永禄六年一月中旬。近江国観音寺城へ向かう道中。
近江へ入ってから、街道を行き交う荷駄の数が目に見えて増えていた。
年が明けたばかりだというのに、米俵や反物を積んだ馬が途切れることなく行き交い、道端の茶屋には商人らしい男たちが幾人も集まっている。荷を運ぶ者たちは寒さに肩を縮めながらも足取りは確かで、すれ違う荷車の間では互いに道を譲り合う声が飛び交っていた。荷の行き先を尋ねるまでもなく、近江を通って畿内へ向かう者もいれば、美濃や尾張へ向かう者もいるのだろう。
美濃で大きな戦があった後とは思えぬほど、近江の道は落ち着いている。
もっとも、近江は古くから商いの盛んな土地であり、畿内と東国を結ぶ道でもある。六角が西美濃を手に入れたからといって、急に人の往来が増えたと考えるのは早計だろう。それでも街道の様子を眺めていると、以前に通った時よりも商いが盛んになっているように思えた。
尾張にも商人は多く、我が殿も商いの利を軽んじてはおられない。しかし、領内にはまだ落ち着かぬところがあり、犬山のことも片付いてはいない。美濃へ兵を向けるにしても容易ではなく、これから領国を広げるとなれば兵を養う銭も米も必要になる。近江の賑わいを羨ましく感じたのは、そのような事情もあったからだろう。
街道をしばらく進んだところで、供の者から休息を取ってはどうかと声を掛けられた。観音寺城まではまだ道程が残っており、馬も少し休ませた方がよさそうだった。私は近くに見えた茶屋へ立ち寄ることにし、供の者たちにも休むよう伝えた。
店先には荷を下ろした商人が二人ほど腰を下ろしていた。軒下では主人らしい初老の男が薪をくべており、こちらに気付くと慌てて立ち上がった。武家の一行が突然立ち寄ったことに驚いたようだったが、私が茶を所望すると愛想よく席を勧めてくれた。
「しばらく休ませてもらおう。供の者にも何か出してやってくれ」
「承知いたしました。温かい湯もございますので、どうぞごゆるりと」
主人は手際よく茶碗を並べ、奥へ声を掛けた。娘らしい若い女が餅を焼き始めると、香ばしい匂いが店先まで漂ってきた。私は火鉢の近くへ腰を下ろして茶碗を受け取り、冷えた指先を温めた。馬上では気にならなかったが、こうして休んでみると身体が随分と冷えていたらしい。
しばらく街道を眺めながら茶を飲んでいたものの、次々と客が立ち寄る様子が気になり、主人へそれとなく尋ねてみた。
「今日は随分と人が多いな。いつもこのようなものなのか」
主人は嬉しそうに笑い、近頃は以前にも増して商人の往来が盛んになっていると教えてくれた。昔から人通りの多い道ではあったが、荷を運ぶ者がこの茶屋へ立ち寄ることも増え、以前なら余計な銭を求められるのを嫌って遠回りしていた商人まで通るようになったらしい。
主人の話によれば、街道や渡し場の扱いも少しずつ変わっているという。雨が降れば荷車が埋まってしまうような場所が直され、渡し場でも理由の分からぬ銭を求められることが減ったそうだ。もちろん、どこへ行っても同じというわけではないらしいが、商人たちの間では以前より往来がしやすくなったという声が多いのだという。
私は茶碗を置き、主人へ目を向けた。道を直すにも渡し場の取り決めを改めるにも、それなりの費用や手間が掛かる。街道を行く者たちのためだけに行っているとは思えないが、領内の商いを盛んにするための手立てであることは確かだろう。
「六角の御屋形様が命じられたのか」
「もちろん御屋形様のお力もございましょうが、今は嫡男の右衛門督様が積極的に政を進めておられるそうでございます」
思わぬ名前が出てきたため、私は茶碗を口元へ運ぶ手を止めた。
右衛門督とは以前、稲葉山城で直接会っている。年若いながらも西美濃を切り取った人物であり、我が殿もその力量を認めておられた。ただ、私が知るのは軍を率い、他家の使者と向き合う姿である。領内の商人から、これほど親しみを込めて名前が出るとは思っていなかった。
