第四十五話「残すもの」
評定から数日が経つと、父上から役目を振られた者たちの報告が、少しずつ俺のところへ集まり始めた。後藤但馬守は市から入る銭が六角の収入へどの程度組み込まれているのかを調べ、目賀田次郎左衛門尉は直轄の市で何を理由に、誰がどれほどの負担を求めているのかを洗っている。三雲対馬守が受け持つのは、寺社や国人の権利が絡み、こちらが手を入れれば揉めそうな場所だった。同じ市銭や関銭という名で呼ばれていても、徴収する者も理由も、使い道も異なる。いつからその権利を持つようになったのかまで含めれば、事情はさらに複雑になった。届いた書状を読み重ねるうちに、三年前には一つの言葉で括っていたものの中に、幾つもの異なる仕組みが折り重なっていることが分かってきた。
報告が増えるにつれ、俺の部屋へ出入りする者も多くなった。使者から書状を受け取り、家ごとに仕分け、必要なものを机へ運ぶのは弥太郎一人ではない。俺の側には以前から、蒲生、後藤、進藤、三雲、目賀田、平井といった重臣家から出された若い者たちが、小姓や近習として何人か控えている。嫡男がすでに父親の側で役目を持っている家からは、俺と年の近い次男や三男が出されることもあり、日によって顔ぶれに多少の違いはあった。それでも、文を運び、客を取り次ぎ、馬や衣服の支度を整える者が周囲にいること自体は、幼い頃から当たり前の光景だった。
仕事を任せる機会も、以前より増えている。ただ、考え事の相手となると、どうしても弥太郎へ口を向けることが多かった。別に他の者を遠ざけているつもりはないのだが、帳面を前に黙り込み、思い付いたことを脈絡もなく口にした時、遠慮なく嫌そうな顔をするのは弥太郎くらいだ。他の小姓たちとも日々顔を合わせ、互いの気性を知り始めてはいるものの、そこまで気を崩して話す間柄にはまだなっていない。
今日も二人の小姓が届いた紙を家ごとに仕分け、別の一人が読み終えたものを脇へまとめていた。その少し離れたところで、俺と弥太郎は報告に記された銭を、誰が取るのか、何を理由に取るのか、何へ使われているのか、そして無くした時に何が起きるのかという順に見直していた。
最初の三つなら、記録を調べたり当人へ尋ねたりすることで辿れるものも多い。厄介なのは最後だった。例えば橋を渡る時に取られる一文だけを帳面で見れば、どこも同じ橋銭一文で終わる。しかし実際には、その一文を橋の修繕に必要な木材や人足へ回しているところもあれば、昔から徴収する権利を持っているという理由だけで取り続けているところもある。額は同じでも、徴収を止めた後に橋が朽ちるのか、それとも何も変わらないのかでは意味が違う。
弥太郎が差し出した書状には、市へ入る商人から取る銭の使い道として、夜回りと市中の揉め事を収める者への支払いが記されていた。額そのものは大きくないものの、これを単に商いの妨げだとして無くせば、必要な仕事まで止まる恐れがある。
「これはすぐには廃せぬな。銭を取らなくした後、夜回りをどう続けるのかを先に考える必要がある」
「商人にとっては、払わずに済む方が有り難いのではございませぬか」
「そうだろう。だが、そのせいで夜に荷を盗まれるようになれば、今度は市そのものを避けるやもしれぬ」
弥太郎が頷き、書状の端へ短く注記を加えた。
三年前、一つの市で負担を軽くした時には、商人が払うものを減らせば、その分だけ手元に銭が残り、商いをしやすくなると考えていた。それ自体は間違いではなかったし、実際に人も物も増えている。だが人が増えれば道は傷み、荷が増えれば置き場が足りなくなり、泊まる者が増えれば宿も必要になる。夜まで人と荷が残るようになれば、盗みや火事への備えも増やさなければならない。負担を軽くして人を呼んだ先で、別のところへ新しい手間と銭が必要になる。帳面から徴収の項目を一つ消したところで、市を支える仕組みまで簡単になるわけではなかった。
次の報告には、一つの荷から途中で二度銭を取っている例があった。一度目は街道途中の関、二度目は市へ入る直前である。名目こそ異なるものの、記録に書かれている範囲では、どちらも荷を通すことに対して求めているように見えた。
