Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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69:いつか、蘇る王

 夕刻を迎える少し前、衛宮士郎とセイバー、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが訪れた。弔問とガラスの弁償を口実に、実のところはマスターとしての表敬訪問である。

 

「……なにやってんのさ?」

 

 呼び鈴に玄関の扉を開けたのは、喪服姿のアーチャーだった。

 

「大掃除が始まってしまってね。邪魔だからドア係をしろだとさ」

 

 間桐臓硯が死亡し、喪主となるべき息子は意識不明の重体。似たような経験をした凛は、キャスターに町内会長に連絡してもらった。アーチャーの助言で、新聞に訃報の掲載を依頼する。

 

 先に遺体を火葬し、葬儀は落ち着いたら行なう。故人の意志を尊重して、家族で静かな式にする予定だと。これは穂群原高校にも連絡した。

 

『お孫さんもまだ高校生です。

 二人とも病み上がりで、お通夜ができる状況ではありません。

 弔問は、お気持ちだけ受けさせていただきます』

 

 間桐家は、ほとんど近所付き合いがないが、冬木を代表する資産家だ。二人の孫は高校生だから、学校も関係がある。サーヴァントがうようよしている現状で、弔問客に来てもらっては困る。

 

 一見すると日本人ぽいアーチャーが、玄関の窓口係に任命された。幸い、時臣の遺品の中に喪服もあった。それ以上に、彼は掃除の役に立たなかった。

 

「要するに、葬儀屋のふりをするわけだ。……やれやれ」

 

 アーチャーは肩を竦めるが、ある意味で余人にできない役割である。奥に通されてみると、色とりどりの美男美女が、箒や雑巾を手に立ち働いていた。士郎とイリヤは顔を見合わせた。

 

 ――濃い。濃すぎる。

 

「これほどのサーヴァントが!?」

 

 身構えかけたセイバーだが、自分もメイド服だった。肌も露わな格好で掃除しようとしたライダーは、凛や他の面々の反対によって、慎二のジャージを借りていた。袖とズボンの長さが足りず、少年をむくれさせたものだ。

 

「なんだかなあ……」

 

 尋常な服装をしている分、逆に眼帯がシュールだ。

 

「悪のソシキのキチみたい……」

 

 イリヤの言うとおりだ。怪人赤マントが、怪人青タイツに掃除の指導をしている。

 

「もっと隅々まで丁寧に拭きたまえ」

 

 褐色の指が窓の桟を撫で、白く変色した。白い眉の間に皺が寄り、青タイツに指を突き出す。

 

「そら、埃が残っているぞ」

 

「うるせぇな。いちいち細かい野郎だぜ」

 

「キャスター、部屋の隅の掃除は、細いノズルに付け替えろ」

 

「こ、こうかしら?」

 

 おっかなびっくり掃除機を動かしている、銀髪紫眼の美女だけが現代人の服装をしていた。

 

「……なんだ、これ?」

 

 士郎とセイバーは、揃って眉間に皺を寄せた。イリヤだけがすっきりとした顔になると、ぱちんと手を打つ。

 

「あ、さっきテレビでやってたわ。ヨメとシュートメよ!」

 

「イリヤスフィール、この場合は婿と舅が正しいかと……」

 

 士郎は眉を下げて、頬を掻いた。

 

「いや、セイバーそれはいいから。大掃除ってこれかぁ……」

 

「あ、士郎とイリヤ、いらっしゃい」

 

 一種異様な光景を前に立ち尽くす士郎たちに、バケツを運んできた凛が声を掛けた。凛の後には、雑巾と古新聞の束を持った桜が。

 

「え、先輩……?」

 

 戸惑った顔の桜に、士郎は小さく頭を下げた。

 

「なんか、色々大変だったんだな。

 ……ごめんな。俺、なんにも知らなかった」

 

「そんな、先輩のせいじゃありません」

 

 神秘は秘匿せよ。そのために、沈黙し、耐えるしかなかった。桜が魔術に価値を、いや、魔術師であることの特別性を認めていたからだ。桜はそういうふうに育てられていた。それ以外の考えを剥奪されるほどの苦痛と屈辱だった。

 

