Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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88:不敗の魔術師

「大聖杯を落とすとは、また大きく出たものだ」

 

 凛は、完璧な笑みを浮かべた。

 

「あら、教会であいつが最初に言ったでしょう。

 わたしとイリヤ、士郎で協力して、聖杯に不備がないか調べたいって。

 その目的に変わりはないわ。

 あんたたちとの対決だって、大聖杯へのコンタクトを邪魔されないためよ」

 

 凛たちの一連の動きは、アーチャーに大聖杯を獲らせるための作戦だ。凛の大言壮語を要約するとそうなる。イリヤを狙わせることで、言峰主従が確実に大聖杯から離れる時間を作り出す。この一戦はイリヤの奪回に非ず、大聖杯を獲得のための遅延が目的だと。

 

 虚勢としか思えなかった。

 

「――あれにはこの世全ての悪がいる。サーヴァントを汚染する悪性の塊だ。

 おまえのアーチャーに耐えられるものではないぞ」

 

「わたしはそうは思わない。あいつ、ああ見えてかなりの悪なのよ。

 なにしろ、アスターテの英雄ですもの」

 

 ギルガメッシュが眉を顰めた。

 

「そのような二つ名、聞いたこともないわ!

 あの道化師は何者だ!?」

 

 鋭い詰問にも動じることなく、凛は悠然と頷いた。

 

「ええ、知らないのは当然よ。

 わたしのアーチャーは未来の英雄だから。というか、並行世界の異星人なのよ」

 

「……ふざけたことを」

 

「本当よ。真名はヤン・ウェンリー。

 知ってる? 同姓同名の英雄はいないと思うけど」

 

 ギルガメッシュは眉を顰めた。聖杯が答えを返さない。 

 

「あいつはね、二百五十億人から敵として畏怖された人間よ。

 たったの一個艦隊で、母国の希望を一身に背負って戦って、決して負けなかった。

 だから戦争に負けたら母国から邪魔にされて、その国を滅ぼす原因になったの」

 

 救国の名将が、亡国の敗将となるのは、歴史上珍しいことではない。だが戦勝国の皇帝が認めるほどの強さが、彼に数奇な運命を歩ませることになる。

 

「百三十億の国家でも、滅びる時は滅びるのね。

 結局、世界の九割を相手にして戦ったわ。

 それでもあいつは負けなかった。『不敗』『奇蹟』もあいつの異称よ」

 

 そうまでしても、彼は思想を守ろうとした。人が平等に、幸福に生きるため、自由を認める民主主義を。彼に従った軍勢はたったの三百万人だが、その死は数億人を覚醒させ、未来に余波を広げていったと、エミヤに聞かされた。

 

「まあ、結局死んじゃったから、ここにいるわけだけど。

 それは千六百年後、地球から七千光年離れた宇宙の出来事」

 

「は?」

 

 荒唐無稽な話に、さすがの言峰主従も呆気に取られた。

 

「その時代は、恐怖政治や戦争が長く続いてて、ずいぶんと人口が減っていたそうよ。

 それでも直径一万光年に、四百億人が住んでたそうだから、

 なかなかすごい知名度じゃない?」

 

 サーヴァントは、本人の実力以外にも、概念が武器になる場合がある。ライダー・メドゥーサが、自分の死後に生まれた天馬に乗り、キャスター・メディアが裏切りの概念を短剣として揮うぐらいだ。

 

 伝説による過大解釈が許されるのなら、彼の言葉に触れ、夢を垣間見た凛だけは、信じて誇ってやろう。たった一人、でも唯一のマスターの信頼。きっとアーチャーの力になるはずだ。

 

「あいつがいる未来は、今は存在しない。

 あいつは、自分の世界の過去をわたしたちが再現しないように願ってる。

 でも、あいつが、百三十億の味方の希望を背負い、

 二百五十億に敵として畏怖された。それは本当なのよ」

 

 胸を張る凛に、言峰は熱のない口調で反問する。

 

「ふむ、妄想としか思えんな。おまえは信じるのかね、凛?」 

 

「ええ。信じないのも、あんたの自由ですものね。

 でもね、英雄王さん、アスターテって聞き覚えがあるんじゃないかしら?」

 

 黄金の眉が神経質に引き攣った。彼が敵対した女神イシュタルが、フェニキア神話に引き継がれた。金星の女神アスターテ。後年台頭したキリスト教には、悪魔アスタロトと呼ばれる存在である。

 

 キリスト教の勢力が強まるにつれて、イシュタルは敵として強大化していく。神たる太陽に背く明けの明星。アダムとイヴを誘惑した知恵ある蛇。堕天使ルシファー、悪魔サタンにまで変貌するのだ。

