淡海乃海 双流の近江   作:はくいろ

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第五十四話「帝の御前にて」

 京へ上る日が決まってから、観音寺城では俺の周りだけ妙に落ち着かない時間が続いた。兵の仕組みを変える話も、坂田郡の受け入れも途中で止まったわけではなく、俺が城を離れている間にも家臣たちはそれぞれの仕事を進め、甲賀の者たちからは坂田の道や村についての報告が上がり、常に動かせる兵を集めるための候補も少しずつ増えている。以前の俺なら、自分が不在の間に何か判断を求められたらどうするのかと気になって仕方がなかったかもしれないが、今回は必要なところまで指示を出し、細かな判断は任せることにした。数日城を離れた程度で全てが止まるようでは、それこそ仕組みとして間違っている。

 

 そう頭では納得していても、出立の朝に厩から引き出された馬や、供をする者たちが慌ただしく動く姿を見ていると、気持ちは坂田や兵のことから自然と京へ移っていった。これまでにも人と会うため緊張したことはあるし、父上や重臣たちを相手に自分の考えを説明する時には、何を聞かれるか分からない怖さもあった。しかし今回向かう先は、それらとはまるで違う。帝へ拝謁し、その後には公方様へ挨拶する。言葉にすれば短いのに、自分がその場に立つ姿を想像すると、普段なら簡単に浮かぶはずの返答まで妙に曖昧になった。

 

 前世において、天皇という存在は歴史の中にも現代にもいた。それがどういう制度の中にあり、歴史上どのような位置にいたのかも、教員だった頃には一通り知っていたつもりだ。だが、知識として知っていることと、その人間の御前へ実際に出ることはまるで違う。教科書の中で名前を見た相手から直接声を掛けられるかもしれないと考えるだけで、自分がこれまで持っていた「歴史を知っている」という感覚が、急に頼りないものへ変わっていく。

 

 出立の支度を終えた俺を見た弥太郎は、その辺りをすぐ察したらしい。馬へ乗る前、俺の顔をしばらく見た後で「若様でもそのようなお顔をなさるのですね」と余計なことを言ったので、どういう顔だと返すと、弥太郎は笑いを堪えるように口元を押さえた。

 

「評定へ向かわれる時より、よほど固うございます。帝に算術を問われるわけでもありますまいに」

 

「分かっておる。だから余計に困るのだ。何を聞かれるか分からん」

 

「聞かれたことに答えればよろしいのでは」

 

「それが簡単なら苦労せぬ」

 

 そんなやり取りをしていると、少し離れたところで父上がこちらを見ていた。何をしていると声を掛けてくるわけではなかったが、口元が僅かに上がっていたので、俺が緊張していることくらいはとっくに見抜かれているのだろう。父上が平然としていることに腹立たしさに近い感覚を覚えたが、考えてみれば父上にとって上洛も御所も初めてではない。こちらだけが勝手に大事として構えているのだと思うと、それも少し馬鹿らしくなった。

 

 観音寺を出てから京までの道は、戦へ向かう時の行軍とはまるで違っていた。供の数は必要なだけに抑えられ、街道を進む速度も速過ぎない。梅雨の名残を含んだ空気は朝から湿っていたが、雲の切れ間から日が差すたび、濡れた木々の葉が強く光った。道沿いの田では農民が腰を曲げて働き、荷を積んだ馬とすれ違えば、こちらへ気付いた者が脇へ寄って頭を下げる。浅井が滅び、坂田が六角へ入ったことで近江の形は大きく変わったというのに、道の上だけを見れば、人の暮らしは以前とほとんど変わらないように続いている。

 

 その光景を眺めながら、俺は以前父上と話した兵のことをまた考えかけたが、途中で意識的に止めた。今から京へ行くのに、頭の中まで観音寺へ置いておく必要はない。兵のことは兵のこととして戻ってから考えればよく、すべてを自分の頭の中で同時に動かし続けなくてもいい。そう思えるようになっただけでも、以前の自分とは少し違うのかもしれない。

 

 *

 

