ゲヘナ線区はド畜生。 作:シュポニキ
「……ハァ。なんで僕は、またこの電車に乗っているんだろう」
シャーレの先生は、分厚い防弾ガラスの窓に額を押し当て、力なく長い溜息をついた。
窓の外を流れていくのは、赤茶けた岩肌と乾燥した砂埃が舞うアビドス砂漠の荒涼とした風景だ。
前回、南ゲヘナ駅への出張を奇跡的に無傷で終えたはずだった。二度とこの「希望的観測」で動く魔の鉄路には乗るまいと心に誓っていたというのに、ゲヘナ学園中央委員会からの緊急書類の再提出要求により、不運にも再び南ゲヘナ駅からゲヘナ駅へと向かう上り便に乗車する羽目になっていた。
キィィィィン……という、航空機のジェットエンジンを思わせる高出力ガスタービンエンジンの重低音が、足元から床を伝って全身に微振動を届けてくる。
「先生、顔色が悪いですよ? どこかお体でも痛むんですか?」
隣のシートから顔を覗かせてきたのは、ハイランダー鉄道学園・ゲヘナ線区治安副長の野上ヒヨコだ。膝の上に多機能端末を乗せ、小指を高速で動かしながら、心配そうに大きな瞳を丸くしている。
「体は痛まないよ、ヒヨコちゃん。……心が痛んでいるんだ。『今日は何事も起きないでくれ』っていう祈りが、すでに打ち砕かれそうな予感でいっぱいだからね」
「あはは! 大丈夫ですよ先生! ゲヘナ線の事故発生率は確かにキヴォトス平均の八倍くらいありますけど、今日は12時台のトラブルをさっき治安維持長たちが15分で片付けたばかりです! 一日に二度も大規模な妨害が入るなんて、確率的にはごく稀ですから!」
「その『ごく稀』が日常茶飯事だから、みんなこの路線を恐れてるんじゃないかな……」
先生が苦笑いを漏らすと、デッキに通じる自動ドアがすっと開き、治安維持長の士方リョウが入ってきた。
背中の大きな黒い翼を静かに揺らし、ショートバレル・ショットガンを肩にかけた立ち姿は、相変わらず凛としていて絵になる。先ほどのアビドス砂漠前での温泉開発部との激闘(および240km/h過酷ドリフト走行)を終えた直後だというのに、制服には泥ひとつ付いておらず、表情は至極穏やかな「通常モード」そのものだった。
「先生、お茶の補充はいかがですか? デッキの自動販売機で温かいお茶を買ってきましたが」
リョウは缶お茶を先生に差し出し、爽やかな微笑みを浮かべた。
「あ、ありがとう士方くん。……君は本当に行儀が良いというか、普段はすごく気配りの行き届いた生徒だよね」
「恐縮です。お客様に快適な時間を提供すること、そして定時までに無事故で運行を終えること——それが私たちハイランダー職員の務めですから。現在の時刻は14時15分。今のところダイヤは完全に正常、遅延ゼロです。このままいけば、今日も17時ピッタリに業務を終了し、気持ちよく退勤できるでしょう」
リョウは胸のポケットから小さなスケジュール帳を取り出し、嬉しそうにペンでチェックを入れた。その顔には、一人の真面目な労働者としてのささやかな幸福感が漂っている。
(……この穏やかな少年が、17時を超えた瞬間に『あーあ、定時超えちゃった』って言いながら恐ろしい圧をかけて暴徒を物理的に更地にするなんて、やっぱり信じられないな……)
先生が缶のプルタブを開け、温かいお茶を飲んでひと息ついた、その時だった。
『まもなく、アビドス砂漠前〜。アビドス砂漠前〜。お降りのお客様は、お忘れ物のないよう——』
車内アナウンスとともに、8両編成の重装甲列車が滑らかに減速し、防砂壁に囲まれたアビドス砂漠前駅のホームへと滑り込んだ。
プシューッと圧縮空気の抜ける音が響き、側降戸(スライドドア)が開く。
乗降客の数はそれほど多くない。数人のゲヘナ生徒や買い出し帰りの住民が乗り込んできた、その最後尾から——なにやら異様な雰囲気を纏った四人組が車内へと入ってきた。
「ふふん……カヨコ、ムツキ、ハルカ。足元に注意しなさい。私たちの『記念すべき新事業の資材』なんだからね」
