Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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67:結集

 アーチャーが、魔術の心得のある面々を、間桐家に集めようとするのには理由があった。言峰綺礼が確保されるまで、市内の学校は休みになった。十年前の児童誘拐及び先日の一家殺人、そして今回の集団監禁と虐待。全ての犯行の容疑者になった、言峰綺礼を警戒しての措置だ。この機を無駄にせず、聖杯の調査に充てるつもりなのである。

 

 しかし、反対する者もいた。

 

「あの野郎をほっとく気か!?」

 

 ランサーはアーチャーを問い詰めたが、逆に問い返された。

 

「私たちが彼を処断する必要がありますか?」

 

「必要だと!? あの野郎は嬢ちゃんらの親の仇だろうが!」

 

「彼を確保して罪を調べるのは警察、裁きを下すのが裁判所の仕事ですよ。

 それぞれが、給料分の仕事を行えばいいだけの話です」

 

 複雑な事象は割り算で処理すべし。アーチャーは、言峰綺礼の処罰を聖杯戦争から切り離すことにした。魔術は一般社会から秘匿され、通常ありえぬ現象を起こす。

 

 間桐臓硯の人喰いは、その最たるものだろう。臓硯の肉体は、もはや人ではなく、妖蟲の群体であった。本性を露わにして犠牲者を喰い殺すと、何事もなかったかのように人の姿を取り戻す。喰われた者が、喰ったモノの肉体となるのだ。

 

 遺体や凶器は存在しない。それは加害者そのものだ。目撃者も存在しない。すぐさま、次の被害者となっただろうから。常人には、犯罪の痕跡すら見つけることが出来ない。

 

 まだまだ若い管理者にも無理だった。魔術協会と聖堂教会は知っていたのだろうか。自問すると、ろくでもない想像をしてしまう。聖杯戦争の存続のため、見て見ぬふりをしていたのかもしれないと。

 

 ――だが。

 

「聖堂教会には、上層部としての責任をとってもらいましょう。

 魔術協会にも、聖堂教会への折衝は折半してもらいます」

 

「……は?」

 

「言峰神父が動いてくれないと、凛とアインツベルンの連名で訴えてあります。

 教会と時計塔の両方にね。

 こうして事件が発覚すれば、上が自主的にやってくれますよ」

 

 短い付き合いながら分かってきたが、この男が淡々と話すのは、感情を抑制している時だ。この温度のない口調、相当に怒りが深そうだ。ランサーは口の端を引き攣らせた。

 

「……おまえ、怒ってるだろ」

 

「当たり前です。

 きちんと監査すれば、十年もばれないはずがない。

 教会上層部がやるべきことを怠っていたんですよ。

 高校生の凛たちや、幽霊の我々が尻拭いするなんて冗談じゃない。

 給料を貰っている人が、その分働くべきです」

 

 アーチャーは、負った責任の分の仕事はする主義だった。他者にも同じことを求めるのである。

 

「私は、凛や士郎君に、これ以上一グラムの負い目も作りたくありません。

 彼は凛の後見人でした。

 教会の子たちは、衛宮切嗣に選ばれなかった士郎君です。

 これだけでも、あの子たちが傷つくには十分すぎる」

 

「悪どいんだか、甘いんだか、分からねぇ野郎だ」

 

 ランサーは後頭部を掻くと、赤い外套のアサシンに目をやり、ふっと息を吐いた。

 

「……もっとも、そのほうがいいのかも知れんな」

 

 キャスターが頷く。

 

「ええ、アサシンはそれを知っていたものね。

 つまり、坊やが守護者となる分岐点かもしれないわよ」

 

 アサシンことエミヤシロウにとって、非常に居心地の悪い雰囲気になった。ひどいとばっちりだ。

 

「それもありますね。

 なんでもかんでも聖杯戦争で片付けようとするから、歪になるんです」

 

 ヤンはサーヴァントらを前に指を折った。聖杯戦争は魔術儀式。これは、あと一週間程度しか時間がない。

 

 士郎とイリヤ、凛と桜、桜と慎二の問題は家族争議。この戦争が終わった後に、長い時間をかけて取り組むべきものだ。もつれた感情の糸を解きほぐすには、十年、いやそれ以上の時を必要とすることだろう。

