永禄五年七月上旬、近江国塩津浜城。
夜半から続いていた雨は、朝になっても止む気配がなかった。城の屋根を打つ雨粒は時折激しさを増し、庭の石畳には幾筋もの水が流れている。俺は伊香郡から届いた帳面を広げ、先月の収支について家臣がまとめた書付に目を通していた。若狭との交易はおおむね順調だが、塩津浜の倉を利用する商人が増えたことで、荷の保管場所について幾つか相談が寄せられている。雨が続けば荷役にも差し障るため、湊を預かる役人には改めて状況を確かめさせるつもりだった。
帳面を一冊読み終えたところで、廊下から控えの者が声を掛けてきた。重蔵が戻り、面会を求めているという。八門の頭領である重蔵には、坂田郡から美濃にかけての動きを調べさせていた。六角と一色が軍勢を動かしていることは以前から承知していたが、重蔵が自ら戻ったのであれば、報告すべき変化があったのだろう。
「重蔵を通してくれ。それから、午前中に予定していた倉の件は昼過ぎに回してもらいたい」
家臣が了承して退出すると、俺は帳面を閉じ、机の上を片付けた。
四郎が総大将として坂田へ向かったことは知っている。六角軍は後続が揃えば九千ほどになる見込みで、一色方も一万を超える軍勢を集めたとの話だった。朽木は直接戦に加わっていないが、坂田でそれほどの兵が動けば、伊香郡にも影響が及ぶ可能性がある。何より、四郎が初めて大軍を預かった戦である。気にするなという方が無理な話だった。
やがて重蔵が姿を現した。濡れた衣は既に改めてあり、手には油紙に包んだ書付を持っている。挨拶を済ませると、重蔵は俺が尋ねるより早く口を開いた。
「六角が勝ちました。醒井の東で一色勢を退け、柏原まで兵を進めております」
「ほう、勝ったか。四郎は無事なのだな」
「はい。六角右衛門督様が討たれたという話はございませぬ。戦の後も本陣で諸将を指揮しておられたそうです。ただし、我らの者が直接御姿を確かめたわけではございませぬ」
「分かった。まずは何よりだ。それで、どのような戦になった?」
重蔵は書付を差し出し、戦場の周辺で確認できた軍勢の動きから説明を始めた。八門の配下は柏原に近い村々や街道の周囲へ入り、双方の兵の移動を調べていたという。ただし、戦闘が始まってからは巻き込まれる危険を避け、離れた場所からの観察に切り替えている。そのため、兵が実際に交戦した場所や各隊の動きについては、戦の後に聞き取った話も含まれていた。
一色軍の総兵数は一万一千ほどと見られるものの、すべてが醒井まで進んだわけではなく、今須方面にも兵を残していたらしい。六角軍についても、坂田の守備兵と後続を合わせれば九千ほどになるが、開戦時にはまだ揃っていなかったという。実際に戦った人数は、双方とも動員した総数より少なかったようだった。
「一色方の大将は日根野備中守だったのか」
「複数の者が備中守の名を挙げております。ただ、本人を確認したという確かな証言までは得られておりませぬ。龍興の旗印についても、戦場で見たという話はございません」
「ならば、日根野が率いていた可能性が高いというところか。龍興自身は稲葉山城に残っていたのかもしれんな」
俺は書付に記された地名を順に追った。六角方は醒井の東で街道を塞ぐように布陣し、正面を蒲生下野守が受け持ったという。鉄砲と弓を用いて一色勢の前進を妨げ、その間に山裾へ伏せていた進藤山城守の兵が側面へ攻め掛かったらしい。
地形を利用した挟撃としては理解しやすい。ただ、報告によれば、一色方も伏兵を受けた後の対応が早かった。
「進藤勢が姿を現した後、一色方は北へ兵を動かしております。最初は伏兵を追い払うためかと思われましたが、後から聞き取った話では、六角方が退却に使う道へ回り込んでいたようです」
「退路を狙ったのか。日根野が指揮していたなら、なかなか厄介な相手だな」
「進藤勢は一時、退くことが難しくなったそうです。林の中では連絡を失った隊もあり、六角の本陣から救援の兵が向かったことも確認されております」
伏兵は敵が予想していない場所から現れるからこそ効果がある。一度姿を見せれば、敵もそこへ兵を向けるだろう。まして山裾の道を知られていれば、退却する先まで読まれることがある。日根野があらかじめ地形を調べさせていたのか、それとも戦場で六角方の動きを見て判断したのかは分からないが、進藤勢の退路を脅かしたことは確からしかった。
