刈り入れが進むにつれて、帳面に並べていた数字がまた少しずつ変わり始めた。少し前まで「今は長く出せぬ」と答えていた家から、十日ほどであれば問題ないという返事が届き、野良田で傷を負った者の中にも、ようやく槍を持って動ける程度まで回復した者が増えている。怪我や疲れで使えなくなっていた荷駄馬が戻ったという報告もあり、夏の頃と比べれば、六角全体で動かせるものが少しずつ増えているのは確かだった。
だが、刈り入れさえ終われば全てが元通りになるほど単純でもない。田の仕事が一段落すれば、今度は冬に備えて薪を集めたい、傷んだ屋根を直しておきたい、刈り取った米を乾かして蔵へ納めなければならないという事情が出てくる。以前、兵として動かせる人数は季節によって変わるのだと知ったつもりでいたが、一つ一つの家から届く数字を追っていると、季節が変わったからといって全ての家が同時に同じ状態へ移るわけではないことまで見えてきた。同じ秋でも、刈り入れの早い土地と遅い土地があり、野良田で受けた傷の治りにも差がある。家族の病や不幸まで含めれば、去年と今年で同じになる理由など、むしろほとんどないのかもしれない。
「こちらは刈り入れが済んだそうにございます。以前は三百五十ほどと申していた家ですが、今なら四百五十ほどは長く出せるとのこと。ただし残る五十ほどは、野良田で負った傷がまだ治りきっておらぬ者と、家の事情で難しい者にございます」
弥太郎が一枚の紙を俺の前へ置いた。以前の記録を開いて見比べれば、確かに同じ家の欄には三百五十と書いてある。
「五百へ戻るわけではないんだな」
「そのようで」
少し前の俺なら、刈り入れが済んだという一言だけで「秋なら五百」と書き直していたかもしれない。だが今は、以前の三百五十という数字を消さず、その横へ確認した日と四百五十という数を書き加え、なぜ増えたのかも一緒に残すようにしていた。田の仕事が一段落したから増えた者と、傷が治ったことで戻った者では意味が違う。来年同じ頃になれば、また四百五十になると決まったわけでもない。何人いたかだけではなく、なぜその人数になったのかまで分からなければ、次に使える数字にはならないのだろう。
ところが別の紙を見ると、弥太郎が今度は「こちらは逆に十人減っておりまする」と言った。理由を尋ねれば、病で三人、馬から落ちて足を傷めた者が一人、残りは家の事情だという。
「戦をしておらぬのに減るのか」
「人でございますから」
あまりにも当然のことを言うような弥太郎の口調に、思わず苦笑した。
「それを父上にも言われたな。兵を人として数えろ、と」
書かれた数字だけを眺めていると、増減するたびに何か大きな理由を探したくなる。しかし人間なのだから、戦がなくても病気になるし、怪我もする。家族が倒れれば代わりに働かなければならない者もいる。馬だって同じで、今日使えた一頭が明日も同じように荷を運べる保証などない。帳面を細かくすればするほど軍の姿がはっきりすると思っていたのに、実際には分からないものが増えているようにも感じられた。
ただ、それは帳面が役に立っていないということではないのだろう。以前は「五百」と一行書けば、その五百がいつでも同じ五百として存在しているような気がしていた。今は、その数字の中に病人がおり、傷の治った者がおり、家を空けられない者がいることが少しずつ見えるようになった。数字が複雑になったのではなく、元から複雑だったものを、俺が単純な数字へ押し込めていただけなのだ。
その日の昼を過ぎた頃、村々の様子を見に出ていた篠が戻ってきた。前回と何か変わったかと尋ねると、篠は少し考えてから、刈り入れ前とは人々の口にすることが違ってきたと話した。
「以前は『また兵を取られるのか』という声が多うございましたが、今は『出るなら今のうちの方がまだよい』と申す者が増えております」
「今のうち?」
「冬が深くなれば道が悪くなります。山に近いところでは雪もございます。それならば田の仕事が一段落し、まだ道を使える今の方がましだ、と。ただし、皆が戦を望んでいるという意味ではございませぬよ」
「分かっておる」
「念のためにございます」
篠の話を聞いているうちに、帳面の中で上下していた数字と、その数字の中にいる人間の感覚が少しずつ重なってきた。農の都合だけを考えれば、刈り入れ後は確かに兵を出しやすい。しかし、その先には冬が待っている。ならば「秋なら動かせる」という一つの答えだけでは足りない。どの土地から、どこへ向かい、どれだけの日数動かすのかによって条件は変わる。南近江ではまだ問題なく歩ける道でも、北へ進めば同じとは限らないし、山間に入ればさらに違う。
父上から、条件を知らずに数字だけ答えても意味がないと教えられたことがあった。その時は兵数の話だと思っていたが、今では軍を動かすこと全体がそうなのだと感じ始めている。何人いるのか、という問い一つでさえ、いつ、どこで、何日という条件が違えば答えも変わる。
俺がそんなことを考えていると、篠の声が少し低くなった。
「若様。北の話もございます。小谷へ入る者が増え、兵糧を動かしているという話も聞こえております。何処へ出るかまでは分かりませぬが、刈り入れが終わるのを待っていたのではないか、と」
