評定から数日が経つと、父上から役目を振られた者たちの報告が、少しずつ俺のところへ集まり始めた。後藤但馬守は、市から入る銭が六角側の収入へどの程度組み込まれているのかを調べ、目賀田次郎左衛門尉は直轄の市で何を理由に、誰がどれほどの負担を求めているのかを洗っている。三雲対馬守は寺社や国人の権利が絡み、こちらが手を入れれば揉めそうな場所を拾っていた。同じ「市銭」や「関銭」と呼ばれていても、その中身は驚くほど揃っていない。誰が取り、何を理由に取り、その銭を何へ使い、いつからその権利を持つようになったのか。届いた紙を読み重ねるほど、三年前には一つの言葉で括っていたものの中に、いくつもの違う仕組みが折り重なっていたことが見えてきた。
報告が増えるにつれ、俺の部屋へ出入りする者も自然と多くなった。使者から書状を受け取り、家ごとに分け、必要なものだけを机へ運んでくるのは弥太郎一人ではない。俺の側には以前から、蒲生、後藤、進藤、三雲、目賀田、平井といった重臣家から出された若い者たちも、小姓や近習として何人か控えている。家を継ぐ嫡男がすでに父親の側で役目を持っている家では、俺と年の近い次男や三男が出されることもあり、日によって顔ぶれに多少の違いはあっても、文を運び、客を取り次ぎ、馬や衣服の支度を整える者が周囲にいること自体は、幼い頃から当たり前の光景だった。
それでも、考え事の相手となると、どうしても弥太郎へ口を向けることが多い。別に他の者を遠ざけているつもりはないのだが、帳面を前に黙り込み、思い付いたことを脈絡もなく口にした時、「また増やされるので?」と遠慮なく返してくるのは弥太郎くらいだった。他の小姓たちとも日々顔を合わせ、仕事を任せることは増えているが、そこまで気を崩して話す関係にはまだなっていない。今日も二人の小姓が届いた紙を家ごとに仕分け、一人が読み終えたものを脇へまとめている。その少し離れたところで、俺と弥太郎は報告に出てくる銭を、誰が取るのか、何を理由に取るのか、何へ使われているのか、無くした時に何が起きるのかという順に見直していた。
最初の三つなら、記録を調べたり当人へ聞いたりすれば辿れるものも多い。厄介なのは最後だった。例えば、橋を渡る時に取られる一文だけを帳面で見れば、どこも同じ「橋銭一文」で終わる。ところが実際には、その一文を橋を直す木材や人足へ回しているところもあれば、昔からそこで銭を取る権利を持っているという理由だけで徴収を続けているところもある。紙の上では同じ一文でも、それを無くした後に橋が朽ちるのか、それとも誰も困らぬのかでは、意味がまるで違う。
「若様、こちらはどうなされます? 市へ入る商人から取っている銭ですが、額そのものは大きくございませぬ。ただ、使い道には夜回りと、市中で揉め事が起きた時に人を出すため、とございます」
弥太郎が紙の一か所を指で押さえた。俺も同じ欄を読み直し、すぐに消してよいものではないと判断する。
「これなら、取らぬようにする前に、その銭を無くして夜回りや揉め事の処理まで止まらぬかを見た方がよい。商人からすれば払わずに済む方が嬉しいだろうが、そのせいで夜に荷を盗まれるようになれば、今度は市そのものを避けるようになるかもしれぬ。三年前の俺なら、銭を取ることそのものを商いの邪魔と見ただろうが、どうも同じものとして扱うわけにはいかなそうだ」
口にしながら、机の上へ積まれた別の報告へ目を移した。三年前、一つの市で負担を軽くした時には、商人が払うものを減らせば、その分だけ手元へ銭が残り、商いをしやすくなると考えていた。それ自体は間違っていなかったし、実際に人も物も増えた。だが人が増えれば道は傷み、荷が増えれば置く場所が足りなくなり、泊まる者が増えれば宿も要る。夜まで人と荷が残るようになれば、盗みや火事へ備える者も増やさなければならない。負担を軽くして人を呼んだ先で、別のところへ新しい手間と銭が必要になる。帳面の上で一つを消せば、その分だけ仕組みが簡単になるわけではなかった。
次に弥太郎が差し出したのは、一つの荷から途中で二度銭を取っている例だった。一度目は街道途中の関、二度目は市へ入る直前。名目こそ違っているものの、記録に書かれた範囲では、どちらも荷を通すことそのものに対して取っているように見える。
