Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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43:英雄たちの饗宴

 どこで手に入れたのか、グレーのセーターにジーンズ姿のランサーが仁王立ちしていた。アーチャーは一向に構わず頭を下げた。

 

「あ、こんばんは。随分早いお越しで」

 

「この野郎……」

 

 様子をうかがっていたのだが、聞き捨てならない内容に姿を現わさざるを得なかった。戦士のセイバーにも気付かせぬようにしていたのに、この呑気者のせいで……。調子が狂って仕方がない。

 

「ですが、あなたの令名は私の時代まで届いていますよ。

 私の国の第三艦隊の旗艦の名がそうでした」

 

「てめえはケルトの者には見えねえが」

 

「混血国家なものでしてね。色々な神話の英雄の名を使っていたんですよ」

 

 他の面々が目を白黒させている内に、近付いてくる黒塗りのリムジン。

 

「え、えーとイリヤ君、バスに乗るんじゃなかったのかい?」

 

「セラが調べたら、帰りのバス9時になくなっちゃうの。

 だからよ。ねえ、ランサーも乗って下さらない?

 お店の場所、ご存知ないでしょ」

 

 これを脅迫という。この少女が連れているのは、正真正銘のヘラクレスだ。知名度で圧倒的であり、その偉業は彼を星座にした。ヤンの世界でも、恐れ多くてヘラクレスという船名は付けないほどだ。

 

「まあまあ、大丈夫ですよ。この車内ではバーサーカーを出すわけにはいきませんし」

 

 セイバーの剣も振るえない。ランサーの槍も。可能そうなのはアーチャーの宝具だ。イリヤなりの考えだが、なかなか辛辣でえげつない。明らかに外部教師の影響だ。

 

「ちくしょう、また教会と同じじゃねぇか!」

 

「でも、ご馳走は本当ですよ」

 

「くっそ……」

 

 ランサーは発達した犬歯を剥き出しにして渋面を作ったが、乗らないわけにはいかなかった。このメンバーで、ランサーが夕食の誘いを断れるのは、バーサーカーしかいないだろうが、物言えぬ巨人が招待することはない。夕食をすっぽかした瞬間に、ステータス下降が発生し、強者と全力の戦闘を楽しむどころではなくなってしまう。

 

 リムジンの広い車内も、これだけの人数が乗り込むと圧迫感がある。まして、精悍な美丈夫が険相を作っているとなるとなおさらだ。

 

「ああ、一応自己紹介しておきましょう。

 私はヤン・ウェンリーと申します。ご存知だとは思えませんが」

 

 平然と真名をばらすアーチャーに、凛を含んだ驚愕の視線が集中する。

 

「これで公平でしょう。私も、憧れの英雄にお会いできて光栄です。

 短い間になるかもしれませんが、まあよろしく」

 

 毒気を抜かれたランサーが、溜息交じりに腕と足を組んだ。嫌味なほどに長い脚で、対面に座っていたアーチャーの膝を軽く蹴る。

 

「あいた!」

 

「あいたじゃねえよ。おい、アーチャーのマスターよ。

 こいつは何を考えてやがる!」

 

 翡翠の銛がガーネットに撃ち込まれた。

 

「それがわかれば苦労はしないわよ! あなたが聞いたらいいじゃない!」

 

 真っ赤なあくまの咆哮だった。ランサーは首を竦め、アーチャーの襟元を掴んで引き寄せると、ぼそぼそと呟いた。

 

「……おい、てめえのマスターに、なんで俺が怒られなきゃならねえんだよ」

 

「いやまあ、ちょっとね。お気になさらず。

 私のマスターは、調べ物のせいで、気が立っているだけですよ」

 

「真名をバラしたのはいいのかよ?」

 

「言ったところでわからないでしょう。だったら隠しても意味がありませんしね」

 

 聖杯からの知識には、該当者はいない。そもそも、東洋人は召喚できないはずだった。ランサーが首を捻る間にも、リムジンは夜の街を滑らかに走行し、新都へと進む。目的地はショッピングモールのビュッフェレストランだ。ホテルの駐車場にリムジンを預け、道路を横断する。

 

 士郎と美女たちの一行に、青年二人が加わり、男女比は三対五(バーサーカーを除く)。多少は目立たなくなるかと思いきや、とんでもない話だった。

 

 セーターにジーンズのありふれた服装も、長身痩躯に白皙の美青年が着ると逆に容貌を引き立てる。隣にいる青年は一見目立たないが、よく見るとなかなか整った、知的で温和な顔立ちだ。身長は士郎とランサーの中間だが、平均よりは高く、上品な服装で良家の子息に見える。

 

 同性がいればいたで、肩身が狭い!? これは誤算だった……。どうか、知り合いに出合いませんように! 

