Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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60:ひとりの重み

「はあっ!?」 

 

 士郎とイリヤの口から、素っ頓狂な声が上がった。

 

「そういう約束だった! 聖杯を得ることを対価に、私は世界と契約したのだから!」

 

「世界と契約?」

 

 なんじゃそりゃ? 士郎の胸中に萌した疑問であり、感想だが、口にはしなかった。というよりもできなかった。堰を切ったように、セイバーの言葉が続いたからだ。

 

「そうです。聖杯を手に入れ、王の選定のやり直しを願う。

 ふさわしき王が生まれ、私は消え、世界の守護者の一人になる!

 それが契約だったのだから!」

 

 激情を吐き出して、セイバーは息を荒らげる。士郎とイリヤはしばし見つめ合い、縁を赤らめた緑の瞳へと向き直った。そしてふたりして口を開き、異口同音にセイバーに告げる。

 

「ものすっごく怪しい……。セイバー、それ、絶対に騙されてると思う」

 

「そうよ。ここで聖杯に願ったことがかなったかどうか、

 どうやって確かめるの、セイバー?」

 

「わかるはずです! 選定の剣を抜くのは、私ではなくなるのだから」

 

 士郎は赤毛を掻きむしり、姉貴分そっくりの唸りを上げた。

 

「うがーっ! でも、()のセイバーはどうなのさ!?

 ここでセイバーの時代が変わったのか、ちゃんとわかるのか?」

 

「……あ」

 

 願望機が発動し、願いが叶えば、アルトリア・ペンドラゴンは王ではなくなる。アーサー王として召喚されたセイバーは、矛盾した存在となり、世界に修正されて消滅するかもしれない。本体が記録を知ることが叶うかどうかもわからない。聖杯入手を認識できるだろうか?

 

 そして、歴史が上書きされるのではなく、新たな並行世界として分岐するのならば、

セイバーや士郎の世界からは観測できないのだ。これはアーチャーの説だが。それどころか、ここがセイバーが望みを叶えて、分岐した世界でないとも断言は不可能。

 

「考えてもいなかった……」

 

 呆然とするセイバーに、偽りの女主人はとんでもないことを言い出した。

 

「タイガのうちのテレビでみたわ。

 借金のカタに、オイランにされちゃうのとそっくりよ。

 ネンキボウコウでは、ぜったいに返せないようになってるの」

 

「……雷画じい、イリヤになに見せてんだ」

 

 士郎は眉間に皺を寄せて毒づいた。だが、かなり的確な喩えのような気がする。

 

「でも、たしかにそんな感じがするぞ。

 全部の望みが叶うものが欲しいなら、全部を捧げろってことじゃないのか。

 セイバーの存在も、セイバーの人生も、家族や友達も、

 嬉しかったことも、悲しかったことも、みんな。

 みんな、違うアーサー王のものになっちまうんだぞ」

 

 魔術は等価交換。世界との契約も、似たようなものじゃないだろうか。しかも、これは奇蹟の前借りだ。とんでもない高利がつくように思えてならない。

 

「セイバーが頑張って、治めていた国の歴史だってそうだ。

 セイバーはそれでもいいのか?」

 

「私は国を滅ぼしました。あの時、選定の剣を抜いたのは誤りだった。

 もっとよき王が現れたかもしれないのに! 

 間違いは正さなければ……」

 

「俺は違うと思う……」

 

 一週間前の士郎なら、きっとセイバーに共鳴していただろう。自分と引き換えに、あの災害の犠牲者が全部助かるというのなら、と。

 

 でも、アーチャーと、みんなと触れ合ってわかった。それはとんでもない思い上がりではなかっただろうか。衛宮切嗣という、絶対のヒーローが助けてくれた自分の命を、あまりに高く見積もりすぎていたのかもしれない。

 

 士郎一人の価値が、亡くなった五百人以上と釣り合うことはない。でも、士郎が死んでいても同じだ。五百人がどんなに力を尽くしても、蘇らせることはできない。

 

 人間はみんなが唯一の存在。だから等しい価値を持ち、誰も引き替えにはならない。アーサー王の時代は、王様と庶民の価値は違う。でも命の数は、誰もが同じく一つだけ。セイバーはそれを失ってはいないという。彼女の本来の時間では。

 

「セイバーは生きてるんだろ。死んじまってないんだろ!

