血と嘘塗れの英雄譚   作:ブラートフィッシュ

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帝国の期待

「………………」

 

「……それにしても……本当に人気っすね、英雄様は」

 

「少し黙れ」

 

「ごめんなさい」

 

 逃げるように謝った彼女から目を逸らし、無駄に深々と椅子に座り直す。ケッセルの駅に着いたところで、ティルピッツ社に何も伝えていないことにようやく気付き。半ば自棄になって『上の人間と話がしたい』と身分証片手に告げたところ、あっという間に社長との面会の場を用意されてしまった。まあそれなりに名が通っている方だとは思うが、これほどの企業のトップにこうも簡単に会えるものなのか。世間から見た”フォール・ヴァルトルーデ”と己が乖離していく感覚に眩暈を感じながら足を組み替えると、背後の扉が開いた。

 

「お待たせして申し訳ない、御二方」

 

 おそらく五十歳ほどだろうか。クレーマンと名乗ったその男は、俺の手を握りながら鋭い視線を向ける。やがてそれが俺の隣のミランに向くと、彼は僅かに首を傾げた。

 

「して……こちらの少女は?」

 

「諸事情あって警察で預かっている者です。今回の捜査の関係者で……これ以上のことは、どうかご容赦いただきたく」

 

「ウェルトハーツ署預かりの、ミラン・スフレイヴェルと申します。急な訪問にも関わらず、このような場を用意していただきありがたく思います」

 

 お前そんな態度取れたのかよ、と言いたくなるほど殊勝な態度で頭を下げるミラン。その姿に満足したのか、クレーマンはそれなりに上機嫌な態度で座るように促した。まあ、ミランが警察預かりなんて話はでっち上げなのだが。

 

「……彼女の話を聞く限り、ヴァルトルーデ君、君は今もウェルトハーツ署に所属しているように思えるのだが。そんな君が、何故ケッセル……何故この社に?」

 

「……他言無用でお願いしたいのですが。ウェルトハーツに潜伏していた共和国のスパイを追っていたところ、その者の所有品と思われる拳銃を鹵獲したのです。それが貴社の製品だったため、何か情報を得られないかと思いまして」

 

 俺の目配せを受けて、ミランは鞄から例の銃を取り出すと彼に手渡す。一瞥するや否や表情を険しくしたところを見ると、やはりAEIが掴んだ情報は間違っていなかったらしい。

 

「…………これは驚いた。もうこの銃を見ることはないだろうと思っていたのに」

 

「……と、言うと?」

 

 多分八割方知ってはいるのだが、まさか『あなたの会社に潜入しているスパイから全部聞きました』など言える訳もなく。クレーマンの口から語られるクルードC700の興亡史を、俺とミランは仲良く聞くのだった。

 

「……なるほど、事情は理解しました。つまりあの銃を入手するためには、どうにかこの工場から盗むしかなかったということですか?」

 

「その通りだ。しかし、扱っている物が物だけに、この工場はかなり厳重な警備体制の下にある。そのスパイとやらはどうやって……」

 

「クレーマン社長。大変失礼だとは承知しているのですが……我々は、貴社の内部の人間がスパイに与し、その銃を横流ししたと推測しています」

 

 その言葉に、彼は明確に眉を吊り上げた。それでも先を促す彼に頷くと話を続ける。

 

「そもそも、試作過程で廃案になったクルードC700の存在を知っている人間など相当限られているはずです。我々警察や軍であっても、新式銃の話など支給されるその日まで聞きませんから。また、確かにこの銃はスパイにとって好都合です。廃棄される以上盗んだとて問題が表面化する可能性は低い。おまけに廃案となった理由は費用面の問題であり、性能に問題はない……しかし、所詮はただの拳銃に過ぎない。その入手のためだけに、わざわざスパイが危ない橋を渡るとは思えません。それを容易に盗める協力者でもいれば、話は別でしょうが」

 

「…………」

 

「この銃が廃棄予定であり、かつ性能が確かなことを知っている。それを盗みやすい立場にいる。この二条件を兼ね備えた人間は、貴社の内部以外には存在しない。それが、現在の警察の共通認識です」

 

