佐和山城を取ったからといって、六角の軍勢がその日のうちに観音寺へ帰れるわけではなかった。城内に残された兵糧や武具を改め、浅井方の者をどのように扱うかを決め、戦で壊れた場所を直し、これから誰をどれほど残して守らせるかまで決めなければならない。攻めるために集めた兵をそのまま全て帰せば、浅井が態勢を整えた途端に取り返しに来るかもしれず、だからといって必要以上に多くを残せば、今度はその兵を食わせ続ける米が要る。城一つを取れば終わるのではなく、敵の城だったものを自分たちが継続して使える状態へ変えるところまで含めて、初めて「取った」と言えるのだろう。
城内では、勝った直後だというのに人と物が絶えず動いていた。武具を集める者、蔵の中身を確かめる者、壊れた塀や門を調べる者、負傷者を運ぶ者、残す兵の寝所を決める者までいる。その様子を見ているうちに、竹若丸が田屋や海津を取った後、ほとんど間を置かず次へ動いたことが以前にも増して異様に思えてきた。俺はこれまで、朽木の速さを考える時に「次の城へ進む兵」ばかり見ていた。しかし実際には、取った城を守る兵も残さなければならず、その者たちを食わせる米や武具も置かなければならない。次へ向かう軍勢の後ろには、動かないための準備まで必要になる。それらを同時に処理しながら、朽木はさらに先へ進んでいたことになる。
俺は佐和山へ来るまで使っていた帳面へ、城を落とした後に残された兵の数、運び込む米、必要になりそうな武具、その荷を運ぶための人や馬について、分かる範囲で書き加えていた。父上から正式に命じられた仕事ではないし、全てを知れるわけでもない。それでも、戦うために必要だったものとは別に、勝った後にも相当な量の人と物が動いていることは見れば分かる。兵を前へ進める速さだけを比べていては、朽木が何故あれほど続けて動けるのかという答えには辿り着けない気がした。
「若様。また増えておりますな」
隣から弥太郎の声がして、顔を上げた。
「何がじゃ」
「帳面の項目にございます。出陣前は兵、弓、鉄砲、馬、兵糧ほどでございましたのに、今では城を取った後に残す兵まで数えておられる」
「気になったものは仕方あるまい」
「御屋形様には、広げ過ぎるなと言われておられたような」
「覚えておる」
「でしたら」
「覚えておることと、守れることは別じゃ」
「威張って仰ることではございませぬ」
弥太郎が呆れた顔をしたので、俺も自分で言っておいて少しだけ苦笑した。広げ過ぎているという自覚はある。しかし、一つ調べるたびに、その隣に別の分からないものが見えてくるのだからどうしようもない。兵を数えれば、その兵を動かす荷駄が気になった。荷駄を調べれば道が気になり、道を見れば季節や天候が絡んできた。佐和山へ実際に来てみれば、今度は取った城へ何を残し、どれだけ運び込まなければならないのかまで考えざるを得なくなった。そして、その途中で届いたのが、竹若丸が余呉湖周辺へ兵を進め、塩津の湊から砦を築くための木や米を運び込んでいるという報せだった。
机の端へ置いた地図へ目を移した。高島から海津、その北東には大浦があり、さらに北へ進めば塩津がある。そこから余呉湖周辺へ向かえば、竹若丸が新たに兵を置き始めたという場所へ繋がる。これまで何度も開いてきた地図なのに、今は以前とは違ったものに見えた。俺は道という言葉を聞くと、無意識のうちに人や馬が歩く細い線ばかり探していたらしい。だが近江の真ん中には、最初から巨大な水の道が広がっている。
「琵琶湖、か」
「今更でございますか」
弥太郎に言われ、思わず顔を上げた。
「どういう意味じゃ」
「若様は近江でお育ちになったのでございましょう。琵琶湖など毎日のように御覧になっておられるではありませぬか」
