淡海乃海 双流の近江   作:はくいろ

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 2026/10/22 文章整理


第七十話「兵を動かさぬ選択」

 二月も半ばを迎える頃、観音寺城へ届く書状は、年貢や人の往来を巡る細かな報告が大半を占めるようになっていた。儂の前に置かれた坂田の帳面には、村々からの申し出と、それを受けた後藤但馬守賢豊の判断が書き添えられている。昨年まで浅井へ納めていた米を、今年は何処へ運べばよいのか。昨秋に従来の蔵へ納めた分は、そのまま納入を終えたものとして扱われるのか。いずれも村にとっては切実な問いであり、答えを違えれば別の村からも同じ扱いを求められることになる。領主が替わったことを告げるのは容易い。しかし、そこで暮らす者たちが安心して田を作り、日々の暮らしを続けられるようにするには、こうした仕事を一つずつ片付けていくほかなかった。

 

 書付の端へ、先の納入分については旧来の扱いを改めて確かめるよう書き加え、傍らの近習へ渡した。後藤には現地で判断できることを任せてあるが、旧領主の頃の権利が絡む話まで一度に片付けさせるつもりはない。寺社領との境や、幾つもの村が入会に使ってきた山のこととなれば、双方の言い分を聞き、以前の取り決めを確かめる必要がある。坂田を受け取った時、儂とて九万石という数字だけを見ていたわけではなかった。それでも実際の帳面を開けば、土地の広さ以上に、そこに積み重なってきた約束の多さを思い知らされる。後藤たちが現地で仕事を進めてくれているとはいえ、観音寺で判断しなければならぬことも、まだ少なくなかった。

 

 近習が書付を持って下がると、入れ替わるように新しい書状が運ばれてきた。三雲対馬守定持からのもので、不破の国人たちへ遣わした者が戻ったという知らせだった。

 

 年の暮れの評定で、儂は不破への出兵を急がぬと決めている。あれからひと月余りが経ったものの、方針を改めねばならぬような出来事は起きていない。しかし、軍勢を進めぬと決めたからといって、国人たちとの付き合いまで放っておけるわけではなかった。三雲の書状には、こちらからの返答を待っている家があることや、昨年交わした話について、先方の受け取り方に違いが見え始めていることが記されていた。

 

 とりわけ気に掛かったのは、助力を求められた際の扱いである。

 

 ある家は近隣の国人と争うことになった場合、六角を頼ってもよいものかと尋ねていた。別の家は六角の使者を迎えていたことが一色方へ知られた時、こちらが知らぬ顔をせぬか確かめたがっている。いずれも今すぐ兵を貸せという話ではない。だが、その場を収めようと曖昧に頷けば、後になって一万の軍勢を求められることさえあり得る。先方が助力という言葉で何を望んでいるのかも分からぬまま、六角の名で約束などできるはずがなかった。

 

 儂は書状を閉じ、三雲には詳しい話を持って登城するよう返答を出させた。

 

 使者が持ち帰った言葉だけでは、先方がどのような事情を抱えているのか判断し難い。以前からの付き合いを通じて六角を頼るようになったとしても、それが国人同士の争いにまで兵を出してほしいという意味なら、こちらも慎重に応じる必要がある。話を聞くことと、求められた助けを約束することは別なのだからな。

 

 その日の昼過ぎ、四郎が坂田から届いた別の帳面を持ってきた。

 

 正月には朽木の弥五郎たちと随分楽しそうに過ごしておったが、普段の用向きが戻れば、いつまでも気楽にしてはいられぬらしい。書付を差し出した指先には墨が付き、見れば袖口にも薄く黒い跡が残っている。小姓に任せず、自分でも何かを書き直してきたのだろう。儂がそれを指摘すると、四郎は気まずそうに指先を確かめ、弥太郎にも同じことを言われたと苦笑した。

 

「坂田の分か。但馬守に渡しておけば済むものも多かろう」

 

「はい。ただ、村ごとの取り決めをまとめたものだけは、父上にも御覧いただきたく存じます。以前の申し出と食い違っている箇所がございました」

 

 四郎は持参した帳面を開き、印を付けてきたところを示した。

 

 村からの申し出と、以前に役人が書き留めた内容が僅かに違っているという。儂が事情を尋ねると、四郎は当初、その食い違いを全て自分で確かめようとしていたらしい。ところが後藤から、現地の者へ尋ねるべきことまで観音寺で考えていても始まらぬと指摘され、調べる事柄を分けて預け直したのだという。今すぐ判断を仰ぎたいものだけが、儂のところへ持ち込まれたわけだ。

 

 儂が後藤の判断をもっともだと言うと、四郎は苦笑したまま頷いた。

 

 以前なら、自分でも確かめておきたいと一言くらい返してきたかもしれぬ。知らぬことがあると、どうしても最後まで調べたくなるのは昔から変わらない。しかし、儂や後藤が全ての村を自分の目で見られぬのと同じように、四郎にもできることには限りがある。現地で確かめるべきことを任せ、その報告を受けて判断する。それも政を預かる者の仕事だと、ようやく身に付いてきたようだった。