俺はその紙を弥太郎へ戻し、弥七にも確かめさせるよう伝えた。片方が橋や渡しを守り、もう片方が街道を直しているのであれば、それぞれ残す理由はある。しかし両方とも道を塞いで銭を取るだけなら、商人から見れば同じ荷で二度止められているに過ぎない。役目が重なっているのなら、どちらかを止めるか、仕事そのものを分け直すことも考えられる。
「名が違えば別の銭、というわけにはいかぬのだな」
「逆に名が同じでも、果たしている役目が違うこともある。何と呼んでいるかより、中身を見なければならぬらしい」
弥太郎は納得した様子で紙を仕分けた。
少し離れたところでは、後藤家から出ている若い小姓が読み終えた報告をまとめ、別の箱へ移している。以前なら、あれも後で自分の帳面へ一から写し直していただろう。今は弥太郎に整理を任せ、他の小姓たちにも仕分けや書状の受け渡しを頼むようになった。父上から人を使うことを覚えろと言われ続けてきた影響もある。ただし以前、弥太郎から、若様が御自分でなさっていた仕事がこちらへ移っただけではないか、と指摘されたことがある。人へ任せることを覚えたと胸を張るには、まだ早いのかもしれない。
さらに報告を読み進めると、徴収する額より、誰が何処で、何を基準に取っているのかが曖昧な場所も出てきた。昨日は一文だったものが今日は二文になり、顔見知りなら少なく済むのに、初めて通る者には多く求める。ここで払えば終わりかと思えば、少し先で別の名目によって止められる。そうした例が並んでいるのを見ると、高いか安いかよりも、出発する時点で必要な銭を見込めないことの方が、商人にとっては厄介なのではないかと思えてきた。
宗兵衛を呼ぶよう頼むと、すぐ側に控えていた小姓の一人が立ち上がった。反射的に腰を浮かしかけた弥太郎を手で制し、そのまま使いを任せる。
「弥太郎はここにおれ。まだ見る紙がある」
「若様が、某以外の者へ自然に使いを頼まれるとは」
「普段から頼んでおるだろう。何故今になってそんなことを申す」
弥太郎は少し感心したような顔をしていたが、追及する気にはなれなかった。どうせ碌な返事は返ってこない。それより今は、確認したいことが幾つも残っている。
ほどなく現れた宗兵衛へ、商人は銭を払うことそのものを嫌がるのか、それとも別の理由があるのかを尋ねた。宗兵衛は少し考えてから、商人が全ての負担を嫌っているわけではないだろうと答えた。
「橋や渡しを使い、荷を置き、夜に預ける。そのために銭を求められること自体は、商人もある程度承知しております。ただ、何処で幾ら必要になるのか分からぬ道は嫌われますな。出る前から必要な額を見込めるのであれば、多少高くとも急ぐ荷なら通る者がおります」
安ければ何でもよいわけではないという。橋が壊れて渡れず、夜に荷を置く場所も見張りもないのであれば、銭を節約出来たところで意味は薄い。荷が遅れたり失われたりすれば、そちらの損の方が大きくなるからだ。
宗兵衛の説明を聞き、手元の報告を改めて眺めた。前世なら対価や仕組みといった言葉で簡単に括っていたかもしれないが、今そこにあるのは橋を直す人足であり、渡し舟を動かす者であり、夜に荷を見張る者だった。商人も銭を払うことを一様に嫌っているわけではない。何のために払い、何処まで払えば終わるのかが分からないことへ、不満が集まりやすいらしい。
「宗兵衛。次は安いか高いかだけでなく、何であれば銭を払ってもよいと思うのかを聞いてくれ。橋、渡し、宿、荷置き場、夜警。その反対に、何をされると別の道や市へ移りたくなるのかも知りたい」
「六角が負担を改めるつもりだと話してもよろしいので?」
「いや、今はまだよい。こちらがどう変えるつもりなのかを先に示せば、それに合わせた話が増えるかもしれぬ。まずは商人が今どう見ているのかを聞いてくれ」
宗兵衛を送り出した後、今度は弥七に地図と報告を渡した。彼に確かめてもらいたいのは、銭を取っている場所と、そこで実際に行われている仕事だった。橋銭を取っているにもかかわらず橋が朽ちたままなら、名目と仕事が合っていない。反対に、壊れればすぐ直し、人馬が安全に通れる状態を保っているのであれば、一律に無くす理由は薄い。
