Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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32:戦いのかたち

「士郎君と慎二君、桜君に共通する接点は弓道部だね。

 一昨日、君が遅く帰ってきたのは、部活のトラブルだったそうだが、

 ここを士郎君のホームにするんだ」

 

 明らかにぎくしゃくしている、部内の人間関係の調整に努めろということだった。

 

「君の受けた仕打ちを単純になじるのではなく、改善案を提示するのさ。

 できるだけオープンに、部内で合意を形成するといい。

 でないと、彼や君だけが悪者になるからね。どちらもよくないだろう」

 

 みごとな組織管理論だが、士郎の口から疑問が零れおちた。

 

「……なあ、聖杯戦争は?」

 

「それとは別に、きちんとした手段によって解決すべき問題だよ。

 その問題が解決されれば、君や他の生徒の学校生活が充実し、

 相手の攻撃手段を封じることにもつながるからね。

 それで彼が同盟を選んでくれれば、ベストじゃないか」

 

「でもさ、吸血鬼事件も、あいつらの仕業なんだろ」

 

 法律を尊重するアーチャーなのに、その態度は意外だった。

 

「証拠もないし、目撃情報もないけど、恐らくはね。

 彼らは悪事を働いていて、こっちは制止する理由もある。

 戦うのは実は簡単だ」

 

「じゃあ、ライダーを倒さなくちゃ。

 やらせた奴にだって同罪だろ。なんで赦すのさ」

 

 ヤンは、髪をかき回した。それが、聖杯戦争の巧妙で陰険なところだ。

 

「しかしね、捜査もできない、幽霊が犯した罪だ。

 悪事をやらせたマスターには、日本国民として裁判を受ける権利がある。

 それを無視して制裁を加えたら、我々も犯罪者になるんだ。

 士郎君の理想とは少し違うんじゃないかな?」

 

 誰をも切り捨てず、全てに手を差し伸べる正義の味方。静かな眼差しが、士郎に問いかけていた。それが、養父から受け継ごうとした理想ではないのかと。

 

「ああ、うん、だけどさ……」

 

 凛も同意するしかなかった。法治主義者のサーヴァントの言い分は、一理も二理もあった。

 

「ねえ、士郎。やるだけやってみたらどう?

 綾子も手を焼いているみたいだし、桜も弓道部よ。

 確かに、わたしやあんたにとって、人質にできる相手が揃ってる」

 

 士郎には反論の言葉が見つからなかった。ライダーは生徒と教職員全員が犠牲になるような結界を仕掛けている。一人二人の犠牲を躊躇いはしないだろう。

 

「わたしだって、アーチャーに言われるまで考えなかったけど、

 綾子や桜が呼んでるって下級生に言われたら、きっと疑わずに行くでしょうね」

 

 弓兵の役割を果たしているとは言えないが、二百万人以上の兵員の司令官はこういうことまで考えるのか。凛は考え込んでしまった。戦力としては最弱に等しいが、おそらくは歴代で最も賢いサーヴァントだろう。

 

「そうそう、凛もイリヤ君もよく気をつけるんだよ。

 士郎君の学校関係や、教会の呼び出しや来訪は、絶対に複数で対応すること。

 凛の後見人を悪く言いたくはないが、素人同然の学生を焚きつけるような人物を、

 私は信用できないね」

 

「それが正解よ。あいつはね、信用できないことを信用できるというタイプの奴よ。

 人外の化け物を狩っていた、バリバリの元代行者なの」

 

「……じ、人外ってなんだい?」

 

「死徒とかね。言ってみれば吸血鬼やゾンビよ」

 

 黒い目が真ん丸になった。

 

「あの外見を見りゃわかるでしょうけど強いわよ。

 わたしたちマスターが単独じゃ勝てない。アーチャーも肉弾戦じゃ負けるわね」

 

「やれやれ、貴重な情報をありがとう。まったく心躍らないがね。

 だからこそ、ランサーを引き入れたいんだがなあ」

 

 溜息をついて、冷めた緑茶を啜ったヤンは、ふと菓子の皿に目をやった。饅頭や大福がぎっしりと並べられていたのだが、皿の模様がよく見えるようになっていた。

 

もっぱら話をしていたヤンは食べていない。慣れない味に、一口でやめたのがイリヤ。凛は緑茶にもほとんど口をつけていない。士郎も同様。と、すると……。

 

