佐和山城を取ったからといって、六角の軍勢がその日のうちに観音寺城へ帰れるわけではなかった。城内に残された兵糧や武具を改め、捕らえた浅井方の者たちの処遇を決め、戦で傷んだ門や塀を直す。さらに、これから誰に城を守らせ、どれほどの兵を残すのかも決めなければならない。攻めるために集めた兵を全て帰してしまえば、浅井が態勢を立て直した途端に取り返しに来るかもしれず、反対に必要以上の兵を残せば、その者たちを食わせ続ける米が要る。敵の城を落とすことと、その城を六角のものとして維持することは、別の仕事なのだ。
城内では勝利を喜ぶ暇もないほど人と物が動いていた。武具を集める者、蔵の中身を確かめる者、傷んだ門や塀を調べる者、負傷者を運ぶ者、残す兵の寝所を決める者までいる。父上から命じられた者たちがそれぞれの持ち場で働いているが、一つの仕事が終わるのを待たずに次が始まり、あちらこちらから報告が上がってくる。その様子を見ていると、竹若丸が田屋や海津を取った後、ほとんど間を置かず次へ動いたことが以前にも増して不思議に思えてきた。
これまで朽木の速さを考える時、俺は次の城へ進む兵ばかり見ていた。しかし実際には、取った城にも守る兵を残さなければならず、その兵を食わせる米や武具も必要になる。城の損傷を調べ、使える場所を確保し、占領した土地の者たちにも新しい支配者が誰なのかを知らせなければならないだろう。次へ進むためには、後ろに残したものが簡単には崩れないようにしておく必要がある。朽木はそれらを進めながら、さらに先へ兵を動かしていたことになる。
俺は佐和山へ来るまで使っていた帳面に、城を落とした後に残す兵の数や、運び込む米、必要になりそうな武具、それを運ぶ人馬について、分かる範囲で書き加えていた。父上から正式に命じられた仕事ではないし、城の管理を任された者たちが持つ記録を全て見るつもりもない。それでも攻めるために必要だったものとは別に、勝った後にも相当な量の人と物が動いていることは分かる。兵を前へ進める速さだけを比べていては、朽木が何故あれほど続けて動けるのかという答えには辿り着けない気がした。
「若様。また帳面の項目が増えておりますな」
隣で書状を仕分けていた弥太郎が、開いている頁を見て呆れたように言った。出陣前には兵、弓、鉄砲、馬、兵糧ほどだったものが、今では城を取った後に残す兵まで数え始めている。父上から広げ過ぎるなと注意されていたことまで持ち出されたので、覚えてはいると答えたものの、気になるものが増えるのだから仕方がない。
「覚えておられるなら、少しはお控えになっては」
「覚えておることと、守れることは別じゃ」
「威張って仰ることではございませぬ」
もっともな返事に、俺も苦笑するしかなかった。
広げ過ぎているという自覚はある。だが一つ調べるたびに、その隣へ別の分からないものが現れる。兵を数えれば荷駄が気になり、荷駄を調べれば道が気になる。道を見れば季節や天候が絡み、佐和山へ来てみれば今度は取った城へ何を残すのかまで考えざるを得なくなった。そして、その最中に届いたのが、竹若丸が余呉湖周辺へ兵を進め、塩津の湊から砦を築くための木や米を運び込んでいるという報せだった。
俺は机の端へ置いた地図を広げた。
高島から海津、その北東には大浦があり、さらに北へ進めば塩津がある。そこから陸路を辿れば、竹若丸が兵を置き始めたという余呉湖周辺へ繋がる。何度も見てきた地図なのに、今は以前とは違ったものに見えた。道という言葉を聞くと、無意識のうちに人や馬が歩く細い線ばかり探していたらしい。だが近江の真ん中には、最初から巨大な水の道が広がっている。
「琵琶湖、か」
「今更でございますか」
弥太郎の声に顔を上げると、近江で育ったのだから湖など毎日のように見ているではないかと、半ば呆れられた。
「湖があることを今知ったわけではない。荷を運ぶ道として、きちんと考えておらなんだのじゃ」
船が物を運ぶことくらいは知っている。近江で暮らしていれば湖上を行き交う船を見ない方が難しいし、魚や薪、米、それ以外の様々な荷が湊へ入るのも珍しくない。前世の知識に頼るまでもなく、琵琶湖を使った商いが昔から行われていることは幼い頃から見聞きしてきた。それなのに軍をどう動かすかと考え始めてからは、街道を何里進むのか、荷駄が何頭必要なのか、何処で川を渡るのかということばかりに目を向け、湖を軍とは別のものとして扱っていた。