「それで、進藤の兵はどうなった」
「別の六角勢が道を守り、退いてくる兵を収容したとのことです。死傷者は出ておりますが、進藤山城守殿も無事で、大半の兵は戻れたようにございます」
「そうか。正面の戦は?」
「蒲生勢は持ちこたえ、その後、街道の南側からも六角の兵が現れたそうです。一色勢の側面へ攻め掛かり、正面でも六角方が兵を進ませたことで、一色勢は徐々に退き始めたと聞いております」
「そのまま敗走したわけではないのだな」
「はい。後方を守る兵を残し、隊列を保ちながら退いております。六角方も深くは追わず、柏原を確保したところで兵をまとめ直したようです」
どうやら、双方とも戦場で相応の判断を下していたらしい。一色方は側面を突かれても直ちに崩れず、伏兵へ対処しながら正面の攻撃を続けた。一方の六角方は、危うくなった伏兵を救い出した上で、温存していた別働隊を動かしている。単に敵の数を減らしたというより、相手の動きに応じて部隊を使い分けたことが、勝敗を分けたのかもしれなかった。
もっとも、四郎がその場で何を命じていたのかまでは分からない。
蒲生下野守と進藤山城守はいずれも実戦経験の豊富な武将だ。細かな兵の動きについては、それぞれが判断したところも多かったはずである。四郎は本陣にいたらしいが、八門の者たちが遠くから見ていただけでは、総大将と諸将の間でどのような命令が交わされたのかまでは分かるまい。
「四郎の本陣が混乱したという話はなかったか」
「そのような報告は得ておりませぬ。使者が幾度も出入りしていたそうですが、本陣の兵が大きく動揺した様子はなかったとのことです」
「それならよい。本人が何を考えていたのかは、会った時に聞けば済むことだ」
重蔵は僅かに笑った。
四郎は以前から、考えていることをすべて表情に出す男ではない。俺と話している時でも、こちらが予想していなかった答えを返してくることがある。まして初めて大軍を預かった戦となれば、普段とは違うところもあっただろう。
伏兵の一部と連絡が取れなくなった時、あいつはどうしていたのだろうか。
俺なら、かなり肝を冷やしたと思う。命じた場所へ兵を伏せ、退路まで用意していたにもかかわらず、その道を敵に狙われたのだ。救援を出せば正面の予備が減り、出さなければ配下の兵を失うかもしれない。どちらを選んでも不安が残る状況だったはずである。
それでも、結果として軍勢をまとめて勝った。
本人には色々と聞きたいことができたが、まずは現在の敵の動きを知る方が先だった。
「一色勢は今須で立て直しているのか」
「柏原から退いた兵の一部は今須へ入り、別の隊は関ヶ原方面へ進んでおります。ただし、主力が何処に集まっているのかまでは分かっておりませぬ。六角方も柏原より東への大規模な追撃は控えているようです」
「日根野が軍勢を保ったまま退いたなら、不破でもう一戦あるかもしれんな。兵糧の集積場所と、国人たちの動きを調べてくれ」
「既に配下へ命じております。西美濃の国人については、まだ六角へ帰属を申し出たという確かな知らせはございませぬ」
「当然だろう。坂田で負けたとはいえ、一色はまだ美濃を治めている。氏家や安藤、稲葉ほどの者が動くなら、軽々しく態度を決めることもあるまい」
重蔵には、不破の街道だけでなく、大垣や稲葉山城へ出入りする使者についても注意するよう伝えた。ただし、城内へ無理に入り込んで龍興の腹の内を探るようなことは求めない。今の情勢で重要なのは、一色家が実際にどれほどの兵を動かせるか、そして西美濃の国人たちがそれに応じるかどうかだった。
話を終えると、重蔵を下がらせた。雨の中を移動してきたばかりだ。次の調べについては、休んでから改めて相談すればよい。
部屋に一人残り、改めて戦の報告へ目を落とした。
四郎が総大将に任じられたと聞いた時には、左京大夫殿も思い切ったことをするものだと思った。これまで四郎が戦を経験してきたとはいえ、これほどの軍勢を率いるのは初めてのはずである。経験豊富な家臣を付けているからといって、戦場での判断まで人任せにできるわけではない。