 

 士郎は何者かに祈り、エレベーターへ向かう。最上階までの沈黙。夜を登っていく光景に、イリヤは目を真ん丸にして見入った。

 

「すごーい、どんどん高くなってくわ!」

 

 ガーネットとエメラルドも同様だった。

 

「こりゃすげえ。絶景だな」

 

「まさしく……」

 

 黒曜石はにこにこと見守っている。士郎は不審に思った。かなり近い時代の英雄だと思ったけれど、エレベーターがある時代に、一千万人を殺した英雄なんているんだろうか。第二次世界大戦にはエレベーターはある。だが、民間人に被害を出さないなんてことが可能かどうか。思案する士郎だが、足は自然に動き、レストランの前に。

 

「ここだぞ」

 

 予約者である凛が、係員にそれを告げ、一行は席へと案内される。週末の夕食時で、店内は賑わっていた。他の客は、それぞれ食事と会話に集中し、この派手な面々に注意を向けるものはいない。

 

「じゃあ、みんなが揃ったところで、ここ、二時間食べ放題よ。

 たくさん食べてね。あと、お酒を飲むなら別に頼むけれど、

 柳井さんとランサーさんはどうします? あと、運転手さんはダメよ」

 

 見事に猫を着こみ、非のうちどころのない笑顔の凛に、全員が及び腰になった。

 

「じゃあ、僕と彼はお願いします。ビール生二つで」

 

 凛の猫かぶりには慣れているアーチャーがおずおずと手を挙げた。手慣れた注文内容が、士郎の眉間に皺を与えたが。

 

「わたくしたちは結構です」

 

 セイバーの視線が凛と士郎を行き来するが、外見でアウト。

 

「ドリンクが来る間に、好きな物を取ってきてください。

 おかわりは自由だけど、残すのはだめだから」

 

 凛の注意に、真剣な表情でうなずく剣と槍の騎士。さきほどから嗅覚を刺激する香りが立ち込めている。その発生源の前に立った彼らの前に現れたのは――。

 

「な、なんと、美しい……。

 あ、アヴァロン……アヴァロンがここにある……!」

 

「すげえ……! テイル・ナ・ノーグの食い物も、きっとここまでじゃねえぞ!」

 

 色とりどりの食べ物だった。そんなに高価な店ではないが、彼らにとっては山海の美味。それが、調理法の粋を凝らして並んでいる。生に、煮る焼く揚げる蒸す、そして冷やす。生前ではありえぬ食卓である。

 

「な、なあ、ほんとにこれ食っちまっていいのかよ」

 

「いいんですよ、お腹一杯どうぞ」

 

 弓の騎士は微笑んでそう答えた。

 

「お、おまえ……。いい奴だったんだな……」

 

 犬を食わされるのかと覚悟していたランサーには、予想外の饗応だった。

 

「いやあ、私はあなたがたとの会話が楽しみで来たようなものです。

 そんなひどいことしませんよ。脅かしてすみませんでしたね」

 

「なるほど、おまえも俺と同じ口だな」

 

 料理を端から皿に載せるランサーとセイバーの隣で、アーチャーはフィッシュフライとポテトを皿に載せた。次にスペイン風オムレツと、アイリッシュシチュー。好みというのは死後も変わらないようだ。

 

「ええ、そうなりますかね。まだ話していない相手もいますが、

 あなたと話せるなら、最期になるのもそう悪くはないなと」

 

 そう言って席に戻ったアーチャーを、ランサーは追った。

 

「覚悟はしてるってわけか」

 

「まあそりゃそうですよ。私は軍人ですが、身一つで戦ったことなんてありませんし」

 

「だろうな」

 

 コートを脱いだアーチャーは、シャツとカーディガン姿だったが、ランサーに比べていかにも筋肉が薄い。

 

「それに聖杯戦争は、システム的にあなたの望む戦いは不可能でしょうしねえ」

 

