「下野守へ伝えよ。敵が正面へ新たな兵を出したことは見えている。今は陣を保ち、敵の攻撃を受け止めてもらいたい。北の状況が分かるまでは、残る予備兵を動かすつもりはない」
俺の命令を受け、弥太郎は伝令を送り出した。正面では一色軍が再び槍兵を進ませ、下野守の陣へ攻撃を仕掛けている。北へ向かわせた五百は既に林へ入ったものの、退路となる分岐を確保できたとの知らせは届いていなかった。
こちらの伏兵が敵に追われていることは分かっている。だが、今の時点では山城守の兵がどこまで退いたのか、敵が小道のどの位置を押さえているのかを確かめられない。山城守には既に敵が退路を狙っていることを知らせてあるが、林の中では負傷者を運びながらの移動になる。思うように兵を動かせずにいる可能性もあった。
本陣に残る予備兵は、北へ五百を向かわせたことで既に減っている。これ以上兵を割けば、正面を守る下野守が新手に押された際、すぐに援軍を送ることが難しくなるだろう。かといって、山城守の兵を救うために動かした五百が敵に阻まれれば、そちらへも対応しなければならない。
俺は新たな報告が届くまで、残る予備兵を本陣の近くに留めることにした。
そこへ、北の林から新たな使者が戻ってきた。男は泥に汚れた脚を引きずるように本陣へ入り、膝を突いた。荒い呼吸を整える間も惜しむように、山城守の兵に生じた新たな異変を伝え始めた。
「進藤様は兵をまとめて退いておられますが、敵が小道へ回り込み、味方の通行を妨げております。後方へ下がった隊のうち、二組ほどは所在を確かめられておりませぬ」
「山城守本人はどうしている」
「使者が出立する時には、林の西寄りで兵を指揮しておられました。ただ、その後のことまでは……」
使者の返答が終わる前に、弥太郎が近くへ進み出た。
「右衛門督様、援軍を増やした方がよろしいのではございませぬか。既に連絡の取れぬ隊が出ております。このままでは退く道を失う恐れがございます!」
控えていた将たちの間でも声が上がった。今すぐ兵を送るべきだという者もいれば、下野守の正面を支える予備まで動かすことに難色を示す者もいる。誰もが山城守の兵を失いたくないのは同じだったが、北の状況を確かめられていない以上、どの意見にも危うさがあった。
俺は口を開こうとして、言葉が出てこないことに気付いた。
山城守に預けた兵は、俺が選んだ場所へ伏せていた。退路も実際に確かめ、敵が追ってきた場合に備えていたつもりだった。ところが相手は、その退路そのものを狙ってきたのである。林の中で連絡を失った兵がいると聞いた途端、朝から立ててきた手筈のうち、どこに見落としがあったのかばかりが頭に浮かんだ。
鎧の下で汗が流れ、左手の指先が勝手に震え始めた。脇に置かれた水の器へ手を伸ばしかけたが、うまく掴める気がせず、途中で引っ込める。周囲では使者が返答を待っていた。山城守の兵が何処で戦っているのかも、どれほどの損害を受けているのかも分からない。そのような状況で命令を下すことが、これほど恐ろしいものだとは思っていなかった。
すぐに残る兵を送れば、少なくとも何か手を打ったことにはなる。しかし、正面では一色方の攻撃が続いている。北へ救援を送り切った後に下野守の陣が崩れれば、今度は何をもって支えればよいのか。
俺は腰に佩いた太刀の鞘へ左手を添えた。固い鞘を押さえている間だけは、震える指を周囲に見られずに済む。息を整えようとしても、胸の内の動悸は収まらなかった。
それでも、使者を待たせ続けることはできない。
「弥太郎、山城守はまだ指揮を執っているのだな」
「はい。使者の話では、そのようにございます」
「ならば、まず本人へ知らせを届けよう。既に五百を西の分岐へ向かわせてある。退いてくる兵を収容するためだ。連絡の途絶えた隊については、最後に姿を確認した場所を調べさせてくれ。ただし、捜索のために新たな兵を危険な場所へ入れることは禁じる」