「ところで、明日の夕食の店だけど、美味しくて食べ放題のところがいいと思うんだ。

 定額制のバイキングレストランなんかがいいと思う。

 貸切じゃなくて、予約席で充分だ。人目を味方にした方がいい」

 

「俺の家で夕飯作ってもいいぞ」

 

「サーヴァントに毒は効かないが、苦手な物を食べなくてもいい場所の方が気楽だよ。

 彼にとってここは敵地で、サーヴァントが三人もいるんだから」

 

「あ、そっか、そうなるんだよな」

 

「君だって、後片付けを気にせずにゆっくり話ができた方がいいだろう。

 たまには外食だっていいものだ。なによりも」

 

 凛は半眼になった。

 

「なによりも、何? またろくでもないことか、手抜きを考えているんでしょ」

 

「さすがマスター、ご明察だ。

 食後の運動に、ランサーに一騎打ちを申し込まれたら困るんだよ。

 そういうところなら、すぐさまそういう話にはならないだろう」

 

「やっぱり。どうするのよ、これから?」

 

「うーん、少々エンゲル係数はかさむが、夕食後に翌日の夕食に誘い続けるとか?」

 

「エンゲル係数ってなあに?」

 

「家計に占める食費の割合だよ。低所得世帯ほど、係数が高くなる」

 

「大食いがいても高くなるの?」

 

「そりゃ、食べる人や量が増えればそうなるねえ」

 

 黒髪と銀髪の擬似兄妹が、和やかに会話するのをよそに、士郎が裏返った声で叫んだ。

 

「エ、エンゲル係数!? なんでそんなこと知ってるのさ! 

 これも聖杯の知識なのか、遠坂!?」

 

「わたしが知るもんですか。

 こいつは日本国憲法の素晴らしさを、召喚して六時間後に力説したのよ。

 生前に知ってようが、聖杯の知識だろうが、関係ないと思わない?

 付き合うこっちも疲れるのよ」

 

「なんでそんなに不満そうなの、リン。

 頭がよくて、お話がおもしろくて、マスターをきちんと守れるんだから、

 アーチャーはいいサーヴァントじゃない。

 おまけにだれかさんと違って、リズの服やセラの下着をダメにしたり、

 大食いもしないのよ」

 

「う、あの……」

 

 気まずそうに口を開いたセイバーだが、銀髪がぷいと横を向く。相変わらず、セイバーに対するイリヤの採点は辛口だった。

 

「まあまあ。それは召喚の不備と魔力不足に起因するんであって、士郎君の問題だ。

 だが、そうなったのはイリヤ君と切嗣氏の責任でもあるんだよ。

 セイバーばかりのせいじゃないさ」

 

 ルビーの瞳が、アーチャーを上目遣いに見た。

 

「アーチャーはどっちの味方なの?」

 

「私は凛の味方だから、管理者の部下として公平を期すだけだよ」

 

 セイバーのみを責めるのではなく、広く深く原因を考察せよ。それがアーチャーの論旨だった。士郎の疑問はイリヤの疑問でもあるのだ。黒髪と黒い瞳のアーチャーは、生きていた時代が全く読めない。わかるのは、とにかく頭がよく、本来の意味で中立中庸ということだけだ。

 

『どうにかして、アインツベルンに連れて帰っちゃおうかな』

 

 そんなバーサーカーのマスターの思いも知らず、士郎は野望を抱いた。エンゲル係数。その言葉の意味を虎にも言ってもらおう。そして、食費を入れてもらうんだ!

 

「食費の問題だけじゃないわよ。

 あんたやランサーが、夕飯時に毎日ウロウロしたら、誤魔化しきれないでしょう」

 

「そうだっけ、今だってアーチャーは遠坂の彼氏だって思われてるもんな。

 今度はランサーが加わったら……」

 

「サンカクカンケイ? それともギャクハーレム?」

 

 凄味のある微笑を浮かべた凛が、左手を突き出す。制服の袖から手首に覗く、魔術刻印が青白い光を発した。

 

「なんですって、衛宮くんとフロイライン・アインツベルン。

 もう一度言ってみてくれる?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 異口同音に叫んだ赤毛と銀髪が、揃って米つきバッタと化した。メイドとして誤魔化しているセイバーの気持ちは複雑だった。キリツグとの関係を主張して、士郎の家に同居したら、セイバーもそう思われたことだろう。