主人は私が興味を持ったと分かったらしく、右衛門督の評判について話し始めた。商人だけでなく百姓たちの間でも政への期待が高まっており、領民の暮らしを気に掛けてくださる方だと噂されているらしい。その言い方には、単に偉い人物を褒めているだけではない親しみが感じられた。
実際にお会いしたことはあるのかと尋ねると、主人は少し照れたように笑った。
「お話ししたというほどではございませぬが、一度だけお姿を拝見したことがございます。この先の道を見においでになりましてな」
茶屋から少し先に進んだところには、以前から雨のたびに道が傷む場所があったらしい。荷車の車輪が泥に埋まり、荷を下ろして人手で押し出さねばならぬこともあったという。商人の中にはそこを嫌って別の道を通る者もおり、主人たちも以前から役人へ修繕を願い出ていたそうだ。
そのような折に右衛門督が現れ、傷んだ道を見て回ったという。
「最初はどなたか存じ上げませんでした。まだお若い方でございましたからな。ところが、道がいつから傷んでおるのか、荷車が通れぬ時はどうしておるのかと、随分と細かくお尋ねになりまして」
主人は当時を思い出したのか、笑みを浮かべた。右衛門督は道の様子を見るだけでなく、困っている者たちの話にも耳を傾けたらしい。ただ、その場ですぐに直すと約束することはなく、役人へ詳しく調べるよう命じて立ち去ったという。
主人もその時は、立派な武家が話を聞いてくれたという程度にしか思わなかったそうだ。ところが、しばらくして役人が改めて道を調べに来るようになり、やがて修繕が始まった。その頃になって、以前訪れた若者が六角の嫡男だったと知ったらしい。
主人は当時の驚きを隠そうともせず、何もかもすぐに良くなるわけではないが、困っていることを聞いていただけるだけでも違うと語った。以前は役人へ訴えてもなかなか話が進まなかっただけに、実際に道が直された時は嬉しかったという。
私はその話を聞きながら、少し考え込んだ。
領民の訴えを聞くこと自体はそう珍しい話ではない。武家が領内を巡ることもあれば、役人に様子を調べさせることもある。ただ、修繕に至るまでの手順を聞く限り、右衛門督は単に領民を喜ばせるために顔を見せたわけではなさそうだった。
主人はさらに、村の百姓たちも右衛門督へ暮らしのことを尋ねられたと話していると教えてくれた。何に困っているのか、役人へ申し出ても改まらぬことはないかと聞かれ、緊張のあまり上手く答えられなかった者もいたらしい。そうした者が後になって、偉い方が自分たちの暮らしを気に掛けてくださったと嬉しそうに語っていたという。
その様子が目に浮かび、私は思わず頬を緩めた。
もちろん、この茶屋の主人が見聞きしたことだけで領内のすべてを判断するわけにはいかない。新しい政を快く思わぬ者もいるだろうし、商いが盛んになった者ほど六角への評価は高くなる。それでも実際に道が直され、以前との違いを感じている者がいることは確からしかった。
主人は新しい湯を注ぎながら、今度は百姓たちの間で話題になっていることを聞かせてくれた。
「最近では、六角が直接治める土地の年貢も改められるそうでございます。四公六民というものにするのだとか」
その言葉には少々驚かされた。四公六民といえば収穫の四割を年貢とし、残り六割を百姓の取り分とすることになる。従来の負担が重い土地であれば、百姓たちにとっては随分と有り難い話だろう。だが、それだけ領主の取り分が減ることにもなる。
「四公六民か。それは確かな話なのか」
「まだすべて決まったわけではないようでございます。ただ、村の者が役人からそのような話を聞いたそうでしてな。まずは御屋形様が直接治めておられる土地から始めるのだとか」
主人も詳しいことまでは知らないようだった。それでも村々ではすでに話が広まり、今より暮らしが楽になるのではないかと期待する声があるらしい。もっとも、すべての百姓が素直に信じているわけではないという。年貢が軽くなったところで、ほかの名目で米や銭を求められるなら変わらないと疑っている者もいるそうだ。
