淡海乃海 双流の近江   作:はくいろ

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第十五話「銭の使い道」

 数字の向こうに人がいる。そのことを意識するようになってから、帳面を見る目が少し変わった。商人の数や荷駄の数を見れば、それが何処から来て何処へ向かったのかを考えるようになったし、関から上がる銭を見れば、それを払った側だけではなく、その銭で暮らしている側のことまで気になるようになった。だからといって数字を見ること自体をやめたわけではない。むしろ以前より細かく見るようになった。ただ、増えた減っただけで終わらせず、その後に何が起きたのかまで追おうとすると、当然ながら見るべきものは増える。そして、見るものが増えれば増えるほど、人を動かす必要も出てきた。

 

 そのことに気付かされたのは、三雲対馬守から渡された一枚の書付だった。甲賀の三人を俺の側へ置いてから、まだそれほど経ってはいない。それでも、彼らが動けば銭が掛かる。遠くへ行けば宿が要る。飯も食う。商人へ紛れるなら、何も買わずに話だけ聞いて歩くわけにもいかないだろう。人へ酒を奢ることもあれば、宿の者へ銭を渡して話を聞くこともあるかもしれない。服を替え、荷を持ち、場合によっては馬も使う。対馬守の書付には、その一つ一つが細かく書かれていたわけではないが、少なくとも俺が想像していたより「知る」ということには銭が掛かるらしい。

 

「これほど要るのか」

 

 思わず口にすると、向かいに座っていた対馬守が僅かに眉を上げた。

 

「まだ少ない方にございます」

 

「少ない?」

 

「若様がお預かりになられたのは三人にございます。それも、今のところは近江の内を見せているだけ。美濃や京、若狭まで常に人を出すようになれば、これでは足りませぬ」

 

 その答えに、俺はもう一度書付へ目を落とした。今まで俺が情報を得る時、銭のことをそれほど意識したことはなかった。父上へ頼めば対馬守が調べてくれたし、俺が関や市を調べた時も、必要な人間を動かす銭は六角家の中から出ていた。子供だったこともある。そもそも、何かを調べるたびに「これはいくら掛かるのか」と父上へ尋ねる発想そのものが無かった。

 

「この銭は、どこから出ておる」

 

「今は御屋形様からお預かりしている分より」

 

「父上から?」

 

「若様に三人を付けるとお決めになった折、そのための銭もいただいておりまする」

 

 知らなかった。いや、考えれば当たり前なのだが、自分が三人欲しいと言った時、その三人がただで動いてくれるわけではない。父上は許可を出しただけでなく、その後ろで必要になる銭まで用意していたということになる。

 

「父上は何も言わなんだぞ」

 

「御屋形様からすれば、それも含めて若様へ三人を預けたということでございましょう」

 

 対馬守は何でもないことのように言ったが、俺には少し引っ掛かった。父上に頼るのが悪いというわけではない。俺は六角家の嫡男で、まだ自分の領地を持っているわけでもなく、大きな収入があるわけでもない。今すぐ何もかも自分で賄えと言われても無理だ。それでも、自分の目が欲しいと言って三人を預けてもらい、その目を動かすための銭まで父上任せというのは、何となく据わりが悪かった。

 

「対馬守」

 

「はっ」

 

「この三人を動かす銭を、いずれ俺自身で出すことは出来るか」

 

 対馬守が少しだけ目を細める。

 

「出来るかと問われれば、銭さえあれば出来まする」

 

「そうではない。俺が自分で得た銭を使ってもよいのか、ということじゃ」

 

「それは御屋形様へお尋ねになるべきことにございましょうな」

 

 もっともだった。俺にどこまで勝手な商いが許されるのかも分からない。それに、六角家の嫡男が何かを売れば、それだけで商人へ圧力を掛けることになる可能性もある。俺自身は普通に物を売っているつもりでも、相手は「若様の商品だから買わなければならない」と考えるかもしれない。その辺りを無視して商いを始めれば、また数字の向こうを見落とすことになる。

