Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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11章 七騎同盟
70:とある英霊の物語


「そして、次のピースも揃ったよ。なんとか勝算が立てられそうだ。

 さあ、始めるとしよう。では頼むよ、士郎君」

 

「へっ?」

 

 アーチャーに名を呼ばれた士郎は、間抜けな声を漏らした。赤い外套の偉丈夫が眉間に皺を寄せ、士郎の誤解を正す。

 

「たわけ、貴様ではない」

 

 彼と士郎は初対面同然である。なのに、この言いぐさはなんだ。士郎はさすがにカチンとした。

 

「なんで、おまえにそんなこと言われなくちゃならないのさ!」

 

 士郎の抗議には応えず、鋼の色が喪服の青年に視線を転じた。

 

「あなたも存外に人が悪い」

 

 のほほんとした顔で、爆弾を投げ入れるのだから。アーチャーことヤン・ウェンリーは、微かな笑みを浮かべた。

 

「隠していては、ためにならないと思ってね。

 セイバーが言ってくれたように、君も自分の言葉で伝えるべきだ。

 それとも、私のマスターが言ったほうがいいかい?」

 

 ランサーの宝具をも凌ぐ、急所を捉えた一撃だった。アサシンことエミヤシロウは溜息を吐いた。

 

「……それは勘弁していただきたいものだな」

 

 言いながら俯くと、前髪をかき乱し、再び顔を上げる。凛を除く少年少女たちが、一斉に目と口を満開にした。姓に名、あるいは年齢差を示す呼称で、口々にアサシンを呼ぶ。最も驚愕した者が、一人称を口にした。

 

「お、俺……!?」

 

 士郎よりずっと丈高く、逞しく、男性としての理想ともいえる体格。浅黒い肌と対照的な銀色の髪と瞳。しかし、秀でた額に前髪がかかると、少年の面影が明らかになった。

 

「そうだとも言えるが、違うとも言える。

 私は衛宮士郎の可能性の一つだ。

 『正義の味方』を目指した、魔術使いの成れの果てだ」

 

 自嘲の滲む口調に、エミヤの旧友の眉間に皺が寄った。

 

「で? サーヴァントとして呼ばれたってことは、

 聖杯戦争に勝利して、英雄になったってわけか?

 僕たちを見て、さぞや馬鹿にしてたんだろう!?」

 

「兄さん!」

 

 義妹の制止にも、慎二の糾弾は止まなかった。

 

「だってそうだろ? 聖杯戦争で死んでたら、そんなにでかくなりゃしない!」

 

「うー……」

 

 士郎は複雑な心境になった。琥珀を眇め、サーヴァントとなった衛宮士郎を眺め回す。やや小柄な自分よりも優に頭一つは高い。

 

 過去の自分を見下ろすエミヤの内心も、混沌としたものだった。しかし、重ねた年齢の分だけ、エミヤには余裕があった。

 

「確かにな。そう思われるのも仕方がなかろう。

 しかし、私が経験した聖杯戦争は今回とかなり異なっている。

 まず第一に、私の時のアーチャーはこの人ではない」

 

 磨り減って薄れかけた記憶の中に、未だ残っている鮮烈な色。月光の下、校庭で激突する赤と青。迫り来る青い死神が、真紅の槍で心臓を突き刺した。それは衛宮士郎が死んだ日の記憶。

 

 そして、蘇った日の記憶。鮮血に塗れた目覚め。転がっていた宝玉は、己の血よりも赤いルビー。

 

 家に帰り着いて間もなく、再び来襲した青い騎士。絶体絶命の危機に、風が鈴の音とともに舞い降りた。銀と蒼、黄金と聖緑の、夢幻のごとく美しい少女であった。

 

 鉛色の巨人を従えた銀雪の妖精。赤く歪んだ結界を跳梁する、長い紫の髪。夜空に舞い上がる黒の魔女。捩れた剣の矢を射る、赤い弓手の広い背中。

 

 士郎の目が見開かれた。

 

「全然違う……。俺はあの日、弓道場の掃除して、普通に家に帰ったぞ」

 

