Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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61:杯【フィール】

「六十年は、人の一生にとって実に長く貴重な時間です。

 今回のサーヴァントの多くは、その半分も生きていないでしょう」

 

 アーチャーもまた、六十年の半分を少し越えた時間しか持たなかった。静かな声が、凛とサーヴァントたちの心に沁みていく。

 

「人間のマスターらにいたっては、その三分の一も生きていないんです。

 私は、そんな兵士にも命令を下していたのだから、我ながら偽善だとは思います。

 しかし、この子たちは、我が国の兵士でもなければ、私の部下でもない。

 死ぬとわかっていることをさせられませんよ」

 

 凛はアーチャーの腕を引いた。

 

「どうしてよ! 停戦はできたじゃないの。

 まだ、怪しいのがいるかもしれないけど!」

 

 アサシンは必死で表情と声を押し殺した。ランサーが、眉を潜めたのにも気づかずに。

 

「天の杯、杯はフィール。アイリスフィールとイリヤスフィール。

 キャスターは、彼女たちをピュグマリオンの手になるものと教えてくれましたね」

 

 凛ははっとした。

 

「そういえばあんた、そんなこと言ったわね。ライダー戦の前よ。

 聖杯、いえ小聖杯は、英霊をエネルギーにした

 核融合炉のようなものじゃないかって!」

 

「ああ、十億度に達するプラズマを封じ込めるためには、

 強力な電磁場が必要だとも言ったよ。

 ちょうど、魔術を使った時のイリヤ君のような、ね」

 

 反応したのはランサーだった。

 

「あの公園の結界か!」

 

 アーチャーがイリヤの魔術行使に立ち会ったのは、その時だけだ。キャスターが呆れたような表情で呟く。

 

「あの状況で、よくも見ていたものだこと」

 

 聖杯戦争でアーチャーが体験したことへの考察は、一つ一つが聖杯探求の道しるべになっていた。

 

「あの時は、凛にはあれ以上の負担は掛けられなかった。

 士郎君には不可能だ。だからイリヤ君に頼んだんです。

 他意はありませんでしたよ、念のため」

 

「でしたよって、今は他意だらけってことか」

 

 彼は悪びれもせずに頷いた。椅子の上で片膝を立て、頬杖も突く。

 

「杯の名を持つ者が、すなわち聖杯の器そのもの。

 世界の壁を超えるほどのエネルギーを受け入れて、

 イリヤ君が無事とは考えにくい」

 

 かすれ声の問いが上がった。

 

「な、なぜ、あなたが知っている!?」

 

 四対の瞳が、赤い外套の青年に集中した。 

 

「いや、私は考えついただけだが、君は知っている(・・・・・)わけか。

 あなたが教えたのかな、キャスター?」

 

「いいえ、この男はただの門番よ。

 山門を触媒に、私が召喚したサーヴァントだわ」

 

 アサシンは、曖昧に口を開閉させることしかできなかった。ヤン・ウェンリーに対して、取り返しのつかない失策だった。黒い視線が銀灰の瞳に注がれる。

 

「まあ、君の正体は今は問題ではない。

 あの子の母が攫われて、出現したのは黄金の杯。

 しかしね、杯を奪うのに持ち主を攫う必要はないんだ」

 

 凛は震える唇を開いた。

 

「前回のキャスターの子どもの誘拐と同じね?」

 

「ああ。攫って殺して荷物を漁るより、最初の手間を省いたほうが手っ取り早い」

 

「あの子の母も器なら、その矛盾が解消できるというわけね」

 

 キャスターの指摘に、黒い瞳が伏せられた。

 

「そうです。そう考えれば、衛宮切嗣がセイバーとの接触を避けたのも、

 意味のないことではない。

 妻を生贄に捧げ、亡霊の願いを叶える気など毛頭なかったはずだ。

 絶対に、セイバーに感情移入するわけにはいかないからです」

 

 あんなに清冽な美少女が、国を救いたいと必死に強敵に挑むのだ。普通なら多少なりとも絆されるだろう。しかし、聖杯を十全に使うためには、余計な感傷を混入させるわけにはいかない。

 

「妻を犠牲にするなら、もっと大きな見返りを得なくてはならない。

 それが、聖杯戦争を含む、全ての争いの根絶ではないのでしょうか。

 根幹にあるのが、娘に母と同じ道を辿らせないことだ。

 私もその根幹には賛成します。あなたはいかがですか、キャスター?」

 

「あ、アーチャー……」

 

 凛はアーチャーの袖を握り締めた。それは、イリヤを器にさせないという意志表明に他ならなかった。この瞬間にも、同盟が決裂しかねない問い。いや、凛とアーチャーの命さえ危うい。

