淡海乃海 双流の近江   作:はくいろ

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第五十八話「近衛家の姫君」ー後編ー

 その笑みを見て、最初に感じた大人びた雰囲気の理由が少し分かった気がした。年齢そのものは知らない。十歳以上離れているのではないかという予想だって、見た目や振る舞いから俺が勝手に考えているだけだ。それでも、人の話を急いで評価せず、一度受け取ってから返すところには、俺より場数を踏んでいるような落ち着きがあった。

 

 同時に、だから話しにくいということもない。むしろ逆だった。

 

 寿姫は俺の説明をそのまま褒めるわけでも、難しいと避けるわけでもない。自分に必要なところを取り出し、分からないところは尋ね、その後で自分の言葉へ直して返す。俺が一つ説明するたび、相手の中でどう受け取られたのかが見えるため、こちらも言葉を重ねる場所を選びやすかった。

 

「右衛門督殿は、その坂田へ御自身でも行かれるのでございますか。九万石というほどの土地ならば、一度見て回るだけでも随分時間が掛かるのでしょう。新しく領地を得られた時には、何から御覧になるのです?」

 

「まだ全てを自分の目で見たわけではございませぬ。むしろ、自分一人で全てを見るのは無理だと、最近になってようやく諦め始めました。道を見る者、人を見る者、市や商いを見る者と、それぞれ得意な者へ任せております。ただ、報告を受けても分からないところは、自分でも見ておきたいと思っておりまする」

 

「最初から人へ任せられたわけではなさそうですね。『ようやく諦めた』という言い方をされるところを見ると、以前は御自分で出来るだけ多く見ようとなさっていたのでしょう?」

 

 また、そこを拾うのか。

 

「……以前は、自分が見ていないものを人へ任せることに少し不安がございました。ですが、土地が広がり、見なければならぬものが増えるほど、それでは何も進まなくなります。最近は、自分が見るものを増やすより、誰に何を見てもらうかを決める方が大切なのだろうと考えるようになりました」

 

「それでも、御自身で見に行かれる時はあるのでしょう?」

 

「ございます。報告を読んでも形が見えない時や、数字と話がどうにも噛み合わない時には行きまする。紙だけを見ていると、書いた者が何を当然だと思って省いたのかまでは分からぬことがございますので」

 

「では、その時に最初に御覧になるのは何なのでしょう。お城でございますか? 武家の御方でしたら、新しい土地へ入った時にはまず城を見るものだと、私は勝手に思っておりました」

 

 問われて、少し考える。以前なら確かに城だったかもしれない。だが、今の自分なら別のものへ目が向くだろう。

 

「今なら、まず道を見ると思います。何処から何処へ繋がっているのか、どれほどの荷を通せるのか、雨が降れば何処で詰まるのか。それが分からなければ兵も米も動かせませぬ。市へ商人が来るにも道が要りますし、城へ物を運び込むにも同じです。城そのものを見ることも大切ですが、城だけを見ても、その城が何に支えられているかまでは分かりませぬので」

 

 寿姫はまた少し考えてから、今度はゆっくりと言葉を返した。

 

「では右衛門督殿は、城を見る前に、その城へ何が集まり、何処から人や物が来るのかを御覧になるのですね。お城がどれほど立派でも、そこへ米も人も届かなければ、その立派さだけではどうにもならない。そういう理解でよろしいのでしょうか」

 

「はい。その言い方なら、私の説明より随分分かりやすいかもしれませぬ。ただ、これ以上寿姫に短くされますと、私が何のために長く話しているのか分からなくなりそうですが」

 

「でしたら、今の半分ほどは残して差し上げます。全部短くしてしまえば、右衛門督殿も話す楽しみがなくなってしまうでしょうから」

 

「……どうやら私が長く話すこと自体は、もう直らないものとして扱われているようですな」

 

「左京大夫様のお話を伺う限り、その方がよろしいのではございませんか。何年も仰って直っていないのであれば、無理に変えるより、聞く側が慣れた方が早いように思います」

 

 父上が堪え切れず笑った。

 

「寿姫の仰る通りじゃ。儂が何年言うても直らぬものを、今日初めて会うた寿姫が直そうとする必要はございますまい」

 

「父上まで何故そちらへ行くのです。太閤殿下の御前で、私の話が長いことだけが事実のようになっておりまする」

 

「事実であろう」

 

 太閤殿下も笑っている。

 

 俺は少し呆れながら二人の方へ目を向け、その瞬間、別のことに気付いた。父上も太閤殿下も、最初からほとんど会話へ割り込んでこなかった。寿姫が俺よりかなり年長に見える以上、年若い姫へ俺を会わせ、会話が続くか見守っているという形ではない。それでも二人が俺たちのやり取りを意識して見ていることに変わりはなかった。

