四郎たちの一行が塩津浜城の大手門を出てからも、俺はしばらくその場に残っていた。朝の冷え込みは厳しかったが、空はよく晴れている。街道を進む馬の背が少しずつ小さくなり、最後尾の供の者まで見えなくなったところで、ようやく小夜へ声を掛けた。隣に立っていた小夜も、先ほどからずっと街道の先を見つめていたらしい。俺の声に振り向くと、少し名残惜しそうに笑った。
「行ってしまいましたね」
「ああ。随分と楽しそうにしていたな。四郎も弥太郎も、あれなら少しは休めただろう」
「はい。四郎様があんなにゆっくりなさっているところを見たのは、久しぶりでございます。兄上も楽しそうでしたし、お越しいただいて本当によかったと思います」
小夜はそう言って、もう一度街道へ目を向けた。嫁いでから初めて迎えた、観音寺からの気安い客人である。いつもと違う立場で挨拶を交わすことには戸惑いもあっただろうが、食事の席で笑っていた小夜を見れば、今回の訪問をどれほど楽しみにしていたかは分かる。俺としても、妻があれほど嬉しそうにしている姿を見られたことは喜ばしかった。
「年が明ければ、また会える。それまでに四郎へ話しておきたいことでも考えておくといい」
「そうですね。今度は観音寺でお会いすることになるのでしょうか」
「おそらくな。年始の挨拶ともなれば、いつまでも塩津へ籠もっているわけにはいかん」
小夜は頷いたが、何か思い出したように俺を見た。
「殿。新年のお挨拶でも、四郎様と御仕事のお話ばかりなさるのですか?」
「……どうしてそうなる」
「お二人とも、少し目を離すとすぐに難しいお話を始めてしまわれますから。今回も随分と楽しそうにしておられたのに、領内の決まりのお話になった途端、お顔が変わっておりました」
どうやら、あの時のことをまだ覚えていたらしい。俺は苦笑したが、反論は出来なかった。実際、四郎と分国法について話しているうちに、もう少し詳しく意見を聞いてみたいと思ったことは確かだ。互いの立場を考えて途中で話を切り上げたものの、あのまま続けていれば、食事の後まで仕事の話になっていただろう。
「年始くらいは気を付けるさ。もっとも、四郎の方から話を振ってきたら分からんがな」
「その時は、私からも四郎様へ申し上げます」
「それなら、俺が言われずに済むようにしてくれ」
小夜が笑い、俺もつられて口元を緩めた。御爺も用向きがあるらしく、見送りを終えると一足先に城内へ戻っている。俺たちもいつまでも門前に立っているわけにはいかず、近習を伴って大手門を潜った。
城内へ戻る途中、小夜は朝の支度を手伝ってくれた侍女たちのことを話していた。四郎たちへ持たせた食事が足りただろうかと気にしていたので、供の人数まで確かめて用意したのだから心配する必要はないと言うと、ようやく安心したようだった。しばらくして奥へ戻る小夜を見送ると、俺は近習に命じて重蔵を呼ばせることにした。
重蔵には、四郎たちが塩津へ来る前からいくつか確かめさせていたことがある。もっとも、客人に不快な思いをさせるつもりはなかったし、六角の者を必要以上に探ることも禁じていた。朽木の領内へ入った一行が道中でどのような様子だったか。供の者たちがどこへ目を向け、何を気にしていたか。そして、奈津の件で四郎へ報告に来た篠という女が、どのように動いていたか。それらを、こちらから接触することなく確かめるよう、重蔵を通じて八門へ命じていた。
やがて襖の向こうから声が掛かり、重蔵が姿を現した。普段から八門を束ねているだけあって、こうした報告の場でも余計な言葉は少ない。俺の前へ進み出ると静かに頭を下げ、勧めた場所へ腰を下ろした。重蔵とは長い付き合いになるが、仕事の話をする時の態度は昔からほとんど変わらなかった。
「御苦労、重蔵。四郎たちは無事に出立した。道中も見ておくようには命じてあるが、まずは今回の報告を聞こう」
「はっ。右衛門督様の一行については、観音寺を発ってから塩津へ入られるまで、こちらの者に見させておりました。坂田を通る際には街道沿いの村や市へ目を向けておられたものの、長く足を止めることはなく、特に不審な動きもございませんでした」
「篠という女はどうだった?」
「こちらの者が見ていることには気付いていたものと思われます。ただ、探し出そうとする様子はなく、周囲を確かめた後は一行の警護を続けておりました」
