無銘の湖光 ~ランスロットとして目覚めた俺は、名を失っても世界を紡ぐ~ 作:カノープス・ギア
第8話へ進む前に、ランスロットが第二人生でどんな時間を過ごしていたのか。
円卓の騎士として戦っていた姿だけではない、彼の日常を少しだけ描きます。
英雄になるまでにも、笑って、失敗して、仲間たちと過ごした時間がありました。
そんな湖の騎士の、とある一日です。
お楽しみください。
(っ'ω'c) あじまるあじまる!
湖の騎士ランスロットは、剣の人であると同時に探究の人であった。
己の剣技に安んじることなく、魔力の理を自らの手で確かめ、まだ誰も見ぬ戦の形を求め続けた――と、後の語り部なら言うかもしれない。
その探究の成果が、いま本人の体に載っている。
両肩には盾を兼ねた分厚い増加装甲。前腕には射出具。
腰には予備の刃、背には魔力を噴く推進器と、さらに長物まで背負っている。
甲冑の上へ甲冑を着て、ついでに武器庫まで背負ったような格好だった。
城の裏手、使われなくなった古い練兵場。ランスロットは水桶に映った自分を眺め、深く頷いた。
「……いいな。すごくいい」
こういうものを、一度やってみたかったのだ。国のため、という理由も探せばある。だが正直に言えば、まず好きだからだった。
仕上げに剣を抜く。正眼から肩へ担ぐ構えに移ろうとして――がつん、と右肩の装甲に肘が当たった。もう一度。角度を変える。がつん。
「うん。振りにくいな、これ」
振れなくはない。ただ、いつもの半分も腕が回らない。剣士としては見過ごせない欠点だった。少し考えて、剣を鞘に戻す。今日確かめたいのは飛行と、全部を同時に動かしたときの具合だ。剣の取り回しは次の課題として覚えておく。
周囲を見渡した。東の生垣の向こうは庭で、この時間は庭師も引き上げている。的は反対の西側、土塁の前に並べた丸太。その先は荒れ地だけで、人も建物もない。
「よし」
兜を被り、顎紐を締める。背中の推進器へ魔力を流すと、低い唸りが足元の砂を震わせた。
踵が浮いた。
爪先が離れ、砂の上の自分の影がひとまわり小さくなる。ランスロットは息を止めて推進の傾きを探り、腰の高さ、塀の高さ、やがて城壁の半ばあたりで体を水平に落ち着かせた。
「……浮いてる」
声に出すと、兜の内側で笑いがこぼれた。
右へ体重を預ける。右へ滑る。左へ戻す。戻る。前へ倒せば風が面頬の隙間から吹き込み、練兵場の端から端までがひと呼吸で過ぎた。馬とも跳躍とも違う。足の下に何もないまま、行きたい方へ行ける。大きく弧を描いて上がり、城と丘と、その向こうの森までを一望する。こうなると、言わずにいられなかった。
「ブリテンよ、私は帰ってきた!」
別にどこへも行っていない。昔好きだった物語の台詞を、地名だけ替えて叫んだのだ。
聞く者のいない空に声は気持ちよく抜けていき、ランスロットは一人でもう一度笑った。
「よし、次」
西の土塁へ向き直る。丸太の的の先に人影がないのを確かめ、右腕の射出具を起こした。
浮いたまま放った魔力の束が、一本目の丸太を根元から弾き飛ばす。
当たる。飛びながらでも当たる。
では全部だ。
肩の装甲に防壁を張り、左腕も起こし、背の長物へ魔力を通し、高度を保ったまま二射目を――。
背中の唸りが、半音下がった。
「あ」
右の推進器が咳き込み、体が傾く。立て直そうと魔力を送ると、今度は肩の防壁が明滅した。どこかを支えれば別のどこかが痩せる。装甲も、火力も、推進も、すべて同じ一つの器から汲んでいて、その底がもう見えている。汲み方を考える頭の方も、とうに手一杯だった。
遊びは終わりだ。
両腕の射出具を止める。背の長物への供給を切る。腰の刃への供給も断つ。余らせた魔力を推進へ回すが、噴射は左右で揃わず、体は独楽のように回りはじめた。空と城壁と地面が順番に流れていく。
立て直す余裕はない。なら、守る。
残りを全部、防壁へ回した。頭と首と背骨。そこだけは抜かせない。推進器が最後にひとつ息を吐いて、黙った。回る視界の中に、生垣と、手入れの行き届いた花壇が近づいてくる。西ではなく東。人のいない時間だと確かめておいた庭だ。それだけはよかった、と思う間があったかどうか。
「待っ、うおおおおおおっ!?」
鈍く重い音が、城の裏手に響き渡った。
◇
