翌日、俺は弥太郎を伴い、昨日訪ねた市から少し離れたところにある、もう一つの市へ向かった。街道を使えば人も荷も行き来できる距離にあり、商人が双方の市へ出ることも難しくない。三年前、この二つを比較する対象として選んだ時には、その近さこそ都合がよいと考えていた。同じ六角領内にあって気候も大きくは変わらず、街道を通じて人や物が行き交っている。その片方だけ商いに掛かる負担を軽くすれば、どれほどの違いが生まれるのかを確かめやすいと思ったのだ。
だが今になって考えれば、互いに近いという条件は、三年間の変化を複雑にするものでもあった。二つの市が遠く離れ、人も物もほとんど行き来しないのであれば、片方だけ条件を変えた結果を比較することも容易だっただろう。しかし実際の商人は、より多く売れる場所へ荷を運び、買い手も品揃えのよい市へ足を向ける。近ければ移るための負担も少なく、片方に生まれた変化がもう片方へ届きやすい。比較しやすいと思って選んだ条件が、同時に互いを変化させやすい条件でもあったことを、三年前の俺は考えていなかった。
その違いは、市へ向かう道にも現れていた。
人通りが途絶えているわけではない。荷を背負った者や米俵を積んだ馬とも幾度かすれ違い、市へ向かうらしい者たちの姿も見える。それでも昨日のように、随分手前から絶え間ない人馬の列が続いているわけではなかった。道の傷みもこちらの方が少なく、荷車の轍は浅い。泥に深く抉られた場所も目立たず、歩く分にはむしろ快適だった。だが昨日の光景を見た後では、その歩きやすささえ、利用する人馬の少なさを示しているように感じられた。
「弥太郎。三年前、この道はどうであった?」
隣を歩く弥太郎はしばらく周囲を見回したものの、申し訳なさそうに首を横へ振った。そこまでは覚えていないという。俺も同じだった。二つの市を比べるつもりで調べていたはずなのに、その市へ至る道をどれほどの人や荷が通っていたのかまでは記録していない。三年前の帳面にあるのは、市の中にいた商人や店の数、扱われていた品、市日ごとの賑わいといったものが中心で、その外側を行き交う人馬についてはほとんど触れていなかった。
今なら、昨日の市とこちらの違いは分かる。しかし、その差が三年前からあったものなのか、この三年間でどれほど広がったものなのかを正確に知ることは難しい。過去の記録がない以上、今目の前にある違いを全て楽市の影響だと決めるのも危ういだろう。
思わず考え込んでいると、弥太郎からまた自分を責めているのかと尋ねられた。
「そこまでではない。ただ、あの頃から記録しておけばよかったとは思う」
「三年前の若様に、今気になっておられることまで全て調べよというのは無理ではございませぬか」
「昨日も似たようなことを申しておったな」
「若様が同じことで悩まれますので」
言われてみれば、その通りだった。何か新しい疑問が生まれるたびに、以前から調べておけばよかったと悔やんでいては、いずれ何も始められなくなる。三年前に残さなかった記録を今から書き足すことはできず、覚えていないものを思い出したつもりになっても意味はない。必要だと分かったのなら、今後は残すようにすればよい。数年後の自分が同じ場所を振り返った時、少なくとも今日見たものについては比べられるようにしておく。その方がよほど役に立つだろう。
そう考え直しているうちに、市へ到着した。
中へ入ると、昨日との違いはさらに明らかになった。店は並び、客もいる。商人が声を張り、品を選ぶ者が足を止め、市日らしい賑わいも十分にあった。決して寂れ果てた場所ではなく、昨日の市を見ていなければ、普通に栄えていると感じたかもしれない。それでも店と店の間には余裕があり、人を避けながら歩く必要もほとんどない。幾つかの場所には以前店があったらしい跡が残り、今は誰も使っていなかった。荷を積み上げていても通行の妨げにはならず、道の脇で商談をしている者がいても、人の流れが詰まるようなことはなかった。
「こちらは随分と歩きやすうございますな」
「昨日なら褒め言葉だったのだがな」
「人が少ないから、となると違いますか」
「ああ。歩きやすい理由が違う」
昨日は人と荷が増え過ぎたために通路が塞がり、宿や荷置き場まで足りなくなっていた。こちらは反対に、人が少ないから余裕がある。同じ歩きやすいという状態でも、その理由によって意味はまるで違う。混雑していないという記録だけなら同じ一行で済むかもしれないが、実際にその場へ立てば、何故そうなっているのかまで見なければ判断を誤ることが分かった。
市の中央近くまで進み、以前からここで商っているらしい男へ声を掛けた。最初は見慣れない俺たちを警戒している様子だったが、並べられた品を眺めながら世間話を続けるうちに、少しずつ口調が柔らかくなった。
「以前より静かになったように見えるが」
