艦娘比叡に恋した青年は、全てを捨てても得たいと願う
青年を助ける、あるいは利用する親友、反艦娘団体、狂科学者
そして、復讐者
二人の想いは演習場にて結実する
はたしてそれは、艦娘の幸せなのか




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2022年に同人誌で発行したものです


艦娘比叡の退役

 

 インタビューを始めましょう。

 

 

   真田浩一郎…比叡の属していた鎮守府の提督 (インタビュアー…草岡翼)

 

「薬師寺丈氏との関係をお聞かせ願えますか」

 

 私の鎮守府と取引をしていた企業の会長の息子だったと聞いている。私にとっては企業の窓口だったが。

 そういうわけで、仕事上で直接会った事はある。

 

「それでは、第一印象を」

 

 当初は好青年に見えたが、最初だけだったな。後からの評判を聞くとかなり、なんというか、標準的でない人格であったようだね。

 

「貴方自身も良い印象はなかったということですか」

 

 いきなり艦娘を口説かれたのだから、そう思うだろう。

 国防の要たる艦娘を一体何だと思っていたのか。ああ、すまない。これは君らにはわかりきっていることだったな。

 

「艦娘比叡の退役は薬師寺丈氏によるサボタージュの結果であるとの噂がありますが」

 

 デマだな。仮にデマでないとして、軍がそれを放置する理由がない。

 確かに比叡の関係者……ああ、そうだ、比叡の恋人、愛人、そこは好きに呼べば良かろう。

 一つ断っておくが、外部の人間の勝手な都合で艦娘を退役させることなど不可能だ。それだけははっきりと明記しておいてくれ。

 比叡の退役は、比叡自身の問題。更に言えば比叡が艦娘としての資格を失ったことによるものだ。薬師寺丈が自分勝手に比叡の退役を画策していたことは事実だが、その行動と比叡の退役は、結果としてなんの関係もない。

 これは、軍としての公式見解だ。良いね。

 

「艦娘比叡と薬師寺丈が演習場で戦ったというのは事実ですか」

 そのような事実は記録されていない。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

 一目惚れだった。

 それはまさしく一目惚れだった。

 電撃の恋とはまさにこのための言葉だと彼、薬師寺丈は信じた。

 悪友と呼ぶべき友人、辰巳義正に連れられてきた鎮守府。

 鎮守府とはどこからともなく現れた人類種の敵深海棲艦を打倒するために作られた、やはりどこからともなく現れた艦娘のための施設、軍事基地である。薬師寺はそう理解していた。

 勝手に戦っていればいい。できれば遠くで。

 対深海戦争による物価高騰が全く気にならない程度には裕福な薬師寺にとって、艦娘とはそういうものだった。

 その日までは。

 

「目の保養だねぇ」

 

 嬉しそうにニヤニヤと呟く友人。彼に誘われてやって来た鎮守府では、演習と称されるショーが行われていた。

 これも後で知るのだが、演習はショーではない。本気の戦争のための訓練である。

 何も知らない、知ろうとしていなかった薬師寺にとっては、ただ可愛い女の子達が戯れているようにしか見えなかった。

 その瞬間までは。

 

「あの子、なんて名前なんだ」

 

 親友のうわずった物言いに顔をしかめる辰巳。

 

「どの子」

「あそこの、同じような恰好で四人いる後ろのほうに」

「眼鏡なら霧島か」

「その右のショートカットの子」

「ああ、比叡だな」

「ひえい。フルネームは」

「さあ、金剛型四番艦比叡でいいんじゃね」

「こんごうがたよばんかんひえい」

 

 実は四番艦ではなく二番艦なのだが、このときの彼に知るよしはない。

 

「あの子に会いたいが、なんとかなるかな」

「無理言うな」

「演習見学はできるのにか」

「だから無理だ」

 

 少し考えて、辰巳は訂正した。

 

「少なくとも今日すぐなんてのは無理だ」

「今すぐでなくてもいい」

「どうした丈、何テンパってんだよ」

 

 ここで無理を通したところでどうにもならないことがわかるだけの理性は薬師寺にもある。

 細かいことはわからないが、鎮守府とは軍だ。演習見学に潜り込める程度のコネがあるとは言っても無茶はできない。そこまではわかる。

 

「会う方法が知りたい」

「どうしたっての」

「惚れた」

 

 薬師寺は言葉を選ばなかった。選ぶ余裕などなかった。相手が長年の友人であり、他のことならいざ知らず、自分との友情という意味では信を置ける相手であることも手伝っていた。

 この友人、見た目も頭脳も家柄も申し分ないのだが、割と質の悪い快楽主義者であった。とはいえ、薬師寺との十年来の友情は本物である。この二人、何かとウマが合うのだ。世間一般では悪友と呼ばれる類のものではあり、他の知り合いからは頭を抱えられているのだが。

 言ってしまえば、迷惑な若造二人である。

 世間との折り合いをそれなりにつける、誤魔化す知能があるのが更に質が悪い。

 そう、馬鹿ではないのだ。馬鹿な振る舞いはするが、馬鹿ではない。その代わり、妙に賢しらに振る舞うこともない。

 そして、基本的には悪性の類ではない。そこが重要だった。

 

「惚れた、か」

 

 辰巳は薬師寺の言葉を素直に受け取った。

 ただ、その度合いまではわからない。

 

「会ってどうするよ」

「会ってから考える。今はとにかく、会いたい」

「無茶を言う」

 

 無理が無茶になった。

 

「会わせろ、とは言わない。会う方法が知りたい」

「難しいことを言うなぁ、お前は」

 

 無茶が難しいになった。

 

「難しいか」

 

 薬師寺は重ねて尋ねる。

 

「方法はあるのかないのか」

「そりゃあ、方法があるかないかなら、ある」

「あるのか」

「それができるかできないかを聞くのなら、話は別だ」

「できないのか」

「できるできないをどの程度のレベルで測るよ、お前さん」

 

 辰巳の物言いは、二人の会話の常套でもあった。

 可能不可能の基準は倫理か物理か、法か、世間一般の常識か。

 倫理と物理は論外、法なら家と金の力、世間一般なら知ったこっちゃない。

 

「全部、有りだ」

「やっぱお前、面白いわ」

 

 難しいが面白いになった。

つまり、可能なのだ。

 

「よし、比叡ちゃんに会いに行こう」

 

 ただし今日は無理だ、と辰巳は言う。

 鎮守府は普通の軍とはかなり毛色が違う。まず、機密に関する考え方が大きく異なっている。艦娘とその艤装には普通の兵器のような機密などない。正確に言えば、何を調べられようが容易に真似はできないのだ。そもそも、艦娘自体が正体不明と言っていい。そこに付随する機密情報などない。どこの誰がどのように調べようとも、もともと存在しない情報は盗みようがない。艦娘に関する研究は進められているが、それは分析というより模倣に近い。

 奪う機密など、鎮守府にはない。あるとすればそれは鎮守府にではなく、艦娘技術研究所のほうだろう。

 更に言えば、艦娘が戦っている相手は深海棲艦である。深海棲艦から地上に対して間諜を放つというのは不可能だ。諜報の概念すら深海にはないとされている。

 よって、軍の施設として考えるならば鎮守府はかなりオープンな性格を持っている。一般からすれば得体の知れない艦娘のイメージを少しでも良くするために、施設や艦娘の公開は割と積極的に行われているのだ。もっとも、今回の演習見学は辰巳の家のコネである。

「まぁ、任せとけよ」

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

   岡村達彦…ファミリーレストランのアルバイト店員 (インタビュアー…草岡翼)

 

「艦娘の方々はよく来られるんですか」

 

 ええ。やっぱり一番近いですからね。まあ、暴れたりはしないし、艤装ってのもここでは出さないし、いいお客さんじゃないですかね。うちで出すものは食べられるみたいですし。

 

「具体的にはどなたが来られていますか」

 

 いや、顔は見ればわかりますけれど、名前までは流石に。

 あ、そうだ。鈴谷って子と熊野って子は来てましたね。なんか、記念だって笑いながらスマホで店員達と一緒に写真撮ってて、その時に名前を言われたんで覚えてます。あの二人、毎回来る度に写真撮ってたんですけどね、あれ、なんの記念写真のつもりだったんですかね。艦娘ってのはよくわかんないですね。

(後に鈴谷は「いつ行っても、これが最後かも知れないと思ってたからね。実際、熊野の最後の写真になったし」と語った)

 

「では、戦艦娘比叡の話ですが」

 

 比叡、ですか?