その点は私にも理解できた。
田畑の出来不出来だけでなく、村ごとに古くからの取り決めもある。年貢以外の負担が残っている土地も少なくないだろう。表向きの割合だけを改めても、百姓の暮らしが必ず良くなるとは限らない。
主人によれば、そうした負担についても調べ直すため、最近は役人たちが忙しくしているとのことだった。村ごとに求められる米や銭の名目を確かめ、昔から続く取り決めを洗い直しているという。
私はそれを聞いて、年貢の話が単なる噂では済まぬかもしれないと思い始めた。
近江には国人や寺社がそれぞれ権利を持つ土地も多い。六角の当主といえど、家臣や寺社の所領へ自由に手を入れられるわけではない。まず直轄地から始めるというのであれば、現実的な進め方にも思える。ただ、その先まで同じように改めようとすれば、権利を持つ者たちとの間で問題が起きるだろう。
主人が百姓たちの話を続けていると、隣に座っていた商人が口を挟んだ。
「右衛門督様の政は、私どもにも有り難いことでございます。ただ、どこの市でも同じように商いができるわけではございませぬ」
主人が呆れたように笑うと、商人は悪びれもせず、銭の話をせずに商いができるものかと返した。二人は顔見知りらしく、そのやり取りにも遠慮がない。私は面白く思いながら続きを聞いた。
商人の話では、六角が直接扱う市では何を納めればよいのか分かりやすくなってきているという。ところが別の土地へ入れば昔からの権利を理由に銭を求められることがあり、同じ荷を運ぶだけでも余計な負担が掛かるらしい。すべての市で扱いが揃えば随分と商いがしやすくなるのだが、そこまではまだ進んでいないとぼやいていた。
長年の権利を持つ者たちが簡単に譲るとは思えない。私がそう告げると、商人も承知していると笑い、それでも右衛門督には頑張っていただきたいのだと答えた。
実に商人らしい話だった。
負担が減れば喜び、まだ残っているものがあれば不満を口にする。だが、商いをする者がこうして期待を寄せていること自体、六角の政に何らかの変化が起きている証でもあるのだろう。主人も近頃は遠くから来る商人が増え、茶屋へ立ち寄る客が多くなったと喜んでいた。
百姓たちの暮らしが良くなれば、店にも客が増える。普段は餅一つ買うにも迷っていた者が、気軽に立ち寄ってくれるようになれば有り難いのだという。主人が焼き上がった餅を皿へ載せながら語ったその言葉には、商いをする者らしい実感が込められていた。
私は礼を述べ、餅を一つ口に運んだ。焼きたての餅は香ばしく、冷えた身体には有り難かった。
主人は新しい客を迎えるために席を離れ、先ほどの商人も荷の支度を始めた。店先にはまた別の旅人が腰を下ろしており、茶屋は先ほど以上に賑やかになっている。
やがて供の者から出立の支度が整ったと声を掛けられたため、私は茶代を払い、主人へ礼を述べた。主人はつまらぬ話ばかりで申し訳ないと恐縮していたが、私にとっては思い掛けず興味深い話を聞くことができた。
馬へ向かいながら、茶屋で聞いたことを改めて考えた。
右衛門督が領内の政に関わっていることは知っていた。しかし、道や市のことだけでなく、年貢の取り方まで改めようとしているとは思わなかった。四公六民の話がどこまで進んでいるのかは分からず、領民の評判だけで政の良し悪しを決めるわけにもいかない。それでも主人が実際に右衛門督を見ており、その後に道が直されたという話は印象に残った。
西美濃を切り取った若武者というだけでは、右衛門督を捉えきれないのかもしれない。
我が殿は右衛門督の戦での働きを高く評価しておられるが、領内で進めている政についてはどこまで御存じだろうか。此度の会談を終えたら、道中で聞いたことも報告しておくべきだろう。六角が美濃を得た後、どのような統治を行うつもりなのかを考えるうえでも参考になりそうだった。