しかし、左京大夫殿は息子へ軍勢を預けた。そして四郎は、その期待に応えて勝利を収めたのである。
諸将が優れた働きを見せたことも、もちろん大きいだろう。だが、経験豊かな家臣を使い、それぞれの役目を果たさせるのも総大将の仕事だ。父親から軍勢を任されたことで、四郎もこれまでとは違う責任を負うようになったのだと思う。
以前から、人の意見をよく聞く男ではあった。納得できないことがあれば相手が年長者であっても問い返すし、必要なところでは他人の判断に任せることもできる。その性格が軍勢を率いる上でも役立ったのかもしれない。
だが、実際の戦場で何を感じたかは、本人に聞いてみなければ分からない。
普段は妙に落ち着いた顔をしているくせに、親しい者の前では年相応のところも見せる。今回も平然としていたとは限らない。今度会った時に少し尋ねてみようと思ったが、あまり追及すると機嫌を損ねるかもしれなかった。
まあ、それも会ってから考えればよいことだ。
*
観音寺城からの使者が到着したのは、昼前のことだった。
左京大夫殿の書状には、坂田で一色軍を退け、柏原を確保したことが記されていた。四郎が率いる軍勢は後続との合流を進めており、今後は陣容を整えた上で不破郡へ進むという。兵糧や武具についても、観音寺城から引き続き支援する予定らしい。
八門から得た情報と大きく食い違うところはなかった。何より、六角が不破への進軍を続けることが正式に確認できたのは大きい。
「左京大夫殿には、勝利を喜んでいると伝えてほしい。四郎も無事とのことで安心した。朽木から兵を動かす予定はないが、湖北について何か必要な知らせがあれば、こちらからも使者を送ろう」
「ありがたきお言葉にございます。左京大夫様へ確かにお伝えいたします」
使者には食事と休息を用意させ、返書を整えて持たせることにした。書状には勝利への祝意と、今後も必要な情報を伝え合いたい旨を記す。もっとも、こちらから援軍を出すような約束までするつもりはなかった。
六角と朽木は同盟を結んでいるが、それぞれ守るべき領地を持つ独立した家だ。四郎が戦っているからといって、朽木の兵を動かすと決めるわけにはいかない。左京大夫殿も、そのような約束を求めて書状を寄越したのではないだろう。
今回の戦で六角が不破を得れば、朽木にとっても都合のよい面はある。坂田の東が一色領のままであれば、再び国境を巡る争いが起きる可能性が残る。六角が不破まで押さえれば、湖北から東へ向かう陸路の安全も、幾らか確保しやすくなるはずだ。
ただし、六角がさらに東へ勢力を広げるとなれば、話は複雑になってくる。
西美濃には氏家直元、安藤守就、稲葉良通といった有力な武将がいる。彼らはそれぞれ独自の所領と家臣を抱えており、一色家に不満があるからといって、直ちに六角へ帰属するとは限らない。六角と一色の争いが長引けば、その間に織田が動くことも考えられる。
左京大夫殿が何処まで攻め取るつもりなのかは分からないが、美濃で勢力を広げるほど、近江から離れた場所に兵を置くことになる。そうなれば、守備や補給に必要な負担も増えるだろう。
返書を家臣へ預けた後、俺は一色家の動向をまとめた書付を取り出した。
龍興の評判については、八門から以前より幾つかの話が届いている。祖父や父の代から仕える重臣たちとの関係は、必ずしも良好ではないらしい。ただし、若い当主に対する不満は、何処の大名家にもあるものだ。敵対する者が悪い噂を広めている可能性もあり、それだけで龍興の器量を判断するつもりはなかった。
だが、今回の坂田への出兵については、理解し難いところがある。
一色家は織田信長との争いを抱えており、二月には和議を結んでいる。互いに人質を交わしたとも聞いているが、それで尾張との関係が完全に安定したわけではないはずだ。そのような時期に、今度は西の六角へ大軍を差し向けたのである。
坂田で起きた問題を収める機会が、まったくなかったとは思えない。国境での争いについて使者を交わすこともできただろうし、少なくとも一万を超える兵を動員する前に、六角の出方を見極める余地はあったはずだ。
ところが龍興は軍勢を動かし、その結果として柏原から退くことになった。六角はこれを機に不破へ進軍する。龍興がどのような意図で出兵を決めたにせよ、西美濃に新たな危険を招いたことは否定できなかった。
