まぁ、意気込んだものの、学生の頃の私にできる事は限られているわけで。今すぐ何かしよう、と出来る訳もなく。ジワジワと体を蝕む熱気は熱帯夜のそれだ。
「……暑すぎる!昔の私正気か!?」
この暑さをエアコン抜きとか死ぬぞ!?痩せ我慢とかじゃなく、感覚がおかしくなってるから気にならなかっただけだなこれ!気休めに扇風機が回ってるけど焼け石に水!
「ふんっ!」
気合を入れ、問答無用でエアコンの電源を入れる。すぐに涼しい風が体を突き抜けていく。次は……
「うわぁ……」
冷蔵庫の中が悲惨すぎて頭を抱えた。これでどうやって生きてきたんだ私……!自分のことながら呆れてしまった。いや、多分私もかぐやとヤチヨが居なきゃこのままだった可能性高いんだけども。
あぁ、かぐやの作る料理が懐かしい……また食べたい。彼女らのお陰もあって私の食生活はだいぶ改善し、その結果色んなとこが成長した。何処とは言わないけど。
と、そんな未来に思考を飛ばしてる場合では無い。
「えーっと……明日はバイト、なしか」
学校はあるから、その後にでも買い物を……いや、しかし時間が勿体無いな。その時間を他に使えばもっと色々──
「って!その思考してるからこうなってるんでしょうが!」
ほんと私ってバカ……。改めて見た携帯に表示された時計は既に朝方を示しており、今からもう一眠り、というには少々中途半端な時刻。
「……やるかぁ」
現実逃避するように冷蔵庫を閉じ、一度深呼吸。そうして机に向かいそこに置かれたノートパソコンを開いて起動した。
私がこうして過去に来てやらなきゃならないことが幾つかある。一つ、月人がかぐやを迎えに来るまでにかぐやの代わりになる代行プログラムの製作。2つ、彼の捜索。三つ、ヤチヨの協力を得る事。
後者二つ、いや二つ目は正直出たところ勝負でアテがあるわけではないが。ヤチヨの協力自体はあまり問題では無い。ヤチヨがしそうな行動などを未来で本人の口から散々教えてもらったから。
問題は一つ目。代行プログラムの製作だ。こうして過去に戻るにあたって、作ったものをそのまま持ち込めたらそれが一番よかったが、私の技術的限界によって不可能だった。
時間遡行、もと光る竹の技術は月で出来ているだけあって全てを再現する事は叶わず、その一部を再現するのが精一杯だった。物理的ではなく精神だけの時間遡行。一回しかできない劣化品。
──私としては悔しいんだけどね。1割しか再現できなかったし。あわよくば月人の擬態機能も、なんて考えてたし。
──いやいや彩葉!?これでも凄いからね!?
──ヤッチョもそう思うなー?
手をブンブン振り回してヤベーって口にしてヤベーって顔してたかぐやの顔を思い出して少し笑った。
だから頭に詰め込んできた。一度引き継ぎで作ったヤチヨ達に教えてもらいながら。幸い、まだ月からかぐやが来るまでまだ時間がある。その間に出来るとこまでやって、残りはヤチヨと協力しながらやればいい。
カチャカチャとキーボードを叩く音だけが響く部屋の中、キリのいいところまでやろうと意気込んでいた自分の視界に、窓から差し込む陽の光が飛び込んできて、ようやく朝が来た事を悟った。でも大丈夫、最低限渡せるものはできた。
「うっわ……もう朝か」
一度集中すると時間を忘れて没頭してしまうのは良くも悪くも私の癖だ。いつもならヤチヨかかぐやが止めにくるのだが、今の私に止める者はいない。それが少し寂しかった。
「……学校、行くか」
それを誤魔化すように立ち上がる。十年以上着てなかった制服の着方は案外それでも覚えてるようで、すんなりと着替えも済ませられた。
十年以上昔だというのに、意外と学校でのやり取りは自然であった。あまりボロが出ないよう気をつけるつもりだったのに。社会人としてお偉い方を相手にしていた経験を考えたら学校生活はイージーゲームだ。
「進路を決めなきゃならない時期なんだけど、酒寄の希望は変わらないのか?」
放課後、担任に呼ばれ職員室で向かい合う形で尋ねられた。私の答えは決まっている。
