の気なしに眺める景色だが、その日は隼人佐の顔ばかりが思い浮かんだ。
私はあの男と親しい間柄だったわけではない。それでも、一色家の重臣としての働きは以前から知っていた。国人たちの間で利害がぶつかった時も、一方の言い分だけを聞いて事を決めるような男ではなかったという。軍役を巡る争いが起きれば自ら間に入り、双方が折り合えるところを探ろうとしていた。武威を示して従わせる方が手っ取り早い場合もあるが、それでは不満を抱えた者たちが後に残る。隼人佐はそうしたことを、身をもって知っていたのだろう。
もっとも、私がそのように評したところで、本人の胸の内を確かめることはできない。最後まで主家を守ろうとした男が、その主君に疑われて命を落とした。何ともやり切れなかった。家臣たちが龍興へ刃を向けなかったことだけが、せめてもの救いだったように思う。憤りを押し殺し、主の遺言に従って龍興を逃がした者たちの心中を思うと、胸が痛んだ。
一色家の有様を聞き、私は以前の自分の判断を思い返していた。
西美濃を巡る争いが激しくなった頃、私は弟の竹中久作重矩へ家督を譲って隠居した。竹中家を守るためには六角家との関係を考えねばならなかったが、かつて仕えた一色家へ弓を引くことにも抵抗があった。その二つを両立させることが難しくなった以上、私が当主として判断を下し続けるべきではないと思ったのである。久作が家を継いだことで、竹中家は私の立場に縛られず、自らの道を選べるようになった。
その判断を後悔してはいない。久作は家臣たちをまとめながら、当主としての務めを果たしている。年若いとはいえ、いつまでも私が後ろに控えていては、弟の立場も定まらぬだろう。相談を受ければ考えを伝えることもあるが、最終的な判断は任せていた。ただ、隠居したからといって以前の主家への思いまで消えるものではない。隼人佐の死を聞いて憤りを覚える一方で、最後まで一色家を支えようとしたあの男に対し、私は何もできなかったのだという思いが残った。
そもそも、私が関城にいたとして何ができただろう。龍興が家臣の諫言を聞き入れず、ついには隼人佐を処断したのであれば、私の言葉が届いたとも思えない。かといって、そう考えれば気持ちが軽くなるわけでもなかった。かつて仕えた家が崩れていくのを知りながら、私はこうして静かな暮らしを続けている。それが自ら選んだ道であると分かっていても、割り切れぬものがあった。
その日の夕刻、久作が私のもとを訪れた。家の務めを終えてから足を運んできたらしく、部屋へ入るなり深く息を吐き、しばらく黙って庭を眺めていた。普段は家中の者たちの前で落ち着いて振る舞っている弟だが、私と二人になると時折こうして疲れを見せることがある。まだ若い身で竹中家を背負っているのだから、気苦労も少なくないのだろう。
「兄上。関城のことはお聞きになりましたか」
「ああ。隼人佐が処断され、治部大輔が城を追われたそうだな」
「はい。国人衆の間でもその話で持ち切りです。関城の者たちは六角家へ帰属を申し出たとも聞いております」
久作は言葉を選ぶように話していたが、隼人佐の死については憤りを隠せていなかった。長年一色家を支えてきた重臣が主君の命で処断されるなど、容易には受け入れられないことだろう。もっとも、弟が案じているのはそれだけではないようだった。関城の変事が周辺の国人たちへ与える影響も、当主として考えねばならないからだ。
久作の話では、龍興が美濃を離れた後も国人たちの間では落ち着かぬ様子が続いているという。すでに六角へ従う道を選んだ家もあれば、今後の動きを見極めようとする者もいる。関城が正式に帰属すれば、東美濃の情勢もさらに変わるだろう。これまで一色家に従ってきた者たちにとって、主家を失った後の身の振り方は、家の存続に関わる問題だった。
私は弟が集めてきた話を聞きながら、竹中家の周囲で余計な争いが起きていないかを確かめた。久作はすでに家臣たちへ、関城の騒ぎに軽々しく関わらぬよう申し付けているという。龍興の行方についても、こちらから人を出して探るつもりはないらしい。その判断には異存がなかった。今の竹中家が一色家の内情へ口を出したところで、得るものはない。むしろ、周囲から疑いを向けられる恐れがあった。