「これは減らしたい。ただ、どちらを止めるかは紙だけで決めぬ方がよいな。弥七へ見せよう。片方が橋や渡しを守り、もう片方が街道を直しているのであれば、それぞれ残す理由はある。だが二つとも道を塞いで銭を取るだけなら、商人から見れば同じ荷で二度止められているだけだ。役目が重なっているなら片方を止めるか、仕事そのものを分け直した方がよい」
「名が違うから別の銭、では駄目ということで?」
「名より中身を見たい。逆に名が同じでも、やっていることが違えば分けて考えねばならぬだろう」
弥太郎が頷き、紙の端へ短く書き加えた。少し離れたところでは、後藤家から出ている若い小姓が読み終えた報告をまとめ、別の箱へ移している。以前なら、あれも後で自分の帳面へ一から写し直していただろう。今は弥太郎に整理を任せ、他の小姓にも仕分けや書状の受け渡しを任せるようになった。父上から、人を使うことを覚えろと言われ続けてきた影響もあるのだろう。ただし以前、弥太郎から「若様が御自分でなされていた仕事が、某へ移っただけでは」と言われたことがあるので、人へ任せることを覚えたと胸を張るには、まだ早い。
さらに紙を読み進めると、今度は額そのものより、誰が何処で、どの基準で取るのかが曖昧な場所が出てきた。昨日は一文だったものが今日は二文になり、顔見知りなら少なく済むのに、初めて通る者には多く求める。ここで払えば終わりかと思えば、少し先でも別の名目で止められる。そうした例が幾つも並ぶと、高いか安いかよりも、出発する時点でどれほど必要なのか見えないことの方が、商人には厄介なのではないかと思えてくる。
宗兵衛を呼ぶよう頼むと、すぐ側に控えていた小姓の一人が立ち上がった。反射的に腰を浮かしかけた弥太郎へ手を向けて止めると、こいつは妙に感心したような顔をした。
「お主はここにおれ。まだ見る紙がある」
「若様が、某以外の者へ使いを頼まれるとは」
「普段から頼んでおるだろう。何故今になってそんな顔をする」
「いえ、以前より自然になされたので、少々」
「余計なところを見ておらず、次を読め」
弥太郎は口元を押さえながら紙へ戻った。ほどなく宗兵衛が現れたので、俺は商人が銭を払うことそのものを嫌がるのか、それとも別に嫌う理由があるのかを聞いた。宗兵衛はすぐには答えず、少し首を傾けてから、全く払いたくないということではないだろうと話した。
「橋や渡しを使う、荷を置く、夜に荷を預ける。そのような時に銭を求められること自体は、商人もある程度承知しております。ただ、何処で幾ら必要になるのか分からぬ道は嫌われますな。出る前から必要な額を見込めるのであれば、多少高くても急ぐ荷なら使う者がおります。逆に、途中で何度止められ、最後まで幾ら取られるか分からぬ道は避けたがります」
「多少高くても使うのか」
「安ければ何でもよい、ということでもございませぬ。橋が壊れて渡れぬ、夜に荷を置く場所がない、見張りもおらぬとなれば、安くとも困ります。荷が遅れたり失われたりすれば、そちらの損の方が大きゅうございますから」
話を聞きながら、紙に並ぶ銭の額をもう一度見直した。前世なら対価だの仕組みだのと、もっと短い言葉へまとめられたのかもしれない。しかし今目の前にあるのは、橋を直す人足であり、渡し舟を動かす者であり、夜に荷を見張る者だ。商人も、銭を払うことそのものを一様に嫌っているわけではない。何のために払い、何処まで払えば終わるのかが見えないことの方に、不満が集まりやすいらしい。
「宗兵衛。次に商人へ聞く時は、安いか高いかだけではなく、何であれば払ってもよいと思うのかも聞いてくれ。橋、渡し、宿、荷置き場、夜警。何なら銭を出してでも使うのか。それから、何をされると別の道や市へ行きたくなるのかも分けて聞きたい」
「承知いたしました。六角が負担を改めるつもりだと話しても?」
「いや、そこまでは言わぬでよい。変える方向には進んでおるが、今ここで答えまで示せば、それに合わせた話ばかり集まるかもしれぬ。まず今どう見えているのかを聞いてくれ」