そう尋ねると、男は苦い笑みを浮かべた。
「三年ほど前からですな。全く人が来なくなったわけではございませぬが、向こうの市へ行く者が増えました。商人も客もです。あちらなら売る時に取られるものが少ない。商いをする者なら、一度くらい行ってみようと思うでしょう。そこで売れれば、次も行く。客も品の多いところへ向かいますからな」
こちらで商いをやめた者もいるのかと尋ねると、実際に商売そのものを畳んだ者もいるが、多くは向こうへ移ったか、こちらへ来る日を減らしたのだろうという。市日が重ならなければ双方へ出る者もいる。ただし荷が多ければ、毎回あちらこちらへ運ぶのも手間が掛かる。それなら、より売れる市へ多くの品を持ち込む方がよいというわけだ。
昨日聞いた話と、ほとんど同じだった。ただし昨日は人と物が集まる側から聞き、今日は離れていく側から聞いている。
客が多いから商人が来る。商人が来れば品が増え、品が増えればさらに客が集まる。一度生まれた賑わいが、それ自体を理由として次の人と物を呼び込む。その反対に、商人が減れば品も減り、客は別の市へ向かう。残っていた商人も、その客を追うように人の多い方へ移っていく。最初は僅かな違いだったとしても、三年という時間の中で差が広がっていった可能性があった。
「ここで取られるものは、重いと思うか」
少し踏み込んで尋ねると、男は俺の顔を見た。
「御役人様で?」
「いや、単に気になっただけじゃ」
男はそれ以上詮索せず、しばらく考えてから答えた。
「重いか軽いかと言われれば、昔からこんなものでございます。ただ、向こうで払わずに済むようになれば、こちらで払うのが重く感じるものですよ」
その言葉に、思わず黙った。
こちらの負担は三年前から増えていない。以前と同じように銭を取っているだけだ。それなのに隣で払わずに済むようになった途端、同じ額が以前より重く感じられる。負担が増えたのではなく、比較する相手が変わったことで受け止め方まで変わったのだ。
三年前の俺は、楽市にしなかった方を何も変えない場所として扱っていた。しかし隣の市が変われば、こちらで暮らし商う者たちの考え方も変わる。自分たちの市では何も変わっていなくても、周囲との関係まで以前と同じではいられない。
「では、こちらも向こうと同じ条件になれば、商人は戻ってくると思うか」
「そりゃあ有り難いですが……それだけで皆が戻るとも限りませんな」
男は少し笑い、それから向こうにはすでに客も品も集まり、宿や荷を置く場所まで増えているのだと話した。こちらの負担を同じにしたからといって、翌日から商人が半分戻ってくるようなことはないだろうという。
もっともだった。
三年間で生まれた違いは、すでに市銭や負担の差だけではない。昨日見た市には宿が増え、荷を扱う者が集まり、その者たちを相手に食い物や水を売る商いまで出来ていた。商人にとって、あそこへ行けば客がいる、荷を置ける、泊まるところがあるという理由が積み重なっている。今からこちらの負担を同じにしても、その三年間で出来上がったものまで一夜で同じにはならない。
何を変えるかだけでなく、いつ変えたかという時間まで、後に残る差へ影響するらしい。
礼を言って話を終えようとすると、男から、参考になったのなら何か買っていってほしいと声を掛けられた。商売上手だと笑うと、商人だから当然だという返事が来る。結局、小さな品を一つ買って店を離れた。
「若様。視察のたびに品を買っておられたら、いずれ御部屋が物で埋まりますぞ」
「話だけ聞いて何も買わぬのも悪いだろう」
「若様が妙なところで律儀なのは存じております」
「妙とは何だ」
弥太郎は答えず、笑うだけだった。とはいえ、確かに訪ねる店ごとに品を買っていてはきりがない。次は少し気を付けた方がよさそうだった。
*
市の端へ近付いたところで、先に周囲を調べていた篠と合流した。人通りの少ない場所へ移ってから話を聞くと、昨日訪ねた楽市を良く思っていない者は確かにいるらしい。ただし楽市そのものが悪いというより、あちらだけ負担が軽くなったことへ不満を持つ者が多いという。
「こちらも同じように軽くしてほしいと申す者もおります。反対に、向こうを元へ戻せばよいと申す者もおりますね。以前からこの市に関わってきた者にとっては、自分たちだけ損をしたように見えるのでございましょう」
実際に商人や客を取られているのだから、そう受け止める者がいても不思議ではなかった。ただ、篠が聞いてきた話では、困っている者たちの事情も一様ではないらしい。
市で直接商いをする者は、客や商人が減ったことを不満に思っている。宿を営む者は、泊まる客が少なくなったため稼ぎが落ちたという。市を取り仕切る者たちは、商人から得ていた銭が減り、道を直したり警固の人間を置いたりする余裕まで失われつつあることを気にしていた。市そのものがなくなったわけではなくても、以前と同じ仕事を維持することが難しくなっている場所もあるようだった。
