最初の銃声が山裾に反響し、白い煙が六角軍の前面へ広がった。街道を進んでいた一色勢の先頭で幾人かが倒れ、後続の足並みが乱れる。しかし、敵はその場に留まらず、後方に控えていた弓兵を前へ出した。ほどなく矢が降り始め、下野守の陣でも楯を掲げる兵が増えていく。敵の先手は鉄砲の威力を知らぬわけではなく、最初の射撃を受けた後も部隊ごとに間隔を取りながら前進を続けていた。
五十挺の鉄砲をまとめて使ったとはいえ、一度撃てば次の装填まで時間が掛かる。その間を弓兵が支える手筈だったが、敵も射程へ入ったところで矢を放ち、鉄砲隊の動きを妨げようとしている。こちらが射撃を再開すると一色勢は距離を取り、槍兵が備えを直したところへ再び近付いてきた。前列を入れ替えながら攻めることで、一度に大きな損害を受けることを避けているようだった。
俺のいる本陣からは、下野守の陣の後ろ半分ほどしか見えない。双方の兵が接近するにつれて土埃が舞い、負傷者が後方へ運ばれていく様子は分かっても、敵をどれほど討ち取ったかまでは判断できなかった。戦が始まって間もなく、最初の報告が届けられた。
「右衛門督様、下野守殿より申し上げます。敵は弓兵を前へ出し、こちらの鉄砲隊を狙っております。負傷者が出ておりますが、槍兵の備えは崩れておりませぬ」
「下野守には、そのまま正面を支えてもらいたい。鉄砲は撃てる時に使えばよい。敵の矢を受けながら無理に装填を急がせることはないと伝えてくれ」
伝令を送り出した後、俺は本陣の前に控えていた将たちを呼び、負傷者の搬送路を塞がないよう予備兵の位置を少し改めさせた。先ほどから後方へ運ばれてくる兵が増えている。担架代わりの戸板に乗せられた者もおり、その脇を別の兵が水桶を抱えて走っていた。正面の戦が続けば、こうした者たちの往来も多くなるだろう。
やがて一色勢の中央から大きな喚声が上がり、槍を揃えた一隊が六角軍へ迫った。下野守の陣では前方の弓兵が下がり、後ろに控えていた槍兵が進み出ている。敵は一度こちらの前列へ取り付いたものの、槍同士がぶつかり合ううちに隊列を乱し、押し返されていった。ただし、その後方から別の一隊が進み始めており、一色軍が攻撃を諦めた様子はなかった。
下野守は正面の兵をむやみに前へ出さず、敵が近付くたびに槍兵を入れ替えている。六角方の兵は行軍を終えたばかりとはいえ、前夜に休息を取らせたこともあり、今のところ持ちこたえていた。だが、一色軍は兵数で勝っている。相手が次々と新しい部隊を投入してくれば、前線に立つ兵の疲れも次第に増すはずだった。
俺は山裾に配置した伏兵のことを考えた。正面で一色方の注意を引き付けている間に、進藤山城守が敵の側面を突く。それが今回の布陣で狙ったことだったが、敵も北へ物見を送っている以上、仕掛ける機会は慎重に選ばなければならない。
また、街道の南側にある林にも別働隊を潜ませている。こちらは北側の伏兵とは別に動かせるよう配置したもので、今のところ敵に発見されたとの報告はなかった。正面の下野守が敵を受け止めている間は、無理に動かす必要もないだろう。北側での攻撃が思うように進まなかった場合や、敵の配置に変化が生じた際に働かせることを考えていた。
そうしているうちに、街道の北側で一色方の旗が幾つか移動し始めた。前線に近い場所から兵を引き抜き、山裾へ向かわせているらしい。こちらの伏兵を発見したのか、それとも正面へ集中している六角軍の側面を狙おうとしているのか。理由を知るため、近くの物見へ人を送った。
半刻ほど経つ間に、下野守の陣では三度の攻撃が行われた。敵は槍兵を前へ出しては退かせ、こちらの防備を探るような動きを続けている。六角方でも負傷者が増えていたが、正面の備えを預かる下野守は、兵を入れ替えながら持ち場を維持していた。
その時、北の林から六角の旗が現れた。
最初に姿を見せたのは、山城守が伏せていた五百の兵だった。街道に近い一色方の側面へ進み、敵の弓兵が並んでいる辺りへ攻め掛かる。側面を突かれた一色兵は向きを変えようとしたものの、正面では下野守の軍勢と戦っており、すぐには隊列を整えられなかった。離れた本陣からも、一色方の旗が数本倒れ、兵が街道脇へ押し出される様子が見えた。
ただ、山城守の兵は敵の中へ深く入らなかった。
側面を攻めた後、すぐに林の方へ向きを変え、来た道とは別の道筋へ退き始めたのである。敵の一隊がその後を追おうとしたが、すべての兵が同じように動いたわけではなかった。街道に留まって槍を構える者もおり、追撃する兵との間に隙間が生じている。