「湖があることを今知ったわけではない。荷を運ぶ道として、ちゃんと考えていなかったのだ」
船が物を運ぶことくらいは知っている。近江で暮らしていれば湖上を行き交う船を見ない方が難しいし、魚や薪、米、それ以外の様々な荷が湊へ入るのも珍しくない。前世の知識に頼るまでもなく、琵琶湖を使った商いが昔から行われていることは幼い頃から見聞きしてきた。それなのに軍をどう動かすかと考え始めてからは、街道を何里進むのか、荷駄が何頭必要なのか、どこで川を渡るのかということばかりに目を向け、湖を軍とは別のものとして扱っていた。
「知っていることと、使うことは別ということでございますか」
「多分な。湖に船があることは知っていた。だが兵糧や木を何処へ運ぶかを考える時、俺は最初から馬と人で運ぶつもりになっておった。竹若丸殿は、少なくとも塩津ではそう考えなかったらしい」
もっとも、どれほどの量を船で運んでいるのかはまだ分からない。何艘使っているのかも、一艘へ米をどれほど積めるのかも知らない。その程度のことすら知らないまま、「船の方が馬より優れている」と結論だけ出すのは、父上から何度も戒められてきた俺の悪い癖そのものだった。だから、今度は答えを決める前に確かめることにした。
*
観音寺城へ戻った翌日、弥七、宗兵衛、篠の三人を呼んだ。佐和山から戻って間もないこともあり、まだ身体には出陣の疲れが残っていたが、分からないことを見つけたまま放っておく方が落ち着かない。
「またでございますか」
部屋へ入るなり篠がそう言ったので、何の話だと聞き返すと、佐和山から戻ったばかりだから二、三日は帳面を閉じて休むものと思っていたらしい。
「普通の方ならばお疲れになるかと」
「俺も疲れておる」
「その割には、机の上が戦の前より酷うございますね」
言われて視線を落とせば、確かに帳面と紙が何冊も重なっている。横にいた弥太郎まで小さく頷いているのが腹立たしい。
「二人とも、何か言いたいことがあるなら申せ」
「某は何も」
「私も何も申しておりません」
「なら話を始めるぞ」
これ以上相手をすれば話が進まないので、地図を広げて琵琶湖の北側を指した。
「竹若丸殿が余呉へ進んだことは知っておるな。今度は兵そのものではなく、その後ろを見たい。余呉湖の周囲へ砦を築き、塩津から物を入れておるという。どの程度を船で運び、何処で陸へ上げ、そこからどう運んでいるのかを知りたい」
弥七がすぐに地図へ身を寄せる。
「某は湊から先の道を?」
「ああ。塩津まで船で物が来ても、砦まで船が登るわけではあるまい。何処で荷を下ろし、その先をどう運ぶのかを見てくれ。それから、同じだけの荷を最初から陸で運ぶ場合と比べて、どこが違うのかも知りたい。ただし朽木の砦へ近付き過ぎるな。八門に探りと取られるのは避けたい」
「承知いたしました」
次に宗兵衛へ顔を向けた。
「宗兵衛には船と商人を頼みたい。船で何をどれほど運べるのか、人や馬で陸を運ばせる場合と何が違うのかを聞いてくれ。細かな数まで分からなくても構わぬ。船頭や荷を扱う商人なら、どんな荷を船へ載せたがり、どんな時なら陸へ回すのか知っておるだろう」
「風や波の話も聞きましょうか」
「頼む。船ならいつでも速い、ということでもあるまい」
「それは間違いございませぬ。湖でも荒れる時はございます」
宗兵衛は商人からそうした話を聞くことがあるのだろう。すぐに頷いた。
「篠は湊の人を見てくれ」
「また人でございますね」
「ああ。荷が増えれば船だけあっても足りぬだろう。船頭、荷を積む者、下ろす者、蔵へ運ぶ者、その周りで商いをする者まで必要になる。塩津や海津で人の出入りがどう変わったのか、朽木が押さえてから人々が何を話しているのかを拾ってほしい」
「朽木の支配を嫌がっているかどうかも?」