 

 キャスターは銀青の髪をかきあげた。現れた耳は魚の胸びれに似た形だ。母方の祖父、外洋の神オケアノスの血だろうか。船の王子に焦がれ、国を捨てた王女メディア。人魚姫と魔女、双方の原型だ。

 

「私もあの子を器にするのは反対よ」

 

 いつもは精悍な蒼と赤の従者が間の抜けた顔をするのに、女主人は皮肉な笑みを浮かべた。それさえも気品に溢れて美しかったが。

 

「あら、意外? 私の願いを叶えるには、あの子の家が持つ力が必要なのよ。

 アーチャーに言われて、私も少し調べてみたのだけれど、

 今の世は、受肉してめでたしめでたしとはいかないものなのね」

 

 美しい眉が寄り、菫の瞳に半ばまで銀の紗がかけられた。

 

「人を欺くのは容易いけれど、機械とやらには魔術では歯が立たないのですもの。

 このままでは、私はいるはずのない人間にしかなれない。

 隠れ潜んで暮らすなんて、受肉してもなんの意味もないわ」

 

 現実は人魚姫のようにはいかない。身元不明の美女を、王子様も世間も受け入れないだろう。

 

「ならば、私は実を選ぶ。

 あの子が器になり、命や意志を失っては駄目なのよ。 

 私への見返りも、たやすく反故にされてしまうでしょう。

 地位にしがみつく老人のやることは、いつでもどこでも変わらないのだから」

 

「ははあ……」

 

 大いに実感の篭った言葉であった。彼女の夫イアソンは、王位を得るためにアルゴー号で冒険をし、約束のとおりに金羊の毛皮を持ち帰ったが、王は譲位をしなかったのだ。

 

「私の功を恩に着てもらうには、あの子に無事に手柄を持ち帰ってもらわないと。

 もっと言うなら、あの子が当主になるのが望ましいわね。

 いいわ、薬を作りましょう」

 

「……毒殺は駄目ですよ」

 

 念を押すアーチャーに、キャスターは意味ありげに微笑んだ。

 

「安心なさいな。神代の魔術師の誇りにかけて、腕によりをかけて作るわよ」

 

 神秘が薄れた今、神の血を引かぬ者が飲んでも平気かどうかは保証しないけれど。むしろ効きすぎるかしら? でも、この国の格言には大は小を兼ねるとあるし、まあいいでしょう。心の副音声を伏せて、キャスターは請け負った。

 

「見様見真似の王女たちとは違うわ。

 私がやるからには、ちゃんと若返らせるわよ。

 あの山羊のように、老いぼれも子山羊のようになるでしょうよ」

 

 黒髪の青年は、上目遣いで美しき魔女を見つめた。

 

「その一言で、逆にものすごく不安になってきましたよ」

 

 メディアは、夫との約束を果たさぬ王に業を煮やし、その娘たちに若返りの魔術を伝授する。老いた山羊を釜茹でにし、山羊はみごとに若返った。王女たちは喜び勇んでその魔術を真似た。ただし、上っ面のみを。当然、成功するはずもなく、王は煮られて死んでしまった。

 

 それを踏まえた喩えだが、とても引っかかるものがある。食肉用の動物なら若い方がいいが、人間はそうではない。年齢に培われた中身が大事なのだが……。

 

「ならば、アインツベルンの当主に告げなさいな。私はコルキスの王女だと」

 

 キャスターの素性を知った上で、その薬をどうするのか。行動のいかんによって、現当主の器量を測る心算のようだ。

 

「なるほどね。そのあたりの交渉は、あなたにお任せします。

 ただし、今後は過剰な報復はしないでください。

 あなたが人として生きていくならね。現代では、人間の価値は平等ですから」

 

 アーチャーはそう言うと、玩んでいたカップをテーブルに戻した。そして無言のアサシンに、晴れ渡った夜空の色の瞳を向ける。

 

「では、最後になって申し訳ないが、あなたにも伺いましょう。

 アサシン、でいいのかな? あなたは聖杯に何を望みますか?」

 

 虚を衝かれたアサシンの目が丸くなり、本来の形を明らかにする。凛がわずかに眉を顰めた。

 

「――何も。私には、聖杯に託す願いはない」

 

 アサシンはそう答えた。彼の望みが別にあるのは、偽りのないことだったので。

 

「……ありがとう。助かります。

 じゃあ、凛、私は士郎君のところに本を借りに行ってくるよ」

 

 凛は、立ち上がりかけたヤンの黒い軍服の裾をはっしと握り締めた。

 

「ちょっと待ちなさい。よりによって、こんな話のあとで!?」

 

 ヤンは困ったような顔で、凛を見下ろした。

 

「時間は貴重なんだ。あと一週間強しかないんだよ」

 

「そもそも、なんで士郎に本を頼んだのよ」

 

「だって、君の貸出冊数の上限まで借りているじゃないか」

 

 凛は、椅子から転げ落ちないようにするのがやっとだった。アサシンも鉄面皮を保つのに必死であった。遥か未来の宇宙最高峰の智将が、なんて小市民的な……。実のところ、ヤンも他人様の幻想を壊して回っているのだった。

 

「そ、そんなことで……。本ぐらい買ってあげるわよ!