予想していなかった話ではない。それでも実際に聞けば、先ほどまで帳面の数字を眺めていた部屋の空気が少し変わったように感じられた。
浅井も同じなのだ。
六角が刈り入れとともに動かせる兵を増やせるのなら、浅井もまた同じ条件の中にいる。野良田で大きく負け、新九郎を失い、その後は竹若丸によって西側の土地まで削られ続けているとはいえ、浅井家そのものが消えたわけではない。久政は小谷へ戻り、家中をまとめ直している。何もせずにいれば、浅井に従っている国人たちからさえ、このまま従い続けてよいのかという迷いが出るだろう。ならば、どこかで動かなければならない。そして自分たちで時期を選べるならば、兵を集めやすくなった今を選ぶのは不思議ではなかった。
「対馬守のところにも、同じような話は入っておるだろうな」
「おそらくは」
「なら近いうちに評定になるか」
その予想は外れず、翌日には父上から評定へ出るよう命が来た。
*
広間には蒲生下野守、後藤但馬守、進藤山城守、三雲対馬守、目賀田次郎左衛門尉、平井加賀守の六人が揃っていた。俺も父上の近くへ座り、弥太郎には少し離れたところで持ってきた帳面を預けてある。皆が揃ったところで三雲対馬守が地図へ手を置き、小谷を中心に浅井方が兵を集め始めていると報告した。
「まだ大軍が一か所へ集結しているというほどではございませぬ。しかし各地へ出された使者の数、兵糧の動きから見て、近く軍を起こすものと思われまする」
「何処へ来る」
父上の問いに、対馬守は少し間を置き、まず考えられるのは朽木に奪われた土地の回復だと答えた。高島を失い、さらに伊香郡の西へまで食い込まれた以上、浅井としても放置出来ない。ただし六角へ向かう可能性も十分あり、野良田で一度敗れたからといって、南の境が安全になったわけではないという。
俺も地図へ視線を落とした。野良田の後、竹若丸は六角から与えられた蔵入地を越え、田屋、長法寺、沢村、海津へと一気に進んだ。その後も浅井の西側へ圧を掛けている。浅井から見れば北西には朽木、南には六角があり、どちらか一方へ兵を向ければ、もう一方が動く可能性まで考えなければならない。
「浅井からすれば、こちらと朽木が示し合わせているようにも見えましょうな」
後藤但馬守がそう言うと、進藤山城守が、実際には竹若丸が六角の命だけで動いているわけではないと続けた。父上は二人の言葉を聞いた後、「向こうから見れば同じことよ」と静かに返した。
「朽木は野良田で我らと共に戦い、その後は浅井領へ入った。今度六角が南から出れば、浅井は二方を見ねばならぬ」
そこで蒲生下野守が、待つよりこちらから先に出るかと尋ねた。広間の視線が父上へ集まる中、父上は迷う様子もなく頷き、地図の一点へ指を置いた。
「儂もそう考えておる。佐和山を取る」
その一言で、広間の空気が僅かに張った。
佐和山は六角と浅井の境に近く、昔から両家が奪い合ってきた城だ。犬上と坂田の境目に位置し、浅井が南へ出る時にも、六角が北へ進む時にも無視出来ない。俺も何度も地図の上で見てきた場所だったが、実際に攻めると決まった途端、ただの一つの印ではなく、山と道と兵を持った戦場として頭の中に形を取り始めた。
「浅井が動くのを待って受けるより、佐和山を押さえ、こちらから北へ圧を掛ける。浅井が朽木へ向かうつもりでおったなら、その兵を小谷の守りへ戻さねばならぬかもしれん」
目賀田次郎左衛門尉が大軍を出すのかと尋ねると、父上は、中途半端な数で城だけを囲めば浅井に後詰を出す余地を与えるため、出すなら一息に取るつもりで出すと答えた。その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は自然と手元の帳面へ向かった。
どれほどの兵を集められるのか。それだけでは足りない。何日で集められ、どれほどの期間動かすことが出来るのか。兵糧は何日分を持たせられ、荷駄をどれだけ揃えられるのか。ここしばらく調べ続けてきたことが、初めて実際の出陣へ使われることになる。
「右衛門督」
「はい」
「そなたの帳面ではどうじゃ。今から兵を集めるとして、何日でどれほど揃う」
まさに聞かれるかもしれないと思っていた問いだった。それでも広間中の視線がこちらへ集まると、答える前に一度頭の中で数字を確認した。
「全ての家が今の予定通りに動けることを前提とするなら、三日で五千余り、五日で八千前後、七日あれば一万ほどは見込めると思いまする。ただし、あくまで今確認している状態での数字にございます」
後藤但馬守が少し驚いたようにこちらを見たので、その部分はあえて強く付け加えた。数日前にも荷駄馬の数が変わった家があり、兵についても病や怪我がある以上、実際に命を出した時には別の数字になる可能性がある。
父上はそれを聞いて口元を僅かに緩めた。
「以前なら一万二千と言い切っておった男が、随分慎重になったものじゃ」
「父上が条件を聞けと仰いましたので」
「儂の教えを都合良く使うな」
広間に小さな笑いが起こり、それで少しだけ肩の力が抜けた。だが父上はすぐ地図へ視線を戻し、「五日で八千か」と呟いた後、七日待って一万を揃えるより、五日で八千を先に出す方がよいと判断した。残る兵は後から追わせ、先行する兵でまず城を囲み、後続には兵糧も持たせるという。