 イリヤが気まずい顔になった。

 

「うん……。死にそうにはなったけど……。

 それは、わたしとバーサーカーのせいだし」

 

 ランサーは腕組みした。彼の表情も冴えない。

 

「おうよ。一戦交えるどころか、すぐさま俺の正体を見抜きやがった。

 ゲッシュを持ち出されてはな……。こいつが弱いと油断した俺が悪いんだが」

 

 残念そうなランサーに、ヤンは眉を下げた。

 

「あのですね、私があなたと戦えると思いますか?」

 

「おまえの宝具は中々のものじゃねえか」

 

「秘匿を旨とする聖杯戦争で、あんな代物を学校で使えますか。

 学校というところは、どこに人目があるかわからないんですよ」

 

 ヤンの言葉に、エミヤは眉間を揉んだ。同じく凛も。

 

「ええ、本当にそのとおりよ。

 私のアーチャーがエミヤシロウでなかったから、

 ランサーが士郎を殺さなかったから、今の状態になったと思うの」

 

「炎を生き延び、養い親に宝を託され、理想を受け継いだ。

 英雄に与えられた死、魔術による蘇生。

 そしてセイバーを召喚し、共に戦い、やがて戦士へと至る。

 それは英雄譚というのよ」

 

 キャスターが、歌うように赤き従者の物語を紡ぐ。  

 

「惜しいことね。

 おまえがいま少し過去に生まれていたなら、星に認められたことでしょう。

 ランサーによる死は、坊やがこの男になる契機だったはずよ」

 

 現在と未来の衛宮士郎が愕然とする。琥珀と鋼色の凝視に、神代の魔女は優雅に肩を竦めた。

 

「死んだはずなのに生き返り、セイバーが顕現した後は、

 鞘の加護で限りなく不死に近い。

 年端も行かぬ若者が、向こう見ずになるには充分でしょう?」

 

「でも、俺は戦ったことなんてないんだけど」

 

 士郎の反論に、エミヤが片眉を上げた。

 

「だから貴様はたわけだというのだ。

 それが誰のおかげか、少しは考えてみろ」

 

 士郎はムッとした。これが自分の未来図だなんて思いたくない。実際、自分そのものの未来ではないんだろう。アーチャーとランサーは校庭で戦っていないし、だから士郎もランサーに殺されていない。バーサーカーにはやられたが、セイバーとランサーの戦いで、セイバーは負傷していない。ライダーとランサーにはアーチャー主従が対応している。決して強いと言えないアーチャーが、強力なサーヴァント二騎と戦って負けていない。

 

「あ……。そっか、アーチャーのおかげなんだ……」

 

 もう一人の衛宮士郎が語る、華々しい聖杯戦争に憧れないといえば嘘になる。しかし、その頻度で連戦したら、へっぽこな自分とセイバーが潰れるのは目に見えていた。黒いアーチャーより、ずっと強い赤のアーチャーと凛の主従と同盟したとしても。

 

「あれ? 待ってくれ。その聖杯戦争のアーチャーは、赤い服……。

 まさか……」

 

 褪せた白い髪が、微かに下がった。

 

「恐らくはそうだろう。今の状態が配役違いで起こっていたわけだ。

 ちなみに私が遭遇した柳洞寺のアサシンは、佐々木小次郎と名乗っていたぞ」

 

 全く同時に、三つの斬撃を繰り出す、魔法の領域に到達した剣術の天才だった。それを聞いたランサーが、口惜しそうに呟く。

 

「てめえも面白い戦いをする奴だが、そいつとも手合わせしたかったぜ……」

 

「大変な強敵だったがね。剣の腕は、セイバーをも凌いでいただろうな。

 その剣技だけで、ランサーとバーサーカーに門前払いを食わせたのだから」

 

 アーチャーまで羨ましそうな顔をした。是非、観戦したいと思ったに違いない。呑気な連中に、間桐家最後の直系は額に青筋を立てた。

 

「おい……。この聖杯は、西洋や中近東以外の英霊を呼べないんだぞ。

 佐々木小次郎だって? 日本人で、しかも架空の存在だろ。

 この衛宮だって似たようなもんさ。ルール違反だぞ!」

 

 睨み付ける慎二に、キャスターは嫣然と微笑んだ。

 

「魔術師がサーヴァントを呼ぶのがこの戦争のルールではなかったの?