 

 四郎が示した箇所については、以前の書付と照らし合わせた上で、後藤にもう一度現地へ確かめさせることにした。村の者が言い分を変えたのか、それとも役人の聞き取り方に違いがあったのか、今ある帳面だけでは分からない。いずれにしても、こちらで先に答えを決める必要はなかった。

 

 四郎は儂の指図を書き留めると、残りの報告についても簡単に説明し、午後の用向きがあると言って退出していった。

 

 夕刻には、次郎が稽古を終えて顔を見せた。

 

 手の甲に小さな擦り傷を作り、何事もなかったように袖で隠そうとしている。儂が見咎めると、本人は木刀が少し滑っただけだと言い張った。傷そのものは大したものではなさそうだったが、汚れたままにしておく必要もない。近習へ手当てを命じると、次郎は渋々手を差し出しながら、近頃覚えた太刀筋について嬉しそうに話し始めた。どのように踏み込み、何処へ刃筋を向ければ相手の構えを崩せるか。稽古の話となれば、次郎も四郎に負けぬほど言葉が多くなる。

 

 しかし、儂が今日の相手は誰だったのかと尋ねると、途端に言葉を濁した。

 

 どうやら思うように一本を取れなかったらしい。相手の名を聞けば、負けたことを悔しがっている理由もおおよそ分かる。四郎とは違うところで意地の強い子じゃ。明日の稽古では同じ隙を見せまいと、もう考えている顔をしておった。

 

 儂はそれ以上からかうことはせず、傷が治るまでは無理をせぬよう申し付けたが、次郎は承知したと言いながらも、明日は今日より上手くできるはずだと繰り返していた。

 

 *

 

 二月も下旬に入った頃、不破の件で評定を開いた。

 

 後藤但馬守賢豊、進藤山城守賢盛、蒲生下野守定秀、三雲対馬守定持、平井加賀守定武、目賀田次郎左衛門尉忠朝の六人に加え、四郎と次郎も席に着いている。

 

 年末に兵を進めぬと決めた以上、今さらその是非を蒸し返すつもりはない。今日定めたいのは、向こうの国人たちが六角へ期待していることのうち、実際に引き受けられるのは何処までかという点だった。

 

 昨年から続けてきた交渉も、誼を通じたいという言葉を交わすだけなら難しくない。しかし、付き合いが深まるほど具体的な求めも増える。その一つ一つへ何と答えるかを決めておかなければ、家中の者たちも判断に迷うことになるだろう。

 

 三雲が広げた書付には、不破の家々から届いた返答が順に記されていた。

 

 六角と誼を通じることには前向きでも、一色家との関係を断つつもりはない家。商人の通行を妨げぬ代わりに、近江側でも同じ扱いを望む家。使者を送ったことを他家に知られたくないため、返書を表立って受け取るのを嫌がる家もあるという。

 

 三雲は家ごとの違いを淡々と説明していたが、最後に一通の書状を取り出したところで、少し声を落とした。

 

「この者は、もし近隣の家より所領を侵されることがあれば、六角の御助力を願いたいと申しております。先にこちらから遣わした者へも、似た話をしたようにございます」

 

「その近隣の家が、どのような言い分で争うかは分かっておるのか」

 

 儂が尋ねると、三雲は首を横に振った。

 

 先方は昔からの境を守りたいと述べるばかりで、何処の土地について誰と争っているのかは明らかにしていないという。そもそも今まさに境を巡る争いが起きているのか、それとも将来を案じて助力を求めているのかさえ判然としなかった。これでは事情も分からぬまま、片方の味方をすることになる。

 

 平井加賀守も同じところを気にしたらしく、書状を手に取って文言を確かめていた。

 

「加賀守、どう見る」

 

「御助力を願うというだけならば、使者を迎えて話を聞くことも助力にはなりましょう。されど、先方が兵を出す約束と受け取ってしまえば厄介にございます。今は所領安堵の書付など与えず、困り事があれば事情を知らせよと返すのがよろしいかと」

 

 加賀守の言う通り、話を聞くことと兵を貸すことは分けておく必要がある。

 

 しかし、それだけで済むかどうかも分からない。国人が六角の名を盾にして隣の家へ強く出ることも考えられるからだ。六角へ助力を求めたという事実だけを広め、こちらが味方しているかのように振る舞われれば、知らぬ間に他国の争いへ名を使われることになる。

 

 儂は書状を読み直し、三雲へ先方の家と争いの相手との関係を改めて調べるよう命じた。

 

 仲裁を望むなら話は聞く。どのような事情があるのかを確かめた上で、六角にできることがあれば考えよう。ただし、六角がその土地をどちらのものと定めるかは別の話である。こちらが約束せぬことも、はっきり伝えておく必要があった。