「えっと……あれから考えて、法務部じゃなくて、工学部にする事にしました」
当然である。この輪廻の先で私は必ずヤチヨ達の身体を作る。十年掛かってしまったが今回はその半分、いや数年で作ってみせると意気込みを載せてそう答えると、その熱意が視線となって先生に伝わったのか、苦笑混じりにそうか、と言ってくれた。
「思い切った変更だけど、酒寄の成績ならまず問題ないだろう……何か、思うところがあったのか?」
それまで母親と同じ道を進む事を告げていた目の前の少女が、目の色を変えてそう言うのだ。何か訳があるのでは、と人生の先達として尋ねた先生に、迷いなく私は言った。
「やりたい事があるので……未来で、待ってる人がいるんです」
一刻も早く、彼女達と会いたい。そこに欠けなどあってはならない。その為に今があるのだから。
「……そうか、頑張れよ」
「はい」
穏やかな、しかし応援するように先生は笑った。お辞儀一つして、私は職員室を出る──と、その前に聞かなくてはならない事があった。
「そう言えば、なんですけど」
「うん?」
まだ何か、と疑問顔な先生に尋ねる。
「彼って、今何処に?」
「彼……?あぁ、あの子の事か」
何一つ具体性のない言葉だったが、先生は意図をすぐ理解してくれた。
「もう数ヶ月は前かな、不登校になってしまったよ。理由を聞いても家庭の事情、の一点張りでね」
おっと、あまり言いふらさないでくれよ?と先生は言いすぎたのかバツが悪そうだ。愛想笑いを返し、今度こそ職員室を出た。
「……不登校、か」
学校に居ない、となると既にこの周は諦めてるかもしれない。私にとっては一回目。十年以上前まで巻き戻しだが、彼にとってここは何回目の周なのか、それが分からない。
「なら、まずはヤチヨから、かな」
彼の家などの特定はヤチヨなら出来るはずだ。急ごう。どのタイミングで巻き戻されるか分からないのだから。
「あ、彩葉──」
「ごめん!今急いでるから!」
廊下を走る私に声を掛けてくるのは幼い顔の芦花と真実だ。申し訳ないが、今2人に構う暇がない。2人の横を駆け抜けて昇降口で雑に上履きをしまい靴の踵を踏み潰しながら外へと走っていく。向かう先は──
「確か、あっち!」
あの時はFUSHIに案内してもらったっけ。だけど、今回はその必要はない。迷いなく道を走りながら、鞄に入れていたスマコンを装着、ARモードで目的地に辿り着いた。人の気配がしないマンションの一角。エレベーターに乗り込み目的の階へ。
FUSHIはまだいない。多分、私がここに来てる事に気がついてないんだ。
「よし……!」
少し錆びて色の変わった扉のドアノブに手を掛け、捻る。カギは掛かってなかった。扉を開いて中に入れば、あの頃と変わらない無機質な機械が蠢く室内があった。その中央には、水槽に浮かんだ竹の子、もと光る竹が。
目を閉じて、ツクヨミにログインする。すると、いつも見るログインエリアではなく、ツクヨミの中心に聳え立つ城の内部へと彩葉は立っていた。
「何処にいるの、かぐや!」
呼び掛けるように、聞こえるように、声を張る。すると、足元から生えてくるように現れたのはFUSHIだ。
「な、お前何処から──」
「FUSHI!かぐやに会いたい!会わせて!」
現れたFUSHIを手のひらに乗せて、彩葉は告げる。
「私、もう知ってるよ。ヤチヨの事も、かぐやの事も。ヤチヨが歩いてきた時間の事も」
「──そうか」
その言葉に、FUSHIはへにょっと身体を縮めた。
「だからお願い。ヤチヨを呼んで」
ヤチヨがいないと出来ない事がある。
「……何をするつもりなんだ?」
「かぐやを、ヤチヨを。皆をハッピーエンドまで連れていく」
即答で答える。迷いは無い。
「わかった」
すると、FUSHIはその場から消えた。立ち尽くす彩葉は待った。
──あの日の私を見つけてあげて
未来の約束通り、彩葉は来た。後は──
「ふぇ!?彩──」
目の前に現れたヤチヨを、思いっきり抱きしめた。
「ごめん、待たせちゃった──会いに来たよ、ヤチヨ」