ところが、悪い話ばかりでもないという。近くで暮らす者の中には、市が以前より静かになったことを喜ぶ者もいた。市日になれば家の前まで人が溢れ、喧嘩や盗みを心配していたのが、このところは随分落ち着いたらしい。商人にとっては客が減ることが困り事でも、その周囲に住む者にとっては、必ずしも悪いことばかりではないのだろう。
「人が減ったことを喜んでおる者もいるのか」
「市が衰えた方がよいと申しているわけではないと思います。ただ、以前は人が多過ぎて困っていた者もおりますので」
昨日の市では人が増えたことで道が詰まり、宿が足りず、盗みや火事を心配する声が出ていた。こちらでは反対に、商いは苦しくなっているものの、混雑や揉め事は減っている。市が栄えたか衰えたかという一つの見方だけでは、その場所で暮らす者たちの事情までは分からない。同じ変化であっても、商人、宿の主人、市を管理する者、周辺に住む者の誰から見るかによって意味が変わるのだ。
篠はそこで、市を維持するための銭についても気になる話があったと続けた。
「こちらでは商人から取っていた銭の一部を、夜の見回りや道の手入れ、市で起きた揉め事を収める者へ回していたそうです。商人が減れば入る銭も減りますが、仕事そのものが全てなくなるわけではございませぬ」
その話には、すぐに引っ掛かった。
三年前、俺は余計な負担を減らすことをかなり強く考えていた。商人が市へ入るだけで取られる銭、何のためなのか分からない負担、昔からそうだからという理由だけで残っているように見えるもの。それらを減らせば商いはしやすくなるはずだと思ったし、実際その効果は出ている。
だが、市で取られていた銭の全てが、何もせずに権利だけを主張する者の懐へ入っていたわけではない。
夜回りを雇うために使っているのであれば、銭を取ることを止めても夜回りそのものは必要になる。道や橋を直すための費用だったなら、別の誰かがそれを負担しなければならない。揉め事を収める者へ渡していたのであれば、徴収だけを止め、その働きまで失えば市の秩序が悪くなる。負担を軽くすることと、市を維持するために必要な仕事までなくすことは同じではなかった。
「昨日の市では、どうしておる?」
尋ねると、篠は三年前に残すと決めた負担の一部を、市の維持に使っていると答えた。ただし、人や荷が増えた分だけ費用も増え、以前と同じでは足りなくなっているものもあるらしい。昨日見た道の傷みなどが、その一つだという。
商人の負担を減らすことで人と荷が増える。その結果、以前より頻繁に道を直し、夜警や火事への備えまで増やす必要が生まれる。負担を軽くすること自体が悪いわけではない。だが、新しく生じた仕事を誰が担い、その費用を何処から出すのかまで決めなければ、せっかく集まった商人もやがて困ることになる。
「これまでは、市で銭を取る者を随分悪く考えておったらしいな」
「全てではないと?」
「ああ。何のために取っているのかを分けねばならぬ。ただ通るだけの者から何もせず銭を取るのなら、なくした方がよいものもあるだろう。だが橋を直し、夜警を置き、火事に備えるために使っているのであれば、銭を取ることそのものより、何へ使っているのかを確かめる必要がある」
「そこまで篠には分かりませぬよ」
「分かっておる。今の話だけで十分じゃ」
三年前の俺は、銭を取ることと商いを妨げることを、随分近い意味で考えていたらしい。実際には同じ一文であっても、ただ権利として徴収されるだけのものと、市を維持するための仕事に使われているものがある。その違いを確かめなければ、今後ほかの市へ広げる際にも判断を誤りかねなかった。
篠から聞いた話を手元の紙へ簡単に書き留め、市を後にした。
*
観音寺城へ戻ると、弥七もすでに帰っていた。自室へ三人と弥太郎を集め、この数日で分かったことを机の上へ並べる。宗兵衛からは商人と品の移動、篠からは人々の受け止め方と市を維持する負担、弥七からは道を行き交う人や荷の変化について報告を受けた。
弥七によれば、人や荷の通り方は思っていた以上に変わっていた。楽市にした市へ向かう街道だけではなく、途中から脇道へ入り、関を避けて進む者もいるらしい。多少遠回りになっても、払う銭が少なくて済む道を選ぶ商人がいるという。
「時間より銭を選ぶのか」
「急ぐ荷でなければ、そのようにございます。反対に、日持ちのしにくいものや急ぎの荷は、銭を払っても短い道を通る者がおりまする」
宗兵衛も商人から似た話を聞いていた。扱う品によって選ぶ道は変わり、荷が多ければ道幅や路面の状態も問題になる。関銭が少ないというだけで全ての商人が同じ道を選ぶわけではないが、幾度も銭を取られる道ほど避けられやすいという傾向はあるらしい。
