血と嘘塗れの英雄譚   作:ブラートフィッシュ

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ハカリゴト

 ガチャ、と音を立てて扉が開く。振り返った先に見えた彼の姿に、安堵のあまり手から包帯が滑り落ちた。

 

「わっ……ごめんね、ミランちゃん」

 

「いえ、お気になさらず……それより、お邪魔してるっす、フォールさん」

 

 自分の怪我よりも彼の方が気になるのか、私の肩越しに頭を下げる彼女。包帯に隠れていない肌を申し訳程度に身体で隠すと、ミランちゃんがほんの少し笑った……ような気がした。

 

「撃たれたの?それ」

 

「はい」

 

「……よく生きてるな」

 

「掠っただけっすから。まあ、数年分の運を使った気はしますが」

 

「……ねえ、フォール。ミランちゃんは大丈夫って言い張るんだけど……やっぱり診てもらった方がいいんじゃ……」

 

 ひとまず包帯を巻き終えて、額の汗を拭いながら尋ねる。暫しの間、真剣な顔で彼女の傷を観察していた彼は、やがて小さく息を吐いた。

 

「……まあ、それくらいなら問題ないだろ。消毒して止血して安静にしてれば完治に一週間もかからない。一応、警察と仲良い医者に頼むこともできるけど……手続き面倒なんだよなぁ……こいつ警察じゃないし……」

 

「ですって。まあ大丈夫っすよティーナさん、骨とか内臓は無傷っすから」

 

「……そういうもの……なの……?」

 

 私が今日初めて味わった命の危機も、二人にとっては慣れたことなのだろうか。フォールはまだわかる、十七歳でいきなり戦場に放り込まれた人間だし。警察に転身した後もあの連続殺人犯と交戦した身なのだから、銃弾が一発掠ったことを軽く流すのは理解できなくはない。ただ、彼より四つも幼い彼女が、彼と同じ感覚を持っていることは恐ろしくもあった。

 

 私たちに背を向けたフォールは何かを探すように戸棚を覗き込む。茶葉ならキッチンだけど、と言うと彼は踵を返しかけて。ふと思い出したように、こちらに鋭い視線を向ける。

 

「……でミラン、あれは一体誰だ?スパイの仲間か、それとも……」

 

「あれはAEIっす」

 

 平然と答えた彼女に息を呑む。AEI……ミランちゃんが属しているその組織が、ミランちゃんを殺しに来る。その意味がさっぱりわからなかったし、それを受け入れているように見える彼女もわからなかった。目の前の現実を処理しきれない私とは対照的に、フォールは眉一つ動かさずに頷くと、

 

「へぇ……ならよかった、大して”後始末”もしなくてよさそうだな」

 

 そう呟いてキッチンの方に戻った。

 

「……えっ、もう消したんですか?」

 

「消したというか、勝手に消えたというか……追い詰めたら自害したってさ。レツィの説明が分かりにくかったおかげで、その報告を聞いてから帰れたよ……まあ、あいつを責めるのは酷だろうけど」

 

 私に銃を突きつけたあの男がもうこの世にいない。別にそれを惜しんでいるわけではないが、いざそれを告げられると少々受け止めきれないものがあった。

 

(……まあ、そうだよね。人間なんて、結構簡単に死んじゃうものだし)

 

 かつてあの地獄……ロザイアの戦いを生き抜きながらも、次々と倒れていったフォールの友人を想起する。当の彼は、こちらに背を向けながらお茶を淹れる準備をしているらしい。手伝おうかと思ったものの、何か考え込んでいる彼の邪魔をするのは望ましくない。またミランちゃんを一人にしておきたくもなかったので、包帯を片付けながら彼女の近くにいることにした。

 

「……ありがとうございます。その……巻くの上手でしたけど、慣れてるんですか?」

 

 フォールの方を窺いながら尋ねる彼女に、思わず苦笑してしまう。

 

「全然。フォールってね、仕事で怪我するとしばらく帰ってこないの。怪我が良くなって、もう私にバレないなって確信できるまで。まああんまり隠せてないけど」

 

 あえて彼に聞こえる声量で答えると、皿同士がぶつかる音が響く。何やらブツブツ言いながら作業を続ける彼を前に、私とミランちゃんは顔を見合わせて、同時に吹き出した。なんだか、こうして笑うのも随分久しぶりな気がした。

 

 

 

 

 

 フォールが用意した三つのティーカップから湯気が立ち昇る。毎日使っているテーブルも、三人分のカップが置かれている様子は見慣れなくて何度も視線を向けてしまう。そのうちの一つをソーサーに戻しながら、ミランちゃんは落ち着いた表情で口を開いた。