私は馬に跨がり、観音寺城へ向けて再び進み始めた。
*
やがて供の者から間もなく観音寺城に到着すると告げられ、私は顔を上げた。山上に築かれた城は冬の空の下でも堂々とした姿を見せている。稲葉山城も容易に攻め落とせる城ではないが、観音寺城はまた趣が違う。山の斜面に幾つもの曲輪が連なり、麓には六角の家臣たちが暮らす屋敷が広がっていた。
懐に収めた書状を意識すると、先ほどまでとは違う緊張が戻ってきた。
此度の使いは以前とは事情が異なる。殿は東美濃を諦めておられない。それでいて六角との同盟まで考え始めているのだから、使いを任された身としては気を遣わずにいられなかった。
六角が織田との協調を望んでいるのであれば話は進むだろう。しかし、こちらから同盟を持ち掛けたことで、美濃への進出を断念したと受け取られては困る。かといって東美濃への権利ばかり主張すれば、何のために使者を遣わしたのかと問われかねない。
しかも、先ほどの話を聞く限り、右衛門督は領内の政にも相当な力を注いでいる。商人の往来を増やし、百姓の暮らしにも手を入れようとしているのであれば、六角が美濃を得た後の統治についても考えている可能性が高い。そのような相手が東美濃を簡単に譲るとは思えなかった。
城へ到着すると、あらかじめ知らせを受けていたらしい六角の家臣が出迎えてくれた。名乗りを交わし、供の者たちを預けて案内に従う。正式な使者として迎えられているためか応対に不備は見られず、通された部屋には火鉢まで用意されていた。
しばらく待つと近習らしい若者が現れ、御屋形様がお会いになると告げた。私は衣服の乱れを確かめ、立ち上がった。
案内された書院には左京大夫が座しており、その傍らには右衛門督の姿もあった。以前の稲葉山城では向かい合って話をした相手だが、今日は父の隣に控えている。私が入ると静かに顔を上げ、目が合うと軽く会釈した。
私は両者へ礼を取り、まず殿から預かった書状を差し出した。
「織田上総介より、新年の御挨拶を申し上げます」
「遠路よう参られた。上総介殿にもよろしく伝えていただきたい」
左京大夫は穏やかに応じ、書状へ目を通し始めた。
その間、私は控えている家臣たちの様子を窺った。誰も余計な口を挟まず、当主の邪魔をしない。右衛門督も父の手元へ視線を向けている。以前の会談では柔らかな物腰が印象に残っていたが、今日もその様子に大きな違いは見られなかった。
書状を読み終えた左京大夫は、両家の間で無用な争いが起きることを案じているとの上総介の考えに理解を示した。私も昨年の木曽川沿いでの出来事を繰り返すべきではないと伝えると、国境が騒がしくなれば領民も商人も難儀すると答えられた。
その後、木曽川沿いの警固や商人の往来について幾つか尋ねられたものの、大きな異論は出なかった。少なくとも六角も国境で争いが起きることを望んでいないらしい。
話が一段落したところで、左京大夫は右衛門督へ目を向けられた。
「美濃のことは右衛門督に任せておる。丹羽殿も以前に会っておられるな」
「はい。稲葉山城ではお世話になりました」
右衛門督も再び会えたことを喜ぶ言葉を返し、わずかに笑みを浮かべた。私は礼を返しながら、以前の会談で結局は東美濃について確かな約束を得られなかったことを思い出した。
あの時は何を尋ねても丁寧に答えてくれた。それなのに帰国して報告をまとめようとすると、肝心なところで何も得られていないことに気付かされた。今回も同じことになっては、わざわざ観音寺まで来た甲斐がない。
左京大夫は書状に記された関係改善について深く尋ねようとはせず、今後のことは右衛門督とよく話すようにと告げられた。美濃について大きな裁量を与えられていることは承知していたが、こうして父子が並ぶ姿を見ると、両者の間で十分に話が通っていることが窺えた。
ただし、それがどこまでの話なのかは分からない。
私は深く頭を下げ、右衛門督との会談に臨むことになった。
