転生したら怪異に愛されたので、現代ダンジョンに解き放つ 作:ダンカイ
幼い頃の俺は、今じゃ完全に抜け落ちている好奇心が、少しだけ備わっていた。
何しろ転生などという普通ならありえない経験をしたのだ。
そして俺には怪異が見えて、この世界にはダンジョンがある。
興味を持って、好奇心を滾らせるのは普通なことだろ?
まぁ、あいつと契約してこの世界の全体像が掴めて来たらそれも失せたけどな。
あいつ、あいつ……と。
俺はこれまで何度か話に出てきた──というか会話してきた相手のことを、そろそろ具体的に話すべきだと思う。
その正体は──神だ。
この世界には古くから、神として信仰される怪異がいた。
本質的には他の怪異とそう変わらないのだが、天候だったり何だりを操り、人々の畏れを一心に集める怪異をそう呼ぶのだ。
俺はそいつと、偶然迷い込んだ神域で出会った。
好奇心を持って、村を探検していた時のことである。
何とも神秘的な少女だった。
美しい金の髪に、透き通るような白い瞳。
十二単みたいな豪華な装いで、神域の中にあるこじんまりとした社にちょこんと座っている。
それだけ見れば、打ち捨てられた雛人形みたいで、何とも寂寥感のある光景だった。
んで、どう考えても人じゃないヤバそうな存在に、俺はこういったわけだ。
『すまん、帰り道がわからないんだけど、道教えてくれ』
帰ってきた答えは、『はぁ?』だった。
神様の威厳どこよ?
◯
御崎コウメには、敬愛すべき兄がいる。
コウメは幼くしてS級にまで上り詰めたプロ探索者だが、彼女にとって尊敬の念──信仰といってもいい──を捧げられるのはこの世で二人だけ。
いや、正確には一人と一柱か。
それがおにーさま──安屋敷カイである。
本人はとにかくやる気がなく、棚からぼた餅を座右の銘とする徹底した怠惰っぷり。
何をするにしても、とにかく楽をしようとする人間だ。
だが、彼には他者にない特別な力がある。
それは”怪異”と呼ばれるこの世ならざる者と交流する力──ではない。
『────コウメ』
「ひっ──」
コウメは、安屋敷カイの部屋を訪れ、彼の部屋を掃除してから彼と昼食を楽しみ、部屋を後にした。
その直後──不意に声をかけられたのである。
それにコウメは、
仮にもコウメはS級探索者であり、コロシアムでも無類の強さを誇る存在だ。
たとえ目の前に本気を出したS級が現れても、ドラゴンが現れても恐怖はしない。
だというのに──今目の前にいる少女に対しては、ガクガクと震えて命乞いをしてしまいたくなってしまう。
「み、ミ……ミツネ……様」
──ミツネ。
それこそがコウメが奉る神社の神であり、安屋敷カイと友誼を結んだ最初の怪異。
何より、コウメが知る限り
すなわちそれは、ミツネが怪異の中でも特別強い力を持つ事を示している。
そもそも怪異とはこの世成らざる存在であり、人々の感情を糧とする超常存在だ。
この世界にはこういった超常存在が当たり前に存在しており、古くから人類という知的生命体に寄り添ってきた。
そんな彼らの力の源泉となるのが、恐怖。
人々は夜を恐れ、そこに潜む影を恐れ、災害を恐れ、そこに潜む怒りを恐れた。
それらが形となった存在が怪異である。
死者の生前への未練、破壊の権化たる妖怪、天災への畏怖を形どった神格。
これらが、恐怖によって発生した怪異だ。
中でも最上級の怪異であるミツネと相対すると、人は本能的に恐怖を覚える。
それは、強者となったコウメですら例外ではない。
まあそも、ダンジョンの外で魔力を纏っていないコウメは普通の人間と変わらないのだが、ともかく。
ただ一人の例外安屋敷カイを除いて、恐怖しない人間はいないのだ。
そう、どういうわけかカイだけが怪異から恐怖を感じない。
どころかカイは彼らから同類と見なされて、愛されてすらいる。
生きているはずの人間が、生きていない存在である怪異の同類になるなんてあるはずがないのに。
何より恐ろしいは、そんな怪異と友人になってしまうこと。
仮に本能的な恐怖を感じなかったとしても、大抵の怪異は怖いのだ。