「それも含めてよい。ただし、何人が賛成で何人が反対と無理に数える必要はない。何故そう思っているのか、その理由を見てくれ」
篠が頷く。そこで三人から、では俺自身は何をするのかという視線を向けられた気がしたので、六角側を見るつもりだと説明した。
「朽木が湖を使っていると分かっても、六角がどの程度使っておるのか知らなければ比べられぬ。佐和山へ送った荷の中に、湖を使った方が良かったものがあったのか、それとも最初から陸で運ぶ方が良かったのか。そこを見たい」
三人を送り出した後、弥太郎から「今度は船まで数えるのでございますか」と聞かれた。少し考えてから、今はまだ数えないと答える。船一艘を荷駄馬一頭と同じ欄へ並べても意味はない。運べる量も、必要な人間も、使える場所も違う。まず違いを知らなければ、数字を付けたところで比べたことにはならない。
「若様も学ばれましたな」
「何がじゃ」
「以前なら先に数えておられました」
「否定は出来ぬな」
父上に何度も言われ、肥田や野良田、佐和山で思い通りにならないものを見て、ようやく少しだけ答えを急がなくなったらしい。
*
父上へ湖上輸送について調べたいと話した時、最初に返されたのは予想していなかった言葉だった。
「今更気付いたか」
「弥太郎にも似たようなことを申されました」
「近江に生まれ、観音寺で育っておきながら、琵琶湖を忘れるとは大したものじゃ」
「忘れていたわけではございませぬ。軍を動かすことを考える時、道とは陸にあるものだと勝手に思い込んでおりました」
ここは親子だけの場だったため、父上の口調も評定の時より幾分柔らかい。少し笑った後、手元の茶を一口飲んだ。
「湖は昔から道じゃ。商人も寺社も領主も使う。北へ行くにも南へ行くにも、船で運べるものなら船へ載せる。そのこと自体は竹若丸が始めたものでも何でもない」
「承知しております」
「なら何が気になる、義治」
「竹若丸殿が、海津や塩津を取った後、すぐにその湊を次の戦へ使っていることにございます」
父上の表情が僅かに変わった。
「続けよ」
「船を使うこと自体が珍しいのではないと思いまする。ですが、城を取った後、その土地の湊を押さえ、そこへ物を集め、さらに次の砦を築くための道として使っております。田屋や海津を取った時にも思いましたが、竹若丸殿は取った場所を終わりとして見ておらぬように思えます。次へ進むための場所として使っておりまする」
「海津を取った時点で、塩津まで見ておったと?」
「そこまでは分かりませぬ」
今度は迷わずそう答えた。分からないものを分かったように言う必要はない。
「分からぬなら、それでよい」
「はい。ただ、海津を取った後、湊をそのままにせず、自分の側で使えるようにしたことには意味があったのではないかと。今は大浦や塩津も朽木の側になり、そこから余呉へ物を運んでおります」
父上はしばらく地図を眺めた後、竹若丸は物が動けば銭が動くことをよく知っていると口にした。
「銭、でございますか」
「湊を押さえれば船が来る。船が来れば商人が来る。商人が来れば物が集まり、物が集まれば銭も集まる。戦に使わぬ時でも湊には価値がある。むしろ、戦のためだけの場所ではないからこそ価値があるのじゃ」
言われて少し恥ずかしくなった。今の俺は、塩津を見る時にも砦へ米を運ぶ場所としてしか見ていなかった。戦のことを考え始めたせいで、それまで知っていたはずの商いや暮らしを、逆に視界から外していたらしい。
「戦のための道としてしか見ておりませんでした」
「今度は逆に狭くなったか。義治、そなたは一つ気になるものが出来ると、そればかり見る癖があるな」
「自覚はございます」
「なら直せ」
「簡単に仰いますな」
「難しいから覚えるのじゃ」
返す言葉がなかった。