(写真を見せる)

 ああ、この子なら覚えてますよ。大体、四人で来てましたね。へぇ、姉妹なんですか。

 いや、でも、最近は見ないな。でも、俺のシフトに合わないだけかも知れないから、他の奴に聞けばわかると思いますよ。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

 会えると聞いてから、薬師寺は勉強した。

 艦娘の、そして深海戦争の歴史についてである。

 相手のことを知るのが礼儀だと思ったからだ。それだけ薬師寺は真剣だった。

 世間一般の噂話程度のことなら薬師寺も聞いたことはある。そのほとんどは無責任な噂話だと思っていた。

 艦娘は、

 冷血で人殺しを何とも思わない。

 人の死体から合成されている。

 生きた人間を改造している。

 漫画を描いている者もいる。

 寝返った深海棲艦である。

 政府が極秘裏に隠匿していた先の大戦の秘密兵器である。

 酒豪がいる。

 ウィルスによって変異した深海棲艦である。

 日本という国家の存亡の危機に蘇った英霊の御霊である。

 宇宙人である。

 異世界転移者である。

 カボチャを育てている。

 石油を飲み、鉄鋼やボーキサイト、弾薬を食べる。

 艤装生物と呼ばれる生き物が付き従っている。

 泳げない。

 カワウソやキリン、羊、蟹、浮き輪が付き従っている。

 怪しい宗教を信じている。

 等々。

 そもそも、噂自体に意味不明なものが多すぎた。また、辻褄が合わない噂も沢山ある。それらの噂のほとんどは馬鹿馬鹿しい与太話、あるいは単なる異物への怖れだと薬師寺は考えていた。

 だからこそ、入手できる限りの公式情報を取り寄せて勉強した。

 噂の一部は事実だと知って驚愕した。

 それらの事実が、自分の思いを邪魔するものではないと知って安心した。

 そして今、その相手が目の前にいる。

 

「こちらが、新しく鎮守府と取引を行いたいと考えておられる薬師寺産業の会長ご子息です」

 

 そういうことになっていた。

 取引自体は嘘ではない。元々、それが見学の表向けの理由の一つでもあったのだから。流石に「艦娘を見たい」だけで見学が許されるわけでもなかった。

 

「一度、直接艦娘の方々にお会いしたいと」

 

 辰巳食品工業の社長の一人息子である辰巳義正は言う。

 

「初めまして。金剛と申します」

 

 続いて比叡、榛名、霧島の順で頭を下げる金剛型戦艦娘達。

 

「失礼ですが、公式の場でなくてよろしいのですか?」

 

 最後に自己紹介した霧島が不審げに尋ねる。

 当然だ、と薬師寺も思う。

 四人が非番の日に良く来るレストラン。それも、高級店などではなく、単に鎮守府から一番近い立地と言うだけで選ばれているファミレス。

 ファミレス系列の中では下から数えた方が早い、味や雰囲気よりも廉価であることを売りにしているタイプの店である。取引先との初顔合わせの場に使う店ではない。

 

「申し訳ないが、公式な話をするつもりはありません。これから話すのは全て私的なことです」

 

 薬師寺の言葉に驚いたのは艦娘達ではない。辰巳である。

 お膳立てを台無しにする気かと言いかけ、そこで気付く。

 そうだ、こいつはこういう男だったと。いや、こういう男だから今までつるんできたのだろうと。ここで仕事の話だとかで丸め込んだりお茶を濁そうとする男ならば、そもそもこんなことはしていない。

 

「すまんな、辰巳」

「いや、それでこそ俺の友だ」

 

 だからそう答えた。

 その答えに薬師寺は感謝した。

 これは我が儘だとわかっている。どうせ最初から我が儘ならば、せめて正直を通す。仕事の話として通すことはできる。最後までそれで通すことはできる。しかしそれに何の意味がある。

 自分の目的は仕事ではない。

 これは艦娘達にとってはきっと迷惑だ。自分の我が儘だ。

 だが、これが自分の正直だ。

 薬師寺は姿勢を正した。四人に向かう姿勢では無く、ただ一人に向かう姿勢に。

 薬師寺の視線はただ一人に向けられた。

 すぐに気付いた、比叡を除く三人の艦娘の視線も比叡に向いた。

 

「比叡さんにお話したいことがある」

 

 嘘はつかない。ただ正直を通す。

 比叡と目が合った。いや、合わせた。

 

「貴女に一目惚れした。交際を申し込みたい」

「まさか、それが取引の条件だとでも?」

 

 間髪入れず、霧島は静かに尋ねた。

 

「霧島」

 

 金剛がたしなめる。

 

「常識で考えれば、そんなことを仰るはずがないですね。あまりにも非常識すぎると思います」

 

 榛名が微笑みを絶やさずに、その表情とは裏腹の口調で言う。

 

「榛名」

 

 再び、金剛がたしなめた。

 

「二人とも、少し黙ってて」

 

 ですが、と金剛は続ける。

 

「ですが、もし、二人の言うとおりだとしたら」

 

 十秒ほどの間が空き、薬師寺は思わず尋ね返していた。

 

「言うとおりだとしたら?」

 

 金剛はニッコリ笑って言う。

 

「ぶっ殺します」

「これは手厳しい」

「貴方が初めてだと思いますか?」

 

 比叡だけの話ではなかった。

 金剛も霧島も榛名も、そして他の艦娘もこれに関しては大なり小なり嫌な思いをしていた、あるいは見ていた。何らかの形で艦娘の手を伸ばす男。口説くだけならまだいい。各所から手を回して良からぬ事を企む者は実際にいたのだ。

 そもそも人間、特に男は三つに大別されると金剛は考えていた。いや、考えるようになっていた。

 艦娘に劣情を抱く者、艦娘を蔑視する者、そして提督を始めとする戦友。

 嫌悪の大きさは挙げたままの順。理解できるかと言われれば逆順。

 蔑視は劣情よりはマシなのだ。なぜなら、受け入れはしないが理解はできるから。異物への恐怖や無理解が蔑視に繋がることは理解できる。人間からしてみれば、自分たちはバケモノだ。

 ややこしいのは、三番目のカテゴリーに一番目や二番目が混ざることだ。酷いものだと一から三まで全部混ざっている。

 それでも、一は隠していればいい。二は隠していなくても、実力行使しないのなら我慢しよう。

 全て隠さず剥き出しにしてくる者がいれば構わないから殴り倒せ、と提督は言った。

 責任は俺が取る、と。

 それを盲信しているわけではない。信じないわけではないが、提督の政治力というものにも限度はある。それを自分たちのために使わせるわけにはいかない。だから、可能な範囲で耐えた。耐えきれなければ逃げた。逃げられなくなれば仕方なく提督に告げた。

 実力行使はしなかった。少なくとも、物理的には。

 何かある度に艦娘が手を出していれば、軍関係者は一ヶ月で半分が殉職するだろう。そういうことだ。

 だから、言葉とほんの少しの行動で脅そうと思った。

 ところが、だ。

 

「俺がそんな連中と同じだと思ったらいつでも艦娘の力で殴り飛ばしてくれ、たとえ死のうが手向かい一つしないと約束する」

 

 ギョッとしたのは金剛である。

 ぶっ殺すなど無茶苦茶を言ったという自覚は金剛にはあった。ただ、無茶苦茶を言うのは自分一人でいいという計算もある。

 

「鎮守府とはこの後本格的に商取引の詳細を詰めることになる。その時に別の要因で頓挫する可能性は認めよう。しかし、この話とそれにはなんの関係もない。鎮守府側に瑕疵があれば取引はしない。問題がなければ取引はする。そういうことだ」

「なぜ、私を」

 

 比叡が尋ねる。

 

「金剛姉さまでも、霧島でも榛名でもない私なのですか」

「先日、貴女たちの演習を見学する機会があった」

 

 薬師寺は言葉を繋いだ。

 その場では何もわからなかった。それでも、その所作を美しいと思った。

 後にいろいろな資料に目を通してわかった。

 演習場での比叡の所作、その一挙一動の意味が。

 僚艦を守り、補佐し、敵艦を抑える一つ一つの行動。

 

「それらの意味を知ると更に心底から美しいと感じ、自分は間違ってないと思えた」

 

 戦場での艦娘。その動きは美しさである、と薬師寺は感じたと言う。

 

「比叡さん。貴女が一番美しいと思った。だから、こうやって交際を申し込んでいる」

 

 艦娘など関係ない。君たちは人間の女性と変わらず美しい。

 これまで何度そう言われてきたか。

 しかし、これは。

 艦娘を艦娘として見ている。その上で美しさを論じている。

 なるほど、と金剛は思った。

 流石我が妹だ。

 少しはマシな男に惚れられたじゃないですか、と。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

   工藤竜作…フィットネスジムトレーナー (インタビュアー…草岡翼)