その判断には少し驚いた。以前の俺なら、どうせなら最大まで揃えてから出た方が安全だと考えただろう。しかし、一万が揃うまで待つ二日の間にも浅井は動く。兵数だけを最大にすることが、必ずしも最善ではない。何人揃うかだけでなく、何日で揃うかまで見えるようになったことで、初めて「八千を五日で出す」と「一万を七日で出す」という二つを比べられるようになったのだ。
父上はそこで終わらず、今度は俺へ問いを重ねた。
「右衛門督。八千を五日で集めるとして、どこに無理が出る」
すぐには答えられなかったが、ここ数日の記録を思い返せば、兵そのものより荷駄の方が危うい。
「野良田の後に確認した限り、兵数に比べて荷駄の少ない家が幾つかございます。同じ日数の兵糧を一律に持たせようとすれば、そこが遅れるかと」
ならどうするのかと問われ、荷駄に余裕のある家へ多めに運んでもらう方法を挙げた。ただし、その家だけに余分な負担を背負わせることになるため、後から役を軽くするなり米で返すなり、最初から補い方を示しておいた方がよいと続けると、後藤但馬守が頷いた。
「それなら話は通る。此度だけ余計に運ばせ、後で返すと先に示しておけば、まだ納得させられよう」
三雲対馬守から道について尋ねられたので、今度は弥七から受けた報告を思い返した。佐和山へ向かう街道そのものに大きな問題はないが、大軍と荷駄が同じ時刻に同じ場所へ入れば詰まりやすい箇所がある。出立の時刻を家ごとに少しずつずらした方がよいと答え、その場所を地図で示すと、周辺を知る対馬守も「あそこは荷が重なれば遅れよう」と頷いた。
父上はしばらく地図と俺の帳面を見比べた後、五日後の出陣を決めた。先行する兵は八千を目処とし、遅れる家を無理に待たない。ただし集まり具合は毎日確認し、予定と実際の違いを残せという。
「右衛門督、そなたが見よ」
「私が、でございますか」
「試したかったのであろう。ならば戦場まで持って行け。紙が兵を動かせるのか、それとも紙は紙でしかないのか、見てくるがよい」
少し意地の悪い言い方だったが、胸の中に湧いたのは不満ではなく、期待と不安が入り交じったものだった。自分で作り始めたものが、本当に軍を動かす時に意味を持つのか。それをようやく確かめられる。
「承知いたしました」
*
出陣の命が出た瞬間から、帳面に書いていた数字は現実によって試され始めた。初日は概ね予定通りで、観音寺城へ入ってくる使者から報告を受けながら、明日到着、二日後、三日後と一つずつ印を付けていく。兵数だけではなく、分かる範囲で馬や荷駄の数も一緒に記した。
ところが二日目になると、早くもずれが出た。予定より早く兵を出した家がある一方で、出立直前に荷駄馬が一頭倒れ、荷を積み替えるため半日遅れた家もある。別の家では兵は揃ったのに米を運ぶ人足が足りず、荷だけを後から追わせることになった。
「若様、こちらは明朝到着の予定が昼になるそうにございます。雨で道が悪くなったとのこと」
弥太郎から報せを受けた時、思わず外を見た。観音寺では雨など降っていなかったため、向こうでは降ったのかと聞き返すと、弥太郎は当然のように「そうなのでございましょう」と答える。
考えてみれば当たり前だった。観音寺城の空が晴れているからといって、数里離れた道まで乾いているとは限らない。だが帳面の上で予定を並べていると、無意識のうちに全ての家が同じ天候の中を動くような感覚になっていた。
「予定の時刻は消すな。その横に実際の到着を書こう」
「また増やしますか」
「増やす」
「聞くまでもございませなんだ」
弥太郎が笑った。
予定と実際を並べて書き始めると、単に「遅れた」「早かった」で終わらないことが分かってきた。なぜ遅れたのか、どれほどずれたのか、兵は予定通りだったのに荷だけが遅れたのか。その違いを残しておけば、次に同じ道を同じ頃に使う時の材料になる。もちろん来年も同じ日に同じ雨が降るわけではない。それでも「前は三日で来たから今回も三日」と決めるより、雨が降れば四日掛かったことがあると知っている方が、最初から余裕を持って考えられる。
篠、弥七、宗兵衛も、それぞれの得意なものを見て動いていた。弥七は大軍が通る前に道を確かめ、荷駄が詰まりそうな場所を知らせてくる。宗兵衛は途中で不足が出た時に米や草鞋を買えそうな市と、戦の噂によって値が上がり始めている場所を拾った。篠は兵を出す村々を回り、出陣そのものへの不満が強いところと、刈り入れ後であるため以前より受け入れられているところとを分けて報告してくる。
三人から集まる情報の中には、帳面へそのまま数字として書き込めないものも少なくない。だが、それでよいのだと思うようになった。数字に出来ないから役に立たないのではない。むしろ、数字の意味を取り違えないために必要なものがある。四百五十人出せるという報告一つでも、村人が納得しているのか、不満を抱えながら従っているのかでは、その後の意味が違ってくる。
五日目の朝、父上が定めた数に近い兵が観音寺周辺へ集まった。帳面を見ながら報告すると、八千には数百ほど届かないものの、その日のうちに追い付く予定の者を含めれば八千を越える。先に出る分の兵糧はあり、後から来る家へ追加分を持たせる手配も出来ている。ただ、荷駄だけは予定より少し少なかった。