「なんだと!?」

 

 立ち上がりかけたランサーに、ヤンはジョッキを掲げた。

 

「まあ、まずは乾杯しましょう。ここは共通の友に敬意を表して」

 

 人類の友、酒のことである。ランサーは腰を落とし、しぶしぶジョッキを掲げた。

 

「仕方ねえ。乾杯だ」

 

 ジョッキの触れあう音。他の面々は、目を皿のようにしてアーチャーとランサーを見ていた。二人の青年が、ジョッキを傾ける。

 

「うめぇな、こりゃ! 飲んだことのない酒だが」

 

「あ、まだビールはなかったかな。ワインの方がいいですか?」

 

「そいつは前に飲んでるからな」

 

「あなたが飲んでいた物とは、随分違うと思いますよ。

 水で割らないし、味も付けないので、別物に近いでしょう」

 

「お、そうなのか? じゃあ、どうせなら色々飲み比べてみるか」

 

 普通の飲ん兵衛の会話だった。時々物騒な内容が混じるが、周囲のほどよい喧騒に隠れて、目を向けるものはいない。

 

「それもいいですね。どうせ飲み放題ですから」

 

 士郎はアーチャーのマスターに向き直り、ぼそぼそと呟いた。

 

「なあ、遠坂。サーヴァントって酔うのか?」

 

 微かにトラウマを刺激されつつ、答えたのはセイバーだ。

 

「一応酔います」

 

「そうみたいよ。紅茶にブランデー入れると喜ぶし」

 

 ランサーは皿の料理にも手を伸ばし、美味に感嘆した。

 

「すげえな。いい時代だよな、今は」

 

「ですよね。何が悲しくて、幽霊を召喚し、魔術師同士が命を賭けるんでしょうね」

 

「そりゃあれだ、命を賭けるなんて言っても、自分が死ぬとは思わねえんだろ。

 魔術師ってのは、基本的に死ににくいからな」

 

 十八のルーンの使い手で、腹を裂かれてなお奮戦したクー・フーリンだけに、大変な説得力があった。

 

「ははあ……なるほどねえ」

 

「今度は俺の問いに答えてもらおうか。さっきの俺の望む戦いは不可能ってやつをだ」

 

 アーチャーは、ジョッキを乾して首を傾げた。

 

「ああ、それね。

 純粋に技量の勝負をするなら、槍の名手同士で戦う必要がありませんか?

 でも、ランサーは一人しか呼べないでしょう」

 

「ん? ……お、おおぉ!?」

 

 その叫びに、店員が寄ってきた。すかさず、アーチャーが赤ワインとウィスキーソーダを頼む。非常にシンプルな指摘に、ランサーが髪をかきむしりながら、ぶつぶつと呟いた。

 

「いやいや、待てよ。

 ほかの二騎士に、騎兵、狂戦士、魔術師に暗殺者、そいつらは!」

 

「剣と槍のリーチ差を考えて下さいよ。接近戦では槍の方が圧倒的に有利です。

 あなたに匹敵するなんて、途轍もない剣の技量が必要でしょう」

 

 フォークの手を止め、眼差しを厳しくしたセイバーを小さく手で制すると、アーチャーは続けた。

 

「そういうサーヴァントを、運よく召喚できるか。

 こちらのセイバーがたまたまそうですけどね。それは運にすぎませんよ。

 無理なら宝具合戦になって、結局技量とは無縁になると思いますが」

 

 ウェイトレスが近付いて飲み物を置いた。彼女が遠ざかるまでの間を繋ぐため、ランサーは反論に開こうとした口で赤ワインを呷り、予想外の味に渋い顔になった。

 

「なんだこりゃ? 確かに別物だな。で、てめえはどうなんだ、弓兵」

 

 黒い目が、恨めしげにランサーを一瞥した。矢避けの加護持つ英雄が、それを言うのはずるい。

 

「飛び道具では、あなたの相手にならないでしょうに。

 懐に入るまでに、敵を斃さなくちゃいけないのに、あなたに矢は通用しない。

 あなたが一方的に有利でしょう。互角の勝負になりえませんよ」

 