 

 アーチャーは彼女の僕だった。互いに尾を食む蛇(ウロボロス)と化して敵を退け、その腕に竜を宿して、星空を翔け抜けた。

 

「わたしのアーチャーは、叛逆の星の女神に愛されてるの。

 友と鎖を失ったあんたに勝てるかしらね」

 

「言わせておけば……」

 

 剣を動かしかけたギルガメッシュを、言峰は制した。

 

「まあ、待て。妄想や啖呵としては面白い。

 おまえの口が悪くなったのが、あの男のせいならば嘆かわしいがな」

 

「ふん、言ってなさいよ」

 

 この男を父の仇と憎んだこともあった。だが、復讐する価値もない。この男にとっての世界は、自分の中で閉じている。

 

「わたしはこの十年で、小学生から高校生になったわ。

 あんたたちが虐げてた子にも同じ権利があったのに。

 ねえ、英雄王。あの子たちの命を搾り取って、この十年何をしていたの?」

 

「王が貢物を受けるは当然よ。

 我が何をしようと、貴様に関係がなかろう」

 

 歯牙にも掛けないギルガメッシュに、凛は冷たく言い捨てた。

 

「関係ならあるわ。

 わたしには冬木の管理者として、霊地の平穏を守る義務がある。

 あんたたちが裏切者であろうとなかろうと、とっくにわたしの敵なのよ」

 

「我を敵と言うか、時臣の娘よ。

 ならば、敵として振舞うとしよう」

 

 宝剣が空を裂く。身を固くした凛の眼前で、聖剣と魔槍、斧剣が一閃した。バーサーカーが咆哮を上げ、セイバーとランサーは英雄王に白眼を向ける。

 

「堕ちたものだな、英雄王が」

 

「セイバーよ、その呼び名は今のこいつには相応しくねえ。

 奴隷商人か牢名主が精々だろうよ」

 

「ランサー、どこでそんな言葉を覚えたのですか!?」

 

「ん? ちっこい嬢ちゃんが見てたテレビ」

 

 セイバーはイリヤに目をやった。ルビーがさりげなく逸らされる。後でセラに報告しなくては。メイドとしての使命感がよぎるセイバーである。そのためにも、ここからみんなで帰らなくてはならない。最後の仕上げは、凛とアーチャーにかかっていた。

 

「アーチャーは『この世全ての悪』になんか負けないわ。

 だって、あいつは『不敗の魔術師』なんだから!」

 

 凛の宣言と同時に、洞窟の奥から空気が動いた。淀んだ気配が凝り、集中していく。ギルガメッシュは無言で身を翻し、洞窟の奥へと疾駆した。

 

「待て!」

 

 しかし、言峰も後に続くしかなかった。彼ら主従は、最強のマスターとサーヴァントと言ってよい。連携することによって、特に力を増す。だが、言峰のみでは、最弱のサーヴァントにも勝てぬ。まして、牙を剥き出し、槍を構えた猛犬には。

 

 二人の走力にとって、大聖杯までの道程は短いものだった。

 

 大聖杯中央の巨大な石筍の前に、黒髪のサーヴァントが行儀悪く座っていた。周囲を満たしていた黒い泥が消え、彼は柔らかな声で誰かと語っている。

 

「『この世全ての悪』……?」

 

 アーチャーは苦笑した。収まりのわるい髪をかき回す。

 

「私は、そんなに都合のいいものはないと思うんだがねえ……。

 善神アフラ・マズダーも、インドでは悪神アスラ。

 悪魔アンリ・マユは、インドの神ディーバの一人。

 とても強い戦士が、両方の国にいたのではないかな。

 君の国の戦士は神格化され、インドの戦士は悪にされたってところだろうか」

 

 大聖杯のある空間は、発光性の苔がわずかな光を放っている。元代行者やサーヴァントにとっては、充分な明るさだった。黒い軍服の袖に、同色の何かが抱かれている。小さな子どもの大きさと形をした……。

 

 その影がぷいと顔を背けた。

 

「人間ってのはそういうものなのさ。

 紀元前から今までもそうだし、私の時代もそんなに変わりゃしない。

 私も君と一緒だからね」

 

 背けた顔が、アーチャーに向けられ、穴が開きそうなほど凝視しているように見えた。影に目はなかったが。

 

「――だが、どんな美辞麗句を連ねたところで、

 私が人殺しだということに変わりはない。

 君も、前回の聖杯戦争でそうなってしまった。

 不可抗力ではあるんだろう。

 だが、制御できないエネルギーは、人間には脅威なんだよ」

 

 影が言葉らしきものを発した。

 

『セイハイ……ネガウ……』

 

「その聖杯も、君がいたら君の色に染まってしまうだろう。

 それでまた災害が起きたり、

 たちの悪いサーヴァントが残ってしまったら元も子もないじゃないか」

 

『……オマエ、ノコル?』

 

 黒い瞳をまぶたが半分に区切った。

 

「私が、たちが悪いって?