「湖に船があることは知っておる。だが、兵糧や木を運ぶことを考える時、最初から人と馬を使うつもりになっておった。竹若丸殿は、少なくとも塩津ではそう考えなかったらしい」
「知っていることと、使うことは別ということでございますか」
「そういうことなのだろうな」
もっとも、朽木がどれほどの量を船で運んでいるのかは分からない。何艘使っているのかも、一艘へ米をどれほど積めるのかも知らなかった。その程度のことすら知らないまま、船の方が馬より優れていると結論だけ出すのは、父上から何度も戒められてきた俺の悪い癖そのものだった。
今度は答えを決める前に、まず確かめることにした。
*
観音寺城へ戻った翌日、弥七、宗兵衛、篠の三人を呼んだ。佐和山から戻って間もないため、まだ身体には出陣の疲れが残っていたが、分からないことを見つけたまま放っておく方が落ち着かない。
ところが部屋へ入るなり、篠からまた仕事なのかと呆れられた。佐和山から戻ったばかりなのだから、二、三日は帳面を閉じて休むものと思っていたらしい。疲れていないわけではないと答えると、その割には机の上が出陣前より酷い有様だと指摘された。
確かに帳面と書状が幾つも重なっている。横にいた弥太郎まで頷いているのが腹立たしい。
「二人とも、言いたいことがあるなら申せ」
「某は何も」
「篠も何も申し上げておりませぬ」
そう言いながら顔を見合わせる二人を相手にしていても話が進まない。俺は地図を広げ、琵琶湖の北側へ指を置いた。
「竹若丸殿が余呉へ進んだことは知っておるな。今度は兵そのものではなく、その後ろを見たい。余呉湖の周囲へ砦を築き、塩津から物を入れておるという。どの程度を船で運び、何処で陸へ上げ、その先をどう運んでいるのかを知りたい」
弥七には塩津から余呉湖周辺へ至る陸路を見てもらうことにした。塩津まで船で物が来ても、その先へは人や馬で運ぶ必要がある。何処で荷を下ろし、どの道を通しているのか。同じだけの荷を最初から陸路で運ぶ場合と比べ、どこが違うのかを確かめてほしかった。ただし、朽木の砦へ近付き過ぎることは禁じた。八門がいるところへこちらから探りを入れ、何かを得るより先に疑われては意味がない。
宗兵衛には船と商人について頼んだ。船でどのような荷をどれほど運べるのか、人や馬で陸を運ばせる場合と何が違うのか。船頭や荷を扱う商人なら、どのような荷を船へ載せたがり、どのような時には陸を選ぶのかを知っているはずだった。
「風や波についても聞いて参りましょうか」
「ああ。船ならいつでも速いというわけでもあるまい」
「それは間違いございませぬ。湖でも荒れる時はございます」
宗兵衛はすぐに頷いた。商人たちから、そうした話を聞いたことがあるのだろう。
篠には湊で働く人々の様子を見てもらうことにした。荷が増えれば船だけあっても足りない。船頭、荷を積む者、下ろす者、蔵へ運ぶ者、その周囲で商いをする者まで必要になる。塩津や海津で人の出入りがどう変わったのか、朽木の支配となってから人々が何を話しているのかを知りたかった。
「朽木の支配を嫌がっているかどうかも、でございますか」
「それも含めてよい。ただし、何人が賛成で何人が反対などと無理に数える必要はない。何故そう思っているのか、その理由を見てくれ」
篠は承知したと頷いた。
三人への頼み事を終えると、今度は自分が何をするのかと尋ねられた。もちろん俺も帳面を眺めているだけのつもりはない。朽木が湖を使っていると分かっても、六角がどの程度使っているのか知らなければ比べられない。佐和山へ送った荷の中に湖を使った方がよかったものがあったのか、それとも最初から陸路で運ぶ方がよかったのか。まずはこちらのやり方を確かめるつもりだった。
三人を送り出した後、弥太郎から今度は船まで数えるのかと尋ねられた。少し考え、今はまだ数えないと答える。船一艘を荷駄馬一頭と同じ欄へ並べても意味はない。運べる量も必要な人間も、使える場所も違う。まずその違いを知らなければ、数字を付けたところで比べたことにはならない。
「若様も学ばれましたな。以前なら、先に数えておられました」
「否定は出来ぬな」
父上に何度も言われ、肥田や野良田、佐和山で思い通りにならないものを見て、ようやく少しだけ答えを急がなくなったらしい。
*
父上へ湖上輸送について調べたいと話した時、最初に返されたのは予想していなかった言葉だった。
「今更気付いたか」
「弥太郎にも似たようなことを申されました」
「近江に生まれ、観音寺で育っておきながら、琵琶湖を忘れるとは大したものじゃ」