宗兵衛を送り出した後、今度は弥七を呼んだ。彼に見てもらいたいのは、銭を取っている場所と、そこで実際に何が行われているのかだった。橋銭を取っているにもかかわらず橋が朽ちたままなら、名目と仕事が合っていない。反対に、銭を取る代わりに壊れればすぐ直し、人馬が安全に通れる状態を保っているのであれば、一律に無くす理由は薄い。
弥七は持ってきた地図の一か所を指し、そこには増水するたび傷みやすい橋があり、集めた銭の一部で木を替え、人を出していると説明した。俺は橋の位置と周囲の道を見比べ、徴収そのものを止めるより、実際にどれほど取ってどれほど修繕へ回しているのかを確かめるよう頼んだ。そこまで追えないなら、まず橋の状態と修繕の頻度だけでもよい。
「それと、関を避けるため脇道へ入る者が増えた場所を、もう一度見てくれ。遠回りしてまで避けるなら、それだけの理由があるはずだ」
「銭が高いから、だけではないかもしれぬと?」
「ああ。止められる時間が長いのかもしれぬし、荷を細かく改められることを嫌っているのかもしれぬ。脇道の方がかえって歩きやすいことだってある。関が嫌われているという一言だけでは、何を改めればよいのか分からぬからな」
弥七を送り出し、最後に篠を呼ばせた。その間にも小姓の一人が冷めた湯を替え、父上のところから回ってきた別の文を机の端へ置いていく。俺が何かを頼めば誰かが動き、必要なものがいつの間にか揃う。それが幼い頃から続く日常だったため、これまでわざわざ意識したことは少なかった。だが、自分で抱え込むものを少しずつ減らし始めたせいか、最近は周囲がどのように動いているのかまで目へ入ることが増えていた。
「随分、嫌われそうなお仕事でございますね」
部屋へ入ってきた篠は、俺が口を開くより先にそう言った。
「まだ何も頼んでおらぬぞ」
「机の上に並んでいる紙と、若様のお顔を見れば、大体は」
「……人を見るのがお主の役目だから仕方ないか」
これ以上抗っても無駄だと諦め、市を管理する者、夜警をする者、橋や渡しを守る者の側を見てほしいと頼んだ。これまで俺は、銭を取られる商人の側から話を聞くことが多かった。しかし取る側にも家があり、その役目によって暮らしている者がいる。昔からの権利へぶら下がっているだけの者もいるかもしれないが、最初から全員をそうだと決めれば、今度はこちらが自分に都合のよいものしか見なくなる。
「銭を取れなくなれば、仕事を止めると申す者もいるかもしれませぬ」
「こちらを困らせるために、か?」
「そういう者もいるでしょう。ただ、本当に続けられなくなる者もおります。夜回りへ出る者に米を渡し、人足を雇う銭をそこから出しているのであれば、取れなくなった後に何処から出すのかを決めねばなりませぬ」
返された言葉に、机の上の一枚へ視線が落ちた。取られる側ばかり見ていた。そう口にすると、篠は責めるでもなく小さく頷いた。
「なら、見てまいります」
「頼む。ただ、誰が悪いのかを決めるためではない。今何をしておるのか、その銭が無くなれば何が止まるのか、それで暮らしている者がいるなら、どの程度頼っているのかも知りたい」
「承知いたしました。そこまで見た上で、若様が面倒な顔をなさればよろしいのですね」
「お主は一言多い」
篠まで送り出すと、それまで絶えず人の出入りが続いていた部屋が少し静かになった。弥太郎が茶を入れ直し、残っていた小姓たちも読み終えた紙を持って一度廊下へ下がる。障子の向こうから入る光はもう低く、冬の近い風が時折紙を僅かに震わせた。
そこへ、廊下の向こうから軽い足音が近付いてくる。
「兄上、まだ紙と睨み合っておられるのですか。朝にも同じような姿を見た気がいたしますが、それからずっと座っておられるわけではございますまいな」
襖の外から聞こえた声に顔を上げると、僅かに開いた隙間から義定が顔を覗かせた。稽古へ向かう途中らしく身軽な格好をしており、その後ろには義定に付いている若い者が二人控えている。
「必要なものを見ておるだけだ。それより馬場へ行く途中なら、わざわざこちらを覗いておらず早く行け」
「某なら、朝から夕まで紙を見るくらいなら馬に乗っていた方がよろしいと思っただけです。兄上も少し身体を動かされた方が、頭もすっきりするのではございませんか?」
「余計なお世話だ。お主はお主の稽古をしてこい」