 

 だが、言峰の罪は法的に対処可能。それは警察や裁判所の役割だ。必要ないことはしない。他者にできることは適任者に割り振る。そうした思い切りが、事業成功には重要である。

 

「我々がやるのは、ほかに対処が不可能な黄金のアーチャーに勝つことだけです」

 

 勢力は七対一。しかし、歩兵が戦車部隊を包囲殲滅するようなもの。非常に困難と言わざるを得ないが、監禁されていた子どもという補給は絶った。 

 

「黄金のアーチャーを排除するのは、この聖杯戦争中にしかできません。

 だが、言峰綺礼の捕縛はそうじゃない」

 

 灰銀の目が丸くなった。

 

「だから、警察を入れたのか……!」

 

「そうだよ。出来ないことは、出来る人に任せればいい。

 サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけ。

 それが我々の役割だろう?」

 

 マスターと覚しき言峰の行動を限定し、黄金のアーチャーと分断する。これもまた割り算というわけである。

 

「一番いいのは、言峰綺礼が観念してくれることだ。

 サーヴァントとの一蓮托生に賭けるよりは、

 令呪で始末し、自首したほうが長生きができる」

 

 何人たりとも裁判を抜きに処罰されない。言峰綺礼も有している日本人としての権利だ。

 

「まどろっこしいな、おい!」

 

 ランサーは大いに不服そうだったが、アーチャーは厳然と否定した。

 

「たしかにそうです。

 しかし、我々が殺したら、彼は罪を償うことなく終わってしまう。

 それではだめです。法と社会の裁きを受けるべきだ。

 被害者への賠償を行なう義務と、一対の権利なのですから」

 

 一見上品に正論を述べているようだが、その目するところは違う。死んで逃げるのは許さない。生きながら苦悩し、恥辱に塗れても償えということだった。

 

 言峰は監視役の立場を利用し、聖杯戦争を玩んでいた。バゼット・フラガ・マクレミッツを排除して、ランサーを奪ったのは、より優位に立つためだろうとヤンは踏んでいた。

 

 バゼットを除けば、経験豊かな者は不利なキャスターを引き、残りは未熟なマスターばかり。おまけに因縁の相手の子どもたちだ。彼らが相争うのは、窃視者にさぞや甘美をもたらすであろう。

 

 だが、それは聖杯戦争の枠内で、優位に立っていればの話。秘匿は公開に劣る。孤児の監禁虐待が、魔術絡みだなどと世間は知らないし、考えもしない。一片の情状酌量の余地もない、異常犯罪者だと指弾する。

 

 魔術に無縁なアーチャーは、聖杯戦争より厳しい戦いに、言峰を突き落としたのである。役所と警察へ、ちょっと連絡しただけで。なんと怖ろしい。この男も、現代日本の公的機関も。キャスター主従が等しく抱いた感想である。  

 

「もっとも、あれだけの子どもを虐げることを選んだ人間ですから、

 その望みは薄いでしょう。

 黄金のアーチャーと行動を共にしていたら、戦わざるを得ないでしょうし」

 

 説明を続けるうちに、アーチャーはどんどん不機嫌になっていった。これは生前のエミヤが対峙した状況だった。サバイバーズ・ギルトの持ち主にとって、塞がっていない傷をかっさばかれ、濃硫酸をぶっかけられるにも等しかったことだろう。

 

「君も士郎君なら教えておくよ。

 ここの士郎君は、自分よりも他人を優先してしまう子だと私は感じた。

 聖杯に願えば、何人もの孤児が助かるのなら、やはり考えてしまうだろう。

 でも、セイバーの願いとは相容れない」

 

 実はまだ生きていている、アーサー王ことアルトリア・ペンドラゴン。

 

「彼女は死の縁で、国の滅亡を覆すことを願っている。

 この時代からは遥かな昔だけど、セイバーにとっては現在だ。

 死にかけの子ども数人と、母国を天秤にかけたら、どちらに針が傾くと思うかい?」

 

「……それは」

 

 眉を寄せるエミヤに、ランサーは顔を顰めて髪を掻き毟った。

 

「ま、見ず知らずの子どもを選ぶ理由はないな。

 俺がセイバーの立場でもそうするぜ」

 