「忘れていたわけではございませぬ。軍を動かすことを考える時、道とは陸にあるものだと勝手に思い込んでおりました」
ここは親子だけの場だったため、父上の口調も評定の時より幾分柔らかい。少し笑った後、手元の茶を一口飲んだ。
「湖は昔から道じゃ。商人も寺社も領主も使う。北へ行くにも南へ行くにも、船で運べるものなら船へ載せる。そのこと自体は竹若丸が始めたものでも何でもない」
それは分かっている。俺が気にしているのは、竹若丸が海津や塩津を取った後、ほとんど間を置かず、その湊を次の戦へ使い始めたことだった。
「城を取った後、その土地の湊を押さえ、そこへ物を集め、さらに次の砦を築くための道として使っております。田屋や海津を取った時にも思いましたが、竹若丸殿は取った場所を終わりとして見ておらぬように思えます。次へ進むための場所として使っておるのでしょう」
父上は僅かに表情を改め、海津を取った時点で塩津まで考えていたと思うのかと尋ねてきた。
「そこまでは分かりませぬ。ただ、海津を取った後、湊をそのままにせず、自分の側で使えるようにしたことには意味があったのではないかと。今は大浦や塩津も朽木の側になり、そこから余呉へ物を運んでおります」
竹若丸がどこまで先を見通していたのかは知らない。海津を取った時に塩津まで見ていた可能性はあるが、その時点で何を考えていたのかを確かめる術はない。今分かっているのは、手に入れた湊を実際に次の軍事行動へ利用していることだけだった。
父上はしばらく地図を眺めた後、竹若丸は物が動けば銭も動くことをよく知っていると口にした。
「湊を押さえれば船が来る。船が来れば商人が来る。商人が来れば物が集まり、物が集まれば銭も集まる。戦に使わぬ時でも湊には価値がある。むしろ、戦のためだけの場所ではないからこそ価値があるのじゃ」
言われて少し恥ずかしくなった。今の俺は塩津を見る時にも、砦へ米を運ぶ場所としてしか考えていなかった。戦のことを考え始めたせいで、それまで知っていたはずの商いや暮らしを、逆に視界から外していたらしい。
「戦のための道としてしか見ておりませんでした」
「今度は逆に狭くなったか。四郎、そなたは一つ気になるものが出来ると、そればかり見る癖があるな」
「自覚はございます」
「なら直せ。難しいからこそ覚えるのじゃ」
返す言葉がなかった。
父上は湊を調べること自体には反対しなかった。ただし、船だけを見て馬よりよいと決めつけるなとも釘を刺された。湖は風次第で動けない時があり、湊へ着いてもそこから城まで道が無ければ荷は進まない。船を持つ者が従わなければ使えず、敵に湖上を押さえられれば運ぶこと自体が難しくなる。
良いところを見つけることと、何にでも使えると思うことは違う。その指摘は、これまで帳面を作る中で何度も思い知らされてきたことでもあった。船を使えば全て解決するなどと考えるつもりはないが、調べるうちに便利なところばかり見始めないよう気を付ける必要はあるだろう。
父上の部屋を出た後、その言葉まで帳面へ書いておこうかと一瞬考えたが、やめた。父上の小言まで全て書き始めれば、本当に何の帳面なのか分からなくなりそうだった。
*
最初に報告を持ってきたのは宗兵衛だった。
「一度に運べる量では、やはり船が勝ります」
開口一番そう言われたため、どの程度違うのかと尋ねると、一つの数字では答えられないという返事が来た。船にも大小があり、積む荷によっても違う。米俵を積むのと長い木材を積むのでは同じように数えられず、人を運ぶための船もある。それぞれの船がどれほど運べるのかを確かめず、馬何頭分と一括りにすることは出来ないらしい。
早速、以前の俺ならやっていただろうことを止められた。
ただし、同じ量の米や木材を人と馬だけで運ぶより、船を使った方が少ない人手で多く運べるという点では、話を聞いた商人たちの意見は概ね一致していた。特に重い物や量の多い物は船へ載せたがるという。馬に積めば何度も往復しなければならない荷でも、十分な大きさの船であればまとめて運ぶことが出来る。その違いは小さくないだろう。
「それほど運べるなら、全て船に載せればよいのではないか」
「そうも参りませぬ。まず湊まで荷を持って行かねばなりませんし、着いた先でも下ろして運ぶ必要がございます。目的地が湖から離れていれば、結局は人や馬が要ります。それに風が悪ければ出られぬこともございますので、急ぐ荷なら陸を選ぶ商人もおりますな」