「兄上のもとへ、昔の縁を頼って人が訪ねてくることもあるかもしれません。もしそのようなことがあれば、私にも知らせていただけますか」
「無論だ。今の竹中家を預かるのは久作なのだから、私が勝手に事を進めるつもりはない」
久作は安心したように表情を和らげた。家督を譲った当初は、私の顔色を窺いながら物事を決めようとすることもあったが、近頃は自分の考えを持って話すようになっている。頼もしく思う反面、弟に苦労を掛けていることへの申し訳なさもあった。私がもう少し上手く立ち回っていれば、これほど早く家督を譲る必要はなかったのかもしれない。だが、今さらそのようなことを口にすれば、弟の覚悟を軽んじることになるだろう。
久作が帰った後、私は部屋に残された茶碗を片付けようとして手を止めた。隼人佐の死を知ってから、かつての主家のことばかり考えていたが、弟の顔を見ているうちに自分の置かれた立場を改めて思い知らされた。竹中家にはすでに当主がおり、家臣たちも久作のもとで働いている。私が戻る場所は残されているものの、以前と同じように家の政へ関わることは望んでいなかった。
隠居してからは書物を読む時間が増えた。兵法だけでなく、諸国の土地や産物について記されたものにも目を通し、時には家中の者から街道や市の様子を聞くこともある。以前は城や兵の配置を考えるために調べていたことが、今では純粋な興味へ変わりつつあった。それでも書物を閉じるたびに、得た知識をどこで生かすのかと考えてしまう。若くして家督を譲った身には、静かに暮らすことさえ思いのほか難しかった。
数日後、見知らぬ男が私を訪ねてきた。
朝から雨が降っていたため、私は奥の間で書物を広げていた。家人が取り次いできた話では、訪ねてきた男は商人のような身なりをしているものの、品物を売りに来たわけではないという。名を尋ねても、まずは私に直接用向きを伝えたいと申しているらしい。隠居した身に何の用があるのかと思ったが、家人を困らせるような振る舞いもなかったため、会うことにした。
通された男は四十ほどに見えた。旅慣れた様子で、腰を下ろす際にも無駄な動きがない。袖口や袴の裾は雨に濡れていたが、懐から取り出した書状には染み一つ付いていなかった。男は私の顔を確かめてから丁寧に頭を下げ、差出人の名を告げた。
「朽木弥五郎基綱様より、竹中半兵衛様へお届けするよう申し付けられました」
思いがけない名前だった。
朽木弥五郎基綱。近江の塩津浜城を拠点とする朽木家の当主であり、六角家とも深い関わりを持つ人物である。私もその名は知っていたが、直接顔を合わせたことはない。美濃を巡る戦では六角方の動きに注意を払ってきたものの、弥五郎について詳しく調べたこともなかった。どうしてその男が私へ書状を寄越したのか、すぐには見当が付かなかった。
封を開くと、簡潔ながら礼を尽くした文章が記されていた。私がすでに弟へ家督を譲っていることを承知したうえで、一度会って話をしたいという。竹中家の今後について何かを求めるつもりはなく、私個人の考えを聞きたいとも記されていた。読み終えた私は書状を膝元へ置き、目の前の男を見た。
家督を譲ったとはいえ、私が竹中家の人間であることに変わりはない。その私をわざわざ訪ねてくる以上、単なる挨拶ではあるまい。不破郡の守りに携わっていたことも、六角との戦を前に隠居した事情も、弥五郎はある程度承知しているのだろう。そうでなければ、竹中家と私個人を明確に区別した書状を送ってくるとは思えなかった。
「朽木様は、私に何をお望みなのでしょうか」
「半兵衛様のお力を、朽木家のためにお貸しいただきたいとのことでございます。ただ、今この場で御返答を求めるものではございませぬ。まずは一度お会いし、互いの考えを確かめたいと仰せです」
仕官の誘いであることは明らかだった。