俺は北から戻った使者にも、山城守へ伝える内容を確認させた。敵を押し返すことよりも、散らばった味方をまとめて退くことを優先する。援軍は既に向かっているが、まだ到着したわけではない。その点も誤りなく伝える必要があった。
「下野守には、山城守の兵の一部と連絡が取れなくなったことも伝えてくれ。ただし、正面から兵を抜かせるつもりはない。敵の攻め方に変化があれば、こちらへ報告を寄越してほしい」
弥太郎が使者を送り出すと、本陣では再び各隊への連絡が始まった。俺は太刀から手を離したものの、左手はまだ思うように動かなかった。目の前の敵と槍を交えていた頃なら、恐怖を感じても自分の身体を動かせばよかった。今は離れた場所で戦っている者たちのために、見えない状況を推し量らねばならない。
父上や蒲生下野守は、これまで幾度もこうした場面を経験してきたのだろうか。
答えを聞ける者は、今ここにはいなかった。
*
北へ向かわせた五百が分岐へ到着したという知らせは、なかなか届かなかった。街道では下野守の軍勢が一色方の槍兵を受け止めており、負傷者を運ぶ者たちが本陣の後ろを絶えず往来している。正面での戦況を伝える使者は何度か訪れたが、北の林については新しい情報がなかった。道を迂回しなければならないのか、それとも敵の兵に行く手を妨げられているのか。使者が戻らぬ理由すら、こちらでは確かめられない。
その間にも、山裾の方角からは断続的に喚声が聞こえてきた。林の奥では時折、六角方の旗が木々の間に見え隠れするものの、どの隊の旗なのかまでは分からなかった。
やがて泥に汚れた使者が戻り、山城守の兵が退却を進めていることを伝えてきた。援軍として送った五百は西の分岐付近で敵と接触したものの、伏兵の退路へ続く道を確保し、退いてくる味方を順に通しているという。山城守本人も無事で、別の小道へ散った兵を収容しながら後退していた。
「所在の分からぬ隊はどうなった」
「一隊は山城守殿のもとへ戻りました。残る者たちについては、まだ確認が取れておりませぬ。敵が追ってきておりますので、負傷者を運ぶ者から先に通しております」
少なくとも、山城守の伏兵が全滅する事態は避けられたらしい。だが、負傷者を連れて狭い道を退くには時間が掛かる。敵がどこまで追ってくるかによっては、援軍として送った五百にも相応の損害が出るだろう。
「山城守には、西へ退いた後に兵をまとめ直すよう伝えろ。援軍も味方を通し終えたら引き揚げさせてよい。敵を追い払おうとして、さらに山へ入り込むことはない」
使者が戻ると、俺は北の戦況についてこれ以上の命令を控えた。敵も兵を失っているはずだが、その損害を確かめられる状況ではない。ここで深く追撃させれば、ようやく確保した退路を自ら捨てることになるだろう。
そこへ下野守から、正面の一色軍に変化が見られるとの知らせが届いた。敵は依然として攻撃を続けているものの、街道の北寄りでは兵が入れ替わり、これまで守りを固めていた場所に隙間が生じているという。北へ向かった部隊との連絡を維持するためなのか、後方の兵も頻繁に動いているらしい。
報告を寄越した将によれば、一色勢の前列そのものは大きく崩れていない。ただ、北へ兵を割いたことで、各隊の間にあった支えが薄くなっているという。下野守はその変化を確かめながら、正面の攻撃を受け止め続けていた。
俺は街道の南側に温存していた別働隊について、篠の配下へ状況を確かめさせた。この部隊にはまだ出撃を命じておらず、敵に発見された形跡もないという。林から街道へ出る道筋は狭いものの、兵を小分けにすれば通れるらしい。北へ兵を割いた一色軍の側面を脅かすには、十分に使える位置だった。
