無銘の湖光 ~ランスロットとして目覚めた俺は、名を失っても世界を紡ぐ~   作:カノープス・ギア

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第5話 七騎の外

手帳の最初の行には「一昨夜」とある。

 

その下へ、バゼットは短い語を足していった。

昨日、朝、契約。昨夜、この部屋。

右手だけで書く字は普段より角張り、行の頭が少しずつ右へずれていく。

頁がめくれかけるたび、ランスロットが紙の端を押さえた。

手帳を覗き込まず、必要な時だけ指の位置を変えている。

 

次の行で、ペン先が止まった。

 

昨夜。セイバー、召喚確認。報告。

 

一行にしてしまえば短い。

だが、上の記録とは噛み合わない。

一昨夜からランスロットは現界していて、昨夜はこの部屋で扉と窓を見張っていた。

バゼット自身が見ている。

 

「並べても、合いませんね」

 

「そうだな」

 

彼は紙を見たまま答えた。

 

「そのまま読むと、俺じゃないセイバーの話になるな」

 

しばらく、どちらも口を開かなかった。

 

やがてランスロットが、頁を押さえていた指を少し浮かせる。

 

「さっきの確認の根拠って、記録にはどこまで残るものなんだ?」

 

「と言うと?」

 

「監督役が自分で確かめたのか、誰かが届けたのか。そういうところまで分かるものなのか?」

 

バゼットはペンを手帳の溝に置いた。

 

「記録次第です。そこまで窓口が持っているとは限りませんが、過去の分と一緒に確認します。訂正が入っていないかも」

 

「頼める?」

 

「ええ」

 

枕元に置いてあった電話を取り、今朝と同じ番号へかける。

呼び出し音が三度鳴り、聞き覚えのある声が出た。

 

「マクレミッツです。先ほどの件で、追加で確認したいことがあります」

 

訊くのは三つ。各クラスがいつ召喚済みとして扱われたか。

今回のセイバーを確認済みとした根拠が、記録上どこまで残っているか。

訂正や追加報告が来ていないか。

 

「マスターの名や所在は要りません。記録に残っている範囲で構いません」

 

受話器の向こうで紙をめくる音がした。

 

『了解した。古い分も当たるから、少し時間をもらえるか』

 

「構いません」

 

『そっちは、変わりないか』

 

「問題ありません」

 

通話を切ると、バゼットは最後の行の横へ小さく「照会中」と書き足した。

 

ペンを置いてから、指が思った以上に強く軸を握っていたことに気づく。

 

ランスロットも紙から手を離し、椅子の背にもたれた。

首を一度傾けて戻し、窓へ目をやる。

 

朝には毛布の端に落ちていた日差しが、いつの間にか向かいの壁まで移っていた。

 

「……結構いい時間だな」

 

時計を見る。短い針は、思っていたより先へ進んでいる。

 

「腹、減ってない?」

 

問われて、身体へ意識を向けた。胃は空だった。

だが空腹より、頭の奥の重さと瞼の熱のほうが強い。

 

「空腹より、眠気のほうが先に来ています」

 

「じゃあ寝よう」

 

即答だった。

 

「夕飯は起きてからでいい。返事も、すぐには来ないだろ」

 

「夕飯、ですか?」

 

「ああ、言ってなかったか?」

 

ランスロットは仕切りの向こうを顎で示した。小さな流しと冷蔵庫がある。

 

「君が寝てる間に、ここの人に聞いといた。冷蔵庫の中、使っていいってさ。使った分はあとで請求するって」

 

「請求はするのですね」

 

「するらしい。ちゃんとしてるよ」

 

「当然です」

 

自分でも少し可笑しくなった。ランスロットも口の端を上げる。

 

「あなたが作るのですか?」

 

「ほかにいないだろ。……スープだけってわけにもいかないし」

 

洋館で飲んだスープを思い出す。

味よりも、最初の一口が喉を下り、冷えていた身体の内側へ熱が広がった感覚のほうが残っていた。

 