エンジ色のコートを優雅にはためかせ、自慢げに顎を突き出しているのは便利屋68の自称・社長、陸八魔アルだった。
そのすぐ後ろを、苦笑いを浮かべた伊草ハルカが、自身の身体ほどもある巨大なダンボール箱を必死の形相で抱えて続いている。
「は、はいっ! アル社長! 私の命に代えましても、この大切なお荷物は一傷たりともつけさせません! もし落としたら、私、自分を爆破してケジメを付けますからぁぁっ!」
「落ち着きなさいハルカ、車内で大声を出すんじゃないの。……まったく、アルちゃんたら。『安く手に入ったから』って、こんなアヤシイ荷物を電車で運ぶなんてさぁ」
浅黄ムツキが小悪魔的な笑みを浮かべながら、ハルカの抱えるダンボール箱を指で小突く。
「……ハルカ、もう少し静かに。……それとアル、やっぱりこれ、列車に乗せるのはマズかったんじゃない? 表面の印刷、どう見ても……」
鬼方カヨコが呆れたような溜息をつきながら、ダンボール箱の側面に貼られたラベルを指差した。
そこには、太いマジックでヘタクソな字でこう書かれていた。
『最高級・有機野菜(※絶対に衝撃を与えないでください。熱厳禁。火気厳禁)』
「な、何言ってるのよカヨコ! これは農薬! そう、ただの強烈な農薬よ! アウトローたるもの、資材の輸送くらい自力でこなさなくてどうするの!」
アルはフッ、と不敵な笑みを浮かべて胸を張ったが、その額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいた。
そう、彼女たちが抱えているのは農薬などではない。アビドス砂漠の闇商人から安価で買い叩いた、工業用の高純度ニトロ系液体爆薬——すなわち、鉄道営業法およびハイランダー治安規律において【車内持ち込み絶対禁止・危険物指定第一種】に該当する凶悪な爆発物であった。
「……ねえ、ヒヨコちゃん」
先生は遠目からその光景を見つめ、ひそひそ声で尋ねた。
「あのダンボール箱から、なんか『ジジジ……』って怪しい化学物質の匂いと、赤い警告ランプみたいなシールが見える気がするんだけど……」
「ええ、見えますね」
ヒヨコはすでに表情を消し、手元の多機能端末の画面を光速でフリックしていた。端末の画面には、便利屋68が足を踏み入れさせた瞬間に作動した、車内高感度化学センサーの解析データが赤色で点滅している。
「特定完了。物質名:ニトロ系複合液体爆破薬。総重量:15キログラム。爆発時の致死半径:約35メートル。車内持ち込み不可の完全な違法危険物です。……乗客への危険度、極大」
ヒヨコの声には、一切の躊躇も動揺もなかった。完全に訓練されたプロフェッショナルのそれだ。
「維持長。ターゲットは4名。中央付近のクロスシートに着席しようとしています。爆薬の起爆装置はアナログ式の圧力信管。衝撃を与えれば即座に車体が半壊します」
「……了解した」
リョウは静かに立ち上がった。その所作には、先ほどまでのお茶を飲んでいた穏やかさは一切残っていない。だが、17時過ぎの狂気とも違う。ただひたすらに洗練された、「無駄を極限まで削ぎ落とした作業者」の瞳だ。
「ヒヨコ、秒数を計測しろ。乗客への影響はゼロ、車両への打撃もゼロで処理する」
「了解。カウント開始まで、あと3、2、1……今!」
一方、そんなハイランダー側の動きに全く気づいていないアルは、ドカッとシートに腰掛け、脚を組んでいた。
「ふふん、これで次の依頼の準備は万全ね! ゲヘナ駅に着いたら、まずはあの高層ビルの——」
「ちょっと! 社長、危ないですっ!」
ハルカが突然、ハッと目を見開いた。
通路を歩いてきた他の乗客の鞄が、ハルカの抱えるダンボール箱の角に掠りそうになったのだ。パニックに陥ったハルカは、箱を守ろうと抱え直し——その拍子に、アルの足元へ箱をすっぽかすように落としてしまった!