 

 ヤンも何とも言えない思いになった。死亡時の外見で召喚されていたら、まずは起こらない問題だった。遠い親戚という説明だけで、あっさりと終わったろうに。

 

「駄目かなあ、やっぱり。

 一回限りだから、彼のマスターも黙認してるんだろうし、

 度重なれば、令呪をもってでもそんなの守るなって言うだろうなあ。

 令呪に余裕があるマスターの場合に限られるが」

 

 ルビーの瞳に、白銀の睫毛が半ばまで影を落とした。

 

「リンとアーチャー、わたしだって聖杯が欲しいんだけど」

 

「それは期限内に、より安全に達成すればいいわけさ。

 目的に応じてさまざまな手段を考え出すのが、マスターの役割とも言える」

 

「そっちはアーチャーのお仕事だったの?」

 

「そういうことだね。

 君は最強のバーサーカーのマスターで、彼の強さは切り札の一つだよ。

 だが、切り札はここぞという時に使ってこそだ。逆に温存しすぎてもいけない。

 その投入の機をはかるのが、イリヤ君に求められることだが、まだ早いと思うね。

 だって、たったの四日目だ。色々と情報を集め、分析してからでも遅くはないさ」

 

「わかったわ。アーチャーのお話は面白いから、もっと聞きたいもの」

 

「それはどうも、ありがとうと言うべきなんだろうね。

 さて、明日の夕食、どうしようか。

 どこかいい場所を知ってるかい? 食べ放題、飲み放題だとなおいいね」

 

 夕日色の頭が、力強く頷く。

 

「俺もそう思った。エンゲル係数的にも。

 安くて、旨い食べ放題の店が新都にあるんだ。予約しとこうか?」

 

「いいや、遠坂の名で予約したほうがいいから、店の名前を教えてくれないか。

 士郎君とイリヤ君の親睦を深めるという名目でね。

 セイバーは当然だが、セラさんとリズさんにも来てもらおう。

 私は凛の親戚で、ランサーは私の友人」

 

「ずいぶんと面倒な設定よね。やっぱり、士郎の案の方が楽じゃないかしら」

 

 確かにその方が楽だが、これも生存のための一手なのだ。

 

「いや、これは大勢の目に触れさせることに意味があるんだよ。

 理由はいろいろあるが、秘匿せよとは公開されるとまずいということに他ならない。

 後ろ暗い真似は、公明正大な行為には絶対に勝てないのさ。

 覚えておくと役に立つよ」

 

 心当たりが多すぎる面々には、言い返すことができなかった。

 

 ぎりぎり夕食前に会合を切り上げ、凛は衛宮家を辞去した。

 

「え、食っていけばいいだろ。二人分くらいなんとかするぞ。

 カニ玉の具はちょっと減るけどさ……」

 

「ありがと、士郎。でも、この二日結構食事をすっ飛ばしたのよね。

 買い直さなきゃならないものがあるのよ。牛乳とか野菜とか」

 

 士郎は夕飯に誘ってくれたのが、そろそろ食品の補充も必要だ。夕方のタイムセールを逃す手はない。マウント深山商店街に寄って買い物をしたら、結構な量になった。アーチャーを霊体化させなくてはならないのが残念だ。荷物持ちをさせてやるのに。

 

『でもやっと、家で眠れるわ』

 

『お疲れさん。ところでマスター、例の物は?』

 

『客間を開けるわ。あんた、掃除しなさいよ』

 

『別に埃じゃ死にゃしないし、もう死んでるから余計に気にする必要も……』

 

『うっさい。あんたの足跡が床に残ったら不審でしょうが。

 箒なら壊す心配はないわよね!? 嫌よ、埃まみれのサーヴァントなんて』

 

 凛の小言に、ぼやくような思念が返ってきた。

 

『誇り高きサーヴァントの方が難しいと思うなあ。

 皇帝が敵だったと言ったのは失敗だったかな』

 

『どうしてよ』

 