 

 蒲生下野守は不破の国人たちの思惑そのものより、六角の返答が弱く見えることを案じていた。

 

 付き合いを望むと申し出た家へ、何事も調べてからと返すばかりでは、いざという時に頼りにならぬと受け取られるのではないかという。

 

 進藤山城守も、万一不破の城が攻められた時になって初めて兵を集めるようでは、助けようと思っても間に合わぬことを指摘した。二人の言葉には、兵を率いる者ならではの重みがある。危急の知らせは、こちらの都合に合わせて届くわけではない。助力を求められてから道を調べ、兵糧の支度を始めていたのでは、間に合わぬ場合もあるだろう。

 

「山城守の申すことはもっともじゃ。だが、助けを求められるたびに兵を出すと約束するわけにもいかぬ。備えは続ける。それと、出すかどうかの判断は分けて考えよ」

 

 下野守は少し顎を引き、承知したと答えた。山城守も異を唱えず、地図へ目を向けている。

 

 兵を出すと決めていなくとも、必要となれば動かせるようにしておくことには意味がある。不破の道筋については、坂田の者たちが荷を運ぶ際に困る場所を後藤が調べている。そこへ山城守の者も加わり、橋の傷みや雪解け後にぬかるむ道を確かめることになった。

 

 もっとも、軍勢のためだけに道を直せば、村々へ新たな負担を求めることになる。普段から米や荷を運ぶ者が使う道ならば修繕する理由もあるだろうが、どの村が何処を受け持ち、以前は誰が人足を出していたのかも確かめずに普請を命じるわけにはいかない。

 

 儂は工事を急がせるのではなく、まず旧来の取り決めと実際の道の状態を揃えて報告させるよう念を押した。

 

 目賀田次郎左衛門尉は、使者の往来と贈答に掛かる費えを書き出していた。

 

 国人たちへ送る品を厚くすることはできても、受け取る側に過分な期待を持たせてはならない。贈り物が増えれば、先方も六角がそれだけ関係を重く見ていると受け取るだろう。こちらは付き合いを保つつもりでも、相手が将来の助力まで期待するようになれば厄介である。

 

 後藤からも、坂田の役人を不破との交渉へ回し過ぎれば、せっかく落ち着き始めた村の仕事が滞ると意見が出た。

 

 儂は三雲の配下を中心に交渉を続けさせ、坂田の者へは道や商人について必要なことだけ尋ねるよう定めた。誰もが不破のことばかり見て、足元の坂田を疎かにするわけにはいかぬ。

 

 目賀田が算段した費えを見て、下野守は思いのほか少ないと笑った。

 

 ひとたび兵を動かせば、幾日も持たぬ額である。しかし目賀田は、その少ない出費も毎月重ねれば相応のものになり、しかも相手が増えるほど減らしにくくなると返した。使者を迎えればもてなしが要り、こちらから遣わせば旅の支度も必要になる。贈答を続けるのであれば、相手によって扱いを変える理由まで考えておかねばならない。

 

 下野守は笑いを収め、なるほどと頷いた。

 

 互いの持ち場が違えば、同じ銭を見ても重さが違う。軍勢を動かす者にとっては僅かな費えでも、日々の出入りを預かる目賀田には、積み重なった時の負担が見えているのだろう。

 

 儂は二人のやり取りに口を挟まず、次に必要となる使者の数だけ先に確かめさせた。今の付き合いを続けるために何が必要なのかを知っておけば、後の算段もしやすくなる。

 

 評定の終わり近くになって、四郎が書付の一箇所を指した。

 

 六角との付き合いを望みながら、返書を表立って受け取ることを嫌がる家についてである。儂はその家が用心深いだけだろうと見ていたが、四郎は使者の通る道や時期が限られているのではないかと三雲に尋ねた。先方が人目を気にしているのであれば、こちらが頻繁に人を遣わすこと自体、迷惑になるかもしれぬというのだ。

 

「対馬守。先方が返書を望まぬなら、こちらから無理に届けることもないのではないか。話を絶やさぬことと、使者を何度も通わせることは同じではあるまい」

 

 三雲はしばらく考え、使者を出す前に相手の都合を確かめると答えた。四郎はそれ以上口を出さず、書付を元の位置へ戻した。

 

 儂はその手元を見ながら、四郎がいつの間にか相手の家で起きることまで想像して話すようになったのを感じていた。

 

 三雲が気付かなかったという話ではない。何年も国人の調略に携わる男と、まだ経験の浅い嫡男とでは、物を見る場所が違う。三雲は家同士の付き合いや、交渉を続けるための手立てを考えている。一方の四郎は、使者がその家へ出入りする様子を周囲の者がどう見るかを気にしたのだろう。

 

 どちらも必要なことであり、違うところへ目が向いたからこそ、今の問いが出たのだと思った。

 

 次郎は評定の間、ほとんど口を挟まなかった。

 