「キャッ!?」
グラリ、と傾くダンボール箱。箱の隙間から覗く赤色信管のスイッチが、座席の鉄製フレームに向かって叩きつけられようとした——その、まさに0.1秒前!
「——ターゲット捕獲。介入」
シュバッ!!
風を切り裂く音すら置き去りにするような速度で、リョウの影が滑り込んだ。
**【1秒経過】**
リョウは落下するダンボール箱の底部へ、保線用ナックルをはめた左手を差し入れ、衝撃を完全に吸収する絶妙なスナップでソフトキャッチ。同時に、空中で剥がれかけた信管の安全ピンを、右手の指先で「カチリ」と正確に押し戻して完全ロック。
「え……?」
アルが固まる。
**【3秒経過】**
リョウは右足のつま先で、アルの右足首をトン、と軽やかに突いた。重心を崩したアルが「ひゃん!?」と声を上げて前傾姿勢になった瞬間、リョウはその首後ろの襟ぐりを掴み、そのまま対面のシートへ圧着するように押し倒して拘束。
**【5秒経過】**
「な、何するのよ急に——」
事態を察知してサブマシンガンを引き抜こうとしたムツキの右腕を、リョウは最小限の軌道で払い飛ばし、手首を捻って銃を奪取。そのままマガジン(弾倉)を親指一発で叩き落とし、車体床へ滑らせて回収不可にする。
**【7秒経過】**
「アル社長になにするんですかぁぁぁっ!」
ショットガンを構えて飛びかかってきたハルカに対し、リョウは一切視線を合わせることなく、背中の大きな黒い翼を「バサッ!」と扇状に広げた。しなやかで強靭な羽の壁がハルカの視界と突進を完全に遮り、その勢いを利用してクルリと身体を包み込み、身動きを封じる。
**【9秒経過】**
「……降参。手は出さないわ」
一人だけ状況を完璧に理解したカヨコが、両手を上げて深いため息をついた。カヨコの手元には、すでにリョウの手によってマガジンを抜かれたハンドガンがぽつんと転がっていた。
**【10秒経過】**
「——処理完了。確保時間、9秒84」
ヒヨコの冷酷なストップウォッチの音が、静かな車内に響いた。
リョウは何事もなかったかのようにダンボール箱を両手で抱え直し、デッキに待機していた治安隊員へ向かって投げ渡した。
「第3車両へ保管。緩衝材を詰め、次の駅で爆発物処理班へ引き渡せ」
「了解!」
隊員が敬礼し、危険物を迅速に運び去っていく。
現場に残されたのは、シートの上に手錠で一列に連結され、ぽかんと口を開けたまま固まっている便利屋68の四人と——その一部始終を目撃していた先生の、絶句した顔だった。
「………………」
先生は開いた口が塞がらなかった。
手に持っていた缶お茶が、ガタガタと手元で震えている。
(な、なんだ今の動き……!? 銃の解体、爆発物の信管解除、四人の同時拘束……それを全部、たったの10秒で……!? しかも乗客は誰一人として何が起きたか気づいてないぞ!?)