『騎士とは支配者階級なんだが、ローマ文化圏では女性の相続権は低かった。

 特にフランスでは、ずっと女性の継承権がなかったぐらいだ。

 時代が下がると、ローマ帝国の影響が少ない英国やドイツ、

 北欧なんかは緩んでくる。

 中世末期のその国々ならば、甲冑の女騎士はぎりぎり存在する。

 容姿や服装的に、最初はそうだと思っていたんだが、どうやら違うみたいだ』

 

 思いがけないと言おうか、彼らしいと言おうか、また歴史論が語られる。今度は女性の騎士についてのあれこれだが、随分と歯切れの悪い調子だった。

 

『よくわからないけれど、それとセイバーがどう関連するの?』

 

『その時代の女騎士は、国を救いたい、守るとまでは言わないと思うんだ。

 女性が継ぐような家は、そんなに名門じゃなくて、貴族の配下でも末端だからね。

 日本の戦国大名の部下の部下、足軽の頭みたいなものだ』

 

 自分の家や主家の存続は願うが、国家という大局的な視点を持つには至らない。

 

『一方、キリスト教信仰も篤くはないから、ジャンヌ・ダルクでもなさそうだ。

 ジャンヌならますます支配者じゃないけどね』

 

 凛は驚き呆れた。よほどセイバーに興味があったのだろうが、作戦を考える合間によく分析できるものだ。好きな甘味は別腹、みたいなものかもしれない。

 

『つまり、セイバーと時代が合わないって言いたいのね?』

 

『そうなんだ。騎士が一国の王というのは、十字軍以前の時代、中世の前半までだ。

 ヨーロッパのどの地域であっても、女性が王位を継げるはずがないんだよ。

 となると服装が噛みあわなくなってしまうんだ』

 

 セイバーの見事な板金鎧は、十四世紀以降の技術力がないと作れない。十字軍の遠征により、イスラムの進んだ冶金術がヨーロッパに流入してからのことになる。アンダースカートの精緻なカットワークレースは、早くとも十五世紀以降のもの。この時代が、甲冑の女騎士が存在するギリギリなのだ。

 

 十六世紀になると、騎士は階級の名称となり、剣を振るっての戦いは銃撃戦へと移行する。中世最末期、あの見事な装束を用意できる家格の娘が、騎士を継ぐこともありえない。国中から、有能な騎士が婿入りを争って願うだろう。彼女は姫君として育てられるはずだ。

 

『英霊が人類の意識の集合体というなら、

 後世の創作によって姿が変容するかもしれない。聖母マリアの服のようにね。

 中性ヨーロッパの前期から中期の、身分の高い女性の騎士なんて不審極まりない。

 取り扱い注意だ。彼女は、士郎君たちに任せた方がよさそうだよ』

 

 聖杯を真剣に欲している者にとっては、その価値を認めていない、物見遊山気分の者の主導には、頷きがたくなっていくだろう。ヤンはそう分析する。だから、素性と目的がはっきりしているクー・フーリンと同盟を結びたいのだが、彼のマスターが誰かわからないのがネックだ。

 

 キャスターは素性と目的、マスターの全てが不明だ。しかし、利己的だが理知的な為人だ。損得勘定ができるということで、金の卵をとるために、ガチョウの腹を裂いたりはしないだろう。

 

 そして、アサシンの動向も彼女は知っている。知識は戦いを制する。敵対よりも利益供与によって、何とかしたいものだあと十日しかないが、凛の師になってもらえないものだろうか。今後に大いに役立つだろう。女性としても、猫かぶりではない気品を身につけられるといいのに。

 

 ライダーは、間桐桜のサーヴァントである可能性が高い。だが、神に翻弄され、死後に星となったメドゥーサが、人の作った聖杯に望むことがあるというのか。むしろ、声なき嘆きに、地母神としての側面が慈悲を垂れたのではあるまいか。かつての自分に似た美しい『妹』に。

 

 衝撃から立ち直り、彼女を桜のサーヴァントと仮定すれば、あのものすごい服装も、別の意味をヤンに提示する。

 

 特に眼帯が。メドゥーサは、ゼウスの兄に略取された乙女として、もう一人の兄である冥府の神ハデスの妻、ペルセフォネーと混同される事があるのだ。

 

 ペルセフォネーは乙女座になったが、じつはもう一人、乙女座になぞらえられた女神がいる。正義の女神アストレイア。ローマ神話のテーミスの元になった存在だ。西洋では広く司法のシンボルとなっている、目隠しをして天秤と剣を持つテーミス。外見にとらわれず、真実に耳を傾けよとの教訓である。