宗兵衛はさらに、船が多く集まる湊と、いつ行っても船があるとは限らない小さな湊では事情が違うと説明した。大きな船が着ける場所も限られるし、船を扱う者がいなければ、船そのものがあっても思うようには動かせない。湖をよく知る船頭は、風や波、水の様子を見ながら船を進めているのだという。
つまり船を道として使うには、船体だけでなく、それを扱う人間と荷を積み下ろしする場所まで必要になる。馬が一頭あれば、その馬に積めるだけの荷をどこへでも運べるわけではないのと似ているが、湖では風や波という別の条件まで加わる。道具を一つ増やせば済む話ではなさそうだった。
塩津について尋ねると、以前より荷の出入りが増えているという話を拾ってきていた。木材、縄、米、それに砦で使うと思われる道具などが北へ動いているらしい。全てを朽木が直接買い集めたものなのかまでは分からないが、塩津の湊を使って運ばれる物が増えていることは、幾人もの商人が話していたという。
値については、一部で上がっているものの、全てが高くなっているわけではなかった。朽木が銭を出して物を買うと見込み、新しく荷を持ち込む商人も増えているため、買い手が増えたからといって必ずしも品不足になるわけではないらしい。
「買う者が増えれば値が上がる。だが、高く売れると思えば売りに来る者も増えるということか」
「左様にございます。ただし、場所によりますな。戦場の近くでは荷を奪われることを恐れ、物を出さぬ商人もおります。反対に、安全に売れると分かれば人は集まります。高く売れるなら尚更にございます」
佐和山へ向かった時、戦が始まると聞いて米を手元へ残す商人がいたことを思い出した。あの時は値が上がるのを待っているという話だったが、戦場の近くへ荷を持って行く危険も当然あるだろう。買い手が大勢いると分かっていても、荷を奪われたり、代金を受け取れなかったりするのであれば、商人が進んで集まるとは限らない。
逆に、ここなら荷を持って行ってもよいと思える場所であれば、領主が一人ずつ呼び集めなくても、物の方から集まってくることがある。
朽木が湊を押さえ、商いをしやすくしているという話は以前から聞いていた。それも軍の動きの速さと、まったく無関係ではないのかもしれない。普段から物が集まり、船や商人が行き来している場所なら、戦のために必要なものを集める際にも、最初から全てを用意し直さずに済む可能性がある。
そこで、以前から気になっていたことを思い出した。
「宗兵衛。三年前から試しておる市があるだろう」
「楽市にございますか」
「ああ。あちらへ物を持ってくる商人が、何処から来ているのか改めて見てくれ。近くの市から移った者がおるのか、通る道を変えた者がおるのかも知りたい」
宗兵衛が少し意外そうな顔をした。
「湖を調べていたのでは?」
「調べておったら市が出てきた」
そう答えると、宗兵衛は小さく笑った。
「若様らしゅうございますな」
「最近、それを褒め言葉と思えなくなってきた」
「どちらとも申しておりませぬ」
また仕事を増やしてしまった気はしたが、今度は少なくとも繋がりが見えていた。物を運ぶ道と、その物が集まる場所は切り離せない。湖を調べるなら湊を見る必要があり、湊を見るなら、そこへ商人が集まる理由も知らなければならない。そう考えれば、三年前に始めた市の試みも、まったく別の話ではなかった。
*
弥七が戻ったのは、その翌々日だった。
報告の最初に出てきたのは、船から荷を下ろした後が肝要だという言葉だった。宗兵衛からも似たようなことを聞いていたため、まずは実際の道を説明してもらうことにした。
弥七は地図を広げ、塩津から余呉湖周辺へ向かう道を指した。塩津までは船で多くの荷を運べても、その先は人か馬で運ぶことになる。ただし最初から全てを陸路で運ぶ場合とは違い、長い距離を荷駄が歩かずに済む。湊から先の距離だけを見れば、かなり短く出来るという。
「その道は荷駄でも通れるのか」
「通れまする。ただし、雨が続けば悪くなる場所はございます。それから、荷を一度に下ろし過ぎれば、今度は湊の側が詰まりましょう。船から下ろす者、その荷を分ける者、馬へ積む者が揃わねば、船がどれほど早くてもそこで止まります」
佐和山への行軍で、一頭の荷駄馬が止まっただけで後ろの列まで詰まったことを思い出した。船なら一度に大量の物を運べる。しかし、それは同時に大量の荷が到着するということでもある。受け取る側がその量に対応出来なければ、今度は湊で全てが止まる。船が早く着いても、荷を下ろす者が足りなければ意味がないのだ。