*
会談の場が移されたのは、先ほどよりも小さな書院だった。
右衛門督の傍らには近習が控えていたが、茶の用意を終えると襖の向こうへ下がった。六角側の家臣も必要な者だけが残り、先ほどより話しやすい雰囲気になった。
互いに再会の挨拶を交わした後、私は国境での警固について切り出した。昨年の争いを繰り返さぬため、双方の兵が行き違った場合には現地の判断だけで事を大きくせず、使者を通じて事情を確かめるようにしてはどうかというものだ。
右衛門督は異存を示さなかった。
商人の通行についても考えは近く、荷を改める必要がある場合でも商いそのものを止めるような扱いは避けたいらしい。私は道中の茶屋で聞いた話を思い出しながら、この点については早々に取り決めをまとめられるだろうと感じていた。
問題はその先だった。
木曽川沿いでの争いを避けるだけなら、以前にも話し合っている。しかし此度は殿から、さらに踏み込んだ申し出を託されていた。
「我が殿は、六角と織田が今後も良い関係を保つことを望んでおります。国境での争いを避けるだけでなく、互いに協力できることがあれば、さらに話を進めたいと」
右衛門督は茶碗へ伸ばしかけた手を止め、私へ目を向けた。
「協力、ですか」
「はい。隣り合う両家が争うことなく力を合わせられるのであれば、互いに得るものもございましょう」
右衛門督は少し意外そうだった。もっとも、私が話し終える頃には落ち着いた様子に戻っており、織田がそこまで考えていたのかと静かに答えた。
私はどこまで話を進めるべきか考えていた。同盟の可能性を探ることは許されているが、条件を決める権限までは与えられていない。まして東美濃について不用意な約束をすれば、殿の意向に背くことになる。
そう考えていると、右衛門督の方から東美濃について尋ねられた。協力という言葉だけで、両家の利害が消えるわけではないと分かっているのだろう。
「そのお話は、東美濃についても含まれているのでしょうか」
「無論、東美濃を抜きにして両家の関係を考えることはできませぬ。我が殿も遠山をはじめ、以前から縁のある国人たちとの関係を大切にしておられます。ただ、そのために六角と争うことが得策とは考えておられませぬ」
「織田殿のお考えは分かりました。しかし、六角としても東美濃を放っておくわけにはまいりません。一色が残る以上、いずれ西美濃にも争いが及ぶ恐れがあります」
右衛門督の言葉は穏やかだったが、東美濃について譲る意思は感じられなかった。
一色龍興が東美濃に残る限り、六角がその動きを警戒するのは当然だろう。西美濃を得たばかりである以上、再び一色方が兵を進めてくることを防がねばならない。しかし織田にも遠山一族との縁があり、六角が一色家を討つという名目で東美濃へ進み、こちらと親しい国人たちまで従わせるなら、殿も黙っておられるまい。
私は互いの立場が異なることを認めたうえで、そのために戦えば双方が損をすると伝えた。右衛門督も同じ考えらしく、こちらの言葉を否定しなかった。
だが、それ以上は何も言わない。
私は茶碗へ手を伸ばし、少し冷めた茶を口に含んだ。右衛門督は交渉を拒んでいるわけではないが、こちらから具体的な話を持ち掛けなければ進まないようだった。
そこで、まずは国境での衝突を避けるための取り決めを結ぶことを提案した。互いの軍勢が不用意に接近しないよう警固の者へ命じ、何か問題が起きた時には使者を通じて解決を図る。東美濃の帰属そのものを決めなくとも、両家が直接争わぬための手立ては考えられるはずだ。
しかし、右衛門督から返ってきたのは少々厄介な問いだった。
「丹羽殿。例えば東美濃の国人が六角へ従いたいと申し出てきた場合、織田殿はどのようになさるのでしょう」
私はすぐには答えられなかった。
六角へ従いたいと申し出る国人が、これまで織田と深い関係を持っていなければ、殿も強く異を唱えられるとは限らない。しかし遠山一族のように縁のある者であれば話は違う。かといって織田と付き合いがあるというだけで、その国人が六角へ従うことをすべて妨げるわけにもいくまい。