弥七は地図の一か所を指し、増水するたび傷みやすい橋があり、集めた銭の一部で木を替え、人を出していることを説明した。俺はその橋の位置と周囲の道を見比べ、実際にどれほど取って、どれほど修繕へ回しているのかを確かめるよう頼んだ。そこまで追えないなら、橋の状態と修繕の頻度だけでも構わない。
さらに、関を避けて脇道へ入る商人が増えた場所についても調べてもらうことにした。遠回りしてまで避けるのであれば、何か理由があるはずだ。取られる銭が高いのか、止められる時間が長いのか、荷を細かく改められることを嫌っているのか。あるいは脇道の方が歩きやすいことさえあるかもしれない。関が嫌われているという話だけでは、何を改めればよいのか判断出来なかった。
最後に篠へ頼むのは、銭を取る側の事情だった。市を管理する者、夜警をする者、橋や渡しを守る者。これまでは商人の不満や、商いをする側の都合を中心に聞いてきたが、取る側にも家があり、その役目によって暮らしている者がいる。昔からの権利へ頼っているだけの者もいるだろう。しかし、最初から全員をそうだと決めて掛かれば、今度はこちらが都合のよいものしか見なくなる。
「随分、嫌われそうなお仕事でございますね」
話を聞いた篠は、少し面白そうに笑った。
「誰が悪いのかを決めるためではない。今どんな仕事をしておるのか、その銭が無くなれば何が止まるのかを見たいのだ」
「銭を取れなくなれば仕事を止めると申す者もいるでしょうね。本当に続けられなくなる者もおりますし、困らせるためにそう申す者もおりましょう」
「そこを分けてほしい。夜回りへ出る者に米を渡し、橋を直す人足を雇う銭をそこから出しているのであれば、止める前に別の手当てを考えねばならぬ」
篠が頷く。どの程度その収入に頼っているのかまで分かれば有り難いが、無理に数字を出す必要はないとも付け加えた。必要なのは、徴収を無くした時にどのような影響が出るのかを知ることだった。
三人を送り出すと、それまで絶えず人の出入りがあった部屋も少し静かになった。弥太郎が茶を入れ直し、残っていた小姓たちも読み終えた紙を持って廊下へ下がる。障子の向こうから差す光はすでに低く、冬の近い風が紙の端を僅かに震わせていた。
そこへ、廊下の向こうから軽い足音が近付いてきた。
「兄上、まだ紙と睨み合っておられるのですか。朝にも同じ姿を見た気がいたしますが、まさかそれからずっと座っておられるわけではございますまいな」
声とともに襖の隙間から顔を覗かせたのは義定だった。稽古へ向かう途中らしく身軽な格好をしており、後ろには義定に付いている若い者が二人控えている。
「必要なものを調べておるだけじゃ。それより馬場へ行く途中なら、わざわざこちらを覗かず、早く行け」
「朝から夕まで紙を見るくらいなら、馬に乗っていた方がよろしいと思っただけです。兄上も少し身体を動かされた方が、頭がすっきりするのではございませんか」
言いたいことだけ言って、義定は楽しそうに笑った。最後には紙に負けぬよう頑張ってほしいとまで言い残し、付き従う若者たちとともに廊下の向こうへ消えていく。言い返す暇もなかった。
足音が遠ざかってから弥太郎を見ると、妙に納得した顔をしている。
「何だ」
「いえ。義定様の仰ることも、たまにはもっともかと。若様、今日はほとんど動いておられませぬ」
「これが片付いたら歩く」
「その御言葉、昼にも聞いたような気がいたします」
「聞かなかったことにしろ」
弥太郎が笑い、俺も机へ目を戻した。義定はただ馬場へ向かう途中に顔を出しただけだ。弟には弟の一日があり、その側には彼に付く者たちがいる。城で暮らしていれば、こうして何でもない時に顔を合わせることもある。それ以上の意味はなかった。
*
数日後、宗兵衛、弥七、篠の報告が揃った。
