Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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91:Last Order

 宝玉と鋼の色が見守る中、言峰の口から低い笑いが漏れた。

 

「生きているから、か……」

 

「率直に言って、羨ましい限りです。

 この日本は、人類史上、稀に見る平和で豊かな国だ。

 できるものなら、私もこんな時代に生まれたかった」

 

 言峰の胸に歪んだ歓喜が沸き起こる。飄々として、捉えどころのない未来の英霊が吐露した内心だった。この男の傷を開いてやりたい。

 

「それが貴様の望みか? 叶うぞ、アーチャー。

 聖杯に望むまでもなく、貴様には資格がある。

 『この世全ての悪』を飲み込んだ貴様には!」

 

 返答には、一拍の間があった。 

 

「――英雄王のように?」

 

 言峰は笑いを浮かべて頷いた。笑顔というには、なんとも陰鬱なものだったが。

 

「そうとも。聖杯の泥は生者を焼いたが、死者を蘇らせた。

 ギルガメッシュは肉体を得た。貴様にも可能性はある。

 あとは生贄を捧げるだけだ。今の貴様には容易かろう。

 ただし――」

 

「……ただし?」

 

「それ以上魔力を費やし、大聖杯を破壊しても、出来るかはわからんな」

 

 ヒューベリオンの指揮卓の上で、ヤンは髪をかき回した。

 

「ひょっとして、私は誘惑されているのかな?

 手を引き、味方殺しをすれば、受肉できるって」

 

「ひょっとしなくてもそうでしょう」

 

 月から響く低音の呆れ声。

 

「だから、マスターの後見人と遠慮せず、さっさとやってしまえば良かったのですよ」

 

「いや、しかしね……」

 

 反駁しかけたヤンを遮るように、雷光が放たれた。エアを相殺したものよりはずっと細いが、言峰とギルガメッシュを割るように地を叩く。

 

「くっ!」

 

 網膜を灼く白光に、ギルガメッシュは顔を庇った。宝物庫を開けようとして、すかさず牽制されたのである。

 

「私が受肉したら、君たちや『彼』はどうなるんだ?」

 

「英雄王の宝具のような塩梅になるのでは?」

 

 朗々とした副参謀長の声に、ヤンはベレーを揉みしだいた。

 

「冗談じゃないぞ。武器ならまだしも、この兵員をどうすればいいんだ?」

 

「艦隊とイゼルローンもお忘れなきよう」

 

 シェーンコップも、さすがに今回は煽動しなかった。

 

「閣下のマスターは、なかなか将来有望なレディですが、

 こればかりはいかんともしがたいでしょうな」

 

「まったくだ」

 

 ヤンは足を組み直し、溜め息混じりに告げた。

 

「夢見ていた平和な世界ですが、私たちの存在が争いの火種になりかねない。

 ここに私の居場所はありません。

 戦争ばかりでしたが、この光景が私たちの生きた場所です」

 

 永遠の夜に浮かぶ星征く船と、美しく無慈悲な白の女王。これこそが、ヤン・ウェンリーたちの故郷(ホーム)

 

「私たちには、もう戻れませんが。だからこそ、あなたに無駄にしてほしくない。

 あなたは、加害者であると同時に被害者でもあります。

 きちんとした手段で償い、償われるべきです。

 聖杯戦争に頼らずとも、可能なことです」

 

 凛は、詰めていた息を吐き出した。情理に富んだ、いつものアーチャーの論調だった。いくら念じても反応がなく、これまでと打って変わった戦いぶりに、『この世全ての悪』のせいではないかと疑っていたのである。

 

 そう口にすると、士郎とランサーは手や首を振った。

 

「や、遠坂。もうこれ、説得じゃない」

 

「応よ。得物を突きつけて、降伏しろ、さもなくば殺すと言ってるんだ」

 

 凛が見回すと、セイバーまでこくこくと頷いているではないか。

 

「たしかに。彼は勝算のない戦いはしないと言っていましたね。

 これが真相だったとは、なんと容赦のない……」

 

 ライダーががっくりと肩を落とした。

 

「……では私は、銃しかなくても勝てると思われたわけですか……」

 

 その滑らかな肩を、ランサーが叩いた。

 

「そう気に病むなよ。俺なんざ、三度は嵌められたんだぜ」 

 

 鼻に皺を寄せるケルトの大英雄に、士郎は頬を掻き、イリヤは肩を竦めた。同情すべき点はあるが、二人が読んだクー・フーリンの伝説によると、自業自得は否めない。

 

「やっぱさ、ランサーのアレ、食い合せが悪いんじゃあ……」

 

「わたしもシロウに賛成よ」

 

 犬を食べないと誓っておいて、目下からの夕食の誘いを断らないというのは無理がある。一国の王の甥っ子で、父親は光の神。大多数の人間は、彼よりも身分が低いのだが……。

 

「うるせ!」

 

 またも赤毛を小突かれる士郎だった。

 

「あた! でも、食い放題、楽しんでたじゃないか」

 