「あのスープは、悪くありませんでした」

 

「そう?」

 

少し意外そうにしてから、彼は笑った。

 

「なら、今日も食べられるものにはするよ」

 

バゼットは手帳を閉じかけて、止めた。

 

「ペンを挟んでおいてください。電話が来たら、すぐ書けるように」

 

「了解」

 

ランスロットはペンを頁へ挟み、手帳と電話を枕元へ並べた。

 

背を倒すと、枕が首の下で沈む。

天井の染みを一つ数える前に瞼が重くなった。

椅子の脚が床を擦る音と、仕切りの向こうへ遠ざかる足音を、半分眠りながら聞いた。

 

◇

 

水の音で目が覚めた。

 

蛇口の音が止まり、代わりに、とん、とん、と硬いものを叩く音が続く。

少し速くなり、また戻る。

包丁がまな板に当たる音だと分かるまで、少しかかった。

 

部屋は薄暗い。窓の外には、端のほうに夕焼けの赤が残っていた。

 

枕元の電話は鳴っていない。手帳もそのままだ。

 

右手を寝台について、ゆっくり身体を起こす。

途中で視界の端が揺れ、そこで止まった。

揺れが引いてから残りを起こす。朝より待つ時間は短い。

 

仕切りの向こうで油が弾けた。遅れて、焼けた油と玉ねぎの甘い匂いが届く。

その奥に、塩気のある、覚えのない香りが混じっていた。

 

胃が鳴った。

 

バゼットは少しだけ目を伏せる。

 

鍋の蓋が鳴り、足音が仕切りの手前で止まった。

 

「……あ、起きてた」

 

ランスロットが顔を出す。

上着は脱ぎ、シャツの袖を肘まで捲っていた。

手には布巾がある。

 

「ちょうどよかった。もうできる。そっちに運ぶか、机で食べるか。どうする?」

 

バゼットは窓際の小さな机を見た。寝台からは三歩ほどだ。

 

「机を、こちらへ寄せてもらえますか。寝台の縁に座って食べます」

 

「了解」

 

ランスロットは机を持ち上げ、寝台の右脇へ据えた。

水差しを奥へずらし、天板を拭いて戻りかける。

 

「ランスロット」

 

足が止まった。

 

「何か、手伝えることはありますか?」

 

彼は机を見て、次にバゼットの右手へ視線を落とした。

 

「……じゃあ、皿並べるのお願いしてもいい? 俺が持ってくるから」

 

「お皿くらいならできます」

 

「助かる」

 

彼が仕切りの向こうへ消える。バゼットは寝台の縁へ脚を下ろした。

床の冷たさが足裏から上がる。背を伸ばして座り直す。眩暈は来なかった。

 

ランスロットが平皿を二枚持って戻り、彼女の右手側へ置く。

 

一枚を机の中央へ。もう一枚を向かい側へ。

右手だけで持ち上げると、皿の縁が思ったより重い。

いったん机へ置き、押して位置を直した。

 

次は茶碗と汁椀だった。

湯気を立てる汁椀だけはランスロットが直接机へ置き、彼女の手元へ寄せる。

 

「汁物、ご飯の右に置いてくれる?」

 

「決まりがあるのですか?」

 

「一応な。まあ、食べやすいほうでいいよ」

 

右手を動かして確かめる。茶碗より、汁椀が右にあるほうが手を返す距離が短い。

 

「右のほうが取りやすいので、そうします」

 

「ならちょうどいい」

 

今度はフライパンが運ばれてきた。

彼が皿へ盛りつけていくのは、薄切りの豚肉と、しんなりした玉ねぎ。

照りのあるたれが皿の縁へ少し溜まり、脇には細く刻んだキャベツが添えられている。

 

「今日の献立は?」

 

「冷蔵庫にあったもの」

 

彼は菜箸でたれを肉へ回しかけた。

 

「豚肉と玉ねぎがあったから、生姜焼き。あとは味噌汁。豆腐と葱」

 

「ショウガヤキ」

 