 

 太閤殿下の側から見れば、身内の女性と六角家の嫡男をわざわざ同じ座へ置いている。

 

 父上も、それを承知しているように見える。

 

 そこでまた別の意味が頭へ浮かびかけたが、すぐに押し戻した。寿姫の年齢さえ俺は知らない。十歳以上離れているかもしれないというのも、綺麗な顔立ちと大人びた雰囲気から俺が勝手に予想しているだけだ。それなのに、その先の話まで決めるのはさすがに早過ぎる。

 

 今確かなのは、寿姫と話していて思っていたより楽だということだけだった。

 

 その時、父上と目が合った。

 

 ほんの一瞬、父上の口元がさらに緩む。

 

 次の瞬間には何事もなかったように太閤殿下へ顔を向けたため、少なくとも何かを面白がっていることだけは間違いなさそうだった。

 

「左京大夫殿。右衛門督殿は、思っておったよりよく話すな。一昨日の帝の御前では、さすがにこれほど話す姿を見ることもなかったが、自分が興味を持ったこととなれば随分と言葉が出るようではないか。寿も普段は人の話をここまで細かく聞き返すことは少ないのだが、今日はよく話しておる」

 

「息子は興味のあることにございますれば、放っておいても話しまする。逆に一つ疑問を持てば、そのまま別の疑問まで抱えて帰ってきますので、こちらとしては話を止める方が難しいくらいです。京へ来て少しは大人しくなるかと思いましたが、どうやら余計なものまで持ち帰りそうで困っておりまする」

 

「父上。必要なことを考えているだけにございます。まるで私が面白そうなものを見付けるたびに、勝手に仕事を増やしているような言い方は止めてください。少なくとも、今日はまだ何も増やしておりませぬ」

 

「『まだ』と自分で申したな」

 

 返す言葉を失い、寿姫が声を立てるほどではないにせよ明らかに笑っているのが見えた。

 

「寿。折角ここまで話したのだ。右衛門督殿をどう思ったか聞いてみたいものだな。今日初めてまともに話した相手なのだから、決まりきった褒め言葉でなくてよい。実際に話してみてどうであった」

 

 寿姫はすぐには答えず、少しだけ俺へ視線を向けた。その間にも、慌てて言葉を探している様子はない。

 

「御名前や評判から、もっと勢いのある御方なのかと思っておりました。浅井が滅び、坂田を得た六角家の御嫡男でございますから、御自分のなされたことをもう少し誇らしげにお話しになるのかとも思っていたのです。ですが実際には、御自分が分からなかったことや、考えを改めたことまで随分素直にお話しになりますね。それが少し意外でございました」

 

 そこまで言ってから、寿姫はほんの僅かに笑った。

 

「それと、御話は確かに少し長うございます。ただ、それは御自分の言葉を誤って受け取られたくないからなのだろうと思えば、私はそれほど聞きにくいとは感じませんでした。分からなければ途中で尋ねれば、きちんと答えてくださいますから」

 

 思っていた以上に細かく見られていたらしい。こちらは寿姫を観察しているつもりだったが、当然のことながら向こうも俺を見ていた。しかも、俺より年長に見えるという先ほどからの印象を考えれば、人を見る経験も俺より長いのかもしれない。もちろん、それも正確な年齢を知らない以上は想像に過ぎない。それでも、少なくとも一方的に俺が相手を見る場ではなかったことだけは確かだった。

 

 太閤殿下は満足そうに頷き、そのまま俺へ顔を向けた。

 

「では右衛門督殿。寿は如何であった。こちらだけ聞いて、そなたには答えさせぬというのも不公平であろう。今日初めてゆるりと話したばかりなのだから、人柄まで決め付ける必要はない。実際に言葉を交わしてみて、どう感じたかを聞かせてくれればよい」

 

 そう言われると、かえって難しい。

 

 最初に姿を見た時には、綺麗な人だと思った。その後、落ち着いた所作や話し方を見て、俺より随分年上なのではないかとも考えた。だが、それをそのまま答えるわけにもいかないし、今日一番印象へ残ったのもそこではない。

 

「私の話したことを、そのまま受け取るのではなく、一度御自身の中で考えてから返される御方だと思いました。私が長く話しても、要点を別の言葉へ直してくださいますし、その直したものが違っていれば、こちらも何処で伝わらなかったのか分かります。ですから……初めて御話ししたにもかかわらず、随分話しやすい御方だと感じました」

 

 寿姫が僅かに目を細めた。

 