 京へ入って最初に感じたのは、人の多さだった。もちろん前世の都市と比べれば話にならず、道幅も建物の数も高さも、何もかも現代とは違う。それでも、この時代の俺が普段見慣れている観音寺城下とは明らかに密度が違った。荷を運ぶ商人、寺へ向かう僧、武家の供、荷車を引く者、道端で声を上げる商人。町家が軒を連ねる通りでは、店先に並べられた品物を眺める者や、荷を担いで人混みを抜けようとする男たちが絶えず行き交い、その間を縫うように馬や駕籠が進んでいく。軒先からは商いの声が響き、家々の奥からは槌を打つ音や機を織るような規則正しい音まで聞こえてきた。都が幾度も戦に巻き込まれてきたことは知っていたが、少なくとも今通っている辺りには、それを忘れさせるほどの賑わいがあった。

 

 もっとも、京の町がどこまでも続いているわけではなかった。人家の密集する通りを抜けると、急に家々の間隔が開き、畑や草の伸びた空き地が現れる場所もある。ところどころで古い塀が途中から崩れ、その内側には建物のない土地が広がっていた。かと思えば、すぐ隣には比較的新しく建てられたらしい町家があり、人々が普段と変わらぬ様子で暮らしている。応仁の乱によって京が荒廃したことは知っていたし、その後も天文年間には寺社や町衆を巻き込む大きな争いがあったと聞いている。しかし、百年近く前の戦の傷がそのまま残っているというより、幾度も壊され、そのたびに人が戻り、建て直せるところから町を取り戻してきた結果が、今の景色なのだろう。

 

 場所によっては道の脇に堀の跡らしい窪みが残り、町の出入り口と思われるところには木戸が設けられていた。今も備えとして使われているものなのか、それとも昔の名残なのかは分からないが、商人や職人が集まる町であっても、戦となれば自分たちの暮らしを守らなければならないのだと感じさせるものだった。観音寺城下にも守りを考えた道や屋敷の配置はある。しかし、この京では賑やかな町そのものが、幾度も争いの場になってきた。人の多さに驚く一方で、少し道を外れるだけで荒れた土地が現れることに、都が置かれてきた厳しさも垣間見えた。

 

 寺社の屋根は家々の向こうからでも目につき、御所や公家の屋敷がある辺りへ近付けば、町家の続く通りとは違った景色が現れる。長い築地塀が道に沿って伸び、門構えの立派な屋敷がある一方、少し離れれば質素な家や畑も見えた。観音寺であれば城を中心に人の流れを考えればいいが、京はそう単純ではない。ここでは御所があり、公方様がおり、公家が住み、寺社が力を持ち、商人も集まる。それぞれが別の理屈で動きながら、同じ町の中に存在している。武力だけで全てを決められる場所ではなく、そう考えた時、父上が上洛を急いだ理由が少し分かった。

 

 近江でどれだけ兵を持ち、どれだけ土地を得ても、京で六角がどう見られているかを無視することは出来ない。誰かに命じられるからではなく、ここにはここで別の力がある。近江の城や村を治める時とは違う種類の力であり、それを無視して近江の中だけで完結しているつもりになれば、いずれどこかで齟齬が出る。

 

 しかも、道を進んでいるとこちらへ向けられる視線が多いことにも気付いた。父上が率いる一行である以上、六角と分かる者もいるのだろう。露骨に指を差されるわけではないが、商人が話す途中で一瞬こちらへ目を向けたり、武家の供らしい者が父上の姿を確かめるように見たりする。浅井が滅び、坂田郡が六角へ入ったという情報は当然ここにも届いている。自分たちが近江で何をしているかは、自分たちだけの話ではないという当たり前のことが、京へ入った途端、視線という形で見えるようになった。

 

 宿へ入って一息ついた後、翌日の拝謁について父上から最低限の確認を受けた。作法そのものは観音寺でも何度か教え込まれている。どこまで進み、どこで止まり、どのように頭を下げるのか。今さら一から教わるようなことではないが、それでも俺は頭の中で何度も手順を確かめていたらしい。父上はそんな俺を見て、呆れたように息を吐いた。

 

「何をそんなに考えておる。所作は教わった通りにすればよい。余計なことを言おうとするな」

 

「余計なこととは」

 