さらに弥七は、昨日訪ねた市へ向かう街道の傷みについても報告した。人馬が増えたため、以前より頻繁に手を入れなければならない場所があり、橋の傷みも早くなっているという。商いをしやすくして人や荷を呼び込んだ結果、それを支える道には以前より多くの手入れが必要になっていた。
「良いことをすれば、仕事が減るというわけではないらしいな」
「むしろ増えているように聞こえまする」
弥太郎の言葉に苦笑したが、俺にもそう思えた。
商人を呼ぶために負担を減らす。人が増え、品が増え、銭が動く。そこまでは三年前に期待した通りだった。しかしその先には、道を直し、宿を増やし、荷を置く場所を確保し、火事や盗みに備えるという新しい仕事が待っている。楽市とは、取るものを減らせば後は放っておいても勝手に市が育つ仕組みではないのだろう。人を呼んだのであれば、その者たちが商いを続けられる状態を保たなければならず、そこまで含めて政になる。
次に宗兵衛へ、商人の移動がどの程度あったのかを確認した。正確な人数は出せないものの、楽市にした市へ周囲から移った商人は珍しくないという。一方で新しく商いを始めた者もおり、以前は荷運びをしていた者が自分で品を売るようになった例も見つかっていた。つまり、楽市側で増えた商人の全てが、他所から移ってきたわけでもない。
その違いを正確な人数として出すことは難しい。それでも、今分かっている範囲で記録を分けることには意味があった。
俺は紙の上を二つに分け、確かめられたことと、まだ分からないことを書き出していった。
三年間で楽市にした市は確かに大きくなった。商人、客、扱う品が増え、市の外にも宿や荷運びなどの仕事が生まれた。以前から商っていた者の中には店を大きくした者もおり、新しく商人となった者もいる。
一方で、周囲の市から移ってきた者も少なくない。楽市側では人と荷が増えたことで道、宿、荷置き場、警固などの負担が大きくなり、周辺の市では商人や客が減ったため、維持に使っていた銭まで不足し始めている場合がある。
さらに商人たちは、単に楽市という名を目当てに移っているわけでもなかった。負担の軽さ、客の多さ、扱う品、道の状態、安全、宿、荷を置く場所。それらを合わせ、自分にとって商いやすい場所を選んでいる。最初は負担の違いをきっかけに移ったとしても、その後に商人や客が集まり、宿や蔵まで増えれば、今度はそうした条件自体が新しく人を呼ぶ理由になる。
三年前に俺が知りたかったのは、負担を軽くすれば人と物が増えるのかということだった。その問いに限れば、答えはもう出ている。
「若様。結局、上手くいったのでございますか?」
篠に尋ねられ、少し考えてから頷いた。
「上手くいったと思う。少なくとも、負担を軽くして商いへ入りやすくすれば、人と物が集まるということは分かった。そのために始めた三年なのだから、そこは成功と言ってよい」
ただし成功したからといって、そのまま同じ形を続ければよいわけではなかった。三年前には、一つの市だけ条件を変えた時に何が起きるのかを知りたかった。しかし三年続けたことで、一つだけ条件を変え続ければ何が起きるのかまで見えてきた。条件のよい市へ人と物が流れ、近くの市は相対的に不利になる。そこへさらに宿や蔵が増えれば、単に負担を元へ戻すだけでも、以前と同じ状態には戻らない。
ならば、また別の市を一つだけ選び、二年三年と同じことを繰り返す意味は薄かった。
「では、全ての市へ広げるのでございますか」
宗兵衛の問いには、すぐには頷かなかった。
「そこは父上と話す。六角が直接扱える市と、寺社や国人の権利が絡む市では事情が違う。それに、今まで取っていたものを全てなくせばよいという話でもないからな」
競うことそのものが悪いわけではない。市ごとに場所も扱う品も違い、便利な市へ人が集まることまで止めるつもりはなかった。ただ、六角が一つずつ順番に条件を変え、その順番によって有利不利が生まれ続けることには問題がある。
次も一つの市だけを選び、同じことを試す段階ではない。三年前に始めた試みから、次へ進むための材料はすでに得られていた。
*
父上へ三年間の結果を報告する評定には、六人衆も揃っていた。もともとは俺が続けてきた試みについて父上へ話すだけのつもりだったが、複数の市へ仕組みを広げるのであれば、最初から諸将にも聞かせておいた方がよいと判断したらしい。
広間には蒲生下野守、後藤但馬守、進藤山城守、三雲対馬守、目賀田次郎左衛門尉、平井加賀守が並んでいる。俺は父上に近い位置へ座り、弥太郎には三年間の結果とここ数日で集めた報告を持たせ、少し後ろへ控えさせた。自室で弥太郎や篠たちと話している時には、分からないことがあればその場で考え直せばよかった。しかし、こうして六人衆の前へ座ると、単に調べたことを話すだけでは済まないのだと改めて感じた。
「では、右衛門督。三年やった答えを申してみよ」
