自分が柱になる
そんな未来を、この時の俺は知る由もなかった
……いや
そもそも、今の俺にはそんな未来を考えている余裕なんてなかった
「無事か?」
「……え?」
声を掛けられ、顔を上げる
目の前には、先ほどの男
――悲鳴嶼行冥が立っている
「立てるか?」
「あ、はい……」
そう返事をして立ち上がろうとする
だが――
「っ……!」
足に力が入らない
さっき鬼から逃げ回ったせいか
それとも恐怖で身体が限界なのか
その場に膝をついてしまう
「……無理をするな」
悲鳴嶼さんが手を差し出してくる
「ありがとうございます……」
その手を掴む
――大きく固い手
いや、俺の身体が小さすぎるのかもしれない
引っ張られるように立ち上がると
改めて自分の身体を見た
やっぱりおかしい、着物、小さな手
そして、この身体の感覚
(……俺、子供になってる)
どういうことだ
俺は死んだのか?
最後の記憶はソシャゲを周回していたところ
そこから先の記憶がない
そして目を覚ましたら、知らない森にいて
子供の身体になっていて、鬼に襲われた
意味が分からない
いや、分からないことだらけだ
でも、一つだけ分かっていることがある
――ここは鬼滅の刃の世界だ
そして俺は、その物語を知っている
「…………」
知っている
だからこそ、怖かった
鬼殺隊、柱、 十二鬼月、 無惨
そして物語の最後に待っている、多くの犠牲
「……どうした?」
「え?」
「顔色が悪い」
「あ……」
悲鳴嶼さんが心配そうにこちらを見ている
……いや、目は見えていないはずなのに
どうして俺の顔色が分かるんだ?
「大丈夫です」
「そうか」
悲鳴嶼さんはそれ以上聞かなかった
ただ、しばらく黙った後
「行く場所はあるか?」
「……ないです」
「家族は?」
「…………」
答えられなかった
もちろん、いる
俺が元いた世界には
けれど―― もう帰れない、帰れる保証も方法もない
「……分かりません」
結局、そう答えるしかなかった
悲鳴嶼さんは少し黙り
「そうか」
とだけ呟いた
「ならば、私の所に来るといい」
「……え?」
「夜の山は危険だ。先ほどの鬼だけではない熊やイノシシもまだ冬眠には早い時期だ」
「…………」
「朝までここにいるわけにもいかぬ」
鬼、その言葉に身体が反応する
「……悲鳴嶼さんの所って」
「今は1人で暮らしている」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な記憶が蘇る
悲鳴嶼さんの寺で起きた悲劇
それを俺は知っている
この世界の悲鳴嶼行冥が、どんな過去を持っているのか そして――
鬼殺隊に居ると言うことは
冤罪で牢に入れられ
お館様に救われた後だと言うこと
「……どうした?」
「いえ……」
どうする
行くべきか、行かないべきか
俺はこの時点で悲鳴嶼さんが子供に対して不信気味なのを知っている
行かない方がいいのかもしれない
でも―― 今の俺には行く場所がない
それに
目の前にいるのは
俺を助けてくれた人だ
「……お世話になっても、いいですか?」
「もちろんだ」
悲鳴嶼さんはそう答えた
「南無阿弥陀仏……」
静かに数珠を鳴らす
その姿を見ながら、俺は心の中で思った
――嗚呼…この人を死なせたくないなぁ…
この世界のことを知っているなら
これから起こることを知っているなら
俺は――
何かを変えられるかもしれない
そう思った
(せめて、俺が覚えている知識がどうとかは関係なく一回助けられた分の恩返しはしたい)
だが、この時の俺はまだ知らなかった
原作を知っていることと
未来を変えられることは
全く別の話だということを