宗兵衛が商人たちから聞いてきた話では、やはり負担の額だけが道や市を選ぶ理由ではなかった。何度止められるのか分からないこと、払った銭に対して何が得られるのか見えないこと、昨日と今日で額が変わること。そうした不確かさを嫌う商人は多いという。反対に、橋が整い、渡しが使え、荷を安全に預けられると分かっている場所なら、一定の銭を求められても利用する者はいる。弥七からも、橋銭を取っている場所の中には実際に修繕へ人を出しているところと、ほとんど手を入れていないところがあるという報告が上がった。同じ名目で徴収していても、果たしている役目には明らかな違いがあった。
そして、最も扱いに困ったのが篠の報告だった。
「市から取る銭を無くされれば、夜回りを減らさざるを得ぬと申しております。見回る者へ渡す米や銭を、市から入るものの一部で賄っておりますので。それが消えれば、別のところから出さぬ限り続けられぬそうです」
橋を守る者からも似た話が聞かれたという。ただし別の場所では、銭を取っているにもかかわらず、何をしているのか尋ねても明確な答えが返ってこなかったらしい。さらに、昔からその銭を取ることで暮らしてきたため、権利を無くされれば困ると訴える者もいた。
仕事をしていないのなら止めればよい。最初はそう考えかけたが、篠から、仕事をしていないことと、その銭で暮らしていないことは別だと指摘された。
返す言葉がなかった。
仕組みだけを見れば、必要な役目も果たさず銭を取っているのであれば、廃してしまえばよいという話になる。しかし、その権利から入る銭で家族を養っている者にとって、こちらが不要と決めることは、明日から暮らしを失うことにも繋がる。だからといって、その家が困るという理由だけで、道を塞いで銭を取る仕組みをいつまでも残すわけにもいかなかった。
篠の報告を机へ置き、しばらく考えた。
止めるか残すかという二つだけでは足りない。役目が必要なのであれば、その役目と徴収する権利を結び直す。役目が無いのであれば、いつ、どのように権利を終わらせるのかを考える。全員を六角が養うことなど出来ない以上、誰も困らない答えが見つかるとは思えない。それでも、そこに暮らしがあることを見ないまま不要と線を引くのは違うだろう。
そこまで考えたところで、ようやく評定へ持っていく案の形が見え始めた。
全てを無くすのでも、全てを残すのでもない。
少なくとも直轄の市については、商いを妨げるだけで、それに見合う仕事が確認出来ないものは廃する。橋や渡し、夜警、火事への備え、市の管理など、実際の仕事へ結び付いているものは残す。そして役目そのものは必要でも、誰が何のためにどれほど取るのか曖昧なものは、その役目と負担の関係を改める。
その三つに分ければ、少なくとも何を調べ、何を判断する必要があるのかを整理出来る。
「弥太郎。父上へ、評定のお時間を頂きたいと伝えてくれ」
「案がまとまったのでございますな」
「答えが全て出たわけではない。今決められるところと、まだ分からぬところが見えてきただけじゃ」
「某には、それをまとまったと申すように聞こえまする」
「説明を始めれば、また話が長いと言われそうだ。よいから頼んでこい」
弥太郎は少し納得していない顔をしたものの、書状を持って立ち上がった。その後ろでは小姓の一人が篠たちの報告を整理し、机には「廃す」「残す」「改める」と書き分けた紙が並んでいる。
三年前、石寺の楽市を参考に、直轄の市で新しい試みを始めた時には、こんな分け方をすることになるとは思っていなかった。ただ商人の負担を軽くすればよいと考えていたあの頃から、随分遠くへ来たような気がした。
*
評定が開かれたのは、それから二日後だった。
広間には六人衆が揃い、後藤但馬守、進藤山城守、蒲生下野守、三雲対馬守、平井加賀守、目賀田次郎左衛門尉がそれぞれ席に着いていた。俺の後ろには弥太郎が控え、そのさらに後方には評定で使う書状を持った小姓が二人いる。一人は重臣家から出された若者で、もう一人も俺とそう年の離れていない者だ。普段はほとんど意識しない位置に控えているが、紙を求めれば必要なものを差し出し、使番を呼べと命じられればすぐに動く。こうした公の場では、弥太郎一人が俺の身の回り全てを担っているわけではないことが、改めてよく分かった。
今日決めるのは、三年間の試みが成功だったのか失敗だったのかということではない。その結論については、前の評定ですでに報告している。今回は直轄の市で取られている銭と、それに結び付く仕事をどう扱うのか、その方針を示さなければならなかった。