「はいはい。では兄上は、その紙に負けぬよう頑張ってください」
楽しそうに笑った義定は、それ以上部屋へ入ってくることもなく、後ろの若者たちを連れて廊下の向こうへ消えていった。足音が遠ざかってから弥太郎を見ると、こちらへ妙な視線を向けている。
「何だ」
「いえ。義定様の仰ることも、たまにはもっともだと思いまして。若様、今日はほとんど動いておられませぬ」
「お主まで言うな。これが片付いたら歩く」
「その言葉、昼にも聞いたような気がいたします」
「聞かなかったことにしろ」
弥太郎が笑い、俺も机へ目を戻した。義定はただ馬場へ向かう途中に顔を出しただけだ。弟には弟の一日があり、その側にも彼に付く者たちがいる。城で暮らしていれば、こうして何でもない時に顔を合わせる。それ以上の意味はなかった。
数日後、宗兵衛、弥七、篠の報告が揃った。
宗兵衛が集めてきた話では、商人が嫌がるのは負担の大きさだけではなかった。途中で何度止められるか分からないこと、払ったところで何が得られるのか見えないこと、昨日と今日で額が変わること。反対に、橋が整い、渡しが使え、荷を安全に置けると分かっている場所なら、一定の銭を求められても利用する者はいるという。弥七からも、橋銭を取っている場所の中には、実際に修繕へ人を出しているところと、ほとんど手を入れていないところがあるという報告が上がった。
そして篠が持ち帰った話が、一番扱いに困った。
「市から取る銭を無くされれば、夜回りを減らさざるを得ぬと申しております。若様が最初に考えておられたような、銭を残すための脅しではなさそうです。見回る者へ渡す米や銭を、市から入るものの一部で賄っておりますから、それが消えれば他から出さぬ限り続けられぬ、と」
「やはり、そういうところはあったか」
「橋を守る者からも似た話が出ました。ただ別の場所では、銭を取っているにもかかわらず、何をしているのか尋ねても明確な答えが返ってこなかったそうです。それから――昔からその銭を取ることで暮らしてきたので、権利を無くされれば困ると申す者もおりました」
「仕事をしておらぬのに?」
思わず口から出た言葉に、篠の視線がこちらへ向いた。
「若様。仕事をしていないことと、その銭で暮らしていないことは別です」
返す言葉が止まった。何の仕事もしていないなら止めればよい。仕組みだけを見れば、それで済む。だが、その権利から入る銭で家族を養っている者にとって、こちらが「不要」と決めることは、そのまま明日から暮らしを失うことに繋がる。だからといって、荷を止めて銭を取るだけの仕組みを、その家が困るという理由だけで残し続けることも出来ない。
俺は篠の報告書を机へ置き、少しの間その箇所を見た。止めるか残すかという二つだけでは足りない。役目が必要なら、その役目と権利を結び直す。役目が無いなら、その権利をいつまで、どのように終わらせるのかを考える。全員を六角が養うことは出来ない以上、綺麗に収まる答えなど無い。それでも、暮らしがあることを見ないまま「不要」と線を引くのは違う。
そこから、評定へ持っていく案の形が見え始めた。全てを無くすのでも、全てを残すのでもない。少なくとも直轄の市については、商いを妨げるだけで、それに対応する役目が見つからないものは廃する。橋や渡し、夜警、火事への備え、市の管理など、実際の仕事へ結び付いているものは残す。そして役目そのものは必要でも、誰が何のためにどれほど取るのか曖昧なものは、役目と負担の関係を改める。
「弥太郎。父上へ、評定をお願いしたいと伝えてくれ。ようやく、何を決めてもらいたいのかまでは整理出来た」
「案がまとまったということでよろしいのでは?」
「違う。答えが全部出たわけではない。何処までなら今決められて、何処から先はまだ分からぬのかが見えただけだ」
「某には、それをまとまったと申すように聞こえまする」
「お主に説明し始めると、また話が長いと言われそうだからもうよい。父上へ頼んでこい」
弥太郎は納得していない顔をしたまま立ち上がった。その後ろでは、小姓の一人が篠たちの報告を家ごとにまとめ、机の上には廃するもの、残すもの、改めるものと分けた紙が並んでいる。三年前に楽市を始めた時には、こんな分け方をすることになるとは考えてもいなかった。