山城守が狙っていたのは、まさにその隙だったのだろう。
別の林から第二の伏兵が現れた。最初の一隊を追って街道から離れた敵兵へ、横合いから攻撃を仕掛けたのである。追撃していた一色兵は向きを変えようとしたが、山裾の狭い場所では十分に兵を広げられない。六角方の槍が敵の列へ食い込み、先頭付近で何人かが倒れた。後続が押し寄せたことで一色勢の足並みが乱れ、街道の方へ押し戻されていく。
この動きに合わせ、下野守も前列の槍兵を少し進ませた。敵の側面で戦が起きたことで、一色方の正面にいた兵がそちらへ注意を向けたのだろう。六角軍はその隙を利用して押し返し、先ほどまで敵が攻め込んでいた場所を取り戻した。
山城守の使者が本陣へ着いたのは、それから少し経ってからだった。走ってきた兵は汗を拭う間もなく膝を突き、伏兵の戦果について報告した。
「山城守殿より申し上げます。敵の一隊を退かせ、街道の北側まで押し戻しました。ただし、一色方は既に後続の兵を向けております。こちらは定めた道から退き、兵をまとめ直しているところにございます」
「負傷者はどうだ」
「討たれた者もおりますが、詳しい数はまだ確かめられておりませぬ。追撃してきた敵を退けた後、動けぬ者を運び出しております」
俺はその報告を聞き、山城守へ兵をまとめ直すことを優先するよう伝えさせた。伏兵が敵の側面を崩したことは確かだが、その戦果に引かれて攻撃を続ければ、かえって兵を失うことになる。一色軍はまだ多くの兵を残しており、こちらの伏兵を討つために後続を向ける余力もあるようだった。
実際、先ほどから一色軍の後方では新たな旗が動き始めていた。
その一隊は街道の正面へは進まず、北の山裾を目指している。最初の伏兵が出てきた林へ向かうものと思っていたが、やがて敵の列は北東へ回り込み、少し離れた小道へ入り始めた。最初からその道を目指していたような動きだった。
俺は今朝、山城守と歩いた道筋を思い出した。林の裏側を西へ抜ける細い道があり、伏兵を退かせる時にはそこを使う予定だった。敵の向かっている先が同じ道へ通じているのであれば、山城守の兵が退く途中で挟み撃ちにされる恐れがある。
「北の兵はどれほどいる。数を確かめさせてくれ」
控えていた者が物見へ向かう間、俺は山裾の動きを追った。敵は急いで駆けているわけではなく、まとまった隊列を保ちながら進んでいる。伏兵を追い散らすために慌てて兵を出したというより、退路を塞ぐことを考えて動いているようにも見えた。
日根野備中守が軍を率いているという話が本当なら、こちらの伏兵へ対処するために別の兵を用意していても不思議ではない。最初の伏兵が攻め掛かった後、敵の後方で旗が動いたことも気になった。こちらが仕掛けるのを待っていたのか、それとも戦況を見てすぐに判断したのかまでは分からないが、敵の対応は早かった。
ほどなく物見が戻り、北へ進んだ一色兵は五百から七百ほどに見えるとの報告を寄越した。ただし、林の陰に入った兵もいるため、正確な数ではないという。こちらの伏兵とほぼ同じか、あるいはそれ以上の軍勢が北の道へ向かっていることになる。
俺は本陣に控えていた兵の配置を確かめた。予備兵はまだ相応の数が残っているが、そのすべてを北へ送るわけにはいかなかった。正面では下野守の軍勢が戦っており、一色方がさらに兵を増やせば、そちらへ援軍を送る必要も出てくる。敵が北の道を押さえようとしていることは確からしいものの、それが主力の動きを隠すための陽動である可能性も捨てきれなかった。
その時、下野守の陣から新たな報告が届いた。敵が正面へ兵を増やし、こちらの前列へ攻撃を続けているという。先ほど伏兵に押し戻された一色方は既に隊列を立て直し、再び槍兵を進ませているらしい。下野守も兵を入れ替えて応じているが、負傷者が増え始めているとのことだった。
北へ兵を回すなら、今しかない。
だが、正面も決して楽な戦にはなっていなかった。俺は手元の兵を確認し、予備兵の中から五百を選んで北へ向かわせることにした。ただし、山城守の伏兵を助けるために敵へ攻め掛かるのではなく、退路となる道の分岐を守らせる。敵が既にその場所を押さえている場合には、無理に奪い返そうとせず、山城守へ別の道を使わせる必要があった。