もちろん、全てを調べ終えたわけではない。使い道を最後まで追い切れなかったものもあり、当人へ尋ねても明確な答えが得られない場所も残っている。それでも、何を基準に見直すのかは整理出来た。
「では、右衛門督。案は出来たか」
上座から促され、一礼して口を開いた。
「はい。直轄の市については、三つに分けて扱いたいと考えております。廃するもの、残すもの、改めるものにございます」
まず廃したいのは、商いや通行を妨げるだけで、それに見合う仕事が確認出来ないものだった。同じ荷から似た理由で幾度も取っているものや、道を塞いで銭を求めるだけで、橋や街道の維持などと結び付いていないものも含まれる。
ただし、一度尋ねて答えが出なかったからといって、ただちに不要と決めるつもりはない。徴収している者へ役目を確かめ、記録があれば調べ、実際にその仕事が行われているのかも見た上で、それでも昔から取っているという理由しか残らないものを廃したいと説明した。
「昔から、では足りぬと申すか」
後藤但馬守が口を挟んだ。
「昔から続いていること自体には理由があるやもしれませぬ。ただ、その理由が今も残っているのかは別だと思っております。橋があったから取り始めた銭であるのに、今は橋を直さず、銭だけを取っているのであれば、昔と今では中身が違いまする」
但馬守は僅かに目を細めたものの、それ以上は何も言わなかった。
次に蒲生下野守から残すものについて尋ねられたので、橋や渡しの維持、夜警、火事への備え、市で起きた揉め事を扱う者、荷置き場の管理など、実際に商いを支える仕事へ結び付く負担を挙げた。
「ただし、残すからと申して、今まで通りでよいという意味ではございませぬ。銭を取るのであれば、何のために取るのかを定め、その代わりとなる役目も果たしてもらいたいと思いまする」
橋銭を取るのであれば橋を保ち、市を守るための銭なら夜警や火事への備えを続ける。少なくとも六角側が、どのような仕事に対して徴収を認めているのかは分かる形にしたかった。全てを商人一人一人へ細かく説明する必要はないとしても、取る側によって名目が変わり、誰も使い道を把握していないようでは困る。後になって仕事を果たしていないと分かっても、何をする代わりに徴収を認めたのかが曖昧では、責任を問うことさえ難しい。
三つ目は、仕事自体は必要であっても、取る額や条件が定まっていないものだった。昨日は一文、今日は二文、顔見知りなら少なく、余所者なら多い。そのような取り方は改める。また、一つの荷から似た理由で重ねて取っている場合には、仕事を分け直すか、徴収をまとめることも考えたい。
説明を終えると、広間に短い沈黙が落ちた。後ろで小姓が僅かに姿勢を直す衣擦れだけが聞こえる。
「右衛門督様。一つよろしいでしょうか」
平井加賀守が慎重な口調で声を上げた。
「銭を取ることで暮らしている者はどうされる。役目がないと判断され、その権利を止められれば、そこから入っていた銭も無くなりますぞ」
予想していた問いだった。それでも、完全な答えを用意出来たわけではない。
「そこは、まだ全てを決め切れておりませぬ。止めるべきものまで、暮らしている者がいるという理由だけで残せば、いつまでも改められませぬ。しかし、明日から取るなと命じ、その後は知らぬというのも違うと思っております」
全員を六角が養うことは出来ない。だから、今持っている権利と、必要な仕事を結び直せないかを考えている。例えば道を通る荷から銭を取っている者がおり、その道に実際に手入れが必要なら、今後は道を守る役目を負わせ、その代わりに一定の銭を取ることを認める。そうした形が取れないのであれば、別の仕事へ移せるかを確かめる。何もせず、昔からという理由だけで銭を取り続ける形は減らしたい。
進藤山城守から、都合よく全員に役目が見つかるものかと問われたが、そこは首を横に振るしかなかった。全てに見つかるとは思っていない。ただし、役目が無いと分かったものをその場で全て取り上げるのではなく、改めるまでに時を置き、その間に別の仕事へ移せる余地があるかも見たい。