 だが、話が終わると山城守を捕まえ、坂田から不破へ兵を動かすなら、どの辺りで荷を整えることになるのかと尋ねていた。山城守は地図を広げて二、三箇所を指し、道の具合次第で変わると説明している。

 

 次郎はすぐに得心した様子ではなかったが、指で道を辿りながら聞き直していた。儂が先に退出してよいと告げても、まだ話の途中らしく、山城守の方が苦笑していた。

 

 六人衆が席を立った後、四郎には少し残るよう伝えた。

 

 次郎も自分に声が掛かると思ったのかこちらを向いたが、山城守から聞きたいことがあるなら行ってよいと言うと、嬉しそうに一礼して出ていった。四郎は弟の背を見送り、儂の前へ座り直した。手元には、先ほどの評定で使った不破の書付が残っている。

 

「四郎。先ほどの話じゃが、そなたは不破の者たちへ返答する時、何を一番気に掛ける」

 

 四郎はすぐには答えず、紙の端を揃えてから顔を上げた。

 

 儂も答えを急がせるつもりはない。今のうちに何を学ばせるべきか考えるには、まずこやつが何処を見ているのか知る必要がある。

 

「六角を頼る者が、六角の言葉をどう受け取るかにございます。助けるつもりで伝えたことが、違う約束として広まってしまえば、後から言い直すのは難しゅうございますから」

 

 四郎はそこで一度言葉を切った。

 

 儂が先を促すと、先方の使者が戻った後に誰へ何を話すのかまで、六角で決められるわけではないと続けた。

 

 例えば六角が事情を聞くと答えただけでも、使者が戻ってから六角は助けてくれると伝えれば、家中の者たちはそれを信じるかもしれない。先ほど三雲へ尋ねていたことも、同じ懸念から出たのだという。

 

 儂は頷き、書付を四郎の前へ滑らせた。

 

 ならば実際に返す文を考えてみよと命じると、四郎は少し目を見開いた。普段から仕事を任せられたがるくせに、こういう時だけ驚くのだから可笑しい。もっとも、自分の考えを述べるのと、六角の名で相手へ伝える文を整えるのとでは勝手も違うだろう。

 

「ただし、対馬守の使者を勝手に動かすな。加賀守にも文を見せよ。そなた一人で決めた返答が、不破へ届くことのないようにな」

 

「承知いたしました。……父上、今すぐ書き始めてもよろしいでしょうか」

 

「急ぐ必要はない。まず飯を食え。帳面を抱えたまま倒れたら、但馬守に笑われるぞ」

 

 四郎は不服そうにしたが、腹の鳴る音まで隠すことはできなかった。儂が思わず笑うと、本人もとうとう肩を落として笑った。

 

 廊下へ出たところで、近習の弥太郎が待っていた。

 

 儂の顔と四郎の顔を見比べ、何も言わずに一礼する。恐らく、食事を後回しにしていた主人を迎えに来たのだろう。

 

 四郎は何か言い掛けたようだったが、結局は弥太郎に促されるまま歩き出した。あの男も幼い頃から四郎の側に仕えているだけあって、最近ではこちらが何も命じずとも主人を休ませる術を心得ているようだった。

 

 翌朝、四郎から不破の国人へ返す文の下書きが届けられた。

 

 昨日のうちに書き上げたものらしく、ところどころに書き直した跡が残っている。平井と三雲にも目を通させたようで、別紙には二人の意見が添えられていた。

 

 加賀守は約束の範囲が広く受け取られぬよう幾つかの文言を改め、対馬守は先方の使者が何を尋ねていたかを補っている。儂はそれらを並べ、四郎が最初に書いた文から順に目を通した。

 

 目を引いたのは、助力を求められた場合の返答だった。

 

 四郎は国人同士の争いが生じた際には双方の言い分を確かめ、六角としてできることがあれば力を貸すという趣旨の文を書いていた。

 

 相手の願いを最初から退けることはせず、かといって兵を出すと約束するものでもない。ただ、力を貸すという言葉だけを取れば、先方が何を期待するかは分からなかった。

 

 加賀守はそこへ、所領の帰属を六角が裁くと受け取られぬよう言葉を加え、対馬守は使者に口頭で伝えるべきことを別に記している。

 

 いずれも大きな書き直しではないが、使い慣れた言葉一つで相手の受け取り方が変わることを考えれば、疎かにはできぬ。書状へ何処まで記し、使者には何を説明させるのか。その違いも含めて、四郎にはよい勉強になっただろう。

 

 儂は下書きを読み終え、二人の添書を確かめてから、文を整えるよう命じた。

 

 先方が何に困っているのか知らせてくれれば、事情を確かめることはできる。しかし、その返答をもって所領を安堵したことにはならぬ。

 

 こちらが約束していないことまで期待されぬようにしなければならない一方、文の調子を冷たくし過ぎれば、今度は六角が付き合いを嫌がっていると思われよう。難しいところだが、交渉とは元々そうしたものでもある。こちらが伝えたいことだけを記せば済むわけではないのだからな。