 

「薬師寺丈氏との関係をお聞かせ願えますか」

 

 自分は当時、薬師寺家で雇われていたボディガードでした。

 正確には、彼の父親のボディガードの一人、ですね。

 外敵が現れた場合の守り役と、排除役。私は排除役のほうです。

 簡単に言えば、暴漢を倒しに行く役ですね。素手で襲いかかってくるような暴漢相手の話ですよ。

 

「それでは、第一印象を」

 

 いい青年だと思いました。いわゆる頭でっかちの優等生や金持ちのボンボンではなく、行動力と頭脳を併せ持った人物と感じましたよ。

 

「薬師寺丈氏を指導したという話ですが」

 

 はい。彼自身に頼まれ、身体を鍛えるお手伝いをしていました。

 それがある日からは暴漢を制圧する技術などを知りたいと言われまして、その辺りも含めて教えるようになりましたよ。

 

「それは艦娘に勝つため?」

 

 そうです。艦娘に勝つためと言われました。

 そりゃあ最初は驚きました。呆れもしましたよ。

 はっきり言って無理です。勝てるようならそもそも艦娘の存在意義がない。

 それはまあ、条件によっては勝てるという話は今でもありますね。

 しかし、五分でやり合って勝ちたいと、そんな、無茶苦茶な話ですよ。

 

「勝つ方法を教えたのですか」

 

 結果的にはそうなりますね。いえ、私の指導だけで勝つなんて無理です。具体的に勝つ方法は他の場所で見つけていたようですよ。

 最後までどこで聞いたかは教えてもらえませんでしたが。

 そうですね、結局教えたのは、不自由に固定された状態での身体の動かし方、とでも言えばいいでしょうか。言葉では少し説明しづらいですが。

 ええ、その通りです。「艦娘と同じ艤装をつけたと仮定しての動き」です。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

 交際はあっさりと認められた。

 どんな無理難題でも自分を押し通す心積もりであった薬師寺にとっては拍子抜けであったが、無駄に苦労を背負うこともないかと思い直す。

 逆に金剛にしてみれば、妹が真っ当な人間と交際するのならばそれを止めようとは全く思っていない。いや、比叡本人が嫌がっていないのならば止める権利などない。

 そして問題の比叡だが。

 

「えーと。はい、嬉しいです」

 

 惚れられたこと、評価されたことを素直に喜んでいた。

 このときから、無事に二人の交際は始まったのだ。

 とはいえ、薬師寺には同時に始めた鎮守府相手の仕事がある。比叡には当然、艦娘としての任務がある。

 それほど頻繁に会えるわけでもない。それでも薬師寺は、できる限り比叡の非番に自分の時間を合わせた。

 当然だろう。どちらがより時間を自由に使えるとかと言えば自分のほうだ。薬師寺本人もそれ自体に不満はない。

 何度かのデートを重ね、二人は想いを深めていった。

 そんなある日、比叡が初めて出撃の様子を語った。それまでの比叡は薬師寺相手に艦娘としての自分の姿を見せることはなかったので、薬師寺は素直に距離が縮まったことを喜ぶ。

 どうしても違いはあるのだ。艦娘と人間である前に軍属と一般人の違いもある。

 だからこそ薬師寺は、初めて姉妹を呼び出した日に確認していた。艦娘と人間の違いというものを。

 金剛が比叡と別席で語ったのだ。

 自分たちは、生後数年の存在だ。人間に換算すると幼児の年齢だ。

 しかし、艦娘はこの世に生まれた瞬間から一人前の人格を備えている。

 海防艦などは見た目に引き摺られて幼く見られていて、実際にも戦艦娘などと比べれば幼い人格ではある。それでも、外見が同じくらいの人間から比べればその人格はしっかりと構築されている。さもなければ戦の最前線に立つことなどできるわけがない。

 艦娘の外見内面の差異は、鎮守府関係者、主に提督が精神的に病む一因とも言われている。触れられにくい問題なのだ。

 幸いと言っていいのか、比叡のような戦艦娘は外見から想定される人格と実際の人格がほぼ等しい。人間側から見ても付き合いやすい艦娘である。

 

「まあ、そもそも、いい歳した男が択捉や御蔵と交際したいなんて言ったら、その場で叩きのめして海に放り込みますけど」

 

 それから海に向かって砲撃します。なんなら雷撃も。と金剛は言う。

 薬師寺も頷いた。

 自分はそうではないし、万が一辰巳がそんな目的で鎮守府に近づいたというのなら今からでも友人の縁を切る。

 問題はその続きだった。

 一つの大きな問題。

 比叡はどこまで行っても艦娘であるということ。

 薬師寺のような男が艦娘比叡に惚れるのはいい。姉として歓迎しよう。

 比叡がそれに応えるというのなら止めはしない。

 大人同士の関係も、本人達の意志に任せる。それなりに上手く付き合えばいい。

 しかし、比叡は艦娘であり、その第一義は深海棲艦との戦争である。

 傷つくことはある。沈むこともある。それは、艦娘として決して避けられない道。

 

「それだけは忘れないでください」

「無礼を承知でお聞きします」

「なんなりと」

「人間の軍人ならば、退役という手段があるでしょう。艦娘にはそのようなものはないのですか」

「聞いたことがありません。戦傷で不具となって地上勤務に回った艦娘はいますが、それも非常に稀なケースですネ」

 

 艦娘はどれほどの重傷であっても、沈まなければ高速修復材を使用することで完全治癒する。「艦娘は地上では(海中に沈まないので)絶対に死なない」とまで言われているのはこのためだ。ただし、あまりにも処置が遅れたときや怪我が酷いときには完全治癒が不可能な場合もある。それでも、沈まない限りは死なないのだ。

 そして死なない限り、艦娘は鎮守府から離れない。

 

「比叡は、いえ、私達艦娘は海で死にます」

 

 戦士としての矜恃ですらない。それは単なる事実。と金剛は言った。

 海で死ぬ誇りでなく、海でしか死ねない呪い。

 

「少しの間、陸に上がることはできるでしょう。しばらくの間、人と同じ道を歩くことはできるでしょう。でも、いつまでも陸にはいられない。いつまでも人と同じ道は歩いてられない。それが艦娘です」

 

 バケモノ、とあえて金剛は言った。

 人から見た艦娘がバケモノと言われるのは仕方のないことだと。

 それでも構わないというのなら、その間を共に過ごすというのなら、海と陸に別れる艦娘の精神の陸の部分を引き受けるというのならば、喜んで歓迎しよう。

 薬師寺は金剛に約束した。

 比叡を、金剛の妹をこの身をもって引き受けると。

 そして薬師寺は言った。

 

「金剛さん。艦娘はかつて人間の作った艦の魂を受け継いだ存在だと言われていますね」

 

 金剛は頷いた。

 

「その艦娘がバケモノなら、その元を作った人間も立派なバケモノでしょう」

 

 そのような会話があった。だからこそ薬師寺はこのとき、比叡から戦場での話が出たことを心底から嬉しく思った。

 

「比叡さん、俺は嬉しい」

 

 だからこそ、薬師寺は素直に言うのだ。

 

「君が話してくれるようになったことが」

 

 艦娘であることを辞めないのなら、艦娘であることを受け止める。

 そして……

 

「戦争が終わったら……、」

 

 言いかけた薬師寺を比叡が止める。

 

「私にはなんの約束もできません」

 

 気持ちは嬉しい。薬師寺の言葉を止める理由など何もない。

 貴方は誠実な人だ。今までの交際でそれはわかる。

 だからこそ。

 

「正直に言いたいんです。将来は、いえ、明日すらわからない身の上ですから」

 

 明日、いや、今日これからでも出撃命令が出るかも知れない。

 自分は勇んで抜錨するだろう。深海棲艦を屠るだろう。

 勝利を求め、砲撃を放ち、敵を破壊するだろう。

 永遠の勝利など万人に与えられないと知っている。

 戦後を生き延びる艦娘はいるだろう。それが自分なのかは決してわからない。

 それを苦にしない自分がいる。

 自らがいずれ沈むことを受け入れている自分がいる。

 それが艦娘。

 死を怖れないのではない。死は常にそこにあるもの。ただ寄り添うのみ。

 

「だから、約束はできません」

 

 私は海で死ぬ艦娘です。

 海に沈み、泥に眠る艦娘です。

 言葉はなかった。

 発せられなかった言葉を、薬師寺は聞いた。

 海の底で死んでくれますか?

 艦娘と一緒に沈んでくれますか?

