Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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82:烏鷺を競え

 キャスターの魔術の成果は、まずまずとのことだった。

 

「マスターとのラインに干渉する術を仕掛けておいたわ。

 派手に宝具を使うと不足する、といいのだけれどね」

 

「はあ……」

 

 しかし、少々歯切れが悪い。

 

「術は一応成功したのだけれど、

 英雄王はアーチャーとして十年も現界しているのでしょう?

 アーチャーの中には、魔力の蓄積能力がある者がいるそうよ」

 

 思いがけないことを言われて、アーチャーは面食らった顔になった。

 

「そんな便利な能力、私にもあるんですか?」

 

「マキリの文献に載っていたことだから、貴方については何とも言えないわ。

 ただ、あの男が蓄積能力を持っていると考えたほうがよいのではなくて?」

 

 魔女の提言に、魔術師は顔を曇らせた。

 

「ごもっともです。十年分の蓄積か……。どの程度のものでしょう?」

 

「あの男、単独行動スキルは高いし、恐らく受肉している。

 不確定要素が多すぎて、何とも言えないのよ。

 令呪について、もう少し研究すればいい手があるかもしれないけれど」

 

「ははあ……」

 

 同じアーチャーでも、魔力に余裕のないヤン・ウェンリーには何とも言えなかった。

 

「彼らの現状から推測しうる穴は塞いだつもりですが、

 十年というのは決して短くないんですよね……」

 

 世の中には、十年たらずで少尉から皇帝になって、宇宙を統一する人間もいるのである。身元をでっちあげ、現代社会に基盤を築いていても何の不思議もない。英雄王の才気やカリスマ、美貌は、皇帝ラインハルトにそうそう劣るものではない。社会の公平化が進んだ平和な日本では、あれほど急速な成り上がりは不可能だろうが。

 

「正しい判断には、正しい情報と正しい分析が欠かせません。

 一番重要なのは情報ですが、それが何も手に入らない。

 実のところ、塞いだつもりが穴だらけという可能性が高いんですよ。

 私は魔術について、全くの素人ですから」

 

 浮かない顔のアーチャーに、キャスターも似た表情を作った。

 

「あら、玄人だから苦労をしていないとでも?

 私の時代は世界に魔力が溢れていて、強大な魔術の行使も容易かったわ。

 今は無理よ。あの男に服を贈る理由も手段もないし。

 それにしても悪趣味な服よね。どうにかしてやりたいものだこと」

 

「ははは……」

 

 アーチャーは苦笑を相槌がわりにした。当然のことだが、神代と今ではすいぶん勝手が違うらしい。むしろ、適応できているのが凄い。そんなキャスターの実力をもってしても、新たな魔術に挑むのは難事業のようだった。

 

「それより、貴方はいいの?

 聖堂教会や魔術教会にまで喧嘩を売ったようなものよ」

 

「彼らが動いてくれるなら、むしろ願ったり叶ったりですがね。

 我々ではなく、主たる原因の改善に努めてもらいたいものだ。

 もっとも今回の目的は、住民への注意喚起なんですよ」

 

 戦場に民間人がいる。いや、民間人の中で戦闘をしている。生前のヤン・ウェンリーは、エル・ファシルやイゼルローン要塞から数百万人を避難させることができたが、サーヴァントの身では、冬木市の数万人でも不可能だ。

 

 警察に協力を願おうとも、魔術は一般人にとって空想の産物である。末端に訴えたところで、一笑に付されて終わりだろう。だが事実であることを知り、警察を動かせる権力は存在するのだ。それが聖堂教会であり、魔術協会だった。

 

 騒ぎを起こすことで、権力者サイドが重い腰を上げてくれるのを期待しつつ、この一件が住民の注意喚起となることを祈るのみだ。ガス中毒や吸血鬼騒ぎよりも、刃物で人を襲う犯罪者のインパクトは凄まじい。外出や夜歩き、ひいては英雄王の援助者の出現を抑制したいところだ。

 

「貴方にしては気の長い話ね……」

 

「勝算が掴めませんから、私たちが負けた後のことも考えないと。

 その為には、あなたに生き残っていただきたいんです。

 間桐の令呪を、桜君たちが引き継ぐことができるかもしれない。

 アインツベルンの大聖杯、遠坂の霊脈からのアプローチの研究。

 こうした対抗手段ができれば、長期的には勝てるんです」

 