 

 昼頃、四郎が仕上がった文を持って現れた。

 

 儂が細かなところまで加賀守たちに見てもらったのかと尋ねると、二人から随分と直されたと苦笑する。特に加賀守からは、言葉を丁寧にしただけでは約束の重さは変わらぬと諭されたらしい。

 

 四郎は少し不服そうにしていたが、直された箇所について尋ねると、一つずつ理由を説明できた。何処を改めたのかを覚えているだけでなく、なぜその言葉ではいけないのかも理解しているようだった。

 

 儂としても、ただ家臣の書いた文を写させるつもりはない。

 

 四郎が自分で考えたものを、経験のある者たちが確かめ、必要なところを直す。その理由まで知っておけば、次に同じような書状を書く時には、また違う考え方ができるだろう。

 

 儂は文を受け取り、これで使者を遣わすよう三雲へ伝えさせた。

 

「四郎。文を整えるのはこれでよいが、返事が届いた後まで気を配れよ。先方が何を言ってくるかによって、また考えねばならぬ」

 

「はい。対馬守にも、使者の帰りを待って改めて話を聞くよう頼んでおります」

 

「ならばよい。だが、坂田の方も忘れるな。但馬守に仕事を押し付けてばかりおると、いずれ叱られるぞ」

 

 四郎は真面目に頷いた後、すでに何度か叱られていると小さく笑った。

 

 後藤は若い嫡男だからといって遠慮する男ではない。仕事の進め方が悪ければ容赦なく指摘するし、現地で確かめるべきことを観音寺で考え続けていれば、さっさと人を遣わせと言うだろう。

 

 四郎も以前なら、もう少し自分で確かめたいと食い下がったかもしれぬが、近頃は後藤の判断を聞き、必要な仕事を任せ直すこともできるようになった。

 

 儂としては、そうした者が四郎の傍にいることをありがたく思っている。

 

 何事も家臣が先回りして整えてくれるようでは、いずれ自分の判断を過信するようになる。相手が嫡男であろうと、間違っているところは指摘する。その上で四郎が家臣の言葉を受け止め、自分で判断できるようになるなら、それに越したことはなかった。

 

 四郎が退出すると、儂は坂田から届いた商人の往来についての報告を開いた。

 

 昨年の暮れに騒ぎとなった通行料の件は収まりつつあるものの、商人たちが以前と同じ道へ戻ったわけではないらしい。

 

 一度余分な銭を求められた場所を避け、遠回りして荷を運ぶ者もいれば、道中でどのような扱いを受けるのか分からず、荷を出すのを待っている者もいた。取り決めを元へ戻したからといって、すぐに人の動きまで戻るものではないようだった。

 

 儂は報告を持ってきた者から、通行料を巡る騒ぎが何処で起きたのか、以前の取り決めは誰が確かめたのかを聞いた。

 

 坂田側については後藤の者が調べていたが、不破の内側となると話が違う。六角の領地ではない以上、こちらの都合で通行料を改めさせるわけにはいかぬ。まして街道沿いの国人には、それぞれ以前から得てきた収入もある。商人が困っているからといって、一方の言い分だけで関銭をなくせと言えば、先方が六角を警戒するのも当然であろう。

 

 ただ、商人の往来が減れば、その土地の市や宿も賑わいを失う。道を通る者が少なくなれば、そこで得られる銭も減るのだから、国人にとっても望ましいことではあるまい。

 

 通行料を求めること自体が問題なのではない。以前からどのような取り決めがあり、実際に何が変わったのかを知ることが先だった。

 

 儂は三雲へ、交渉を続けている家々のうち、街道に関わる者には商人の扱いについても話を聞くよう命じた。

 

 六角から新たな決まりを押し付けるのではなく、以前から続く取り決めが守られているかを確かめ、困り事があれば互いに知らせ合う。それで往来が落ち着くなら、今は十分だった。商人たちが安心して荷を運べるようになれば、坂田の市にも利益があるだろう。

 

 もっとも、こうした話は書状を一通交わせば済むものではない。

 

 使者が現地へ着く頃には事情が変わっていることもあるだろうし、商人たちが別の道を選べば、今度はそちらで新たな問題が生じるかもしれぬ。

 

 儂は報告を読み返し、後藤が坂田の役人をむやみに不破へ入らせず、現地での聞き取りを中心に進めていることを確かめた。仕事を急がせるばかりでは、せっかく落ち着き始めた村々へ余計な負担を掛けることになる。

 

 *

 

 二月も終わりに近付いた頃、美濃から届く知らせに少しずつ変化が見え始めた。

 

 発端となったのは、三雲の者が商人から聞いたという話だった。

 

 一色家では各地の軍役を改めて確かめているらしく、不破でも国人たちの抱える兵や城の守りについて尋ねる使者が往来しているという。

 