 だが、ひたすら受け身でやり過ごそうとせず、凛のようにきちんとマスターになっていたら? 吸血鬼事件は起きず、学校に結界は張られず、ライダーは悪者にならずに済んだ。士郎にも、もう少し堂々と接することができただろう。

 

「わたしがいけないんです。わたし、先輩を騙して……」

 

 まさに会わせる顔がない。桜は、小柄な身長をさらに縮めた。士郎も慌てた。胸の前で忙しなく両手を振る。

 

「や、それは桜だけのせいじゃないぞ。

 俺だって、モグリだったから……」

 

「ええ、まったくね。十年も上納金を踏み倒してくれちゃって」

 

 取り成そうとしたのか否か、傍らの守銭奴がぼやく。士郎はそれを聴覚から追いやると、手を下ろした。

 

「それにさ、俺もちゃんと言っていないことがあったんだ」

 

 そのまま、右手の甲を桜に差し出す。令呪が赤く浮き出た甲を。

 

「俺はセイバーのマスターなんだ」

 

 傍らの金髪のメイドが凛然と一礼した。

 

「私がシロウのサーヴァント、セイバーです」

 

「え……? セイバーのマスターは先輩だったんですか」

 

 驚く桜に、銀髪の少女は両手でスカートを広げ、優雅な淑女の礼をした。

 

「マスターとしては初めましてね、サクラ。

 わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 イリヤの背後に、鉛色の死の化身が巨躯を現した。間桐邸の天井の高い、宏壮な造りだから可能だったので。

 

「バーサーカーのマスターよ。

 ライダーのマスターに、始まりの御三家の一員としてお話があるの」

 

「イリヤ、だからそれ、お話じゃない……」

 

 ありていに言って脅迫だ。桜の喉が鳴る。

 

「でも、ライダーのことをわたしは知っているんだから、

 バーサーカーのことをかくすのはヒキョウでしょ?」

 

 正論だ。圧倒的な力を準備する、アインツベルンの戦略そのものは正しい。強大な力を動かすべき頭脳を、奪ってしまったのが間違いだ。それを補うのが、イリヤの役割。そうアーチャーは語っていた。

 

 話せないバーサーカーの宝具は、恐らく常時発動型。安定性に優れる反面、爆発力には難点がある。敵に対して、いかにその弱点を伏せておくか。

 

 最適解の一つが霊体化からの強襲。彼の巨躯と抜きん出た能力は、相手の判断力を奪い、更に優位に立てるだろう。だからイリヤは、彼が充分に動けるスペースがあるか、常に判断するようにと。

 

 無論、戦闘だけでなく、交渉という名の脅迫にも威力を発揮する。

 

「や、うん、そうだけど、でもなあ……」

 

「わたし、セイバーに服を貸して、メイド見習いにしただけだもん」

 

 すまし顔のイリヤは、汚職政治家の答弁みたいなことを言い、士郎と桜を上目遣いで見た。

 

「勘違いしたのは、シロウとサクラが魔術師としてミジュクモノだからじゃない」

 

 士郎とセイバーはラインがきちんと繋がっていなかった。また、ライダーを慎二に託していた桜は、マスターとしての感知能力が凛やイリヤに劣る。

 

 イリヤとセイバーにラインが存在しないことを判別できず、アインツベルンの名もあって、セイバーのマスターを誤認したのだ。

 

「でも、これならわかるでしょう?」

 

 バーサーカーの顕現によって、顔面にまで現れる巨大な令呪。それはイリヤの魔術回路の規模も意味する。すべてにおいて規格外の主従であった。桜は、冷たくなった拳を握り締めた。

 

「……な、なんの話ですか」

 

 固い声で問いかけた桜に、銀髪が丁重に下げられた。続く言葉は、予想外のものであった。

 

「まずは、おくやみを申し上げるわ。

 アインツベルンの一員として、盟友であったマキリ・ゾォルケンに」  

 

「えっ? あ、はい……あの、ご丁寧にどうも」

 

 それは桜の虚を衝いて、あたふたと頭を下げることになった。桜が礼を返すと、イリヤは再び一礼した。

 

「それから、新しいマトウの当主にごあいさつに来たの」

  

「わ、わたし……?」

 