「湊を調べるのは構わぬ。ただし、船だけを見て『馬より良い』などと申すなよ。湖は風次第で動けぬ時もある。湊へ着いても、そこから城まで道が無ければ荷は進まぬ。船を持つ者が従わなければ使えぬし、敵に湖上を押さえられればそれまでじゃ。良いところを見つけることと、何にでも使えると思うことは違う」
「はい。覚えておきまする」
父上の部屋を出た後、その言葉まで帳面へ書いておこうかと一瞬考えたが、やめた。父上の小言まで全部書き始めたら、本当に何の帳面なのか分からなくなりそうだった。
*
最初に報告を持ってきたのは宗兵衛だった。
「一度に運べる量では、やはり船が勝ります」
開口一番そう言われたため、どの程度違うのかと尋ねると、宗兵衛はすぐに一つの数字では出せないと答えた。
「船にも大小がございますし、積む物でも違います。米俵を積むのと、長い木を積むのとでは同じには数えられませぬ。それに、人を運ぶ船もございます」
「なるほど」
早速、以前の俺ならやっていただろうことを止められた。
「ただ、同じ量の米や木を人と馬だけで運ぶより、船を使った方が少ない人手で多く運べるという話は、どの商人もいたしました。特に重い物、量の多い物は船へ載せたがります」
「なら、全て船でよいのでは」
「そうも参りませぬ。まず湊まで持って行かねばなりませんし、着いた先でも荷を下ろして、そこからまた運ばねばならぬ。目的地が湖から離れていれば結局人や馬が要ります。風が悪ければ出られぬこともあり、急ぐ荷なら陸を選ぶ商人もおります。それに、船が多く集まる湊と、いつ行っても船があるとは限らぬ小さな湊とでも違いますな」
「船そのものだけではなく、湊まで含めて使えるかどうかが決まるのか」
「そういうことかと。それと船頭でございます。湖を知らぬ者が船だけ持っていても、好きなようには動かせませぬ」
船を道として使うには船体だけでは足りず、それを扱う人間まで必要になる。馬があれば誰でも同じように荷を運べるわけではないのと似ているが、湖では風や波、水の癖まで読む必要がある。道具一つを増やせば済む話ではなさそうだった。
「塩津については何か聞けたか」
「荷が増えているという話はございます。木、縄、米、それに砦で使う道具など。全て朽木が直接買ったものかは分かりませぬが、以前より北へ物が動いている、と」
「値はどうじゃ」
「一部は上がっております。ただ、品によります。朽木が銭を出すと見て、持ち込む商人も増えておりますので、足りぬものばかりではございませぬ」
そこで少し引っ掛かった。
「買う者が増えれば値が上がる。しかし、高く売れると思えば売りに来る者も増える?」
「はい」
「佐和山へ向かった時は、戦があると聞いて米を手元へ残す商人がおったな」
「場所によります。戦場の近くでは奪われることを恐れて、物を出さぬ者もおります。逆に、安全に売れると分かれば商人は集まります。高く売れるなら尚更でございます」
「安全に売れると分かれば、か」
戦の時だけを考えるなら、必要な物を商人から買えればそれでいい。だが商人が「ここなら荷を持って行ってもよい」と考える条件を作ることが出来れば、こちらが一人ずつ呼び集めなくても物の方から集まってくる。朽木が湊を押さえ、商いをしやすくしているという話は以前から聞いていたが、それも軍の動きの速さとまったく別の話ではないのかもしれない。
「宗兵衛。三年前から試しておる市があるだろう」
「楽市にございますか」
「ああ。あちらへ物を持ってくる商人が、何処から来ているのか改めて見てくれ。近くの市から移った者がおるのか、通る道を変えた者がおるのかも知りたい」
「湖を調べていたのでは?」
「調べておったら市が出てきた」
宗兵衛が少しだけ笑った。
「若様らしゅうございますな」