 人間の貴方にそれができますか?

 ニンゲンノ、アナタニ

 嘲笑にも似た懇願が聞こえたような気がした。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

   諸手九六(仮名)…反艦娘団体「ヒューマンパワー」副代表 (インタビュアー…草岡翼)

(場所は氏により指定、原稿に問題があれば削除との条件でインタビュー)

 

「薬師寺丈氏との関係をお聞かせ願えますか」

 

 あれは、艦娘を役立たずにする方法を聞きに来た。

 そうだ、うちではそういうのも考えてる。艦娘を如何にぶっ殺すかだな。いや、社会的にだよ。暴力を信奉する団体ではないからね、我々は。

 我々人間にとって、艦娘などというふざけた存在は必要ない。確かに深海棲艦に対するある程度の力は認めよう。だが、それも政府の大袈裟なプロパガンダ、フェイクに過ぎん、連中が言うほどあれらは強いわけじゃない。それでも無理やりに戦場に出しているのはなんのためだ、当然、自分たちの利益に誘導するためだ。自分たちというのは……あまり詳しく言うと君の身も危ういからこの辺りにしておくが。

 とにかくだ。艦娘に垂れ流している資源予算人員を通常兵器の開発に戻せば必ずや人類は深海棲艦に勝利できる。それは既に証明された事実だ。それらの兵器の腹案は既に作られている。表に出ないようにしているのはいつもの妨害の手口だ。完成した設計図は片っ端から奪われ、消去されている。

 そして、これらの兵器は当然艦娘相手にも有効だ、艦娘ごとき、人間の敵ではないよ。

 

「人間に負ける艦娘は必要ないということですか」

 

 違う。元々艦娘が勝ったことなどない。まともに戦えば艦娘は人間以下だ。そもそもあのように女々しい姿で勝利を得ようなどとありえん話だろう。

 そもそも古来より戦場とは男の晴れ舞台であり女子供が出しゃばるようなふざけた場所ではないのだ。

 ああ、失礼。貴女のインタビュアーとしての姿勢に文句をつけているわけではない。私は古い世代の女性差別主義者というわけではないし、女性の社会進出には賛成している身だ。ただ、戦場とは非日常であり、そこに世間の常識は通用しないのだということだけはわかっていただきたい。私は女性を尊敬している、無論、人類の女性をね。女性の姿だけを真似た魂のない艦娘とかいうバケモノのことではない。

 私は戦場の話をしている。戦場に艦娘は必要ない。戦場とは人間の立つべき舞台であるべきだ。

 それがわからぬと言うのなら我々は、艦娘を滅ぼすことすら考えねばならない。

 海から来た得体の知れぬバケモノなど、深海棲艦と何が違うというのか。

 見た目の華美に騙される痴れ者どもなど、共に滅びてしまうべきなのだ。

 

「艦娘化計画というものが当時噂になっていましたが」

 

 政府主導による人体実験だな。

 人間を外科的に改造して艦娘を作るおぞましい計画だな。勿論、政府の一部の気狂い連中による計画だろうか、金さえもらえれば喜んで尻尾を振るマッドサイエンティストどもがこぞって協力していた。今では破棄されたとも聞くが、どこに隠匿されているかわかったもんじゃないよ

 

「薬師寺丈氏に反艦娘の思想はなかったと思われますが」

 

 そうかな。まあ、そうか。

 そうだ。その通りだ。

 あいつは男だった。私の知る限り、あいつは紛れもない男だった。

 行動は間違っていたがね。 

 しかし、あれもまた、艦娘の見た目に騙された痴れ者に過ぎんよ。

 

「『ヒューマンパワー』はある種のテロリスト団体だという声もありますが」

 

 ……嘘だろ?

 

 (削除された部分)

「それでは、第一印象を」

 

 ありゃ、気狂いだ。我々もそう言われることがあるが、比べものにもならんね。

 なにしろ惚れた相手が艦娘だ。

 あいつの間違いは、艦娘ごときに惚れたことだ。

 とはいえ、あいつに協力した私も気狂いかもしれんがね。

 協力した理由? あんな嬉しそうに惚れた女を語る男なんて初めて見たからさ。

 ところで、あんた、草岡翼さん? どこかで会ったことないか?

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

 死にたくない。沈みたくない。

 その想いは深海棲艦との戦において決して負ではない。

 生きて帰るとは、戦に勝って帰ることなのだ。

 深海棲艦に勝つ。深海棲艦を倒す。戦に勝利する。

 轟沈したくない。生きて帰りたい。死にたくない。

 何が違うというのか。

 自分一人だけが生きる。僚艦と共に生きる。そこを間違えなければいい。

 比叡は戦果を挙げ続けた。

 深海棲艦を倒す、それが艦娘の誉れ。

 生きて帰り姉妹と喜びあう、それが艦娘の歓び。

 生きて帰りあの人に会いたい。それも歓びとして何が悪いのか。

 悪くなどない。

 悪くなどないのだ、それが続く限りは。

 それでいいはずだった。一人の艦娘として、比叡はそれでいいはずだった。

 ある日、比叡の目の前で敵戦艦の砲撃をまともに受けた味方重巡が轟沈した。不運な出来事だった。

 作戦に不備はなかった。陣形に乱れはなかった。索敵に不足はなかった。回避に過怠はなかった。

誰に原因があるわけでもない。ただ、不運だった。

 戦場の習だ、と収めるしかなかった。

 比叡はそのとき初めて戦場を恐怖した。

 自分は死ぬ。知っていた。

 自分は沈む。知っていた。

 知っていた、はずだった。

 少なくとも自分にとって、知識は覚悟とはなり得ないことを比叡はその日知ったのだ。

 比叡は変わった。

 戦場での動きが目に見えて変わったのだ。それは微妙な差異だった。しかし日頃から共に戦う僚艦にとっては一目瞭然であった。

 怯懦だと言う艦娘がいた。それは艦娘にとっての病で珍しくもないと言う艦娘もいた。

 大なり小なりの怯懦はどの艦娘も持っている。

 隠す者、自ら笑い飛ばす者、克服する者、神仏に頼る者。その対策はそれぞれだ。

 比叡にはどれもが逃避に思えた。逃避であれば意味はない。心が逃避しても、身が逃避しなければ死は確実に来るのだ。身の逃避など、艦娘である限りできるわけがない。

では金剛は、榛名は、霧島はどうなのか。比叡は己の想いを訴えた。

形は違えど、三人の反応は同じだった。

 首を傾げたのだ。

 目の前で僚艦が轟沈して驚いた。わかる。

 僚艦はとても不運だった。わかる。

 次は自分かも知れない。わかる。

怖い。わからない。

 無駄死にではないのだ、と霧島は言う。

 深海棲艦を全滅させて仇をとったではありませんか、と榛名は言う。

 艦娘とは海で死ぬものです、と金剛は言う。

 皆、怯懦など誰にでもあるものだと飲み込んでいた。

 誰も、比叡の恐怖を受け入れなかった。

 だから、死にたくないと初めて比叡は言った。艦娘でないものに。提督ですらないものに。

 薬師寺は比叡を抱きしめ、ただ一言。

 

「そんなのは嫌だ」

 

 薬師寺は死への嫌悪だけを言葉にした。

 矜恃も名誉も自負も激情もなく、単純に惚れた相手の死を嫌悪する、否定する。

 当たり前の言葉に比叡は救われたと思った。

 

「私も、嫌です」

「生きて欲しい。なんとしても、生きて欲しい」

「生きます。なんとしても、生きます。帰ってきます。なんとしても帰ってきます。貴方の所に」

 

自分を抱きしめる薬師寺の身体を、比叡は温かいと感じていた。

その日からまた、比叡は変わった。

 死にたくない。沈みたくない。

 恐怖に怯えることにかわりはない。

 それでも恐怖を乗り越えたい。

 生きたい。戻りたい。

 必ず戻る、戻るところがある。帰り着く相手がいる。

 希望だった。そこには死への怖れと別の意思があった。

 深海棲艦を倒し、必ず帰る。

 僚艦たちは比叡の動きが再び変わったことを知った。

 更に強く、更に早く、更に鋭く。

 理由が恐怖だとしても、結果は勝利として導き出される。ならば僚艦たちに不満などない。結果が、勝利こそが本望なのだから。

 たとえ問題の先送りだとしても、それは比叡の問題である。僚艦の問題ではない。

 冷たいわけではない。それが艦娘としての感覚の限界であった。

 後にして思えばこのとき比叡は、艦娘から離れつつあったのだ。

 艦娘としての感覚の乖離ゆえに、金剛達も気付くことはなかった。

 そして、比叡と薬師寺の会う回数は増えていった。

 何度か身体を重ねたある日に比叡は気付く。

 