 桜は自分を指差し、目を瞠った。イリヤは軽く首を傾げた。 

 

「魔術を続けるなら、サクラがなるしかないけど」

 

 含みのある言い方に、士郎はイリヤに問い掛けた。

 

「辞めるんなら、桜でなくてもいいのか?」

 

「うん。でも、やめたらどこかの魔術師に襲われちゃうよ」

 

「襲われる? なんだってまた!?」

 

「……ライダーが言っていたのはそういうことだったんですか!?」

 

 士郎と桜は驚きの声を上げ、凛は眉を寄せて頷いた。妹と友人の声に奥から出てきた慎二は、イリヤが繰り返した言葉に鼻を鳴らした。

 

「ここは霊地だから、魔術師にとって、人殺しをしてもうばう価値があるの」

 

「だから、魔術をやめたら襲われるって? 

 はっ、自分が死ぬとは思わなかったジジイのミスだね。

 僕を見限って、遠坂から養女を迎えたらこの有り様か。

 自分から乗っ取られたようなものじゃないか」

 

 ざまを見ろと言わんばかりの台詞だが、臓硯の所業を思えば、凛もたしなめることはできなかった。口にしたのは別の警告である。

 

「慎二、あんただって他人事じゃないのよ。

 あんたは間桐の血を持ってるし、知識だってそれなりにあるんでしょ?

 実験材料にされて、脳みそを引っこ抜かれるかもしれないわよ」

 

 慎二は唇を噛み、桜は両手で口を覆った。

 

「それはそのまま、桜にも言えることだけど」

 

 いや、もっと悪いかもしれない。桜は強大な素質を秘めた魔術師で、しかも女だ。姉の贔屓目なしに、美少女でスタイルも抜群。どんな目に遭わされることか。臓硯の蟲のほうが、まだましな事態だってありうるのだ。

 

「魔術を続けるにしろ、辞めるにしろ、アインツベルンには協力してもらうべきよ」

 

 孤高の大家アインツベルンというが、それを可能にするのは莫大な財力である。凛は、すんなりした親指と人差し指で丸を作った。

 

「わたしのアーチャーによると、戦争は財力がものを言うんだそうよ」

 

 慎二は怪訝な顔になったが、負けじと言い返した。

 

「それがなんだっていうんだよ」

 

「あんたたちのおじいさんは亡くなったわよね。

 遺産相続が片付くまで、おじいさんの貯金は動かせないわよ。

 魔術協会に時計塔、お金でなんとかするのも限界があるんじゃない?」

 

「あっ!」

 

 間桐兄妹は同時に声を上げた。まさに盲点だった。二度も喪主をやり、二回目は自分が唯一の相続人になってしまった凛ならではの指摘だ。

 

 怪我する前から酒浸りだった父、鶴野は臓硯の事務所の役員ということになっていた。これは名目のみの役職で、祖父の収入から、父の給与が支払われていた。その貯金はあるが、臓硯の相続が片付くまでは、給与が入ってこないということだ。

 

 更に入院費用を支払い、二人の生活費と新年度の学費。脳内で算盤を弾いた間桐家の主婦は青褪めた。

 

「兄さん、そっちをどうにかするなんて、絶対無理です。

 父さんの個室料、一日一万円もするのに……」

 

 部屋の隅で様子を伺っていたランサーは、思わず呟いた。

 

「……生々しい話じゃねえか、おい」

 

 この騒ぎに、サーヴァントたちは掃除の手を止めていた。

 

「あの蟲を生かしといたほうが、幸せだった奴が多いってわけかよ」

 

 エミヤには答えられなかった。幸せになる者が多いなら、一人の不幸は切り捨ててきた。自分を含めて。

 

 穏やかな声が流れた。

   

「いや、それは違う。

 一人が全員を搾取し、本来全員が手にすべき物を独り占めしていただけです。

 彼らは、おこぼれで生かされてきた。

 しかしこれからは、自分の力で掴み取っていかなくてはなりません」

 

 その声は決して大きなものではなかったが、少年少女らの耳に届き、心を震わせていく。

 

「前よりも大変に思えるかも知れない。でも、その苦労は、自由と等価なんだ。

 自分がどんな人生を歩むか、自分以外に選択する権利はない。

 どんなに凄い魔術師も、英雄も、決して君たちの代わりにはならない」

 