 ランサーの言葉に、黒い頭が上下動した。

 

「もしも生きていたなら、私だってそちらを選択するでしょう。

 でも、こうしてサーヴァントになった『私』の人生は変えられない。

 ならば現在を優先しますよ。そのほうが実りが期待できますからね」

 

「赤毛と癖毛の坊主と嬢ちゃんたちと、教会の子供たち……」

 

 ランサーは溜息を吐いた。この男が、イリヤが器ということを明かさない理由に思い至ったのだ。そして、霊脈が活断層ではないかという推測を持ち出したことも。

 

「そして、この街の人間か。坊主に重石をつけやがったな。

 というよりは、セイバーを外したかったんだろ? 

 なあ、アーチャーよ」

 

 アーチャーは決まり悪げに頭を掻いた。

 

「……ばれましたか。

 ここからでは過去でも、セイバーにとっては『現在』の願いです。

 こんな欺瞞に満ちた戦争に、賭けていいものではないと思うんです。

 手に入るのは、汚れた聖杯でしょうし」

 

 キャスターは緩やかに首を振った。

 

「それ以前に問題があるわよ。

 私たちが黄金のアーチャーに敗れ、『器』が満たされて、

 セイバーが聖杯を手にする可能性も皆無ではないわ。

 セイバーの主、唯一の縁者の身命と引き替えにね。

 坊やは許すかしら?」

 

 アーチャーとランサーは顔を見合わせ、後者がずばりと断言した。

 

「そりゃ無理だな」

 

「……でしょうねぇ」

 

 二人の見たところ、士郎はセイバーを扱いかねている様子だった。降って湧いた謎の美少女で、実は人間でもなくて、聖杯戦争の駒だと言われても、ろくな知識のない士郎が困るのは当然だろう。

 

 管理者のサーヴァントとして、アーチャーもお膳立てに協力したほどだ。イリヤのメイドのふりをしてもらって、士郎と一緒に学校に行き、授業や部活を参観するうちに、徐々に打ち解けてきたようだ。

 

 だが、切嗣の実娘で、義理のきょうだいのイリヤのほうが、ずっと重みのある存在だろう。

 

「令呪があるのは、サーヴァントより、マスターの願いを優先するためですからね」

 

 セイバー主従が聖杯戦争の勝者となったら、聖杯はイリヤの復活に使われることだろう。衛宮士郎が、第三魔法の使い手になるのかもしれない。なんと皮肉なことか。

 

「どんな願いも叶うなんて、どう考えても嘘でしょうに。

 そんなものの代償に、自分の生涯も消して、世界と契約するだなんて……。

 セイバーに必要なのは、きっとそのどれでもない」

 

 黒い瞳が、鋼色の瞳を仰いだ。

 

「きっと、凛が君に伝えたようなことに気づくのが必要なんだと思う。

 士郎君たちが、それを見つけるまで、

 言峰神父に余計なちょっかいを出されるのは困るんだ。

 第四次のキャスターは、セイバーの目の前で子どもを惨殺しているし」

 

「そういえばそうだったな。ふん、外道のやることは似たり寄ったりか。

 胸糞の悪い」

 

「なに!?」

 

 頷くランサーと驚くエミヤが対照的だ。エミヤの生前には語られなかったことかもしれない。

 

「セイバーのトラウマを、再び掻き毟るだろう。

 彼女の体感時間では、半月と経っていないんだよ。

 生死の狭間にいる重傷者を、これ以上追い詰めるのは危ない」

 

 黒髪の青年は身を乗り出した。

 

「繰り返しますが、聖杯戦争は第三魔法復活か、

 根源に行くための手段に過ぎないんです。

 魔法入手の手段で、家族問題や犯罪の解決なんて、無理があると思いませんか?