私は少しばかり戸惑った。家督を譲った私には、主家へ差し出せる兵も所領もない。以前に不破郡の守りを任されていたとはいえ、六角との戦では十分な働きができなかった。そうした事情を承知のうえで招こうとしているのなら、弥五郎は私のどこを買ってくれたのだろうか。
同時に、朽木家からの誘いであることも気に掛かった。弥五郎は六角家に近い立場にあり、かつての私からすれば敵方に属する人物である。家督を譲った理由の一つが一色家へ弓を引くことを避けるためだった以上、そのことを曖昧にしたまま仕官するわけにはいかない。もっとも、龍興は美濃を去り、一色家に従っていた国人たちもそれぞれの道を選び始めている。以前と同じ立場に留まり続けることができるのか、私自身にも分からなくなっていた。
男は返答を急がせる様子を見せず、用向きを伝えると静かに控えていた。その態度には好感を覚えた。こちらの事情につけ込むような誘い方をされれば、その場で断っていたかもしれない。しかし、弥五郎からの書状には竹中家を引き合いに出す言葉もなく、使者も私が考える時間を持つことを当然のように受け止めている。
私はまず、朽木家について幾つか尋ねることにした。弥五郎が普段どのように家臣を扱っているのか、塩津浜城ではどのような仕事を重んじているのか。男は答えられる範囲で話してくれたが、弥五郎自身の考えについては直接会って確かめてほしいと述べるにとどまった。使者としては当然の返答だろう。主君の意向を勝手に語り、後で食い違いが生じては困る。
その慎重さが、かえって私の興味を引いた。
隼人佐の最期を聞いてから、主君と家臣の関係について考えることが増えていた。家臣の諫言が常に正しいとは限らないし、主君にも譲れぬ考えがあるだろう。それでも、互いの言葉に耳を傾けることさえできなくなれば、いずれ取り返しのつかぬ事態を招く。あの男の死が、そのことを嫌というほど思い知らせてくれた。
とはいえ、弥五郎を評判だけで判断するつもりはなかった。書状から受ける印象と実際の人物が同じであるとは限らないし、使者の振る舞いが立派だからといって主君までそうだと決め付けるのも早計である。新たに仕える相手を選ぶのであれば、直接話し、その考えに触れてみる必要があった。
私は男に数日の猶予を求めた。弟へ話を通しておきたいこともあるし、朽木家についてもう少し知っておきたかったからだ。使者は承知したうえで、弥五郎も十分に考えた末の返答を望んでいると伝え、再び頭を下げた。私は帰りの道中に支障がないよう家人へ申し付け、男が屋敷を出るまで見送った。
客が帰った後も、私はしばらく書状を手にしたまま座っていた。
朽木家への仕官など、これまで考えたこともなかった。隠居した当初は、久作が家を守ってくれるなら自分は静かに暮らしていけばよいと思っていたのである。ところが実際に家の務めから離れてみると、時間があるだけでは心が満たされないことに気付いた。書物を読み、庭を眺め、時には昔の知人と語らう暮らしに不満があるわけではない。それでも、まだ自分にできることがあるのではないかという思いが消えなかった。
その一方で、軽々しく仕官を決めることもできない。私が新たな主家を得たことで、久作が余計な疑いを向けられるようなことは避けたかった。竹中家が六角のもとでどのような立場にあるのか、朽木家との関わりをどう受け止めるのかは、弟にも確かめねばならない。家督を譲った以上、私の都合だけで家の立場を危うくするわけにはいかなかった。
文箱へ書状を収めようとしたところで、ふと隼人佐のことが思い浮かんだ。あの男は最後まで一色家に尽くし、自らの命を奪おうとした主君にさえ忠義を失わなかった。私にはそこまでの覚悟があるだろうか。少なくとも、新たな主君を選ぶのであれば、その相手を信じて力を尽くせるかどうか、確かめておきたかった。
私は書状を畳み、文箱の中へ収めた。明日にでも久作へ話をしてみよう。弟がどのように受け止めるかは分からないが、隠して進めるようなことではない。その後で弥五郎に会うかどうかを決めればよい。