 

 対馬守が下がった後も、俺は書付を眺めていた。三人。たった三人でも、動かし続ければ銭が要る。もし将来、見る場所を増やしたいと思えばもっと必要になる。父上から出してもらえば済む話ではある。だが、それでは「何かを知りたい」と思うたびに、結局父上の銭を使うことになる。自分で考え、自分で人を動かすなら、そのための銭もある程度は自分で用意出来た方がいい。

 

「難しい顔をしておられますな」

 

 横から声がして顔を上げると、千代丸がこちらを覗き込んでいた。

 

「最近それをよく言われる」

 

「実際、よくその顔をしておられますので」

 

「どんな顔じゃ」

 

「何か面倒なことを思い付いた時の顔にございます」

 

 失礼な話だったが、完全には否定出来ない。

 

「千代丸。銭を稼ぐにはどうすればよいと思う」

 

 尋ねると、千代丸は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「やはり何か思い付いておられたではございませぬか」

 

「まだ何も思い付いておらぬから聞いておる」

 

「若様が商人になられるのでございますか?」

 

「まさか」

 

 そう答えたものの、考えていることは半分それに近い。何かを作って売る。そうすれば銭になる。ただし、何を売るかが問題だった。

 

 前世の知識を使えば、何か作れるものはあるかもしれない。けれど俺は化学者でも技術者でもない。数学教師だった人間が、突然この時代には無い高度な道具を作り始めるなど無理がある。そもそも、作り方を知っているだけでは駄目だ。材料があるか、作れる職人がいるか、どれくらいの値で売れるか、継続して作れるかまで考えなければ商いにはならない。

 

「食べ物ならどうじゃ」

 

「食べ物?」

 

「ああ。難しい道具を作るよりは、まだ出来そうではないか」

 

「若様がお作りになるのでございますか?」

 

「何故俺が台所へ立つ話になる」

 

「食べ物を作ると仰いましたので」

 

「作る方法を考えるだけじゃ」

 

 千代丸はまだ納得していない顔をしていたが、俺はそこで一つ思い出した。前世で学校にいた頃、職員室の机に菓子を置いている教師は珍しくなかった。飴、煎餅、チョコレート。疲れた時に少し口へ入れるだけで気分が変わる。俺自身も、授業が続いた日などには甘いものを食べることがあった。

 

 ただ、この時代に砂糖を大量に使う菓子を作るのは難しい。砂糖そのものが高い。庶民が気軽に買えるものにしたいなら、別の甘みが必要になる。

 

 そこで思い浮かんだのが、水飴だった。

 

 もっとも、水飴といっても、前世で見慣れていた透き通ったものをそのまま想像するのは違う。この時代にも米や麦を使って作る飴はあり、実際に持ってこさせて確かめてみれば、色は薄い褐色から茶色がかり、前世のものより穀物の匂いも残っている。甘さも砂糖のように強いわけではなく、口へ入れれば素朴な甘みがゆっくり広がるような代物だった。俺の感覚では粗い水飴とでも呼びたくなるが、別に出来損ないを使っているわけではない。これが今ここで手に入る飴なのだろう。それに、砂糖を惜しげもなく使うよりは現実的とはいえ、米を原料にして手間を掛けて作る以上、いくらでも安く手に入る材料というわけでもない。菓子として売るのであれば、この飴をどれだけ使うかも値を決める上で無視出来ないはずだった。

 

 正確な作り方を細部まで覚えているわけではない。それでも米や麦から甘い飴を作れることくらいは知っているし、何より目の前に既に似たものがある。ならば、俺が水飴そのものを一から発明する必要はない。今ある飴を使い、そこへ何を加え、どんな形にすれば持ち歩きやすく食べやすいものになるのかを考えればいい。

 

 さらに、近江で手に入りやすく、味を付けるもの。

 

「梅か」

 

「梅でございますか?」

 

 俺が独り言のように呟くと、千代丸が首を傾げた。

 