 

「……AEIのお偉いさんの中に、コーションって人がいます。私の直属の上司ではないんすけど、数日前に呼び出されて……フォール・ヴァルトルーデを帝都にあるAEIの本部に招待しろ、と」

 

「……何のために?」

 

「さあ?ただちょっと嫌な予感がしたので、『暗殺でもするのか』って聞いたら否定されました。嘘ついてる顔で」

 

 あっけらかんと答える彼女に、フォールの手の中のカップが揺れた。たまたま私がカップを置いた直後だったのは幸運だろう。きっと彼以上に動揺した結果机を拭く羽目になっていただろうから。

 

「……ああ、説明しておくとあの人は私の第六感を知りません……少なくとも、その時点では。ですので、私にも知らせずに騙し討ちするつもりだったみたいっすね」

 

「……なるほど。俺とお前の信頼関係を使えば、この街……警察の根城から引きずり出せると踏んだわけか」

 

「ちょっ、ちょっと待って二人とも!?」

 

 不気味なほどに淡々と進む会話に立ち上がる。普段なら流したそれも、今回ばかりは見過ごすわけにはいかなかった。

 

「その、警察とAEIが仲悪いのは知ってるよ!?けど、だからって殺すほどなの!?フォールはずっと、この国のために……それに、なんでミランちゃんまで殺す必要が……」

 

 感情のままに叫んだ言葉はすぐに擦り切れ、隣の部屋の物音に隠れて消えた。考えれば考えるほど、今何が起きているのかさっぱりわからない。わからないのに、そのわからないことに私の愛する人が巻き込まれて、命を落としかけている。そんなことはあってほしくなかったし、あっていいわけないと思った。

 

「……説明するのが難しいし、私も全部は知らないんですけど……ティーナさん、あなたは……第六感のことをどう思います?」

 

「どう、思うって……ほんの少しの人にだけある、変な力みたいな……」

 

「気味が悪いとは思わないっすか?不気味な、悪魔みたいな力だから、それを持つ人は迫害しようとか。もっと言えば、それを持ってそうな人間は全員殺してやろうとか……」

 

「そんなわけ……!たしかに、百年とかもっと前にはそういう……火炙りとか、残酷なこともあったらしいけど……けど今は違うでしょ……!?フォールもミランちゃんも、第六感を持ってるから登用されて、それで上手くやってるんだから、いまさら、そんな……!」

 

 ぐちゃぐちゃになる視界、上手く動かない舌。段々自分でも何が言いたいのかわからなくなり、中途半端に言葉を切った私の背を、隣に座る彼がそっと擦ってくれる。視覚も聴覚もぼやける中、その感覚だけがはっきり残っていた。

 

「…………ティーナさん」

 

 どれだけ経っただろうか、ようやく私の息が落ち着いた頃、ミランちゃんは静かに呟いた。

 

「あなたは本当に、良い人っすから。多分、そんなあなたには想像もつかないでしょうけど……あなたの言ったことは、二つ間違ってます。まず、人っていうのはそうそう変わらないっす。それが百年単位で続いた差別なら尚更。それともう一つは……私たちは、上手くやってなんかいません」

 

 一度言葉を切った彼女は、一瞬呆れたような視線をフォールに向けた。私がその意味を理解する間もなく、再度彼女の口が開かれる。

 

「……第六感を持った子供を戦力として運用する。そんな馬鹿な計画を、政府はここ何年か進めていました。本当に馬鹿な話だから、最初AEIは乗ってなかったんですよ。けど、どっかの誰か……タリオンとかいう部隊が成功しちゃって。それを見たAEIは、慌てて素質のある人間を組織に引き入れたんです。その中の一人が私なんですけど……」

 

 突然、フォールの身体が揺れた。まるで痙攣したかのようなその様子に、背筋を冷たいものが走る。不安を胸に彼を見つめても、普段と違いそれに気づく素振りもなく俯いたまま。

 

「……大丈夫?」

 

「…………ああ……」

 

 絞り出したようなその声に何かを感じたのか、ミランちゃんが確認するように目配せする。一瞬迷ったものの、それでも先を促すと、彼女はゆっくりと頷いた。

 

「……話が逸れたっすね。そのコーションって男は、その計画の反対者らしいんですよ……あくまで噂っすけど。だから多分、フォールさんがこれ以上に功績を積んで、この計画の成功例になるのを嫌って殺そうとしたんじゃないかって」