窓の外では雨が上がり、庭木の枝から雫が落ちていた。私は閉じたままの書物を手に取り、再び机へ向かった。しかし、しばらく文字を追っているうちに、先ほどの使者が語った朽木家の話を思い返している自分に気付いた。書物を閉じた私は小さく苦笑し、文箱へ目を向けた。仕官を受けるかどうかはともかく、弥五郎という人物には一度会ってみたい。その思いだけは、すでにはっきりしていた。
翌朝、私は久作へ使いを送り、少し話があるので都合のよい時に顔を見せてほしいと伝えた。家督を譲ってからは私の方から弟を呼び出すことなど滅多になかったため、何かあったのかと案じたらしい。昼を少し過ぎた頃、久作は家の務めを一段落させて訪ねてきた。部屋へ入るなり私の様子を確かめ、病でも患ったのかと尋ねてきたので、思わず笑ってしまった。
朽木弥五郎から届いた書状を見せると、久作は驚いたように顔を上げた。書状を読み終えた後も、すぐには言葉を発しようとしない。朽木家と竹中家の間に直接の縁があったわけではなく、まして隠居した私へ仕官を持ち掛けてくるなど、予想していなかったのだろう。久作は書状を丁寧に畳み直すと、改めて私へ差し出した。
「兄上は、いかがなさるおつもりですか」
「まだ決めてはいない。ただ、一度会ってみようと思う。弥五郎が何を望んでいるのか、確かめておきたい」
「朽木家は六角家と縁の深い御家です。兄上が仕官なされば、いずれ美濃のことにも関わるようになるのではありませんか」
弟の懸念は理解できた。私は一色家に仕えていた身であり、六角による美濃攻略を前に隠居している。今になって朽木家へ仕えれば、かつての主家を見限って六角方へ走ったと受け取る者もいるだろう。久作がそうした噂を気にするのは、竹中家を預かる当主として当然のことだった。
もっとも、私には以前の主家へ戻るつもりがない。隼人佐を失った一色家は関城からも追われ、龍興は美濃の国人たちに受け入れを拒まれている。かつての縁があるからといって、今さらその行く末に関われば、久作にまで迷惑を掛けることになる。弟へ家督を譲った以上、竹中家のことは当主の判断を尊重しなければならなかった。
その考えを伝えると、久作はしばらく黙っていた。私が朽木家へ仕えることで竹中家に何らかの利益が生じるのではないかと考えたのかもしれないが、少なくとも私からそのような働き掛けをするつもりはない。家の処遇を有利にするための仕官であれば、いずれ相応の見返りを求められるだろう。それでは弟へ家督を譲った意味がなくなってしまう。
「久作。私が朽木家へ仕えるとしても、竹中家のことは今までどおり任せる。家のために何かを取り計らってもらうつもりもない。そこは分けて考えてほしい」
「……承知しております。ただ、兄上がこのまま隠居を続けることを、惜しいと思っていたのも事実です」
思いがけない言葉に、私は弟の顔を見た。久作は少し照れたように笑ったが、すぐに真面目な表情へ戻った。家督を譲られた当初は、自分に務まるか不安だったという。それでも私が余計な口を挟まずに任せてくれたことで、少しずつ家中の者たちとも向き合えるようになったらしい。今なら私が家を離れることになっても、竹中家を守っていく覚悟はあると話してくれた。
弟がそこまで考えていたとは知らなかった。私は家督を譲ったことで久作に負担を掛けたと思っていたが、当の本人はその務めを引き受け、家を預かることに誇りも感じ始めているようだった。兄として嬉しく思う一方で、いつまでも弟を年若い者として見ていたことが少しばかり恥ずかしくなった。
結局、久作は私が弥五郎に会うことへ異を唱えなかった。仕官するかどうかは相手の人物を確かめてから決めればよいと述べ、道中の支度についても気に掛けてくれた。私は礼を述べ、朽木家への返書を認めることにした。
数日後、再び訪れた使者へ面会を承諾する旨を伝えると、男は安堵した様子で頭を下げた。塩津浜城までの道案内も務めるというので、その厚意に甘えることにした。出立の日取りを決め、必要な荷を整える。久作は道中に付き従う者を付けようと申し出てくれたが、大勢を連れて訪ねるような話ではない。身の回りの世話をする者だけを伴い、まずは客として弥五郎に会うつもりだった。