「困るか」
「この距離なら直ちに困るほどではございませぬ。ただ、佐和山で長引けば途中から補わねばなりません」
父上はそれだけ聞くと、ほとんど迷わず出立を決めた。
「なら出るぞ」
「八千に届くまで待たれませぬか」
「何のために五日と決めたと思っておる。そなたが出した八千という数字は、五日目に必ず八千揃うという約束ではないのであろう」
「はい」
「なら七千幾らがおれば、それで始めればよい。足りぬ分は歩いて追い付いてくる。数字に軍を待たせるな」
その言葉は覚えておこうと思った。帳面を作ったことで、いつの間にか予定した数字がその通りになること自体を成功だと考え始めていたのかもしれない。だが、この軍を動かす目的は帳面通り八千人を並べることではなく、佐和山を取ることだ。戦えるだけの兵がすでに集まり、遅れた者も後から追い付けるのであれば、「予定より数百少ない」という理由だけで全軍を止める意味はない。
帳面は判断するために使うものであって、帳面に現実を従わせるためのものではない。その違いを、数字を使い始めたからこそ忘れてはいけないのだろう。
*
佐和山へ向かう道で、俺は野良田へ向かった時より何度も後ろを振り返った。弥太郎から「城は前にございますぞ」と呆れられたが、見ているのは目的地ではなく、後方へ長く続く軍勢と荷駄の列だった。
「知っておる。列を見ているんだ」
「城より?」
「今はな」
兵そのものは概ね順調に進んでいる。問題は、その後ろから続く荷だった。弥七から聞いていた通り、大人数が一度に通れば狭くなる場所では列が詰まり始める。今回は家ごとに出立の時刻を少しずつずらしたため、野良田へ向かった時ほど一か所へ固まってはいない。それでも馬が一頭足を取られれば、その後ろはすぐ止まり、荷を積み直しているうちに兵だけが先へ進んで、また別の場所で待つことになる。
「前よりは詰まっておりませぬな。若様の帳面のおかげで?」
弥太郎にそう言われたが、そこまで自分の手柄にする気にはなれなかった。
「道を見てきた弥七と、実際に出立をずらした者たちのおかげだ。帳面は、それを忘れないようにしただけだ」
口にしてみると、それくらいが一番正しい評価だと思えた。俺は道そのものを広げたわけではない。馬を強くしたわけでも、兵の足を速くしたわけでもない。ただ以前どこで詰まったのか、今回はどこが詰まりそうなのかを事前に知り、出立の時刻を少し変えただけだ。
それでも数千人が一日に何度も立ち止まるのと、なるべく流れ続けるのとでは違う。止まっている間にも人は米を食い、水を飲み、夜営地へ着く時刻が遅れれば翌日の動きにも響く。小さな改善に見えても、人数が増えればその差は大きくなる。
途中で休息を取った際には、宗兵衛が先の市で米の値が少し上がり始めていると知らせてきた。六角の大軍が北へ出たことが知れ渡り、商人の中には手元の米をすぐ売らず、値が上がるのを待っている者までいるらしい。
「今のところ、買う必要はないな?」
「ございませぬ。ただ長引けば、こちらが買うと見越してさらに上がるやもしれませぬ」
「なら値だけ見ておいてくれ。無理に買わなくてよい」
大軍が動けば、戦場へ着く前から周囲の物まで動き始める。以前なら、軍は自分たちで兵糧を持っているのだから、近くの市など関係ないと思っていただろう。しかし戦が長引けば、持ってきたものだけで足りなくなることもある。その時、近くへどれだけ米があり、いくらで買えるのかは、そのまま軍をどれほど長く置いておけるかに関わる。
戦が始まったから物が必要になるのではない。人々が「戦が始まりそうだ」と思った時点から、値も流れも変わっていく。兵が動くことで道が変わり、市が変わり、人の判断まで変わる。それも軍を動かすということの一部なのだろう。
その日の夕方には後続の一部が追い付いた。雨で予定より遅れた家もあれば、道が思っていたより空いていたため早く着いた家もある。夜営地で火の明かりを借りながら、俺は予定の日付と実際に合流した日を一つずつ並べていった。
「若様、明日でもよろしいのでは」
眠そうな弥太郎に言われたが、明日にすれば数字以外の部分を忘れると答えた。どこで馬が止まったのか、休みを予定より長く取ったのはどこか、どの道で列が縮み、どこで広がったのか。そういうものは帳面に勝手に残ってくれるわけではない。
「某は覚えておりまする」
「なら手伝え」
「そう来ると思いました」
弥太郎が隣へ座ったので、今日見たことを互いに確かめながら書き足していく。野良田へ向かった時にも軍勢の大きさには驚いた。だが今回は、同じ大軍をまったく別の目で見ている。以前は何千人いるかを見ていた。今は、その何千人がどの程度の速さで進み、どこで止まり、その後ろから何が付いてきているのかを見る。同じ軍勢であるはずなのに、見るところが変わっただけで別のものに思えた。
*
佐和山が見えた時、最初に浮かんだのは、これを本当に短い間で落とせるのだろうかという疑問だった。山の上には城があり、その周囲には守りに利用出来る地形が続いている。単に数を並べて押し込めば落ちるような場所には見えない。六角と浅井が長くこの城を奪い合ってきた理由も、目の前にすると少し理解出来た。