俺は一度頷いた。四郎たちが来ることは事前に知らされていたし、こちらとしても領内へ入ったことを確かめる必要があった。六角の嫡男が供を連れて訪れる以上、道中で何か起きてからでは遅い。しかし、こちらの者が近づき過ぎれば、今度は客人に余計な疑いを持たせることになる。そうした事情もあって、姿を見せずに様子を確かめるよう命じていた。
「こちらの者に気付いた後も、追おうとはしなかったのか」
「はい。何度か周囲へ目を向けていたそうですが、それだけにございます。こちらの動きを探ろうとする様子はなく、供の者へ何かを命じることもなかったとのことです」
「見つけられなかったというわけではなさそうだな」
「恐らくは。腕前については実際に手を合わせたわけではございませんが、こちらの気配に気付くのは早かったようです。少なくとも、何も分からずに通り過ぎたとは考えにくいかと」
その報告には少し興味を引かれた。甲賀の者であれば、自分たちを見ている相手が何者なのか気になるだろう。しかも、今回は敵地へ忍び込んだわけではなく、六角の嫡男に付き従って同盟相手の領内へ入っている。仮に怪しい者が近くにいると分かれば、護衛の立場から確かめようとすることも不自然ではない。
それでも篠は、周囲を警戒するだけで追跡まではしなかった。重蔵の報告が正しければ、相手を見つけられなかったのではなく、見つける必要がないと判断したことになる。四郎が命じたのか、篠自身の判断なのかは分からないが、少なくとも不用意に動く女ではなさそうだった。
「城へ入ってからはどうだ?」
「供の者としての役目を果たすほか、特に目立った動きはございませんでした。右衛門督様の居場所を確かめたり、道中で見聞きしたことを報告したりしておりましたが、蔵や兵の詰所へ近づくようなことはなく、朽木の者へ必要以上に話を聞くこともしておりません」
「奈津の件を除けば、か」
「はい。その件については、既に御報告した通りにございます」
俺は頷き、奈津について改めて聞くことにした。重蔵から最初に報告が上がってきた時は、小夜の供として来た者が、湊や蔵の近くで妙なことを尋ねているという話だった。最初から六角の命令によるものと決めつけるつもりはなかったが、放置してよいことでもない。そこで奈津が何を見るのか、誰と話すのかを確かめさせていたのである。
報告を聞く限り、奈津の行動は少しずつ広がっていたらしい。初めは湊で働く者との世間話だったものが、いつしか船の行き先や積荷へ及び、兵の移動についても尋ねるようになっていた。とはいえ、兵の詰所へ入り込んだり、蔵の中を調べたりしたわけではない。重蔵の配下も、何かを書き留めて持ち出したところまでは確認していなかった。
「奈津が篠に声を掛けられた時は、どうだった?」
「二人が話しているところは確認しております。ただ、会話の全てを聞き取れたわけではございません。しばらく話した後、篠はその場を離れ、奈津を追うこともなく元の仕事へ戻っております」
「それから奈津へ何か確かめようとはしなかったのか」
「ございません。右衛門督様へ報告するまで、特に動きは見られなかったとのことです」
俺は腕を組み、しばらく考えた。篠は奈津へ直接話を聞き、対馬守から何を命じられていたのかを確かめている。その時点で奈津の行動に疑問を持ったはずだが、それ以上は探らず、四郎へ報告するところで止まった。四郎の説明によれば、篠に与えたのは道中の様子を見ておく役目であり、朽木の内情を調べることではなかったという。
重蔵が見た篠の行動とも、その説明は矛盾しなかった。
「重蔵。あの女をどう見る?」
俺が尋ねると、重蔵はすぐには答えなかった。少し考えるように目を伏せ、それからゆっくりと口を開いた。
「相応に腕の立つ者かと存じます。ただ、今回のことで評価すべきは、腕前そのものよりも判断の方でしょう。こちらの監視に気付いても追わず、奈津に疑わしいところがあっても、御自身の判断だけでは調べを広げておりません」
「慎重なだけではないのか?」
「それだけではございませぬ。奈津の行動に疑問を持てば、本人へ直接確かめております。何もせずに済ませようとしたわけではなく、必要なところまでは踏み込んでおります。そのうえで、右衛門督様へ報告することを選んだのでしょう」