 当てこすりに押し黙るランサーをよそに、ヤンはフィッシュフライをウィスキーソーダで流し込んだ。さすが、一流シェフを輩出する日系イースタンのルーツだ。衣はサクサク、具はホクホクでとても美味しい。これが大量生産なのだから恐れ入る。満足の息を吐くと、深紅の瞳に促されて、残るクラスを挙げていく。

 

「騎乗兵は宝具によりますが、機動力勝負の相手だ。

 あなただって、戦車の戦いをしてたでしょう。

 相手の白兵戦に付き合いましたか?」

 

「いいや。そういやそうだったぜ」

 

 ランサーは頬杖をつき、溜息も吐いた。彼の御者も馬も、王と称されたほどの傑物で、槍一つで立ち塞がる敵などいなかった。

 

「俺も、騎乗兵相手には宝具を使うな」

 

「そして、相手も宝具が豊富だ。技量より宝具の競い合いでしょう。

 狂戦士は言わずもがなです。もともと弱い英霊を強化するクラスだ。

 普通ならあなたには敵わない。

 イリヤ君のバーサーカーが破格なのは、これまた運です。

 こういうのは、一般論で考えないといけませんよ」

 

 ランサーの秀でた額に、渓谷と青い川が生まれた。

 

「じゃあ一般論ついでに、残りも言ってみろ」

 

「はあ、では」

 

 ヤンは黒髪をかきまわしてから続けた。弱いとされるクラスは魔術師と暗殺者。ともに、槍兵の射程に入れば敗北だから、当初から白兵戦は選択しない。

 

 魔術師は陣地作成を活用し、篭城戦を行う。阻止すれば槍兵が圧倒的に優位。しかし、阻止できなければ、ランサーの対魔力を超える攻撃ができる魔術師には、ワンサイドゲームを決められる。

 

 暗殺者はマスターを狙うためのクラス。彼らはいかに隙を狙うかに尽きる。他の陣営が対決しているさなかに、介入するのが最適解だ。サーヴァントとの正面対決はアサシンにとって失敗。一方、成功したときは武器を交える必要はない。マスターの死亡により、ランサーは消滅の瀬戸際に立たされるからだ。

 

 ランサーはむっつりとワインを口に運んだ。とんでもなく渋い酒だった。アーチャーのマスター以外の全員は、英霊による戦術解説を聞いて呆気に取られた。

 

「ま、これは私なりの解釈ですし、宝具も英霊の実力のうちというのも事実ですよね。

 でも、あなたの宝具はいささか反則じゃありませんか?

 伝承の限りですけれど」

 

「おいこら、バーサーカーもセイバーも相当なもんだぜ」

 

「そりゃ仕方がありませんよ。

 アインツベルンは、なりふり構わず勝ちに来てるんですからね。

 主催者の一人として、ありとあらゆる抜け道を駆使してるでしょう。

 そんな家が前回と今回で選んだ英雄ですよ」

 

「ほう、セイバーがか」

 

 ランサーは、金沙の髪にエメラルドの瞳をした、小柄な美少女に目をやった。その瞳は油断なくランサーを凝視し、緊張感を失っていない。フォークの手も止まっていなかったが。

 

「……なんかの間違いじゃねえのか。

 女戦士ってのは、そんなに小柄じゃなれねえよ」

 

「あなたの槍と、剣で互角の戦いができるのに?

 彼女はあなたより三十センチは背が低く、剣だって槍の半分もありませんよ」

 

 令呪の縛りで本気が出せないとは言えないランサーは、また赤ワインを啜った。その味で、ごく自然に渋面を作ることができた。

 

「あれは、てめえが邪魔したせいじゃねえか!」

 

「でも、最大の戦力を準備するのは、戦いとして間違いではない。違いますか?」

 

 青年らの談話に、残る者は耳をそばだてていた。ランサーは高い鼻を鳴らした。

 

「そいつは言えてる。

 だが、おまえの言い分では、間違いがあるみたいじゃねえか」

 

「ええ、魔術儀式としては失敗でしょう」

 

 黒と赤の視線がかちあう。

 

「違いねえ。こんな奴が来ちまうとはな」

 

「あなただって、それでも承知で楽しみに来たんでしょう。

 大いに誤算がおありでしょうがね。私もですよ」

 

 ランサーは渋くて強いワインを呷った。ようやく飲み干せたが、悪酔いしてきそうだ。

 

「この酒はもういらね。渋くて不味いぜ」

 