城の裏手から響いた音に、ガレスは抱えていた木剣の束を放り出して走った。生垣を回りこむと、庭の真ん中に土煙が立っている。花壇がひとつ、綺麗になくなっていた。代わりに掘り返された土の山があり、その頂から、見覚えのある甲冑の脚が二本、空へ向かってまっすぐ生えていた。
「ラ、ランスロット卿!?」
駆け寄って膝をつく。脛当ての意匠は間違いない。
「ランスロット卿、聞こえますか! ご無事ですか!」
『ガレスか』
土の下から、くぐもった、しかし落ち着いた声が返った。
『無事だ。怪我はない。息もできる。たかがメインカメラが……』
「めいん……?」
『いや、いい。目の前が土で何も見えないだけだ。すまないが、手を貸してくれないか。一人では抜けそうにない』
脚が片方、挨拶のようにひょいと動いた。
ガレスは口を押さえた。よかった、と思ったはずなのに、喉から出かかったのは別のものだった。この人は、普段とほとんど変わらない声で、地面の下から頼みごとをしている。
「は、はい、すぐに……っ、すぐ掘りますから!」
肩が震えるのをこらえ、両手で土を掻きはじめる。
「おいガレス、今のすげえ音――」
生垣を跳び越えてきたモードレッドが、着地したまま固まった。脚を見る。ガレスを見る。もう一度脚を見る。
「……生きてんのか、それ」
『生きてるぞ、モードレッド』
「ぶっ」
そこからは長かった。モードレッドは腹を抱え、生垣に手をつき、涙まで拭った。
「は、畑の、畑の蕪かよ! 湖の騎士が、蕪!」
『笑い終わったら手伝ってくれ。蕪は自分じゃ抜けないんだ』
「言い返してんじゃねえよその格好で! ああもう、貸せ、抜いてやる」
まだ笑いの残る顔のまま、モードレッドが両の足首をがしりと掴む。
『待った。真上に引くな。右肩の装甲が何かに噛んでる。斜めに入ったから、そのまま引くと首にくる』
「先に言えよ」
モードレッドは舌打ちして手を緩め、ガレスの隣にしゃがんで土を掻き出しにかかった。口の端はまだ上がっている。
「お二人とも、そのまま少し」
静かな声がして、ベディヴィエールが穴の縁に片膝をついた。脚の傾きを目で測り、土の崩れた向きを確かめる。
「ランスロット卿。噛んでいるのは右肩だけですか」
『右肩と、背中の荷が少し。左は動く』
「では入った道を戻しましょう。ガレス卿は右肩の周りを。モードレッド卿は私の合図で、あちらへ、斜めに」
ガレスは肘まで土に入れ、装甲の縁に絡んだ太い根を探り当てて引き剥がした。
「外れました!」
「左腕で土を押す。合わせてくれ」
「いきますよ。三、二、一」
モードレッドが引き、ベディヴィエールが腰を支え、ガレスが肩を押し上げる。土がごそりと崩れ、甲冑の塊がずるずると現れて、最後は四人まとめて芝の上へ転がった。兜の隙間から、土がさらさらと流れ落ちる。ランスロットは仰向けのまま、右手を軽く上げた。
「……助かった。ありがとう、三人とも」
笑い声の余韻を、芝を踏む規則正しい足音が切った。ガレスが振り向くと、生垣の切れ目にアグラヴェインが立っていた。外套の裾も乱さず、穴を見て、土の山を見て、消えた花壇の跡を見て、最後に芝へ転がる四人を見た。モードレッドがそっと口を閉じる。
「怪我人は」
「いません。ランスロット卿も、ご自分で受け答えができます」
「そうか」
ベディヴィエールが答えた。
アグラヴェインは短く息を吐き、それからランスロットの前に立った。
「立てるか、ランスロット卿」
「ああ」
ランスロットは肘をつき、背中の荷を鳴らしながら起き上がった。兜を脱ぐと、髪からも土が落ちる。
「説明を。何を試し、なぜこうなった」
「飛行の試験だ。飛ぶところまではうまくいったんだ。高さも向きも思いどおりで、的にも当てた。ただ、最後の着地が少し――」
「着地」
アグラヴェインの目が、穴へ動いた。ガレスもつられて見る。大人が縦に一人入る深さだった。ランスロットは口を閉じ、同じ穴をしばらく眺めた。
「……いや。着地じゃないな。墜落だ」
「推進と防壁と武装を、全部同時に動かした。一つずつなら足りたが、重ねたときの消費と、捌く手間を甘く見ていた。途中で配分が崩れて、立て直しきれなかった。見積もりが悪い。俺の落ち度だ」
「試すなとは言わん。卿の工夫が戦で役立ったことは、私も知っている」
アグラヴェインは花壇の跡を指した。