 民主主義は英雄を否定する。その民主主義を守護して、戦い抜いた英雄。それは大いなる矛盾だっただろう。彼の言葉は、英雄である自分を否定しているが、セイバーはようやく彼が理解できたような気がした。

 

 人の価値が異なる国と争った、人間の平等を掲げる国の軍人。彼は何度もそう言っていた。自分と他人の価値は平等であると。自らの足で立ち、他人と助け合い、歩んでいくのが彼の理想。国を一人で背負っていたセイバーとはまったく違う。しかし、目指す先は同じだった。

 

 ――みんなが幸せに、自分らしく生きられる国を。

 

 王として、一人で理想の国を作ろうとしたセイバーと違うのは、国民自身が判断し、選択して作っていくという方法だけだ。無力だった民が、その生をリレーして豊かになり、学んで力を得た。

 

 あれからセイバーは寝食を惜しんで、図書館から借りた本を読みふけった。時には士郎の教科書や参考書を動員し、聖杯の囁きに耳を傾けて。そして、セイバーは知った。

 

 ブリテンと現代は、時の河の上流と下流の関係だった。大河も濫觴(らんしょう)に始まる。セイバーの治世は、その一滴。

 

 現代のイギリス人は、蛮族であったアングロ・サクソン系である。しかし、国土を守ろうとした彼女の奮闘を讃え、今も国を守ってくれていると信じている。

 

 最後の戦いの傷を妖精郷で癒やし、国家存亡の危機にふたたび彼は現れるだろう。いつか蘇る王、アーサー・ペンドラゴンと。

 

 セイバーは、失った鞘の代わりをとうに手にしていたのだ。語り継がれる不朽の名声、歴史の記録、人の記憶に刻まれる真の不死。

 

「……あなたの言うとおりです、アーチャー」

 

 セイバーは一度瞑目し、金色の睫毛を上げた。

 

「私の願いは、よりよき王の選定でした。しかし、やろうと思えばできたのです。

 我が子とは認めがたいが、彼は力ある騎士だったのだから。

 認められずに手にかけ、自分が死ぬ時になって、

 譲るべき者を失ったことに気付いて……すべてのやり直しを求めた。

 未来を求めるには手遅れだったから」

 

 緑柱石が白露を結び、ほろほろと雫をこぼす。

 

「私は愚かでした。勝手に作られた子に、嫌悪感しか抱けなかった」

 

「……無理もないと思うぞ。セイバーのような目に遭ったら、俺だってそう思う」

 

 これは士郎の本音だ。でも、セイバーの涙を止める役には立たなかった。

 

「では、女の私が妻とした王妃は!? もっと耐えられなかったのも無理はない!」

 

 彼女は臣下と密通し、それが円卓を割ることに繋がった。当時は考えもしなかったが、歴史を調べるうちに理解した。女同士の偽りの結婚では、当然子どもは生まれない。子を成せない女に価値のなかった時代だ。どれほど苦しみ、傷ついたことだろうか。

 

「シロウにイリヤスフィール、そしてリン。ライダーのマスターたち。

 あなたたちは、私のようになってはいけない。

 偽りで固めていても、必ず綻び、取り返しがつかなくなる」

 

 セイバーの告白にアーチャーは頷いた。 

 

「そのためにも、この聖杯戦争を無事に生き延びるんだ。

 ろくでもない戦いだからこそ、勝たなければ意味がない。

 その勝利だって、君たちの未来に比べれば大したものじゃないがね」

 

 凛は目を瞠った。

 

「……勝てるの?」

 

 アーチャーは髪をかき回した。

 

「戦場に至るまでの戦略は固めた。

 敵より多くの味方を集め、敵の補給線を断つ。これが第一段階」

 

 エミヤは微かに息を飲み込んだ。戦略では負けっぱなしだったが、戦術で負けたことのない不敗のヤン。そんな彼が、戦略的にも優位な状況を構築したのだ。

 

「そして、次のピースも揃ったよ。なんとか勝算が立てられそうだ。

 さあ、始めるとしよう。では頼むよ、士郎君」




※濫觴:杯を満たすほどのわずかな水流の意

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