ただし、敵の後方へ深く回り込ませるつもりはなかった。街道から離れたところで一色軍の後続に遭遇すれば、退却する際に苦労する。それよりも、正面で下野守と戦っている敵の一部へ側面から攻撃を加え、向きを変えさせる方が現実的だった。
「南の伏兵へ使者を送れ。街道沿いの一色勢へ攻め掛かり、下野守の正面を助けてもらいたい。ただし、敵が兵を向けてきたら林へ戻らず、西へ退くよう伝えてくれ。下野守の陣へ近付ければ、味方の支援も受けられる」
俺は続いて下野守へも、南から伏兵を出すことを知らせた。正面で敵を引き付けながら、側面に現れた味方を援護してもらう。時刻を定めて同時に攻めることも考えたが、林の中を進む兵が予定どおり動けるとは限らない。下野守には、伏兵が姿を現した後の敵の反応を見て、攻撃の強さを変えてもらうことにした。
俺は残る予備兵の位置を確認し、正面と南側の双方へ連絡を届けられるよう伝令を配置した。
*
街道の南側で六角の旗が現れた頃、正面では再び一色軍の攻勢が強まっていた。槍兵が前へ出て下野守の陣へ迫り、弓兵も盛んに矢を射掛けている。その最中に林から現れた伏兵は、敵の前列に近い一隊へ横合いから突き掛かった。
最初に攻撃を受けた一色兵は向きを変えようとしたが、正面では下野守の軍勢と戦っている。すぐには槍を揃えられず、数人が討たれたところで後方へ退き始めた。そこへ下野守も兵を進ませ、敵が空けた場所へ槍兵を入れていった。
ただ、一色方の立て直しも早かった。後方から新たな兵が進み、退いた前列と入れ替わって槍を並べ始めたのである。こちらの伏兵も敵の側面へ食い込んだものの、そのまま攻撃を続ければ新たな兵と正面から戦うことになる。伏兵を預かる将は、敵の動きを見て攻撃の方向を変え、下野守の陣へ近付くように兵を動かしていた。
その様子を見ていたところへ、下野守から使者が届いた。
「敵の前列を押し戻しております。ただし、後方から新たな兵が出てまいりました。下野守殿は備えを整え直し、さらに押し返す機会を窺っておられます」
俺は使者から現在の配置を聞き取り、予備兵の一部を下野守へ送ることにした。北へ向かわせた五百はまだ戻っておらず、本陣に残る兵も多くはない。しかし、正面の下野守が押し返されれば、南から出した伏兵も退き場を失うことになる。ここでは正面の兵を支える方がよいと考えた。
「下野守へ六百を送る。敵が兵を増やしている場所へ入らせ、正面の備えを厚くしてくれ。指揮は下野守に任せる。勝手に攻め掛かることのないよう、将へ申し付けておけ」
命令を受けた将が兵を集め始めると、弥太郎が残る予備の数を確かめていた。俺のところへ戻ってきた時には、いつもより表情が硬かった。
「右衛門督様、手元に残る兵が少なくなっております。敵がさらに攻めてきた場合、こちらから動かせる者は限られましょう」
「承知している。北の兵が戻れば多少は余裕ができるが、今は下野守の正面を支えることが先だ。敵もこれまでに相応の兵を使っている。こちらが先に退くと決める必要はないだろう」
弥太郎は了承し、援軍の出発を見届けるために戻った。俺はその間、街道の東側で動いている一色軍の旗を追っていた。敵の前列は下野守の攻撃を受けて少しずつ後退しているものの、全軍が崩れたわけではない。後方の兵が槍を揃え、弓兵も前へ出ている。こちらの攻撃が続けば、敵も新たな部隊で押し返してくるはずだった。
六百の援軍が下野守の陣へ入ると、正面の六角勢は再び攻撃を強めた。敵の槍兵と激しくぶつかり合い、双方の列が前後に動く。南から出した伏兵も一色方の側面へ攻撃を続けており、敵は両方へ兵を向けなければならなくなっていた。
しばらくすると、一色軍の中央付近から東へ下がる旗が増え始めた。
下野守は敵の後退に合わせて兵を進ませたが、追撃に移ったわけではなかった。敵が新たな隊列を整えれば、その手前で前進を止め、槍を並べ直している。長く戦っている兵たちに無理な攻撃を続けさせれば、押し返していたはずの陣が崩れることにもなりかねない。
