2月1日 23:00実施?
宝具選定幕僚会議
「ヤン・ウェンリーと言えばイゼルローン。
イゼルローンと言えば雷神の槌。これは譲れませんね」
灰褐色の髪と瞳の美丈夫は、そう主張する。銀の髪と口ひげをした初老の提督は、まばたきをしてから、物柔らかに反論した。
「要塞防御指揮官のおっしゃることには一理ありますが、
閣下の勇名は、やはりヤン艦隊あってのものでしょう。
宇宙で唯一、ヤン艦隊だけが運用に成功した一点集中砲火。
こちらもなかなかのものだと思うのですが……」
「なるほど、甲乙つけがたいですなあ」
陽気な巨漢が、朗々とした声で双方に頷いた。
「ところでこの聖杯戦争、古今の英雄と戦うんだそうです。
それにあたっては、知名度が重要だそうですが、未来の我々にはありません。
ですが、ひとつだけ、そういう連中にも通じそうなものがあります。
そいつはどうでしょうか?」
黒とアイボリーの中で、ただひとり黒と銀の軍装の老紳士が首を傾げた。
「申し訳ない、小官はそういう話には疎いので……」
「客員提督どのは、まだ同盟においでになっていませんでしたからなあ。
銀河帝国なんたら政府の命令で、ハイネセンに行かれた時にはなくなっていた。
ご存知なくても仕方がありませんがね」
魔術師のクッションの言葉に得心した右腕が、ぽんと手を叩いた。
「ああ、思い出しました。アルテミスの首飾り。なるほど、長征一万光年作戦ですか」
客員提督の顔には疑問符が増える一方である。
「……どんなものか、教えていただけないか、副参謀長」
「ハイネセンの周りには、一ダースの軍事衛星があったんですよ。
それがアルテミスの首飾り。由来はギリシャ神話の月の女神の名前なんだとか」
巨漢の解説に、美丈夫がにやりと笑う。
「ほう、副参謀長の知識は閣下譲りのようだな。
そいつに、長さ一キロの一ダースの氷塊をぶつけて壊しました。
同盟のクーデターの時だ」
ヤンは、自由惑星同盟の建国の神話ともいうべきエピソードに倣ったのだ。建国の英雄アーレ・ハイネセンは、酷寒の惑星で奴隷として重労働に従事していた。ある日、彼は液体ヘリウムの川に氷の船を浮かべて遊ぶ少年を見て、天啓を得る。調達が極めて難しい、逃亡の宇宙船の材料にドライアイスを使うことを。
そう解説して、巨漢は気の良い笑みを浮かべた。
「そうそう、一石何鳥かの策だったんです。
艦隊の兵員、ハイネセンの住人、どちらにも犠牲を出さないように。
建国のエピソードを連想させて、市民の反目を加速させ、
さらにはクーデター首謀者の気を挫くために。
あの時は、参謀部も頑張りましたからなあ」
亡命の名将は、普段は眠そうな目を見開き、開いた口も塞がらず、なんとか首を左右に振った。
「……私が属していた貴族連盟の大貴族と、なんたる違いだろうか。
しかし、それを地表に落としたら、門閥貴族の蛮行と変わらぬ結果になる。
その宝具はお止めになった方がいい」
「そうですかねえ? なにせ、燃料にあたるものが限られてるでしょう。
どれを使っても、実物の威力には到底及ばないんじゃないですかね」
副参謀長の言に、副司令官も気遣わしげに若返った上官を見やった。
「失礼ですが、閣下ご自身は非力でいらっしゃる。
抑止のために、強力な宝具を提示なさったほうがいいのではありませんか?」
「……どれもやめてくれ。貴官らはこの街を焦土にする気かい……」
黒い頭を抱えて無言だった司令官が、ようやく口を開いた。
「こんなの子どもの、それも身内の小競り合いだよ!
五年もすれば、思い出して羞恥心で転げまわる類のね。……だめ」
不服そうな要塞防御部の長が、優雅に腕組みして司令官に反論した。
「子どもの小遣いを断るのではあるまいに、駄目はないでしょう」
「とにかくだめ」
「では、小官ら連隊は宝具になる資格はありますな」
「今度は何を言い出すんだ、君は!?」
「閣下が雷神の槌を撃ったのは、生前一回、二射しただけです。
それでアーチャー扱いされるならば、
最も実戦で撃っている小官らを、除外するのはいかがなものでしょうな」
控えめな年配者らを代表し、ヤン艦隊派が異議を差し挟んだ。
「
それはヤン艦隊も同様ですよ」
ヤンはベレーを毟り取って叫んだ。
「ああ、もう、話が一巡してしまったじゃないか!
わがまま言うんなら、マスター権限による許可制にするから!」
このままでは、帝国時代のイゼルローン駐留艦隊と要塞防御部門の反目に逆戻りではないか。
こういうときは、お財布(補給部門)の威を借りるにかぎる!
遠坂凛は、ここにいない要塞事務監の代わりをこっそり押し付けられていた――。
注:この話はあくまで本作中のIF話です。