 帰り道に言ってくれればよかったじゃない。マウント深山にも本屋はあるんだから」

 

 しかし、敵もさる者、筋金入りの本の虫。

 

「私が必要だった本はデパートの本屋にはなかった。

 あれより小さな本屋には、まず置いていないと思う」

 

「う……」

 

 なんと、初日にチェック済みだった。

 

「だから、パソコンを導入してくれって頼んだのに」

 

 アサシンは無表情を装いつつ、肘掛けを握りしめて身を支えた。さもなくば、床の深紅の絨毯に同化してしまったことだろう。インターネットで調べる気か、はたまたネット通販か。秘匿を旨とする魔術儀式のはずが、どうしてこうなったのか。

   

「ああ、もう、わかったわよ! パソコンでもファックスでも持って来いよ!

 今から電気屋に注文するから! それでいいんでしょう!?」

 

 ああ、ここは絶対に自分の過去の世界ではない。アサシンは衝撃とともに確信した。あの機械音痴の守銭奴が、サーヴァントの求めに身銭を切って応じるなんて、断じてない、ありえない。

 

「じゃあ、ファックスはプリンター複合のにしてほしいな」

 

「はいはい! なんだっけ、インターネット回線も引くのよね?」

 

「そうだよ。今から頼んでも、明日になってしまう。

 だからちょっと行ってくるよ。

 ランサー、すみませんが着替えてくれませんか? 一緒に行きましょう」

 

「俺もか? えらく急ぐじゃねえか」

 

「教会に依頼した停戦の取りまとめの締め切りが今日です。

 第八の陣営が彼らなら、それにかこつけて訪問するかもしれない。

 遠坂の工房や病院を攻めるより、私ならば衛宮家を狙う」

 

 またしても言葉の爆弾が炸裂し、アサシンは肘掛けを握り締め、必死で叫びを飲み込んだ。

 

「なるほどな。途中でおまえが狙われるかも知れねえってわけか」

 

「それもありますが、あなたは冬木の地理に一番詳しいサーヴァントでしょう?

 最短距離ではなく、一番人通りの多い道を行きたいんですよ」

 

 アーチャーは髪をかき回し、決まり悪げに訴えた。

 

「私は方向音痴でして……」

 

 ランサーはげんなりとした顔で立ち上がった。

 

「……仕方がねえな」

 

 凛たちが呆気に取られているうちに、青年ふたりは身支度をして出かけてしまった。立春を過ぎ、長くなってきた日も薄暮に染まる時間だ。慎重なアーチャーは、これまで夜の外出を避けていたのに。

 

「そんなに急ぐのかしら……」

 

「霊体化して行けばよかったでしょうに」

 

「本を又借りしてくるつもりなのよ。帰りは実体化しないと本が運べない。

 でも、来た形跡のない人間が、家から出てきたら変でしょう」

 

 アーチャーと士郎は、墓参りの時に対面し、夕食にはランサーも加わっている。年齢の近い男同士、ちょっと立ち寄っても不自然ではない。

 

「アーチャーは私の遠縁ってことにしてあるの。

 関東出身で京都在住の柳井万里(やないばんり)

 大学二年生の二十歳、歴史学科に所属。

 ランサーはその友人の留学生。建築士の卵で、江戸、明治の日本の建物を研究中。

 そういう設定だから」

 

 キャスターは呆れたように首を振った。

 

「また、随分と細かいことね」

 

 しかし、これは人ごとではなかったのである。立ち上がった凛が、隣室へと姿を消し、再び客間に戻った時にはレポート用紙の束を手にしていた。

 

「キャスターは間桐臓硯の遠い親戚の、ロシア系東欧人がルーツのドイツ人。

 あのジジイに頼まれて、住み込みで桜の家庭教師に来た。

 愛称がキャスター、本名はクリスティーナ、名字はゾーリンゲンよ。

 はい、頑張って覚えてちょうだい」

 

 列挙された人物設定と、突きつけられた脚本にキャスターは目を白黒させた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい、お嬢ちゃん。何なの、これは!?」