「賢く見せようとすることじゃ。聞かれたことへ答えればよい。御前で己を大きく見せようとする者ほど、見ていて分かりやすいものはない」

 

 痛いところを突かれた気がした。別に帝の御前で自分が優れていると誇示したいわけではない。だが、せっかく問われたなら正しく答えたい、気の利いた答えを返したい、父上に恥をかかせたくないという気持ちは確かにあった。それを突き詰めれば、結局は良く見られたいということなのだろう。父上の言う通り、分からないことを分かったふりまでして答える必要はない。そう考えると、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 *

 

 御所へ向かった日の朝、京の空には薄い雲が広がっていた。雨になるほど重くはないが、日差しは弱く、町を吹く風には湿り気が残っている。宿を出た俺は前日より静かな気持ちで馬へ乗ったつもりだったが、御所へ近付くにつれて腹の奥が僅かに固くなっていくのが分かった。朝の通りでは商人たちが店を開き始め、荷車の軋む音や人を呼び止める声が聞こえていたが、御所のある一角へ近付くと、そうした賑わいも少しずつ遠ざかっていった。町家の並ぶ通りから築地塀の続く道へ入り、門を構えた屋敷の前を通るうちに、同じ京の中でも場所によって空気がまるで違うことを感じた。

 

 観音寺城へ戻れば、俺は六角家の嫡男としてそれなりの立場にある。人から頭を下げられることも多くなったし、評定の場で意見を求められることにも慣れてきた。だが、ここではその感覚が逆転する。御所へ入り、案内されるまま進むにつれて、まず感じたのは静けさだった。

 

 観音寺城にも静かな場所はある。しかし、あちらの静けさは城という軍事拠点の中にあるものだ。武具を運ぶ音や馬のいななき、人の足音が常にどこかにあり、その中心に人が暮らしている。御所は違った。人がいないわけではなく、案内する者も控えている者もいる。それでも声を張る者はおらず、歩く音さえ抑えられているように感じる。長く使われてきた建物の木の色、庭の整えられ方、衣擦れの音。どれ一つが特別豪華に見えるわけではないのに、ここが観音寺とは別の時間の中にあるように思えた。

 

 武力による圧力ではない。何代も、何十代も続いてきたという事実そのものが持つ重さなのだろう。前世で「権威」という言葉を使ったことは何度もあり、その意味も説明出来るつもりだった。だが、この場へ来て初めて、言葉より先に身体で感じる権威というものがあるのだと知った。

 

 その感覚を持ったまま御前へ進んだ時には、作法を間違えないことだけを考える余裕すらなくなっていた。教わった通りに進み、教わった通りに頭を下げる。それで精一杯だった。

 

 やがて声が掛かる。

 

 想像していたよりも穏やかな声だった。

 

 父上が受け答えするのを聞きながら、俺は俯いたまま耳を澄ませた。近江の様子、浅井が滅びたこと、坂田郡が六角へ入ったこと。その辺りについて触れられるだろうことは予想していたし、実際にそうした話題も出た。だが、俺が少し意外に思ったのは、帝の問いが勝敗そのものへ向かなかったことだった。

 

「坂田は、騒がしくはないのか」

 

 父上が今のところ大きな乱れはないと答えると、続いて田畑が荒れていないか、民は戻っているかと問われた。そこで初めて、俺は顔を上げたい衝動に駆られた。

 

 聞かれると思っていたのは、浅井をどう滅ぼしたのか、朽木がどれほど強くなったのか、六角が坂田を得てどれほど領地を広げたのかということだった。少なくとも俺自身が京へ来るまで頭の中で考えていたのは、その辺りばかりだった。だが、帝が尋ねたのはそこではなく、そこに住む者がどうなっているかだった。

 

 父上が答えた後、今度は俺へ言葉が向けられた。

 

「右衛門督も、坂田のことを見ておるそうじゃな」

 

 一瞬、返事が遅れそうになったが、すぐに頭を下げた。

 

「はい。まだ文と報せによって知ることの方が多うございますが、道や村、国人衆について調べております」

 

「新しく得た土地は、どのように治めるつもりか」

 