日根野備中守の働きが悪かったわけではあるまい。伏兵の退路を狙い、敗れた後も軍勢を維持している。報告が正しければ、戦場では十分に役目を果たしていたのだろう。
むしろ気になるのは、龍興がこの敗戦をどう受け止めるかだった。
父の義龍から家督を継いでまだ日が浅く、年長の家臣たちを従えることに苦労しているのかもしれない。国人たちへ一色家の力を示そうとして、坂田へ兵を送った可能性もある。しかし、力を示すつもりで敗れれば、家中の不安はかえって大きくなる。
「……まったく、困った若殿だな」
思わず独り言が漏れた。
俺の知る歴史では、龍興は斎藤の名で知られている。織田信長に美濃を奪われた大名という印象が強いが、実際には家督を継いだ時から難しい立場に置かれていたのだろう。祖父の道三や父の義龍と比べられることも多かったはずだし、重臣たちが若い当主をどのように見ていたのかも気になる。
この世界では一色を名乗っているが、当主の抱える問題まで大きく変わったわけではないらしい。
もっとも、龍興本人に会ったことはない。今回の出兵も、家臣たちが強く望んだ結果なのか、龍興自身の決断なのかは分からなかった。今後、敗戦の責任を誰が負うことになるのかを見れば、一色家中の実情も少しは分かるかもしれない。
それにしても、四郎と龍興は対照的な立場になったものだ。
四郎はまだ六角家の当主ではないが、左京大夫殿から大軍を預けられ、蒲生や進藤といった重臣たちの助けを得ながら勝利を収めた。一方の龍興は既に一色家の当主でありながら、今回の戦で西の国境を危うくしている。
両者の違いが本人の力量によるものなのか、それとも周囲の者たちとの関係によるものなのか。今の段階では判断できないが、美濃の国人たちがどちらに将来を託すか考える際、今回の戦は大きな意味を持つだろう。
俺は一色家の書付を戻し、別にまとめていた畿内の報告を取り出した。
永禄五年。
この年については、前世の記憶に残っている出来事があった。
久米田と教興寺の戦いである。
*
俺が知る歴史では、三月に畠山高政の軍勢が久米田で三好実休を破り、実休はその戦で命を落としている。その後、五月には三好長慶が教興寺で畠山勢を破り、畿内の勢力関係は再び大きく変わったはずだった。
ところが、今のところ八門からは、そのような結果を伝える報告が届いていない。
二月の書状には、畠山方が河内で兵を集め、三好方も摂津や阿波の諸将へ使者を送っていると記されていた。三月には和泉の周辺で小競り合いが続いているという話もあり、堺の商人たちが軍勢の動向を気にしていたことが分かる。しかし、その後の報告を調べても、三好実休の戦死を示す記録は見当たらなかった。
五月についても同様だった。畠山高政が大軍を失ったという知らせはなく、むしろ河内では諸将が兵を集め続けているという。三好方の使者が各地を往来していることも確認されているが、双方の軍勢が何処へ向かっているのかまでは分かっていない。
史実と同じ戦が起きなかったのか。それとも、戦そのものはあっても結果が違っていたのか。
八門とて万能ではない。堺や京から得られる情報には商人の噂も多く、河内や和泉で起きていることをすべて把握できるわけではなかった。三月から五月にかけては報告の少ない時期もあり、その間に双方がどのような動きを見せたのか、詳しいことは分かっていない。
ただ、三好実休ほどの人物が討たれたのであれば、何らかの形で知らせが広がるはずだ。長慶の弟であり、阿波の軍勢を率いる実休が戦死すれば、三好家中の動きにも影響が出る。堺へ出入りする商人や畿内の寺社が、その事実をいつまでも知らずにいるとは考えにくかった。
俺は報告の中から、日付の空いている箇所を抜き出した。重蔵には後で、この期間を重点的に調べさせよう。今すぐ答えが得られるとは思わないが、軍勢が集結していた場所や、兵糧を運んだ道筋を確かめれば、何か分かるかもしれない。
そして、ここでも左京大夫殿の存在が気になってくる。
観音寺城から京までは近い。六角家は以前から畿内の情勢に関わっており、三好長慶と畠山高政の争いが激しくなれば、対応を迫られる可能性がある。美濃の一色家だけを相手にしていればよい立場ではないのだ。