「少し、痩せました?」

 

 弱くはなっていない。痩せたと言うよりも絞られたというべきか。

 

「鍛えてる」

「何故?」

「君に勝つために」

「私、もう丈には勝てませんよ」

 

 笑いながら自然にそう言えることが艦娘からの乖離だと比叡は気付かない。無論、薬師寺が気付くことなどさらにない。

 

「君に勝てば、君は軍を辞めることができる」

 

 比叡は撫でていた胸元から顔を上げた。

 

「なんですか、それ」

「艦娘が人間に負けるようなら、艦娘の存在理由は変わってくる」

 

 需要が全くなくなることはないだろう。水上を自在に動けるだけで需要はある。前線に出ない軍人などいくらでもいるのだから。

 

「負けませんよ」

 

 おどけて膨れる比叡の頬を薬師寺は指で突いた。

 

「俺と演習するか」

「司令が良いって言うなら」

「約束だ」

 

 冗談でも嬉しい、と比叡は思った。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

   西園甲佐…元関南工科大学付属大学教授、艦娘技術研究所主任研究員 (インタビュアー…草岡翼)

(内容は軍による検閲済)

 

「薬師寺丈氏との関係をお聞かせ願えますか」

 

 実験台だな。いや、彼は実にいい実験台だったよ。双方納得済みのね。

 注文は出すが文句は言わない。他のクライアントにも是非見習って欲しいものだ。

 

「それでは、第一印象を」

 

面白い目をしていた。

 知り合いにもあの目をした奴は多かったよ。軍人もいたし、技術者もいた。みんな死んじまうか、遠くに行っちまったがね。

 そうそう、何かを一心に信じている目だよ。神とかじゃない。

 まあ、私にとってはさっきも言ったが良い実験体だったよ。

 

「実験とは、貴方の研究に関するものですか」

 

 勿論。と言いたいところだが、半分正解だな。

 私の研究は、端的に言えば現状の艦娘を不要とするものだ。大きく分けて二つ。

 一つは、人間を武装させて深海棲艦に対抗しうる戦力を持たせること。

 もう一つは、人間そのものを艦娘と同等の存在にすること。

 彼が協力を申し出たのは最初のほうだ。彼自身が艦娘と同等に戦える装備が欲しいと言ってきた。

 断る理由はなかったな。何しろ個人的な資金援助まで提示してきたのだから。

 確かに政府からの資金はあったが、紐付きの金は使用明細に五月蠅くてね。やりづらいんだよ。

 

「薬師寺氏に提供した装備とはどのようなものでしょうか」

 

 現在さらなる研究中で機密指定されているため詳細は話せないが、ざっくり言うと三つ。

 まず、航行装置。艦娘が基本的に足につけているあれだな。耐用時間は短く最高速度もさほどではないため、実戦に耐える代物ではなかった。とはいえ、演習形式で戦うには充分なものだったはずだ。

 そして楯。深海棲艦、艦娘共に互いの砲雷撃をある程度までは耐える装甲を持っている。それも、忌々しいことに皮膚装甲だ。これはどうやっても再現できなかったため、とりあえずで楯を作った。使い捨ての楯だ。一度の攻撃に対して一枚。衝撃を一定方向に散らして相殺する。

 最後に武器。主副砲周りの艤装は艦娘と全く同じものは作れなかった。よって、艦娘と同じ砲撃は無理。辛うじて雷撃装置は可能だが、艦娘と同じ威力の魚雷を人間に持たせるのが無理。艦載機を操るのは論外、操縦しているのが妖精と言われても意味不明だ。艦娘の言葉を百パーセント信じたとしても、そもそも妖精なんぞ我々には見えもしない。一部の提督には見えているということなので信じるしかないわけだが。なに、いつか見てやるさ。私が駄目でも次の連中が、それでも駄目ならその次の連中が。

 失礼、話が逸れた。結局我々が開発したのは近接兵器、杭打ち機のようなモノを想像してもらえばいい。

 まとめると、我々の作った装備は、遅い足と不充分な防御で艦娘の攻撃をかいくぐり、手の届く距離まで近づいてぶん殴るためのものだ。実に頼もしい装備だろう。

 自殺だよ。それを彼は喜んで受け取り、訓練した。

 何故かわかるかね。他に何もないからだよ。それが、我々の渡せる最高の装備だったからだ。他に選択肢がなかったからだ。

 

「その装備の開発過程などは」

 

 ノーコメントだ。語ってもいいが、帰れなくなるぞ、数十年ほど。

 

「人間を艦娘化するという噂が当時あったと聞きますが」

 

 もっと酷い噂だったと思うがね。我々が人体実験をしているとか、本人の意思とは関係なく艦娘化させるとか。

 おかけで反対運動も酷いものだった。

【私達の娘を艦娘にさせない】なんて旗を掲げた団体が押し寄せてくるんだぞ、艦技研の施設じゃない、研究員それぞれの自宅にだ。

 我々は犯罪者扱いだよ。誰一人として告発も逮捕もされていないはずだがね。

 報道の仕方ももう少し弁えて欲しいものだ、このインタビューも例外ではないぞ。

 そうか、検閲はされるのだな。いいだろう。

言っておくが、人間は手術しようが薬漬けにしようが艦娘にはなれない。常識だと思うがね。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

 薬師寺は自分に言い聞かせる。

 やれることは全てやったはずだ。

 使えるものは全て使った。

 持てる金も人脈も、最大限に活用した。過去の貸しを全て取り立て、返すアテのない借りを積み重ねた。

 反艦娘団体に、違法ギリギリの技術者に資金を提供し、資料や技術を調達した。

 語り合う機会があれば、反艦者も技術者も互いにただの人間だと理解できた。その思想や思考、あるいは性癖を理解せずともこちらの望みを聞いてくれるだけの付き合いは重ねた。

 誰もが薬師寺を愚かだと笑った。

 笑い終えると皆真顔になった。できるものならやってみろ、いや、やってくれ。

 理由は違えど、薬師寺の目的に皆協力してくれた。

 場所が違えば互いに憎しみあう、いっそ殺し合うような関係の中に薬師寺は身を投じていた。

 艦娘を憎む者、崇める者、実験する者、汚す者、命ずる者、共に歩く者、傅かせる者。

 誰も愛する者はいなかった。誰も愛する者を理解しなかった。

 ただ、形はどうあれ友になった。友になり、力を借りた。

 その力で、比叡と戦う。

 殺すことを望んだ者がいた。

 倒すことを望んだ者がいた。

 人の強さを見せろと望む者がいた。

 女の姿をしたモノの敗北に淫靡を感じる者がいた。

 嫉妬する者がいた。

 薬師寺はそのどれでもない。

 比叡を救うために、比叡に挑む。

 人間に負ける艦娘は必要ないとの言質は得た。

 反艦娘団体「ヒューマンパワー」からの意見表明に対して、書面で公式回答が出されている。

 

〈戦闘に参加せず、鎮守府に所属しているだけの艦娘がいるという噂は事実か。事実である場合その維持費などはどこから支出されているのか?〉

〈戦闘に耐えられない艦娘が存在する場合、これに対する軍からのあらゆる公式援助は停止すべきと考えられる〉

 

 比叡個人に限られた話ではないが、その内容から圧せば、人間に負けた艦娘の資格を剥奪できる。

 戦後の準備は整った。次は、戦自体だ。

 艦技研の西園が用意した装備の一つは身につけているが、残りはキャリーワゴンで運ばれている。

 中には、戦闘終了後即座に破棄しなければならない装備もある。もっとも、破棄は西園任せになるのだが。

 戦闘終了後に自分が五体満足で動けるとは薬師寺も思っていない。

 それどころか、一番楽観的な予想が「意識明瞭」だ。

 工藤からは懸命に止められ、諸手には失笑され、真田は気狂いを見る目だった。西園に至っては「四肢が一つでも残っていたら儲けものだと思え」と冷静に告げた。

 辰巳だけが

 

「終わったら比叡ちゃんも一緒に三人で飲もう。退院してからな」

 

と約束した。入院は確実か、と薬師寺は笑った。

 

「薬師寺が勝ったら俺もチャレンジしようかな、駆逐艦娘ならなんとかなるかも」

「やめておいたほうがいい、ここまで鍛錬してきた薬師寺君とは違って、辰巳君じゃ駆逐艦娘どころか海防艦娘、いや、補給艦娘相手でも確実に死ぬ」

「冷静なご指摘アリガトね、西園主任」

「ああ、給糧艦娘でも無理だと思う」

「本当にアリガト」

 