「水飴に梅干しを混ぜたらどうなると思う」

 

「……酸っぱくなるのではございませぬか」

 

「それは分かっておる」

 

「では何故お聞きに?」

 

「甘くて酸っぱいものになるだろう」

 

「左様でしょうな」

 

 何とも役に立たない会話だった。

 

 ただ、頭の中では少しずつ形になってきていた。水飴だけでは柔らか過ぎる。何か粉を混ぜれば形を保てるかもしれない。米の粉なら手に入りやすい。梅干しを細かく潰して混ぜれば、甘みの中に酸味と塩気が入る。小さく固めれば持ち運びも出来る。夏場に長く持つかは試してみなければ分からないが、少なくとも生菓子よりは扱いやすいだろう。

 

「千代丸」

 

「はい」

 

「台所へ行くぞ」

 

「先ほど御自分で作るのではないと仰いませんでしたか?」

 

「俺が作るとは言っておらぬ。作れる者に頼む」

 

「結局台所へは行かれるのでございますな」

 

 俺たちはその日のうちに、城内の食事を任されている者たちのところへ向かった。当然ながら、六角家の嫡男が突然やって来て「水飴と梅を混ぜたい」と言い始めれば、相手は困る。最初は俺もどう説明すればよいか分からなかった。

 

「こう、小さく丸めたいのじゃ」

 

「丸めるのでございますか」

 

「ああ。一口で食べられるくらいに」

 

「飴を?」

 

「そのままでは柔らかいなら、米の粉を混ぜればよいのではないかと思う」

 

「米の粉を……」

 

 料理人は完全に困った顔をしていた。隣では千代丸が笑いを堪えている。

 

「若様。それは食べ物になるのでございますか?」

 

「ならなければ別の方法を考える」

 

「何故そこまでして作られるので?」

 

「売るためじゃ」

 

 その一言で、今度は料理人まで黙った。

 

「売る、のでございますか」

 

「ああ。ただし、まだ売れるかどうかは分からぬ。まず作って食べられるものになるか試す」

 

 いきなり大量に作るつもりはない。少量作り、味を見る。形が保てるかを見る。何日持つのかも試す。その後で、材料にどれほど銭が掛かるのかを計算する。売値を決めるのはそれからだ。

 

 結局、最初の試作品が出来るまでには何度か失敗した。水飴が多ければ手に付いて形にならず、米の粉を増やせば今度は固くなり過ぎる。梅を入れ過ぎれば酸っぱくて食べられず、少なければただ甘いだけだった。俺が頭の中で想像していたものと、実際に出来上がるものは随分違う。

 

「若様、これは……」

 

「言うな」

 

 千代丸が最初の一つを噛んだまま、何とも言えない顔をしていた。

 

「歯に付きますな」

 

「分かっておる」

 

「ものすごく」

 

「分かっておると言っておろう」

 

 料理人まで顔を背けていたので、笑っていたのだと思う。

 

 それでも、何度か分量を変えるうちに少しずつましになった。色は前世で見た菓子のように綺麗ではなく、米と飴と梅が混ざった茶色がかったものになった。形も完全な丸ではない。それでも、小さく一口で食べられ、噛めば最初に甘みが来て、その後から梅の酸味と僅かな塩気が残る。

 

「これは悪くないのではございませぬか」

 

 千代丸が三つ目を口へ入れながら言った。

 

「先ほどまで散々な顔をしておったくせに」

 

「先ほどのものとは別物にございます」

 

 俺も一つ口へ入れた。前世の菓子と比べれば素朴だ。それでも十分食べられるし、もう一つ欲しくなる味ではある。

 

「名前はどうなさいます?」

 

「名前?」

 

「売られるのであれば、名が要るのではございませぬか」

 

 そこまでは考えていなかった。

 

 目の前に並んでいる、小さく茶色がかった塊を見る。梅の酸味がある。丸く固めている。

 

「梅酸丸でよい」

 

「ばいさんがん?」

 

「ああ」

 

「何やら薬の名のように聞こえまする」

 