父上に促され、一度頭を下げた。二人だけなら四郎と呼ばれることも多いが、六人衆が並ぶこの場では右衛門督になる。その違いにはもう慣れているつもりだった。それでも公の場で官途名を向けられると、自分個人の考えではなく、六角の嫡男として答えなければならないという意識が自然と強くなった。
「はい。先に結論から申し上げまする。楽市の試みそのものには、続ける価値があると考えております」
まず三年間の変化を説明した。商人、客、扱われる品はいずれも増え、市の周囲にも宿や荷を扱う仕事が生まれている。以前から商っていた者の中には店を大きくした者もおり、新たに商いを始めた者もいた。負担を軽くし、市へ入りやすくしたことで人と物が集まるという点については、狙った通りの結果が出たと考えてよい。
後藤但馬守から随分迷いのない答えだと言われたが、そこについては曖昧にする必要もなかった。三年前に知りたかったことの一つには、確かに答えが出ている。
ただし、それで全てが上手くいったわけではない。
「この市だけを見れば成功と申してよいと思いまする。しかし、このまま一つの市だけ続けることには問題がございます」
そこで周辺の市について説明した。楽市へ移った商人や客がいること。商人が減ったことで、市を維持するために使っていた銭まで不足し始めている場所があること。一方で楽市側では、人と荷が増えたために宿や荷置き場が足りなくなり、道や橋の傷みが早くなっていること。治安や火事への備えも、以前と同じでは足りなくなりつつあること。
もちろん、全てを正確な数字として示せるわけではない。三年前には周囲の市について十分な記録を残しておらず、今見えている差の全てが楽市によって生まれたと断定することもできなかった。そこは先に断った上で、宗兵衛、篠、弥七が確かめてきたことと、俺自身が見聞きしたことを分けながら説明した。
「つまり、あちらを栄えさせた分、こちらが痩せたと?」
蒲生下野守の問いに、俺は全てが移ったわけではないと答えた。新しく商いを始めた者もおり、六角領内全体で見ても増えた部分はあると思われる。ただし、一つの市で商人が百人増えたとしても、その百人が全て新しく生まれた商人とは限らない。他所から移ってきた者がいる以上、その市の伸びをそのまま六角全体の伸びだと考えることはできなかった。
目賀田次郎左衛門尉は、市が互いに競うのは昔からのことであり、一方が栄えれば他方が衰えることもあると指摘した。それまで六角が気にしていては商いなど動かせないという意見だったが、その点については俺も同じ考えだった。
全ての市を同じ大きさにすることなどできないし、その必要もない。場所が違えば集まる品も客も違い、街道沿いの市と農村の中にある市では役割そのものが異なる。商人や客が自分にとって便利な場所を選ぶことまで止めたいわけではなかった。
「ただ、今回生まれた差には、商人や市が自ら作ったものだけではなく、六角が一方だけ条件を変えたことで生まれた部分がございます。こちらでは取らぬ、向こうでは取る。その状態で商人が条件のよい方へ動くのは当然にございます」
三年間で、商人たちが負担の違いをどれほど重く見ているのかは分かった。こちらだけ負担を軽くすれば、他所から人が集まる。それ自体は予想した通りだが、一度集まった商人が宿や蔵を増やし、さらに客を呼び込めば、後から隣の市を同じ条件に変えても、その差は簡単には埋まらない。
「今年は一つ、来年はもう一つと順に変えれば、最初の市だけが一年早く有利になります。その一年で商人や客が集まり、宿まで増えれば、翌年隣を同じ条件にしても、すでに別の差ができております。六角自身が、市ごとの有利不利を作り続けることになりかねませぬ」
後藤但馬守から、ではどうするつもりなのかと問われた。
「六角が直接扱える市については、広げるのであれば、原則として同じ時に条件を変えるべきかと考えております」
広間の空気が僅かに変わった。
これまでは一つの市で行った試みの結果について話していた。しかし今口にしたのは、複数の市の仕組みをまとめて変えるという提案だ。当然ながら、一つの市だけで済んでいた時とは影響を受ける者の数が違う。
平井加賀守が慎重な口調で口を開いた。
「右衛門督様。此度の一市だけでも、負担を軽くしたことで減った収入はございましょう。それを複数の市で一度に行えば、入らぬ銭も同時に増えますぞ」
加賀守の懸念はもっともだった。市銭を軽くした分、直接入ってくる銭が減るところはある。商人が増えれば別の形で収入が増える可能性はあるが、それが全ての市で同じように起こる保証はない。だからこそ今後は、どの負担を減らし、何を残すのかまで考えなければならない。
ただ、少しずつ変えればよいという意見については、今回の三年間で見えてきた問題もあった。