 未来の存在を呼んだことを非難するなら、アーチャーのマスターも同罪よ」

 

 当のアーチャーのマスターは、アサシンの語る遠坂凛に複雑な気分だった。

 

「こいつを呼びたくて呼んだわけじゃないけど、

 でも弱いからこそ、いいこともあったのよ」

 

 凛は服の上から、家宝のペンダントを握り締めた。

  

「わたしは、士郎を死なせずに済んだのね」

 

 このペンダントが壊れ、修理に出していたから、万暦赤絵の壷を触媒にヤン・ウェンリーが召喚された。彼はランサーと戦わず、士郎は死なず、ペンダントは違う者を蘇らせた。卵が先か、鶏が先かという問いのようだが、このペンダントは英霊エミヤに繋がっていなかったのだ。

 

「その遠坂凛の気持ち、わかるわ。

 士郎を死に追いやったことを、ずっと負い目にしてたと思う」

 

「ああ、きっとそうだろう。

 俺の知る遠坂は、素直じゃないくせに、俺のために命を賭けてくれた。

 自分のサーヴァントを犠牲にしてまでな」

 

 長身で逞しく、端正な容貌の英霊エミヤの言葉は大層な破壊力だった。彼が語っているのは、凛ではない凛だ。頭では理解していても、感情が追いつかず、凛の頬に一月早く桃の花が開花する。

 

 それを見た慎二は、波打つ髪を振り立てた。

 

「ああ、もう、おまえの惚気はいらないんだよ!」

 

 残りのマスターの反応は、三者三様であった。イリヤは、士郎の袖にぶらさがるようにして訴えた。

 

「やだ、シロウってば、オンナタラシになっちゃってる……。

 ぜったいにあんなふうになっちゃダメなんだから!」

 

「安心してくれ。俺は絶対にああはならないから」

 

 未来の自分だというアサシンを睨みながら請け負う士郎に、桜が血相を変えて詰め寄った。

 

「先輩、本当ですか? 本当ですね!? 約束ですからね!」

 

「お、おう」

 

「よかった……」

 

 胸を撫で下ろした桜は、主従であったかもしれない二人に冷ややかに告げた。

 

「姉さんとアサシンさん、そういうのは後にしてください。

 あと、できるだけ、わたしの見えないところでやってくれませんか」

 

 サーヴァントらは何も言わなかったが、視線に温さを増した者が三名、動揺を滲ませたのは一名。目を隠したライダーと、姿を消しているバーサーカーは不明だ。

 

 慎二は激しく後悔した。こんな争いに首を突っ込むのではなかった。魔術師としての栄誉ある闘争どころか、きょうだい喧嘩とのろけ合戦じゃないか。

 

 しかし、時すでに遅し。もはや頼れるのは自分のみだ。脳内に花を咲かせた連中を放置し、エミヤに迫る。

 

「もっと役に立つ情報を寄越せよな」

 

 慎二の要求に、エミヤは咳払いをしてから口を開いた。

 

「とはいえ、私の経験した聖杯戦争とあまりに異なるのは理解できるだろう。

 ライダーとキャスターの悪事は、こんなにすぐには終息せず、

 ランサーのマスターもなかなか割り出せなかった。

 イリヤは完全に敵で、遠坂と同盟を組んだのはそのせいだ」

 

「もったいぶらずに結論から先に言えよ。

 まずは、アーチャーが疑っている、第八の主従が本当にいるのか」

 

 エミヤは苦く溜息を吐いた。この友人が、鋭くて探し物が得意だったこともすっかり忘れていた。自分の世界の間桐慎二は、聖杯戦争で落命したのだった。

 

「私の場合はいたがね。

 もっとも、我々の前に姿を現したのは、多くのサーヴァントが脱落してからだ」

 