「生姜と醤油で焼いたやつ。昨日の朝はスープだったけど、今朝は食べられてただろ。少し普通のものでも大丈夫そうだったから」

 

「見ていたのですか?」

 

「盆、下げたの俺だし」

 

肉は一口で食べられる大きさに切られていた。

茶碗の横には箸と、フォークとスプーンもある。

 

ランスロットは炊飯器の釜を持ってきて、二人分の飯をよそった。

彼女の分は少し少ない。

手順に迷いがなく、この台所を昨日今日で初めて使った人間には見えなかった。

 

バゼットは何も言わず、それを見ていた。

 

彼が向かいへ座る。二人分の皿と椀が、小さな机にちょうど収まった。

 

「あなたも食べるのですね」

 

「作ったら食べたくなった」

 

あっさりと言う。

 

「匂いに負けたってやつだ。……あ、それと」

 

彼女の皿を顎で示した。

 

「無理なら残していいから」

 

「食べる前から、残す前提にしないでください」

 

一拍置いて、ランスロットが笑う。

 

「はい」

 

彼は両手を合わせた。

 

「いただきます」

 

バゼットも右手を胸の前へ寄せ、少し遅れて同じ言葉を口にする。

 

最初に味噌汁を一口。

やわらかな塩気と豆の香りが喉を通り、腹の底へ温かさが落ちていく。

 

次に肉を一切れ。甘さのあとから生姜が鼻へ抜け、玉ねぎがほどけた。

 

「……おいしいです」

 

「そりゃよかった」

 

彼も一切れ口へ運び、少し首を傾げる。

 

「生姜、もうちょっと入れてもよかったな」

 

「私は、これでいいです」

 

「そう? じゃあこれで正解ってことにしとく」

 

キャベツをたれに絡める。

彼が肉をご飯に載せるのを見て、バゼットも真似た。

フォークでは崩れたので、途中からスプーンへ持ち替える。

 

「キャベツは、どうやってこんなに細く切るのですか?」

 

「どうやってって……包丁で」

 

「それは分かっています」

 

「だよな」

 

困ったように笑う。

 

「こう、端から、とんとんって。あとは慣れ、かな」

 

窓の外はもう暗い。

硝子に部屋の明かりと、机の上の湯気が映っていた。

枕元の電話は、まだ鳴らない。

 

バゼットは汁椀を持ち直し、その温かさを右の掌で受けた。

 

◇

 

同じ頃、町外れの坂道には冬の夜気が溜まっていた。

 

士郎は、前を歩く二人の背中を見ていた。

遠坂は教会を出てから一度も振り返らない。

セイバーは士郎の半歩前、車道側を歩いている。

 

頭の中には、さっき聞かされたことが片づかないまま積もっていた。

聖杯。七人のマスター。七騎のサーヴァント。

自分がその一人に数えられているという話。左手の甲は、今もかすかに熱い。

 

セイバーが足を止めた。

 

一拍遅れて遠坂も止まり、坂の上を見る。

 

士郎も顔を上げた。

 

坂を上りきった街灯の下に、小さな人影がある。

白い髪が明かりを受けていた。子供だ、と最初に思った。

こんな時間に、と。

 

その背後の暗がりが動いた。

 

壁の影だと思っていたものが、ゆっくり立ち上がる。

人の形をしている。だが、人の背丈をはるかに越えていた。

岩を削ったような腕の先に、刃とも鈍器ともつかない塊が下がっている。

 

「やっと見つけた、お兄ちゃん」

 

少女がスカートの裾をつまみ、小さく頭を下げた。

場違いなほど行儀のいい仕草だった。

名乗った名前は長く、士郎の耳には半分しか残らない。

 

「……アインツベルン」

 

遠坂が息だけで言った。

 

「シロウ、下がってください」

 

セイバーは、もう士郎の前へ出ていた。

両手は腰の横で、何かを握る形に構えられている。

握っているものは見えない。

それでも、そこに刃があると分かった。

 