*
塩津浜城へ向かう道中、使者は朽木家のことを幾つか聞かせてくれた。弥五郎は城の守りだけでなく、湊を行き交う船や商人の動きにも気を配っているという。塩津浜は琵琶湖の北に位置し、北国から近江へ運ばれる荷が集まる場所でもある。美濃で城を守っていた頃には、兵糧をどこから運ぶかを考えることはあっても、船や商人の都合まで詳しく知る機会は少なかった。それだけに、どのような仕組みで湊が動いているのか興味を覚えた。
道中は大きな支障もなく進み、やがて琵琶湖の北岸へと至った。湖面には幾艘もの船が浮かび、岸辺では荷を運ぶ者たちが忙しく働いている。塩津浜城に近づくにつれて、人や荷の往来が増えていることにも気付いた。美濃の城下とは異なり、ここでは武士よりも商人や船乗りの姿が目立つ。米俵を積んだ荷車もあれば、木箱を担いで船へ向かう者もいる。それぞれが声を掛け合いながら働いており、湊には独特の活気があった。
私はしばらくその様子を眺めていたが、荷を運ぶ者たちの動きに気になるところがあった。船着場へ向かう荷車が一か所で滞り、後から来た者たちが道端で順番を待っているのである。船から降ろした荷と積み込む荷が同じ道を通るため、互いに行く手を塞いでいるようだった。少し道を分けるだけでも違うのではないかと思ったが、土地ごとの事情もあるだろう。初めて訪れた者が軽々しく口を出すことではないため、そのまま通り過ぎた。
城へ到着すると、門番はすでに私が訪れることを承知していた。使者が名を告げるとすぐに取り次がれ、ほどなくして案内の者が現れた。客として迎えられるとは聞いていたものの、思っていた以上に丁寧な扱いである。私は案内に従って城内へ入り、用意された部屋で旅装を整えた後、弥五郎との対面に臨んだ。
書院で待っていたのは、私が想像していたよりも若い男だった。朽木弥五郎基綱。以前からその名を聞いていたため、もう少し年嵩の武将を思い浮かべていたのだが、目の前の男には若さが残っていた。ただ、こちらを迎える態度に落ち着かぬところはなく、初対面の私にも気負わず声を掛けてきた。
「遠路御苦労でした、半兵衛殿。突然の誘いにもかかわらず、よくお越しくださった」
「御招きいただき、ありがとうございます。私のような隠居の身に御用とは、いささか驚いております」
弥五郎は笑みを浮かべ、まずは道中に支障がなかったかと尋ねてきた。私が無事に到着したことを伝えると、湊の様子についても話が及んだ。塩津浜は以前から人と荷の往来が多く、城下の整備にも手を掛けているという。弥五郎はその話をする時、城の守りについて語る時とはまた違う熱心さを見せた。どうやら湊で働く者たちのことにも、随分と関心を持っているらしい。
やがて話題は私を招いた理由へ移った。弥五郎は私が不破郡の守りに携わっていたことを知っており、六角の美濃攻略に際して弟へ家督を譲った事情もある程度把握していた。ただし、その判断を非難することはなく、当主として家を守るために身を退くという選択もあるのだろうと述べた。私は少し意外に思ったが、続く話を聞くうちに、単なる慰めとして口にしたわけではないことが分かってきた。
「半兵衛殿には、朽木家で力を貸していただきたい。兵を率いることばかりではない。城の守りや兵糧の手配など、考えてもらいたいことはいくらでもあります」
「私が竹中家の家督を離れた身であることは、御承知なのでしょうか」
「無論です。竹中家から兵や所領を差し出してもらうつもりはありません。御本人に来ていただければ、それで十分です」
あまりに率直な返答だったため、私は少し驚いた。武将を召し抱えるのであれば、その者が連れてくる家臣や所領を考えることも珍しくない。ところが弥五郎は、私が家督を持たぬことを承知のうえで力を貸してほしいと申している。何故そこまで私を買ってくれるのかは分からなかったが、少なくとも竹中家を利用しようという思惑は感じられなかった。