 キャスターの片眉が上がった。

 

「長期的?」

 

「言峰神父は凛たちの倍以上の年齢ですよ」

 

 いずれは、寿命というリミットがやってくる。

 

「まあ、四半世紀後に全面核戦争が起きなければですが」

 

 余計な一言に、今度は眉が寄る。

 

「嫌なことを言わないで。どのみち、大聖杯の研究は必要ね。

 あれを浄化しないと、いずれひどいことになるわ。

 私の下僕が本来の役割を果たす羽目になるかもしれない」

 

 世界の滅亡要因を殲滅するのが、エミヤシロウが世界と結んだ契約。

 

「ある意味でアサシンの願いが叶うわけだけれど、

 私の願いより尊重するはずがないでしょう」

 

「ありがとうございます。

 そのほうがずっと建設的ですよ。

 さっきも住民に被害が出ないよう、サポートもしていただいて」

 

 キャスターは優雅に手を振った。

 

「これが、魔力搾取の贖罪ということでいいかしら?

 私を呼んだ男を殺したことを、詫びるつもりはないけれど」

 

 黒髪が傾げられた。

 

「しかし、そうおっしゃるということは気になさっているんでしょう?

 あなたのマスターが、パートナーとなる日のためにも、

 負い目を抱かないようにしたほうがいいと思いますが……」

 

 キャスターは目を細めた。菫の紫が、毒の花の色に変じる。

 

「貴方も私の下僕にならないこと?

 この世界に残留することも不可能ではないわよ」

 

「いやあ」

 

 アーチャーはベレーを脱ぐと髪をかき回した。

 

「お誘いはありがたいんですが、私は戦い以外に能のない人間です。

 聖杯戦争が終われば、役に立つ部分がなくなってしまいますよ。

 それどころか、きっと害になる」

 

「つれない男ね」

 

 キャスターは華奢な肩を竦めた。

 

「平和な世界を見るのが、望みだったのでしょうに」

 

「だからですよ。私が居残れば、あの子たちは平和から遠ざかる」

 

 黒い瞳には愛情と静かな諦念が同居していた。

 

「聖杯戦争の期間が終了したら、恐らく宝具は使えなくなるでしょう。

 そうなったら、私には落第ぎりぎりの軍人の能力しかない。

 執行者やら代行者やらが来ても、対抗なんてできませんよ」

 

 やはり、彼にはわかっていたようだった。自身の価値と、それに反する無力さ。遥か未来から招かれた英霊。本来はあり得ない、だが実在するなら途轍もない価値がある。魔術師にとっては等身大のダイヤモンドのようなものだ。

 

 一方、聖堂教会にしてみれば、世界の滅びを告げる悪霊だ。二週間程度で消えるから、目こぼしをされているだけであって、この世に残留したら狩るべき存在となる。

 

 彼の身柄を巡って、争いが勃発する可能性が高い。誇り高く、心優しく、だが、ちょっぴりケチな彼のマスターは、はいどうぞと差し出しはしないだろう。しかし、宝具が使えなければ、凛たちを守る術はないのだ。

 

「その点、あなたは魔術が使える。

 そうした勢力と抗争するより、知識の伝達を選べば八方丸く収まります」

 

「私の魔術、今の世では使えないものも多いのだけれど……」

 

「それは相手の問題なので、あなたが気にしなくても平気です。

 失われた魔術を復元するのも、後世の人間の役割ではないですか?」

 

 最たる例はアインツベルン。

 

「もっともね。今に合わせて術を考えるのも面白そうだわ」

 

 未来人の言葉に、神代人は頷いた。さすがは当時最高の研究者だ。現代の魔術師よりも進取の気性に富んでいる。アーチャーは頭を下げた。脱帽したままの頭を。 

 

「イリヤ君の目指す魔法についても、協力してあげていただけませんか?

 ……あの子が器になんてならないように」

 

「ならば、あなたも一緒に考えてあげたら?