「先ほどより、随分きちんと褒めていただけましたね。最初は『話を短くするのが上手い』という御話だったように思いましたが」

 

「太閤殿下から改めて聞かれましたので、今度は少し考えて答えました。先ほどは、思ったことをそのまま口にしてしまいましたので」

 

「つまり、先ほどの方が何も考えずに出た御言葉だったのでしょう? でしたら、私は最初の方も覚えておきます。考えて整えられた御言葉より、そちらの方が最初の印象には近いのでございましょうから」

 

「それは困りまする。後からもっとましな答えを出したのですから、そちらへ直していただけませぬか」

 

「一度口にしたものを、後から都合よく差し替えるのは、右衛門督殿がお嫌なのではございませんか?」

 

 一瞬、詰まった。

 

 太閤殿下が声を上げ、父上まで肩を揺らして笑う。

 

「右衛門督殿、これは寿の勝ちじゃな」

 

「……そのようでございます。自分で先ほど話したことを、そのまま返されるとは思っておりませんでした」

 

 認めるしかなかった。

 

 寿姫自身は勝ち誇るような様子もなく、少し楽しそうに笑っているだけだった。公家の姫との対面なのだから、もっと言葉を選び、当たり障りのないことだけを話して終わるものだと思っていた。それが実際には坂田の話から始まり、最後には俺自身の話し方まで返されている。

 

 何とも妙な初対面だった。

 

 それでも、不快ではなかった。

 

 *

 

 それからしばらく、太閤殿下と父上が別の話を交わした。寿姫も最後までそこにいるわけではなく、頃合いを見て一足先に座を辞することになった。

 

「それでは父上、左京大夫様、右衛門督殿。私はこれにて失礼いたします。本日は普段聞くことの出来ない近江のお話をありがとうございました。坂田のお話も道のお話も、私には知らないことばかりでございましたが、次に似たような話を聞いた時には、今日より少し違って聞こえるように思います」

 

「こちらこそありがとうございました。寿姫に言葉を短くされる度に、自分が何を話したかったのか考え直すことになりましたので、私の方も勉強になりました。次に御話しする機会がございましたら、もう少し簡潔に話せるよう心掛けておきまする」

 

「無理に短くなさらなくてもよろしいのではございませんか。右衛門督殿が長くお話しになるなら、私が必要なところを短くいたします。その方が、お互いに直すものが少なくて済みそうです」

 

「それはそれで、私の説明が毎回採点されているようで落ち着きませぬな」

 

「でしたら、分かりやすく御話しくださいませ。そうすれば私も短くせずに済むかもしれません」

 

 穏やかな笑みとともに返され、また言い負かされたような気がした。

 

「……努力いたしまする」

 

「楽しみにしております」

 

 寿姫は父上と俺へ頭を下げ、そのまま女房を伴って部屋を出ていった。

 

 襖が閉じた後、俺はすぐ父上を見た。父上は何事もなかったような顔をしている一方、太閤殿下は明らかに笑っている。今ここで追及すれば、俺だけが余計に弄られる未来しか見えない。俺は一度開きかけた口を閉じ、そのまま座り直した。

 

 その後も寿姫について、縁談を思わせるような話は一切出なかった。太閤殿下は近衛家と近江の繋がりや京の様子について父上と幾つか話した後、本当に何事もなかったかのように俺たちを送り出した。だから余計に分からない。本当に寿姫が近江の話を聞きたかっただけなのかもしれないし、今日はまず顔を合わせるだけだったのかもしれない。寿姫の正確な年齢すら俺は知らず、十歳以上離れているかもしれないというのも見た目と雰囲気からの予想に過ぎないのだから、そこから先まで考える方が無理がある。

 

 相手が何も言っていないのに、こちらだけで先の話を作る必要はない。そう判断して近衛家を出ると、陽はすでにかなり高くなっていた。朝より人通りも増え、牛車と荷を運ぶ者が行き交う往来には、屋敷の中にあった静けさとはまるで違う音が戻っている。

 

 門を離れ、供の者たちとの間に少し距離が出来たところで、俺は父上へ向き直った。

 

「父上。昨日から知っておられたでしょう。少なくとも、今日寿姫と顔を合わせるかもしれぬということくらいは、先に聞いておられたのではございませぬか」

 

 父上は前を向いたまま、少しだけ口元を上げた。

 

「その程度ならな。太閤殿下から、寿姫も近江の様子に興味を持っておるとは聞いていたし、そなたが来るならば話をさせてみるのも面白かろう、という話もあった。ただ、必ず呼ばれると決まっていたわけではない。だから申さなかった。それだけのことじゃ」

