また今日も一人で素振りする羽目になるのだろうか……。
ノティア王国にはびこる魔物を掃討するための組織、討伐隊。その人員を育成する学園の生徒であるラスティは壁にもたれながら、そう嘆いた。同じ学級のみんなは各々二人組で近接戦闘の実戦練習に励み、あちこちで掛け声が聞こえる。
自分が悪いのだ……とラスティは振り返る。入学初日。最初の訓練の際に、意気揚々とラスティに挑んできた学級の中心人物をぶちのめしてしまったのだ。もちろん最初はそんなつもりではなかったのだ。自分は幼いころから傭兵団に所属し生き抜いてきた。対して貴族の出だったらしい相手とは考えの違いがあったらしい。足技や体術を駆使し文字通り使えるものは何でも使うラスティに対して、得物の打ち合いにのみ固執する競技的な彼を負かしたところ、卑怯だのずるいだの難癖をつけられてしまった。もう一度試合を行ったところ、彼の取り巻きの審判によって明らかに不公平な判定を食らってしまったので仕返しとばかりに、本気を出したところ相手を昏倒させてしまったのだ。更に悪いことに、ざわつく野次馬達をいらだちからか次は誰だ?と威圧してしまってからは以降、学園ではラスティに話しかけるものはいなくなった。入学して一週間もたたずに孤立してしまったのだ。
真上をじりじりと焼け付く日差しを黙って耐える。日陰で休むとさぼっているとみなされるためだ。教官は俺をいないものとみなすが、そういうのには目ざとく注意するのだ。授業は始まったばかりで終わるのは一時間以上後……退屈な上、黙ってこの日差しを耐えるのは心に堪える。
「……はぁ」
何だかうとうとしてきた。昼食の後の最初の授業のせいだろう。幸いにも教官が遠くへ行った。怒られても構わん。五分ほど居眠りでもしようか。
「……ぐぅ」
「あの……」
「……」
「あの!」
「……は?」
「訓練の相手を頼みたいのですが……」
顔を上げると、金髪の女子がたたずんでいた。
ーーー
また兄が死んだ。監察によると遠乗りの最中の不慮の事故だとみなされた。しかしそれにしては不自然でここ数年、兄弟が相次いで亡くなっているからだ。私の従騎士ユージーンはお気になさらぬようと言っていたが王族である自分は気が気でない。王宮内で、私の陰謀だと陰口を言うものもいる。そんなことをしてまで玉座を望むような人物だと少しでも思われているのが悔しい。確かに、継承順位も低く、母の身分も低い妾の娘だが、手を汚してまで欲しいとは思わない。むしろ自分が継げるとは露ほども思っていないし、自分は女王としてではなく一介の将兵として槍一本で生き抜くつもりである。そして国内に隠れている前王朝の生き残りを密かに探し出し、聖王に連なる者しか使用できない聖斧を奪還してもらい、その力で魔物を駆逐し、己の地位を守ることに固執する父王を追放してもらう。その過程で自分が死んでもかまわないどころか死んだっていいのだ。聖王に対抗する者たちによって私が担ぎ上げられるくらいならば……。
ハーニャは気合を入れて槍を握った。兄の葬式によって入学が一週間遅れた。急いで馬車に乗ってやっと学園に着くと昼下がり。初めての授業は近接訓練。遅れて入った更衣室には自分ひとり。ユージーンは事件の陰謀を調べるべく調査に出ており欠席している。
友達ができるだろうか……
父王を倒すために聖王の末裔を探すためには人手が必要だ。そして心の中から信頼できるものが。ユージーンだけでは足りない。城下で流行る草紙によると、隣の席のものとふとした会話で仲良くなったり、同じ競技でしのぎを削りつつ友情が生れるもの。夜間の訓練で山賊に襲われてあわや斧が振り下ろされたその瞬間に駆けつけてくれた無表情の傭兵が後で自分の学級を受け持つ教師となり、皇女である自分と平民の教師との禁断の恋に落ちるもの。いやこれは関係ない。自分が王女だからと言ってそんなことあるわけない。私が欲しいのは仲間だ。