「覚えやすいではないか」

 

「若様がそう仰るのであれば」

 

 千代丸の反応を見る限り、名前については後で考え直した方がいいかもしれない。

 

 問題はここからだった。食べられるものが出来ただけでは商いにならない。俺は使った水飴、米の粉、梅干しの量を聞き、それぞれに掛かる銭を出させた。さらに、一度に何個作れたのか、作るのにどれほど時間が掛かったのかも記録する。

 

「そこまで見るのでございますか」

 

 料理人が不思議そうに尋ねる。

 

「そこが一番大事じゃ。十文で作ったものを八文で売っておれば、売れるほど損をする」

 

「それは……確かに」

 

 さらに、一度に作る量を増やせば手間はどれくらい変わるのかも見なければならない。一人で百個作るのと千個作るのでは話が違う。梅の量も毎回ばらばらでは、買った者によって味が違ってしまう。

 

「同じ大きさに出来ぬか」

 

「全て同じに、でございますか?」

 

「出来るだけでよい。大きさが違えば、一つに使う材料も変わる。売る値が同じなのに大きさが違えば、買う方も面白くないだろう」

 

 料理人は面倒そうな顔をしたが、俺としては譲れなかった。そこで小さな匙を使い、一つ分をある程度同じ量にすることにした。梅も匙で量る。水飴と粉も、可能な範囲で同じ割合にする。

 

 これなら、一度に何個作れば水飴がどれほど要り、米の粉をどれだけ使い、梅干しがいくつ必要になるのかを計算出来る。同じ大きさに揃えてしまえば、一個当たりに掛かる材料の銭もおおよそ出せるし、百個作った時と千個作った時でどれほど違いが出るのかも比べられる。そこへ作る者の手間まで加えれば、少なくとも「いくらで売れば損をしないか」というところまでは見えるはずだった。何個売れば使った銭を取り戻せるのか、その先の何個目から余りが出るのか、一日に作れる数と売れる数が分かれば、続ける価値がある商いなのかどうかも判断出来る。味や見た目ばかりを考えていた時には掴みどころのなかったものが、量を揃え、数字へ置き換えた途端に少しずつ形を持ち始める。ようやく自分の得意な場所へ戻ってきたような気がして、俺は料理人が書き留めた材料の量を何度も確かめた。

 

 もっとも、計算出来るようになったからといって売れるとは限らない。そこは別の話だ。十個作れば十個売れるわけではないし、こちらが美味いと思っていても、銭を払ってまで食べたいと思う者がいなければ商いにはならない。値を高くすれば一個当たりの儲けは増えるが、買える者が減る。安くすれば手に取りやすくなるが、材料と手間を考えればほとんど銭が残らないかもしれない。しかも俺が六角の嫡男だからという理由だけで商人が仕入れれば、売れた数そのものが当てにならなくなる。欲しいから買ったのか、断れないから買ったのか。その違いまで考えなければ、帳面の上では成功しているのに実際には誰も欲しがっていない、などという妙なことにもなりかねない。

 

 夕方になる頃には、何度目かの試作で出来上がった梅酸丸が十個ほど紙の上に並んでいた。どれも完全に同じというわけではないが、最初に作ったものと比べれば大きさは随分揃っている。表面は少しざらつき、水飴と米の粉、それに梅が混ざった色は茶色がかっていて、前世で売られていた菓子のような華やかさなど欠片もない。それでも、一口で食べられる大きさになり、持ち上げても形が崩れず、噛めば甘みの後から梅の酸味と塩気が追ってくる。朝には頭の中にしか無かったものが、失敗を繰り返しながらも夕方には十個並んでいる。それだけで、何となく妙な達成感があった。

 

 千代丸はそのうちの一つを摘まみ上げ、少し眺めてから口へ放り込んだ。最初の試作品では歯に付くと散々文句を言っていたくせに、今では何の警戒もせず食べている。

 

「本当に、これを売って甲賀の者たちの銭になさるおつもりなのですか」

 