*
評定が開かれたのは、それから二日後だった。
前と同じく六人衆が揃い、俺の後ろには弥太郎が控えている。そのさらに後ろには、評定で使う紙を持った小姓が二人いた。一人は重臣家から出された若者で、もう一人も俺とそう年の離れていない者だ。普段なら俺自身ほとんど意識しない位置に控えているが、紙を求めればすぐ必要なものを差し出し、使番を呼べと言われれば動く。こうした公の場では、弥太郎一人が俺の身の回り全てを担っているわけではないことがよく見える。
今日決めるのは、三年間の結果が良かったか悪かったかではない。目の前にあるのは、直轄の市で取られている銭と、その役目についてまとめた紙だった。土地によっては使い道を最後まで追い切れなかったものもあり、全てが分かったわけではない。それでも、少なくともどの順で見ればよいのかは揃えられた。
「では、右衛門督。案は出来たか」
上座の父上に呼ばれ、俺は一礼してから口を開いた。
「はい。完全とは申せませぬが、直轄の市については三つに分けて扱いたいと考えております。廃するもの、残すもの、改めるものにございます。まず廃するものは、商いや通行を妨げるだけで、それに見合う仕事が確認出来ないもの。同じ荷から似た理由で幾度も取っているもの。それから道を塞いで銭を取っているもののうち、橋や道の維持などと結び付いていないものを考えております。ただし、一度尋ねて答えが出なかったから不要と決めるつもりはございませぬ。今取っている者へ役目を聞き、記録があれば調べ、実際にその仕事が行われているかまで確かめた上で、それでも『昔から取っている』という理由しか残らぬものを止めたいと思いまする」
「昔から、では足りぬと申すか」
後藤但馬守がすぐに問いを挟んだ。
「昔から続いていること自体には理由があるかもしれませぬ。ただ、その理由が今も残っているのかは別だと思っております。橋があったから取り始めた銭なのに、今は橋を直さず銭だけを取っているのであれば、昔と今では中身が違いまする」
但馬守は僅かに目を細めただけで、それ以上は口を挟まなかった。代わって蒲生下野守から残すものを尋ねられ、橋や渡しの維持、夜警、火事への備え、市で起きた揉め事を処理する者、荷を置く場所の管理など、実際に商いを支える仕事へ結び付く負担を挙げた。
「ただし、残すから今まで通りでよいという意味ではございませぬ。取るのであれば、何のために取るのかを明らかにし、その代わりとなる役目も果たしてもらいたいと思います。橋銭を取るなら橋を保ち、市を守るための銭なら夜警や火事への備えを続ける。少なくとも、六角側が何に対してその徴収を認めているのかは分かる形にしたいのです」
「商人一人一人に理由を知らせるのか」
目賀田次郎左衛門尉の問いに、俺は首を横に振った。
「そこまで細かく告げる必要はないと思います。ただ、橋を渡るための銭なのか、市へ入るための銭なのか、その程度の違いすら取る側によって変わるのでは困りまする。後で仕事を果たしていないと判断するにも、何をする代わりに取ると認めたのかが分からなければ、こちらも責任を問えませぬ」
三つ目は、役目そのものは必要でも、取る額や条件が曖昧なものだった。昨日は一文、今日は二文、知り合いなら少なく、余所者なら多い。そのような取り方は改める。また、仕事自体は必要でも、一つの荷から似た理由で何度も取る形になっているのであれば、役目を分けるか、徴収を一つへまとめる。
俺が説明を終えると、広間に短い沈黙が落ちた。後ろで紙を持つ小姓が僅かに姿勢を直す衣擦れだけが聞こえる。
「右衛門督様。一つよろしいでしょうか」
平井加賀守が声を上げた。
「はい」
「銭を取ることで暮らしている者はどうされる。役目がないと判断され、その権利を止められれば、そこから入っていた銭も無くなりますぞ」
「そこは、まだ全ての答えを出せておりませぬ。止めるべきものまで、暮らしている者がいるという理由だけで残せば、いつまでも変えられません。しかし、明日から取るな、後は知らぬというのも違うと思っております」