顔が爛れてたり、めちゃくちゃでかかったり、平気でカイをあの世に連れて行こうとするというのに、カイは平然としている。
ダンジョンの中や神域であれば、コウメもミツネ以外の怪異と怖がることなく接することができるし、死合を楽しむ余裕すらあるが、そうでなければ絶対に無理だ。
だからこそ、コウメはカイを崇拝しているというわけで。
そんなカイを寵愛する、故郷にいる怪異達の総大将にして自分の家の祀り神がコウメに声をかけてきた。
コウメが恐怖するのは当然だ。
そんなコウメに対し、ミツネは──
『今日はよく来てくれたわねぇ、カイも喜んでくれると思うわ。部屋の掃除までさせちゃってごめんなさいね。はいこれ、お土産のお饅頭よ』
──カイの母親みたいなことを言い出した。
はい。
ミツネは恐ろしい神だ。
しかし、最近はすっかり丸くなってしまっている。
原因? カイの能天気さに影響された以外あるわけない。
「あ、ありがとうございます……」
『ところで聞いてちょうだいよ、カイってばまたやったのよ?』
ミツネ様のお土産って田舎のおばあちゃんみたいだなぁ、と失礼なことを思いつつ紙袋を受け取ると、ミツネがあらやだみたいなおばちゃんっぽい物言いで話し始めた。
これ本当におばちゃんならめちゃくちゃ長くなる奴だな、と思うものの。
ミツネを前にすると人は十分もいたら恐怖で発狂してしまうので、ミツネはすぐに切り上げてくれるのだ。
カイとコウメが掃除をしたりしている時も、コウメを怖がらせないよう黙っていてくれたし。
優しい。
『学校でスキルだとか言って、怪異に授業を代行させたのよ』
「いつも走り込みでやってるやつですか?」
『いいえ、ついに座学も代行させ始めたの』
「あ、ついにやっちゃったんですね……」
常々カイは実力を隠そうとしているが、面倒になって時折全てを投げ出してしまうことがある。
レイスの正体がバレるのも時間の問題だろう、というのはカイの周囲にいる人物の見解。
なんならカイもそう思っているだろう。
『問題はここからで、よりにもよってカイったら道真公を下ろしたのよ』
「ええ……」
『すわついにカイが覚醒したのかと思って、サツキが大喜びしてたけど、すぐに元に戻って崩れ落ちてたわ』
「サツキちゃんが可哀想ですよぉ」
それからも、ミツネは色々とカイのやらかしを語ってくれた。
カイの目の前で発生したひったくり犯が突然母親に謝罪しながら崩れ落ちた、とか。
カイの目の前で列に割込んだ客が角に足をぶつけて悶絶した、とか。
カイが楽しみにしていたカードゲームの新弾の発売日に全国の転売屋が一斉に首を寝違えて起きられなくなった、とか。
そういう同情できない相手にカイが怪異をけしかける様をミツネは語ったのだ。
まあ転売屋は死んでもいいと思うので、コウメはふーんというくらいで聞いていたが、それを話すミツネは──
『ほんっと、カイってすごいのよお。うぶふ、うふふふふふ、あはははははははは! カイ! カイ! カイ! ああ! ほんっとうにあなたって面白い! どうしてそんなにも怠惰で傲慢で、恐れを知らないのかしら! うふふふふふ!』
超早口で語っていた。
その様子はあまりにも妖艶で、話している内容を加味しなければ、傾国の美姫のようだ。
神々しさもあり、触れたら破滅を招きそうな危うさもあり。
思わず同性でありながら、今も命の危機で恐怖がマッハでありながら、思わずコウメも見惚れてしまうくらい美しい。
まあ、語っている内容はアレなのだが。
──そう、これがミツネの本来のあり方なのだ。
しかし、カイのあまりに物怖じしない態度が、いつしかミツネを面倒見のいいママに変えてしまった。
げにおそろしきは果たしてミツネかカイか。
コウメにはわからない。
ただまあこうやって、
『だからカイのダメなところもかわいいのよお』
といって語るミツネの姿は、ヒモに入れ込むダメンズウォーカーにしか見えないのだった。
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