やがて一色方の後方から山裾へ向かって使者らしい者が走っていった。北へ分けた兵を呼び戻そうとしているのだろうか。実際の命令までは分からないが、正面の陣を維持するために兵を集め直しているようにも見えた。
俺は下野守へ、敵が退いた場合でも追撃を急がないよう伝えた。既にこちらも相応の兵を使っており、北の山裾で戦った者たちは疲弊している。今のところ一色勢は隊列を維持していたが、その退却に乗じて深く進めば、今須方面から新手を迎える恐れもあった。
日が傾き始める頃、一色軍は徐々に街道の東へ退き始めた。最初に弓兵が後方へ下がり、続いて槍兵が隊を分けて退いていく。後方を守る部隊はなお六角軍と向かい合い、こちらが近付けば矢を放ってきた。敵将が軍勢をまとめていることは、その動きからも分かった。
下野守から追撃の可否を問う使者が届いたが、俺は深追いを禁じ、街道の確保と負傷者の収容を優先するよう命じた。柏原までは敵の動きを確かめながら進み、それより先へは新たな命令を待たせる。兵たちの疲労も激しく、隊列を整えずに追えば、退いている敵に返り討ちに遭う恐れがあった。
*
戦が収まり始めたところで、俺はようやく馬を降りた。
朝から緊張したまま過ごしていたためか、地面へ足を下ろした途端、膝に力が入らなくなりそうだった。近くにあった木の根元へ腰を下ろすと、弥太郎が水の入った器を差し出してきた。受け取ろうとした右手が思うように動かず、俺は左手を添えて器を持ち直した。
「右衛門督様、少しお休みください。陣の後方には夕餉も用意させております」
「後で食べる。先に山城守の兵がどれほど戻ったかを確かめたい。それから、負傷者を運ぶ者が足りているかも聞いてきてくれ」
「承知いたしました。ただ、何も召し上がらずにいては、明日の差し障りにもなりましょう。確認が済みましたら、必ずお戻りください」
弥太郎はそう言い残して持ち場へ向かった。俺は器を傍らへ置き、木陰から兵たちの往来を眺めていた。槍の柄を杖代わりにして歩く者、仲間に肩を貸されて戻ってくる者、担架に乗せられて運ばれる者。それぞれの顔には疲労が滲み、声を掛け合う余裕すら失っている兵もいた。
山城守の伏兵が敵に退路を狙われた時、俺は自分が恐怖していることを嫌というほど思い知らされた。あのまま援軍を送れずにいたら、林の中でどれほどの兵を失っていただろう。かといって、残る兵をすべて北へ向かわせていれば、正面を支えることも難しくなっていたはずだ。
実際には山城守が兵をまとめ、下野守が敵の正面攻撃を受け止めてくれた。北へ送った五百も退路を守り、南の伏兵は最後まで役目を果たしている。俺が一人で戦を勝たせたのではない。諸将がそれぞれの持ち場で判断を下し、兵を率いてくれたからこそ、軍勢全体が崩れずに済んだのだ。
父上から軍勢を預かった時には、自分がどれほどの責任を負うことになるのか、理解しているつもりだった。だが、実際に敵と相まみえてみれば、書物や軍議で学んだことだけでは足りない。戦場では知りたい情報がすぐに手に入るとは限らず、部隊ごとに置かれた状況も異なる。その中で判断を求められることが、これほど難しいものだとは思わなかった。
遠くで兵たちの歓声が上がった。一色軍が柏原方面へ退いたことを知り、勝利を喜んでいるのだろう。
俺はその声を聞きながら、しばらく動けずにいた。
*
翌朝、柏原へ向かった先手から、一色軍の主力が今須方面へ後退したとの報告が届いた。街道沿いには後方を守る兵が僅かに残っていたものの、こちらが近付くと戦わずに退いていったという。俺は蒲生下野守と進藤山城守を伴って柏原へ入り、周辺の警固を整えるとともに、昨日の戦で散らばった兵の捜索を続けさせた。