 だったら、だったらさ、できることがあるんじゃないか」

 

 真摯な色を瞳に浮かべた士郎に、俯いていたセイバーの頭がのろのろと上がった。

 

「……なにができるというのです。私の時間は、死の寸前で止まっているのに」

 

「俺の怪我を治してくれたの、きっとセイバーの触媒だ」

 

「私の鞘が、ここにはあると……?」

 

「鞘? そっか、エクスカリバーの鞘が触媒だったのか。

 そいつを探すんだ」

 

 セイバーに秘されていた前回の召喚の触媒は、モルガンに盗まれ、アーサー王の破滅の原因となった、不死と癒やしを与える鞘だったようだ。

 

「セイバーの剣は、刀身が一メートルぐらいはあるよな」

 

「シロウ、どうしてわかったのですか?」

 

「俺と稽古したときに、竹刀の長さや戦法に慣れてるみたいだったからさ。

 もっと長い両手剣とか、フェンシングのレイピアとは違うんだろ?」

 

 セイバーは目を瞠り、士郎の観察眼を見直した。

 

「たしかにそうですが、なぜ……」

 

「その大きさの鞘なら、遺言状よりもずっと見つけやすいぞ。

 多分、土蔵にあるんじゃないかと思うんだよな」

 

 セイバーが召喚されたのも、士郎の怪我が癒えたのも土蔵の中だった。

 

「片っ端から調べても、そんなに時間はかからない。

 この本を読む前に、ちょっと見てみないか?」

 

 士郎は本の小山の高さを目で測った。七冊で三十センチ弱。三人寄れば文殊の知恵とは言うけど、同じ三人なら土蔵をひっくり返すほうがまだ早い。一メートルを超えるような長物はそんなに多くないのだ。

 

「シロウのいうとおりかも……。さむくなるまえに見ちゃいましょ」

 

 イリヤもセイバーの袖を引く。セイバーは顔を覆った。

 

「ここで見つけても、どうにもなりはしない!」

 

 士郎は勢いよく首を振った。

 

「いい刀は鞘に入ってるって、雷画じいの好きな映画だけどさ。

 サーヴァントは概念の存在だってアーチャーも言ってたように、

 元の時代に持ち帰れるかもしれないだろ。

 怪我が治ったら、やり直せるかもしれないじゃないか!」

 

「そんなことが可能でしょうか……」

 

「わからない。失敗するかもしれない。

 でも、やらなかったら可能性はゼロなんだ」

 

 金の髪が、ゆっくりと上を向き、再び下を向いた。

 

****

 柳洞寺から遠坂邸へ、キャスター一行を案内してきたランサーが見たのは、資料が積まれたテーブルと電話を行き来しているアーチャーの姿だった。

 

「何やってんだ、あいつ」

 

「ほら、セイバーにカンニングを勧めたじゃない。

 でもね、自分ができるからといって、他の人もできるとは限らないわけ」

 

 特に、歴史は暗記科目だと思っていて、それもあまり得意ではない衛宮士郎には。電話口のアーチャーが言うように、複数の資料を読み比べ、疑問を洗い出すのは、大変な思考力を要求されるのではなかろうか。

 

 第三次、四次はそうやって推測したのだと、アーチャーは資料名を列挙する。だが、逆効果としか思えなかった。凛もランサーも、異次元の生物に遭遇した気分になった。

 

「……あの野郎はまた尋常じゃねえからな。正直、気味が悪いぐらいだぜ」

 

「それはわたしも同感だわ」

 

 凛とランサーのやりとりに、アサシンは銀の片眉を上げた。

 

「自らのサーヴァントを腐すのは、あまり品の良いものではないと思うがね」

 

 黒い柳眉が跳ね上がり、雪のような額に静脈のクレバスが発生する。

 

「こんな状況になって、黙っていられるもんですか!」

 

 遠坂邸の豪奢な客間の椅子は、久々に客人を乗せていた。凛の対面には、黒紫の魔女が。その右隣には、皮肉な笑みを浮かべた赤い外套のアサシン。さらに、テーブルの左側面の席に、長い足を組んだランサーが。

 

「サーヴァントが三人もいるのに、わたしを放って電話に出るなんて。

 まあ、アーチャーがここにいたって、

 あなたがたに襲われたらひとたまりもないけど……」

 

 フードの下の桜色が、ほのかな綻びを見せた。

 

「あら、妬いているのかしら? 可愛らしいこと」

 

「はぁ? 冗談じゃないわよ。

 外見こそああだけど、中身は食えないおっさんよ。

 言動なんて、完全に先生か父親だもの」

 

「それよ。夫を盗られるよりも、父を奪われるほうが耐え難いものですもの」

 