 

 眼帯の女。あの蛇を思わせる服装にも、潜むものがあるのではないか。メドゥーサが表すのは、美女から魔物への変質。蛇は地母神の象徴だが、心理学では恐怖や性の暗示だ。そして、生贄を拘束する鎖にも似たライダーの武器。マスターからのSOSが反映されているのかと思わざるをえない。

 

 あの廊下だって、眼帯を外して突進すればよかったのだ。きっと、彼女は『姉』に手を上げられないのだろう。女神アテナに妹を元に戻すように嘆願し、だが、同じ魔物にされてしまった二人の姉がいるから。

 

 ゴルゴンの三姉妹は、魔物としても受身の存在だった。ガイアが生んだテュホーンのように、神々の下へ乗り込み、散々に暴れたわけではない。『討伐』に来る連中を退け続けただけだ。勇者とやらも、来なければ石にされなかったろうに。

 

 それが、従順というか主体性に乏しい為人となっているのか。あるいは、真のマスターが人質になっているのかもしれない。他人に危害を加える者は、真っ先に家族の中の弱者に矛先を向ける。すでに、手を上げた過去があるようだし、魔術など使えなくても、人を痛めつける方法は無限にある。

 

 しかも、五百年も生きているという老魔術師がいるという。クローン体を作成し、脳移植を繰りかえすというのは、子供向けの立体TVアニメの悪役の手法だ。

 

 しかし、人間の脳の耐用年数は百年程度である。その五倍も長持ちさせるのは、どういう仕組みか。まともな手段ではないだろう。桜だけではない、間桐慎二とその父も、恐らく犠牲者だ。

 

 ライダーを排除して、戦争から一抜けさせるか。彼女も引き入れて、あの兄妹を信のおける人に託すか。難しいところだよなあと溜息が出てしまう。

 

 しかし、気を取り直したヤンは、今まで心話を遮断していたマスターに語りかけた。

 

『とにかく、問題は切り分けて考えよう。

 士郎君の家族の問題は士郎君が担うべきだ。

 君は、君の家族の問題に注力したほうがいい』

 

『わたしの家族……』

 

『そう、君の大事な妹さんがいる』

 

『遠坂と間桐は不干渉なのよ!』

 

 ふと、凛の脳裏に微苦笑の気配が漂った。

 

『養女に行ったからといって、実親との関係は変わらないよ。

 姉妹の関係も同様だ。そんな法的根拠のない悪習なんて従わなくてよろしい。

 そもそも、そいつを主張しているのは誰なのかい?』

 

『……間桐臓硯よ』

 

『おやおや、やはり五百年も前の人間だね。現代法に乗り切れていないようだ。

 いいかい、凛。養子縁組は家じゃなくて、子どもの福祉のためにあるのさ』

 

『え……?』

 

『こいつは、現代も千六百年先も変わっていない基本だ。

 正義の基準は、時に応じて変動するものが多い。

 七十年前は、養子は家の存続のためだったが、現在はそうはいかない。

 すべては桜君の意志でどうにでもなるんだよ』

 

『桜の意志で?』

 

『昨夜言っただろう。やろうと思えば養子離縁ができるって。

 かなり面倒ではあるが、十五歳以上であれば自分でできるんだ』

 

『本当にできるの……?』

 

『本当だとも。もう、君たちは五つ六つの子どもじゃない。

 権利が侵されたのなら、正当な方法を以って対抗できる』

 

『そんなまともな方法、あの化け物には効かないのよ!』

 

 アーチャーに思念を叩きつけて我に返ると、いつのまに坂を登ったのか、自宅の前に立っていた。

 

『凛、ポストを確認してみてくれないか?』

 

『わかってるわよ』

 

 どうせ、夕刊に広告、ダイレクトメールや請求書の類いだろう。そう思っていたが、一通だけ見慣れた文字の封筒が混じっていた。アーチャーに促されて、凛が記入した返信用の封筒。慌てて裏返すが、差出人の名前はない。

 

「嘘、手紙が来てる」

 

『なるほど、彼女は約束を守る人物のようだね。

 化け物魔術師には、強大な魔術師の力を借りてみないかい?

 おとぎばなしにも真実の一端が含まれるのさ』


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