 これだけならば、別段珍しいことではない。国を治める者が軍役を確かめるのは当然の務めであり、儂とて必要があれば同じことをする。家ごとに何人の兵を出せるのか、城の守りを誰が担っているのかを知らずにいては、いざという時に軍勢を動かすことも難しかろう。

 

 しかし、別の知らせには、以前より厳しい人質の差し出しを求められるのではないかという噂が添えられていた。

 

 また、一色方の者を城へ迎えるよう命じられるのではないかと案じている国人もいるらしい。今のところ、実際にそうした命令が下されたとは確かめられておらず、話の出所もはっきりしない。

 

 使者の往来を見た者が勝手に話を膨らませただけかもしれぬし、誰かが意図して噂を広めていることも考えられた。

 

 儂は三雲を呼び、確かな知らせと噂を分けて説明させた。

 

 報告にあった家々のうち、一色から直接命令を受けたと確認できたところはまだない。軍役についての問い合わせは幾つかあったようだが、それが美濃全体で行われていることなのか、不破だけを警戒したものなのかも分からなかった。

 

 どのような使者が何処へ赴いたのかという話はあっても、その使者が実際に何を申し渡したのかまでは掴めていないという。

 

「一色方は、六角との付き合いを知ったのであろうか」

 

「知られておっても不思議ではございませぬ。こちらも使者を往来させておりますゆえ。ただ、今のところ先方が何処まで承知しているかは掴めておりませぬ」

 

 三雲はそう答え、国人たちからの返事にも以前より慎重なものが増えていると続けた。

 

 六角との付き合いを断つという話ではないが、使者を迎える時期を変えたい、書状の数を減らしたいと申し出る家があるらしい。

 

 先方にとっては、自分たちが一色から疑われることを避けるための用心なのだろう。こちらの使者が何度も訪ねれば、それを見た者が一色方へ知らせる可能性もある。今のところ無理に返事を求める理由はなく、儂も先方の望みに逆らうつもりはなかった。

 

 一色家では義龍が亡くなり、龍興が家督を継いでからまだ日が浅い。

 

 若い当主を支える者たちが、国内の軍役や城の守りを改めて確かめたいと考えてもおかしくはない。美濃の国人たちに勝手な振る舞いを許せば、家中をまとめることも難しくなる。まして西に六角、南に織田という相手を抱えておる以上、国境に近い家々の動向を気に掛けるのは当然じゃ。

 

 だが、不破の者たちが同じように受け取るとは限らぬ。

 

 国人にとって城は家を守る拠り所であり、軍役や人質の扱いも、これまでの主従関係に関わる。以前からの取り決めに従って兵を出すことと、新たな負担を求められることでは意味が違う。

 

 一色家からの命令が実際にどのようなものであろうと、その内容によっては不満を抱く者も出よう。

 

 儂が気に掛けたのは、一色家が何をしようとしているかということだけではない。その知らせを聞いた不破の者たちが、六角へ何を期待するようになるかということだった。

 

 仮に軍役や人質の扱いを不満に思う者が現れたとしても、その者がすぐ六角へ従うとは限らない。むしろ、こちらを頼れば一色家から疑われると考え、付き合いを控える場合もあるだろう。今の段階で先方の考えを決め付けるわけにはいかなかった。

 

「対馬守。今は先方へ余計な約束をするな。困ったことがあれば知らせよとは伝えてよいが、一色の命令を拒めなどとは申すな」

 

「承知いたしました。使者の往来も、先方の望みに合わせて控えさせまする」

 

「それと、一色方が実際に何を命じたかを確かめよ。噂ばかり集めても、儂には判断できぬ」

 

 三雲は深く頷き、その日のうちに手配を整えると言って下がった。

 

 儂は残された書付に目を落とし、軍役と記された箇所を指で押さえた。

 

 一色家が国人を引き締めようとすれば、その動きが六角との付き合いへ影響することは避けられまい。しかし、一色家が自らの領内で軍役を確かめることまで、六角が咎める理由はない。

 

 こちらから騒ぎを大きくするつもりはなく、今は確かな知らせを待つべきだった。

 

 翌日、進藤から坂田の道について報告が届いた。

 

 雪の残る山道には、まだ人馬を多く通せぬところがあり、橋の傷みも幾つか見付かったという。軍勢を動かすための道筋を調べるよう命じてはいたが、山城守は兵の通行ばかりでなく、村から米を運ぶ荷車が困る場所も書き留めていた。

 

 普段から使われている道の中にも修繕が必要なところがあるらしく、後藤の報告とも重なる箇所があった。

 

 儂はそのうち日頃から使われている道の修繕を優先させ、軍勢のためだけに新しく道を広げることは当面見合わせた。

 

 どの道も急いで普請を始めればよいというものではない。雪解け後の状態を確かめ、以前はどの村が手入れを受け持っていたのかも調べる必要がある。

 