 こんな善人をつかまえて、そりゃあんまりだろう」

 

 影がケタケタと笑い声を上げた。

 

「私にそのつもりはないよ。

 仰せのとおり、私の存在は害にしかならない。

 それが嫌なのは、君には判るよね」

 

 笑い声が消え、影の動きが止まった。ややあって、小さく頷く。 

 

「だから、私と一緒に帰ろう」

 

 何とも優しい笑みを浮かべ、軍人らしくない白い手が影の頭を撫でた。『この世全ての悪』は、ヤンを取り込もうとした。しかし、『この世全ての悪』は、地球上の一地方で信仰された神だ。

 

 地球を遠く離れ、宗教がほとんど消え失せた時代のヤンに、神への本能的な恐怖がないのが幸いしたのだろう。

 

 また、ライダーがせっせと地脈を涸らしたのも決して無関係ではなかろう。アンリ・マユは、古代ペルシアのゾロアスター教の悪神。

 

 一方、メドゥーサはペルセウスに討伐された。ペルセウスの息子、ペルセースはペルシア王家の祖とされている。つまり、両者はペルシア帝国の敵同士だ。

 

 共通する概念を纏ったものからの、一種のメッセージ。施術のポイントは、冬木の大地にやや歪な五稜星を描いていた。

 

 それに興味を惹かれたのか、泥はヤンを取り込むよりも対話を選んでくれた。漠たる概念ではなく、意思らしきものがあるならしめたものだ。

 

 ヤン・ウェンリーの人格汚染力、もとい、人格影響力には恐るべきものがあるのだ。

 

「君が力を貸してくれたら、私も宝具を使えるようになるから」 

 

 影が再び頷いた。今度は大きく、何度も。

 

 そして、黒い軍服の胸元に消えてゆく。呼応するかのように、左胸のオレンジの徽章が輝いた。

 

***

 

 洞窟に響く足音に、黒髪のアーチャーは視線を向けた。軽く溜息を吐き、くしゃりと髪をかき混ぜる。

 

「やれやれ、あれだけ準備したのにおいでなすったか……。

 ここでも、辺塞寧日なく、北地春光遅しだね」

 

 言峰綺礼は愕然としていた。よっこらせと言いながら立ち上がったアーチャーは、

相も変わらず隙だらけで、非力そうなままだ。魔力に満ちた聖杯の泥を飲み込んだのに、あのエネルギーはどこへ行ってしまったのだ。

 

「あれは、自我も形も持たぬ泥だ。なぜ貴様と……」

 

 アーチャーは小さく傾げた。

 

「そこに矛盾があると思いませんか?

 彼は『この世全ての悪』として、聖杯に巣食っていた。

 しかし、悪は善なくしては成立せず、それを判断するのは人間のみです。

 つまり、他者からの認識は受け取っていたことになる。

 現に、他者を取り込もうという欲求は見受けられましたから」

 

「――ほう、貴様が『この世全ての悪』の代弁者となったか」

 

 言峰に好奇心が湧いた。これは『この世すべての悪』を飲み込んだ。いったい、何を話すのか。ギルガメッシュを後ろ手に制し、言葉を目で促す。

 

「いや別に、そういうわけでは……。

 なんらかの意志があるなら、コンタクトが取れるかも知れないと思っただけです。

 彼も元々はサーヴァント、いや、人間だった」

 

 絶対の善または悪。そんなものはこの世のどこにもないとヤンは思っている。

 

「彼だって、最初からあの泥ではなかったはずだ。

 人として生き、喜怒哀楽を持ち、死を迎えたのだと思った。

 そこに、私となんら違いはないんですよ」 

 

 とりあえず、ヤンは話しかけてみたが、なかなか一筋縄ではいかなかった。

 

「危うく取り込まれそうになりましたがね。

 ああ、こりゃまずいと思ったら、

 おぼろげながら意志を持つ存在が触れてきた」

 

 ヤンは目を伏せた。

 

「あの日に失われた、士郎君の心の一部のようでした。

 いや、本当はそうではないかもしれないが、私にはそう思えた。

 私は咄嗟に彼に語りかけた。彼は耳を傾けてくれた」

 