 

「架空の人間一人をでっち上げるのよ。

 スパイ任務のつもりでやらないとボロが出るって、アーチャーがね。

 熟読して頭に叩き込んで」

 

 言うだけ言うと、凛は赤い外套の青年に向き直った。

 

「悪いけど、アサシンの分までは作っていないんですって」

 

 彼は眉を寄せ瞼を閉じると、眉間を揉みしだいた。苦々しげに反論する。

 

「それは幸いだな。戦いならまだしも、詐欺の片棒を担ぐのはごめんこうむる」

 

「でも、あなたの淹れた紅茶はとても美味しかったわ。

 これなら、イリヤを連れ戻しにきた執事役もいいかもね」

 

「とんだ三文芝居だ」

 

 波打つ黒髪の美少女は、仄かな笑みを浮かべた。  

 

「だってあなた、イリヤを知っているんでしょう?」

 

 冴え冴えとした瞳が宝石の剣と化し、鋼に一撃で切り込みを入れる。

 

「いいえ、質問を変えましょうか。ねえ、アサシン。……あなたは、誰?」

 

*****

 

 夕暮れに背中を追いかけられながら、坂道を下る青年が二人。背の高い方が、頭半分下にある黒髪に問い掛けた。

 

「よかったのかよ。嬢ちゃんを置いてきて。あの野郎もとっちめずに」

 

「とっちめる必要はありませんよ。該当者は一人しかいない。

 凛ならそれに気付くはずだ」

 

 ランサーは顎をさすった。

 

「はーん、そういうわけか」

 

 ランサーの反応に、ヤンは首を傾げた。

 

「どういうわけですか?」

 

「俺はアサシンと一戦交えたんだがな、おかしな戦い方をする奴だった。

 得物は黒白一対の短刀のはずなんだが……」

 

「はず?」

 

「何本も出してきやがる。十七ばかりもはたき落としてやったんだがな。

 言っておくが、手元に戻ってくる宝具ってわけじゃねえ。

 そこらに落っこちたまま、次の瞬間には剣を手にしている」

 

「それはおかしい。宝具が何本もあるのも変ですが、人間の体力には限りがある」

 

 ヤンの時代の武器は大量生産品だが、白兵戦員の装備は、戦斧とナイフ各一丁ずつが基本だ。

 

「ああ、山と剣を持ち歩いても、重くて邪魔なばかりだからな。

 剣を替える前に殺られるだろうよ。――普通の剣なら」

 

 クー・フーリンの武器で最も有名なのは槍だが、光の剣の使い手でもある。戦場を駆けた者の言葉には重みがあった。

 

「だが、重さのない剣ならばどうだ? 

 サーヴァントでもなしに、魔力で剣を作れるのなら」

 

「一般の物理法則を外れることです。……まさに魔法だ」

 

「ああ、飛びきりの変わり種の魔術師だ。この世に二人とはいまい」

 

「では、あなたは一人は知っているわけだ。アサシン以外に」

 

 打てば響くようなアーチャーの切り返しに、ランサーはにやりと笑った。

 

「ああ、そういうわけだ。おまえはどうして気がついた?」

 

「彼は、イリヤ君が器だということを知っていました」

 

 黒い睫毛が伏せられる。

 

「アインツベルンは、孤高の魔術の大家です。

 イリヤ君が家の外に出たのは、十八年の人生でこれが初めてだそうです」

 

 ランサーの瞳が瞠られた。

 

「は? ちっこい嬢ちゃんは、坊主たちより年上なのかよ」

 

 アーチャーは頷いた。

 

「十年前に別れた父を覚えているには、ある程度の年齢でないと無理です。

 私は五歳の時に母を亡くしましたが、ほとんど覚えていません。

 最初に会った時から、あの子が外見より年上だというのは気付いていたし、

 彼女自身に教えてもらっていました」

 

「それで?」

 

「イリヤ君は家人以外と接触がない。

 彼女の体のことを知りうる異性は、ごく限られるのです。

 彼女の父と、アインツベルンの当主と、もうひとりだけに可能性がある。

 アサシンは彼女の父とは別人だ」

 

 ランサーは頷いた。凛が言うには、衛宮切嗣のパスポート写真は、黒髪に黒目、アーチャーに似ていなくもない風貌だったそうだ。

 

「そして、女で子どもを戦地に追いやるジジイが、英霊の座に登れるはずもねえ」

 

「ならば一人しかいない」

 

「……だな」

 

 アーチャーは思考によって、ランサーは情報によって、アサシンの正体に思い至ったのである。

 

 ――そして、双方の一部と、女の勘を持つ遠坂凛が気付かぬはずはないのだ。


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