Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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65:怒りの日

 遠坂凛の心話を受けて、アーチャーことヤン・ウェンリーはびくりとした。続けざまに叩きつけられる絶叫にも似た思考。ヤンの表情は、穏やかさを保っていたが、眼差しは静かに鋭さを増した。凛からの心話を聞くだけ聞くと、ヤンも心話を返す。

 

『なるほど、わかった。すぐ戻るよ。

 この問題には、市役所や消防、警察の手を借りたほうがいい。

 作戦を練るとしよう』

 

『そんな、今さら警察なんて……!』

 

『司直の目と手を入れることが大切なんだ。

 彼の拠って立つ権力基盤から切り離し、逃亡や犯人秘匿を防ぐんだよ。

 ……どんな宗教だろうが、孤児の虐待を正当化する教えなどあるものか』

 

 それは凛が息を呑むような鋭さだった。

 

『こんな不祥事を見逃していた、聖堂教会も責任を問われるだろう。

 復讐するは我にあり、か。

 ふん、神の代行者を名乗るなら、存分に役割を果たしてもらいたいものだね』

 

『あ、あんた……』

 

 言峰綺礼に、凛や士郎たちが手を下す価値などない。彼は言外にそう告げた。

 

『まずは、彼の罪を公にすることだ。

 教会が泣きついてきたら、我々の力をできる限り高く売りつける。

 その子たちを助けられるなら、今後の治療や生活の保障も含めてね』

 

『……助けられなかったら……?』

 

『人質とは生きていてこそ価値があるんだよ』

 

 決して激することのない思念が凛に届いた。しかし、紛れもなくアーチャーは怒っていた。炎の激しさではなく、光さえ抜けられぬ深淵の圧力で。

 

『もう、遠慮はいらないということになる』

 

*****

「な、な、な、な……」

 

 あとは言葉にならず、間桐慎二の唇が開閉した。不謹慎だが、遠坂凛は縁日の金魚を連想した。根性の悪い黒出目金みたい。黒出目金はようやく酸素を摂取し終えたようで、大声で叫んだ。

 

「なんなんだよ、そいつはーーっ!?」

 

「間桐君たちの家庭教師に来てくれた、キャスターさんよ」

 

 目の覚めるような銀髪の美女と、平凡な容姿の担任教諭を引き連れて、学校一の美少女はしれっとのたまった。

 

「はじめまして。クリスティーナ・ゾーリンゲンと申します。

 キャスターというのは愛称ですわ。この度は、誠にご愁傷様でございました」

 

「え!? あ、あの、ど、どうも……」

 

 慎二は目を泳がせた。凛はともかく、後ろにいる葛木宗一郎教諭を前に、ライダーを呼び出すわけにはいかなくなった。逆を言えば、この魔女たちも手を出す気はないということだが。

 

「ナースステーションのところでお会いしたのよ。

 亡くなられたおじいさまから頼まれたんですって」

 

 翡翠の銛が慎二の目に突き刺さった。いいから頷けと。慎二はそれでも抵抗を試みた。

 

「そ、そんなの聞いてないぞ!」

 

 キャスターと名乗った美女は、淑やかに瞼を伏せた。

 

「……無理もないことですわね。私も随分急なことだと思いましたから。

 さっき、こちらの凛さんから伺ったのですが、

 考えてみますと、お亡くなりになる直前だったのでしょうね……」

 

「えっ……」

 

「私はおじいさまの遠縁にあたります。

 出身はドイツですが、今は東京に住んでおりますわ」

 

 凛はよそ行きの顔で頷いた。

 

「それで、日本語がとてもお上手なんですね」

 

 キャスターは、微笑みながらも首を傾げた。

 

「もっとも、臓硯さんのご先祖さまには及びませんけれどね。

 私の曽祖父の、さらに祖父だったかしら? その弟が、日本に帰化したのだとか」

 

「はぁ!?」

 

 これは嘘八百なのだが、青みがかった銀髪といい、深い紫の瞳といい、間桐兄妹の持つ色彩と似通ったところがある。だから、アーチャーは彼女の偽りのプロフィールとして採用した。なお、ライダーとキャスターも少々似ている。これは二人が遠縁にあたるからだ。いざとなれば、従姉妹ということにしようという目論見である。

 

「その方が、初代の間桐臓硯さんだと聞いております。

 おじいさまは四代目でしたかしら? 