四郎へ軍勢を預け、左京大夫殿自身が観音寺城に留まったことにも、そうした事情が関係しているのかもしれない。
近江の当主が自ら不破まで出陣すれば、京や河内で急な動きがあった時、すぐに軍勢を動かすことは難しくなる。四郎に実戦の経験を積ませるという意味もあるだろうが、左京大夫殿は畿内への備えを残すことも考えていたのではないだろうか。
もちろん、これは推測に過ぎない。新たに得た坂田郡の統治を進めるため、当主自身が近江に留まる必要もあるだろう。実際の考えは、本人に尋ねなければ分からなかった。
しかし、今年の畿内が前世の歴史とは違う状況にあることは、俺にとって無視できない問題だった。
浅井家は既に滅び、六角は坂田郡を得ている。俺自身も朽木家を継ぎ、伊香郡や浅井郡を治める立場になった。こうした変化が積み重なれば、遠く離れた国で起きる争いにも影響が出るだろう。
前世の知識が役に立たなくなったわけではない。だが、起きるはずだった出来事が起きないのであれば、その先の展開まで同じになると考えるのは危険だった。
俺は気になる事柄を書き留め、畿内の書状を別にまとめた。
*
昼過ぎ、塩津浜の湊を預かる役人が城へ登ってきた。
持参した帳面には、若狭方面から届いた荷と、湖上を通って湖北へ向かった荷の記録がまとめられている。雨のため荷役が遅れた日もあったらしいが、船の往来そのものに大きな問題はなかった。ただ、坂田で戦が始まったことで、商人たちから街道の安全について尋ねられることが増えているという。
「殿、六角方へ米や塩を運びたいという商人がおります。湊の倉を借りたいとの申し出もございまして、今後は荷の扱いが増えるかと存じます」
「今ある倉には、どれほど余裕がある」
「普段の荷を収める分を除いても、幾らかは空いております。ただ、戦が長引けば不足するやもしれませぬ」
「空いている場所を貸す分には構わん。ただし、以前から利用している商人との約定は守ってくれ。軍勢へ売る荷だからといって、ほかの者を追い出すようなことはするな」
「承知いたしました。新たに借りたいと申す者には、空きのある倉から御案内いたします」
役人は続いて、船の手配について相談してきた。六角軍へ物資を運ぶため、船をまとめて借りたいという商人がいるらしい。しかし、船頭たちには既に請け負っている仕事もあり、急に別の荷を運ばせれば普段の商売に影響するという。
「船頭たちの都合も聞いて決めてくれ。六角と朽木が同盟を結んでいるからといって、商人に無理をさせるつもりはない。既に請け負っている荷を後回しにするなら、依頼主との話も必要だろう」
「御意。それでは、船頭たちへ確認した上で、借りたい者との間を取り持ちます」
「それから、湖北へ向かう荷については、届け先を記録しておいてほしい。街道が危険になれば、商人も道を変えるだろう。どの方面への荷が増えているのか、今のうちから知っておきたい」
役人は帳面の端へ書き留め、倉を借りたいという商人についてもう少し説明した。普段は若狭から塩や海産物を運んでいる者だが、今回は米を買い集め、六角方の兵糧として売り込もうとしているらしい。ただし、まだ正式な取引が成立したわけではなく、湊の倉を確保してから買い手を探すつもりのようだった。
俺は倉の使用料をこれまでどおりとし、特定の商人だけを優遇しないよう命じた。戦のために荷が増えること自体は悪い話ではない。しかし、そうした取引に役人が深入りし、売買の成否まで保証するようになれば、後々の揉め事につながりかねない。
商人が何を売り、誰と取引するかについては、基本的に当事者同士で決めてもらえばよい。朽木が用意するのは、船を着けて荷を扱う場所と、定められた約定に従って商いができる環境だった。
役人との話を終える頃には、雨脚も幾らか弱まっていた。
湊の仕事は、日々現地で荷を扱っている者たちに任せている。俺が城から出向いて一つひとつ確かめるより、彼らの方が事情をよく知っているからだ。今回も現地で処理できるものは任せ、判断が必要なことだけ報告させるようにした。
四郎が戦っていることは気に掛かる。しかし、その間にも伊香郡では商人が荷を運び、百姓は田畑を耕している。朽木の領地を治める仕事を疎かにすれば、こちらの暮らしを支える者たちが困ることになる。