 メディアがコリントスの王と王女を殺したのは、自分ひとりだけのためではない。彼女を捨てようとした夫は、七人の子の父であったのだから。

 

「そういう意味で、アーチャーは狙われているわよ。あの銀の妖精に」

 

「ああ、あの子なら、最初からあいつをスカウトしたわよ」

 

 黒髪黒目で、父に少し似ている。賢くて、声がすてきで、お話が面白いと。

 

「あらあら」

 

「でも、パスポートの写真を見ると、そんなに似てないと思うけどね。

 あ、そうだった。キャスターのパスポートの写真も欲しいのよ。

 ちょっと着替えてくれる? お母様の服があるから。

 間桐の家にいくなら、着替えも準備しなくちゃね」

 

 凛は立ち上がると、キャスターを伴って母の部屋へと向かった。後に残されたのは、ランサーとアサシンだった。 

 

「おいおい、俺たちもほっぽり出したじゃねえか」

 

「ふむ、こうなると女性は長い」

 

「だろうな。これだけ色とりどりの衣が溢れてんだ。

 その中から選ぶのは難儀なこった」

 

 ランサーの生前、植物や羊毛から糸を紡ぎ、機を織り、布から一着の服を作るのは大変な作業だった。ケルト美女の条件には、裁縫上手が含まれるぐらいだ。なお、料理上手は含まれない。二千年を閲した現代も、その点は変わっていないそうな。

 

 アーチャーの話では、どうやら千六百年後も。……なんだか切ない話だ。

 

「それにしても、茶の一杯も出ねえし、茶菓子も置いてねえ。

 これなら、セイバーのマスターの家のほうがよかったぜ」

 

 アサシンは渋面になった。

 

「……それでは餌付けだ。君の死の遠因もそれだったように思うが、懲りないのかね?」

 

 苦労性の同僚にランサーは手を振った。

 

「そいつを知っているアーチャーが、卑怯な真似をしなかったからな。

 もっとも、嬢ちゃんやあの坊主が、犬をとっ捕まえて、

 殺して捌いて料理するとも思えんが」

 

「そういう問題ではない。そもそも、客がせびるのがさもしいのだよ」

 

「いいじゃねえか。セイバーはよく食うし、あいつは大酒飲みだ」

 

 ランサーが行儀悪く指した指の先、髪をかき回しながら電話で話しているのは、どう見ても大学生のアルバイト家庭教師だった。アサシンの端正で精悍な口元に、一ダースの苦虫が乱入した。

 

 遠坂凛も衛宮士郎も、ヤン・ウェンリーに何をやらせているのだ。彼が過去となった遥かな未来では、共和民主制の象徴、軍神や知神に近い尊崇を受ける存在なのに。

 

 銀灰色の視線の中、ヤンは受話器を置いた。黒髪をかき回し、肩も回しながら客間へと戻ってくる。

 

「やれやれ」

 

「どうしたよ」

 

「私の予想は大ハズレだったらしい。だから苦労しているようです。

 頼んだ本も借りてきてくれたそうだし、後で様子を見に行くとしますよ。

 なんだか喉が渇いてしまったな。あれ、凛は?」

 

「君のマスターならば、キャスターの服を見繕っているようだが」

 

 短い言葉だが、平静を取り繕うのに費やした努力は少なくないものだった。まさか、あの遠坂凛に茶を淹れさせる気なのか。その一点をもってしても、ヤン・ウェンリーは只者ではない。

 

「そうですか。お客さんにお茶も出さずに申し訳ない。

 すみませんが、私がやると、茶器までひどいことになると思うので」

 

「……茶器まで?」

 

「はあ。自慢にもなりませんが、私の淹れた紅茶はおいしくなくて」

 

 限界だ。宇宙規模の大英雄に、茶を淹れさせるわけにはいかない。アサシンは立ち上がった。鍛え抜かれた長身を、黒い瞳がきょとんと見上げる。

 

「私がやろう。申し訳ないが、厨房に案内していただけないかね」

 

*****

 

 残っている凛の母の服は、十年前のものだ。しかし、良家の夫人にふさわしい、流行に左右されない、上品で上質な服が揃っていた。幸い、母とキャスターは体格も近かった。どれもよく似合ったが、銀青の髪と菫の瞳に映える、水色のジャケットに白いカットソー、紺のスカートを選び、髪型も耳が隠れるように変えてもらう。

 

 いかにも家庭教師らしい、知的で清楚な美女が誕生した。他にも着替えを一式、スーツケースに詰めていく。

 

「住み込みが手ぶらでも変だし、一週間分ぐらいあればいいでしょう?