浅井がここを持つ限り、六角は北へ進むたび背後と補給を気にしなければならない。逆に六角が押さえれば、今度は浅井が南へ兵を出す時に同じことを考えなければならなくなる。地図の上で重要だと知っていた場所が、実際の山の形と道の狭さを見た途端、ようやく意味を持って見え始めた。
父上は到着するとすぐ諸将を集め、城を囲み、北へ抜ける道を押さえるよう命じた。ただし、初めから全軍を城へ貼り付けず、浅井の後詰が来ることを前提として兵を残しておく。蒲生下野守、後藤但馬守、進藤山城守らへ次々と役目が振られる中、俺だけは父上の近くへ残された。
「私は?」
「そなたは儂の近くにおれ」
「また見ておれ、でございますか」
「不満か」
「いえ」
周囲に諸将がいるとはいえ、役目を振り終えた後の問いだったため、父上は少しだけ口調を崩した。
「野良田では大軍がどう動くかを見たのであろう。今度は城を取るために大軍がどう使われるかを見よ。それに、そなたには帳面がある。兵が足りぬと言い出した本人が前へ出て死んでは、記録が続かぬ」
「死ぬつもりはございませぬ」
「野良田の前にも似たようなことを申しておったな」
言い返せなかった。
包囲が始まると、戦場は野良田とはまるで違って見えた。正面から二つの大軍がぶつかるのではなく、どこへ兵を置き、どの道を塞ぎ、どこから攻めるのかを一つずつ決めていく。城へ矢や鉄砲を向ける者の後ろでは、木を切る者、土を運ぶ者、陣を作る者、兵糧を配る者が休みなく動いている。肥田城でも似たものは見たが、今回は人数が多いだけに、一つの遅れが別の場所へ伝わるまでが早い。
初日は攻めることより囲むことへ時間が使われた。浅井が後詰を出す可能性がある以上、城だけを見ているわけにはいかない。物見が北へ出され、三雲対馬守の者たちが周囲を探り、父上の本陣には一日中使番が出入りした。どこへ何人を置いた、道を一つ塞いだ、城兵が出ようとして引き返した。そうした報告が積み重なっていく一方で、俺のところへは後続の兵が何人到着し、どれだけの米や矢を持ってきたのかという別の報告も上がってくる。
「右衛門督様、後続の兵、到着いたしました。七百ほどにございます。米と矢も伴っておりまする」
「分かった。父上へも伝えよ」
野良田では、戦が始まってから兵数を気にしていた。今回は戦が始まっている間にも軍そのものが増えていく。最初から全ての兵を待たずに出陣したから当然なのだが、実際に戦場で見ると、その意味がよく分かった。
五日で集められた兵を先に使い、その後ろから七日で集まった兵と物資が追い付いてくる。最大数が揃うまで観音寺で止まっているのではなく、時間をずらして戦力を足していく。帳面に「三日」「五日」「七日」と書いていた時には、それがこんな形で目の前に現れるとは思っていなかった。
二日目から本格的な攻撃が始まると、山へ向かう兵の声や弓弦の音、時折響く鉄砲の音が本陣まで届くようになった。佐和山の守りは簡単には崩れず、攻め上がった兵が押し返され、負傷者が下がるのと入れ替わるように次の兵が前へ出ていく。父上は一つの攻め口へ全軍を集中させず、幾つかの場所を変えながら攻めさせていた。
「何故、一つへ集めませぬ。数ではこちらが勝っております。攻め口を一つにして一気に押す方が――」
「その一つへ、何人立てる」
父上の言葉で口を止めた。
「道が百人しか並べぬところへ千人押し込んでも、前で戦うのは百人じゃ。後ろの九百は邪魔になる。それに一つへ集めれば、城側もそこへ人を集めればよい。野良田で数の全てを同時には使えぬと知ったのであろう。城攻めも同じじゃ」
また同じことだった。
一万の兵がいるからといって、一万全員が同じ瞬間に戦えるわけではない。地形が狭ければ前へ出られる人数は限られ、後ろにどれだけ人を置いても、前へ立てなければその瞬間には使えない。ならば余っている兵を別の場所へ回し、守る側にも兵を分けさせる。帳面の上では「一万」という一つの軍でも、実際にはどこへ何人を置くかによって使える力が変わる。
父上は周囲にも聞こえる声で続けた。
「右衛門督。数は大事じゃ。少ないより多い方が良い。だが、多いことと使えることは同じではない。そなた自身が言っておったことであろう」
「兵糧と荷駄のことばかり考えておりました」
「なら一つ増えたな」
父上はそれだけ言うと、再び城へ視線を戻した。
俺も佐和山を見上げた。帳面に項目を一つ増やしたくなったが、ここで紙へ目を落としたら父上に呆れられそうだったので、今は頭の中に残しておくことにした。
*
三日目の朝、三雲対馬守から浅井の動きについて報告が入った。小谷周辺では兵が集められているものの、こちらへ大きな後詰を出す様子は今のところない。それどころか、朽木へ向けるつもりだったと思われる兵の一部まで小谷へ戻しているらしい。
「佐和山だけで終わらず、このまま六角が北へ攻め込むのではないかと警戒している模様にございます」
父上が小さく笑った。
「なら、狙い通りじゃ」