 

「それだけのこと、と仰いますが、一言くらい教えてくだされば、こちらにも多少の心構えが出来ました。私は寿姫がどのような御方なのか、年齢すら存じませんでしたから、実際に御会いして少し驚きましたぞ」

 

「ほう。どのように驚いた」

 

 妙に楽しそうに聞かれ、言葉を選ぶ。

 

「もっと俺と年の近い御方を、勝手に想像していたようです。実際には随分と大人びて見えましたし、話し方にも落ち着きがございました。正確な御年は存じませんが、下手をすれば十歳以上離れていてもおかしくないのではないかと思ったほどです」

 

「本人の前で申さなくて良かったな」

 

「それくらいは分かっておりまする」

 

 思わず顔をしかめると、父上が笑った。

 

「ならばよいではないか。年が幾つであろうと、今日は普通に話しておった。先に寿姫はそなたよりかなり年上らしいとでも聞かされておれば、今度は年の差ばかり気にして、あれこれ考えたのであろう?」

 

 否定しようとして、口を閉じた。

 

 確かにその可能性はある。寿姫が俺よりかなり年上だと先に聞けば、言葉遣いも話題も必要以上に選び、相手の反応を見るより、自分が失礼でないかばかり気にしたかもしれない。

 

「……だからといって、何も教えぬというのも極端だと思いますが」

 

「そなたにはそれくらいで丁度よい。余計なことを知れば、その分だけ先へ考えるのだからな」

 

「父上は私を何だと思っておられるのです」

 

「先に答えを作らせると面倒な息子じゃな」

 

 即答された。

 

 腹立たしいが、昨日と同じところを突かれている以上、強くも言い返せない。それでももう一つだけ確かめておきたかった。

 

「では、今日俺と寿姫を会わせたことに、それ以上の意味はあるのですか。年齢のことはともかく、父上と太閤殿下が途中から妙に楽しそうにこちらを見ておられましたので、何も考えていないとは少々思えませぬ」

 

 父上が横目で俺を見る。

 

「それ以上、とは何じゃ」

 

「父上。分かって聞いておられるでしょう」

 

「儂には何のことか分からぬな。寿姫は近衛家の姫で、そなたは六角家の嫡男。京へ来た折に一度顔を合わせ、話をした。それ以上の何を、今から決める必要がある」

 

「決めるつもりはございませぬ。ただ、何かあるのかを知りたいだけです」

 

「ならば何かある時に考えればよい。昨日、公方様の前で弥五郎殿について何と申した。今から先を恐れて関係を壊すより、その時に利がぶつかれば、その時考えると自分で申したのであろう。自分が他人へ向けて使った理屈なら、己にも使ってみよ」

 

 よりによって、自分の言葉を返された。しかも昨日の今日だ。

 

「……それとこれとは違うような気がいたします」

 

「何が違う」

 

「上手く説明出来ませぬ」

 

「ならば、説明出来るようになるまでは同じでよかろう。少なくとも今日のところは、寿姫と話して何を思ったか、それだけ覚えておけば十分じゃ」

 

 完全に遊ばれている。

 

 追及したところで、これ以上何も出てこない顔をしていた。ただ、父上の言っていることにも一理はある。寿姫と会った。話をした。綺麗な女性で、見た目や雰囲気から俺より随分年上ではないかと予想した。そして、想像していたよりずっと話しやすい相手だった。今あるのは、それだけだ。

 

「……分かりました。これ以上は聞きませぬ。ただ、後になって『実はあの時から話があった』などと申されても、私は知りませぬからね」

 

「その時は、その時に考えればよかろう」

 

「父上は本当にその言葉が便利だと思っておられるでしょう」

 

「実際便利じゃ」

 

 満足そうな顔をされると、やはり腹は立った。

 

 *

 

 宿へ戻ると、弥太郎が外から届いた文をまとめていた。俺の顔を見るなり手を止めたが、すぐに何かを尋ねてくることはない。京へ来てから俺が毎日のように何かしら考え込んで戻ってくるため、最近は俺から話すまで待つようになったらしい。

 

「お帰りなさいませ。近衛家はいかがでございましたか。昨日の公方様のところほどお疲れには見えませぬので、少なくとも酷く困らされて戻られたわけではなさそうですが、太閤殿下とはゆるりと御話し出来たのでございますか?」

 

「出来た。一昨日も帝の御前で父上と共に御挨拶はしているが、ゆっくり話したのは今日が初めてに近い。以前、公方様が京へ戻られた時にも一度会っているから、顔自体は何度か見ているのだがな」

 