「衛宮くん、私の後ろ。何があっても前に出ないで」

 

遠坂は士郎の袖を引いて位置をずらし、自分は半歩横へ開く。

右手はコートのポケットの中。

視線は巨体だけでなく、少女と左右の塀へ走っていた。

 

少女が楽しそうに首を傾げる。

 

「行って、バーサーカー」

 

巨体が跳んだ。

 

あの重さのものが、坂の上から一息に落ちてくる。

着地の瞬間、アスファルトにひびが走った。

 

振り下ろされた塊を、セイバーが受ける。

 

巨大な鐘を内側から殴ったような音が響いた。

空気が士郎の胸を叩き、息が詰まる。

セイバーの踵が路面を削り、二本の線を引いて滑った。

 

止まる。

 

膝は折れていない。

受けた刃を斜めへ逸らし、巨体の腕が流れた隙へ踏み込む。

見えない剣が下から跳ね上がり、巨体が腕で受けた。

火花のようなものが夜へ散る。

 

二撃目が、もう来ていた。

 

セイバーは退かない。自分の何倍もある影へ、低く前へ出る。

 

遠坂のポケットで、硬いものが擦れ合った。

 

士郎は拳を強く握っていた。

握ったところで、何ができるわけでもない。

 

◇

 

「ごちそうさまでした」

 

バゼットは右手を胸の前に立てた。

いただきます、の時より少し滑らかに言えた。

 

「お粗末さまでした」

 

ランスロットは空いた皿を重ね、茶碗と椀を載せる。

バゼットもフォークとスプーンを揃えて皿へ置いた。

 

仕切りの向こうで水が流れ、食器の触れ合う音が続く。

やがて水音が止み、今度はやかんが火にかかった。

 

しばらくして、香ばしい匂いが漂ってくる。

 

戻ってきた彼の手には、湯呑みが二つあった。

 

「ほうじ茶。棚にあった」

 

一つを彼女の右手側へ置く。

一口含むと味は淡く、喉を通ったあとに香ばしさだけが残った。

 

ランスロットも向かいへ座り、自分の湯呑みを手に取る。

 

「足りた?」

 

「十分です。昨日より、ずっと食べられました」

 

「それならよかった」

 

二人とも、しばらく手帳にも電話にも触れなかった。

 

バゼットは、眠りから覚めた時の包丁の音を思い出す。

フライパンへ具材を入れる間。炊飯器を迷わず扱う手つき。

 

どれも、この国の台所ならありふれた動きだ。

 

だからこそ、引っかかった。

 

「一つ、聞いても?」

 

「どうぞ」

 

「あなたは、どこで料理を覚えたのですか?」

 

ランスロットの湯呑みが口元で止まる。

 

「……料理?」

 

「現代の道具の名前を知っていることと、使い慣れていることは違います」

 

少し言葉を選んだ。

 

「醤油も、炊飯器も。この国の台所を、前から使っていた人みたいでした」

 

彼は湯呑みを机へ置き、自分の右手を見下ろした。

 

「さあ……どこだろうな」

 

しばらく考える。

 

「やろうと思ったら、手順が出てくるんだよ。これを先に切って、これは後から入れて、って。どこで誰に習ったのかって言われると……難しいな~」

 

指を一度開き、また閉じた。

 

「体が覚えてる、っていうのかな」

 

本人も今になって気づいたような声だった。

 

バゼットはそれ以上、追わなかった。

 

「不思議ですね」

 

「俺もそう思う」

 

彼は少し笑い、湯呑みを取り直す。

 

「まあ、食べられるものが出てくるなら、困らないし」

 

「それは、そうです」

 

枕元で電話が鳴った。

 

二人とも顔を上げる。

 

「来たかな」

 

バゼットは電話を取り、ランスロットが手帳を開く。

挟んであったペンを彼女へ差し出しかけ、途中で止めた。

 

「書こうか?」

 

一瞬考えて、頷く。

 

「お願いします」

 

電話を耳に当てる。

 

『調べた。記録にある分だけだが、順番に言うぞ』

 