「弥太郎、予備の五百を北へ向かわせる。先ほど確かめた林の西側に道が分かれる場所があっただろう。あそこを押さえさせてくれ。敵が先に入っているなら、正面から攻める必要はない。別の場所へ兵を置き、山城守が戻れるようにしたい」
「承知いたしました。山城守殿へも知らせますか」
「無論だ。ただ、使者が届くまでに時間が掛かるだろう。北の道へ入った敵が退路を狙っていることを伝え、伏兵を戻す際には十分に警戒してもらいたい」
弥太郎は命令を聞くと、すぐに控えの者たちを呼び寄せた。予備兵の一部が動き始め、各隊の組頭が配下へ声を掛けている。槍を担いだ兵たちは街道から離れ、山裾へ続く道を進んでいった。俺はその姿を見送りながら、敵が先に分岐へ到達していないことを願った。
しかし、兵を動かして間もなく、北の方角から激しい喚声が聞こえてきた。
続いて、林の上へ土埃が舞い上がった。俺のいる場所からは木々が邪魔になり、何が起きているのか分からない。だが、槍をぶつけ合う音に混じって、六角方の鬨の声が聞こえてきた。山城守の兵が敵と接触したのだろう。
俺は近くの物見へ声を掛け、状況を確かめるよう命じた。既に五百の兵を向かわせているものの、山城守の伏兵がどの位置にいるのか分からなければ、救援する側も判断に迷うはずだった。敵が退路を塞いでいるのであれば、別の道を開く必要がある。だが、今の時点では、どちらが先に道を押さえたのかすら確認できていなかった。
その間にも、正面では戦が続いていた。下野守の陣からは再び鉄砲の音が響き、一色勢が槍兵を前へ出して攻め掛かっている。敵は北へ兵を分けたにもかかわらず、正面の攻撃を緩めていなかった。予備兵を五百動かしたことで本陣に残る兵も減り、さらに援軍を求められれば、どこから兵を出すべきか考えなければならない。
やがて北の林から一人の伝令が駆け出してきた。馬を使えぬ道を走ってきたのか、肩で息をしながら本陣へ入ってくる。
「右衛門督様、山城守殿の伏兵が敵と交戦しております! 北の小道へ入り込んだ一色勢が退路を塞ごうとしており、こちらも兵をまとめ直して迎え撃っておりますが、敵の数が多うございます!」
伝令の声に、周囲の者たちが一斉に顔を向けた。
「山城守は無事か」
「はっ。山城守殿は兵を指揮しておられます。ただ、最初の伏兵が退いた道へ敵が迫っており、負傷者を運び出すことが難しくなっております」
俺はすぐに伝令へ、既に五百の援軍を送ったことを知らせた。敵と戦っている山城守にとって、援軍が向かっていることを知る意味は大きいだろう。ただし、その兵がまだ分岐へ到着していないことも伝えさせる。既に助けが来たと思い込んで行動されては困るからだ。
使者が戻ると、俺は本陣に残った兵を数えさせた。正面の下野守から援軍を求める知らせはまだ届いていないが、このまま戦が長引けば、いずれ必要になるかもしれない。後続の千五百が到着するまで、手元の兵をどれほど残しておくべきかも考えなければならなかった。
日根野備中守は、こちらの伏兵を無視して正面を攻め続けるような将ではないらしい。側面を突かれればすぐに兵を分け、退路へ回り込ませる。そのうえ正面の攻撃まで続けているのだから、敵の指揮は乱れていなかった。こちらの仕掛けによって一色軍の一部を崩すことはできたものの、戦況そのものを決めるには至っていない。
俺は本陣から北の林を見た。木々の間では六角の旗が断続的に現れ、そのたびに一色方の旗も動いている。どちらが押しているのかは分からないが、少なくとも山城守の兵はまだ戦っているようだった。やがて西側の小道から、援軍として送った五百の兵が林へ入っていく姿が見えた。
その直後、正面から再び大きな喚声が上がった。
一色軍が新たな一隊を投入したらしく、下野守の陣へ向かう兵の列が厚くなっている。先ほどまで鉄砲隊が置かれていた場所では、槍兵が前へ進み、敵の攻撃を受け止めようとしていた。
俺は正面と北の林を交互に確かめ、残る予備兵の将を呼び寄せた。山城守の援軍をさらに増やすべきか、それとも下野守のために兵を残すべきか。今のところ、どちらにも決定的な知らせは届いていない。だが、兵を動かすには時間が掛かる。報告を待ち続けた結果、手遅れになることも考えられた。
俺は各隊の位置を確かめながら、次の命令を口にするために顔を上げた。
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