「では、今日はようやく落ち着いて御話し出来たということにございますか。若様が帰ってくるなり難しい顔をされていないところを見ると、公方様の時とは随分違ったように見えます」

 

「公方様ほど次々に問われたわけではない。それに――」

 

 そこで少し言葉が止まった。弥太郎は急かさずこちらを見る。

 

「寿姫という御方にも会った」

 

 弥太郎の手がほんの一瞬止まった。

 

「何だ、その顔は」

 

「某は何も申しておりませぬ。ただ、近衛家へ行かれて太閤殿下と御話しした後に、わざわざ姫君のお名前まで出されたので、何か印象には残ったのであろうと思っただけにございます」

 

「何でも先へ繋げようとするなよ。俺も今日初めてまともに御話ししたばかりだ。それに、正確な御年は知らぬが、見たところ俺よりかなり年上の御方だと思う」

 

「かなり、でございますか」

 

「顔立ちだけなら年齢など分からぬ。綺麗な御方だったしな。ただ、所作や話し方が随分落ち着いておられた。二つ三つ上という感じではない。もしかすると十歳以上離れていてもおかしくないのではないか、と俺が勝手に思っただけだ」

 

 弥太郎は少し考えてから頷いた。

 

「なるほど。御年を伺ったわけではなく、若様がそう見えたということにございますな。それで、その寿姫様はどのような御方でございましたか。今のお話ですと、御姿より御話しした時の方が印象へ残っておられるように聞こえますが」

 

 聞かれて、すぐに答えようとしたが、適当な言葉が浮かばない。綺麗だったというのは最初に思ったことだ。大人びていたとも言える。それでも、最後まで一番残ったのは別のところだった。

 

「……話しやすい御方だった。俺が話したことを、そのまま分かったふりで聞くのではなく、一度自分の言葉へ直して返してくる。分からなければ普通に聞くし、こちらが長く話しても途中で面倒そうな顔をしない。それで俺が、坂田を得て九万石分考えることが増えたようだと話したら、『九万石分お忙しくなったのですね』とまとめられた」

 

 弥太郎は少し黙った後、口元を緩めた。

 

「……随分分かりやすうございますな。その御方、若様の御話を扱うのがお上手なのではございませぬか。某が同じことを申し上げましたら、若様は『そこまで単純ではない』と、そこからまた長く説明を始められそうですが」

 

「お主まで言うのか。寿姫にも似たようなことを言われたぞ。ただ、長く話したから短く出来たのであって、最初から短ければ理由が分からなかったとも言われた」

 

「それなら、若様の長い御話も無駄ではなかったということでございますな。長く話される若様と、聞いたものを短く出来る寿姫様なら、御話をするには丁度よいのかもしれませぬ」

 

 その言い方に、思わず弥太郎を見る。

 

「何が丁度よいんだ」

 

「御話の長さにございます。他に何があるので?」

 

 とぼけた顔をしている。

 

 余計なことを言えば、こちらが勝手に意識したようにされそうなので黙ることにした。

 

 弥太郎は笑いながら別の紙をこちらへ差し出す。坂田から届いた報告だった。道の補修について書かれ、その下には市についての確認があり、さらに別の紙には年貢や村同士の境についての話が並んでいる。紙を一枚めくるたび、別の問題が姿を見せるようで、九万石という数字だけを見て喜んでいた頃が随分昔のことのように感じられた。

 

 その時、昼間聞いた言葉が不意に頭へ戻ってくる。

 

 ――九万石分お忙しくなられた、と考えた方が。

 

 なるほど、確かにこの紙の束を見る限り間違ってはいない。それどころか、九万石分で済んでいるのかさえ怪しく思えてくる。

 

 俺の口元が僅かに緩んだらしく、向かいから弥太郎の視線を感じた。

 

「若様。今、少し笑われましたか。坂田からの報告に、それほど面白いことでも書かれておりました?」

 

「何でもない。続きの紙を寄越せ。この分では、九万石分どころでは済まぬかもしれぬ」

 

「今の御言葉は、寿姫様から伺ったものではございませぬか?」

 

「……黙っておれ」

 

 弥太郎はそれ以上追及しなかった。ただ、差し出してきた次の紙を受け取る時、口元に浮かんだ笑いだけは隠す気がないらしい。

 

 俺はそれを無視して報告へ目を戻した。

 

 寿姫の年齢は知らない。次にいつ顔を合わせるのかも分からないし、父上と太閤殿下がどこまで何を考えていたのかも分からない。今日一度話しただけで、それ以上を決める必要もない。

 

 それでも、紙を一枚めくるたび、昼間聞いた短い言葉だけは妙に思い出された。

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