「甘いほうがお好みですか? この辺がそうですよ」

 

 アーチャーは、メニューを指し示した。

 

「おまえ、詳しいな……」

 

「あとは、郷に入ればに則って、日本酒なんかどうですか」

 

「適当に頼んどいてくれや。俺もオカワリってやつをしてくるわ」

 

 ランサーはいつの間にか、皿の上を空にしていた。セイバーを除く面々は、慌てて料理を口に運び始める。

 

「まだ時間は大丈夫かい?」

 

「え、ええ平気よ」

 

 アーチャーはカシスソーダと、日本酒の二合瓶とぐい呑みを二つ頼んだ。凛は怪訝な表情になった。

 

「あんた、日本酒飲めるの?」

 

「私はこっちの友人はえり好みしないよ。紅茶には合わないけどね」

 

 千六百年後にも日本酒があるということに、感動していいのだろうか。五十年一万光年の逃亡でも友情が絶えなかったということだから、酒飲みとはすごいものだ……。

 

そう思っていたら、ランサーが戻ってくるまでの間に、酒にまつわる歴史論が開陳された。面白くもあり、少々おっかないものもあり、セラが咳払いして止めるような内容も含まれていたが。

 

「歴史のお話としては興味深いものがありますが、

食事の話題としてはいかがなものでしょうか」

 

 色とりどりの頭が一斉に頷き、黒髪の青年は苦笑した。

 

「ああ、こりゃ失礼。

 ワインとビールは古くからありますが、当時の品種や技術では、

 さっきの赤ワインほど強い酒にならないと思います。

 このカクテルなら、ランサーも好きじゃないかと思うんですよ」

 

「で、カシスソーダって……」

 

「外見と味が一番近いんじゃないかと思うんだ。

 ワインは貴重品だから、昔は水で割り、蜂蜜などで調味していたんだよ」

 

 甘い酒は洋の東西を問わず、古来より珍重されている。

 

「この味なら、ランサーも好きじゃないかと思うんだ」

 

「あんた、本気でランサーをもてなす気だったのね……」

 

「彼は尊敬すべき救国の英雄だよ。だから、第三艦隊の旗艦の名になったんだ。

 あれはスマートで美しい艦だった。名は体を表すんだねえ」

 

「誉めてもらったのになんだが……だった?」

 

 皿に料理を満載にして戻ってきたランサーが、口の端を引き攣らせた。

 

「あの、まあ、そういうことです……」

 

 ランサーはぴしゃりと目元を覆った。

 

「おいおい、人の名前付けといて、そりゃねえだろ……」

 

「はあ、私たちも好きで負けたわけじゃないんで、勘弁して下さいよ」

 

 ランサーは皿を置くと、音を立てて座り込んだ。

 

「じゃあ、おまえは本来はライダーってことか」

 

「多分。あるいはキャスター扱いされるかも知れないですが」

 

「それでそんなに弱いわけか」

 

 魔力と幸運以外、軒並み最低水準。ステータスはキャスターに近い。

 

「さっきも言いましたが、攻撃は艦の武器がやるものです。

 私自身が射撃したり、爆弾を投げるわけではありません」

 

 ランサーは、美しい青い髪をかき回した。

 

「おい、俺にも都合があるんだ。戦ってもらうぞ」

 

「ええと、それ方法に指定があります?」

 

「なんだと?」

 

 アーチャーは、運ばれて来たカシスソーダとぐい呑みをランサーの前に置いた。

 

「あなたと肉弾戦は絶対に無理ですよ」

 

「は、ランサーと肉弾戦ができる弓兵なんざいるはずねえ。

 構わねえぜ、宝具を出しな」

 

 黒い眉が寄せられた。

 

「では、ランサー主従は停戦に不参加ということでいいですか?