では朽木はどうしているのか。
弥七が外から確かめた限りでは、荷を下ろす場所と一時置いておく場所を分けているようだった。船から下ろしたものを全てそのまま余呉へ送るのではなく、湊の近くへ一度置き、必要なものから順に運び出しているらしい。蔵のようなものも使っているようだが、朽木の内側へ入って確かめたわけではないため、詳しいことまでは分からないという。
「荷を一度に運び込むのではなく、受け取る側に合わせて出しておるのか」
「そのように見えまする」
それならば、船の運んできた大量の荷が一度に陸路へ押し寄せることも避けられる。砦の方で必要になる時期に合わせて出せれば、荷を運ぶ人馬も一度に大量に集める必要はなくなるかもしれない。
もっとも、実際にどれほどの荷を置いているのかは分からず、そこに残されている物が全て軍のためのものとも限らない。商いの荷も同じ湊を使っているのであれば、外から見ただけで区別するのは難しいだろう。
それでも、船で運んで終わりではないことは分かった。
湊があり、荷を下ろす人間がおり、一時置いておく場所がある。そこから先へ進める道と馬が必要になり、運び込む先にも荷を受け取る者がいなければならない。そのどこか一つが詰まれば、他がどれほど順調でも全体の動きは鈍る。船だけを速くしても、受け取る側が追い付かなければ意味はないのだ。
「一つ速くすれば、全部速くなると思っておった。実際には、一番遅いところで待たされるらしいな」
思わずそう漏らすと、弥七も頷いた。
佐和山への行軍でも同じだった。兵が先へ進めても荷駄が遅れれば待たなければならず、兵が揃っても兵糧が足りなければ長く動かせない。湖上輸送でも船だけあればよいというものではないらしい。
「竹若丸殿が速いのは、船があるからだけではないな」
「船ならば浅井にも六角にもございます」
「ああ。そこを忘れてはならぬ」
朽木だけが琵琶湖を知っているわけではなく、船を独占しているわけでもない。違いがあるとすれば、船を使える場所とその先の陸路、人、物の置き場まで繋げ、必要なところへ動かしている点なのだろう。
ただし、それさえも今のところは外から見た範囲での考えだった。朽木が実際にどのような命令を出し、誰に何を任せているのかまでは分からない。そこを確かめるために危険を冒して忍び込ませるつもりもなかった。
今知りたいのは朽木の秘密ではなく、湖を使って物を運ぶとはどういうことなのかという、その仕組みの方だった。
*
最後に戻った篠は、弥七や宗兵衛とは少し違う話を持ってきた。
「塩津では、朽木になってから商いがしやすくなったと申す者がおります」
詳しく聞けば、主が変わることそのものを嫌う者も当然いるらしい。以前の繋がりを失った者、浅井方と近かった者、新しく来た商人に仕事を取られるのではないかと不安がる者もいる。ただ、関や商いについては以前よりよくなったと話す商人が何人かおり、その理由として途中で取られる銭が減ったことを挙げていた。
「何処で何を払うのか分からぬより、商いをしてよいと最初から分かっている方が動きやすい、と申しておりました」
宗兵衛から聞いた話とも重なる。
朽木という家が好きだから商人が集まるのではなく、荷を運びやすく、商いをしやすいから歓迎している者がいる。もちろん全員がそうだとは限らないし、これまで権利を持っていた者からすれば、新しい取り決めによって不利になったこともあるだろう。
「朽木の支配そのものを歓迎しておる者と、商いがしやすくなったことを喜んでおる者は、分けて見た方がよさそうだな」
「左様にございます。若様も少しは学ばれましたな」
「お主に言われると、どうにも腹が立つ」
篠は何故でしょうと首を傾げたが、その口元には笑みが浮かんでいる。相変わらず、どこまで本気なのか分からない。
篠はさらに、船頭や荷を扱う者が以前より忙しくなったという話も拾っていた。砦へ物を送るためだけではなく、商人そのものが増えたことも理由らしい。荷を積み下ろしする者が増えれば、その者たちを泊める宿も要る。食い物を売る者が増え、湊の周囲で商いを始める者も出てきたという。
荷が増えれば、その荷を扱う人間が必要になる。働く者が集まれば食い物や道具を売る者も増え、そこから別の商いが生まれるのだろう。
ただし、良いことばかりではなかった。