「最近、それを褒め言葉と思えなくなってきた」
「某はどちらとも申しておりませぬ」
また仕事を増やしてしまった気はしたが、今度は少なくとも繋がりが見えていた。物を運ぶ道と、その物が集まる場所は切り離せない。湖を調べるなら、湊と市を見るのは当然なのだろう。
*
弥七が戻ったのは、その翌々日だった。
「船から下ろした後が肝要にございます」
「宗兵衛にも似たようなことを言われた」
「左様でございましたか」
弥七は地図を広げ、塩津から余呉湖周辺へ向かう道を指した。
「塩津まで船で多く運べても、その先は人か馬でございます。ただ、最初から全てを陸で運ぶ場合とは違い、長い道を荷駄が歩かずに済みます。荷を下ろしてから運ぶ距離だけ見れば、かなり短うございます」
「その道は荷駄でも通れる?」
「通れます。ただし、雨が続けば悪くなる場所はございます。それから、荷を一度に下ろし過ぎれば、今度は湊の側が詰まりましょう。船から下ろす者、その荷を分ける者、馬へ積む者が揃わねば、船がどれほど早くてもそこで止まります」
「道の詰まりが、湊へ移るだけになることもあるわけか」
「左様で」
佐和山へ向かった時、一頭の荷駄馬が止まっただけで後ろの列まで詰まったことを思い出した。船なら一度に大量の物を運べる。しかし、それは同時に、一度に大量の荷が到着するということでもある。受け取る側がその量に対応出来なければ、今度は湊で全てが止まる。
「では朽木ではどうしておる」
「見える範囲では、荷を下ろす場所と、一時置く場所を分けているようにございます。届いた荷を全てそのまま砦へ送っているわけではありませぬ。湊の近くへ一度置き、そこから必要なものを順に出しているようで」
「蔵のようなものか」
「そのようなものも使っているかと。ただ、朽木の内側へ入って確かめたわけではございませぬ」
「ああ。そこまででよい」
荷を運ぶところだけ速くしても、受け取る側が追い付かなければ止まる。なら必要なのは船だけではない。湊があり、荷を下ろす人間がおり、一時置いておく場所があり、そこから先へ進める道と馬が必要になる。そのどこか一つが詰まれば、全体はそこで止まる。
「面倒だな」
「何がでございます」
「一つ速くすれば、全部速くなると思っておった。実際には、一番遅いところで全てが待つらしい」
佐和山への行軍でも同じだった。兵が先へ進めても荷駄が遅れれば待たなければならず、兵が揃っても兵糧が足りなければ動けない。湖上輸送でも船だけを速くして意味はないらしい。
「竹若丸殿が速いのは、船があるからだけではないな」
「船ならば浅井にも六角にもございます」
「そうだな」
そこを忘れてはいけない。朽木だけが琵琶湖を知っているわけではなく、船を独占しているわけでもない。違うのは、船を使える場所と、その先の陸路、人、物の置き場まで繋げ、今必要なところへ動かしている点なのだろう。
*
最後に戻った篠は、弥七や宗兵衛とは少し違う話を持ってきた。
「塩津では、朽木になってから商いがしやすくなったと申す者がおります」
「全員が?」
「まさか」
即座に否定され、俺も少し笑った。
「主が変わることそのものを嫌う者もおります。以前の繋がりを失った者、浅井方と近かった者、新しく来た者に仕事を取られるのではないかと不安がる者もおります。ただ、関や商いについては良くなったと申す商人が何人かおりました」
「理由は?」
「途中で取られる銭が減ったから、と。何処で何を払うのか分からぬより、商いをしてよいと最初から分かっている方が動きやすいとも申しておりました」
宗兵衛から聞いた話と重なる。
「朽木だから好きというより、荷や商いを動かしやすいから歓迎しておる者がいる?」
「そういう者もいる、ということです」