 私はキャスターと会談して、停戦に合意を貰いました。

 現時点で過半数の合意は得られてます。

 私を斃しても、過半数は四のままですが、それでも?」

 

 ランサーは舌打ちした。危惧したとおりだ。あの女狐は、三家同盟に付いたということだ。アーチャーが持ちだした過半数ルールによるなら、七騎ならば四対三で過半数だが、六騎だと四対二となる。遊軍しているランサーが、取りまとめるのは不可能と言っていい。

 

「それはそれだ。てめぇは俺と話して願いを叶えたんだろうが。

 なら、次は俺の願いに協力する番じゃねえか。そいつが公平ってもんだろ」

 

「うーん、こいつは一本取られましたね。

 でも、とりあえず、時間まで飲みましょうよ。さ、どうぞ」

 

 ランサーのぐい呑みに透明な液体が注がれる。続いて、自分のものにも注ぎ、ヤンは穏やかに微笑んだ。

 

「この国の酒です。その皿にのっている、ピラフと同じ米が材料ですよ」

 

 偽名のとおりの柳に風といった塩梅で、アーチャーは酒杯を乾した。眉間に縦皺を寄せたランサーも続く。

 

「不思議な味だな。甘くて辛い。こいつも好みじゃねえな」

 

「ああ、やはりビールぐらいの度数がいいのかな。

 紫の方はビールと同じくらいですよ。そいつは甘口です」

 

 ランサーは口をつけ、表情を緩めた。

 

「こりゃ、すげえ美酒だ」

 

「お口にあったなら幸いですね」

 

 ランサーがカシスソーダを飲む間に、アーチャーは日本酒の杯を重ねながら、ランサーの武勇伝に、頷き顔を輝かせて感嘆している。双方の酒盃が空になり、次なるは琥珀色の液体。

 

「これは新しい種類の酒です。

 お隣のスコットランド発祥のウィスキー。語源はウィスケ・ベサ」

 

「ほう、命の水か」

 

 二人が手にしたのはロックウィスキー。ヤンが注意しようと口を開きかけた時に、勢いよく呷ったランサーが咳き込む。そして白皙を紅潮させた。

 

「なんだ、こりゃ! 水の姿をした火か!?」

 

「あ……すみません。今言おうと思ってたんですが、強いですよ、それ」

 

「先に言っとけよ!」

 

 ヤンは軽く頭を下げて、謝意を示した。別に酔い潰すつもりではないが、クー・フーリンが生きたのは、強い酒のない時代だったことをつい失念してしまう。

 

「それにしても不思議だなあ。毒は効かないのに、酒には酔う。

 考えてみれば、酒は洋の東西を問わずに神への捧げ物で、

 我々は、神よりも下っ端とはいえ概念の産物。当然といえば当然かな……」

 

 傾げられる黒髪に、掻き毟られる蒼い髪。

 

「すっとぼけた顔で、小難しいこと考える奴だな……おまえはよ」

 

 ヤンは、ランサーの前にドリンクメニューを押しやった。

 

「あの、当時はどんな酒を飲んでたんです?」

 

「こんなもん見せられても、さっぱりわからん。上からおまえが説明しろよ」

 

「じゃあ……」

 

 男性サーヴァント二人が、和気藹々と酒談義をする中で、酒屋でバイトしている士郎は気がついた。このアーチャー、すごい酒豪だ。手を止めることなく、ちゃんぽんで飲んでるのに顔色が全く変わっていない。

 

「そういえば士郎君、君のバイト先はお酒屋さんだったよね。

 カクテルは知ってるかい? 私はちょっとしか知らないんだよ」 

 

「あ、ああ、俺もあんま詳しくないけど……」

 

 アーチャーに水を向けられて、士郎も会話に加わる。話題は酒から料理に移り、その頃には凛やアインツベルンのメイドという作る側、イリヤとセイバーという食べる側にも輪が広がった。

 

「へぇ、遠坂は中華が得意なんだ。じゃあ今度教えてくれよ。

 なんか、コレじゃないって物になっちまうんだよなあ」

 

「あら、シロウのもおいしかったわよ。あれはあれでユニークな味だったわ。

 カニとシイタケとタケノコ? のオムレツ」

 

「ええ、チャーハンもおいしかった。しっとりしていて」

 

 賞賛の声に、逆に士郎は赤くなった。中華料理の理想形からは程遠いからだ。

 

「聖杯戦争が終わってからね。

 でも士郎、あなたの家のガスコンロじゃ、その人数分作るのは難しいわよ。

 火力が命なんだから」

 

「遠坂んちはどうなのさ」

 

 凛は左手を軽く持ち上げた。

 

「ず、ずるいぞ」

 

「あんたね、火力の増加は基礎の基礎よ。これじゃ先が思いやられるわ」

 

 ランサーは腕を組んで椅子に凭れかかった。嘆息しながら首を振る。

 