「……ま、まあな。ありゃ、伝説の常若の国の宴以上だろうぜ。

 奴の部下とは、望みどおり全力の戦いができたしなあ。

 だからあの野郎は憎めねえんだけどよ」

 

 ライダーはランサーの手を払い落とし、眉を吊り上げた。

 

「私がようやく解凍されて、シンジの血で我慢していた時に、

 あなたは酒池肉林の宴ですか。なんという差でしょうか!?」 

 

 こんなことで仲間割れされては困る。セイバーは慌ててライダーを慰めた。

 

「い、いえ! 確かに、量も質も申し分ありませんでしたが、

 サクラのきめ細やかな料理のほうが更に上です!」

 

 凛も同意した。 

 

「そうでしょう。わたしの自慢の妹なんだもの」

 

 二人のやりとりに、ライダーの完璧な形の唇がいとも美しく綻んだ。

 

「リン、その言葉は、サクラに直接伝えてあげてください。

 セイバーも。私も、サクラに伝えたいことがあるんです」

 

 ここから皆で無事に帰還するという意志の表明だった。身長も、髪の色もまちまちな面々が一斉に頷いた。

 

「ではどうする? ここで戦いの結末を見届けるか、ここから退き、備えをするか」

 

 ランサーが凛を見据える。凛はほっそりとした手を握り締めた。

 

「アーチャーを置いていけないわ。あいつを戦わせているわたしの責任だもの。

 いざとなったら、令呪を使わなくちゃならないし」

 

 ランサーは莞爾と微笑んだ。

 

「見上げた心意気だな、嬢ちゃん」

 

 その笑みがすぐ真顔に変わる。

 

「だが、あれほどの宝具、そう長くは展開できんだろう。

 あの広間が崩れりゃ、ここも無事では済まん。

 俺たちには霊体化する手があるが、無理な連中は外で待ったほうがいい」

 

 ランサーは退避を促した。

 

「結末は俺が見届けてやる。気にすんな、キャスターの仰せだ。

 それにあの外道神父には、俺にも貸しがある」

 

 落盤以外にも問題があるのだ。アーチャーが勝てなければ、残りのサーヴァントが言峰主従と戦うことになる。彼らの宝具は、この固有結界ほどに堅牢ではなく、さらに周囲に危険を振りまくだろう。

 

 察しないわけはなかろうに、長い黒髪が左右に振られた。

 

「それだけじゃないわ。あいつ、目を離すと、何をしでかすかわからないでしょ?」

 

「おう……」

 

 魔術師の異称のとおり、意表を突いてくるのだ。

 

「戦いに関しては、綺礼よりよっぽどえげつないのよ!」

 

 凛の激白に、一同は顔を見合わせ、深く深く頷いた。ここにいる面々は、アーチャーの被害者の会に入る資格がある。敵対すれば容赦なく嵌められ、味方であっても出し抜けに心を抉ってくる。

 

 凛もなにかと痛いことを言われたし、士郎にイリヤ、セイバーも例外ではなかった。丈高い銀髪の主は、小さく咳払いした。

 

「仕方がなかろうよ。彼の国は劣勢で、あの艦隊が最後の兵力だった。

 後がないから、どんな手を尽くしても負けられない。彼の不敗は、そういう意味だ」

 

 凛は、整然と隊列を組んだ星の群れを透かし見ようとした。あのどれかが、星々を率いる高みを行く者(ヒューベリオン)

 

「……あいつね、二言目には戦いを嫌がるし、

 大体寝てるか、お茶を啜りながらゴロゴロして……。

 勝てない戦いをするぐらいなら、逃げるって言ってたのに……」

 

「それは嘘ではないが、真実でもないんだ」

 

 褐色の口元がほろ苦い笑みを浮かべる。

 

「本音ではあるだろうがね。

 この平和な時代、よほどに戦いたくなかったんだろうが……」

 

 聖杯戦争の歴史を紐解き、少年少女らに遺してきた被保護者を重ねて、様々なことを教えて、自らの力で歩むことを考えさせた。エミヤの紅茶に黒い瞳を細め、ランサーやセイバーの武勇伝に輝かせ、ギリシャの美女二人には、若干及び腰で、でも礼儀正しく接していた。

 

 そんな姿しか、凛たちは目にしていないのだろう。戦場での本当の姿を、見せたくなかったに違いない。

 

 だから、四度目の忠告に及んだのだろう。

 

「聖杯戦争に関わったばかりに父と友人を失い、

 さらには無辜の孤児を犠牲にして、あなたが何かを得たようには思えません」

 

「得たものならあるとも。

 私はギルガメッシュに、愉悦を追うことを教えられ、

 快や美を見つけることができた。人とは、いささか違うところにあったがね。

 私は、不幸や醜に快や美を見つけたのだ」

 

「……それは、本当にあなた自身の感情ですか?」

 

 アーチャーは疑問を返した。

 

「人の心は、自らを守るために、思いがけない働きをします。

 肉親を亡くし、精神的な支柱を失ったとき、

 その存在を忘却したり、他者の考えを自分のもののように思い込んだりもする」

 