「一つずつ変えれば、その間にも商人が動きまする。三年続けた結果、条件のよい市へ人が集まり、その周囲では商人や客が減ることを確かめました。最初の市を一年早く変えれば、その一年分だけ人や物を集める機会を得ます。その後で隣を同じ条件にしても、すでに集まった商人や客まで同じように分かれるとは限りませぬ」
「ならば、全てを同時に変えれば差はできぬと?」
「いいえ。市そのものの場所、道、昔からいる商人、扱う品まで同じにはなりませぬ。ただ、六角が変える順番によって生まれる差は減らせると思いまする」
そこは混同してほしくなかった。
俺がしたいのは、市同士の競争をなくすことではない。六角が直接変えられる条件について、ある市だけを何年も有利にしておく必要はないのではないかという話だ。商人が集まる理由には、負担だけでなく立地や品揃え、安全、宿、道など様々なものがある。その違いまで六角が無理に揃えるつもりはなかった。
続いて三雲対馬守から、楽市にするというのは何も取らなくするつもりなのかと問われた。
「いいえ。三年前はできる限り負担を減らすことを先に考えておりました。ですが今回見直したところ、市で取っている銭の中には、道や橋の手入れ、夜警、火事への備え、揉め事を処理する者へ回っているものもございました。それまで一律になくせば、市を維持する仕事ができなくなりまする」
対馬守は頷いたが、では何をなくすのかと問いを重ねた。
「商いをするために必要とは思えぬ負担、同じ荷から幾度も理由なく取るもの、道を塞いで通るだけで求めるものは減らしたいと考えております。ただし、橋や渡しを実際に維持している者へ渡す銭まで、同じように扱うつもりはございませぬ。まず誰が、何のために取っているのかを確かめる必要があります」
父上が僅かに笑った。
「三年前とは随分変わったな」
「三年前は、銭を取る側を少し悪く考え過ぎておりました」
「少し、か?」
「……かなり、でございます」
広間に小さな笑いが起こった。
俺自身、三年前は商人から何かを取ること自体を、商いの妨げとして見過ぎていたように思う。実際、昔からの権利というだけで残っている負担もあるだろうし、同じ荷から幾度も銭を取れば商人は通りにくくなる。だが夜に盗まれ、橋が壊れ、火事が起きても誰も動かなければ、結局その市へ商人は来なくなる。何も取らないことだけが、商いやすい市を作るわけではなかった。
「言うのは簡単じゃ」
後藤但馬守が口を開いた。責めるというより、その先まで考えているのかと確かめるような声だった。
「これは必要、これは不要と誰が決める。取っておる側は皆、必要だと申すぞ。それに市銭や関銭を得ること自体が、昔からの権利である場合もある。不要だから明日から取るなと命じれば、必ず揉める」
その指摘も、もっともだった。実際に橋を維持している者がいる一方で、橋を直すこともなく、昔からの権利として銭を求める者もいるかもしれない。しかしどちらも自分たちの取り分を必要だと主張するだろうし、そこで得てきた収入を突然失えば、生活や家の経営に影響する者もいる。
単に帳面の上で不要と判断し、翌日から取るなと命じればよいわけではなかった。
「承知しておりまする。ただ、全てを同時に変えられるとは考えておりませぬ。まず六角が直接扱える市から進めたいと思います。寺社や国人の権利が絡む場所へ、同じ日に一律の命を出すつもりはございませぬ」
寺社が長く持ってきた権利を、六角が楽市を広げるという理由だけで取り上げれば、商いを良くする前に争いを増やすことになる。実際に担っている仕事もあるだろうし、その土地や人との結び付きもある。そこは何を残し、何を変えるのかを個別に話していかなければならない。
進藤山城守から、では寺社領はそのままにしておくのかと尋ねられたので、そうではないと答えた。道を塞ぎ、荷が通るたび幾度も銭を取ることで六角全体の物の流れを妨げている場所があれば、いずれ話をする必要があるだろう。ただし、直轄の市と同じ日に全てを同じ条件へ変えるのは無理がある。
できるところはまとめて改め、権利が複雑に絡むところは交渉する。そのような形になると説明すると、父上は指先で膝を軽く叩いた。
「二つ違うことを同時に言っておるな。直轄では揃えたい。寺社とは一つずつ話したい、と」
「そうなりまする」
「面倒じゃな」
「その通りにございます」
「そなたが言い出したのであろう」
呆れたような声だったが、父上の表情は険しくない。広間の空気も僅かに緩んだ。
「だが、筋は通っておる。三年試して商人が動くことは分かった。ならば、また別の一市で三年試す必要はあるまい」
父上はそこで石寺にも触れた。祖父上の御代から楽市として知られている石寺は、一つの手本になるだろう。しかし、あそこと同じ仕組みを領内の全ての市へそのまま広げればよいわけではない。土地も人も権利も異なる以上、三年間の試みで得たものを踏まえ、何を揃え、何を残すのかを考えなければならないという。