重蔵はそこで一度言葉を切り、俺の顔を見た。
「特に、奈津を調べることより先に、御主人へ知らせることを選んだ点は見過ごせませぬ。相手が甲賀の者であり、しかも同じ六角に関わる者であれば、自分で確かめたくなるのが普通でしょう。ですが、あの女はそれをいたしませんでした」
俺も同じように考えていた。忍びにとって、情報を集めることは大切な仕事である。しかし、知ることの出来るものを全て知ろうとすれば、いずれ主人が望んでいないことにまで手を出す。奈津は恐らく、その違いを十分に考えていなかったのだろう。対して篠は、奈津を怪しいと感じても、調べを広げる前に四郎へ知らせている。
こちらの監視に気付いた時の対応も同じだった。八門を探し出そうとすることも出来たかもしれないが、そのために供の者を動かせば、朽木の側にも余計な警戒をさせる。篠はそれを避け、護衛の役目を果たすことに徹していた。六角には、なかなか良い者がいるらしい。
「もし、あの女が奈津を追っていたらどうしていた?」
「まずは殿へ御報告するつもりでございました。小夜様の供同士とはいえ、六角の者が朽木の領内で互いを探り始めれば、こちらも黙って見ているわけには参りませぬ」
「そうだろうな」
俺は苦笑した。奈津が本人の判断で動いていたとしても、それを調べる者まで勝手に動き始めれば、朽木の家中は何が起きているのか分からなくなる。下手をすれば、六角が朽木を探っているのか、それとも六角の内輪で何か問題が起きているのかさえ判断出来なくなっただろう。
だが、今回はそうならなかった。重蔵の配下が奈津の動きを見ている一方、右衛門督の配下の忍びは本人へ事情を確かめただけで止まり、四郎へ知らせている。あの女が自分の役目を弁えていたことで、俺も余計な手間を掛けずに済んだわけだ。
「右衛門督の忍びとしては、なかなか良い判断だったということか」
「はい。右衛門督様がどこまで細かく命じておられたかは分かりませぬが、あの女は主人の命を越えて動くことを好まぬように見えます」
俺は小さく頷いた。最初は小夜の供と同じ甲賀の女として見ていたが、今回の動きを知る限り、あの女は明らかに四郎の配下として働いている。自分が知りたいことより、主人が何を求めているかを優先しているのだろう。四郎が直接どこまで教えたのかは分からないが、そうした者を身近に置いているというのは、あいつの家臣の扱い方を知るうえでも興味深かった。
「他には?」
「右衛門督様御自身について、少し気になることがございました」
重蔵がそう言ったので、俺は顔を上げた。
「何だ?」
「道中において、街道や村の様子をよく御覧になっておりました。特に荷車の通る場所や、道幅の狭いところでは、馬上から何度も目を向けておられます。ただ、供の者へ何か調べさせるようなことはなく、そのまま通り過ぎておられました」
それを聞き、俺は思わず笑いそうになった。四郎らしいといえば、これほどやつらしい話もない。坂田を六角が受け取ってから、あいつが領内の道や市を気にしていることは聞いている。荷車の通りにくい場所を見つければ、何が原因なのか確かめたくなったのだろう。
「供の者は何か言っていたか?」
「詳しい話までは分かりませぬが、近習の弥太郎殿が何度か声を掛けておりました。その後、右衛門督様は笑って答え、馬を進めておられます」
今度こそ笑いが漏れた。恐らく弥太郎に、遊びに来たのだから仕事はやめろとでも言われたのだろう。塩津へ着いてからも、少し仕事の話になれば小夜と弥太郎が揃って四郎をからかっていた。本人も言い返してはいたが、本気で嫌がっている様子ではなかった。
「他に気になるところは?」
「特にはございません。御滞在中も、右衛門督様から朽木の兵や蔵について尋ねられたという話は聞いておりませぬ。湊を案内するよう求められることもなく、湖へ出た日も釣りを楽しまれておりました」
「そうか。なら、四郎は本当に遊びに来たわけだな」
「そのように見受けられます」
重蔵の返事に、俺は思わず口元を緩めた。こちらが警戒していたほど、四郎は何かを確かめようとはしていなかったらしい。もっとも、だからといって八門の報告が無駄だったとは思わない。四郎が何も調べなかったことも、今後の付き合いを考えるうえでは意味のある話だった。