 息子さんが入院されて、お孫さんの面倒を見てほしいとのことでした」

 

 あのジジイに限って、そんな心遣いをするはずもない。

 

「あの後、何回かご連絡を差し上げたのですが

 まったくお電話が繋がらなくなってしまって……。

 乗車券を送って下さいましたから、心配になってこちらに参りましたの」

 

 しかし、美女が告げるのは、破綻のないストーリーである。慎二は悟った。脚本家は、あの黒いサーヴァント、アーチャーだ。

 

「間桐君、大変だったわね。わたしからもお悔やみを申し上げるわ」

 

 凛は複雑な表情を隠すために一礼した。

 

「それでね、わたしは桜の姉でもあるんだし、何か力になれることはないかしら?

 わたしも二回喪主をやったから、大変なの知っているもの」

 

「……と、遠坂……」

 

 それまで無言だった葛木教諭が口を開いた。

 

「間桐。故人のお心遣いは、ありがたいものだな」

 

 慎二はまたも酸欠になったようだが、絶対に違うと言えないのが秘匿すべき魔道の悲しさである。 

 

「で、でも、葛木先生……」

 

 困惑しきった様子の慎二に頷いてから、葛木はキャスターに向き直った。

 

「しかし、ゾーリンゲンさん。

 臓硯氏があなたに依頼した時と今では、条件が違い過ぎます。

 氏が存命ならよかったのでしょうが、この子らの父親はまだ重態で入院中です。

 どこかの社会福祉施設に一時入所するのが、間桐たちには望ましいと思いますが……」

 

「まあ、キャスターで結構ですわ。

 それにしても、シャカイ、フクシ、シセツですか?」

 

 キャスターは優雅に小首を傾げ、長い睫毛を瞬かせる。慎二が顔を赤くするほど魅惑的な表情だったが、葛木は淡々と言葉を続けた。

 

「以前は孤児院と呼ばれていた施設です。

 今は、こういったケースでも入所できます。

 市の福祉課に相談なさっては……」

 

 それを聞いて、凛は思わずといった様子で声を上げた。

 

「あ、昔は言峰教会で孤児院をやっていたみたいです。

 友人から聞いた話ですけど」

 

「あら、今はどうですの?」

 

 凛は曖昧に首を振った。

 

「あの、十年前のことです。例の大災害の頃の……」

 

「……ああ、それではな」

 

「いまの言峰神父は、一応わたしの後見人なんですけど、

 わたし、教会の仕事はあまりよく知らなくて……。

 最近忙しいのか、電話しても留守ばかりだし」

 

 葛木は思わしげに腕を組んだ。

 

「ふむ、やはり福祉課に相談するしかなさそうだ。

 いまもそこが存続していて、入所できるといいのだが……」

 

 同じ説明が、別室の桜にも繰り返され、妹も兄と同じ表情になったのは余談である。もっとも、桜の驚愕はすぐに収まった。ライダーが心に囁いたからだ。

 

『……サクラ。これは先日、あなたの姉上からの申し出があったことです。

 受けるのを勧めます。もうゾウケンはいなくなった。

 つまり、マトウの家の加護もなくなったのです』

 

 桜を苦しめていた臓硯だが、五百年も生きた魔術師としての実力は伊達ではない。ほとんど知識がなく、希少な素質を持つ桜が、表面上は平穏に過ごせたのは『間桐』あってこそだ。

 

『で、でも……』

 

『……あなたたちは一度、アーチャーのマスターらに囚われの身となっています。

 サクラが魔力切れになったときに。

 マスターも私も、殺そうと思えばあの時簡単に殺せたでしょう。

 でも、サクラもシンジも生きて帰ってきました』

 

 ガンドを浴びせられてはいたけど、桜の体内のすべての蟲は消えうせていた。魔力の搾取に伴う倦怠感や空腹、そして痛みもなくなった。まだ、本来の魔力量まで復調してはいないが、それも遠いことではないだろう。ラインが繋がっているライダーにはわかる。

 

『アーチャーのマスターと、キャスターを信じてみませんか?