 お古で悪いけど」

 

「とんでもない。これは、貴女の母の形見でしょうに。

 お礼を申し上げるわ、アーチャーのマスター。……ありがとう」

 

「いいのよ。着てもらえたほうが、服も幸せだもの」

 

 そんな会話をしながら、スーツケースを転がして玄関に運ぶ。

 

「それにしても、あの蟲の棲家にメドゥーサね。少々、ぞっとしないわ」

 

 メディアもメドゥーサも共にギリシャ神話の人物だが、前者の方が年代は半世紀ほど後になる。メディアが物心ついた頃には、既に伝説の魔物であった。

 

 幼い頃、悪いことをすると、女神アテナの盾で石にされると叱られたものだ。大人になって知ったのは、真に悪辣なのは神々だということだったが、本能的な恐怖がなくはない。

 

「でも、あなたやランサーは桜にとって恩人よ。

 ライダーの願いを叶えたわけでもあるし、協力はしてくれると思うわ」

 

「だといいのだけれど」

 

 キャスターは肩を竦めた。そんな二人が客間に戻ると、思いもよらぬ光景が広がっていた。漂うのは紅茶の芳香。なんとも幸せそうな表情で、ティーカップを傾けるアーチャーと、鼻に皺を寄せて匂いを嗅ぎ、恐る恐る口をつけようとするランサー。見事な手さばきで給仕をしているのは、なんとアサシンである。

 

「……あんたたち、なにやってるの」

 

「ああ、凛、彼が淹れてくれたんだよ。

 お客さんにやらせるのは、本当は失礼だけどね」

 

 満面の笑みで答えるアーチャーに、凛は眩暈と頭痛を堪えながら、椅子に腰を落とした。

 

「アーチャー……」

 

 肘掛けに食い込む爪と、黒髪の間から覗く眼光と、地を這うような声にも、彼は平然としたものだった。

 

「だって、私が淹れるより百倍も上手だったんだ。

 素晴らしい腕前だよ。私の被保護者に負けないぐらい美味しい」

 

「それは光栄だな。さて、キャスターとアーチャーのマスター。

 諸君らもいかがかね」

 

 すいと差し出されたのは、凛のとっときのブルーオニオンのカップアンドソーサー。底に黄金を沈めた琥珀がたゆたい、立ち上るのは馥郁たるマスカットフレーバー。ダージリン・セカンドフラッシュティーの理想形がそこにあった。

 

 凛の視線は、琥珀の水面と褐色の面を行き来した。ええい、ままよ。魔術師最後の砦、魔術工房に他のサーヴァントを三人も招き入れ、今さら毒殺を疑うのも馬鹿馬鹿しい。

 

「……ありがとう。いただくわ」

 

 凛は姿勢を正すと、カップを取り上げた。薫りを堪能してから、口をつける。そして、味覚と嗅覚に最大級の祝福が訪れた。まろやかな甘味を引き立てる苦味。マスカットの香りが、更に濃厚に口から鼻に抜ける。

 

「お、おいしい……!」

 

「そうだろう?」

 

 悔しいが、凛が入れたものよりもおいしい。そのうえ、実に凛好みの味でもあった。紅茶好きのアーチャーが籠絡されるのも無理はない。キャスターも凛に倣い、気品ある所作で口をつけ、首を傾げた。

 

「これが今の飲み物? 私の時代の薬湯とあまり変わらないのね」

 

「実は、千六百年後もそれほど変わっていないんですよ」

 

「な、なに!?」

 

 アサシンは思わず目を剥いた。いままで、会話に加わらなかった彼は、アーチャーことヤン・ウェンリーが、ここまで自らの素性を明かしていると知らなかったのだ。しかし、誰の注意も引かなかった。千六百年後うんぬんというトンデモ発言に対して、むしろ当然の反応であったからだ。

 

「ああ、あなたには言っていなかったが、私は千六百年後の人間なんです。

 人間は宇宙に進出し、一万光年の範囲に活動を広げている。

 しかし、たかだか一万光年の範囲では、高等生命体は見つからなかったのでね」

 

 ランサーが投げやりに手を振った。

 

「さっぱりわからん。要するにどういうこった」

 

「つまり、私たちの時代でも、農作物や家畜は地球発祥のものだということです。

 食べ物や飲み物、服装だって現代とそんなには変わりません」

 