人が増えれば揉め事も増え、荷を置く場所が足りないという話も出ている。以前からそこにいた者と、新しく入ってきた者との間に不満が生まれることもあるらしい。商人が増えることで利益を得る者がいる一方、これまで通りの商いが難しくなる者もいる。
そこも重要だった。
人や物が増え、銭が動く。それだけを聞けば良いことばかりに見えるが、宿や荷を置く場所には限りがあり、人が集まれば治安を保つ仕事も増える。火事が起きれば荷も家もまとめて失うかもしれず、盗みが増えれば商人が寄り付かなくなる。道や湊を使いやすくすれば、それだけで全てがよくなるわけではなかった。
「篠。うちの楽市を見た時、人が増えたことで困っておるという話はあったか」
「ございましたよ」
「何故、今まで申さなんだ」
「聞かれませんでしたので」
思わず額へ手を当てた。
篠たちは、俺の代わりに見聞きしたことを持ち帰ってくる。しかし全ての話を一度に聞いていては、それだけで日が暮れてしまう。何を優先して報告してもらうかは、俺が何を知りたいのかによって変わるのだ。
これまで楽市について尋ねた時、俺は商人が増えたか、荷が増えたか、売買が活発になったかという話ばかり求めていた。篠もそれに合わせて話を拾い、必要なものを持ち帰っていたのだろう。ならば俺が尋ねなかったことは、報告の外へ置かれていても不思議ではない。
「良かった話ばかり聞いておったせいか」
「若様が何を知りたいかによって、持ってくる話は変わります。全部を一度に申し上げれば、それだけで日が暮れますので」
もっともだった。
問いの立て方が狭ければ、返ってくる答えも狭くなる。集まった報告が確かなものであっても、それ以外に何も起きていないという意味にはならない。父上から何度も言われたことが、ここでも当てはまるらしい。
「では今度は、商人が増えたことで困った話も拾ってくれ。何が足りなくなったのか、誰が不満を持ったのか。以前からおる商人と後から来た商人との間で揉めておらぬかも知りたい」
「承知いたしました」
篠が頭を下げた。
三人の報告を机へ並べながら、湖上輸送を調べ始めたはずなのに、いつの間にか市の話へ戻ってきた理由を考えていた。
最初は別々のものだと思っていた。道を整えるのは人や荷を通すためであり、楽市は商いを増やすためのもの。兵糧を運ぶ仕組みは戦を続けるためのもので、それぞれ目的が違うと考えていた。しかし実際には、人や荷が通りやすい道があれば商人が使い、商人が集まる場所には物が集まる。その物を軍も使い、軍が動けば大量の米や草鞋が必要になる。市で銭が動けば、そこで得た銭はまた別の物へ変わっていく。
最初から別のものだったのではなく、俺が別々に見ていただけなのかもしれなかった。
*
それから数日掛けて、六角側の湖上輸送についても調べた。
父上の言った通り、六角が何もしていないわけではない。領内には昔から湊があり、商人たちは当然のように琵琶湖を使って荷を動かしている。戦の際に船が使われた例もあり、米や人を湖上から送るという発想そのものは、誰にとっても新しいものではなかった。俺が知らなかったというより、自分の考える軍の中へ入れていなかっただけなのだろう。
だからといって、佐和山への出陣で湖を使わなかったことが間違いだったとも思わなかった。観音寺から佐和山までの距離や位置を考えれば、わざわざ荷を湖まで運び、船へ積み、別の湊で下ろしてから再び陸路へ戻す方が手間になる場合もある。湖を使えば常に速くなるわけでも、荷駄を使わなくて済むわけでもない。その土地や荷、時期によって使い分けなければならなかった。
ならば答えは、今後は全て船で運ぶということではない。
重要なのは、陸と湖のどちらも選べるよう、普段から何処が使えるのかを知っておくことではないか。
陸を使えば何日掛かるのか。船なら何処から積み、何処で下ろすのか。一度にどちらが多く運べるのか。風が悪ければどうするのか。湊から先には何頭の馬が必要で、船を使えなくなった時には陸路へ切り替えられるのか。以前なら地図へ道として街道だけを書き込んでいたが、その横へ湊と湖上の繋がりも加え始めた。
もちろん、地図へ線を引いたからといって、いつでも使える道になるわけではない。船には船の都合があり、湊にはそれぞれ扱える荷の量がある。弥七には季節ごとの陸路の様子を見てもらい、宗兵衛には船や商人が多く集まる湊を調べてもらう。篠には、その場所で働く者たちの声や、人が増えたことで起きている問題を拾ってもらうことにした。
三人へ頼むことはまた少し増えたが、今度は単に仕事を広げているのではなく、同じものを違う方向から見ているのだと思いたかった。