ランスロットが新しい行へペン先を置いた。

 

窓口の声が、記録を一件ずつ、日付と区分だけで読み上げていく。

 

バゼットは要点だけを復唱した。

ランスロットの字は彼女のものより丸く、行頭がきちんと揃っている。

途中で一度だけ顔を上げ、書いた日付を目で示す。

バゼットが頷くと、またペンが走った。

 

最後まで聞き終えると、頁の半分が埋まっていた。

 

「確認させてください」

 

受話器を持ち直す。

 

「一昨夜の日付で、セイバーに限らず召喚の記録はありますか。あるいは、後から追加や訂正が入った分は」

 

『ない』

 

返事は短かった。

 

『少なくとも、こっちに届いてる記録にはない。最後の確認が昨夜のセイバーで、それで七つ埋まったことになってる。訂正も追加も来てない』

 

「確認の根拠については」

 

『確認した、と書いてあるだけだ。向こうが何を見てそう判断したかまでは、こっちじゃ分からない。監督役の手元を覗いたわけじゃないからな』

 

「分かりました」

 

『何かあったら連絡しろ』

 

「ええ。助かりました」

 

電話を切る。

 

ランスロットは手帳を彼女へ向けた。

 

七つの行がある。それぞれに日付。

最後が昨夜のセイバーで、その横には彼の字で小さく「最新」。

 

そして別に、昼に書いた「一昨夜、現界」がある。

 

その日付に対応する召喚記録は、七つの中にはなかった。

 

報告の出どころは監督役のまま。

この一頁だけでは、昨夜のセイバーが本当に存在するとまでは断定できない。

 

「召喚された覚えはない」

 

ランスロットが、自分のものでもない手帳の行を指で辿る。

 

「呼んだ相手もいなかった。

最初はマスターもいなかったし、俺に対応する令呪もなかった。

で、七つの記録にも入ってない」

 

指が「一昨夜」の行で止まった。

 

「……俺、やっぱりはぐれだったのかな?」

 

軽く言ってから、少し笑う。言葉の据わりを自分で確かめているようだった。

 

バゼットは頁から目を上げた。

 

「呼び方はともかく、この記録が正しければ、正規の七騎とは別に現界していると考えるのが自然でしょう」

 

「別口か」

 

彼は椅子の背にもたれ、天井を見た。

 

「呼ばれた覚えはない。七騎の記録にもない」

 

少し間を置く。

 

「じゃあ、俺は何でここにいるんだろうな」

 

バゼットは答えなかった。

 

答えは、まだない。

 

机の上では、二つの湯呑みがもう湯気を立てていない。

 

ランスロットは天井から視線を戻した。

 

「……ここで考えてても、これ以上は出てこなさそうだな」

 

「ええ。少なくとも、昼よりは前に進みました」

 

「うん。なら次だな」

 

彼はペンの尻で頁の余白を軽く叩く。

 

バゼットの目は、ランサーの行で止まった。日付と区分だけの一行。

 

「ランサーのことも、この記録からは分かりません。今どこにいて、誰と契約して、何を考えているのか」

 

「それも、確かめに行かないとな」

 

ランスロットは手帳を閉じかけ、ペンを頁へ挟んでから閉じた。

昼に彼女が頼んだのと同じやり方だった。

 

「次は、動こう」

 

「ええ」

 

バゼットは手帳を受け取り、膝へ置く。

 

「どう動くかは、明日決めましょう。今夜決めるには、私の頭が少し重いので」

 

「正直でよろしい」

 

「合意ですから」

 

彼は笑って立ち上がり、冷めた湯呑みを二つ取った。

 

「淹れ直す?」

 

「半分だけ」

 

「了解」

 

仕切りの向こうで、やかんがもう一度火にかかる。

 

バゼットは手帳を枕元へ戻し、電話の隣に置いた。

 




第5話イメージイラスト『冬の夕暮れ、ふたりの食卓』


【挿絵表示】


今回のお話をイメージした一枚です。

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