美濃の戦については、八門からの知らせを待つことにした。
*
仕事に区切りを付けた頃、小夜が茶を持って部屋へやってきた。
いつもなら帳面を片付けるまで待ってくれるのだが、今日は盆を置くなり坂田の様子を尋ねてきた。朝のうちに八門から知らせが届いたことを聞いていたのだろう。
「殿、四郎様が一色の軍勢を退けられたと伺いました。御怪我などはございませんでしたか」
「ああ。四郎は無事だ。左京大夫殿からも勝利を知らせる書状が届いている」
「それは何よりでございます。では、兄上については何か分かりましたでしょうか」
小夜が気に掛けているのは弥太郎のことだった。四郎の側近として長く仕えている男だが、今回は総大将に付き従って戦場へ出ている。書状の取り次ぎや諸将との連絡だけでも、普段とは比べものにならない忙しさだろう。
「弥太郎が負傷したという知らせはない。ただ、本人の無事を直接確かめられたわけではないからな。重蔵にも引き続き調べさせている」
「そうでございますか……。兄上は昔から四郎様のこととなると、御自分を後回しになさいます。今も御無理をしておられるのではないかと、それが心配で」
「弥太郎も戦を知らぬわけではない。四郎を支える役目は心得ているだろう。だが、そなたの心配も分かる。確かな知らせが届けば、すぐに伝えよう」
小夜は礼を述べ、茶を注ぎ始めた。湯を注ぐ手付きは普段と変わらなかったが、しばらくは何か考えているようだった。
「四郎様も大変でございますね。寿様と祝言を挙げられたばかりですのに、すぐ戦へ向かわれるなんて。寿様もさぞ御心配でしょう」
「ああ。ようやく夫婦になれたというのに、落ち着いて過ごす暇もなかっただろう。四郎も、もう少し妻の側にいたかったんじゃないか」
「殿がそのようなことを仰るとは思いませんでした」
小夜が口元へ袖を添えた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「いえ。ただ、殿も祝言を済ませて間もない頃、私を残して戦へ向かわれましたので」
言われてみれば、その通りだった。
「……人のことを言える立場ではなかったな」
「ようやくお気付きになられましたか」
「いや、参った。あの頃は家のことや戦の支度で頭が一杯だった。そなたがどれほど心配していたか、十分に考えていなかったかもしれん」
「殿が御無事に戻られると信じておりましたけれど、それでも帰りを待つ間は気が休まりませんでした。きっと寿様も、今は同じようなお気持ちでいらっしゃるのでしょうね」
小夜の言葉に、俺は以前のことを思い返した。
戦へ出る側には、その時々に片付けるべき仕事がある。兵を動かし、諸将と話し合い、敵の動きを確かめる。そうしている間は目の前のことに追われるが、残された者たちには、戦場で何が起きているのか詳しく伝わるわけではない。
使者が到着するたびに胸を騒がせ、無事を知らせる文が届くまで待つことになる。俺自身、塩津浜にいながら四郎の戦の行方を気に掛けていたのだから、その心情は少しは理解できるつもりだった。
「四郎が戻ったら、しばらくは寿殿と過ごさせてやりたいものだ。今回の戦について本人から聞きたいこともあるが、少し後にしよう」
「殿がお呼びになれば、四郎様も喜んでおいでになるでしょう。けれど、いつものように夜遅くまでお話をなさるのではございませんか?」
「そこまで長話をするつもりはないぞ。戦の様子を少し聞くだけだ」
「その『少し』が、いつも随分と長いのでございます」
そう言われると反論できない。
四郎とは政治や軍事の話を始めると、つい時間を忘れてしまう。互いの領地のことや、気になっている出来事について話していれば、あっという間に夜が更けるのだ。以前にも、少し話すだけのつもりが、気付けば随分と長い時間を過ごしていたことがある。
「それなら、今度は寿殿も一緒に呼べばよい。そなたも久しぶりに話ができるだろう」
「それは嬉しゅうございます。ただ、四郎様がお戻りになられたばかりの頃は、御二人だけで過ごしていただきましょう」
「分かった。帰ってきた日に押し掛けたりはせん」
「では、何日ほどお待ちになりますか?」
「……三日では短いか?」