「そうだな。おまえの格好もそうだし、この前の晩飯や酒も知っていただろう。

 天の星から星へ、船で飛んでいるのに不思議なもんだ」

 

「別に不思議はありませんよ。

 人間が人間である以上、おいしいものや綺麗なものには目がない」

 

 ランサーはにやりと笑った。

 

「違いねえや」

 

「ええ、人間の大元は変わらないんです」 

 

 キャスターはカップを置くと、足を組み、椅子の背もたれに優美な肢体を預けた。

 

「そうね。人間の限界も変わらない。今でも人は老いや死から逃れられない」

 

 寺を本拠地にしていた彼女ならではの言葉だった。深い紫が漆黒に注がれた。時に菫に、時にトリカブトになる美しい瞳だった。

 

「貴方の時代もそうなのでしょう。

 アインツベルンの願いが叶えられると思って?

 セイバーの願いも同じ。聖杯の分を超えることよ。

 神を呼ぶことすらできぬのに、どうして時を変えられるかしら。

 大神ゼウスとて、父の時の神(クロノス)を殺すことはできなかったのに」

 

 アーチャーは空になったカップを、手の中で回した。

 

「死なない人間がいないように、滅びない国もまたありません。

 そりゃあ、当事者にとっては堪ったものではないし、紛れもない悲劇ですよ。

 しかし、歴史の中ではありふれた出来事なんです。

 国が滅んでも、また新たな国が生まれ、人間の歴史は続いていく」

 

「ずいぶんとあっさりしたものね」

 

 キャスターの言葉に彼は肩を竦めた。

 

「私は前者は書物で知っていました。

 後者については、身をもって体験しましたが、結論は変わりません。

 国が滅びても、そこで暮らす者すべてが死に絶えるわけではない。

 人が集まって国が生まれるのであって、国が人を生むのではないのだから。

 人がいる限り、また新たな国が生まれるのです。時には、滅びを苗床にして」

 

 もしもあの時、自分が同盟政府の陰謀のままに死んでいたら。国の形は残っていても、建国の理念を失った生ける屍でしかない。不自由惑星同盟とでもいうべきであり、それはヤンたちが守ろうとした国ではない。そんなことを考えながらの言葉だった。

 

 凛は、アーチャーの横顔を凝視した。よく見るとハンサムと言えなくもないけれど、線の細い平凡な顔を。彼を英雄たらしめるものは、その内側にあった。

 

 歴史を愛し、平和を希求し、人の可能性を信じる心と、一千万人を殺せる戦いの才能。その矛盾を抱えてなお、優しさと豊かな人間性を持ち続け、戦い抜いた激しさと厳しさだ。彼は、母国を深く愛していたのだろう。腐って生き長らえるなら、死んで新たな種の肥やしとなったほうがいいと思うほどに。

 

「セイバーに、自分の国を調べさせたのはそれでなの?」

 

 凛の問いに、アーチャーは悪戯がばれた子どもの表情になった。

 

「まあね。国が滅びるのは、誰か一人の責任ではないのさ。

 一人でどうにかできるのなら、そもそも滅びはしないわけだし。

 今の状況を知れば、少しは気が晴れるかと思って」

 

 ランサーことクー・フーリンは頷いた。

 

「なるほどな」

 

「その点、あなたは凄い。ただお独りで国を守り抜いたわけですから」

 

 ランサーは背もたれに身を沈め、嘆息した。

 

「俺の時はな。しかし、アルスターはこの世のどこにもねえ」

 

「しかし、あなたの伝説は、今も千六百年後も語り継がれている。

 こういったことこそが、真の不死ではありませんか?」

 

「小さい嬢ちゃんちのは贋物ってか?」

 

 アーチャーはにっこりと微笑んだ。

 

「千年前に失った魔法が本物かどうか、誰がどうやって証明するんです?」

 

 それは悪魔の証明だと、黒い悪魔が指摘する。

 

「あっ! てめえ、またえげつねぇことを考えてやがるな?」

 

 アサシンは遠い目をした。歴史に冠たる大英雄二人が、なんたる会話をしているのか。

 

「千年も前に失っても、アインツベルン家は今も存続しています。

 実のところ、魔法がなくてもまったく問題がないということではありませんか。

 もっとも、今回も失敗では、また暴発される恐れがある。

 キャスターとライダーにご協力いただきたいのは、宥めるための鼻薬ですよ」

 

 まだ未成年のマスターたちに、六十年の時間を。第六次までの遅延作戦、これこそがヤン・ウェンリーの本当の狙いだった。


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