 難しい問いだった。ここで「六角の法を行き渡らせます」と答えるのは簡単だが、実際にはまだそこまで進んでいない。俺は父上から言われたことを思い出した。賢く見せようとするな。聞かれたことへ答えろ。

 

「まだ、全てを変えるつもりはございませぬ。坂田の者にとって、昨日まで浅井に従っていたものを、今日から六角だから全て改めよと申しても混乱するだけだと思っております。まずは誰がどこを治め、どの道を使い、どの村がどう暮らしているかを知り、その上で変えるべきところを変えるつもりにございます」

 

 言い切ってから、もっと立派な答えがあったのではないかと思った。しかし帝はすぐには何も言わず、その短い沈黙が妙に長く感じられた後、穏やかな声で返した。

 

「そうか。土地だけを得ても、国を得たことにはならぬのであろうな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の中で何かが引っ掛かった。意味そのものは難しくない。父上からも似たようなことを教えられてきたし、俺自身も坂田を受け取る時、地図の色を変えるだけでは土地を治めたことにはならないと考えていた。それでも、帝の口から聞くと少し違うところへ届いた。

 

 俺は坂田郡を九万石と見ていた。美濃へ向かう足場と考え、兵を置く場所として見て、道や城を調べた。もちろん村や人についても考えていたつもりだったが、考える順番の最初にあったのは、やはり土地と力だった。九万石という数字が増えたから守る兵が必要になる。その考えに間違いがあるわけではない。

 

 しかし、その九万石は人が暮らし、田を耕し、米を作って初めて九万石になる。数字の方が先に存在しているわけではない。そんな当たり前のことが、御前で急に形を持った。

 

「民が離れれば、田も荒れるであろう。田が荒れれば、兵も養えぬ。武家は戦うことを考えるのが役目なのであろうが、戦わずに済む時のことも考えてやってほしい」

 

「……肝に銘じます」

 

 それ以上、気の利いた言葉は出なかった。だが、無理に何かを足そうとも思わなかった。帝の言葉は、俺に何か新しい制度を教えたわけでも、知らなかった知識を与えたわけでもない。むしろ、自分がすでに知っていたはずのことを別の角度から見せられたのだと思う。その方が、ずっと残った。

 

 *

 

 拝謁を終えて御所を出た時、来る前より空が明るくなっていた。雲の切れ間から薄い日差しが落ち、庭木の葉を照らしている。緊張から解放されたはずなのに、不思議と胸の中は軽くなり切らなかった。御前で失敗したわけでも、父上から何か注意されたわけでもない。それでも、考えなければならないことを一つ増やされたような感覚が残っていた。

 

 御所を出て少し歩いたところで、父上がこちらを見た。

 

「思っていたのと違ったか」

 

「……もっと、近江のことを問われると思っておりました。戦や領地のことです。浅井をどうしたか、朽木がどうなったか、その辺りを聞かれるものと」

 

「問われておったではないか。民や田畑のことは、近江のことではないのか」

 

 返す言葉がなかった。その通りで、俺自身が勝手に「政」と「暮らし」を別のものとして考えていただけなのかもしれない。

 

「帝が問われたことも政じゃ。誰が勝った、どこを取っただけが政ではない」

 

 父上はそれ以上説明しなかったが、説明されなくても十分だった。俺は京へ来る前、兵をどう変えるか考え、坂田をどう守るか、美濃へどう備えるかも考えていた。どれも必要なことだが、その先には必ず人がいる。兵を養うのも人で、道を使うのも人、田を耕すのも人だ。国を強くするという言葉だけを追い掛けて、その国に住む者が疲弊すれば、結局は自分で足元を削ることになる。

 

 父上から兵を作る時に言われた「民を苦しめるな」という言葉が、今になって別のところで繋がった。同じことを違う人から言われたわけではない。それでも、向いている方向は似ている。国は地図ではなく、石高でもなく、それらを生み出している人間がいる。俺はそのことを分かっているつもりで、まだ数字の方から先に見ていたのだろう。

 