小夜は声を立てて笑った。
「四郎様には、しばらく御養生いただかなくてはなりませんね」
「どうやら、そなたに任せた方がよさそうだな。四郎が戻った後のことは、寿殿の都合も聞いて決めよう」
「はい。それがよろしいかと存じます」
俺も笑いながら茶を口へ運んだ。
先ほどまで兄の身を案じていた小夜の表情が、幾らか明るくなっている。心配がなくなったわけではないだろうが、こうして別の話をしている間だけでも気が紛れるなら、それでよかった。
小夜が退出する前、俺は弥太郎について新しい知らせが届けば必ず伝えると約束した。
四郎も弥太郎も、無事に戻ってきてもらいたいものだ。
*
夕刻、重蔵を再び部屋へ呼んだ。
今度は美濃ではなく、京から河内、和泉にかけての情勢について聞きたかった。机の上には、昼間に選り分けた書状を日付順に並べてある。
「重蔵、三好と畠山の争いについて調べ直してほしい。特に三月から五月の間だ。三好実休と畠山高政が何処で兵を動かしていたのか、それを知りたい」
「承知いたしました。何か気になることがございましたか」
「両家が兵を集めているという話は聞いている。だが、大きな戦になったという知らせがない。実際に軍勢がぶつかっていないのか、それとも小さな戦が続いているだけなのか。その辺りを確かめたい」
重蔵は書状の一枚を取り、記された地名を確かめた。
「三好方が摂津や阿波の諸将へ使者を出していることは確認しております。畠山方も河内で兵を集めておりますが、双方の軍勢が何処に集まっているかまでは把握できておりませぬ」
「三好実休が討たれたという噂は、やはりないのだな」
「ございませぬ。実休ほどの方が戦死すれば、商人や寺社の間でも話になるでしょう。我らが見落としている可能性はありますが、今のところは何も」
「分かった。ならば、兵糧を運ぶ道や、兵が集まっている城を調べてくれ。何処へ軍勢を向けようとしているのか、それで少しは分かるかもしれん」
重蔵は了承したものの、河内や和泉については調べに時間が掛かると断った。京や堺には八門の者たちが出入りしているが、各地の城や陣へ近付けるわけではない。軍勢の動きを確かめようとすれば、現地の商人や寺社に伝わる話を幾つも集め、食い違いを調べる必要があるという。
俺は急いで結論を出す必要はないと伝えた。確かな情報が少ないうちに、噂を事実として扱う方が危険だからだ。
「それから、左京大夫殿が京や畿内へ使者を出しているかも、分かる範囲で確かめてほしい。今回、四郎へ軍勢を預けて近江に残ったことが少し気になっている」
「畿内での争いに備えておられると?」
「そう考えることもできる、という程度だ。近江の政務を離れられないだけかもしれん。六角の内情まで探る必要はないぞ。街道や宿場で分かる範囲で構わない」
「御意。京へ出入りする使者について、配下へ調べを命じます」
六角と朽木は同盟関係にある。だからといって、左京大夫殿が何を考えているのか、何処の誰と書状を交わしているのかまで探るつもりはなかった。知りたいのは、畿内でどのような勢力が兵を動かし、それが近江へどのような影響を及ぼすかということだ。
仮に三好と畠山の争いが大きくなれば、京を巡る情勢も変わるだろう。六角家が対応を迫られれば、美濃へ向けられる兵や物資にも影響が出る可能性がある。
そうなれば、四郎の戦も今までとは違ったものになるかもしれない。
重蔵には美濃の調べも続けるよう命じた。不破の軍勢が何処へ移動しているのか、日根野備中守が今須で兵を立て直しているのか。そうした情報は、朽木にとっても無関係ではなかった。
「殿、畿内への調べを増やすとなれば、少しばかり人を動かす必要がございます。美濃に入っている者たちは、今のところそのままにしておくつもりですが、よろしゅうございますか」
「構わん。美濃の情報を減らしてまで畿内へ人を回す必要はない。急ぎでなければ、京へ向かう商人や使者から話を聞くことから始めてくれ」
「承知いたしました。そのように手配いたします」
重蔵が退出した後、俺は畿内の書状を片付けた。
前世で知っていた出来事が起きていないように見えるからといって、直ちに何かが変わるわけではない。重要なのは、現実にどのような軍勢が動き、誰がそれを支えているかだった。