俺は地図へ目を向けながら、ようやく佐和山城そのものを取ることだけが今回の目的ではなかったのだと理解した。六角が大軍を北へ動かしたという事実そのものが、浅井の兵を縛っている。こちらが次にどこへ向かうのか分からない以上、浅井は小谷を空けて佐和山へ全軍を出すことが出来ず、朽木へ向かわせるために集めていた兵まで戻さなければならない。
「戦わずに動かしたのか」
思わず漏らすと、隣にいた弥太郎が首を傾げた。
「何をです?」
「浅井の兵じゃ。こちらはまだ佐和山しか攻めておらぬのに、浅井は小谷へ兵を戻しておる。実際に槍を合わせずとも、大軍を動かせると思わせるだけで相手を別の場所へ縛ることが出来るらしい」
「それは良いことでは?」
「ああ。ただ、こういう使い方もあるんだと思ってな」
野良田では敵兵を倒すことばかり考えていた。だが兵の価値は、実際に槍を合わせた時だけに生まれるわけではない。そこにいること、動けること、次にどこへ向かうか分からないこと自体が、相手の判断を縛ることがある。
父上が佐和山へ大軍を出した理由の一つが、ようやく見えた気がした。
昼頃、周辺の村や街道へ出していた篠が本陣へ戻ってきた。戦場へ近付き過ぎないよう言ってあったため、城そのものではなく、その周辺を行き交う者や村人から話を拾っていたらしい。
「少し気になる話がございます。野良田は朽木が勝たせた、という噂がまだ残っております」
「まだか」
「はい。朽木の鉄砲が浅井の別働隊を破ったことは広く知られておりますから。六角は数ばかり多く、朽木がいなければ危なかった、と申す者もおります」
「完全な嘘ではないから厄介だな」
朽木勢が父上の本陣へ向かった浅井兵を止めたのは事実だ。竹若丸がいなければどうなったかは分からない。しかし、野良田全体を六角が何もせず勝ったわけでもない。蒲生下野守たちは正面で浅井を受け止め、第二陣も戦っている。父上も全体へ命を出していた。それでも人から人へ伝わる話では、三百丁の鉄砲が一斉に火を噴いた場面の方が分かりやすく、印象にも残るのだろう。
「佐和山の話も、すぐ広がるだろうな」
「そう思います」
その日の夕方、父上のところへ呼ばれた時に、思い切ってその噂について話した。俺と父上だけで話せる程度に人が引いた後だったからか、父上は驚くこともなく「知っておる」と答えた。
「対馬から聞いておる。朽木が八門を使って広げたという話もある」
「腹は立ちませぬか」
「立たぬと言えば嘘になる」
父上は苦笑した。
「だが竹若丸が何もしておらぬのに吹聴しておるならともかく、実際に大きな働きをした。そこへ文句を申しても、こちらが小さく見えるだけよ」
「では、放っておくので?」
「だから佐和山へ来た」
思わず父上を見ると、こちらがまだ分かっていないことを察したのか、少し笑った。
「浅井を叩くことが第一じゃ。だが、六角が弱いと思われるのも困る。朽木がおらねば勝てぬと思われれば、南近江の国人どもまで余計なことを考えよう。家の力というものは、持っておるだけでは足りぬ。持っていると周りに分からせる必要もある」
肥田城から帰った時のことを思い出した。城を取らずに退いたことで、外では「六角は肥田一つ落とせなかった」という見方が出た。俺たちには理由が分かっていた。田植えを優先し、無理に城を取らなかっただけだ。しかし、外から見えるのは判断の理由ではなく結果だった。
「佐和山を取れば、六角はまだ北へ大軍を出し、浅井の城を取れる。そう見えるということでございますか」
「そういうことじゃ」
「実際に取らねばなりませぬが」
「だから攻めておる」
当然のことを言うような父上の返事に、少し笑いそうになった。
戦は勝つだけでは足りない。どう勝ったのか、誰の力で勝ったのか、それを周囲がどう受け取るかまで次へ影響する。帳面には書きにくいものだが、これも確かに一つの力なのだろう。
*
その翌日、佐和山の守りが大きく崩れた。前日まで何度か押し返されていた攻め口の一つで六角勢が前へ進み、別の場所でも城兵が後退したという報告が入る。浅井の後詰が来ないことも、すでに城内へ伝わっているのかもしれない。逃げ出そうとして捕らえられる者も増え始めた。
父上はそこで一気に攻勢を強めた。
「下野守へ伝えよ。押せ。ただし城内へ入った後に勝手に散るな。蔵と水の場所を先に押さえよ。但馬守にも同じように伝えよ」
使番が走り、俺は父上の横で次々と届く報告を聞き続けた。城へ向ける兵は明らかに増えているが、本陣にはまだ余裕が残されている。浅井の後詰が突然現れる可能性を、父上は完全には捨てていないのだろう。
目の前の城が崩れ始めれば、全ての兵をそこへ入れてしまいたくなる。だが、その瞬間に別の方向から何か起きれば、使える兵がなくなる。野良田で浅井を追撃する時にも、父上は全軍を前へ出さなかった。勝ちそうな時ほど目の前へ力を注ぎ込みたくなるが、同時に一番危ない時でもあるのかもしれない。
昼を少し過ぎた頃、城内へ入った兵から次々に知らせが来た。抵抗はまだ残っているものの、主要な場所の幾つかを六角勢が押さえたらしい。さらにしばらくすると、城兵の抵抗そのものが弱まり始めた。
「佐和山、落ちました!」
使番の声が本陣へ響いた時、周囲から一斉に大きな息が漏れた。歓声を上げる者もいたが、父上は一度だけ目を閉じると、すぐに次の命を出した。