「だが、庭師が手をかけて育てたものだ。ここに人がいなかったのは、卿が確かめたからか。それとも運か」
「時間は確かめた。けれど、落ちる先までは選べなかった。半分は運だ」
ランスロットは姿勢を正し、頭を下げた。
「すまなかった。庭は俺が手を入れて戻す。庭師にも自分で謝りに行く」
「経緯と被害、今後の対策を書面で。今日中に」
「わかった。出す」
アグラヴェインは頷き、踵を返しかけて、土まみれの試作へもう一度だけ目をやった。
「……飛んだのか、それで」
「飛んだ」
答える声だけが、少し明るかった。
◇
日が傾く頃、ランスロットは自室の机で羽根ペンを握っていた。
昼には城を見下ろしていた男が、今は羊皮紙を見下ろしている。
一枚目の頭には「経緯」。その下に「被害」。花壇、芝、生垣。最後に「庭師の手間」と自分で書き足した。三つ目の見出し「対策」の下は、まだ白い。反省を促す書面、という妙な言い回しが頭をよぎった。
促されているのは他でもない自分で、書いているのも自分だ。ランスロットは鼻で小さく息をつき、インク壺にペン先を浸した。
扉が二度叩かれ、返事を待たずに開いた。
「また何かやらかしたと聞きましたよ、ランスロット」
ガウェインだった。外套姿のまま、楽しそうな顔を隠しもしない。
「うるせえ。今、書いてるだろ」
「厩舎で三度聞きました。一度目は城の裏に雷が落ちた。二度目は卿が庭に埋まった。三度目は、湖の騎士が蕪になった」
「三つ目はモードレッドだな」
「否定は二つ目からですか」
「一つ目だけだ。雷じゃない。俺が落ちた」
ガウェインは声を立てて笑い、断りもなく寝台の端に腰を下ろした。机の上を覗きこみ、被害の欄で目を止める。
「庭師の手間」
「明日、朝いちばんに謝りに行く。土も俺が運ぶ」
「それは結構。苗を運ぶ日は声をかけなさい。腕なら余っています」
礼を言う前に、ガウェインは身を乗り出した。
「それで。落ちたのは分かりました。その前は?」
「前?」
「落ちるには、上がらねばならないでしょう。飛べたのですか」
ペン先が止まった。
「……全部を一度に動かしたのが間違いだった。見積もりが甘かったし、庭も潰した。あれは失敗作だ」
「ええ」
「でも、飛んだ。城壁より高く上がって、行きたい方へ行けた。森の向こうまで見えたぞ、ガウェイン。あれは――」
言葉を探して、やめた。探さなくても顔に出ているのが、自分でも分かった。ガウェインは腕を組み、しみじみと頷いた。
「反省している男の顔ではありませんね」
「反省はしてる」
「では、その口元は」
「これは別だ。別のところで笑ってる」
「器用なことだ。アグラヴェインの前でも、その顔を?」
「……最後に少しだけ出た」
「でしょうね」
ガウェインは笑いながら立ち上がり、白いままの「対策」の欄を指で叩いた。
「ここには何と書くのです。二度と飛びません、ですか」
「書くか、そんなこと」
ランスロットはペンを取り直した。
「次は荷を減らす、だ」
「ほら、懲りていない」
「うるせえ。書けないだろ、出てけ」
ガウェインの笑い声が廊下へ遠ざかっていく。ランスロットは羊皮紙に向き直り、口元を緩めたまま、「対策」の最初の一行を書きはじめた。
幕間『湖の騎士は空を目指す』でした。
ランスロットは強い騎士ですが、最初から何でも完成していたわけではありません。
好きだから、試してみる。
うまくいけば素直に喜ぶ。
失敗すれば原因を考えて、迷惑をかけた相手にはきちんと謝る。
そして、反省したうえで――
「じゃあ、次はどうすれば上手くいく?」
と考える。
今回は、そんな彼の一面を描いてみました。
円卓も、戦争や悲劇だけの場所ではありません。
仲間に笑われたり、助けてもらったり。
仕事を押しつけられ……ではなく、報告書を書かされたり。
そんな何でもない時間も、彼らには確かにありました。
本編のランスロットを形作った人生を、これからも必要なところで少しずつお見せできればと思います。
そして今回の一幕を、イメージイラストでも一枚。
――飛行には成功しました。
着地には失敗しました。
【挿絵表示】
※本人曰く、「飛ぶところまではうまくいった」。
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次回から、再び冬木へ戻ります。
それではまた来週、ばっばい ( ・△・)ノ