俺が頷くと、父上は姿勢を改めた。
「では、右衛門督。何処までを同じにし、何を残すのか。市ごとの違いをどう扱うのか。減る銭を何で補うのか。その案を作れ」
予想していた命令だった。それでも評定の場で正式に右衛門督として命じられると、自室で考えていた時とは違う重さがあった。
「承知いたしました」
「三年前に始めたのはそなたであろう。最後までやれ」
父上も許可したではないかと言い返しかけたが、ここでそんなことを口にしても仕事が減るわけではない。むしろ余計な小言が増えるだけだろう。
さらに父上は、六人衆へも役目を振り始めた。
後藤但馬守には、負担を軽くしたことで減る銭をどう補うか、商人の増加によって別の収入がどれほど見込めるかといったことを見てもらう。目賀田次郎左衛門尉には、六角が直轄する市で現在何を取っているのか、その使い道まで含めて洗うよう命じた。三雲対馬守には、寺社や国人が持つ市や関について、仕組みを改めようとした時に揉めそうな場所を先に拾わせるという。話を始めてから思いも寄らぬ権利が出てきたのでは困るため、事前に分かるものは確かめておく必要があるのだろう。
「但馬守、銭の話はそなたも見てやれ。右衛門督は商人が増えれば銭も勝手に増えると考えかねん」
「承知いたしました」
父上の言い方には少し不満もあったが、かつての俺ならそう考えていた可能性は十分にある。言い返すより先に、自分でも否定しきれないことへ気付いてしまった。
役目が次々に決まっていくのを見ながら、少し不思議な感覚を覚えた。俺が始めた話だったはずなのに、もう俺一人の仕事ではなくなっている。
だが、本来はそれでよいのだろう。六角領内全体に関わる仕組みを、俺と弥太郎、それに篠たち三人だけで調べて決める方がおかしい。六角にはすでに政を動かす者たちがおり、銭や市、国人、寺社について、俺より詳しい人間もいる。誰が何を知っているのかを把握し、必要な仕事を任せ、上がってきたものを比べる。その上で最後の判断に責任を持つことも、今後覚えなければならないのだろう。
全てを知ろうとすることと、全てを自分で調べることは違う。父上が一つずつ役目を振っていく様子を見ていると、その違いがよく分かった。俺が同じことをしようとすれば、また帳面を増やして机へ積み上げるところから始めていたかもしれない。
「右衛門督」
父上に呼ばれて顔を上げると、先ほどまでの笑みは消えていた。
「三年やって上手くいったからと、今度は領内全てが同じようになると思うな。場所が違えば人も違う。寺社もおれば国人もおる。昨日まで客の少なかった市が、負担を軽くした翌日から賑わうわけでもない。そなた自身が今申したことであろう」
「はい。承知しておりまする」
「ならよい。次は、試しではない。政になるぞ」
その言葉が、妙に胸へ残った。
これまでは一つの市で済んでいた。最初から試しだと周囲へ説明し、父上からもまずやってみよと許されて始めたものだった。上手くいかなければ元へ戻せばよいという気持ちも、俺の中にはどこかにあったのだろう。
だが複数の市へ広げれば、影響を受ける人間は一気に増える。
商人だけではない。市で銭を取っていた者、道や橋を守る者、宿を営む者、荷を運ぶ者、寺社、国人、そしてその市で物を買う領民まで関わってくる。一つの判断が誰かの利益となり、別の誰かの負担となる。減らした銭を何処から補うのか決めなければ、これまで市を維持してきた仕事まで失わせるかもしれない。
失敗した時に影響を受ける人間の数も、一つの市で試していた頃とは違う。父上の言った政になるという言葉は、失敗してはならないという意味ではないのだろう。どれほど考えても、全てを思い通りに動かせるわけではない。それでも判断する以上、その結果によって困る者が出た時には、何が起きたのかを確かめ、必要なら改めなければならない。
決めることだけでなく、決めた後に起きることまで引き受ける。父上は、そういう覚悟を求めているのだと思った。
*
評定を終えて自室へ戻る頃には、外はすでに暗くなり始めていた。冬が近付いた空は暗くなるのが早く、廊下の向こうには薄い藍色しか残っていない。弥太郎が抱えてきた紙を机へ置くと、その量を見て二人でしばらく黙った。
「増えましたな」
「言うな」
「若様が始められたことでございます」
「分かっておる」
以前なら、ここからさらに紙を増やしていたかもしれない。集まった報告を全て自分の帳面へ写し、分からないところがあれば篠たちへ調べさせ、自分の手元だけで答えを出そうとしていただろう。しかし今回は、すでに父上から役目を振られた者たちがいる。
後藤但馬守が銭を見て、目賀田次郎左衛門尉が直轄の市で何を取っているのかを調べ、三雲対馬守が寺社や国人との間で揉めそうな場所を拾う。それぞれが調べたものを全て自分で調べ直す必要はないし、そうしていてはいつまで経っても先へ進めない。