 その日、薬師寺に付き添ったのは辰巳と西園、そして艤装を運搬する西園の助手だけだった。

 工藤は見たくないと拒否し、諸手は鎮守府には近づきたくないという。真田がいるのは反対側の陣営だ。

 

「確認するぞ」

 

 西園の言葉に辰巳が一歩下がった。

 薬師寺は、運ばれてきたキャリーワゴンの中身に目を向ける。

 それぞれの説明は受けて、習熟も積んでいる。

 既に下半身には大きな艤装が装着されているため、ここまで歩いてくるのも難儀した。

 艦娘と同じく両脚で海面に立つための装備だが、海上をある程度動けるようになるまでどれほどの時間がかかったか。何とか動けるようにはなったが、艦娘の戦闘速度どころか、演習規定速度の七割も出せれば御の字だと言われている。

 

「演習なら大差ない。どうせ航続距離を稼ぐ必要はないんだ」

 

 西園は付け足したものだ。転べば足の骨を折ると思え、と。

 まず、五枚の板がワゴンから降ろされた。

 一枚につき一回、運が良ければ二回、艦娘からの砲撃を受けることができる楯。手持ちのままで受ければ腕が砕ける。必ず海面につけた状態で使えと言われている。素材の堅牢さで受ける類の楯ではない。艦娘由来の未知の技術だと西園は説明した。

 

「こういう表現はしたくないが、艦娘に対する海の加護を擬似艦娘装甲で再現したものだ。はっきりいって原理はわからん。わからんが、実際使えるのだから使え」

 

 擬似艦娘装甲とはなんだと辰巳が聞いたとき、西園は俯いた。

 

「昔、イカれた気狂いが人の皮で装丁した本を作ったって知ってるか?」

 

 辰巳が声を荒げ、薬師寺はそれを制した。短い付き合いの中でも、西園が艦娘を憎んでいないことは薬師寺にはわかっている。

 

「艦娘の志願だ、それだけは間違いない」

「志願ってお前」

「戦えなくなったまま生きている艦娘は過去にもいる。高速修復材も万能ではない。そういうことだ」

 

 辰巳が口を閉じ、薬師寺が口を開いた。

 

「西園さんは、偽悪が過ぎる」

「艦娘を護る方便を使いすぎた。職業病だ、治す気もない」

 

 艦娘の常識をそのまま世間に晒せば、異常の烙印を押される者もいる。周囲の人間に異常性があれば、多少は緩和されるだろう。

それで、と話題を戻す西園。

 

「武器は結局どうする」

 

 候補は二つあり、どちらも使い方の訓練は終わっている。

 近接と遠隔。

 両方が装備できれば一番良いが、実際には一つが精一杯だ。武器を増やせば楯を一枚持つ余裕すらなくなる。

 

「近接で行きます」

 

 予想通りだと言って西園は、楕円状の器具をワゴンから取り出す。真ん中が膨らんで一見大きな亀の甲羅にも見えるそれには、腕に直接取り付けるための器具が存在していた。

 楕円の焦点の辺りには、金属製の筒のようなものが一体化形成されていた。

 筒のように見える部分は杭打ち機の原理で合金製の槍を打ち出すようになっている。この槍には艦娘装甲を損傷させる合金が使われている。

 そんな合金が存在するのかという問いには、「拿捕された深海棲艦の一頭や二頭はいるさ」と西園は答えた。

 遠隔は似たような原理だが、こちらはロケットランチャーになっていて、ロケット弾に合金が使われている。離れた位置から攻撃できるが外せばそれで終わり、そして動いている艦娘にはまず当てることはできない。

 どちらにしろ近接戦闘に持ち込んで艦娘の動きを止めなければ当てられないのだ。ならば最初から近接戦闘だけを考えれば良い。それが薬師寺と西園の結論だった。

 

「状況によっては演習中の換装も考えられるかと思ってな、念のために準備しておいた。必要ならすぐに言ってくれ」

 

 航行、防御、攻撃。三つは揃った。

 そしてもう一つ。

 今、薬師寺の下半身には、航行用の艤装が装着している。上半身は不自然に膨れあがっていた。

 金属製の包帯が巻かれている。無論ただの包帯ではない。人の動きを最大限に補助する機構が内蔵されている。

 

「民間では、障碍補助に使われているシステムだ」

 

 神経の損傷などによる不随の場合でも、最小の力で該当部位を動かすことができる医療器具がある。

 その器具の安全を無視して拡張したものがこれだった。

 金属包帯を巻かれた人間は擬似的な外骨格を持ったようになり、もともとの内骨格の損傷程度とは無関係に身体を動かすことができるようになる。

 

「盾で砲撃を防ぐ、あるいは近接で槍を叩きつける。どっちにしろ人間以上の力を受けたり出したりしなきゃ話にならん。一歩間違えたら骨が折れるどころか砕ける」

 

 折れないような加減は勿論可能である。あくまでも理論的には。

 ならば。

 折れてしまうなら折れてしまえばいい。骨が折れることは問題ではない。腕が動かなくなることが問題なのだ。

 

「いいか。最悪でもほぼ金属包帯だけの力で腕は動く。ただしその場合、包帯の中身は保障できない。この包帯は身体を動かすためのものであって、防御するためのものじゃない」

 

 意識があって指一本でも動かせるなら、全身を動かすことができる。酷いことを西園は言い、薬師寺は受け入れる。

 準備は全て終わった。

 薬師寺には負けるつもりなどない。

 性能仕様だけを問うのなら、人間が艦娘に優る点などない。

 それでも勝ち目はあるのだ。ただ一つ。

 艦技研の技術者と話し、反艦娘団体幹部と話し、提督と話し、艦娘と話し、わかったことがある。

 艦娘は大破すれば轟沈し、轟沈すれば死ぬ。あるいは、死ねば轟沈する。

 だが人間は。

 人間は死ぬ。艦娘よりも容易く死ぬ。ただ一点だけが違う。

 人間が死ねば、それは艦娘の轟沈に等しい。しかし人間の轟沈は死ではない。

 人間は轟沈しても死なない。その一点だけが人間の勝ち目だった。

 

「薬師寺丈、抜錨します」

「駄目だと思ったらすぐ戻ってこい。お前のような実験体は貴重なんだ」

「退院したら飲み行くぞ」

 

 西園と辰巳に手を振るために薬師寺が振り向くと、ワゴンの横に立つ女性が頭を下げていた。

 万が一を考えて同僚を巻き込みたくなかった西園が、諸手に手配してもらった助手だ。

 舎利岡さんと言っていたな、と薬師寺はぼんやり思った。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

   草岡翼…インタビュアー

(セルフインタビュー)

 

「薬師寺丈氏との関係をお聞かせ願えますか」

 

 特にない。強いて言うのならば、母の仇の夫。

 

「それでは、第一印象を」

 

 まだ会ったことはない。

 

「比叡をどう思う」

 

 母を殺した艦娘。

 絶対に許すな。

 

「ところで貴女の本名は」

 

 舎利岡隼人。

 

「失礼ですが、男性のお名前では」

 

 母は私に男の名前をつけました。

 女は強制的に徴兵され、艦娘に改造されると信じていましたから。

 母は私を護るため、男性名をつけました。

 母は、「ヒューマンパワー」の構成員でした。

 母は艦娘を憎んでいました。異形のバケモノを。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

 勝て。と言われた。

 誰に言われた。司令と呼ぶ人間に。

 誰に勝つのか。艦娘に挑む人間に。

 

「艦娘がいなくとも人間だけで深海棲艦と戦えることを証明したいと」

 

 それは。

 

「反艦どものやりたいことは、艦娘の面目を潰すことだ」

 

 提督にもわかっている。

 

「万が一、君が敗れるようなら、君は艦娘としての価値を失う。そして、艦娘としての地位を失う。これは演習だから轟沈はないが、恐らく前線から離れることとなる」

 

 しかし。

 

「君が艦娘であるならば、わかっているはずだ。普段の演習と同じく、勝ってこい。私からは以上だ」

 

 相手の人間はどうなるのか、と比叡は尋ねた。

 

「端的に言えば君次第だ」

 

 艦娘と戦おうとする人間がただで済むはずがない。

 

「高い授業料だが、払ってもらおう」

 

 相手は深海棲艦ではないのだ。殺せ、あるいは死んでも構わないと言われなかったことに比叡は安堵した。

 こんなことになった理由を大淀が金剛に説明しているのが聞こえる。

 反艦娘団体からの主張に答えた文言が曲解されたのだと。

 いや、曲解できるような文言を引きずり出すための最初の主張だったのだろう、と提督は言う。

 要は、艦娘を一人引きずり出すために。

 では、それが何故比叡なのか。

 