周りの乗客たちは、「あら、またハイランダーの治安維持長さんがお仕事かしら」「手際がいいわねぇ」といった様子で、チラリと見ただけで再び読書や雑談に戻っている。
あまりに手慣れすぎている。日常的に、息を吸うようにこのような異常な処理を行っていなければ、絶対に不可能な神業だった。
「……士方くん。君、本当に何者なの……?」
先生が引きつった笑顔で尋ねると、リョウは服の乱れを整えながら、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「何者、と言われましても……しがない治安維持長ですよ。当路線では危険物の持ち込みや車内騒乱が日常茶飯事ですので、この程度の手順はマニュアル化されています。無駄な動作を削ぎ落とせば、10秒もあれば十分です」
「マニュアル化されてるレベルの動きじゃないよそれ!? 完全に特殊部隊の精鋭の動きだったよ!?」
「先生、お褒めいただき光栄です」
リョウは素直に嬉しそうな顔をしてペコリと頭を下げた。全く嫌味がないだけに、余計に恐ろしい。
その時、手錠で繋がれたアルが、ようやく正気に戻ったように顔を真っ赤にして叫び出した。
「な、何するのよ無礼者ぉぉぉっ! 私は便利屋68の社長、陸八魔アルよ! このアウトローのカリスマである私をこんな格好で縛り上げるなんて、どんな権利があって——」
「静かにしてください。車内での大声は他の乗客の迷惑になります」
リョウは淡々と言い放つと、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「さて……ヒヨコ。構図はこれでいいか?」
「はい、維持長! もう少し画面を引いて、便利屋68の皆さんの顔と手錠がハッキリ映るようにしてください!」
「了解した」
リョウはスマホのカメラを自撮りモードに切り替えると、背後に捕まったアルたちを収めるように角度を調整し始めた。
「ちょ、ちょっと!? なに落とし物探すみたいな顔でスマホ向けてるのよ!?」
アルが慌てて顔を背けようとするが、リョウは無表情のままアルの肩をガシッと掴んで正面を向かせた。
カシャッ。
無機質なシャッター音が車内に響く。
画面には、爽やかな笑みを浮かべる治安維持長・士方リョウと、その後ろで手錠をかけられ、悔しそうに顔を歪める便利屋68のシュールすぎる自撮り写真が完璧な構図で収められていた。
「よし、綺麗に撮れたな」
「ちょっと士方くん!?」先生は思わず突っ込んだ。「なんでいま自撮りしたの!? 記念撮影にしてはあまりにも不穏すぎるよ!?」
先生の問いに、リョウはさも当たり前といった様子でスマートフォンを操作しながら答えた。
「ああ、先生。これはハイランダー鉄道学園・ゲヘナ線区の公式SNS(モモトーク公式チャンネル)に投稿するための【見せしめ写真】です」
「み、見せしめ!?」
「はい。ゲヘナ線では、言葉で『危険物を持ち込むな』と警告しても誰も聞きません。ですが、こうして不法侵入者や違法持ち込み者が情けない姿で逮捕された写真をネット上に公開し、『ゲヘナ線で悪さをするとこうなる』という現実を拡散させることで、非常に高い犯行抑止効果(晒し効果)が得られるのです」
「かわいそうすぎるだろ!!」
「あ、これもうアップロード完了しました〜」
ヒヨコが手元の端末をポンと叩く。
「閲覧数、すでに3000を超えました! コメント欄には『また便利屋かよw』『アル社長、今週三回目の逮捕おめでとう』『リョウ維持長の手際が相変わらず神』とか書き込まれてますね!」
「や、やめてぇぇぇぇぇぇっ! 私の威厳が! アウトローとしての冷酷なイメージが崩壊しちゃうじゃないのぉぉぉっ!」
アルは涙目になりながら絶叫した。カヨコは「……元からそんな威厳ないでしょ」と冷たく呟き、ムツキは「あはは! アルちゃん、モモトークでバズってるよ〜!」と大爆笑し、ハルカは「アル社長の威厳を傷つけたネット回線を爆破してきますぅぅっ!」とパニックになっている。
先生は頭を抱えた。「士方くん……抑止力なのは分かるけど、流石にちょっとプライバシーというか、やりすぎなんじゃ……」
「問題ありません、先生。これは規定に基づいた正当な防犯広報活動です」
リョウはスマートフォンをポケットに仕舞うと、ふぅ、と小さく溜息をついた。
そして——何を思ったのか、涙目で震えているアルの頭の上に、そっと大きな手を乗せた。
「え……?」
アルがぽかんと呆気にとられる。
リョウはそのまま、優しく、実に丁寧にアルの頭を「なで、なで」と撫で始めた。まるで傷ついた子猫をあやすような、極めて慈愛に満ちた手つきだ。