 坂田の年貢米を運ぶ者にとっても使いやすくなるのであれば、普請を行う意味はあるだろうが、そのために村の負担を増やし過ぎては困る。

 

 その報告を四郎にも見せようとすると、近習から、今は次郎と庭で何やら言い合っていると聞かされた。

 

 儂が縁側へ出ると、少し離れたところで次郎が木刀を手に構えを取り、四郎はその様子を見ながら何かを指摘していた。

 

 どうやら次郎が稽古の成果を見せたがったらしい。四郎の方は相手をするつもりで来たわけではないようだが、弟にせがまれて断り切れなかったのだろう。

 

 二人とも木刀を手にしているものの、四郎は積極的に打ち込もうとはせず、次郎の動きを確かめているようだった。

 

 しばらく眺めていると、次郎は勢いよく踏み込んだものの、四郎が半歩身を引いただけで木刀の先が空を切った。

 

 勢い余って姿勢を崩したところへ、四郎が軽く木刀を添える。一本を取られた次郎は不満そうだったが、すぐに距離を取り直し、今度は先ほどより慎重に間合いを測っていた。四郎が何か声を掛けると、次郎は言い返しながらも構えを改めている。

 

 儂が声を掛けると、二人は揃ってこちらを向いた。

 

「父上、兄上が逃げてばかりで相手をしてくれませぬ」

 

「逃げているのではない。そなたが勝手に突っ込んでくるから避けているだけだ」

 

 四郎がそう返すと、次郎はまだ何か言いたそうにしていたが、儂が笑うと不承不承木刀を下ろした。

 

 次郎は近頃、以前にも増して稽古に励んでいるようだ。年末の評定以来、軍勢の動かし方にも関心を持つようになったらしく、山城守や下野守を捕まえては話を聞いているという。

 

 四郎とはまた違ったところから物事を学んでいるようだった。

 

 兄に負けたことは悔しいのだろうが、先ほどの動きを見る限り、何も考えずに打ち込んでいるわけでもない。四郎が身を引いた理由を理解しようとしていたのなら、それも稽古のうちだろう。

 

 儂は四郎へ道の報告を渡し、後藤とも相談して修繕の必要な場所を確かめるよう命じた。

 

 次郎には、山城守から聞いたことを忘れぬうちに書き留めておけと告げる。すると次郎は少し得意そうに、すでに幾つか書き出してあると答えた。ならば後で見せよと言うと、今度は慌てた様子で、もう少し整えてからにしたいと言い出した。

 

 四郎が横で笑い始め、次郎が兄へ食って掛かる。

 

 儂は二人をそのままにして座敷へ戻った。先ほどまで木刀を手に真面目な顔をしていたと思えば、今度は互いに言い返している。こうしたところを見ると、二人ともまだ若いのだと感じる。

 

 もっとも、それぞれに学ぶことが増え、担う仕事も少しずつ変わり始めているのは確かだった。

 

 *

 

 三月に入って間もなく、不破から戻った使者が新たな報告を持ち帰った。

 

 一色家による軍役の確認は実際に行われているようだが、少なくとも六角と接触していた家々へ、直ちに城を明け渡せといった命令が届いた事実は確認できなかった。

 

 ただ、国人たちの間では、今後さらに厳しい要求があるのではないかという不安が残っているらしい。三雲は、こちらと親しくしていた家の一つが、しばらくは使者の往来を控えたいと申し出たことも伝えてきた。

 

 儂はその申し出を認め、相手が再び連絡を望むまでは無理に人を遣わぬよう命じた。

 

 こちらから声を掛け続ければ、先方が望まぬ疑いを招くことにもなる。六角と誼を通じたいと考えている家であっても、一色方から疑われることまでは望むまい。こちらが付き合いを続けたいという理由だけで、相手の立場を危うくするわけにはいかなかった。

 

 とはいえ、連絡を絶ってしまえば、何かあった時に知らせを届ける道まで失われかねない。

 

 三雲には商人を通じて普段の往来が続いているかを確かめさせ、国人たちへの働き掛けとは分けて報告するよう求めた。

 

 商人の往来を知ることと、国人へ六角の意向を伝えることは違う。以前から続いている商いまで止める必要はないし、そこから自然に伝わってくる話があれば、事情を知る助けにもなるだろう。

 

 こうして届く知らせが増えるにつれ、儂の前へ運ばれる書付も次第に厚くなっていった。

 

 坂田の統治については後藤が目を通しており、不破の調略は三雲が進めている。しかし、街道の問題となれば双方に関わり、国人との約束には平井加賀守の意見も必要になる。兵を動かす場合の備えについては進藤山城守や蒲生下野守の判断が欠かせず、費えが増えれば目賀田にも確かめさせねばならぬ。

 

 それぞれが受け持つ仕事は明らかになっているものの、一つの事柄が幾つもの役目へ関わることは珍しくなかった。

 