「御苦労だった。奈津の件は引き続き見ておいてくれ。ただし、小夜の側にいる間は余計なことをするな。新しい動きがあれば、まず俺へ知らせるように」
「はっ。承知いたしました」
重蔵は深く頭を下げたが、退出する前にもう一度俺へ目を向けた。
「殿。一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「今回の右衛門督様の御滞在についてでございます。あの方の御振る舞いを見る限り、朽木を探るためにお越しになったとは考えにくいかと存じます。ただ、あれほど周囲へ目を配られる方が、御自身の興味を全て抑えておられたというのも、少々珍しいことに思えます」
「……つまり、どういうことだ?」
「右衛門督様は、見えていないのではなく、見ないことを選んでおられたのではないかと。そうであるならば、朽木を独立した家として扱うことについても、よく考えておられるのでしょう」
俺はしばらく重蔵を見た。何かを言い切る時にはそれなりに根拠がある。今回も、四郎の行動を見たうえでそう考えたのだろう。もっとも、そこから先は重蔵自身の推測であり、四郎の本心を確かめたわけではない。
「分かった。覚えておこう。御苦労だったな、重蔵」
「はっ」
重蔵が退出すると、部屋は静かになった。俺はしばらく座ったまま、今聞いた話を思い返していた。八門から上がってきた報告に、特別驚くようなものはない。四郎たちは道中でも城内でも余計なことをせず、篠についても、むしろ慎重な働きぶりが目立っていたという。
だが、今回の滞在で俺が知りたかったのは、六角の者が朽木を探っているかどうかだけではなかった。
四郎自身が、どのような男なのか。それをもう少し確かめたかったのである。
あいつと初めて顔を合わせた頃、俺にとって六角は、まず近江の守護として大きな力を持つ家だった。南近江に勢力を持ち、京の政にも深く関わる六角とどう付き合うかは、朽木の行く末を考えるうえで避けて通れない。味方に付ければ頼もしいが、敵に回せば厄介な相手である。だからこそ、六角との関係については常に慎重でありたいと思っていた。
実際、浅井との戦を経て両家の関係は随分と深まった。互いに兵を出し、協力して戦った結果として、朽木も以前より広い領地を得ることが出来た。だが、領地が広がれば、今度はそれを守らねばならない。六角と朽木の間に力の差があることも変わらないし、互いに望むものが食い違う時が来ないとも限らない。
そうなった時、六角が朽木をどう扱うのか。
以前の俺なら、そこを第一に考えていただろう。相手がどれほど親しく接してくれようと、家と家の関係は別の話である。四郎が個人的に気の合う相手だとしても、それだけで六角という家を信用するわけにはいかない。
その考えは今も変わっていない。
ただ、四郎については、以前ほど警戒する必要もないのかもしれないと思い始めていた。
あいつは今回、本当に遊びに来た。初めは多少疑っていた。坂田を得た直後であり、美濃の動きも落ち着いたとは言い難い。塩津の湊も、朽木にとって以前より重要な場所になっている。そんな時に六角の嫡男が数日間滞在したいと言ってくれば、何か確かめたいことがあるのではないかと考えるのも無理はないだろう。
しかし、実際に四郎がしていたことといえば、釣りをして、食事をして、小夜や弥太郎と昔話をすることがほとんどだった。分国法について話した時には随分と興味を示したものの、細かな条文や家中の事情までは尋ねてこなかった。湊から報告が届いた時も、内容を聞いてよいか確かめることさえせず、俺の仕事だからと話を終わらせている。
あの時の四郎は、確かに報せの内容を気にしていた。茶碗へ手を伸ばす前、一瞬だけこちらへ目を向けたからな。それでも聞かなかったのは、朽木のことを知りたいという気持ちより、今日ここへ来た目的を優先したからだろう。
六角と朽木は同盟関係にあるが、同じ家ではない。戦になれば協力することもあるし、互いに利害を調整しなければならないこともある。四郎はその違いを、少なくとも今回の滞在中はよく弁えていたように見えた。