その後も話は続いたが、弥五郎が一方的に朽木家の事情を語ることはなかった。私がどのような働きを望むのかを尋ね、こちらの考えにも耳を傾けてくれる。美濃で城を守っていた頃のことを聞かれた際も、戦の勝敗より兵糧や人の扱いについて関心を示した。兵を集めることができても、食わせるものがなければ長くは戦えない。城を守る者が十分に働けるかどうかは、武具や兵の数だけで決まるものではなかった。
話の途中、弥五郎のもとへ湊から報告が届いた。荷の積み下ろしに時間が掛かり、船を待たせているという。弥五郎は書付へ目を通すと、少し困ったように眉を寄せた。私が道中で見掛けた荷車の滞りも関係しているのかもしれないと思い、差し支えなければ事情を聞かせてほしいと申し出た。
報告によれば、船から降ろした荷を城下へ運ぶ者と、船へ積み込む荷を持ち込む者が同じ場所へ集まるため、混雑が起きているという。荷の置き場にも限りがあり、船を着ける順番を巡って商人同士が言い争うこともあるらしい。弥五郎は以前からその問題を気に掛けていたようだが、荷の往来そのものを減らすわけにもいかず、対応に苦心している様子だった。
私は道中で見掛けた光景を伝えたうえで、荷を運ぶ道筋と置き場を分けられないかと尋ねた。もちろん、実際の土地を調べなければ判断できない。道を分ければ済むように見えても、周辺に家屋があれば簡単には動かせないだろうし、商人たちが従来使ってきた場所を変えることにも不満が出るはずだ。ただ、どこで荷が滞っているのかを確かめれば、大がかりな工事をせずに済む場合もある。
弥五郎は興味深そうに耳を傾け、さらに幾つか質問してきた。私は分かる範囲で答えたが、湊の仕事について詳しいわけではないため、すぐに結論を出すことは避けた。むしろ商人や船乗りから直接事情を聞いた方がよいと伝えると、弥五郎は納得したように頷いた。
「確かに、帳面を見ているだけでは分からぬこともありますな。明日にでも湊を見ていただけますか」
「構いませぬが、まだ仕官の御返事も差し上げておりません。それでもよろしいのでしょうか」
「御返事を急ぐつもりはありません。半兵衛殿にも、朽木家がどのようなところか知っていただきたいのです」
その言葉を聞き、私は思わず笑みを浮かべた。どうやら弥五郎は、私を招いたからといってすぐに家臣として扱うつもりはないらしい。むしろ互いの考えを確かめたうえで決めようとしている。その姿勢は私にとって有り難いものだった。
対面を終えた後、私は用意された部屋へ戻り、窓から湖を眺めた。夕暮れが近づき、湊では船を岸へ寄せる者たちの声が聞こえている。弥五郎との話は思っていた以上に長くなったが、不思議と疲れは感じなかった。久作と家のことを話している時とも違い、これまで経験してきたことを別の形で生かせるのではないかという思いが湧いてきたのである。
ただ、弥五郎がどのような主君であるかを、一度の対面だけで決めるつもりはなかった。言葉が丁寧であっても、実際に家臣の意見をどこまで聞き入れるかは別のことだ。今日の話からは好ましい印象を受けたものの、いずれ利害がぶつかることもあるだろう。その時にどう振る舞う人物なのかは、実際に仕えてみなければ分からない。それでも、少なくとも話をする価値のある人物だとは思えた。
翌朝、弥五郎の許しを得て湊へ足を運ぶと、昨日見掛けた荷車の列がすでにできていた。案内の者から話を聞き、船着場と荷の置き場を確かめていくうちに、問題が単純な道幅の不足ではないことが分かってきた。荷を運び込む刻限が重なることに加え、船から降ろした荷の行き先が決まるまで置き場を占めているのである。商人たちも不便に思っているようだったが、それぞれの都合があるため、誰かが順番を譲ることを期待するわけにはいかなかった。