 私のサーヴァントにおなりなさいな」

 

「いや、それはそれは魔術師(メイガス)にお任せしますよ。

 魔術師(マジシャン)には出来ないことだ。

 私は出来ないことはやらない主義なのでね」

  

 銀の睫毛が瞬いた。

 

「頑固ね、貴方は。もう少し動揺するかと思ったのに」

 

「私にも色々と経験があるんですよ」

 

 穏やかな微笑みには、キャスターの追及を諦めさせるものがあった。

 

「今日のところはここまでにしましょう。でも、時間までよく考えて頂戴。

 私のほうがいい主になるわよ」 

 

 アーチャーは微かな微笑みを浮かべた。

 

「あなたを主と仰ぐより、友人のままでいたいんですがね」

 

 穏やかな水面の下、広がる深淵がキャスターの前に現れる。咄嗟に切り返せないでいると、アーチャーは携帯電話を差し出した。

 

「じゃあ、これをお願いします」

 

 そして姿を消す。やはり魔力不足のようだ。時間を稼ぎたいのはこのせいだろう。

 

「なんて男」

 

 キャスターは独語してこめかみを押さえた。一見無害で平凡な顔で、とんでもない殺し文句を吐いてくる。意図しているのか否か、口説き文句へのお断りにもなっているではないか。

 

「どうやって捕まえたものかしらね……」

 

***

 

 昨晩の殺人未遂事件から、ほぼ一日が経過した冬木の街には、パトカーや警官が目立つようになった。マウント深山商店街も例外ではなく、夕食の買い物時間の割に、普段よりも人気が少ない。減った買い物客の中で、金銀に赤毛の取り合わせはとても目立った。

 

「あいつら、捕まるかな……」

   

「それが一番いいって、アーチャーが言ってたわ」

 

 赤毛の少年に、銀髪の少女が言う。

 

「それがヒガイシャのためだって。

 でも、キャスターのお薬ってすごいね」

 

「ん」

 

 慎二たちの父は意識を取り戻し、簡単な受け答えができるようになった。鸚鵡返しに近いものだが、一定の意志を有すると認められるだろう。

 

 次に薬が与えられたのは、監禁の被害者たちだった。長期間の拘束と低栄養で衰弱し、植物状態寸前だったのが、意識を取り戻した。

 

『メドゥーサの首は、切り落とされても石化の眼光を失わなかった。

 その血で作られたアスクレーピオスの死者蘇生の薬は、死者を完璧に蘇らせた』

 

 これらの神話のエピソードから、彼女の血には脳細胞の復元効果があるのではないか。そうアーチャーは考え、キャスターも同意した。寿命を伸ばす魔術は存在するが、老化を遅らせての延命に過ぎない。結局年は取るわけで、身体機能は低下するし、思考や行動もそれに引きずられる。杖が必要な老人は、十メートルだって走れないし、走る気も失せてゆく。

 

『一気に不老不死は難しいけれど、

 ずっと頭脳明晰というのは次次善ぐらいにならないか?』

 

 今回のマスターが、次回の聖杯戦争まで詳細な記憶を持ち越せたら、御三家は本来の形に返って協力し、目的を達することもできるだろう。まだまだ研究中だけれどと、キャスター謹製の魔法薬が使われたのだった。

 

「確かにすごいな。慎二と桜もビックリしてた」

 

 キャスターの説明は、半分も分からなかったけれど。

 

「魔術師が科学者や薬学者の元祖って、本当なんだな」

 

 セイバーは魔術師マーリンのことを思い返した。

 

「彼は天候を操るのが得意でした。

 今でいう、ええと、気象学ですか? 

 その知識があったのかもしれません」

 

「それは凄いぞ、セイバー。今の天気予報は、スパコンで計算してるんだからさ。

 そう思うと、俺、才能ないのかも……」

 

 キャメルの学生服の肩が落ちる。会計を終えて、店から出てきた執事が右の眉を跳ね上げた。

 

「もとより衛宮士郎に才能などない。精々、学び、悪あがきすることだ」

 

 木で鼻をくくったような台詞に、士郎はむっとして言い返した。 

 

「そう言うお前はどうなのさ!?」

 

 鋼が琥珀を見据える。

 

「恩師の勧める進路を選んでいたら、こうなってはいないと言っておこう」 

 

「うっ……」

 

 凄まじい重さの発言だった。

 