私は相手によると答え、長く付き合いのある国人であれば殿も事情を確かめられるだろうと伝えた。右衛門督はその答えを聞き、六角が受け入れた国人について織田が異を唱えることもあるのだなと確かめてきた。
否定することはできなかった。ただ、異を唱えることと直ちに兵を動かすことは別だと答えると、右衛門督も六角にとって同じ問題だと応じた。すでに六角へ従った者を織田が誘えば面白くはないが、国人にもそれぞれ事情があるという。
私は茶碗を置き、少し考え込んだ。
帰属を巡る争いを避けるための話し合いなのに、どの国人を双方の関係者として扱うのかが定まっていない。ここを曖昧にしたまま約束を結べば、後でかえって厄介なことになりそうだった。
しかも右衛門督は一方的な譲歩を求めているわけではない。織田にも六角にも同じ問題があると示したうえで、こちらの答えを待っている。
私はしばらく考えた末、帰属の問題と軍勢の行動を分けて取り決めることを提案した。
「まずは両家の兵が直接争わぬことを優先してはいかがでしょう。国人の帰属について意見が分かれた場合も、すぐに軍勢を動かすのではなく、互いに使者を通じて事情を確かめる。そこから始めるのであれば、我が殿にもお伝えできます」
右衛門督は黙って話を聞いていたが、やがて頷いた。ただし、国人同士が争った場合には、どちらが兵を引かせるのかという問題も残ると指摘された。
その点については私も答えを持っていない。国人たちが争うたびに六角と織田が使者を遣わし、その判断を待たせるというのは現実的ではないだろう。まして救援を求められた場合に兵を動かせぬとなれば、従う者たちから不満を持たれることになる。
右衛門督も同じことを考えたらしく、無理にその場で結論を出そうとはしなかった。せっかく両家が争わぬための話をしているのだから、かえって争いの種を残すことは避けたいという。
その言葉には私も異存がなかった。
東美濃の扱いについて確かな約束を得られたわけではないが、少なくとも交渉を続ける意思はあるらしい。私はようやく、此度の使いに多少の手応えを感じ始めていた。
右衛門督は控えていた家臣へ翌日の会談を手配するよう命じ、私にも都合を尋ねてきた。
「丹羽殿も、すべてをこの場で決められるわけではありますまい。私も父上へお話ししておきたいことがあります。明日、もう一度お時間をいただけますか」
「もちろんにございます」
こちらとしても、一度考えを整理する時間が欲しかった。互いの軍勢が争わないための取り決めを結ぶにしても、帰属の定まらぬ国人たちをどう扱うのか、殿へ持ち帰るべきことは多い。
その後は商人の往来について細かな確認を行い、日が傾き始めた頃に会談を終えた。
右衛門督は明日もよろしく頼むと告げ、立ち上がった。私も礼を返して書院を後にしたが、廊下へ出たところでようやく肩の力が抜けた。
以前の会談では相手の考えを掴みきれぬまま帰国することになった。今回は少なくとも、右衛門督が織田との関係を変えることに関心を持っていると分かった。
それでも東美濃の帰属を巡って争わずに済む道があるのかと問われれば、まだ答えられない。明日はそこをもう少し確かめる必要がありそうだった。
*
その夜、私は用意された宿所で書状を広げていた。
供の者たちはすでに食事を終え、別室で休んでいる。火鉢の炭が時折小さな音を立て、部屋の外からは冬の風が戸を揺らす音が聞こえていた。
昼間の会談で話し合ったことを書き留めながら、殿へ持ち帰るべき内容を整理していく。木曽川沿いの警固と商人の通行については、六角も異存を示さなかった。現地の役人たちがどのように連絡を取り合うか決めれば、早々に取り決めを結べるだろう。
ただし、東美濃の国人をどう扱うかについては、明日も難しい話になるに違いない。