「思いたかった、という顔をしておられますね」
篠に言われ、顔をしかめた。
「顔を読むな」
「人を見るのが役目にございますので」
「わざわざ顔を読ませるために付けたわけではない」
「人を見るようにと申されたのは若様ですよ」
言い返そうとしたが、隣で弥太郎が笑っているのが見えたので、それ以上はやめた。ここで相手をすれば、また余計な話が増えるだけだろう。
それでも三人を使うようになってから、帳面に書かれた数字だけを答えだと思うことは確実に減っていた。弥七が実際に道を歩き、宗兵衛が商人へ聞き、篠が人の声を拾う。それらを弥太郎と整理し、最後に自分で比べる。三雲対馬守が持つような広い情報網には到底及ばないが、俺自身が疑問に思ったことを確かめるには、この形が少しずつ馴染んできていた。
何より、三人は同じものを別のところから見てくる。
弥七が通れると言う道でも、宗兵衛が聞けば商人は使いたがらないかもしれない。商人が増えて景気が良くなったように見える湊でも、篠が聞けば昔から住む者の不満が増えているかもしれない。どの話も、それぞれの立場から見れば本当なのだろう。大切なのは、そのうちの一つを選んで全てを説明したつもりにならないことだった。
*
冬の気配が日に日に濃くなり、朝の空気に指先が冷えるようになった頃、父上へ調べたことをまとめて話した。
二人だけの部屋で地図と帳面を広げ、陸路と湖上輸送の違い、船だけではなく湊や人手が必要になること、商人が普段から物を運んでいる場所ほど戦の際にも物を集めやすい可能性があることを説明した。
話を聞き終えた父上が最初に尋ねてきたのは、船を増やしたいのかということだった。
「いえ。最初はそう考えかけましたが、船だけ増やしても使える湊や船頭、荷を下ろす者、そこから先の道が無ければ意味がないと分かりました。それに佐和山のように陸から運ぶ方が早い場所まで、湖を使う必要はございませぬ」
今欲しいのは船そのものではなく、どのような場合に陸を使い、どのような場合に湖を使えるのかを知ることだと説明した。まず六角領内の主な湊と街道を一緒に見て、何処から何処へ荷が動いているのか、どの湊なら大きな荷を扱えるのかを知りたい。それから、戦の時だけではなく、平時にどれほど物が動いているのかも確かめておきたかった。
父上は少し意外そうにしていたが、俺がまた調べるものを増やしたいと言い始めたことには、すぐ呆れたような顔になった。
「四郎、そなたの帳面はいつ完成するのじゃ」
「完成するものなのでございましょうか」
口にした瞬間、余計なことを言ったと思った。
「自分で始めたのであろう。儂に聞くな」
「申し訳ございませぬ」
父上はしばらくこちらを見ていたが、やがて小さく笑った。
湊を調べること自体は悪くないという。ただし、六角として何かを変えるつもりなら、商人とも話をしなければならない。宗兵衛に見させていると答えると、父上はそうではないと首を横へ振った。必要な情報を宗兵衛に集めさせるだけでなく、実際に商いをしている者が何を望み、何を嫌がるのか、こちらから直接話を聞く必要もあるということだった。
「そなたは以前、市でも似たようなことをしておったであろう」
「楽市にございますか」
「うむ。三年ほど経ったか」
その言葉で、以前試しに一つの市から始めたことを思い出した。商いをしやすくし、余計な負担を減らした時、人と物がどのように動くのかを見るために始めたものだ。途中でも何度か報告は受けてきたが、最初に定めた期間が終わったところで、改めて全体を整理するつもりでいた。
「ちょうど三年になりまする」
「なら一度まとめよ。良かったところも悪かったところも出ておろう」
父上も覚えていたのかと尋ねると、露骨に不満そうな顔をされた。
「儂を何だと思っておる。そなたのように紙へ何でも書かずとも、それくらいは覚えておる」
少し得意そうに言われ、何となく悔しかった。どうやらその感情が顔へ出たらしく、父上はすぐに口元を緩めた。
「何じゃ、不満か」
「何でもございませぬ」
「顔に出ておるぞ」
最近は篠や弥太郎からも同じようなことを言われている。そんなに分かりやすい顔をしているつもりはないのだが、父上には以前より表情に出るようになったのではないかと笑われた。
父上はそこで笑いを収め、少し真面目な声へ戻った。
「三年やったのなら、商人が増えた、物が増えたという話だけで済ませるな。何が減り、誰が困り、周りの市がどうなったかも見よ。そなたが望んだように動いたかどうかだけでは足りぬぞ」