指定された訓練場にたどり着き、入場。皆、立ち会う相手に夢中で自分の存在に気付かないのは好都合だ。社交辞令の笑みは疲れる。
よく鍛錬されている……
学級には貴賤を問わず討伐隊を育成するため、国中から腕自慢が集まる。だからそのレベルの高さにハーニャは期待が高まる。
ここなら、自分はもっと強くなれる。武者震いの後、さっそく立ち合いを終えた組に、
「お手合わせお願いします!」と名乗りを上げた。
「参りました!お見事!」
「……有難うございました」
明らかに手を抜かれて終わった。再戦する気も起きない。次の相手を見つけるべく野次馬に目をむけると、皆示し合わせたように相手を見つけ試合を初めた。仕方がないので、試合を終えてから声をかけると、次は彼と、その次は彼女と、予約していた相手と立ち会うからと断られてしまった。困ったので教官に目を向けるとバツが悪そうに誰かの指導に向かった。
遠慮されている……
自分が王女であるからか。
仕方がないので試合を見学する。さっき立ち会った相手は明らかに動きが違う。時間を無駄にしたくはない。気になったことを書き留めるべく手帳を開き、試合の一つ一つを観戦しているときに、明らかに暇そうな生徒を一人遠目で発見した。しかもその生徒は、居眠りをしている!誰かにとられる前にハーニャは急いで駆け寄り声をかけた。
ーーー
「は?」
誰だこいつと思った。入学したときにもこんな生徒はいなかったはず。こんな美人は見覚えがない……としげしげと見つめるラスティを見て
「私の顔に何かついてますか?」
と金髪の彼女は困った顔をした。
「いや、なんでもない。始めようか」
願ってもない申し出だ。
さっそく斧を手に取り相手と距離を空ける。
槍か……。
相手の得意の間合いを保たれ一方的な展開になることは避けたい。
じりりと一歩ずつ近づく。
すると周囲が静かすぎることに気付く。目をやるとなぜだか皆が俺たちの試合を見届けている。
「やぁ!」
一瞬の隙を逃がさず、彼女は突いてきた。だがラスティはわざと目線を外したのだ。
真っ直ぐ繰り出された穂先を斧で横に薙ぐ。それで体勢が崩れてくれたら、そこを叩きラスティの勝利だったが彼女はすぐに体勢を立て直し向き直ったためラスティは追撃を止めた。
かなりやると今ので確信した。
「……」
となると相手に主導権を握らせるのはマズイ。ならばこちらから……
少しずつ横に移動すると、相手も合わせるようにこちらを向く。互いに弧を描くように。しかし彼女は知らないだろう。ラスティと彼女の間の土は他の場所よりも柔らかい。だから踏み込みに力が入らないので先ほどとは同じ速度で突くことはできない。更にダメ押しにと、ラスティは彼女の顔に向かって土を蹴っ飛ばした。
「きゃっ!?」
目論見通り、目を瞑った。そのすきにラスティは一気に間合いを詰めながら勝利を確信した。だが、
彼女は斧を受けた。目が見えないにもかかわらず。
だが、主導権はこちらが相変わらず握っているのは変わりない。その腹を本気で蹴り飛ばして彼女は尻もちをついたところに斧を振り下ろす。
「っ!?」
「……俺の勝ちだ」
ピタリと頭上で止め勝利を宣言した。砂が目に入ったため目を赤らめた彼女が一瞬泣いているように見えたため、すぐに勝利の余韻は冷めた。彼女はキッと俺を見上げた。
まるで先ほどラスティの戦いを非難しているようだ。
「……ハーニャ様が」
「あいつ、やりやがった」
「王女に土を……」
「傷がついたら……」
「王女を傷者?」
ハーニャ?王女?改めて負かした相手を見ると、頭に生えた耳に見覚えが……
虎柄の縞模様が入った耳。だからその優れた聴覚で音を拾い、俺の攻撃を目を瞑りながら受けることができたのだ。しかしまさか……
「あんた……いえあなた様はノティア王女、ハーニャ様でしょうか?」