全員を六角が養うことなど出来ない。ならば、今持っている権利と、必要な仕事を結び直せないかを考えている。例えば、これまで道を通る荷から銭を取っていただけの者がおり、その道に実際に手入れが必要なのであれば、今後は道を守る役目を負わせ、その代わりに一定の銭を取ることを認める。それが出来ないなら別の役目を考える。何もせず、昔からという理由だけで銭を取り続ける形は減らしたい。
「都合良く役目が見つかるものか?」
進藤山城守の問いには、すぐ首を横に振った。
「全てには見つからぬと思います。その場合にどうするかは、まだ決め切れておりませぬ。ですから、役目が無いと分かったものをその場で全て取り上げるのではなく、改めるまでに時を置き、その間に何処まで別の仕事へ移せるのかも見たいと思います」
「そこで止まるか」
「分からぬものまで、分かったとは申せませぬ」
父上の口元が僅かに動いた。
「それでよい。続けよ、右衛門督」
「はい。ただ、一度に権利を取り上げず時を置けば、その間に反対する者が集まることも考えられます。ですが、急いで変えたために市を守る者や橋を直す者までいなくなれば、本来減らしたかった不便をこちらから増やすことになります。まず何を失う者がいるのかを見た上で、譲れるところと譲れぬところを分けたいと思いまする」
後藤但馬守が、猶予を置けば反対する者へ準備の時間を与えると指摘した。確かにその危険はある。素早く変え、抵抗する前に形を作ってしまうという考え方も分かる。それでも、相手が何故反対するのかさえ分からないまま命じれば、こちらが必要なものまで壊す恐れがある。
「理由が分かれば従う、と考えているのか」
「従わぬ者は従わぬでしょう。ただ、何故反対するのかが分かれば、こちらも譲れるところと譲れぬところを分けられます。銭が欲しいだけなのか、その銭が無ければ仕事を続けられぬのかでは、同じ反対でも扱いは変わると思います」
但馬守はしばらく黙り、それ以上は何も言わなかった。
「商人だけを見ておるわけではなさそうじゃな」
父上が口を開いた。
「以前よりは、そのつもりにございます」
「以前より、では困るぞ。そなたがやろうとしておるのは、商人に銭を残すだけではない。銭を取っておった者の暮らしを変え、市を守る者の役目を変え、場所によっては寺社や国人の権利にも触れる。商人が喜んだだけで成功と思うてはならぬ」
「承知しておりまする。だからこそ、まず直轄から始めたいと思っております。六角が自分で扱えるところすら整理出来ぬうちに、寺社へ変われとは申せませぬ」
三雲対馬守も、その順序には頷いた。寺社側は場所によって事情が大きく違い、市銭や関銭が寺そのものの収入だけではなく、周囲への施し、堂宇の修繕、祭礼などへ回っているところもあるという。俺の案を表面だけ見て当てはめれば、思っている以上に多くの者へ影響が出る。さらに寺社の持つ関を一様に商いの妨げと呼べば、六角が寺社の権利を奪い始めたと受け取る者も出るだろう。
「そこまで一度に相手を増やす必要はないな。右衛門督、まず直轄を整えよ。寺社を放っておけという意味ではない。自分の足元も整えぬまま、そなたらのやり方は悪いと申しても説得力がなかろう。直轄でどう変わるかを見せれば話もしやすい。失敗すれば、寺へ余計な口を出さずに済むしな」
「父上。最後だけは余計ではございませぬか」
「冗談じゃ」
どう考えても半分ほどは本気だと思ったが、評定の場で言い返すのは止めた。後ろでは弥太郎が僅かに顔を伏せ、そのさらに後ろで紙を持つ小姓まで視線を下げている。肩が動いていないだけましだと思うことにした。
その後は、実際にどこまでを共通の決まりにするのかを詰めていった。市ごとに取る額まで一律にする案は早々に外れた。橋の長さも、渡しに必要な舟の数も、夜警へ出す人数も違う以上、必要になる銭まで同じにする方が不自然だからだ。代わりに揃えるのは、何に対して取るのかを定めること、同じ理由では重ねて取らせないこと、銭を取るのであれば定められた役目を果たすこと、そして役目が失われた時には「昔から」という理由だけで徴収を続けないこと。その方向なら、土地ごとの違いを残したまま、六角として同じ基準を持てる。
「では、開始はいつにする」