「ああ。売れれば、じゃがな」

 

「売れなければ?」

 

「別の物を考える。それでも駄目なら、作り方か売り方を変える」

 

「随分簡単に仰いますな」

 

「簡単ではない。だから小さく始めるのじゃ。最初から百や千を作って、誰も買わなんだら困るであろう」

 

 そう返すと、千代丸は手の中に残った梅酸丸を見て少し考え込んだ。俺としても、これが必ず売れるなどとは思っていない。むしろ売れない可能性の方を先に考えていた。味が悪いのか、値が高いのか、見た目が悪いのか、そもそもこういうものを欲しがる者が少ないのか。同じ「売れない」でも理由は幾つもある。そこを見ずに、売れなかったから失敗だと片付けても何も残らない。

 

 そのことを考えたところで、自然と三年前の関銭の試みを思い出した。あの時も、いきなり六角領内すべての関を変えたわけではない。一つを選び、銭を下げ、その前後で通る商人や荷駄を数えた。数字を取り、比べ、変化を見た。そのやり方そのものは今でも間違っていたとは思わない。問題だったのは、効果が出たと分かったところで満足し、その変化が別の場所へ何を残したのかまで追わなかったことだ。だから今回も、小さく試して数を取る。ただし、そこで終わらせない。

 

 作る者に無理が掛かっていないか。数を増やすために料理人の仕事を圧迫していないか。梅や米の粉を多く買うことで、普段それを使っている者が困らないか。商人は本当に売れると思って仕入れるのか。それとも六角の嫡男が作らせたものだからと、気を遣って買うのか。実際に口へ入れた者はもう一度欲しいと思うのか、一度食べれば十分なのか。売れた場所と売れなかった場所に違いはあるのか。子供が好むのか、大人が好むのか、旅の途中で口へ入れるものとして向いているのか。見るべきものを挙げれば、たった一つの菓子でも思った以上に多かった。

 

 そして、もう一つ。売れた後に出来た銭をどうするのかも、最初から決めておかなければならない。儲かったからといって俺の小遣いにするつもりはないし、ただ帳面の上に積み上げて喜ぶつもりもなかった。今のところ一番銭が掛かると分かったのは、三人の甲賀者を動かすことだ。近江の中を調べるだけでも宿代が要り、飯が要り、人へ話を聞くにも何かしらの銭が動く。いずれ美濃や若狭、京まで見ようと思えば、さらに多くなるだろう。父上から出してもらえば済む。けれど、自分の目が欲しいと言って人を預けてもらった以上、その目を動かし続けるための銭までいつまでも父上へ頼るのは、どうにも違う気がした。

 

 俺が欲しいのは、単に銭ではない。

 

 知りたいと思った時に人を動かせるだけの余裕であり、必要だと思った時に調べることを諦めなくて済むための銭だ。誰かの許しを得なければ一歩も動けないという意味ではない。俺はまだ父上の庇護の下にいるし、六角家の嫡男として勝手に何でも出来る立場でもない。それでも、自分で考えたことを自分の責任で試すなら、そのために使うものの一部くらいは自分で生み出したかった。

 

 机の上には、小さな梅酸丸が十個並んでいる。これだけ見れば、ただの不格好な菓子だ。売れる保証などない。明日には固くなり過ぎるかもしれないし、数日置けば味が変わるかもしれない。商人へ見せても鼻で笑われる可能性だってある。

 

 それでも、ここから始めればいい。

 

 何個作ったかを記す。どれだけ材料を使ったかを記す。どれだけ売れたかを記す。誰が買ったか、何処で売れたか、何故買ったのかまで出来る範囲で拾っていく。そして、増えた数字だけではなく、その数字の向こうも見る。

 

 三年前より、少しだけましなやり方で。

 

 小さな梅酸丸を一つ摘まみ上げながら、俺は初めて、自分で銭を生み、その銭を自分の目へ戻していくという流れを、頭の中だけの話ではなく現実の仕組みとして考え始めていた。

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