 サクラの力が明らかになれば、聖杯戦争より危険になるでしょう。

 私たちはもうすぐ消えますが、これからは人間に狙われてしまう』

 

 たった二週間、六組の主従から身を守るよりも遥かに難しい戦いだ。首級を狙う人間と戦い続けたメドゥーサはよく知っていた。見るものを石にする宝石の魔眼も、より上位の神秘、複数の神の加護に敗れた。

 

 最後に勝つのは数の暴力。アーチャーことヤン・ウェンリー以外にも、それを知るサーヴァントはいたわけだ。

 

 結局、兄は不承不承に、義妹は戸惑いがちに遠坂凛の話に頷いた。慎二が、衛宮士郎のメモに心を動かされたせいもある。歴史の研究。いい先生。でも、葛木教諭は倫理担当だ。誰だろう。

 

*****

 

 そして、慎二と桜が退院する帰途に市役所に寄ったのだが、福祉課の職員の反応ははかばかしいものではなかった。教会は宗教法人が設置し、文部科学省(国)が所管する。孤児院は社会福祉法人が設置し、所管するのは県または政令指定都市等だ。入所者がいる場合は、冬木市でも立ち入り調査をするが、休眠状態ではその限りではない。職員には咄嗟に答えられなかった。

 

 こうしたことを国や県に電話で訊いても、即答してくれるものではない。市長名で文書による調査依頼となる。その文書を作り、上層部の決裁を貰うにも時間がかかるのだ。

 

「申し訳ありません。市民課と教育委員会に確認し、早急にご連絡します」

 

 すぐにやれることは、市の他部署に何らかのデータがないかの確認である。孤児の住民登録記録がないか。義務教育期間中の子どもなら、教育委員会から給食費などの補助を受けているか。それらを調査して、返答するというのがやっとだった。

 

 いわゆる縦割り行政の弊害だった。福祉課の対応は最大限に誠意あるものだが、差し当たっては全く役に立たない。間桐家の親戚は、落胆した様子で首を振った。

 

「凛さん、もう一度、教会に連絡してみていただけない?」

 

 あたふたする窓口から少し離れ、凛は言峰教会に電話した。

 

「やっぱり駄目です。もう一週間ぐらい電話が通じなくて……」

 

 葛木は難しい顔になった。

 

「ところで言峰神父のご家族は?」

 

「一人暮らしなんです」

 

 いつも謹厳な表情の葛木の眉宇が更に寄った。長身を軽く屈め、凛に耳打ちする。

 

「――警察に連絡を。間桐の家のように、急病かも知れん」 

 

 時は少し遡る。交番に立ち寄った観光客から、教会に関する情報が寄せられた。大学生と留学生の二人組からである。

 

「さきほど教会を見学したんですが、扉が開けっ放しなのに誰もいなくて。

 不用心ですよね。で、彼が呻き声が聞こえたって言うんですよ」

 

 軽く頭を下げたのは、蒼い髪をした留学生のほうだった。引き締まった長身に野性味のある美貌の主で、説明役の平凡な青年とは好対照である。

 

「僕には聞こえなかったんですが……」

 

 蒼い眉がぴくりと動き、黒髪の青年に外国語で反論する。おさまりの悪い髪をかき回し、彼も流暢な外国語で応じた。早口すぎて、警官にはろくに聞き取れなかったが、どうやら英語ではなさそうだ。

 

「ええと、礼拝のために祭壇に近づいたら聞こえたって言ってます。

 でも、一瞬だったと」

 

 その通報と凛の電話で事態は急変した。前者は、教会に行ったら呻き声が聞こえたというもの。後者は、後見人と連絡が取れないというものだった。

 

 双方を普通に結びつければ、一人暮らしの言峰神父の急病である。連絡を受けた警察は、近所の駐在所の警官に巡回するように指示した。そして三本目の電話は、意外な角度から飛び込んできた。

 

 それは、冬木市役所の福祉課からの連絡だった。孫の世話を、祖父が親戚の女性に頼んだ矢先に本人が亡くなってしまった。故人の息子は重傷で入院中。困り果てた彼女は、子どもの担任に助言されて、児童福祉施設を探すことにした。

 

 昔、冬木市にあったという、言峰教会の孤児院。そこの状況を教えてもらいたいと。だが、福祉課にはデータがない。市役所は、複数の部署に業務が縦割りされている。住民登録は市民課だ。言峰教会の孤児院に住所がある子どもがいるかどうか。応対した男性職員は、まず市民課に確認をとった。

 

 入所者はいないだろうと思っていたのに、住民登録上は子どもが何人かいることになっていた。しかし、引越しをしたのに、市役所に届け出ていない可能性がある。手続きをしないと住所がそのままになってしまう。

 

 では、ということで教育委員会に連絡したが、こちらも明確な答えが返ってこない。

 

「一番上は高校生だけど、小中学生もいるだろう。

 市教委にデータないの?」

 

「この子たち、外国籍なんですよ。

 日本人じゃないから、親に就学の義務はないんです」

 

「はあ、そういうもんなのか」

 

「もちろん呼びかけはしますけど、保護者次第なんですよね……。

 その子達は、市立の小中学校には在籍していません。

 調べてみないとわかりませんが、インターナショナルスクールとか、

 教会系列の学校にでも通ってるんじゃないでしょうか」

 

「孤児が何人もいるのに、みんな私学に行かせるなんてできるのか?