「承知いたしました」
「湖を見て、市へ戻ったか」
「ちょうど、同じことを考えておりました」
「ならば少しは繋がってきたようじゃな」
父上はそれだけ言った。
部屋を出ると、廊下の向こうに冬の色を帯び始めた空が見えた。冷たい風が庭木の枝を揺らし、その音を聞きながら、ここ数か月のことを思い返した。
肥田では城を攻め続けることと田植えが繋がり、野良田では兵の数と命令が届く速さが繋がった。その後、朽木の北進を見て道と兵糧を調べ、佐和山では予定と実際の違いを本当の軍勢の動きへ当てはめた。さらに塩津から余呉へ運ばれる荷を追いかけた結果、今度は商人と市へ戻ってきた。
どれも最初から一つのものとして考えていたわけではない。むしろ、その都度目の前に現れた疑問を追いかけていたら、後になって別々だった線が繋がってきたという方が近かった。
戦をするには兵が要る。だが、兵だけを集めても動かせない。兵を動かすには米と道が要り、その米や武具を運ぶには人や馬、場合によっては船が必要になる。船を使うなら湊が要り、湊へ物を集めるには商人がそこへ来なければならない。そして商人が来るためには、荷を持ってきても損をせず、安全に商いが出来ると思える理由が必要になる。
どこか一つだけを強くしても、別のところが詰まれば全体はそこで止まる。弥七から塩津の様子を聞いた時に考えた、一番遅いところで止まるという感覚は、軍だけに当てはまる話ではないのかもしれない。
自室へ戻ると、佐和山から持ち帰った帳面の横へ、三年前に六角の直轄する市で新たな試みを始めた頃の記録を置いた。
祖父上の御代から楽市として知られていた石寺とは違い、俺が手を入れたのは、商人の負担を軽くした時に何が変わるのかを確かめるための市だった。当時は、商人が増えるのか、物が増えるのか、銭が動くのかを見るだけで精一杯だった。市に人が集まり、売り買いが増えれば、まずはそれでよいと思っていたのだろう。
その後、道を整え、兵糧を考え、実際に軍を動かし、湖上輸送まで見るようになった今なら、同じ数字を見ても以前とは違うものが見えるはずだった。
宗兵衛が言ったように、安全に売れると分かれば商人は来る。篠が聞いたように、余計な負担が少なくなれば荷も通りやすくなる。しかし、商人が増えれば困る者も出る。宿が足りなくなり、荷を置く場所が足りなくなり、昔からいた者と後から来た者が揉めることもあるだろう。商いが増えたことで以前より豊かになった者がいる一方で、客を奪われたり、これまで持っていた権利を失ったりした者がいるかもしれない。
それに、一つの市が栄えたからといって、その周囲まで同じように豊かになったとは限らない。新しく人が集まった分だけ、別の市から商人が移ってきただけという可能性もある。その場合、六角の領内全体で商いが増えたのか、それとも人と物が別の場所へ移っただけなのかまで確かめなければ、本当の変化は分からないだろう。
三年間続けた以上、もう一度同じ試しをする意味は薄い。
次に必要なのは、続けるか止めるかを感覚で決めることでも、商人が増えたから成功だったと喜ぶことでもない。この三年間で実際に何が変わり、その変化によって誰が得をし、誰が困り、周りの土地や市にまでどのような影響が出たのかを確かめることだろう。
俺は三年前の帳面を開き、最初の頁から読み返し始めた。
当時の俺が何を知りたくてこの試みを始め、どのような結果を予想していたのか。何を数え、何を確かめずにいたのか。兵の数を調べた時と同じように、以前の自分が見ていたものと、今になって見えるものを比べればよい。
湖の道を追いかけていたはずが、最後に辿り着いたのは、以前自分で始めた市だった。遠回りをしたようにも思える。けれど、その遠回りをしたからこそ、三年前には気付かなかったものまで確かめられる気がした。
帳面に記された商人の数や取引の量は、確かに結果の一つだ。だが、その数字の向こうには荷を運ぶ者がおり、物を売る者と買う者がいる。その商いによって暮らしが変わった者たちもいれば、以前のままではいられなくなった者たちもいるだろう。
三年前の俺は、商人が何人増えたかを数え、その数字が大きくなれば喜んでいたかもしれない。
今度は、増えたという結果だけで終わらせるつもりはなかった。
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