「城内を荒らすな。逃げた者を追う者を決めよ。勝手な追撃は許さぬ。負傷者を集め、火が出ておるところは消せ。城の兵糧、武具は勝手に持ち出すでない!」
喜ぶのは、その後らしい。
俺も声を上げる気にはならなかった。肥田、野良田を経験した今では、「城が落ちた」という一言の後ろに何があるのか少しは想像出来る。攻めた側にも死者と負傷者がおり、守った側にもいる。城内へ入れば、それを一人ずつ見ることになるし、取った城をどう守るのかという仕事もすぐ始まる。
それでも今回は勝った。六角自身の手で、浅井にとって重要な佐和山を取った。そのことが持つ意味も、父上がこの戦を選んだ理由も、出陣前よりは分かるようになっていた。
*
城内がひとまず落ち着いた後、俺は弥太郎と帳面を持って陣へ戻った。城を取った日にまで帳面を見るのかと呆れられたが、むしろ今だから見ておきたかった。
「明日になれば忘れる」
「前にも聞きましたな」
「なら聞くな」
予定と実際を順に並べていく。五日目に集めるつもりだった兵は僅かに届かなかった。出発後に追い付く予定だった者の大半は予定に近い日で合流したが、雨で遅れた家がある。荷駄は出陣時に予定より少なく、その代わり途中から追加の兵糧が届いた。佐和山が想定より早く落ちたため、不足するところまではいかなかった。道の詰まりは野良田へ向かった時より減ったが、完全になくなったわけでもない。
城攻めが長引けば必要になるはずだった米も、結果としてかなり残った。数字だけを見れば「余った」ことになるが、だからといって無駄だったとは思わない。城がいつ落ちるか分からない以上、用意しないわけにはいかなかった。
「予定と違うところばかりですな」
弥太郎が帳面を覗き込みながら言った。
「そうだな」
「では、帳面は役に立たなかったので?」
「逆かもしれぬ。予定を書いていなければ、何が違ったのか分からぬだろう。荷駄が少なかったことも、兵が半日遅れたことも、『そんなものだった』で終わらせていたかもしれん」
帳面を指で辿りながら、ようやく自分の中でも考えが形になってきた。
「予定が外れたから失敗ではない。何故外れたのかを残して、次に同じようなことが起きるかを見る。それなら意味がある」
「次は帳面通りになりますか」
「ならぬと思う」
「では、また外れるのでは」
「ああ。だが、同じ理由で何度も外れるなら、それは偶然ではない」
前世で数学を教えていた頃、同じ間違いを繰り返す生徒には必ず何か理由があった。符号を取り違える。条件を読み落とす。途中式を省き過ぎる。一度だけなら偶然かもしれないが、同じ場所で何度も間違えるなら、その人なりの癖があり、直すべきところがある。
軍の動きが数学の問題と同じだとは思わない。人間は式の通りには動かず、天候も道も敵も毎回変わる。それでも、予定と実際の違いを比較するという考え方そのものは使えるかもしれない。
「次からは、予定と実際を最初から分けて書こう」
「また書くところが増えますな」
「増やすために言ったわけではない」
「結果として増えております」
「……そうだな」
そこは否定出来なかった。
「義治」
父上の声がして振り向くと、いつの間にか近くまで来ていた。戦後の命令を一通り出し終え、周囲もそれぞれの仕事へ散っている。先ほどまでの総大将としての顔より少し力が抜けており、今は俺の前にある帳面を見ながら話している。
「まだ紙と戦っておるのか」
「此度は城とも戦いました」
「そなたはほとんど後ろにおったであろう」
「父上が出るなと仰ったのでございます」
「そうであったな」
父上は笑いながら俺の前へ腰を下ろし、開かれた帳面を覗き込んだ。
「役に立ったか」
「少しは」
「随分控えめじゃな」
「城を取ったのは攻めた兵と、命を出した父上たちにございます。帳面で城壁を登ったわけではございませぬ」
「それが分かっておるならよい。それで、何が分かった」
予定通りには動かないことだと答えると、父上は「それは戦をする前から分かっておる」と呆れたように言った。俺には分かっていなかったのだと返すと、今度は少し面白そうに続きを促してくる。
「予定通りに動かぬからといって、記録が役に立たぬわけでもないということです。何日で何人来ると思っていたか、それに対して実際は何日掛かったか。兵糧がどれほど必要だと思っていたか、実際にはどれほど使ったか。その違いが分かれば、次にどこを見直すべきかが分かりまする」
「次も同じとは限らぬぞ」
「はい。季節も道も敵も変わります。ですが、同じ場所で何度も遅れるなら、それは何か理由があると思います」
父上はしばらく俺を見た後、ゆっくり頷いた。
「なら続けよ。ただし、帳面が戦をしてくれると思うな。人は紙より勝手に動く」
「思っておりませぬ。それは篠や弥太郎を見ていれば分かります」
「若様?」
弥太郎がすぐに抗議し、何故そこで自分の名が出るのかと不満そうな顔をした。
「例として分かりやすかった」
「篠にもお伝えしておきまする」
「やめろ」
父上が声を上げて笑った。その笑いが収まった頃、三雲対馬守が本陣へ入ってきたため、父上の表情もすぐ総大将のものへ戻った。
「御屋形様。北より報せにございます」
「浅井か」
「朽木にございます。竹若丸殿、こちらの佐和山攻めに合わせるように再び兵を進めた模様。余呉湖の周辺へ入り、幾つかの山へ兵を置き始めておりまする」