 ふたりの士郎は目を瞠った。唇を引き結び、固く拳を握る。まるで、大きさの異なる陰画(ネガ)陽画(ポジ)

 

 アーチャーは、言峰も士郎の反転だと言っているのではないか。

 

「偉そうなことを言いましたが、私は素人です。

 こうしたことも、警察に自首すれば、きっと無料でやってくれるでしょう」

 

「どういう意味だ?」

 

「精神鑑定というやつですよ。

 あなたの悩みに、古代人の王よりは現実的な答えが出ると思うんですが」

 

 口調は柔らかいが、強烈な毒舌だった。さすがの言峰も鼻白む。

 

「……狂人扱いとはな。貴様も存外凡人のようだ。

 そうまでして、ここで殺されるよりもましと言う気かね?」

 

「生きているかぎり、可能性があるからです。

 あなたの心は、他人の不幸で満たされるようですが、

 いつか、変わる日が来るかもしれない」

 

「詭弁だな」

 

 物心ついて以来、言峰は二十年以上も葛藤にもがき続けていたのだ。楽観論が過ぎると言わざるを得ない。

 

「だが、どんなにわずかでも可能性があるから、私は戦ってきた。

 死ねばゼロになってしまう。死なないために等価の命を奪い合う。

 欲しいものは平和だったのに」

 

 アーチャーはぽつりと続けた。

 

「ここは、私たちが五百年追い求め、届かなかった理想郷のような時代です。

 私の世界の歴史では、四半世紀後に失われてしまった平和です」

 

 ――『異世界』とはこのことか。言峰もギルガメッシュも、はっと星空を振り仰いだ。凛も、皆も同じ動作をした。

 

「全面核戦争が勃発し、地球人口の九割以上が死滅。

 生き残った人類は、核の冬の中で、残された僅かな資源を争い、

 百年近くも戦乱が続く。

 そんなに不幸が好きなら、生き残って体験したらいかがです?

 我が身に降りかかって、楽しいかどうかは知りませんが」

 

 凛は呻いた。

 

「え、ここでそれを言うわけ!?」

 

 言峰の誘惑へ、ヤンの答えは辛辣だった。

 

「この子たちは、こんな戦いにうつつを抜かしている場合ではないんです。

 きちんと学び、大人になって、社会を担っていかなくてはならない。

 私にとっての過去が訪れないように、自らの責任でよりよい選択ができるように」

 

 言峰の胸に、落胆と愉悦が同時に広がった。心の傷を開くもなにも、この男は満身創痍を自覚し、聖杯戦争を越えた先を見ていた。破滅の予言を携えて。しかし、まだ終わりではない。

 

「これにも、魔術も聖杯もサーヴァントもいりません。

 私の望みは、この子たちが戦場に立つことなく、幸せに暮らすことです」

 

 あの子には、叶えてあげられなかった見果てぬ夢。

 

「これで、話は終わりにしましょう。どうなさいますか?」

 

 言峰は右手を掲げた。

 

「先のことは、貴様の願いを砕いてから考えることにしよう。

 ――令呪に告げる。ギルガメッシュ、全力を以って宝具を開放せよ」

 

 言峰の令呪の、最後の一角が弾け飛んだ。満身創痍のギルガメッシュに魔力が横溢する。

 

「天地乖離す……」

 

 冬の夜空のように澄んだ声が、結界を超えて響いた。

 

「令呪に告げる。アーチャー、全力で宝具を使って!」

 

 円から放たれた矢が弾け飛ぶ。――そして。

 

「ありがとう、凛。みんな、危ないから逃げなさい」

 

 月が続けざまに凄まじい輝きを放った。星々からは、光が滝のように雪崩落ちる。先ほどまでの戦いは、まだまだ全力ではなかったのか。

 

 これは、ヤン・ウェンリーの戦いの、ごく僅かな規模の再現だった。それでも、サーヴァントとしての分を超えた力だ。通路にまで震動が伝わり始めた。結界が綻びつつある。

 

「遠坂!」

 

 立ち尽くす凛の右手を、士郎は左手で引っ張った。右手はイリヤに繋がれている。

 

「ここにいたら危ない。きっとアーチャーも全力を出せないぞ」 

 

「……わかってるわ」

 

「ここにいても、俺たちにはなにもできない。

 でも、俺考えたんだ。遠坂とセイバーにも手伝って欲しい」

 

 凛は士郎の顔を見つめた。真摯な眼差しだった。セイバーに鞘を返したときの、イリヤに鞘を使ったときと同じ。誰かを助けるために、ひたすらに考え抜く者の顔をしていた。

 

「俺たちでアーチャーを助けるんだ」

 

 凛はもう一度、架空の夜空を見上げると、何かを振り切るように踵を返し、走りだした。肩越しに最後の命令を発しながら。 

 

「必ず勝って! ちゃんと帰って来るのよ!」

 

 最後の一角、中央の円が消えた。これでアーチャーを縛るものはなくなった。『この世全ての悪』を取り込み、英雄王以上の脅威が誕生したのかもしれない。

 

 それでも。

 

「つぎ込んだ財産の分、最後まで働いて貰うんだから!」


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