 心の片隅で、いざとなったら凛に令呪を使ってもらい、宝具を出して、動力源に突っ込もうかと思っていたことは、ここで語る必要はないだろう。

 

「きっと、彼も孤独だったのでしょう。

 ここは暗くて狭くて、語らう相手もいない。

 ……だから、士郎君の心の残渣を元に、形を成したのでしょうね。

 泥のままでは、耳や口がありませんから」

 

 あの影は、ヤンが想像した、災害当時の士郎を形どった。その小ささが、ヤンの心に痛みを与えた。あんな小さな体で、ひたすら逃げて、自分を生かすだけで精一杯だっただろう。他人には、決して彼を責めることはできない。

 

 しかし、彼は今も自分を責め続けている。それは、救えなかった人、失ってしまった人への愛情の裏返しだ。

 

 士郎は本当は忘れてはいない。箱の蓋を閉じても、ありかは覚えている。いつか蓋を開き、悲しみと真っ向から対決することで、失くした自分や家族を取り戻すことを願った。

 

 死者は二度と還らないが、生きているなら、新たに愛する者を得ることはできるのだから。

 

 影は、そんなヤンの思惟に興味を示した。彼も、きっと家族を失った存在だったのだろう。血を分けた者を、『この世全ての悪』の形代にしたい人間がいるものか。愛情のみの問題ではない。『この世全ての悪』の家族として、差別や偏見を受けるに決まっている。

 

「それから、色々な話をしました。

 私たちは、ここにいるべきではない死者です。

 一緒に帰ろうと誘ったんです」

 

 言峰は鼻を鳴らした。

 

「帰るだと? 座にか?」

 

「まあ、座というか、いわゆる死者の世界になるのかな。

 どこかに、彼の家族が待っているかも知れない。

 私が最後に聞いたのは、名を呼ぶ懐かしい声でしたから」

 

 ヤンではなく、ウェンリー。亡くした家族以外からは、呼ばれなくなったファーストネーム。

 

「生きている時は、死後の世界なんて信じなかったが、

 ああいうことがあると、いるんじゃないかと思うんですよ」

 

 死者の語る経験に、生者は答えようもない。だから、口に出したのはアーチャーの見解への感想だった。

 

「……つまらんな。貴様という殻を得た泥が、どんな悪を語るかと期待していたのだが。

 存外に人間らしいことを言う」

 

 アーチャーは肩を竦めた。

 

「そりゃ、私は元々が人間ですからね。

 それ以外の物にはなりようがありません」

 

 味方の生の反対に敵の死があるように、人の善悪は複雑に絡み合って分かち難い。だからこそ、善悪二元論の宗教が生まれたとも、ヤンには思えてくる。自らを善、敵を悪と割り切れたら、こんなに楽なことはないのだ。

 

「彼は、そういう人の業の象徴だと思います。

 彼も間違いなく人間だった。……私と何も違わない」

 

 味方の生の反対に、敵に死者が生まれる。母国で名将と讃えられ、敵国には悪魔のごとく恐れられる。 ヤンには、よく覚えがあった。

 

 言峰は落胆した。このアーチャーは、自らの悪行を自覚している。だが、そこに狂気も歓喜もない。ただただ冷静で理性的で、言峰が望んだ悪の象徴の発露ではなかった。

 

「……泥で狂わぬとは、貴様はたしかに巨大な存在なのかもしれん。

 しかし、あの泥のほうが遥かに面白かった。

 『殻』を壊せば、元に戻るか」

 

 アーチャーは応えず、微かに表情を強張らた。それこそが最も雄弁な肯定だった。

 

「いや、貴様を殺せば、聖杯の器も満たされるな。

 凛の言葉が妄想ではないなら、貴様の方が巨大な悪なのだろう?」

 

 言峰はギルガメッシュに頷いてみせた。

 

「悪いが、おまえの我儘を聞いてはやれん。――殺せ」 

 

「仕方がない。貴様は最後に殺すつもりだったが」

 

 英雄王は、左手で剣を抜き放った。この男を殺すには、それで充分だ。剣の矢を飛ばす余力が惜しい。

 

 秘蔵の絢爛たる鎧は、そこここが破損し、整えていた髪も崩れている。バーサーカーとランサーに傷つけられた右腕と肩、顔の傷もまだ癒えていない。泥が消えた今、攻め込まれては不利だ。泥を蘇らせるためには止むを得ない。

 

「あの下郎共は、まとめて後から送ってやる。――死ね」


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