 

「ちょっと待って……ええと、つまり……第六感を持ってる子供を使おうっていう計画があって、そのコーションって人はその計画を潰したくて……そのためにフォールを殺したいけど、ウェルトハーツの中では難しいから……だから……」

 

「彼とそれなりに良い関係の私を使って、引きずり出そうとした……ってことかと」

 

「……ならなんで、先にミランちゃんを殺す必要があるの?」

 

「んー……それはちょっとわからないんですけど。まあ私も第六感持ちですし、元から粛清候補ではあったはずっすから。後から私の第六感を知って、裏切られるくらいなら殺すか~くらいのノリでも驚きはしないっす。正直、フォールさんを殺すにしては弱すぎる気もしますから、あれは私を抹殺するためにとりあえず送られたやつ……っていうのが私の予想っす」

 

 そう呟いて、彼女は静かに微笑む。あまりにも静かなその姿に、何かを言おうとして。

 

 次の瞬間、フォールが倒れた。腰掛けた椅子ごと後ろに。慌てて止めようとした私の左腕も跳ね除けて、彼は背中から床に叩きつけられた。

 

「フォール!?」

 

「ちょっ、大丈夫っすか!?」

 

 駆け寄った私たちにも、彼は返事一つしない。瞼を開けるどころか身動き一つ確認できない。恐る恐る彼の頭を持ち上げると、出血はしていないということが辛うじてわかる。

 

「……息はしてるっすね。心臓も普通に動いてるし……意識だけ飛んでる……?」

 

「そんなことあるの……?私の知る限りでは、今までこんなこと……」

 

「……最近の彼、かなり疲れてませんでしたか?特にケッセルから帰って来た後とか」

 

 彼女の問いにさほど考えずに頷く。わざわざ思い出したり考えたりする必要もないくらいには、ここ数日の彼はいつもと違った。

 

「……まあ、色々ありましたから。そんな状態で自分の恋人が事件に巻き込まれて、無事を確認して……ふっと気が切れた、とか。そもそもいつ倒れてもおかしくない状態だったとしたら、説明はつくかと」

 

「じゃあ……とりあえずは大丈夫ってこと……?」

 

「今のところは。この後呼吸が止まったりする可能性もなくはないっすけど……とりあえず、ベッドに寝かせておきましょうか」

 

 二人がかりで運ぶ間も、彼は静かに息をするだけ。寝ているようにも見える彼にそっと毛布をかけると、ミランちゃんの方に向き直る。

 

「……これから、どうするの」

 

「悩むっすねー……まあとりあえず、この街を出てから考えよっかなって」

 

「え?」

 

 予想と真逆の返答に面食らう。AEIがフォールの殺害に苦戦しているように、このウェルトハーツという街では警察が他の組織を圧倒する力を持っている……はず。そのAEIに命を狙われているなら、この街に留まるのが安全だと思うし、私ならそうすると思う。そのはず、なのに。

 

「……ミランちゃんは、死にたいの?」

 

「んー……そんなに死にたいわけでもないっすけど。ただこの街に留まっても袋の鼠なんですよ。警察の方も私を庇う理由はないですし……何より、コーションほどの立場の人間が本気になるとちょっと不味いと思うっす」

 

「不味いって、具体的には……」

 

「可能性の話っすけど……あなたの存在がバレます。フォール・ヴァルトルーデの恋人としての、ティーナ・エルマーニの存在が」

 

 呼ばれた名に、思わずビクリと肩が跳ねる。それを見つけて彼女が距離を詰める。壁際に追い詰められた状態で見るミランちゃんの姿は不思議と大きく見えて、さっき私を追い詰めたあの男と重なった。

 

「さっきの件でわかったでしょう。あなたは別に強くもないし、何か特別な能力を持っているわけでもありません。おまけに、フォールさんは本当にあなたのことを想っているから……多分、あなたを人質に取られたらそれだけで終わります。向こうがそれに気づいたら、その時点でフォールさんの死は確定しますから……あの人自身がどれだけ強かろうと」

 

「…………」

 

「……私は、お二人に感謝しています。碌なことのない私の十五年で、こんなに良くしてもらった人なんていないし……今日は、命まで助けてもらったっすから。これ以上迷惑をかけないためにも、さっさとこの街を出ます……本当に、ごめんなさい。返し切れないことはわかってますけど……今の私には、これくらいしかできなくて」

 

 哀しそうな、けれども覚悟を決めたような顔で、彼女は一礼する。そうして踵を返す彼女の姿に、反射的に右手が伸びた。

 

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