「で、でも、アーチャーを見てると、進学も公務員も、ものすごく大変だって思うぞ」

 

 エミヤとアーチャー、どちらかの道を選べと言われても、どちらも遠慮したい。ぼやく士郎を、エミヤは冷然と突っぱねた。

 

「安心しろ。

 あの人の学校のレベルは、貴様が東大にストレート合格するよりも難しい。

 進路指導の選択肢にさえ上がらんよ」

 

「ム、ムカつく……!」

 

 未来の英霊のエミヤには、残された事績から自分の歩んだ道を見つめなおすことはできない。目の前のかつての自分の相似形が、黒歴史真っ最中を歩んでいる。

 

 抹消してしまいたい思いで一杯だったが、遠坂凛と英霊たちの言葉がエミヤを変えた。衛宮士郎を導くことで、エミヤシロウと違う道を歩ませる。無限の並行世界の中で、守護者に至らぬ士郎ばかりになれば、英霊エミヤは消えるかもしれない。

 

 そう考えたエミヤは開き直った。ギルガメッシュなど何するものぞ。もう逢えない人々と再会し、あの頃の自分に物申してやるチャンスではないか。

 

「悔しいなら、もっと考えろ。

 厄介なマスターに呼び出され、もっと厄介な同盟者に振り回され、

 さらに厄介な師匠と身内に酷使されて、

 時速70キロのサイクリングをしたいか、衛宮士郎」

 

 褐色の右手には、食料品と酒と紅茶の袋がぶら下げられ、左手にはファンシーショップの紙袋。精悍な偉丈夫ぶりが台無しである。

 

 士郎は固く誓った。

 

「お、俺、頑張るよ」

 

 生者たちとサーヴァント、もしもいるなら守護霊に。

 

 士郎もまた、変わりつつあった。ただ一人生き残ったことを負い目にするのではなく、生きているからできることを探す。一人ではなく、みんなと協力し、大人の知恵も借りて、彼方の希望に一歩づつ近づいて行こう。

 

 自分だけでは果たせなくても、いつかきっと届く。セイバーの理想のように。

 

「ならば、決して気を抜くな」

 

 エミヤの視線が白刃と化す。夕空をよぎる蝙蝠に、魔力の痕跡を認めて。

 

「連中はまだ諦めていない」 

 

*****

「こちらは広報ふゆき、冬木市役所です。警察署よりお知らせします。

 昨日の午後六時頃、刃物を持った男による殺人未遂事件が発生しました。

 犯人の年齢は20歳前後、身長は180センチ前後で痩せ型、

 金髪で白いジャケットを着ています。

 外にいる方はすぐに帰宅し、戸締まりに注意しましょう。

 お心当たりの方は警察署までご連絡ください。繰り返します――」

 

 昨夜から何度目だろうか。すっかり聞き飽きた同報無線のアナウンスが流れてくる。普段は散歩から帰ってこない老人や、悪質商法や詐欺の注意を呼びかける程度だった。雑音として聞き流していたが、これほど音量のあるものだったのか。

 

「……煩い。止めさせろ」

 

「ふむ、どうやってだ? 警察に電話で抗議でもするか?」

 

 いらだちを募らせるギルガメッシュに対して、言峰綺礼の口調はそっけない。

 

「匿名の苦情は無視されるのがオチだ。ライダーなど捨て置けばよかったものを」

 

 赤色巨星の表面に、プロミネンスが燃え立った。

 

「我は王だ。地を荒らす蛇を捨て置けぬ」

 

「なに?」 

 

 言峰は呆気にとられた。そして舌打ちする。考えてみるべきだった。黒いアーチャーは、ただの一言からランサーの真名を悟った。言峰と衛宮士郎たちとのやりとりから、言峰に不審を抱き、第八のサーヴァントの存在を予測していたようだ。

 

 そして、あの陣営には前回と同じセイバーがいる。彼女が鮮明な記録を持っていても不思議ではない。第四次アーチャーの出で立ちや言動、戦闘方法から英雄王の正体も推測していたのだろう。その言葉の矢は見事に的を捕らえ、核心を抉り、ギルガメッシュを揺り動かした。

 

『友を亡くしたあなたが、地の果て、海の底まで追い求め、

 一度は手にし、失ったものではないのですか?』

 