右衛門督は、六角へ従いたいと申し出た者を織田がどう扱うのか尋ねてきた。その時は答えを選ぶだけで精一杯だったが、考えてみればこちらからも同じことを確かめなければならない。織田が遠山一族との関係を深めようとした場合、六角がそれを妨げようとするのであれば、両家の争いを避けることは難しくなる。
私は新しい紙を引き寄せ、取り決められそうなことを書き出した。
国境での無用な衝突を避けること。商人の往来を妨げないこと。国人の帰属を巡って問題が起きた際には、すぐに兵を動かさず使者を通じて事情を確かめること。
そこまではよい。
しかし、互いの支配地へ無断で軍勢を進めないという取り決めを結ぶ場合には、どこまでを双方の領地と認めるのかという問題が残る。西美濃は六角の手にあるが、東美濃には一色家の勢力が残っている。国人たちもそれぞれの思惑で動いており、今の段階で明確な境を定めることは難しかった。
それならば帰属を決めるより先に、争いが起きた際の扱いを定める方が現実的だろう。
私は書き留めた内容を読み返し、幾つかの言葉を改めた。
気になるのは、右衛門督が同盟の話そのものに関心を示していたことだった。こちらが協力の可能性に触れた時には少し驚いた様子を見せたものの、すぐに東美濃の扱いを尋ね、具体的な取り決めについて話を進めようとしている。
少なくとも織田と手を結ぶことを最初から拒むつもりはないのだろう。
ならば明日は両家が協力することで得られる利について、もう少し踏み込んでみてもよいかもしれない。
殿が考えておられる東国への進出は、まだ具体的な約束を交わせる段階ではない。それでも織田が美濃だけを見ているわけではないと伝えれば、右衛門督の反応も変わるのではないか。
六角は近江を治め、西美濃まで手に入れた。今は東美濃へ目を向けているが、その先にある信濃についてはどのように考えているのだろう。織田が松平と結び付いていることは六角も承知しているはずであり、今川との関係が変われば、尾張からさらに東へ兵を向けることも考えられる。
その時、六角が織田との協力を望むのであれば、同盟を結ぶ意味も大きくなるだろう。
もっとも、今の段階でそのような話を持ち出してよいかは迷うところだった。東美濃の扱いについて合意できぬまま、さらに遠い土地の話を始めても、右衛門督がどこまで応じるかは分からない。こちらの望みばかりを並べれば、かえって警戒を招く恐れもある。
私は考えを巡らせた末、まずは明日の会談で国人の帰属を巡る扱いについて話を進め、そのうえで六角が将来どこへ目を向けているのか尋ねることにした。
殿も此度の使いで同盟を結んでこいと命じられたわけではない。六角がどこまで協調する意思を持っているのか分かれば、今後の交渉に生かすことができる。
ただ、右衛門督は東美濃の帰属を巡って、こちらがどこまで譲れるのかを確かめようとしている。六角自身が何を譲るつもりなのかについては、まだ話していない。互いに守りたいものがある以上、一方だけが譲歩する取り決めでは長続きしないだろう。
明日はその点も尋ねてみたい。
私は書き留めた紙を畳み、殿へ持ち帰る書状とは別にしておいた。今日の話をそのまま報告するよりも、明日の結果を確かめてからまとめた方がよい。
火鉢の炭が崩れ、小さな音を立てた。
障子の向こうでは冬の風が吹いている。私はしばらく机の上に残した書付を眺めていたが、やがて筆を片付けた。明日の会談が終われば、織田と六角の間に何らかの道筋を示せるかもしれない。そのためにも、今夜はこれ以上考え込まず休むべきだろう。
最後にもう一度、書き留めた問いへ目を落とした。
六角は織田との協調によって何を得ようとしているのか。
その答え次第では、殿へ持ち帰る話も随分と変わるはずだった。
一話の文字数はどのぐらいが読みやすいですか?
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