 アーチャーは頷いた。行儀悪く片膝を立て、そこに肘を付いて顎を支える。 

 

「だろうね。そのほうが戦略的にも正しい」

 

 卑怯だと言いかけた士郎は、機先を制される形になった。

 

「そうなのか……」

 

「戦いは易きに勝つのが基本だよ。

 聖杯の中身が脱落したサーヴァントである以上、器が空では意味がない。

 脱落者が増え、中身が満たされると同時に、競争相手も減っているわけだ」

 

 エミヤは無言で頷きを返す。冷徹な言葉だが、黄金のサーヴァントはそういう考え方をする敵だった。

 

「ああ、当時の私にはわからなかったが、あなたの言うとおりだ。

 遭遇した時点では、あの男の真名もわからなかった。

 まもなく戦いとなり、連戦で消耗していたセイバーは相打って消えた。

 彼女の願いも叶えることはおろか、心を救うこともできなかった」

 

 口調が重苦しい。凛は眉を顰めた。

 

「ちょっと待ちなさいよ。あんた、

 黄金のアーチャーを知っているような口ぶりだったじゃないの」

 

「当時の、と言っただろう」

 

 黒い瞳が瞬いた。

 

「ではその後に、黄金のサーヴァントを知るチャンスがあったのかい?」

 

「生き残った私は、自分の魔術の研鑽に励んだ。

 皮肉なことに、あの男の宝具が大いに参考になった。

 無数の剣を……メロダックを、グラムを、ダインスレイフを持つ英霊だった」

 

 ランサーの瞳も瞬いた。

 

「何だそりゃ? ずいぶんと無節操なこった。

 山ほど剣を持ち歩いたって、戦場では邪魔なだけだろうによ」

 

「それは、あの男の本質が、戦士ではなく王だからなのだろう」

 

 金の髪が頷き、エミヤの証言を裏付ける。

 

「ええ、そうです。自らを高名な王と称していた。

 聖杯とて、己の財の一つだと言って憚らなかった。

 ライダーには心当たりがあったようだが、私には……」

 

 見当がつかなかったし、知りたいとも思わなかった。セイバーの王道を嘲弄したうえ、肉欲を向けてくる男だ。あの最悪な男が、現界しているのかもしれない。うそ寒くなったセイバーは自身を抱きしめた。

 

「で、誰なんだよ?」

 

 単刀直入な問いを発したのは、またも慎二だった。

 

「世界最古の王、ギルガメッシュではないかと私は推測している」

 

 エミヤの言葉に、ヤンは顎を上げた。

 

「……どうやら、ピースの一部が繋がったようだ」 

 

 無数の宝具を持ち、聖杯は自らの財と主張する黄金の王。アレクサンドロス(・・・・・・・・)ではなく、イスカンダル(・・・・・・)が英雄と認めた王。イスカンダルは、アレクサンドロスのアラビア語読みだ。アレクサンドロスが、古代ペルシアを征服したことで、そう表現されるに到ったのだが。

 

 古代ペルシアの版図には、ギルガメッシュ王の治めた地が含まれるのである。メソポタミア文明は、王朝の交代を経て、長く繁栄した。やがてウルクは衰退し、バビロニアが取ってかわる。首都バビロンは、旧約聖書に奢侈と虚栄の象徴として、真紅と黄金の淫婦と表現されている。

 

「強いのも頷けるよ。古いほど神秘が強くなるんだろう。

 数は力だ。凛たちのお父さんは、必勝の準備を整えていたんだね」

 

 姉妹は顔を見合わせた。なんて皮肉。その努力でも時臣の命は守れず、今強敵となって牙を剥こうとしているのか。

 

「そんな呑気なこと言わないでよ。どうするのよ!」

 

 語尾を荒らげたマスターに、黒いアーチャーは不器用に眉を上げた。

 

「どんなに強いサーヴァントも、頭は一つで手足は二本ずつだ。

 マスターも同様だ。この人数を活かさない手はない」

 

 それから、魔術師ヤンがベレーの中から取り出したのは、生前果たせなかった戦略構想の一つであった。


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