「ああ。そこは分けておこう」
篠が満足そうに頷いた。
「若様、少し学ばれましたね」
「お主に言われると腹が立つな」
「何故でございましょう」
「分かって言っておるだろう」
篠は答えずに笑った。
「他には?」
「船頭や荷を扱う者が忙しくなったという話がございます。砦へ物を送るためだけではなく、商人そのものが増えたからだとも。宿を取る者が増え、食い物を売る者も増えたそうです」
「荷が増えれば、その荷を扱う人間が要る。その人間が増えれば、今度はその者たちへ物を売る者も増えるのか」
「そのように見えます」
「反対に困っておる者は?」
「ございます。人が増えれば揉め事も増えますし、荷を置く場所が足りぬという話も聞きました。何でも良くなったわけではありません」
そこも重要だった。商人が増える。物が増える。銭が動く。それだけを聞けば良いことばかりに見えるが、人が増えれば住む場所も荷を置く場所も必要になり、治安を保つ者も要る。火事が起きれば荷も家もまとめて失うかもしれず、盗みが増えれば商人が寄り付かなくなる。道や湊を自由にすれば、それだけで全てが良くなるわけではない。
「篠。うちの楽市を見た時、人が増えたことで困っておるという話はあったか」
「ございましたよ」
「何故、今まで言わなかった」
「聞かれませんでしたので」
「……そうか」
思わず額へ手を当てた。
「俺が商人が増えた、荷が増えたという話ばかり聞いておったからか」
「若様が何を知りたいかによって、こちらも持ってくる話は変わります。全部を一度に申し上げれば、それだけで日が暮れますので」
もっともだった。篠たちは俺の代わりに世界の全てを見てくる者ではない。俺が何を知りたいのかを伝え、それに合わせて見てきたものを持ち帰る。なら、問いの立て方が狭ければ、返ってくる答えも狭くなる。
「では今度は、良かった話だけではなく、増えたことで困った話も一緒に拾ってくれ。何が足りなくなったのか、誰が不満を持ったのか、以前からおる商人と後から来た商人との間で揉めておらぬかも知りたい」
「承知いたしました」
篠が頭を下げた。
三人の報告を机へ並べて眺めながら、俺は湖上輸送を調べ始めたはずなのに、いつの間にか市の話へ戻ってきた理由を考えていた。最初は別々のものだと思っていた。道を整えるのは人や荷を通すため。楽市は商いを増やすため。兵站は戦を続けるため。しかし実際には、人や荷が通りやすい道があれば商人が使い、商人が集まる場所には物が集まり、その物を軍も使う。軍が通れば大量の米や草鞋が必要となり、それを商人が売る。市で銭が動けば、そこで得た銭はまた別の物へ変わっていく。
最初から別のものだったのではなく、俺が別々に見ていただけなのかもしれなかった。
*
それから数日掛けて、六角側の湖上輸送についても調べた。父上の言った通り、六角が何もしていないわけではない。領内には昔から湊があり、商人たちは当然のように琵琶湖を使って荷を動かしている。戦の際に船が使われた例もあり、米や人を湖上から送るという発想そのものは、誰にとっても新しいものではなかった。俺が知らなかったというより、自分の考える「軍」の中へ入れていなかっただけなのだろう。
だからといって、佐和山への出陣で湖を使わなかったことが間違いだったとも思わなかった。観音寺から佐和山までの距離や位置を考えれば、わざわざ荷を湖まで運び、船へ積み、別の湊で下ろしてから再び陸へ戻す方が手間になる場合もある。湖を使えば常に速くなるわけでも、荷駄を使わなくて済むわけでもない。その土地、その荷、その時期によって使い分けなければならない。
だから答えは「今後は全て船で運ぶ」ではなかった。
重要なのは、選べる状態にしておくことだと思った。