畿内で大きな戦が起きるのであれば、いずれ何らかの知らせが届くだろう。その時に慌てずに済むよう、今は確かな情報を集めておきたかった。
*
夕餉を終えて自室へ戻る頃には、朝から降り続いていた雨も上がっていた。
庭の木々にはまだ水滴が残り、風が吹くたびに葉から雫が落ちている。廊下では夜の警固を担当する者たちが持ち場を確かめており、遠くで戸を閉める音が聞こえた。
俺は昼間の役人から預かった倉の帳面を開き、空いている場所と既に貸し出している場所を確かめた。明日には湊へ使いを出し、船頭たちの都合についても確認してもらうことになっている。
帳面の端には、商人たちから寄せられた幾つかの要望が書き込まれていた。荷を置く場所を増やしてほしいという者もいれば、雨の日でも積み下ろしができるよう、屋根のある場所を使いたいという者もいる。いずれも無理な要求ではないが、すべてを一度に受け入れることはできないだろう。
俺は必要な箇所へ印を付け、役人と相談するための紙を添えた。
その途中、昼間に届いた六角からの書状が目に入った。
四郎は今頃、柏原で不破へ進む支度をしているのだろう。軍勢が九千に達したとしても、そのすべてを戦場へ出せるわけではない。後方の警固や荷駄の護衛も必要になるし、負傷した兵を休ませる場所も用意しなければならない。敵を退けた後にも仕事が尽きないことは、俺自身の経験からもよく分かっていた。
それに、日根野備中守が簡単に不破を明け渡すとも思えない。
一色軍は敗れたものの、軍勢を維持したまま退いている。今須や関ヶ原には防ぎやすい場所もあり、現地の国人たちがどちらに味方するかによって戦況は変わるだろう。四郎が何処まで進むつもりなのかは分からないが、今後も容易な戦ばかりではないはずだった。
俺としては、あいつが何処までやれるのか見てみたい気持ちがある。一方で、親しい友人としては無事に帰ってもらいたいとも思う。
小夜の兄である弥太郎も同じだ。あの男は四郎のことになると、自分の身を顧みずに働くところがある。今回の戦では本陣にいたらしいが、伝令の手配や負傷者の収容など、危険を伴う仕事も少なくないだろう。
四郎と弥太郎が揃って観音寺城へ戻れば、小夜もようやく安心できるはずだ。
その時は寿殿も交えて、久しぶりに皆で顔を合わせたいものだった。
もっとも、四郎が不破を得た後、どれほどの間戦場に留まることになるのかは分からない。土地を攻め取れば、それを治める仕事も増える。左京大夫殿がどのような役目を与えるかによっては、帰還までまだ随分と時間が掛かるかもしれなかった。
俺は六角から届いた書状を文箱へ収めた。
すると、廊下の向こうから小夜の声が聞こえてきた。奥女中と明日の用向きについて話しているらしい。しばらくすると、小夜が部屋の前へ姿を見せた。
「殿、明日の朝、少しお時間をいただけますか。伊香郡から届いた品について、御相談したいことがございます」
「構わん。朝の仕事が済んだら聞こう」
「ありがとうございます。それでは、明日お持ちいたします」
小夜は礼を述べた後、俺の机に置かれた文箱へちらりと目を向けた。
「……坂田から、また何か知らせがございましたか」
「いや、昼間に届いた書状を片付けていただけだ。新しい知らせがあれば、そなたにも伝える」
「はい。お願いいたします」
小夜はそれ以上何も尋ねず、奥へ戻っていった。
俺はその後ろ姿を見送り、部屋に残していた灯明を一つ消した。
四郎の勝利を喜ぶことはできても、戦が終わったわけではない。小夜が弥太郎の身を案じるのも当然だろう。朽木から軍勢を出す予定はないが、だからといって何もせずにいるつもりはなかった。
明日も湊の仕事がある。伊香郡の村々からは新たな報告が届くだろうし、重蔵も配下へ次の指示を出すはずだ。美濃で何が起きるにせよ、朽木の領地を治める役目が変わるわけではない。
床に入ると、廊下の向こうで夜番が交代する足音が聞こえた。
雨はすっかり止んでいる。
俺は障子の向こうに広がる夜の暗さを眺めながら、四郎たちが今夜も無事に休めていることを願った。
一話の文字数はどのぐらいが読みやすいですか?
-
このまま
-
5000文字前後
-
15000文字前後
-
1~5000文字