 例えば商人の往来が減ったという知らせが届けば、その原因を三雲が確かめる一方、坂田の市への影響については後藤にも聞く必要がある。道の状態が悪いのであれば山城守の報告とも照らし合わせなければならず、修繕を行うとなれば村々の負担についても考えねばならない。

 

 どれも一つの家に任せれば済む話ではなかった。

 

 これまでの役割を変える必要はないが、互いの報告を結び付ける者がいなければ、同じ話を何度も聞くことになる。

 

 儂が全てを引き受けて一つずつ指図することもできるが、それでは仕事が増えるたびに判断が滞るだろう。六人衆にはそれぞれの持ち場があり、儂が細かなことまで指図せずとも仕事を進められるだけの経験がある。

 

 その働きを生かしながら、六角として何を決めるべきなのかを整理する者が必要になりつつあった。

 

 儂は四郎が先に整えた返書を取り出し、改めて目を通した。

 

 あの文を作るに当たり、四郎は加賀守と三雲へ自ら相談し、それぞれの意見を受けて書き直していた。坂田の件でも後藤とやり取りしており、街道については宗兵衛や篠から集めた話にも目を通している。

 

 近頃は分からぬことを何でも自分で確かめようとはせず、誰へ聞くべきなのかを考えて仕事を進めるようになった。まだ経験の足りぬところはあるが、それを補う者が家中にはいる。

 

 もちろん、家臣たちの仕事を全て取り上げて任せるつもりはない。

 

 三雲が長年続けてきた調略を四郎へ渡したところで、同じようにできるはずもなく、後藤が預かる坂田の統治についても、現地の事情を知らぬ者が一から口を出せばかえって混乱するだろう。

 

 しかし、個々の報告を確かめ、六角として何を判断すべきか考えさせるには、よい頃合いかもしれぬ。

 

 四郎がこれまでに学んできたことを、家中の仕事へどう生かすのか。そろそろ一つ、まとまった役目を与えてみてもよいだろうと思った。

 

 翌日、儂は改めて六人衆を集め、四郎と次郎にも同席を命じた。

 

 先の評定から日が経っていないため、各人の報告は必要なことに限らせた。

 

 三雲からは不破の国人たちの動向、後藤からは坂田の統治と街道の状況、加賀守からは交渉に際して注意すべき約束について、それぞれ話を聞く。山城守と下野守には兵の備えについて確かめ、目賀田には使者の往来に掛かる費えを改めて示させた。

 

 一色家の動きについても確認したが、新たに兵が集められたという確かな知らせはなく、今すぐこちらが軍勢を動かさねばならぬ理由は見当たらなかった。

 

 国人たちからの返答には慎重なものが増えているものの、六角との付き合いを断つと申し出た家が相次いでいるわけでもない。しばらく使者の往来を控えたいという家については、その意向を尊重することになっている。

 

 現状では、年の暮れに定めた方針を改める必要はなさそうだった。

 

 儂は書付を閉じ、居並ぶ者たちへ目を向けた。

 

 六人衆は皆、それぞれに仕事を抱えている。

 

 後藤は坂田の統治を進め、三雲は不破の国人たちと交渉を重ねている。加賀守には家同士の約束について意見を求めねばならず、山城守や下野守は軍勢を動かす場合の備えを確かめていた。目賀田も使者の往来や贈答に必要な銭を算段している。

 

 今はそれぞれの報告を儂が聞き、必要な指図を出しているが、不破との付き合いが今後さらに深まれば、誰か一人の判断では済まぬことも増えるだろう。まして国人たちの求めることが変われば、軍事と政、銭の算段を分けて考えることも難しくなる。

 

 そうした時に、儂の嫡男が何処まで関わり、どのような責任を負えるのか。

 

 四郎はこれまでにも家中の仕事へ関わってきたが、個々の報告に意見を述べることと、幾つもの役目にまたがる仕事を預かることは違う。家臣たちの判断を聞き、それを一つにまとめた上で、何を儂へ諮るべきか見極めなければならない。

 

 今のうちに試すのであれば、戦が始まってからでは遅いだろう。

 

「不破の件じゃが、今後は右衛門督にも深く関わらせようと思う。対馬守が進めてきた働き掛けはそのままとし、坂田との関わりも含めて、国人たちとの付き合いを右衛門督に見させたい。もちろん、何もかも一人で決めさせるつもりはない。皆の意見を聞き、必要なことは儂へ上げさせる。その上で、家中の仕事を一つにまとめる役目を担わせたいのじゃが、如何に考える」

 

 言い終えて四郎を見ると、こちらを向いたまま僅かに目を見開いていた。隣の次郎も兄へ顔を向け、それから居並ぶ重臣たちを見渡している。

 

 後藤は静かに手を膝へ置き、三雲は目の前の書付へ一度視線を落とした。加賀守も何かを考えているらしく、すぐには口を開かない。山城守と下野守は互いに顔を見合わせることもなく、目賀田は手元に置いていた帳面を閉じた。

 

 儂は急かさず、皆の返答を待つことにした。

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