陸を使えば何日掛かるのか。船なら何処から積み、何処で下ろすのか。一度にどちらが多く運べるのか。風が悪ければどうするのか。湊から先には何頭の馬が必要なのか。船を使えなくなった時、すぐ陸路へ切り替えられるのか。以前なら地図へ「道」として街道だけを書き込んでいたが、その横へ湊と湖上の繋がりも加え始めた。
もちろん、地図へ線を引いたからといって、いつでも使える道になるわけではない。弥七には季節ごとの陸路の様子を見てもらい、宗兵衛には船や商人が多く集まる湊を調べてもらい、篠にはその場所で働く者や人が増えたことで起きている問題を拾ってもらう。三人へ頼むことはまた少し増えたが、今度は単に仕事を広げているのではなく、同じものを違う方向から見ているのだと思いたかった。
「思いたかった、という顔をしておられますね」
篠に言われ、顔をしかめた。
「顔を読むな」
「私の役目にございますので」
「俺の顔を読むために付けたわけではない」
「人を見るようにと申されたのは若様ですよ」
「……もうよい」
隣で弥太郎が笑っているのが見えた。
それでも三人を使うようになってから、帳面に書かれたものだけを答えだと思うことは確実に減っていた。弥七が実際に道を歩き、宗兵衛が商人へ聞き、篠が人の声を拾う。それらを弥太郎と整理し、最後に自分で比べる。三雲対馬守が持つような広い情報網には到底及ばない。それでも、俺自身が疑問に思ったことを確かめるには、この形が少しずつ馴染んできていた。
*
冬の気配が日に日に濃くなり、朝の空気に指先が冷えるようになった頃、父上へ調べたことをまとめて話した。二人だけの部屋で地図と帳面を広げて説明し終えると、父上は最初に「つまり、船を増やしたいのか」と尋ねてきた。
「いえ」
即答すると、少し意外そうな顔をされた。
「違うのか、義治」
「最初はそう考えかけました。ですが船だけ増やしても、使える湊や船頭、荷を下ろす者、そこから先の道が無ければ意味がないと分かりました。それに、佐和山のように陸から運ぶ方が早い場所まで湖を使う必要もございませぬ。今欲しいのは船そのものではなく、どの場合に陸を使い、どの場合に湖を使えるのかを知ることにございます」
「では何をする」
「まず六角領内の主な湊と街道を一緒に見たいと思いまする。何処から何処へ荷が動いているのか、どの湊なら大きな荷を扱えるのか。それから、戦の時だけではなく、平時にどれほど物が動いているのかも」
「また調べるものを増やすのか」
「……はい」
父上が小さく溜息を吐いた。
「義治、そなたの帳面はいつ完成するのじゃ」
「完成するものなのでございましょうか」
口にした瞬間、余計なことを言ったと思った。父上の目がこちらを向く。
「自分で始めたのであろう」
「はい」
「儂に聞くな」
「申し訳ございませぬ」
少し間を置いた後、父上が笑った。
「まあよい。湊を見るのは悪くない。ただし、そこへ手を出すなら商人とも話をせねばならぬぞ」
「宗兵衛にも見させておりまする」
「そうではない。六角として何かを変えるつもりなら、商人が何を考えているかを直接聞けということじゃ。そなたは以前、市でも似たようなことをしておったであろう」
「楽市……」
「三年ほど経ったか」
その言葉で、以前試しに一つの市から始めたことを思い出した。商いをしやすくし、余計な負担を減らした時、人と物がどのように動くのかを見るために始めたものだ。途中でも報告は何度か受けてきたが、最初に決めた期間が終わった後で、改めて全体を整理するつもりでいた。
「ちょうど三年になりまする」
「なら一度まとめよ」
「父上も覚えておられたのでございますか」
「儂を何だと思っておる」
「いえ」
「そなたのように紙へ何でも書かずとも、それくらいは覚えておる」