「……それが何か?」と悔し気な顔を浮かべた王女はまるで当然のようにラスティに手を差し出した。引っ張って立ち上がらせろという事か。罪悪感から気を回して、その手を握り立ち上がらせる。立ち上がってすぐ手を離したが、彼女は目線を離さなかった。
じっと悔しくて泣いているのか、目に入った砂のせいか、涙目でラスティの顔をにらむように見ている。
不敬だったか?ここでつかまってラスティのことを検められたら、自分の出自……国王が血眼になって探している前王朝の末裔であることがばれてしまう。
彼女はぐいっとラスティの手を掴んできた。
「す、すまなかった。いえ申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
「なぜ謝るのですか?」
「え?」
「あなたの戦い方。興味深いです。まさか地面を蹴るとは……でも今度は負けません。さぁ!もう一度!」
ハーニャはぱぁと笑みを浮かべて感想をいった後、また定位置に着いた。
もう一戦。
今度は真面目に……いや、真面目って何だ?おれはこのやり方でずっとやってきた。だが相手は王女。もし傷でもつけたら?もし婚姻が決まっていて俺のせいで破談になってしまったら?不敬罪に問われたら?あの国王の事だ。もし……。
「?……たぁ!」
ぴしゃりと固まるラスティの頭上に槍が。それで自分が負けたことがわかると、
「ま、参った」
「……手を抜きましたね!」
と王女は肩をいからせ、ずかずかと歩み寄ってきて互いの鼻が触れ合うような距離で怒鳴るのではなく……囁いた。
「……言っておきますが、遠慮は無用です!先ほどのように王女であることは気にせず、全力で向かってきてください……」
生暖かい吐息が顔に当たる。迫力のため無言でうなずくと
「……ではもう一度お願いしますね」とニコリと笑った。
なぜか小声でラスティにだけわかるように言った。後で知ったが、周りには貴族の子弟もいるので気を害さぬように配慮したとのこと。
ほのかに香る彼女の匂い……。それを振り払うべく気合を入れるため頬を両手でたたく。
その後は、先ほどの戦術が通用せず、純粋な技のぶつかり合いとなった。結果、彼女と俺は実力が伯仲していることがわかり、夢中になって打ち合った。
心が躍った。笑みが自然とこぼれる。そして彼女も同じ思いだったらしく、笑みを浮かべている。
やがて終了の鐘が鳴った。互いの技を称えた。
「はぁはぁ……ハーニャ様。次の授業の用意のためこれで私は失礼します」
「待って!……私はハーニャと申します。あなたは?」
「……ラスティ」
「ラスティさん……有難う」
「ラスティで結構です」
「それでは、私もハーニャとお呼びください。」
「それは……」
「いえ、ぜひそう呼んでください。私はこの学園では同じ立場として皆さんと学びたいのです」
「……わかりましたハーニャ」
王女であることを笠に着ないんだな。彼女がもし次の王になったら……いや。まさか仇の娘に好感を持つとは……いつか野望が果たされ、彼女と戦う宿命でも今だけは……。
立ち去ろうとしたとき、ハーニャもついてくる。
「な、なにか?」
「私、今日学園に来たばかりなので案内をお願いします」
「ほかのものに……」
「いえ、私、あなたが気に入りました。それに今日はわが騎士ユージーンが不在のため今日だけあなたを特別に騎士に任命します!」
「し、しかし」
「私を(土や砂で)汚しましたよね?お腹を蹴られたとき、とっっても、痛かったです……」
「……でもそれは……」
「ほんとは教官があなたを退学にしましょうか?と申し出があったんですよ?でも私はここでは皆さんと同じ立場でありたいので断ったんです。」
「……」
「でも、あなたが私に傷をつけた上に、私の頼みを断って、私に恥をかかせるなら……」
「わかったわかった!」
「ふふふ。ではお願いしますね?」