 葬式や結婚式で、馬鹿高い金でも取ってんのかねえ。

 坊主丸儲けとはよく言ったもんだよな」

 

 これに教育委員会の女性職員は首を傾げた。二十代ももうすぐ終わりの彼女は、自分を含めて、同級生の結婚ラッシュが一段落したところであった。

 

「ちょっと待ってください。なんか、変ですよ。

 私もだけど、市役所の同期は、あの教会で結婚式した人はいないんです」

 

 彼女より、十歳ほど年長の福祉課職員も首を捻った。

 

「言われてみると、俺もそうだったな……。

 俺は冬木のセンターホテルでやったっけ。倒壊する前だったからな。

 あの後に結婚した俺のツレは、神社の式場でやった奴が多いなあ」

 

「あの教会、大人数での披露宴は無理ですからね。

 挙式だけなら、安上がりにできるんですけど、

 披露宴をやるなら結局高くついちゃうんです」

 

「はあ、そういうものか。やっぱり、女の子のほうがよく研究してるなあ」

 

「かといって、あそこでお葬式っていう訃報もあんまり見かけませんね」

 

 二人の職員の会話は、世間話の域を出ないものだったが、後になってみれば、重要な示唆を含んでいた。

 

「クリスチャンは少ないから、そりゃしょうがないよ。

 うーん、おかしいなあ。霞を食ってるわけでもないだろうに、

 うちの坊主ら二人でも、俺だけの給料じゃおっつかっつだよ。

 まあ、ちょっと見に行かなきゃならないかな」

 

 その前に、彼は言峰教会に電話をした。そこにちょうど、訪問していた警察官が居合わせたのだった。

 

 神父の言峰綺礼は、十数年前に細君が夭折し、父は十年前に他界。以来一人暮らしだ。日本人離れした長身の偉丈夫で、被後見人の話では特に持病もないとのことだが、人間何があるかわからない。

 

 観光客の言葉のとおり、礼拝堂には鍵がかかっていなかったが、住居のほうは戸締りされている。呼び鈴を押しても返答はなく、人のいる気配もない。

 

「こりゃ、失敗だったな。被後見人に立ち会ってもらったほうがよかったか」

 

 父が選んだ後見人とはいえ、遠坂凛は神父とあまり親しくはないという。彼女が言うには、養女に行った妹の家に不幸が重なったため、姉としてなんとかしてやりたいと思ったそうだ。

 

『でも、わたしはまだ高校生ですから……。

 相談にのってもらおうと思ったんですけど、ここしばらく連絡がとれなくて。

 学校もありますし、教会まで行く時間がなかったから、

 留守電だけは入れてたんです。でも、一回も電話が来ないんです』

 

 住居から戻って、もう一度礼拝堂を覗いた警官は、入口に置かれた電話が鳴り響いているのを発見した。市の職員から孤児院の情報を入手し、そちらに回ってみようと思いついた。

 

 しかし、住所にある建物は無人だった。単なる留守ではなく、生活感が皆無だ。複数の子どもが暮らしているなら、洗濯物や自転車などが庭先にあるものなのに。初老の警官の脳裏に、警報が響き渡った。

 

「……おかしい。何か、とんでもないことが起こっているぞ」

 

 十年一昔と言う。しかし、高校生と大人では時の目盛りが異なる。あと数年で退職を迎える彼も、十年前は働き盛りのベテランだった。複数の子どもの失踪。それは大災害の直前に頻発した、殺人及び児童誘拐事件を想起させた。

 

「教会の礼拝堂で、呻き声がするだったな……。ま、まさか……」

 

 あの犯人は捕まっていない。そしてつい先日起きた、子どもを含んだ一家惨殺。あれほどの凶悪事件の犯人が、複数いるとは考えにくい。

 

 ――同一犯。でなければ模倣犯。その容疑者に言峰綺礼は躍り出た。すぐさま警察が教会に踏み込み、礼拝堂の捜索を行った。

 

 そして地下から、枯れ木のように痩せ衰えた瀕死の子どもたちを発見したのだった。児童虐待と保護責任者遺棄致死未遂。そして、未解決の誘拐殺人事件の容疑も。

 

 言峰綺礼が指名手配となるまで、そう時間はかからなかった。


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