「すまん。そこは俺の力不足だ」

 

 比叡は目立ったのだ。鎮守府外で男と遊んでいる。そんな風評が少なからず存在していた。

 上層部にとっては鬱陶しい存在である。

 勝てば問題なし。負ければ「遊びにうつつを抜かしていたため」と言い張ることができる。いや、流石に負けるとは思われていない。演習内容に少しでも瑕疵があればそこを突いてくるつもりなのだろう。

 それを止められなかったことを提督は謝罪した。

 別の場所では話を持ち込んだ相手に対する恨み言も吐いていたらしいが、少なくとも艦娘の前では一言もなかった。その辺りは艦娘の信頼に足る司令であるのだ。

 それでも比叡は悟っていた。自分が選ばれたもう一つの理由を。

 死を怖れたあげく提督でも僚艦でもない鎮守府外の人間に救いを求め、あろうことかそれを得てしまった艦娘。

 人間を救うべき艦娘が人間に救いを求める矛盾。その矛盾の中に生きる術を見つけてしまった艦娘。そんな艦娘は果たして周囲の信用を本当に得られるのか。

 この演習で人間に負ければ、その艦娘を戦から引き離すことができるかもしれない。

 この演習で人間に勝てば、救いを求めた自分の愚かさを思い知らせることができるかも知れない。

 どちらにしろ。

 今は演習に心を向けようと比叡は考える。

 そして真田と金剛に付き添われて演習場に着いたとき。

 演習の相手を確認したとき。

 比叡の、心は、止まった。

 薬師寺丈の姿を見たとき。

 

 戦おう。そのための艦娘なのだから。

 殺すわけじゃない。殺したいわけじゃない。

 金剛姉さまと演習をするとき、自分は金剛姉さまを殺そうとしているのか?

 否。

 榛名相手では。霧島相手では。

 否。否。

 僚艦なら誰であろうと、殺すための演習などしない。

 だから薬師寺丈も殺さない。ただの演習。

 艦娘として、演習に挑むだけ。その相手が誰であろうとも。

 そうだ。確かに言っていたではないか。寝物語であろうと。甘い語らいの中だろうと。

 演習をしようとあの人は言った。

 艦娘が人間に負ければその存在理由は変わるとあの人は笑っていた。

 そうだ。約束した。

 

「負けませんよ」

 

 そう言ったのだ、自分は。

 

「比叡」

 

 金剛が付き添っていた。

 姉は知っていたのだろうか。

 

「不調を申し立てなさい。私が出ます」

 

 知らなかったのだろう。知っていたのなら、自分が事を知る前に工作できる姉だ。

 

「不調ならば金剛との交替を認める。比叡、下がれ」

 

 あの男、なんのつもりだ、と真田が呟いた。

 

「比叡を戦線から引きずり下ろすため? いや、まさか……」

 

 比叡は頷いた。

 

「あの人なら、そう考えますよ」

 

 金剛が更に言う。

 

「比叡、交替しなさい。心配しなくても、私もあの馬鹿を殺す気なんてありませんよ」

 

 きっとそうなのだろう、と比叡は思った。金剛姉さまなら上手くやるのだろう。

 それでも約束したのだ。

 演習をすると約束したのだ。

 だから、

 

「比叡」

「司令。それは交替命令ですか?」

 

 真田は虚を突かれたように口を閉じた。

 

「では、行きます」

 

 比叡は前を向いた。演習場の海に向かって。薬師寺に向かって、

 

「戦艦比叡、抜錨します」

 

 速攻で終わる。

 誰もがそう思った。

 真田も、金剛も、比叡も、西園さえも。

 最初の砲撃は外れた。何もおかしくはない。実戦で空母艦載機による制空権を取っていたとしても、一撃目が当たることなどまずない。

 二撃目も外れた。

 三撃目も。

 単純な話だった。薬師寺があまりにも遅すぎるのだ。艦娘の常識で狙った場所に薬師寺は届かない。比叡が胴体ではなく足元の艤装を狙っていることも一因である。

 

「それが狙いだとしたら存外にせこいな」

 

 真田は言うが、それが本音でないとは横に待機する金剛にも伝わっていた。

 

「比叡が甘い、と考えていますか? 提督」

「人間相手だ。甘くなくては困る。第一、せこい手だとしても誰もが真似できる手ではなかろうよ」

 

 普通なら恐怖する。当たればどうすると考える。

 

「あれが艦娘なら、大戦果を挙げるか初日轟沈するかの二択だな」

「比叡だったら、次は薬師寺の動きに合わせて調整すると思いますよ」

「そうでなくては困るが、向こうも同じ事は考えているだろう」

「動きに合わせれば、またそれをずらしてきますか?」

「その可能性は大いにある。うん、やはりそう来たか」

 

 真田の言葉に指示されたかのように比叡の動きが変わった。

 

 比叡は主砲を一旦下げ、高速移動の体勢に移った。

 砲撃をやめ、移動と索敵に全力を傾ける。

 砲撃戦に固執する、あるいは砲撃戦を捨てて接近戦に持ち込む。どちらが薬師寺の読みなのか。

 比叡は砲撃戦を捨てる側を選んだ。

 艦の魂を宿しているとはいえ形は人。ならば人の形だからこそできることもある。

 たとえば軽巡天龍、龍田、あるいは木曾。人の形だからこそできる近接格闘を得意とする艦娘もいるのだ。

 比叡とて、自ら進んで行うことこそ滅多にないが格闘技術に覚えはある。いや、艦娘ならば誰もがそれなりの接近専用格闘術を身につけている。深海棲艦との戦が砲雷撃だけで終わるとは限らないのだから。

とはいえ、砲撃を完全にやめるわけではない。

 主砲の代わりに持ち上げる副砲と機銃。

 比叡は薬師寺が楯を構えるのを見た。まるで海上に立てるかのような持ち方である。

 まさか、と比叡は思う。

 普通なら人間の手で持つことのできる質量の楯などに意味はない。それでも薬師寺の構えに動揺はない。

 艦技研で研究されていると聞いたことがある。擬似艦娘装甲。サンプルを提供した後方勤務艦娘の話も知っている。

 噂が事実だとしても、着弾の衝撃を完全に殺すことはできないはず。

 しかし、近づきつつ放った副砲弾を薬師寺は楯でいなした。歪む表情から相当の負担が掛かっていることがわかる。それでも、艦娘の攻撃をいなしたのだ。

 二撃目。そして機銃弾。

 楯を取り換えつつ、攻撃を防いでいるのがわかる。

 使い捨ての楯か。

 薬師寺は比叡との距離を縮めていた。

 人が艦娘に接近戦を挑もうとしている。

 薬師寺の右手に装備された亀甲のような艤装はなんだ。いや、見たことがある。

 そうだ。やはり艦技研。

 鹵獲した深海棲艦の表皮装甲を貫くために使われていた特殊杭打ち機に似ている。

 同じ物だとすれば、艦娘の装甲を抜くことはできないはず。

 できないはず、さっきもそう思ったと比叡は自分を笑った。

 同じ物であるわけがなかった。

 艦娘のサンプルから作った擬似艦娘装甲を使えば、深海棲艦の装甲を貫く槍も作られる。

 つまり、深海棲艦のサンプルさえあれば逆も可能ということだ。

 薬師寺は回避運動もせずに真っ直ぐに突っ込んでくる。

 主砲を起動する隙はない。副砲と機銃は盾で防がれる。

 比叡もまた、真っ直ぐに突っ込んだ。

 

「比叡!」

 

 薬師寺が叫んでいた。

 

「お前を! 助ける!」

 

 比叡は見た。

 楯を掲げる薬師寺の左手は逆間接に曲がっている。骨が折れている。それでも、動いている。

 それも、艦技研の技術なのか。

 艦技研は人間を人間以外のバケモノにする。そして、艦娘というバケモノを人間にしようとする。

 艦娘に近づいた人間と、人間に近づいた艦娘の闘い。二つのバケモノの闘い。

 違う、と比叡は言いたかった。

 これは、人間と艦娘の闘いではないと。

 これは、薬師寺丈と比叡の闘いなのだと。

 そうでなくてはならない。そうでなくては戦えない。

 

「丈!」

 