私は案内の者に頼み、船を預かる者や荷を扱う商人からも話を聞いた。彼らは初めこそ見知らぬ武士を警戒していたが、仕事の邪魔をするつもりがないと分かると、少しずつ不満を話してくれた。荷を下ろした船がいつまでも岸を離れないこと、商人によって荷を引き取るまでの時間が異なること、雨が降れば置き場が足りなくなること。帳面だけでは見えてこない事情が幾つもあった。
中には、順番を守らぬ商人をどうにかしてほしいと訴える者もいた。別の者は、先に来た船から荷を下ろすことになっているのに、荷を置く場所が空かず、結局後から来た船を先に着けることがあると不満を漏らした。聞けば聞くほど、一つの決まりを改めるだけでは済まないことが分かってくる。それでも、皆が困っている場所には共通するところがあり、手を付ける順番は考えられそうだった。
城へ戻った私は、聞き取った内容を簡単に書き留め、弥五郎へ伝えた。まず荷の行き先を確かめる者を置き、船から降ろした後の置き場を分けること。積み込む荷については、商人たちと相談して運び込む刻限を調整できないか試してみること。いずれも実際に働く者たちの協力が必要であり、こちらが一方的に命じても上手くいかないだろうと付け加えた。
弥五郎は私の話を聞き終えると、書付を手に取り、しばらく目を通していた。それから湊を預かる者を呼び、商人たちと相談するよう申し付けた。すぐにすべてを改めるのではなく、まずは一部で試してみるという。私としても、その方がよいと思った。実際に動かしてみなければ、別の不都合が生じることもあるだろう。
その様子を見ているうちに、私は弥五郎への見方が少し変わった。自分が気付かなかったことを指摘されても腹を立てず、まず試してみようとする。しかも、私の言葉だけで決めるのではなく、湊を預かる者や商人たちにも相談させている。話を聞いてもらえたことは嬉しかったが、何より実際に働く者たちを置き去りにしなかったことに好感を覚えた。
その日の夕刻、改めて弥五郎と向き合った時、私は仕官の話について自分の考えを伝えることにした。
「此度のお誘い、ありがたくお受けしたいと思います。ただ、一つだけお願いがございます」
「何でしょう」
「竹中家のことは弟に任せております。私が朽木家へ仕えることによって、久作の立場に余計な影響が及ばぬようにしていただきたいのです」
弥五郎はすぐに頷いた。竹中家を朽木家へ従わせるつもりはなく、私の仕官と弟の家のことは別に扱うと約束してくれた。その返答を聞き、私は深く頭を下げた。最初からそのように考えていたのか、それとも私の申し出を受けて決めたのかは分からない。ただ、こちらの願いを軽く扱わなかったことは嬉しかった。
こうして私は、朽木家へ仕えることになった。
殿はまず塩津浜城で働いてもらいたいと申し出てきた。兵を率いる役目を与えるかどうかは、今後の働きを見て決めるという。私としても、初めから大勢の家臣を預かることは望んでいなかった。朽木家には以前から仕えている者たちがおり、突然訪れた人間が重い役目を与えられれば、面白く思わぬ者もいるだろう。まずは家中の様子を知り、与えられた務めを果たすことから始めたいと思った。
久作には、仕官を決めたことを自分の言葉で伝えるつもりだった。弟も心配するだろうが、朽木家で働くことが竹中家の負担になるわけではないと分かれば、安心してくれるはずである。何より、私が自ら考えて選んだ道であることを伝えたかった。
部屋へ戻ると、机の上には湊から集められた書付が置かれていた。明日から確かめてもらいたいと殿が申し付けたものらしい。私はその一つを手に取り、記された荷の数や船の出入りを眺めた。美濃で城を守っていた頃とは異なる仕事だが、だからこそ学ぶことも多いだろう。
私は紙を広げ、気になった箇所へ印を付け始めた。窓の外からは、日暮れを迎えた湊の声がかすかに聞こえている。明日はもう一度船着場へ足を運び、今日話を聞けなかった者たちにも会ってみよう。帳面に記された数字だけでは、まだ分からぬことが残っていた。
久しぶりに、翌日の仕事が待ち遠しく思えた。
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