 それは人の心の問題なのですから。

 ……魔術や魔法を生み出すという、人の心の」

 

 神秘はより高い神秘に打ち消される。人の心こそ、神秘の最高峰ではないだろうか。ヤンはそう思う。人の心には、魔法でも魔術でも太刀打ちはできないだろう。

 

「聖杯戦争で実現可能なものと、そうでないものを切り分けましょう。

 マスターたちが生き残れば、魔法以外は達成できるんですからね。

 時間はかかるでしょうが」

 

 ヤンは目を細めた。士郎たちと同じ年だった頃の自分が頭をよぎる。父が亡くなって、心ならずも入学した士官学校の二年目。苦手な教科は本当に大変だったけれど、好きで楽しい授業もあった。少ないながら友人もできて、片思いが始まり、時には笑えるようになった。全てを失っても、生きている限り、人は前に進めるのだ。

 

「あの子たちにとって、時間が最良の薬となることでしょう」

 

 第四次聖杯戦争から十年。少年少女のマスターらの心を癒すには、同じかそれ以上の年月がかかるだろう。だが、この世界ならばそれも可能なのだ。この子たちが、戦争の訪れない世界を存続させてくれるなら。

 

 ヤンはサーヴァントらに深々と一礼した。どうにかにベレーを落っこっとさずに。

 

「そのためにも、改めてお願いします。あなたがたの力をお借りしたい」

 

「な、な、な、なにやってんだよ!」

 

 裏返った声が、居間の空気をかき回す。間桐慎二と桜が帰ってきたのだ。慎二の口が戦慄くのも無理もなかった。親戚を自称するキャスターは認識していたが、赤青黒と三人もサーヴァントが増えている。

 

 空気が揺らぎ、紫銀の髪が翻った。ライダーが実体化して、桜と慎二を背後に庇う。

 

「遠坂のアーチャーはともかく、そいつらは……」

 

 キャスターの朱唇が弦月を象る。

 

「あら、これは私の僕よ」

 

 慎二は蒼褪めながらも、桜の一歩前に出て、青い武装の美丈夫を見据えた。

 

「そっちの青い奴は、たしかランサー」

 

 では、未知の赤い外套の偉丈夫は? 褐色の端正な顔の灰色の瞳には、知性が感じられる。

 

「……ってことは、もう一方はバーサーカー、じゃないな。アサシンか? 

 なんで、キャスターが二騎もサーヴァントを従えてるんだよ!?

 ちくしょう、ルール違反もいいところじゃないか!」

 

 菫色の瞳が嗤いを浮かべた。

 

「何を言っているの。

 魔術師がサーヴァントを従えるのは、この戦争のルールでしょう?」

 

「そういうことよ。受け入れなさい、ライダーとそのマスター」

 

 新たな声が割って入り、慎二と桜は弾かれたように振り向いた。

 

「と、遠坂、そうだ、なんでおまえがキャスターを……」

 

 慎二が震えながら伸ばした指は、仁王立ちした凛に向けられた。

 

「そんなの、同盟を組んだからに決まってるでしょう。

 聖杯戦争は、力比べじゃなくて魔術儀式よ。

 だったら、最強の魔術師を味方にしない手はないわ」

 

 それは人間の魔術師ごときではなく、魔術師の英霊に決まっている。

 

「……その手があったじゃないか!

 なんで、こんなのが出てくる触媒を用意したんだよ、あのクソジジイ……」

 

 庇っている者に手ひどいことを言われ、ライダーの肩が落ちる。

 

「あの、君の言い分も理解できるが、ライダーを責めるべきじゃないよ。

 君たちは病み上がりだ。せめて、席に座って話し合いをしないか?」

 

 アーチャーはベレーを脱ぐと、遠慮がちに提案した。

 

「チッ! アーチャー、またおまえか!」

 

「え……この人がアーチャー?」

 

 驚いた桜はライダーに問い掛けた。頷きに、紫水晶の流れが揺れる。黒髪に黒目。凛や慎二たちよりも、よほどに日本人らしい色彩だ。桜よりは頭一つほど高いが、長身といえるほどではない。やや痩せ型で、表情は優しく、とてもライダーを退けた相手とは思えなかった。

 

「はい……ですが……」

 

「相談している場合?

 あんたたちはとっくに負けて、わたしたちに生かされてるようなものよ。

 さあ、さっさとこちらの軍門に下りなさい」

 

 控えめな胸をそらした凛に、アーチャーは小さく首を振った。そして、穏やかな声と口調で爆弾を投げ込んだ。

 

「いや凛、こう言うべきだよ。

 七騎で協力しなければ、勝てない敵が待っているだろうとね」


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