 俺が口を閉じると、室内は重々しい沈黙に支配される。退屈さに耐えながら待っていると、やがて手を叩いたクレーマンに応えるように秘書らしき男が歩み寄る。十数秒ほどの耳打ちを受けると、その秘書は足早に部屋を後にした。

 

「遺憾ではあるが、筋は通っている。今、その廃棄過程に携わった人間を洗うように指示した。内通者がいるとすればその中だろう……認めたくはないが、他の社員を守るためには致し方無い。申し訳ないがもうしばらくお待ちいただきたい」

 

「わかりました。警察庁を代表して感謝申し上げます」

 

 立ち上がって一礼する間も、彼の視線は俺から外れることはなかった。敵意は感じないにしても少々やりづらいことに変わりはなく。一抹の警戒心を抱えながら座り直すと、彼は入れ替わる様に立ち上がる。

 

「……私は軍人という職業に敬意を払っている。少し前までは、実戦を経験したこともない腑抜けも多かったが……ファイマル戦争などもあってか、最近は随分マシになった。セスルサス植民地の人間は言うまでもない」

 

 あてもなく彷徨うように社長室を歩くクレーマン。彼を目で追いながら、時折不安そうに俺を確認するミラン。形容し難い温い空気も気にかけることなく、彼は独白を続ける。

 

「だが君は特別だ、ヴァルトルーデ君。あの日、君たちは年齢など飾りに過ぎないことを証明した。ロザイア配属の正規軍の尻拭いをしてみせた。それから二年もせず、君の名は再び新聞に大きく載った。斬殺卿……あの馬鹿げた連続殺人犯を屠った、勇気ある警察官として。そして今はこうして、我らが帝国を脅かす密偵を追い詰めようとしている」

 

 不意に、彼の足が止まった。数秒黙した後、迷いのない足取りで高価そうなこちらに歩み寄ると、揺るぎのない視線で俺を刺す。

 

「……よければ、君の銃を見せてもらえないか?」

 

「……わかりました」

 

 ホルスターから抜いた二丁を机に置くと、クレーマンは片方を慎重に持ち上げた。あらゆる方位から見定めようとするその姿は真剣そのものであり、だからこそ気まずくて仕方ない。

 

「クナープ社の製造か」

 

「……はい」

 

 一瞬笑いを堪えるような顔をしたミラン。俺が机の下でその脚を蹴る間も、彼の視線と意識はこちらに向けられない。

 

「トップブレイク式。装弾数は六発。銃身はやや長め……私は知らない品だが、名前は?」

 

「ロビグス:MKⅡ。警察庁の依頼を受けてクナープ社が制作した試作品で……私を含めた何人かに配備され、ブラッシュアップの最中というわけです。それ以上の情報は私にも与えられていませんが……」

 

「そうか……」

 

 ライバル社の製品をまじまじと見つめる彼の心中はさっぱり読めず、ミランと顔を見合わせては仲良く首を傾げる。数分間も吟味するように我が愛銃を見つめていたクレーマンだったが、やがて諦めたように首を振ると、二丁纏めてこちらに突き返した。

 

「……癪だが、良い銃だ」

 

「……ええ。これが無ければ、斬殺卿の件で命を落としていたでしょう」

 

「それほどの男だったのか、あの殺人犯は?」

 

「はい……私などよりは、余程強かったですから」

 

 率直に吐き出すと、彼は僅かに目を細めて俺を見据える。その時、突然開いたドアから先程の秘書が入室すると、何やら書類をクレーマンに渡した。それに目を落とす彼の表情は、直前に俺へと向けていたものとは完全に別物だった。

 

「……君のような若者を有して、帝国は安泰と見るべきか。君のような若者に多くの危機を押し付けざるを得ない、帝国の未来は暗いと見るべきか。いずれにせよ……私が君にしてやれることはそう多くない」

 

 己に差し出される書類よりも、何故かクレーマンという男に意識が割かれる。僅かな間を空けて受け取ったその紙からは、するはずのない硝煙の匂いが感じられた。

 

「ティルピッツ社の社長として。何より一人の帝国臣民として……期待しているよ、ヴァルトルーデ君。君が三度英雄になることを」

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