少し得意そうに言われ、何となく悔しかった。その感情が顔に出たらしく、父上がすぐに眉を上げる。
「何じゃ」
「何でもございませぬ」
「顔に出ておるぞ」
「最近、皆が私の顔を読み過ぎではございませぬか」
「分かりやすくなったのではないか」
そんなはずはないと思いたい。
父上はそこで笑いを収め、少し真面目な声へ戻った。
「三年やったのなら、良かったところも悪かったところも出ておろう。物が増えた、商人が増えただけで済ませるな。何が減り、誰が困り、周りの市がどうなったかも見よ」
「はい」
「湖を見て、市へ戻ったか」
「私も先ほど同じことを考えておりました」
「なら少しは繋がってきたようじゃな」
父上はそれだけ言った。
部屋を出ると、廊下の向こうに冬の色を帯び始めた空が見えた。冷たい風が庭木の枝を揺らし、その音を聞きながら、ここ数か月のことを思い返した。肥田では城を攻め続けることと田植えが繋がり、野良田では兵の数と命令が届く速さが繋がった。その後、朽木の北進を見て道と兵糧を調べ、佐和山では予定と実際の違いを初めて本当の軍勢の動きへ当てはめた。さらに塩津から余呉へ運ばれる荷を追いかけた結果、今度は商人と市へ戻ってきた。
どれも最初から一つのものとして考えていたわけではない。むしろ、その都度目の前に現れた疑問を追いかけていたら、後になって別々だった線が繋がってきたという方が近い。
戦をするには兵が要る。だが、兵だけを集めても動かせない。兵を動かすには米と道が要り、その米や武具を運ぶには人や馬、場合によっては船が必要になる。船を使うなら湊が要り、湊へ物を集めるには商人がそこへ来なければならない。そして商人が来るためには、ここへ荷を持ってきても損をしない、安全に商いが出来ると思える理由が必要になる。
どこか一つだけを強くしても、別のところが詰まれば全体はそこで止まる。弥七から塩津の様子を聞いた時に考えた「一番遅いところで止まる」という感覚は、軍だけに当てはまる話ではないのかもしれない。
自室へ戻ると、佐和山から持ち帰った帳面の横へ、三年前に楽市を始めた頃の古い記録を置いた。当時は、商人が増えるのか、物が増えるのか、銭が動くのかを見るだけで精一杯だった。その後、道を整え、兵糧を考え、実際に軍を動かし、湖上輸送まで見るようになった今なら、同じ数字を見ても以前とは違うものが見えるはずだった。
宗兵衛が言ったように、安全に売れると分かれば商人は来る。篠が聞いたように、余計な負担が少なくなれば荷も通りやすくなる。しかし、商人が増えればその分だけ困る者も出る。宿が足りなくなり、荷を置く場所が足りなくなり、昔からいた者と後から来た者が揉めることもあるだろう。
三年間続けた以上、もう一度同じ試しをする意味は薄い。
次に必要なのは、続けるか止めるかを感覚で決めることでも、商人が増えたから成功だったと喜ぶことでもない。この三年間で実際に何が変わり、その変化によって誰が得をし、誰が困り、周りの土地や市にまでどんな影響が出たのかを確かめることだろう。
俺は三年前の帳面を開き、最初の頁からゆっくり読み返し始めた。兵の数を調べた時と同じように、当時の自分が何を見ていて、何を見落としていたのかを比べればいい。
湖の道を追いかけていたはずが、最後に辿り着いたのは、以前自分で始めた市だった。遠回りをしたようにも思える。けれど、その遠回りをしたからこそ、今なら三年前には見えなかったものまで見られる気がした。
帳面の数字の向こうに、物を運ぶ者がいる。
その向こうには、物を売る者と買う者がいる。
さらにその向こうには、その商いによって暮らしが変わった者たちがいる。
昔の俺なら、商人が何人増えたかを数えて終わっていたかもしれない。今度は、それだけでは終わらせたくなかった。