俺がするべきなのは、上がってきたものを比べ、何を同じにし、何を残すのかを考えることだった。
「若様。これも全部、帳面へ書かれるので?」
「いや。今回は全部を書き写すつもりはない。父上にまた怒られる」
「ようやく学ばれましたか」
「違う。今まで書き過ぎておったことに気付いただけじゃ」
弥太郎が笑ったので、俺も少しだけ笑った。
それでも、三年前の帳面だけはもう一度開いた。
最初の頁には、当時の俺が書いた目的が残っている。負担を軽くした時、市へ集まる人と物がどう変わるのかを見る。そのために始めた試みだった。
言葉自体は簡単で、その問いへの答えならもう出ている。商人が増え、客が増え、品が増えた。市の周囲には宿や荷を扱う仕事まで生まれたのだから、負担を軽くすることで商いが活発になるという考えそのものは、間違っていなかったのだろう。
ただ、その答えの先にあるものを、三年前の俺は知らなかった。
人が増えれば道が傷み、宿が足りなくなり、荷を置く場所や盗み、火事への備えが必要になる。条件のよい市へ商人が移れば、周囲の市から人と銭が減る。商人の負担を軽くすれば喜ばれるが、それまで取っていた銭で支えていた仕事までなくせば、市そのものが困る。何も取らないことと、商いのしやすい場所を作ることは同じではなかった。
三年前に知りたかった問いへの答えは単純だったのに、その答えを実際の政へ使おうとすれば、今度は考えなければならないことが幾つにも増えていく。
それでも、もう一度同じ三年間を繰り返す必要はない。試みが成功だったのか失敗だったのかと迷い続ける段階も、終わったのだと思う。
楽市にすれば、人と物は動く。その動きは一つの市の中だけでは終わらない。道を変え、周囲の市を変え、宿や荷運びの仕事を増やし、銭の流れまで変えていく。だから一つずつ順番に条件を変えれば、その順番そのものが市同士の有利不利を生むことがある。
次に仕組みを広げるなら、少なくとも六角が直接扱える市については、できるだけ同じ時から始めた方がよい。
「若様。次は何からなされるので?」
弥太郎に尋ねられ、机へ積まれた紙を見た。
「何を同じにするかを決めるところからじゃ」
「楽市にするのでは?」
「楽市と言っても、全部同じではないと分かったであろう。取らぬものを決めるだけでは足りぬ。残すものも決めねばならない」
道や橋、渡し、市で起きる揉め事を扱う者、夜警、火事への備え。それらを維持するために必要なものは市ごとに違う。どの仕事を誰が担い、どの費用を何処から出しているのかを知らなければ、負担を軽くすることもできない。さらに寺社や国人の権利が絡む場所については、こちらの考えだけで決められるわけでもなかった。
「また仕事が増えそうですな」
「もう増えておる」
弥太郎が笑い、俺も僅かに笑った。
ただ、三年前とは同じ笑いではなかった。
あの頃は、新しいことを試すこと自体が面白かった。前世で知っていた制度や考え方が、この時代でも通じるのか確かめたいという気持ちも、確かにあったと思う。自分の考えた通りに人や物が動けば、それだけで何か大きなことができたように感じていたのかもしれない。
今は少し違う。
知っている制度を持ってくることより、その制度をこの土地でどう使うのかを考える方が、ずっと難しいと分かり始めている。
六角直轄の市で余計な負担を一斉に軽くすると言うだけなら簡単だ。だが、その市を支える仕事まで止めるわけにはいかない。寺社や国人の権利が絡む場所には、命令だけでなく交渉も必要になる。減った銭をどう補うかも考えなければならず、一つの市では問題にならなかったことが、対象を増やせば一度に大きくなる可能性もある。
だからこそ、父上は六人衆へ役目を振ったのだろう。
俺一人の考えだけで決めるのではなく、それぞれの事情を知る者たちに確かめさせ、その上で判断する。三年前に試みを始めた時には、そこまで考えていなかった。いや、考えられるほど六角の政を知っていなかったという方が正しいかもしれない。
俺は三年前の帳面を閉じ、その横へ今日の評定で決まった役目を書いた紙を置いた。
あの頃に始めたのは、一つの市で答えを確かめるための試みだった。その答えはもう出ている。
これから必要なのは、同じことをもう一度試す方法ではない。そこで得た答えを六角の中でどう使い、何を変え、何を残していくのかを決めることだ。それは帳面へ数字を書き加えるだけでは済まない仕事になる。
評定の場で父上が俺を右衛門督と呼び、その上で告げた言葉を思い出した。
──次は、試しではない。政になるぞ。
その意味が、今なら少しだけ分かる気がした。
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