「余呉まで行ったか」
「はっ。それと、塩津から荷を運んでいるとのこと。城攻めというより、砦を築くための木や米を運んでいるようにございます」
「塩津から?」
思わず俺まで口を挟んだ。
対馬守はこちらへ視線を向け、湊から船で運んだ荷を陸へ上げているらしいと続けた。俺はすぐ地図を引き寄せ、塩津と余呉湖の位置を見比べた。
そこで、これまで自分が陸の道ばかり見ていたことに気付いた。
朽木が進軍する道を先に調べていることは弥七から聞いていた。兵糧を前から用意していたらしいことも宗兵衛から聞いている。しかし今度は、そもそも「道」を陸だけに限定していない。琵琶湖を使って北へ物を運び、塩津の湊へ上げ、そこから余呉の周辺へ回しているらしい。
「竹若丸殿は城を取るだけでは飽き足らぬようじゃな」
父上が地図を見ながら呟くと、ちょうど入ってきた後藤但馬守も、佐和山が落ちて浅井が小谷へ兵を集めれば、朽木側へ回せる兵は減るだろうと口にした。
「こちらの動きまで使われましたか」
「お互い様じゃ」
父上は笑った。
「こちらも朽木が北から浅井を圧しておるから佐和山へ出やすかった。竹若丸もこちらが南から圧したから前へ出た。それで浅井が苦しくなるなら悪い話ではない」
そのやり取りを聞きながら、俺は地図から目を離せなかった。
佐和山を取るために、俺は兵の数、荷駄、米、集まる日数を見てきた。それまでより軍の動きが少し見えるようになった気でいた。だが竹若丸は、そのさらに外側で湖と湊まで使っている。道を速く歩くのではなく、前もって道を調べる。必要になってから米を集めるのではなく、先に用意しておく。そして今度は、そもそも長い陸路を全て荷駄だけで運ぼうとしない。
以前なら、また自分より先へ行かれたように感じて焦ったかもしれない。今は悔しさよりも、興味の方が強かった。なぜ湖を使うのか。実際にどれほど違うのか。船なら馬よりどれだけ多くの荷を一度に運べるのか。米だけでなく木材まで動かせるのなら、砦を作る速度にも違いが出るはずだ。もちろん風や天候に左右されるだろうし、湊から先では結局、人や馬へ積み替えなければならない。それでも長い道を最初から最後まで荷駄だけで進むより、有利になる場合があるのではないか。
分からないことが、また一つ増えた。
「若様」
弥太郎が横から小さく声を掛けてきた。
「なんじゃ」
「その顔は、また帳面が増える顔にございます」
「どんな顔だ、それは」
「最近分かるようになりました」
「余計なことを覚えるな」
言い返しながらも、否定は出来なかった。
野良田から戻った頃、俺が知りたかったのは、朽木がなぜあれほど早く動けるのかということだった。その答えを探すうちに、まず六角自身がどれほどの兵を持っているのか知らなければならないと思い、家ごとの数を調べ、季節によって実際に動かせる兵が変わることを知った。佐和山では、その数字を初めて本当の出陣へ当てはめた。予定通りには動かないこと、その予定と実際の違いを残すことにも意味があることを学んだ。
俺の帳面が佐和山を落としたわけではない。それでも以前なら「軍勢が遅れた」「荷が詰まった」で終わらせていたものを、どこで、どれほど、なぜ起きたのかまで少しずつ言葉と数字に出来るようにはなっている。
だが、まだ足りない。
兵を何人集めるのか。何日で集めるのか。どれほどの米を持たせ、どの道を通すのか。それらを考えても、百姓を兵として使う以上、農の季節に縛られるという根本の問題は残る。そして俺が陸の道だけを見ている間に、竹若丸は湖から荷を運んでいた。
だからといって、焦ってすぐ答えを決める必要もないのだろう。分からないものが見つかったなら、まず確かめればよい。父上から何度も教えられてきたように、見えていないものまで分かったふりをする方が危ない。
俺は佐和山へ来るまで使っていた帳面を閉じ、その上へ新しい紙を一枚置いた。佐和山への出陣で予定したものと、実際に起こったものとの違いを簡単に書き出し、その下へ「湖」と書き加える。
城を一つ取っても、戦はそこで終わらない。六角が佐和山を押さえたことで浅井の兵が動き、浅井が小谷を守るため兵を寄せたことで朽木がさらに前へ出る。その朽木は塩津から荷を運び、余呉の周囲へ砦を築こうとしている。一つの動きが別の動きを生み、その動きがまた次の条件を変えていく。兵の数を数え始めた頃には、ここまで考えることになるとは思っていなかった。
佐和山は、確かに六角のものになった。
だが俺が今回手に入れたものは、城より遥かに小さく、形もない。予定と実際が違うこと自体を恐れる必要はなく、その違いを残しておけば次の判断へ使えること。そして軍を動かしているのは、帳面の上に並ぶ兵の数だけではないという、これまで何度も見てきた当たり前を、また別の形で確かめられたことだった。
次に何を見るべきなのかも、もう少しだけ分かっている。
余呉へ進んだ竹若丸の兵そのものではない。その後ろで、何が、どこから、どのように動いているのか。塩津から湖を使って運ばれる荷が、陸路だけを使う場合とどれほど違うのか。
佐和山で一つ答えを得たと思った途端、俺の帳面には、また新しい空白が出来ていた。