柏原の村々には、まだ戻っていない百姓が多かった。戸を閉ざした家が並び、街道沿いの畑には兵が踏み荒らした跡も残っている。一色軍が退いたからといって、直ちに元の暮らしへ戻れるわけではない。俺は現地の役人を呼び、村へ戻る者たちの安全を確かめさせる一方、兵が勝手に家へ入ったり、残された物を持ち出したりすることを禁じた。
昼過ぎには、各隊から損害についての報告が集まり始めた。正面を守った下野守の兵にも死傷者が出ており、特に一色軍の槍兵を受け止めた場所では負傷者が多かったという。山城守の伏兵も北へ回った敵に追われた際に損害を受けていた。行方の分からなかった者たちのうち何人かは夜の間に戻ったものの、まだ確認できていない兵も残っているらしい。
「山城守、北の林へ物見を出し、戻らぬ者たちを捜してくれ。ただし、敵の兵が残っている可能性もある。捜索のために大勢を危険な場所へ入れることは避けたい」
「承知いたしました。道を知る者を案内に付け、負傷者が見付かれば運び出せるよう手配いたします」
「下野守には、昨日戦った兵を休ませてもらいたい。柏原の守りは後続の隊と交代させよう。今須から敵が戻ってくることも考えられるから、物見は欠かさぬようにしてほしい」
「御意。後続も到着しておりますので、交代の支度はすぐに整います」
二人が持ち場へ戻ると、俺は兵糧の残りと荷駄の到着状況について報告を受けた。観音寺から送られた物資は順に坂田へ届いているが、昨日の戦で負傷者が増えたため、人足や馬の一部を搬送に充てる必要が生じていた。明日以降に不破へ進むのであれば、兵糧を運ぶ隊列を改め、後方の警固も整え直さなければならない。
夕刻には、遅れていた千五百ほどの兵もほぼ合流し、坂田へ集まった六角軍は九千に達した。ただし、負傷者や荷駄の護衛まで含めた数であり、そのすべてを前線へ出せるわけではない。俺は各隊の将に兵の状態を確かめさせ、翌朝までに行軍可能な人数を報告するよう命じた。
その日のうちに、観音寺城から父上の使者も到着した。書状には坂田の戦況を案じる言葉とともに、必要な兵糧や武具について引き続き支援する旨が記されていた。俺は柏原で一色軍を退けたこと、諸将がそれぞれの持ち場で働いたこと、味方にも相応の損害が出ていることを返書に認めた。
勝利を知らせる文を書いている間にも、昨日の戦で行方が分からなくなった兵のことが気に掛かっていた。今朝になって戻った者もいるが、まだ家族へ生死を知らせられぬ者も残っている。総大将として勝利を報告することはできても、その戦で失われたものまで簡単に帳消しになるわけではなかった。
俺は返書を弥太郎へ預け、翌朝には諸将を集めるよう伝えた。
「今須へ進むための支度を始めたい。下野守と山城守には、昨日の損害を踏まえて兵を整えてもらおう。父上への返書は、今夜のうちに送り出してくれ」
「承知いたしました。右衛門督様、今夜は早めにお休みください。昨日からほとんど眠っておられませぬ」
「分かった。弥太郎も今日は十分に休んでくれ。明日からまた働いてもらうことになる」
弥太郎が退出すると、俺は机の上に残された坂田郡の絵図を広げた。今須から関ヶ原へ続く道には、現地の者から聞き取った地形や村の位置が書き込まれている。昨日まで一色軍を迎え撃つことを考えていたが、今度はこちらが不破へ進む番だった。
柏原では守備兵から多くの話を聞き、現地の地形を確かめて戦に臨むことができた。だが、不破郡へ入れば、村々の事情も街道の状態も、こちらが知らないことが増える。日根野備中守が今須の先で軍勢をまとめ直しているのであれば、昨日と同じ戦い方が通用するとは思えなかった。
外では夜番の交代を知らせる声が聞こえ、陣所の前を兵が通り過ぎていった。俺は不破へ続く道筋を確かめた後、明朝の軍議で諸将に尋ねるべき事柄を書き留め始めた。
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