進藤山城守から尋ねられ、俺は目の前の紙へ視線を落とした。以前なら出来るだけ早く、全て同じ日に始めたいと答えただろう。先日の評定でも、一つずつ始めれば順番そのものが市の有利不利を生むと話している。だが、日を揃えることばかり優先すれば、その日に間に合わせるために、何を残し何を止めるのかという確認を雑にするかもしれない。
「全ての直轄市について、残すものと改めるものを一度洗ってからにしたいと思いまする。今はまだ日を決めませぬ。ただし、一つずつ順に始めるつもりもございません。準備が揃ったところで、出来る限り近い時期にまとめて始めたいと思います」
父上が頷いた。
「それでよい。日を揃えるために中身を疎かにするな。右衛門督、そなたは形が見えると早く動かしたがる。今回は待つことも仕事と思え」
痛いところを突かれ、俺は素直に頭を下げた。
「承知いたしました」
評定が終わる頃には、窓の外から入る光が随分と傾いていた。全てが決まったわけではない。むしろ、誰の権利をどう改めるかという厄介なところはこれから残っている。それでも「楽市を広げる」という一言しかなかったものが、ようやく命じられる形へ近付いていた。机の上から片付けられていく紙の中で、「廃す」「残す」「改める」と書き分けた三枚だけが最後まで残り、俺は広間を出る前にもう一度その文字を見た。
*
自室へ戻る頃には、外はすでに薄暗くなっていた。弥太郎が評定で使った紙を机へ置き、後ろから付いてきた二人の小姓へ、残りを種類ごとに分けるよう頼んでいる。以前なら俺も横から一枚ずつ確認していただろうが、今日は口を挟まず、冷えた指先を温めるように茶碗を両手で包んだ。小姓たちは慣れた手付きで紙を分け、確認の必要なものだけを弥太郎へ渡すと、一礼して部屋を出ていく。
襖が閉じ、ようやく部屋が静かになったところで、弥太郎が一枚の紙を持ち上げた。
「若様。一つ聞いてもよろしいですか」
「珍しいな。いつも勝手に聞くではないか」
「では勝手に聞きまする。結局、楽市とは何なのでございます?」
「……随分大きなことを聞くな」
「若様が三年もなさっているので、御存じかと思いまして」
「三年前より、簡単には答えられなくなった」
そう返すと、弥太郎は少し眉を寄せた。
「それでは三年かけて何をなさっていたので?」
「待て。今の言い方だと、三年間何もしていなかったように聞こえるぞ。最初は商人から余計な負担を減らせば、それで市は動きやすくなると思っていた。実際、それで人も物も増えた。だが増えたからこそ、橋や道、夜警や荷置き場まで足りなくなった。今は、何も取らぬことより、何を残せば市そのものが動き続けるのかを見る必要があると思っておる」
「では、今日の評定で御屋形様にそう仰ればよろしかったのではございませぬか。随分分かりやすいと思いますが」
「父上にそんなことだけを言えば、『では具体的にどうする』と返される」
「今日、随分具体的に話されていたような」
「まだ足りぬと言われるに決まっておる」
「それは、まあ……そうかもしれませぬな」
「お主はどちらの味方なんだ」
弥太郎は答えず、笑いながら紙を重ねた。その時、廊下の向こうを何人かが通っていく足音がし、混じって聞こえた声は義定のものだった。今度は部屋を覗くこともなく、側に付いている若者たちと何かを話しながら、そのまま通り過ぎていく。昼間は馬場へ向かう途中だったのだから、今は稽古を終えて戻るところなのだろう。
俺は茶を一口飲み、机へ視線を戻した。評定で使った紙は弥太郎がすでにほとんど片付けていたが、「廃するもの」「残すもの」「改めるもの」と書いた三枚だけは、まだ目の前に置かれている。以前なら、真っ先に手を伸ばしたのは間違いなく「廃するもの」だっただろう。余計な負担を減らす。その言葉の分かりやすさは今でも変わらない。
だが手が伸びたのは、その隣だった。
俺は「残すもの」と書いた紙を引き寄せ、橋、渡し、夜警、火事への備えと並ぶ文字の下へ、まだ空いたままの余白をしばらく眺めた。机の端では灯明の火が小さく揺れ、その光に紙の影がゆっくり動いていた。
一話の文字数はどのぐらいが読みやすいですか?
-
このまま
-
5000文字前後
-
15000文字前後
-
1~5000文字