 ギルガメッシュの英雄としての伝承に訴える言葉だ。神の理不尽に友と抵抗し、神の報復で友を喪い、世界中を旅したギルガメッシュ。

 

 ――しかし。思い返してみれば、あれは痛烈な皮肉だったのではなかろうか。アーチャーは、彼ら主従が孤児を監禁し、虐待していたことを非難した。一方、今回の衛宮主従は確固たる信頼関係を築いている。マスターの力添えで、迷いを振り切り、真の力を揮ったセイバー。それを目の当たりにさせての一撃だ。

 

 国は滅び、民は死に、しかし不朽の英雄譚が今も伝わる。そこに謳われているのはエルキドゥとの友情と冒険の日々。今のおまえの行いは、かの友に羞じないものなのか、と。

 

 強大な身体能力を誇り、凄まじい宝具を所有していても、サーヴァントは元は人間だ。人として、分かち難い感情を狙い撃ちされた。ギルガメッシュの生前の事績からすると、地を荒らす蛇の女妖を無視できないのは当然だった。

 

「……してやられた」

 

 言峰も無視しろとは言ったが、強く禁じたわけではない。天馬が最大の宝具と思われるライダーは、市街地では全力の戦闘はできまいと思ったからだ。英雄王の宝具と能力をもってすれば、簡単に決着がつく。陽動か索敵か、ライダーの動向は目障りであったし、石化の魔眼は言峰には致命的だ。片が付くなら重畳と考えたことは否めない。

 

「一般人は聖杯戦争を知らん。

 傍目には、男が女を刃物で襲っているとしか写らんだろう」

 

 凛のアーチャーは魔術とは関係のない英雄に見える。軍人のような服装に、兵卒ではなく、高級士官を窺わせる言動。彼の思考や感性は一般人のものだ。それが魔術師の思い込みを掻きまわす。

 

「それがなんだ」

 

「恐らく、貴様の宝具の痕跡を警察に見せるのが目的だ。

 警察が調べれば、深山の一家殺人の傷との一致はすぐに明らかになる」

 

 つまるところ、言峰と同じく全国公開手配になる。ギルガメッシュが担っていた物資や移動手段の調達が、著しく困難になるだろう。

 

 しかし、それだけが目的か? 抜け道はいくらでもある。あの黒い瞳がそれを見逃すとは思えない。

 

 言峰は顎に手をやった。アーチャーの目的を推測し、そこから行動を逆算することにしたのだ。こちらの出方を読み、さらに誘導してくるような輩に対抗するには心もとないが。

 

「たしか、凛は、いやアーチャーは、大聖杯の調査を提案していたな。

 衛宮士郎は凛の弟子、アインツベルンの娘は弟子の義理のきょうだい。

 三者には密接な関係があり、協力のうえで利益を享受したい、だったか」

 

 そして、間桐臓硯が死去してもライダーが残存している以上、彼女のマスターは孫のどちらかだ。メドゥーサという高名な英霊を呼べるのは、強力な魔術師でないと不可能。マスターは間桐桜の方だろう。――間桐慎二の妹であり、遠坂凛の妹でもある。

 

 ここにもまた、密接な関係が存在している。衛宮切嗣の娘と義息と、遠坂時臣の二人の娘。愛憎の坩堝と化してもおかしくないのに、遺児たちは一致団結し、知ってか知らずか親の仇を追っているではないか。言峰の面に、歪んだ笑みが浮かんだ。

 

「何を笑っている?」

 

「――運命とは、なんとも皮肉に満ちていると思ってな。

 前回の聖杯戦争で、親らがああ振舞っていたら、

 あの子どもたちは存在しなかったかもしれん」

 

「ふ、よくも言う。それでは貴様も本性に目覚めず、

 悦びを知らずにいただろう」

 

「たしかにな」

 

 そして、ギルガメッシュも退屈を知らずに済んだだろう。工房に篭り、漁夫の利を狙っていた父に比べて、娘は攻防の緩急が巧みだ。他のサーヴァントと同盟するなぞ、あの征服王にもできなかった。

 

 ――この男はどうであろうか。己に迷い、虚ろな心を満たそうとしていた十年前のほうが、今より面白かったのは間違いない。

 