さらに、リョウの長くてしなやかな指先が、アルの柔らかい頬へと伸びる。
むにっ。
「ひゃう!?」
リョウはアルの右頬をつまみ、モチモチと柔らかい餅でも捏ねるように、優しく引っ張ったり突いたりし始めた。
「な、何するのよバカぁ! 撫でたり引っ張ったり、私をバカにしてるの!?」
「……うむ。相変わらず、非常に素晴らしい弾力だ」
リョウは至福の表情を浮かべ、目を細めてアルの頬をモチモチと揉み続けている。その顔は、過酷な労働から解放された休日のお父さんのように穏やかだった。
「ちょ、ちょっと待って士方くん!?」先生は目の前の怪現象にパニックを起こした。「な、何をしてるの!? なんで逮捕した相手の頭を撫でて頬をつまんでるの!?」
リョウはアルの頬から手を離さず、真顔で先生を振り返った。
「先生。これは……【ストレス解消およびメンタルケア(セラピー)】です」
「セラピー!?」
「はい。先生もご存知の通り、当路線は毎日が爆破と遅延と暴動の連続です。私の精神は、日々の過酷な業務と『17時に帰れないかもしれない』という絶望により、常にすり減り、荒んでいます」
リョウはしみじみとした口調で続けた。
「そんな中……この陸八魔アルの頭の毛並みと、モチモチとした頬の触感は、脳内に多量のセロトニンを分泌させ、荒んだ心を極限まで癒やしてくれることが科学的(※当社比)に証明されているのです。いわば、動くヒーリングアイテムですね」
「私をアロマグッズみたいに言うなーっ! 離しなさいよこの変人治安維持長!」
アルが顔を真っ赤にして暴れるが、手錠で縛られているため逃げられない。リョウは「これこれ、暴れると触感が乱れるだろう」と言いながら、さらに念入りに頭を撫で回している。
「……あのさ、ヒヨコちゃん」先生は引きつった顔で尋ねた。「二人は……どういう関係なの?」
ヒヨコは慣れた様子で呆れ顔を作った。
「ああ、二人(というか便利屋68とリョウ維持長)は腐れ縁の顔馴染みなんですよ。数ヶ月前、アビドス境界線付近で便利屋が派手に線路を塞いで暴れた時、ブチギレた維持長と素手の大乱闘になりまして」
「大乱闘……」
「その時、維持長がアルさんを叩きのめして身柄を拘束した際、偶然アルさんのほっぺたに手が触れて……それ以来、維持長の中で『アル=極上の癒やしグッズ』という認識が定着してしまったんです」
「どんな定着の仕方だよ!?」
「カヨコさんやムツキさんも『アルちゃんが大人しくなるならまあいっか』って感じで放置してますし、アルさんも最初は嫌がってましたけど、最近は撫でられるとちょっと嬉しそうにするんですよね」
「嬉しそうにしてないわよ!? 誤解を生むような言い方はやめなさい!!」
アルが涙目で抗議するが、リョウの手つきがあまりにも上手いのか、撫でられているうちに「うぅ……ん……」と気持ちよさそうに目を細め始めていた。完全に懐いているペットのそれである。
「……よし。精神の充填(チャージ)完了だ」
1分ほどアルを撫で回したリョウは、満足そうに手を離した。その顔からはすっかり業務の疲れが消え、活力に満ちあふれている。
「陸八魔アル。危険物の車内持ち込みについての取調書は、ゲヘナ駅到着後に作成する。それまでおとなしくしているように」
「ううう……覚えていなさいよ……今度会ったら絶対に後悔させてやるんだから……」
アルは赤くなった頬を押さえながら、ブツブツと負け惜しみを呟いた。しかしその表情には、どこか呆れと諦めが混ざっていた。
「……ハァ。なんだか、怒るのも馬鹿らしくなってきたよ」
先生は空になった缶お茶を置き、シートの背もたれに深く体重を預けた。
ゲヘナ線の職員たちは、常識外れで、暴力的で、手際が良すぎて、そしてどこか致命的に歪んでいる。しかし——彼らなりのやり方で、この過酷な路線と自分たちのメンタルを守りながら、今日も必死に働いているのだということだけは、嫌というほど理解できた。
『間もなく〜、ゲヘナ繁華街〜。ゲヘナ繁華街〜。お降りのお客様は——』
車内アナウンスが流れ、列車はスムーズに減速していく。
窓の外には、賑やかなゲヘナの街並みが広がり始めていた。
時計の針は、14時40分を指している。
「今日も、平和に定時を迎えられそうですね」
リョウは窓の外の青空を見上げ、爽やかな笑みを浮かべた。その隣で、手錠をかけられた便利屋68の四人が、それぞれの表情で溜息をついている。
先生は、そんな彼らの賑やかな(?)姿を眺めながら、二度目のゲヘナ線の旅が大きな事故なく終わりつつあることに、心から安堵の息を漏らすのだった。
なんかそういう癖がありそうなリョウくんでした