 比叡は叫んでいた。

 薬師寺は笑い、右手を振り上げた。

 艤装から飛び出しながら振り下ろされる槍を比叡はかいくぐり、振り向きざまに機銃を向けた。

 目の前に楯があった。

 比叡は撃った。

 薬師寺の身体が文字通り浮いた。

 楯が海面に触れていない。擬似艦娘装甲は海の護りを受けていない。

 人の身体はその衝撃で容易く飛ばされる。

 まるでとんぼを切るような動きで、薬師寺は頭から海面に突入していた。

 轟沈だ。と比叡は見た。

 艦娘、深海棲艦ならば勝利。

 しかし、そこにいたのは人間だった。

 艦娘は死ねば轟沈する。艦娘は轟沈すれば死ぬ。

 人間は死ねば轟沈する。人間は轟沈しても死なない。

 薬師寺の航行用艤装には仕掛けがあった。

 強制解除によって着用者を激しく弾き飛ばす仕掛けが。

 左足の艤装を強制解除して海上へと飛びあがった薬師寺の右腕の槍が、驚きに固まった比叡に叩きつけられた。

 しかし、そこにいたのは艦娘だった。

 深海棲艦と戦うのが日常の艦娘だった。

 比叡の迎撃は反射であり、薬師寺はそれに対するはずの楯を失っていた。

 機銃弾を受け、再びその身体が宙に舞う。血と肉をまき散らしながら。

 それでも、薬師寺は再び立ち上がった。右足一つの艤装、海上に立つのが精一杯の姿で。

 骨が折れている。どの骨がではない。全身と言っていい。金属包帯に生かされていると言っていい。

 血が流れている。肉がえぐれている。両手は曲がり、左足は砕けている。

 生きている。今は。

 

「終わりましょう」

 

 真田の声が演習場の拡声器から聞こえる。

 

「比叡の……」

 

 勝ちと言いかけて、真田は信じられない光景に気付いた。

 

「そこ、何やっているっ!」

 

 西園と辰巳が叫びながら走っていた。

 その先にはロケットランチャーを構えた女がいた。

 比叡と薬師寺もそちらを見た。

 諸手から紹介された人手がいた。

 舎利岡綾子という名の。

 綾子は艦娘を憎んでいた。夫が深海棲艦に殺された。綾子はそれを艦娘の怠慢だと信じた。根拠などはない。そうに違いないと綾子は考えていた。

 綾子は艦娘を怖れた。政府は女性を強制徴兵して艦娘に改造する。綾子はそれを信じた。根拠などはない。そうだと聞かされ、そうだと信じた。

 綾子は悪人ではない。世間では馬鹿馬鹿しいデマと呼ばれる与太話を信じているだけだった。艦娘への改造など、加入した「ヒューマンパワー」の中にも信じている者は少なかったが、綾子にとってそれは政府による隠蔽工作の成功だと思えた。

 悪人ではないが、正義は為されると信じていた。娘の将来を救いたいと真剣に考えていた。国の将来を心から心配していた。

 だから、ここで艦娘は負けなければならないと信じていた。負け方などはどうでもいい。ただ、艦娘が負ければ、死ねば、沈めば良いと思った。艦娘などいない正しい世の中になって欲しかった。

 だから、ここに来た。

 だから、機会を待った。

 艦娘が傷ついている。艦娘が静止している。

 機会が来た。

 二度と訪れるはずのない絶好の機会だった。

 対艦娘ロケットランチャーは、綾子にも担ぐことのできる大きさと重さだった。

 西園の薬師寺に対する説明は聞いていた。撃ち方は知っている。

綾子が構える。比叡も機銃を構えた。

 綾子と比叡は同時に撃った。

比叡の機銃弾は綾子の身体を引き裂いた。擬似艦娘装甲も金属包帯もない綾子が無事で済むはずなどなかった。

 ロケット弾は機銃弾とすれ違い飛ぶ。

 比叡は動こうとした。

 護る。人間を護る。薬師寺を護る。

 それが艦娘の本能のはずだった。

 瞬間、比叡には薬師寺が動いたのが見えた。見てしまった。

 薬師寺は動けないはずだった。それでも動いていた。

 自分を救うために。艦娘比叡を救うために人間薬師寺が動いていた。

 楯の残骸を拾うと右足に残った艤装を強制解除し、比叡に飛びつくようにしてロケット弾に対する壁となった。

 比叡は薬師寺を引き倒すことができた。引き倒し、ロケット弾をその身に受けることもできた。

 対艦娘ロケット弾は炸裂弾ではない。艦娘の装甲を貫き通すことだけを目的に作られた貫通弾である。比叡が受ければ薬師寺は助かる可能性が高い。当たり所さえ良ければ比叡とて助かる可能性は高い。

 薬師寺を排除し、比叡が前に立つのが艦娘としての正解だった。

 嬉しい。

 そのとき比叡の中に溢れたのは歓喜だった。

 覚悟でも恐怖でも、ましてや戦意でもない。

 それは純然たる歓喜、そして欲望だった。

 薬師寺に護られる自分。

 愛した男に護られる自分。

 護られたい。それが比叡の望みだった。

 比叡はこの世に現れて初めて、おのれが艦娘であることを忘れた。

 だから比叡は動かなかった。

 護られる自分に陶酔していた。

 金剛ならば、榛名ならば、霧島ならば、断言するだろう。

「艦娘失格」だと。

 ロケット弾は薬師寺の掲げた楯の残骸を貫いた。

 

 

 …………………………………… ……………………………………

 

 

   薬師寺比叡…元艦娘、戦艦比叡 (インタビュアー…舎利岡隼人)

 

「貴女は、舎利岡綾子を殺しましたね」

 

 はい

 

「私は、舎利岡綾子の娘です」

 

 はい

 

「抵抗しますか」

 

 いいえ

 

 …………………………………… ……………………………………

 

「俺はするよ」

 

 かつては鎮守府のあった浜辺。深海棲艦の猛攻で滅びた鎮守府の跡地。取材と偽って関係者を周り、僅かな証拠から少しずつ突き止めた薬師寺丈の現住所。

 瓦礫の風景にひっそりと建つ小屋の前に比叡と隼人は立っていた。

 小屋の中から大声で言いながら出て来たのは、電動車椅子に乗った男だった。

 

「座ったままで失礼。杖使って立つよりこっちの方が楽なんだ」

「薬師寺丈さんですね」

「舎利岡隼人さんだね。諸手さんから話は聞いてる」

「やっぱりあの人、気付いてたんですか」

「止める理由はないそうだ。こっちとしては勘弁して欲しいが」

「貴方には止める理由はありますよ」

「うん。あるな」

 

 片足と片腕を失った男は、それでも快活に笑っていた。

 それだけではない。薬師寺丈は薬師寺家跡取りとしての座を奪われた。

 今では鎮守府跡地に隠れるようにして住み、公式上何も知らなかったことになっている辰巳から回される、細々とした書類仕事で糧を得ている有様だ。

比叡という伴侶を得たことにそれほどの価値があるのか。

 バケモノ伴侶、女怪の類だと隼人は思う。鶴、天女、雪女。昔からある御伽話だ。ただし、めでたしめでたしでは終わらせないとも。

 隼人は銃を構えた。

 

「あれから軍も変わりました。艤装も変わりました。これ、対艦娘用の銃ですよ」

 

 比叡が艦娘失格として鎮守府から放逐されて以来、様々なことが変わった。

 艦娘の軍事的地位に変化はないが、艦娘のやや下クラスの兵器は既に開発されている。艦娘を人間が倒す難易度は、かつてに比べると大きく減っているのだ。

 そして、対艦娘団体も変わらず、隼人の母親のような人間も決して少なくない。

 対艦娘兵器を隼人が手にする機会はあったのだ。

 

「貴女は変わらないのか」

「母の仇が変わるわけないじゃないですか」

「撃ったから撃たれた。それじゃあ駄目か」

「いいですよ。私が撃ちますから、そちらも撃ってください」

 

 銃は比叡に向けられている。

 

「そもそもこのバケモノ、貴方を誑かして護ってもらったんじゃないですか」

「男が女に惚れた。それを誑かしって言うならその通りだ」

「反吐が出るわよ」

 

 隼人は引き金を引いた。比叡は動かない。

 弾は出なかった。

 二度、三度。何度引いても弾は出ない。

 

「諸手さんが貴女のことを知ったのはインタビューの時じゃない。その銃を手に入れたときからだよ」

 

 薬師寺の合図で比叡は薬師寺の車椅子のグリップを握った。

 

「バケモノ!」

 

 隼人は叫ぶ。叫ぶ以外に何もできないと知っている、だからこそ叫ぶ。

 

「ええ、私はかつて艦娘という名のバケモノでした」

 

 車椅子を押しながら、比叡は隼人に背を向ける。

 

「今は、人間という名のバケモノになったんですよ」

 

 パトカーのサイレン音が聞こえた。


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