「嬢ちゃんはサーヴァントが、セイバーはマスターがへっぽこなわけか。

 ままならねえな。いっそ逆なら、俺も存分にセイバーと手合わせできたのによ」

 

 セイバーの金色の両眉が上がった。白銀の少女も頷く。

 

「ランサーよ、マスターを愚弄すると許しません」

 

「そうよ、ランサー。ひどいこと言わないで。

 アーチャーをシロウが使役したら、ミイラになっちゃうもの」

 

「こいつが?」

 

 イリヤの使役するバーサーカーのように、力に満ちているわけでもなく、至って普通の青年である。黒い目がきょとんとランサーを見返す。

 

「はあ。自分じゃわかりませんが。

 ところで、今日の一戦が終わったら、手伝っていただきたいことがあります。

 ライダーのマスターと交渉する為に、あなたの同席をお願いしたいんです」

 

 ランサーは器用に右の眉を上げた。

 

「は、おまえが俺に勝つってか?」

 

「いえ、私の生死に関わらずですよ。

 こいつは、アーチャーのマスターとしてではなく、管理者としての依頼です。凛」

 

 従者の声に、凛は我に返った。まさか、戦いを了承するだなんて思ってもみなかったのに。

 

「え、ええ。ライダー主従は、新都では吸血事件を起こし、

 学校には悪質な結界を張っているわ。

 魔術は秘匿し、一般人を巻き込まないという原則から外れてる。

 アーチャーとわたしが制裁を加えて、マスターの反応を待っているところよ。

 このまま悔い改めないなら討伐する。

 もし、事件を起こしている彼女を見つけたら、ぶっちめてやってほしいの」

 

「事件を起こしてない時はどうすんだ、管理者の嬢ちゃん」

 

 翡翠色のアーモンドアイが、長身のランサーを魅力的な角度で見上げた。

 

「それはあなた次第よ、ランサー。

 でもあなた、偵察している時に実体化する?」

 

「なるほど、悪事の前触れだな。だが、なぜ俺に頼む?」

 

「約束してくれるなら、ライダーの真名を教えるけど」

 

 凛の交渉に、ランサーは粋に肩を竦める。

 

「考えたな。あんたはいい女だが、悪い女にもなりそうだぜ。

 魔女ってのはそういうもんだが。いいぜ、約束するから言ってみな」

 

「これはアーチャーの推測よ。でもキャスターのヒントつき。

 確率は高いと思うわ。ライダーの真名は多分メドゥーサ」

 

「ほう、そうきたか……」

 

 ランサーは体重を椅子の背に預け、足を組み直した。

 

「天馬の乗り手だな」

 

「ええ。宝具を出されると、我々の通常の攻撃が届かないんですよ。

 私たちの宝具や魔術は、彼女が悪さをしている街中での使用には適していない。

 ですが、おそらくあなたなら」

 

 つくづく厄介な相手だとランサーは内心で舌打ちした。このヤンと名乗った男は、ランサーの宝具を知っている。名前だけではなく、その性質まで。聖杯に問いかけても正体不明。何者だ?

 

 ランサーは鼻を鳴らすと、目の前の美酒と美食を味わうことにした。アーチャーは幸せそうに酒盃を重ね、ときおり料理をつまんでいる。士郎は、テーブルの下で両拳を握ると、黒髪のサーヴァントに問い掛けた。

 

「なあ、アーチャー、ホントに戦う気なのか?」

 

「まあ仕方がないね。それが我々の役割なんだし。

 今回は加勢はいらないよ。次があるとはちょっと思えないが……」

 

 見開かれる色とりどりの宝石たち。

 

「なんだい、みんな。そんな顔することはないだろう」

 

「だって、だって、あんた……」

 

 戦闘に関するステータスは底辺を這ってるし、宝具のランクと威力も低い。そんな凛に、アーチャーは微笑んだ。

 

「大丈夫、私も簡単には負けないよ。ただ、マスターにお願いがある。

 宝具の使用を、令呪で命じてほしい。これはいいですよね、ランサー」

 

 口が満杯のランサーは、右手を挙げて賛意を示した。

 

「じゃあ、食事が終わったら場所を移しましょうか。

 さて、あと十分はあるから、みんなデザートでも食べたらどうだい?

 私にもブランデーを一杯」


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