小夜のことについても同じだった。あいつが心配しているのは初めから分かっていたし、俺としても当然のことだと思っている。以前の婚姻で辛い思いをした娘を、もう一度嫁がせたのだからな。しかも今度は、四郎にとっても親しい相手である俺のところへ来ている。観音寺で交わした文だけでは安心出来ず、自分の目で確かめたいと思ったのだろう。
そこで俺が小夜のことを信用してほしいと言えば、四郎も表向きは頷いたかもしれない。だが、今回は小夜の暮らしぶりを見せるだけで済んだ。四郎自身も、それ以上何かを求めようとはしなかった。帰り際の顔を見れば、余計な心配を抱えたまま観音寺へ戻るわけではないことくらいは分かる。
六角に対する俺の考えも、このところ随分と変わってきていた。
以前は、六角と手を結ぶことが朽木にとってどれほどの利になるか、そのことを第一に考えていた。だが、浅井との戦を経て互いに領地を広げた今では、これまで以上に相手の考えを知っておく必要がある。朽木が強くなれば、六角にとっても見過ごせない存在となる。今は同盟相手でも、互いの利害が食い違う時が来ないとは限らない。そうなった時、六角が朽木を一つの独立した家として扱うのか。それとも、力の差を理由に従わせようとするのか。その違いは大きかった。
少なくとも、四郎には今のところ、朽木を自分たちの思い通りに動かそうとする様子がない。むしろ、こちらが独立した家であることを承知したうえで話しているように見える。坂田を六角が受け取ることになった時も、朽木の得たものまで当然のように求めてくることはなかった。今回の奈津の件でも、六角から連れてきた者だからと身内だけで処理しようとはせず、俺と相談して進めることを選んでいる。
もちろん、それが四郎個人の考えであって、六角家の誰もが同じように考えているとは限らない。左京大夫殿や家臣たちには、それぞれの立場がある。四郎が六角の家督を継いだとしても、すべてを一人で決められるわけではないだろう。
それでも、いずれ六角を背負う男がどう考えているのかは、俺にとって決して小さなことではなかった。
そして、もう一つ。
四郎については、以前から気になっていることがある。
あいつは時折、この時代の人間としては少し変わった考え方をする。もちろん、それだけなら不思議でも何でもない。生まれつき頭の回る者はいるし、他の者が思い付かないことを考える者もいる。俺だって、幼い頃から周囲の者に妙なことを言うと思われた経験があるのだからな。
ただ、四郎の考え方には、俺にとって妙に馴染みのあるものが混じっていることがあった。
最初に気になった時は、偶然だと思った。同じような結論へ辿り着く者がいてもおかしくはないし、四郎が何を知っているのか、俺が全て把握しているわけでもない。しかし、顔を合わせる機会が増えるにつれ、その違和感は簡単には消えなくなっていた。
だから今回も、何か分かるのではないかと思っていた。
数日間一緒に過ごせば、仕事の席では見せない顔も見られる。気を抜いた時の言葉遣いや、何気ない話題への反応に、普段とは違うものが現れるかもしれない。少なくとも、俺が知っている四郎とは別の一面を見られるだろうと考えていた。
実際、その通りにはなった。
四郎は思っていた以上に負けず嫌いで、弥太郎にからかわれれば年相応に言い返し、小夜の前では兄のような顔をする。仕事の話を始めれば途端に真面目になるくせに、自分が休まされていることを指摘されると、どうにも居心地が悪そうだった。これまでの付き合いでは知らなかったことも随分と分かった。
だが、俺が本当に確かめたかったことについては、結局何も分からなかった。
四郎が俺と同じように、かつて別の時代を生きた記憶を持っているのかどうか。
その答えだけは、今回の滞在でも見つけられなかった。
俺は火鉢へ手を伸ばし、炭の熱で冷えた指先を温めた。障子の向こうでは、冬を迎える支度をする者たちの声が聞こえている。四郎が出立してから、まだ半日も経っていない。次に顔を合わせるのは年が明けてからになるだろう。
それまでに、俺も少し考えておく必要がありそうだった。
一話の文字数はどのぐらいが読みやすいですか?
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