「では綺礼、貴様、奴の目的をどう思う?」

 

「無論、聖杯戦争の成功だろう。戦争ではなく儀式としてのな。

 今の状況で、あちらは我々以外と殺しあう必要はないわけだ」

 

「ほう……」

 

「聖杯に賭ける願いがあったとしても、バーサーカーになす術はない。

 あの様子では、アーチャーは聖杯を欲していないだろう」

 

 ギルガメッシュは無言で頷いた。

 

「アサシンの主はキャスターだ。ランサーを奪ったのもあの女だな。

 二騎が邪魔になれば、令呪で始末できる」

 

 サーヴァントの七騎のうち、四騎の欲求を除外できるなら、あとはマスター同士の折り合いの問題になる。遠坂凛、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、間桐桜(または慎二)、そして衛宮士郎。非常に近しく、密接な関係にある面々だ。彼らの間に交錯する、師弟という縦の線、きょうだいという横の線、友情や愛情という対角線。

実に堅牢だ。

 

 揺さぶれそうなキャスターは、ちゃっかりと間桐家の師におさまっている。ライダーの存在も、キャスターの親戚ということで通し、当主を喪った間桐と陣地が欲しいキャスターにとって、相互に利益をもたらす組み合わせだ。

 

 あの戦力をアーチャーが指揮すれば、ギルガメッシュを下せるかもしれない。そうなればあとは簡単だ。最終的に聖杯を欲するマスターとサーヴァントが組み直せばいいのである。

 

「となると、これはもう駒を潰しあう戦争とは呼べん。

 より多くの利益を、自陣に引き入れるパワーゲームだ」

 

 将棋やチェスではなく、碁やオセロのように、数を多く取ったものの勝ち。御三家の少女たちと衛宮士郎が、言峰主従を相手取って、着々と盤面を削り取っている。盤面の名は社会的地位という。たとえ勝利しても、世間に居場所はない。裏のルートを使って逃走しても、一時しのぎにすぎず、いずれ枯死する運命だ。

 

 黄金の王は傲然と言い放った。

 

「我には関係ない。団結されるのが厄介なら、個々に蹴散らすのみよ。

 先じてキャスターのマスターを討てばよい。

 一石二鳥どころでなく、三羽を脱落させられる」

 

 言峰は首を横に振った。

 

「いや、それも上策ではなかろう。

 キャスターのマスターが知れないことを除いてもだ。 

 今回の器も、アインツベルンの小娘だろう。

 一気に三体を取り込んだら、母親のように衰弱するかもしれん」

 

 前回のセイバーは、マスターに蚊帳の外に置かれていた。聖杯の器の担い手は、器そのものだと知らされていなかったろう。しかし、今回は遠坂凛やキャスターという優れた魔術師がいる。アーチャーとバーサーカー以外の英霊たちは、魔術の造詣が深い者ばかりだ。

 

「さすがに今回は気付かれる。

 衛宮切嗣は妻を犠牲にできたが、衛宮士郎にはできまい。

 我々と敵対する前ならば、そこを衝いて離反させることもできたのだろうが……」

 

 二人は苦い顔になった。ランサーを奪われて一時的な避難のつもりが、地下室の孤児の存在を暴かれて目算が狂った。逃避行が続き、攻めれば攻め返され、挙句の果ては異常犯罪者扱いである。ギルガメッシュの我慢も、とうに底を尽いていた。

 

「小細工は要らん。バーサーカーを屠り、器を押さえてしまえばいい」

 

 遠距離攻撃を得意とするアーチャーは、接近戦限定のバーサーカーに対して有利だ。

 

「アーチャーは弱い陣営の防衛は手厚くしたが、

 セイバーとバーサーカーのマスターは自由にさせている。

 その油断を衝くのだ」

 

「……ほう。悪くない」

 

 衛宮夫妻の子どもたちは、父母と同じ思いを味あわせてやれる。再び招かれたセイバーは、また慟哭を繰り返すことになるだろう。いや、マスターらとの絆が深いぶんだけ、痛みは激しさを増すはずだ。

 

「やってみるがいい」




※烏鷺を競う
(カラス)は黒で、(サギ)は白。黒白で競う碁のことである。

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