後藤但馬守は、猶予を置けば反対する者へ準備の時間を与えることにもなると指摘した。確かにその危険はある。早く変え、抵抗がまとまる前に新しい形を作ってしまうという考えも分かる。しかし、相手が何故反対するのかさえ分からないまま命じれば、必要な仕事まで失わせる恐れがあった。
「理由が分かれば、皆が従うとお考えか」
「従わぬ者は従わぬでしょう。ただ、何故反対するのかが分かれば、こちらも譲れるところと譲れぬところを分けられます。銭が欲しいだけなのか、その銭が無ければ仕事を続けられぬのかでは、同じ反対でも扱いは変わると思いまする」
但馬守はしばらく俺を見た後、静かに頷いた。
そこで父上が口を開いた。
「商人だけを見ておるわけではなさそうじゃな」
「以前よりは、そのつもりにございます」
「以前より、では困るぞ。そなたがやろうとしておるのは、商人に銭を残すだけではない。銭を取っておった者の暮らしを変え、市を守る者の役目を変え、場所によっては寺社や国人の権利にも触れる。商人が喜んだだけで成功と思うてはならぬ」
父上の言葉に頷いた。だからこそ、まず直轄の市から始めたいのだと答える。六角が自分で扱えるところすら整理出来ていないのに、寺社や国人へ仕組みを変えろとは言えない。
三雲対馬守も、その順序には賛成だった。寺社側は場所によって事情が大きく異なり、市銭や関銭が寺そのものの収入だけではなく、周囲への施し、堂宇の修繕、祭礼などへ回っているところもあるという。今回の案を表面だけ見て当てはめれば、思っている以上に多くの者へ影響が出る。寺社の持つ関を一様に商いの妨げと呼べば、六角が寺社の権利を奪い始めたと受け取る者も出かねない。
父上はその話を聞いた上で、まず直轄の市を整えるべきだと決めた。寺社の権利を放置するという意味ではない。自分の足元も整えないまま相手の仕組みを悪いと断じても、説得力がないからだ。直轄で実際に何が変わるのかを示せれば話もしやすくなるし、そこで問題が出たなら、寺社へ同じことを求める前に改めることも出来る。
「失敗すれば、寺へ余計な口を出さずに済むしな」
最後にそう付け加えられ、思わず父上を見た。
「父上。最後だけは余計ではございませぬか」
「冗談じゃ」
どう考えても半分ほどは本気だと思ったが、評定の場で言い返すのは止めた。後ろでは弥太郎が僅かに顔を伏せ、そのさらに後ろの小姓まで視線を下げている。肩が動いていないだけましだと思うことにした。
その後は、実際に何処までを共通の決まりにするのかを詰めていった。市ごとに取る額まで一律にする案は、早い段階で外れた。橋の長さも、渡しに必要な舟の数も、夜警へ出す人数も違う以上、必要になる銭まで同じにする方が不自然だからだ。
代わりに揃えるのは、何に対して取るのかを定めること。同じ理由では重ねて取らせないこと。銭を取るのであれば、定められた仕事を果たすこと。そして、その仕事が失われた時には、昔からという理由だけで徴収を続けないこと。
そうした基準であれば、土地ごとの違いを残したまま、六角として同じ方針を示すことが出来る。
そこで進藤山城守から、いつ始めるのかと尋ねられた。
少し前の俺なら、出来るだけ早く、全て同じ日に始めたいと答えただろう。先の評定でも、一つずつ始めれば順番そのものが市の有利不利を生むと話している。その考えが変わったわけではない。しかし、日を揃えることばかり優先すれば、何を残し何を止めるのかという確認を雑にする恐れもあった。
「直轄の市について、残すものと改めるものを一度洗ってからにしたいと思いまする。今はまだ日を決めませぬ。ただし、一つずつ順番に始めるつもりもございません。準備が揃ったところで、出来る限り近い時期にまとめて始めたいと考えております」
父上が頷いた。
「それでよい。日を揃えるために中身を疎かにするな。右衛門督、そなたは形が見えると早く動かしたがる。今回は待つことも仕事と思え」
痛いところを突かれ、素直に頭を下げた。