 京の宿へ戻る道すがら、行き交う人々が昨日とは少し違って見えた。荷車を押す男、店先で声を張る商人、子供の手を引く女、寺の前を掃く小僧。町家の並ぶ通りでは、軒先に干された布が風に揺れ、その下を荷を担いだ男たちが行き交っている。道を外れれば家々の途切れた土地に畑が広がり、古い塀の残る一角では草を刈る男の姿も見えた。賑わう通りと荒れた土地が隣り合っていることは、昨日も目にしていたはずだが、今日はそのどちらにも人々の暮らしがあることが気になった。名前も知らない人間ばかりだが、この町を形にしているのは、こういう人たちなのだろう。観音寺も同じで、坂田も同じだ。そう考えると、九万石という言葉が急に大き過ぎる括りに感じられた。

 

 *

 

 宿へ戻った頃には、日が西へ傾き始めていた。町家の軒が連なる通りでは、屋根と屋根の間から差し込む夕暮れの光が道を細く照らし、店じまいを始める者や、最後の荷を運び込む男たちの影が長く伸びていた。少し離れたところでは寺の鐘が鳴り、家々の向こうに見える空は、観音寺で眺めるものより幾分狭く感じられる。部屋へ入り、ようやく腰を下ろしたところで、弥太郎が茶を持ってきた。俺が黙ったまま湯気を眺めていると、向こうから「何か失敗なされましたか」と聞かれたので、少し腹が立った。

 

「何故そうなる」

 

「御所から戻られてから、ずっと難しい顔をしておられます。何か難しいことでも聞かれましたか」

 

「難しいというより……簡単過ぎて困った」

 

 弥太郎が意味が分からないという顔をしたので、俺は少し考えてから、帝から田畑や民の様子を問われたことを話した。すると弥太郎は驚きもせず、「民がおらねば年貢もございませぬし」と当然のように頷いた。

 

「それは分かっておる」

 

「では、何を悩んでおられるので」

 

「分かっていたつもりだったからだ」

 

 口に出すと、ようやく自分の引っ掛かりの正体が少し見えた。知らなかったなら教わればいいが、今回は違う。知っていた。それでも、考える時の最初には置いていなかった。その差が気になっているのだ。

 

 俺がそう話すと、弥太郎は茶を置きながら少し笑った。

 

「ならば、次から先に思い出されればよろしいのでは」

 

「簡単に言うな」

 

「簡単なことなのでしょう?」

 

 また返す言葉がなくなった。この男は時々、こちらが難しく考え過ぎているところへ平然と入ってくる。

 

「……そうかもしれぬな」

 

 分かったなら次に気を付ければいい。御前で何か大きな悟りを得たわけではなく、今までの考えを全部捨てる必要もない。兵を整えることも、坂田を守ることも必要であり、ただその目的を忘れなければいい。誰のために土地を治めるのか、誰がその土地を支えているのか。その視点を考える順番の中へ一つ加えればいいのだと思うと、胸の中に残っていた重さが少しだけ薄れた。

 

 ちょうどその時、父上の使いがやって来た。明日の予定を知らせに来たというので話を聞くと、翌日は公方様への挨拶に向かうという、聞いていた通りの内容だった。使いが戻った後、父上まで部屋へ顔を出し、こちらの様子を見て口元を上げた。

 

「今日は随分考え込んでおったようじゃな」

 

「父上まで弥太郎と同じことを申されるのですか」

 

「分かりやすい顔をしておるからじゃ。まあ、今日はそれでよい。だが明日は、もう少し気を張っておけ」

 

「帝の御前より、でございますか」

 

「人によってはな」

 

 言い方が気になり、公方様はそのように難しい御方なのかと尋ねたが、父上は「会えば分かる。護衛で着いた時と同じように考えるでないぞ」とだけ言って出ていった。詳しく教えてくれてもいいものを、あえてこちらへ考えさせるような言葉だけ残していくところが、いかにも父上らしい。

 

 俺は閉じた襖をしばらく見つめた後、諦めて茶へ手を伸ばした。帝への拝謁は終わったが、京での用事はまだ半分も終わっていない。明日は公方様に会う。近江では土地と兵を考え、今日は民と国について考えさせられた。その次に何を見せられるのかはまだ分からないが、京へ来る前に想像していたよりも、この上洛はずっと多くのものを持ち帰ることになりそうだった。

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