評定が終わる頃には、窓の外から差し込む光が随分と傾いていた。全てが決まったわけではない。むしろ、誰の権利をどう改めるかという厄介なところは、これから残っている。それでも、楽市を広げるという一言しかなかったものが、ようやく命じられる形へ近付いた。
机から片付けられていく紙の中で、「廃す」「残す」「改める」と書き分けた三枚だけが最後まで残っていた。俺は広間を出る前に、もう一度その文字へ目を向けた。
*
自室へ戻る頃には、外はすでに薄暗くなっていた。弥太郎が評定で使った紙を机へ置き、後ろから付いてきた二人の小姓へ、残りを種類ごとに分けるよう頼んでいる。以前なら俺も横から一枚ずつ確認していただろうが、今日は口を挟まず、冷えた指先を温めるように茶碗を両手で包んだ。小姓たちは慣れた手付きで書状を分け、確認が必要なものだけを弥太郎へ渡すと、一礼して部屋を出ていった。
襖が閉まり、ようやく静かになったところで、弥太郎が一枚の紙を持ち上げた。
「若様。一つ聞いてもよろしいですか」
「珍しいな。いつも勝手に聞くではないか」
「では勝手に聞きまする。結局、楽市とは何なのでございます?」
思いがけず大きな問いだった。三年間も続けてきたのだから知っているはずだと、弥太郎は至極もっともな顔をしている。
「三年前より、簡単には答えられなくなった」
「それでは三年かけて何をなさっていたので?」
「待て。それでは何もしていなかったように聞こえるぞ」
思わず苦笑しながら、最初は商人から余計な負担を減らせば、市は動きやすくなると考えていたのだと説明した。実際、それで人も物も増えた。しかし増えたからこそ、橋や道、夜警や荷置き場まで足りなくなった。今は何も取らないことより、何を残せば市が商いを続けられるのかを見る必要があると思っている。
弥太郎はしばらく考えた後、それなら今日の評定でそう説明すればよかったのではないかと言った。随分分かりやすいという。
「父上にそれだけを申せば、では具体的にどうする、と返される」
「今日、随分具体的に話されていたように思いますが」
「まだ足りぬと言われるに決まっておる」
「それは、まあ……そうかもしれませぬな」
「お主はどちらの味方なんだ」
弥太郎は答えず、笑いながら紙を重ねた。
その時、廊下の向こうを何人かが通り過ぎる足音が聞こえた。混じっていた声は義定のものだった。今度はこちらを覗くこともなく、側に付いている若者たちと何かを話しながら、そのまま遠ざかっていく。昼間は馬場へ向かう途中だったのだから、今は稽古を終えて戻るところなのだろう。
俺は茶を一口飲み、机へ視線を戻した。
評定で使った紙は弥太郎がすでにほとんど片付けていたが、「廃するもの」「残すもの」「改めるもの」と書いた三枚だけは、まだ目の前に置かれている。
以前なら、真っ先に手を伸ばしたのは間違いなく「廃するもの」だっただろう。余計な負担を減らす。その言葉の分かりやすさは、今でも変わらない。商人が払う銭を減らせば、その分だけ商いに使えるものが増える。三年間の試みで、その考えが間違っていなかったことも確かめられた。
だが、その一方で、銭を取ることで続けられていた仕事もあった。
橋を直す者がいなくなれば、人も荷も通れない。夜警がいなくなれば、盗みを恐れて商人が離れる。火事への備えを失えば、市に集めた荷も店も、一度の火で失われかねない。負担を減らしたことで人と物が集まったのなら、今度はその人と物が安心して留まれる状態を保たなければならない。
三年前には、その先まで考えていなかった。
今も全てが分かっているわけではない。何を残せばよいのか、どのように負担を分ければよいのか、誰がどこまで責任を持つべきなのか。評定で大まかな方針は決まったが、実際に始めるまでには、まだ多くのことを確かめなければならないだろう。
それでも、今何を見るべきなのかは以前よりはっきりしている。
俺は「残すもの」と書いた紙を引き寄せた。
橋、渡し、夜警、火事への備え。
並んだ文字の下には、まだ何も書かれていない余白が残っている。
机の端では灯明の火が小さく揺れ、その光に紙の影がゆっくり動いていた。
一話の文字数はどのぐらいが読みやすいですか?
-
このまま
-
5000文字前後
-
15000文字前後
-
1~5000文字